澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

宜野湾市・現職市長と保育園児の教育勅語ー「こんな人物を再選したら、宜野湾市民は常識を疑われる」

宜野湾市長選が昨日(1月17日)告示。2016年の政治の帰趨を占う政治戦が始まった。選挙期間は僅かに一週間の短期決戦。「官邸勢力」と「オール沖縄」との対決。オール沖縄側に勢いがあるものの、決して楽な闘いではない。

いうまでもなく、争点は「普天間・辺野古」問題である。「官邸」を背景とする現職は「普天間返還の早期実現」というシンプルな訴え。これに対する「翁長県政」側の「市政奪還」を目指す側は、「新基地建設なき返還」「基地のたらい回しは許さない」というもの。はるかに次元の高い政治性と倫理性を訴えているのだ。

普天間基地の早期撤去は、宜野湾市民の共通の願いである。この「世界一危険な米軍基地」は、市民に騒音被害と治安の悪化と経済発展の阻害をもたらしている。しかも、最近持ち込まれた「ウィドウメーカー」の異名を持つオスプレイ群の一刻も早い撤退は誰もが望むところ。

しかし、「この危険と騒音と治安の悪化と、さらには自然破壊とを名護市に押しつけてよいのか」「さらに沖縄の危険を増すことになる辺野古新基地建設を許してよいのか」という問題に直面せざるを得ない。また、「政府に協力することで、本当に普天間の早期実現が可能となるのか」「オール沖縄の分断策に政府や米軍から付け込まれることになりはしないか」という問題もある。

昨日の志村恵一郎陣営の出陣式には、翁長知事を先頭に、城間幹子那覇市長や西原、北谷、読谷、中城、北中城の近隣5町村の首長らも勢ぞろいしたという。文字どおり、「オール沖縄・翁長県政」対「政府・与党代理勢力」の対決構図。それ故の全国的な注目政治戦となっている。

ところで、現職市長の佐喜真淳なる人物については、よく知らない。
この人の人物像については、1月14日付「日刊ゲンダイ」が、「園児が教育勅語を唱和…宜野湾市長が出席した大会の異様」という記事を書いて話題となっている。短い記事なので、全文を引用する。

「今月24日に投開票される沖縄県宜野湾市長選。現職で与党推薦の佐喜真淳氏(51)の再選を阻めば辺野古移設の歯止めになることから、全国的な注目度も高い。もっとも、それ以前にこんな人物を再選したら、宜野湾市民は常識を疑われることになりそうだ。

2年前に宜野湾市民会館で開催された『沖縄県祖国復帰42周年記念大会』の動画がネット上で流れており、これに佐喜真市長も出席しているのだが、『まるで北朝鮮みたい』と突っ込まれるほどヒドイ内容なのだ。

オープニングでは地元保育園の園児が日の丸のワッペンをつけた体操着姿で登場。猿回しの猿というか、北のマスゲームように『逆立ち歩き』『跳び箱』をさせられ、それが終わると、全員で〈立派な日本人となるように、心から念願するものであります!〉と『教育勅語』を一斉唱和させられるのだ。

それが終わると日本最大の右翼組織「日本会議」の中地昌平・沖縄県本部会長が開会宣言し、宮崎政久衆院議員といった面々が『日本人の誇り』について熱弁を奮う。この異様な大会の“トリ”を務めたのが佐喜真市長であり、やはり『日本人としての誇りを多くの人に伝えていきたい』と締めくくった。

佐喜真市長が日本会議のメンバーかどうかは知らないが、善悪の判断がつかない園児に教育勅語を暗唱させ、一斉唱和させるなんて戦前そのものではないか。」

「日本会議」のホームページで、「体操演技と教育勅語奉唱(わかめ保育園の園児26名)」と紹介された子どもたちの、「口語版・教育勅語」奉読の場面を見ることができる。この動画を見て戦慄せざるを得ない。「わかめ保育園の園児」たちが、回らぬ舌で、「朕」を「ワタシ」と読み替え、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ天壌無窮の皇運を扶翼すべし」を、「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません」と、口を揃えて言わされている様子が傷ましい。これは、「戦時や緊急事態における国民の心得」ではないか。こんなことを、沖縄戦の悲惨な記憶生々しい沖縄でまわりの大人たちがやらせている。その大人の中に、現地の現職市長が参加しているのだ。確かに、戦前の日本や北朝鮮の教育を思い起こさせる、恐るべき図である。
  https://www.nipponkaigi.org/activity/archives/6683

日刊ゲンダイが、「ヒドイ内容」で、「こんな人物を再選したら、宜野湾市民は常識を疑われることになりそうだ」というとおり。いやはや、こんな人物を市長にしてはならない。宜野湾市であろうとなかろうと、である。

口語版・教育勅語はいくつかある。わかめ保育園の元ネタは「国民道徳協会訳」のバージョン。明治神宮のホームページなどで読むことができる。意訳に過ぎ、天皇への忠誠心強調が薄れているようにも思われる。しかし、口語訳になると、教育勅語は俄然生々しい。とりわけ、幼児の口から発せられると、背筋が寒くなる。これが、かつて一億総洗脳教育の教材とされたものだ。参考のために、26人の園児が暗記した全文を掲載しておきたい。

 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 
 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
(2016年1月18日)

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