(2021年11月29日)
北京冬季オリンピックが近づいている。来年(2022年)2月4日開会予定というからあと2か月余、正確には67日である。東京オリンピックについても誘致から開催強行まで不愉快極まりないものだったが、北京冬季オリンピックはさらにおぞましい。いったい誰のために、何を目指しての、このイベントなのか。
オリンピック憲章の中には、こんな条項がある。
「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。」
誰もが、この美しいまでに崇高な理念に共感せざるを得ない。目指すものは、「人間の尊厳」「平和な社会」である。オリンピックこそは平和の祭典であって、万難を排してでも開催することに意義がある。アスリートファーストに徹して政治を介入させるべきではない。私(たち)は、長くそう思いこまされてきた。
しかし、この思い込みの誤りが次第に明らかになってきた。世界はこれまで、崇高なオリンピックの理念とオリンピック運営の現実との極端な乖離に敢えて目をつぶり、あるいは混同してきたのだ。が、もうオリンピックの理想は絵空事の世界の話。実は、オリンピックの現実は商業主義と権力の汚辱にまみれているのだ。
我々は、昨年から今夏にかけて、IOCの胡散臭さを身に沁みて思い知らされた。そのトップに君臨するボッタクリ男爵の醜さ愚かさ、そしてその独善性も。「バッカみたい」という言葉に、もの欲しさのいやなニュアンスが付け加えられると、「バッハみたい」となる。北京オリンピック直前の今、またボッタクリがあの顔を出してきた。北京からの要請で北京の顔を立てようとしてのこと。逆効果になるに決まっているのに。
中国の著名な女子テニス選手である彭帥が、共産党の元最高指導部メンバーで副首相だった張高麗からの性的暴行被害をネットで告白した。これが11月2日のこと。短文投稿サイト微博への投稿は、相手が相手であるだけに相当の覚悟をもってのこと。この投稿は、わずか20分後に削除されたという。驚くべきことである。司法が介入する時間的余裕はない。誰かの一存で、被害者の声が瞬時に掻き消されるのだ。
この20分間に、彭帥の投稿をキャッチして拡散した人々がいた。こうしてこの投稿は世界中に大きな話題となったが、再びの彭帥の投稿はなく、その安否が気遣われる事態となった。中国社会の暗部と人権状況が露呈したと言うべきだろう。
当然のことながら、人権を重んじる国際社会からの批判や懸念の声は高く、北京オリンピックボイコットの声が大きく聞こえるようになった。中国当局は国際世論に糾弾されて窮地に陥った。そこに、つまらぬ顔である。例のボッタクリ・バッハ。唐突に、誰に頼まれて、なんのためのつまらぬ顔。
バッハやIOCが、幾重にも重なった彭帥の人権侵害を憂慮し、中国政府や中国共産党に対する抗議や要請を行った形跡はない。もっぱら、中国当局の窮状を救済する目的の行動に徹したとしか見えない。
バッハは、11月21日にテレビ電話に登場して彭帥の無事をアピールしたが、世界が納得したわけはない。さあ、69日後の北京冬季五輪はどうなるだろうか。
その中国は、相当に焦っている。日本にも声をかけてきた。「中国外務省の趙立堅報道官は25日の記者会見で、北京冬季五輪に関連し、『中国は既に、日本の東京五輪開催を全力で支持した。日本は基本的な信義を持つべきだ』と述べた」という。日本側で、中国の人権問題を理由に北京五輪に首脳や政府使節団を送らない「外交的ボイコット」を求める声が出ていることを牽制し、開催への支持を求めてものと理解されている。
私は知らなかった。『中国は東京五輪開催を全力で支持した』んだ。そんな怪しからんことをしていたのか。習近平政権と菅政権、悪党どもにも語るべき『信義』というものはあるんだ。
また趙は、林芳正外相の訪中に反対する自民党内の声に触れて、「北京冬季五輪と二国間の政治問題を関連付け、スポーツを政治問題化し、五輪精神を汚すものだ。中国は断固として反対する」と反発したという。あれっ、中国は「いかなる国も他国の内政に干渉してはならない」と言ってたんじゃなかったっけ? そもそも「五輪を政治問題化している」のはだあれだ? 「選手の人権を軽んじて、五輪精神を汚している」のはどこの国?
