澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

靖国神社と天皇参拝

8月21日の毎日朝刊に、「靖国問題の核心を認識」という会社員(東京・56才)氏の投書が掲載されていた。これを読んで、私も少し違った角度から「靖国問題の核心」を見たとの印象をもった。

靖国を語るときには襟を正さざるを得ない。ことは国民皆兵の時代の夥しい兵士の戦死をどう受け止めるべきかがテーマである。無数の若者が赤紙1枚で戦地に送られ、非業の死を遂げた。一人一人の死につながる家族があり、友人があり、地域がある。

その死が悲惨であっただけに、遺族や友人など戦死者を悼む者は、その死を無駄な死だったとは思いたくない。その死を忘れさることなく、多くの人にその死を記憶してもらいたい。できることなら、その死を意義あるものと認めてもらいたい。その強い気持ちは、痛いほどよく分かる。

問題は、戦死の意味が戦争の意味と切り離せないことにある。兵士個人の戦死の意味付けが、国家の戦争の意味付けと分かちがたく結びついているこのだ。死者を悼む遺族の気持ちが戦争や戦争を起こした体制の肯定にすり替えられる危険。靖国問題の本質はその辺りにある。

靖国は、一見遺族の心情に寄り添っているかのように見える。死者を英霊と讃え、神として祀るのである。遺族としては、ありがたくないはずはない。こうして靖国は遺族の悲しみと怒りとを慰藉し、その悲しみや怒りの方向をコントロールする。

あの戦争では、「君のため国のため」に命を投げ出すことを強いられた。神国日本が負けるはずのない聖戦とされた。暴支膺懲と言われ、鬼畜米英との闘いとされたではないか。国民を欺して戦争を起こし、戦争に駆りたてた、国の責任、天皇への怨みを遺族の誰もが語ってもよいのだ。

靖国は、そうさせないための遺族心情コントロール装置としての役割を担っている。死者を英霊と美称し、神として祀るとき、遺族の怒りは、戦争の断罪や、皇軍の戦争責任追及から逸らされてしまう。合祀と国家補償とが結びつく仕掛けはさらに巧妙だ。戦争を起こした者、国民を操った者の責任追求は視野から消えていく。

56才会社員の投書氏は、こう語っている。

「終戦の日の本紙の元自民党幹事長の古賀誠氏へのインタビューを読み、改めて靖国問題の核心を認識できました。それは1978年に宮司の独断で行われたA級戦犯の合祀をもとの形に戻して、天皇陛下もかつてのように靖国神社にお参りしていただきたいという、極めて明快な発言でした。」

「A級戦犯を祀る靖国」は、靖国が戦争責任を一身に背負う図としてこの上なく分かり易い。しかし、このことが靖国の本質ではないと私は常々思っている。「A級戦犯の合祀を取り下げ」てその代わりに「天皇が参拝できる靖国」が実現したとすれば、それこそが靖国神社の本質的な姿なのだと思う。そして、その本質はより危険なものなのだと思っている。

「私の伯父も若くしてフィリピンで戦死し靖国に祭られています。きっと天皇陛下万歳と言って散っていったに違いありません。というか、そう叫ぶしか自らの死を受け入れられなかったと思います。そしてその伯父の魂は、天皇陛下に参拝していただいてこそ安らぐのではないかと思えてなりません。」

かくて、天皇の戦争責任は糊塗され免罪され、むしろ「悪役・A級戦犯」に対峙する善玉として、遺族と民衆の気持ちに沿った天皇像が描かれる。その天皇の参拝こそが靖国という死者の魂の管理装置の本質的な姿だと思われる。

「私自身も、無謀な戦争をして伯父を戦場に送った人々が一緒に祭られている神社を素直に拝めません。戦後70年という節目に当たる来年こそ、この問題に整理をつけ、陛下も首相もお参りに行ける神社になっていただきたいと願う次第です。」

いかにも実直そうなこの投書氏には、A級戦犯の戦争責任は意識にあっても、天皇の戦争責任の認識は露ほどもない。靖国とは確実に、このような遺族やその周囲の心情に支えられている。根無し草ではなく、確実にこれを支える民衆の存在がある。違憲と言い、外交上かくあるべしと言ってもなかなか通じない。遺族の心情は無碍に排斥しがたい点において、反靖国派はたじろがざるを得ない。ここが、靖国派の強みの源泉である。

しかし、辛くても、困難でも、遺族の心情に配慮しつつ、逃げることなく、この投書氏にも語りかけなければならない。

あなたの伯父さんを死なせた戦争を始めたのは当時の国家ではありませんか。赤紙一枚で戦場に狩り出したのも国家、「死は鴻毛より軽きと知れ」と国民の命を軽んじたのも国家。そして当時、国家はそのまま天皇と置き換えてもよい存在だったではありませんか。天皇を頂点とした国家こそが、かけがえのない国民一人ひとりの戦死に、あなたの伯父さんの死に責任を取らねばならないのではありませんか。

A級戦犯各人が責任ありとされた行為を重ねた当時、その上に天皇が君臨していたではありませんか。あなたの伯父さんを死に追いやった最大・最高の責任者は天皇ではありませんか。「この問題に整理をつけ」とは、A級戦犯の合祀を取り下げての意味と理解します。「陛下も首相もお参りに行ける神社になっていただきたいと願う次第です」は、結局は戦犯の上に君臨していた天皇を免罪することになりませんか。若かりし伯父さんが天皇にどのような思いを抱いていていたかはともかく、伯父さんを戦死に追いやった最高責任者の免罪が本当に伯父さんの死を意味づけることになるのでしょうか。
(2014年8月24日)

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Published in 日曜日, 8月 24th, 2014, at 23:59, and filed under 政教分離・靖国.

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