澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

韓国大法院の「司法の独立」

 本日(7月30日)韓国釜山高等裁判所は、戦時中、三菱重工業に強制徴用された韓国人らが同社に未払い賃金と損害賠償を求めた裁判の差し戻し控訴審で、原告らの主張をほぼ全面的に認め、三菱重工業に賠償を命じる判決を言い渡した。今月10日には、ソウル高裁が新日鐵住金に対して同様の判決を言い渡している。認容額は、新日鐵訴訟が労働者4人に対して1人当たり1億ウォン(約880万円)、三菱重工訴訟が労働者5人に対して1人当たり8000万ウォン(約700万円)である。

この戦時徴用被害者に対する日本企業の責任を認める判決は、2012年5月24日の大法院(最高裁)差し戻し判決に添うものとして予想されていた。おそらくは、再上告審でも覆ることはあるまい。同判決の内容紹介については、簡にして要を得た下記の国会図書館報告(菊池勇次氏執筆)がある。是非参照されたい。
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3507790_po_02520114.pdf?contentNo=1

事案の概要は以下のとおり。
日本の植民地支配の時期、韓国人は日本人としての義務を負担し、原告らは戦時中の国家総動員法下で徴用工として日本に渡航、日本企業に就労した。戦後賃金未払いのままの帰国を余儀なくされ、未払賃金の支払と、過酷な扱いを受けたことに対する損害賠償を求めて、まずは日本の裁判所に提訴した。最高裁での敗訴が確定の後、韓国の裁判所に救済を求め、1・2審敗訴となったが、上告審である大法院で逆転、破棄差し戻しとなった。その差し戻し審の判決が、ソウルと釜山の今回の高裁判決である。なお、三菱重工で就労した5人は1944年8~10月から終戦まで広島にあった同社の機械製作所と造船所で働いて被爆している。帰国後も後遺症としての身体の障害に苦しんだという。

大法院の判決においては、本件の争点は、以下の4点とされた。
①原告の請求を棄却した日本の判決を承認するか否か、
②旧三菱重工と三菱重工、旧日本製鉄と新日本製鉄の同一性、
③日韓請求権協定の締結により、原告の請求権が消滅しているか否か、
④損害賠償の消滅時効が成立しているか否か

韓国大法院は、以上の4点についていずれも原告の主張を認める判断をした。
①については、日本の判決は植民地支配が合法であるという認識を前提に国家総動員法の原告への適用を有効であると評価しているが、日本による韓国支配は違法な占領に過ぎず、強制動員自体を違法とみなす韓国憲法の価値観に反していることが明らかであると指摘し、日本の判決を承認して原告らの請求を棄却した原判決は、外国判決の承認に関する法理を誤解していると判示した。
②は、さほどの重要論点ではないが、原判決において請求を棄却した理由となっていた。大法院判決は、両社は実質において同一性を維持しており、法的には同じ会社であると評価するのに十分であるとした。
③は最重要論点である。大法院判決は「日韓請求権協定は、日韓国家間の債権債務関係を政治的合意によって解決したものであり、…日本の国家権力が関与した強制動員などの違法行為に対する損害賠償請求権は、日韓請求権協定によっても消滅していない」と判示した。さらに、注目すべきは、「条約の締結により、国民個人の同意なくその請求権を消滅させることができると見るのは、近代法の原理に反する」と指摘していること。原告の未払賃金も損害賠償も、個人請求権は請求権協定により消滅していないと判示した。
④については、1965年の協定成立まで日韓の国交が断絶しており、1965年以降も日韓請求権協定の関係文書がすべて公開されず、個人の請求権が包括的に解決されたという見解が韓国内で一般的に受け入れられてきたため、「原告が請求権を事実上行使することができない障害事由があったと見るのが妥当であり、被告が消滅時効の完成を主張し、原告に対する債務の履行を拒絶することは、著しく不当かつ信義誠実の原則に反するもので許されない」と判示し、消滅時効の完成を認めた原判決を破棄した。

この大法院の見解(とりわけ上記③)は、韓国政府とは明らかに異なる。これまで同政府が日韓請求権協定の対象外としていたのは日本軍慰安婦、原爆の被害者、サハリン残留韓国人の請求権を数える。2012年大法院判決は、徴用された労働者などにも対象を広げたもので、韓国政府の従来の主張を超えている。韓国憲法裁判所だけでなく、大法院も、政府見解におもねることなく、「司法の独立」を堅持していると言えるだろう。日本で人権訴訟に携わる立ち場としてはうらやましい限り。

当然のことながら、この判決の影響は大きい。植民地支配下、朝鮮半島から日本の炭鉱や工場に動員されながら賃金をもらえずに帰国した朝鮮半島出身者は、少なくとも約17万5千人(日本の法務省2010年調査)に上るという。戦争とは、植民地支配とは、かくも悲惨でかくも大規模に人を苦しめる。いまだに、戦後は終わっていないのだ。

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  「ハスの花咲く極楽世界の王様金魚」
植物の不思議には、びっくりさせられることばかり。
まずは、ユリやシャクヤクなどの芽だ。ここいら辺に植えてあるのだから、もうそろそろ出てきてもいいのにと、毎日毎日、目を皿のようにして見ていても、見ている間は絶対に出てこない。忘れたことも忘れた頃に、赤みがかった、むっくりした芽がずいぶん伸びているのを見つけてビックリさせられる。チャワンバスの花の蕾もおんなじ。たくさんとはいいません、たった一輪でいいんです、今年こそは咲いてください、と心に願って見張っている。一日に何回も見ていたつもり。先日、チャワンバスの赤紫のとんがった蕾が、水から30センチも伸びているのを見つけてびっくりした。どうして水から蕾の先っちょが出てくるところに気がつかなかったのか。我が儘なことに、蕾を付けてくれた嬉しさが半減してしまう。そして今朝、ピンクの八重の花が開いた。生意気に真ん中に、小さな蜂の巣状の花托を付けている。蜂の子のような、クリーム色の種もちゃんとはいっている。いい匂いとはいいがたいけれど、ほのかな香りまである。

動物にだって不思議なことがある。
このチャワンバスの植えてある水鉢の中には金魚がたった一匹泳いでいる。ラッキーと名付けている。5匹いた小さな和金の生き残りだ。3年ほど前のある日、たった独りになってしまってか、世をはかなんで空中に躍り出てしまった(らしい)。外出から帰って、ふと見ると、半乾きの金魚の干物が砂まみれになっているのを見つけた。全く息をしていない。手に持ってもピクリともしない。シャベルで穴を掘って葬ろうとした時、この世の名残にもう一度水につけてやろうとふと思った。ラッキー。文字通り、水を得た魚となったのです。きっとラッキーは鯉のDNAが強くて、「まな板の鯉」のふりをしていたんだと思う。
それからは、心を入れ替えて、狭い水鉢に安住している。人間の足音がすると、しっぽをふって愛想を振りまくようになった。一回りも二回りも大きくなって、狭い鉢のなかを元気に泳ぎ回っている。ラッキーはハスの花咲く極楽世界の王様だ。
(2013年7月30日)

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Published in 火曜日, 7月 30th, 2013, at 22:24, and filed under 未分類.

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