もともと、北京オリンピックをボイコットしようという動きは、人権問題での中国への抗議をきっかけとする各国人権団体の運動から始まった。新疆ウイグル自治区でのイスラム系ウイグル人への弾圧をジェノサイドだとする人権団体グループも多く、中国当局による少数民族への人権抑圧への抗議の声は高い。ウイグル、チベット、香港、内モンゴル、および中国の民主主義運動家の代表からなる広範な連合は、選手派遣の中止といった断固たるボイコットからいわゆる外交ボイコットまで、あらゆる対応を求めている。今、その動きは、現実に主要国の外交を動かし、「外交ボイコット」の動きとして現実化しつつある。
今北京オリンピックのあり方をめぐっては、世界が人権擁護派と非人権擁護派の二つに分裂してせめぎあっている。人権擁護派の先頭に立つのが、これまでは各国の人権擁護団体だったが、いま偶然の事情から毅然としたWTA(女子テニス協会)となった。そして、これに与するビリー・ジーン・キング、セリーナ・ウィリアムズ、大坂なおみであり、男子選手ではジョコビッチ等々である。
そして、非人権擁護派の陣営は、中国共産党とIOCの連合体である。はからずもその先頭の位置に立たされたのが、ボッタクリ男爵その人。中国共産党は一党独裁の威信にかけて北京オリンピックの成功が課題であり、IOCとバッハは、カネ・カネ・カネである。独裁政権と商業主義のこれ以上ない醜悪なハイブリッドというほかはない。
習近平とIOCのために、独裁政権の確立とカネ・カネ・カネを目指しての北京オリンピック。その正体が明らかになるにつけて、白けるばかりである。
(2021年11月28日)
ロイターの報道がメインのようだが、11月25日ブラジル・リオデジャネイロの連邦裁判所(一審)は、2016年のリオ五輪組織委員会会長だった被告人カルロス・ヌズマン(79)に対して禁錮30年11月の判決を下した。
ヌズマンは、ブラジル・オリンピック委員会の会長を20年以上も務め、リオ五輪招致の中心的な存在だった人物。16年の五輪開催地を決める09年10月の国際オリンピック委員会(IOC)総会を前に、投票権を持つ有力なIOC委員だった国際陸連(現世界陸連)前会長のラミン・ディアク(セネガル)らに200万ドル(約2億2600万円)の賄賂を渡したとして有罪になった。被告罪名は、贈賄・マネーロンダリング(資金洗浄)などだという。弁護人は控訴の方針だとか。
日本では、民間団体であるIOCやJOC関係者の贈収賄は処罰対象とはならない。ブラジルには処罰規程があるのだろう。ブラジル連邦警察は17年10月にヌズマンを逮捕した。彼の地の警察も検察も、裁判所も、よく機能している。ここではオリンピックが聖域化されてはいないのだ。
このニュース、この被告人が東京五輪誘致の中心人物とよく似た立場であることを連想させる。何より注目すべきは、被告人の贈賄先であるラミン・ディアク(セネガル)という人物名だ。そして、贈賄額の200万ドル(約2億2600万円)。あの人の疑惑と瓜二つではないか。
ラミン・ディアクは元国際オリンピック委員会(IOC)委員、16年のリオ五輪だけでなく、21年開催の東京五輪を巡る招致活動でも収賄の疑いがかけられている。その賄賂を贈賄した疑惑が持たれているのは、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長。ブラジルのヌズマンとまことによく似た立場。フランス当局が、竹田を贈賄容疑で正式捜査の対象としたとの報道のあと、コロナのお蔭か捜査の進展の報道が不透明となっている。
