澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

女性閣僚らの存在意義を問う

第二次安倍改造内閣の方針の目玉は、「地方創生」と「女性の登用」だそうである。その両者とも、これまでの政権のなきどころだったということだ。いずれも全国的な成果を上げるには大変な事業だが、閣僚の女性登用だけは手軽に形を作ることができる。

こうして、高市早苗(総務大臣)、松島みどり(法務大臣)、小渕優子(経済産業大臣・原子力経済被害担当等)、山谷えり子(国家公安委員会委員長・拉致問題担当等)、有村治子(女性活躍担当・消費者及び食品安全・規制改革等)が閣僚となった。これに、自民党政調会長の稲田朋美を加えて、6人の女性政治家が「アベトモ」として光の当たる場所に据えられた。「女性閣僚5名は過去最多」「内閣も自ら女性活用へ」などはしゃぐマスメディアもあって、内閣支持率のアップに寄与しているらしい。

それだけでなく、市民団体の中でも、「安倍さん、よいこともやるじゃない」という評価もあると聞く。私には理解しがたい。この顔ぶれで本当に「よいこと」なのだろうか。

女性が政治のリーダーシップをとることは歓迎すべきことである。一般論ではあるが、男性と比較して女性の方が平和志向的といえよう。「母性」が象徴するように、生命やいとけなきものに対する思いやりが強い。か弱きものへの目線が暖かく、人権志向的であるとも言える。だから、女性のリーダーシップ歓迎は、実は平和や人権を歓迎してのことである。

NHKの朝ドラ「花子とアン」の終盤、柳原白蓮のラジオ放送でのスピーチが話題となったという。白蓮の実像についても、そのスピーチの内容がどこまで史実であるも、私は知らない。しかし、ドラマにおけるスピーチとして紹介されているその内容には、頷けるものがあり胸を打つものがある。川柳子が「NHK 朝ドラだけは 平和主義」としているのは、あながち揶揄だけではない。

「私が今日ここでお話したいのは平和の尊さでございます。先の戦争で私は最愛の息子純平(史実では香織)を失いました。私にとって息子は何ものにも代え難い存在でございました。『お母様は僕がお守りします』。幼い頃より息子はそう言って母である私をいつも守ってくれました。本当に心の優しい子でした。子を失うことは心臓をもぎ取られるよりもつらいことなのだと私は身をもって知りました。

 もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう。かわいい息子を殺しに出す母親が一人だってありましょうか。もう二度とこのような悲痛な思いをする母親を生み出してはなりません。もう二度と最愛の子を奪わせてはならないのです。戦争は人類を最大の不幸に導く唯一の現実です。最愛の子を亡くされたお母様方、あなた方は独りではありません。同じ悲しみを抱く母が全国には大勢あります。私たちはその悲しみをもって平和な国を造らねばならないと思うのです。私は命が続く限り平和を訴え続けてまいります」

「もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう。かわいい息子を殺しに出す母親が一人だってありましょうか」というこのスピーチに賛同して、「女性政治家よ出でよ」「もっともっと女性を議員に、閣僚に」と、叫びたいのだ。

しかし、女性ならみんながみんな平和志向で人権志向だというわけではない。中にはひどいのも少なくない。6人くらいなら、ひどいのばかり集めることは容易なこと。

評価されるべき女性政治家の要諦として、まずは、国民の命を大切にする立場から戦争には絶対反対であるか、が問われなければならない。ついで、女性の地位や人権、社会進出のために尽力する姿勢を吟味すべきである。具体的にはいくつかの試金石がある。

先の我が国の戦争を侵略戦争とする歴史認識に立脚しているか
「従軍慰安婦」を許容した戦争を真摯に反省する立場であるか
近隣諸国との友好平和関係樹立のために邁進しているか
集団的自衛権行使容認に反対であるか
原水爆廃絶に本気で取り組んでいるか
原発の再稼働に反対し脱原発を貫いているか
選択的夫婦別姓の早期実現に熱意をもっているか
男女共同参画推進に実績を持っているか
生殖に関する女性の自己決定権を擁護する立場か
男女の役割分担固定化に反対の立場を明確にしているか
女性の労働条件の向上に尽力しているか
日本会議や靖国派の議連に参加していないか

6名すべてが、間違いなくアウトだ。女性でありさえすれば閣僚登用歓迎などとは言っておられない。稲田朋美に至っては、予算委員会の質問で安倍晋三と一緒になって河野談話を攻撃し、安倍に「日本が国ぐるみで性奴隷にした、いわれなき中傷が世界で行われている」とまで言わせている。

このような6人組では、「もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう」「かわいい娘を、戦争の最も悲惨な犠牲者である『従軍慰安婦』にさし出す母親が一人だってありましょうか」「すべての悲惨の原因である戦争を再び繰り返してはなりません」とはならない。

「従軍慰安婦」について、狭義の強制性の有無だけを問題にして、あらゆる人に悲惨な犠牲を強いる戦争の根源的な罪悪性を問題にしようとしない女性政治家たち。戦争を根絶しようとする意見に与しようとしない女性閣僚たち。

今、安倍内閣では光当たる立場にあるこの女性政治家たちは、実は女性の味方でもなく、国民の味方でもない。こんな政治家登用に、「安倍さん、よいこともやるじゃない」などと、けっして言ってはならない。
(2014年10月14日)

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Published in 火曜日, 10月 14th, 2014, at 23:31, and filed under 戦争と平和, 歴史認識.

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