それでも、今年(2021年)の夏には「JOCが弁護費用2億円負担 五輪招致で疑惑の元会長に」という記事が各紙に掲載されている。「元会長」とは、竹田恒和のこと。被疑者としての弁護費用に既に2億円を要しているところ、その全額をJOCが負担しているというのだ。もちろん、JOCには税金を原資とする巨額の補助金が注入されている、今年度(21年度)予算では、受取補助金として76億円が計上されている。文春オンラインには、「2019年度の決算資料には、補助金などの収益が161億円超あり」と報道されている。そこから、竹田個人の弁護費用の支出には大いに違和感を感じでざるを得ない。潔さに欠ける、と言っても通じないだろうが。
本年8月8日の朝日の報道は以下のとおり。
「東京オリンピック(五輪)・パラリンピック招致をめぐる贈賄疑惑でフランス司法当局の捜査を受けている竹田恒和・元招致委員会理事長の弁護費用が2020年度までの3年間で約2億円に上り、その全額を竹田氏が19年6月まで会長を務めていた日本オリンピック委員会(JOC)が負担していることがわかった。JOCは19年3月の理事会で費用負担を決議しており、今年度以降も、捜査終結まで負担するという。
JOC関係者によると、竹田氏には日仏の合同弁護士チームがついており、翻訳料金なども含むと、JOCの負担額は仏当局の捜査が本格化した18年度が約6千万円、19年度は約1億円、20年度は約4千万円だった。
竹田氏は朝日新聞の取材に対し、弁護士を通じて「私は、JOC会長職にあったことから、規約により招致委員会の理事長となりました。本件は、理事長の職務として行った行為であり、私的な利益や動機は全くありません。山下(泰裕)会長を始めとするJOC理事会のご理解には深く感謝しており、私の身の潔白を証明することでその信頼にこたえたい」とコメントした。」
私は、なんでも刑事事件化して、徹底して捜査を尽くすべきだとは思わない。ブラジルやフランスのように、日本ももっと幅の広い増収賄処罰規定が必要だとも思わない。
しかし、わけの分からぬところで、わけの分からぬ輩がうごめき、わけの分からぬカネが動いての東京五輪誘致実現はなんとしても、納得しかねる。
東京五輪誘致のために電通や竹田がどのように動いたのか、誘致のための費用はどう捻出され、どう使われたのか、徹底して明るみに出していただきたい。
我々はオリンピックの現実をボッタクリ男爵の薄汚さによって学んだばかりである。IOCもJOCも商業主義に汚染され、カネを目当ての連中によって運営されているのだ。もう、こんなものには見切りを付けよう。納税者の名において、国費も都費も一切の公費のつぎ込みをやめようではないか。
(2021年11月27日)
「週刊金曜日」(11月19日号)に「浜矩子の経済私考」というコラムが掲載されている。その表題が、《『新しい資本主義実現会議』のとっても緊急提言らしい緊急提言》という、ちょっと不思議な長い文章になっている。
岸田のいう『新しい資本主義』とはいったい何なのだろう。浜矩子はどうとらえているのだろうか。そういう関心から読み始めると肩透かしを食らう。《この岸田の緊急提言は、いかにも泥縄に拵え上げられた『緊急』提言らしい緊急提言で、読んでも何が言いたいのか分からない》《むしろ、悪文の見本としての教材として有用である》という趣旨。さすが浜さん、歯に衣着せずに本当のことをおっしゃる。
浜さんの文章を全文引用したいところだが、やや長い。抜粋して引用させていただく。
岸田文雄首相の肝いりで立ち上げられた「新しい資本主義実現会議」が、11月8日に緊急提言を発表した。副題に「未来を切り拓く『新しい資本主議』とその起動に向けて」とある。
Iから?の三部構成で、Iが総論、?が成長戦略編、?が分配戦略編となっている。Iを熟読してみた。ここを読めば、岸田氏が自民党総裁選以来、一貫して前面に打ち出してきた「新しい資本主義」の何たるかがいよいよわかる。そう考えたからである。
結論的に言えば、岸田氏が考える「新しい資本主義」が何物であるかは、皆目、わからなかった。わからなかったから、論評のしようがない。
だが、一つ、とてもよくわかったことがある。この緊急提言は、実に緊急提言らしい。大急ぎで、疾風怒濤のごとく取りまとめた観が実に濃厚だ。
取りまとめたというよりは、寄せ集めたという印象だ。思いつく言葉を、手当たり次第、放り込んだ。そんな文章運びになってる。いや、文章運びにはなっていない。文章散らばしだ。そして、多くの文章が長すぎる。一つの文章でたくさんのことを言おうとしすぎている。
……文章が長くなりすぎると、必ず文法が破綻する。文頭と文末の関係が不整合になる。それだけならまだいい。長すぎる文章は、途中で話題が変わってしまうことがある。こうなると、目もあてられない。
長すぎる文章は、声に出して読み上げると、途中で息が切れて苦しくなる。息継ぎが必要な文章は、長すぎると断定していい。文章が長すぎると、読み終えた頃には、冒頭がどうなっていたかを忘れている。読み直しが必要となる。だが、いくら読み直しても、最後にたどり着いた時には最初を忘れている。無限ループの地獄に陥る。
「新しい資本主義実現会議」の緊急提言に、以上の全てが面白いようにあてはまる。この「緊急提言」は、「良き論文の書き方」の反面教師として教材に使える。
この岸田政権の文章は「良き論文の書き方」の反面教師としての教材なのだ。端的に言えば、「悪しき論文の典型」にほかならない。こう紹介されると、読者は「そんなつまらないものは見たくもない」派と、「そんなヘンなものならぜひ目を通しておかなくては」派に分かれるだろう。私は後者なので、官邸の下記URLを開いてみた。「?.新しい資本主義の起動に向けた考え方」の部分だけなら、1500字ほどの文章。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai2/shiryou2.pdf
なるほど、浜さんがこうまで悪文と言ったわけを納得する。浜さんに、こう言ってもらわないと、論旨を把握できない自分の読解力に問題があるのかと焦ることになってしまったかもしれない。
それとともに、別の感想ももった。このわかりにくい文章は、実は、「新しい資本主義」を論じたものではなく、徹底したアベノミクス批判なのではないのだろうか。その暗喩だからこそ、ことさらに分かりにくくなっているのではないだろうか。岸田は、本当のところは下記のように言いたかったに違いない…と思うのだが。
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新自由主義を脱却した「新しい資本主義」の起動に向けて
政府は、資本の横暴を野放しにして成長一辺倒をコンセプトとした新自由主義経済を克服するため、内閣に「新しい資本主義」実現本部を設置した。
現在、世界各国において、地球環境の持続可能性や「人の尊厳」を重視し、資本の利潤追求を抑制する「新しい資本主義」の構築を目指す動きが進んでおり、我が国がこの動きを先導することを目指す。
具体的には、1980年代以降、世界を席巻した新自由主義の傾向が強まり、大資本の活動の自由が過度に強調され、市場原理主義や規制緩和政策跋扈の結果、一方に富の集中が加速し、他方に労働者や中間層の所得は伸び悩み、今や耐えがたい格差と環境破壊が、資本主義の行き詰まりを露呈している。
小泉政権時代から始まり安倍政権に至る、新自由主義的経済政策は悉く失敗に帰した。とりわけ、アベノミクスが今日の顕著な、日本経済の停滞、格差の拡大、下請け企業へのしわ寄せ、自然環境破壊、正規非正規の差別、男女賃金格差等々の矛盾を拡大してきたことを率直に認めるところからしか、日本経済再生の途はない。
全てを市場原理に任せて、大資本・グローバル資本の横暴を恣にしたこれまでの経済政策の失敗を深刻に反省して、今こそ、民主主義の政治をもって、所得と資産の再分配を実行しなければならない。
江戸時代の商人でさえ「三方良し」を理念とし、企業活動は「消費者に良し」「社会に良し」というかたちで企業の利潤獲得以上の理念や価値の存在を認めていた。
今まさしく、《社会・自然環境・人権・多様性・格差の是正等々の諸正義と並立する、新しい時代の経済》を創る必要がある。
また、何よりも合理的な再分配の実現が、最初の一歩である。企業の利益を従業員に賃金増額の形で分配してはじめて消費の拡大につながり、消費拡大によって需要が拡大すれば、企業収益が更に向上して、成長につながる。分配戦略こそが、成長を支える重要な基盤である。
さらに、経済は社会に生きる人々の幸福追求に奉仕するものでなくてはならない。経済成長や資本のための制度設計、あるいは人の幸福を阻害しない経済という消極的な位置づけから脱却し、積極的に人の自由と生き甲斐と豊かさに奉仕する経済を目指さなければならない。
そのための教育制度を改革し、多様性(ダイバーシティ)と包摂性(インクルージョン)を尊重し、女性や若者、非正規の方、地方を含めて、国民全員が参加・活躍できる社会を創り、一人一人が付加価値を生み出す環境を整備する必要がある。また、リカレント教育やセーフティーネットの整備を通じて、やり直しのできる社会、誰一人として取り残さない社会を実現する必要がある。また、人たるに値する生活水準の保証の上に、適正な評価にもとづく配分の積み重ねが必要である。
このような視点を含めて、我が国においても、まずは分配戦略を確実にして、これを基盤とする生産性向上を目指す。その果実を働く人々に賃金や応能主義税制を採用しての手厚い社会保障の形で再分配することで、広く国民の所得水準を向上させて、次の成長を実現する。そのような「分配と成長との好循環」の実現に向けて、政府、民間企業、労働者、労働組合、大学等、地域社会、国民・生活者がそれぞれの役割を果たしながら、あらゆる政策を総動員していく必要がある。
「新しい資本主義」実現会議では、こういった基本的な考え方を踏まえて、ビジョンとその具体化の方策を取りまとめ、世界に向けて率先して発信していく必要がある。策定にあたっては、車座対話を随時開催し、特に経済的な弱者・困窮者層やその代弁者からの関係者の方々の声を丁寧に聞きながら、検討を進めていく。
以上のとおりアベノミクスに対する徹底批判こそが、「新しい資本主義」の真意であり、岸田内閣が最優先で取り組むべき施策なのである。
(2021年11月25日)
私の父は、兵営から長男の私宛に、軍事郵便のハガキを一通だけ書いている。昭和20(1945)年3月7日の日付のもの。
葉書の文面は
「毎日お父さんの写真の前に行っておじぎをしてゐるとは愛い奴じゃ 余は満足に思ふぞ」
この文面について、父が戦後に書いたメモがある。
「統一郎はこの頃一歳半。その後赤羽の祖父(私から見ての母方の祖父)や光子(私の母)と毎日のように八幡さんや護国神社にお参りしたとも聞いた。」
同じ頃の「光子様」宛の葉書
本文「3月1日現在の軍人軍属臨時届をしたであろうか? これから送る繪は何かに貼って大切に保存して呉れ みんなに宛てたのもそうしてくれればなほいゝ」
メモ「そうは書いたが、まもなく青森県三本木町(現十和田市)に近い相坂村字小坂に駐留(奥入瀬川畔)あまり絵を書かないようになったと思う。
士官適任証をもらっていたところから仙台の予備士官学校に行くことになったが間ぎわになって急性肺炎を患う。自動車で八戸陸運病院の玄関へ入ったところで人事不省。熱40度を超し、大声を発し刀を抜いて振り回すので、軍医は熱が下がったら弘前の精神病院に回すと言った由。当番兵七戸上等兵には随分お世話になった。退院の日仙台市が爆撃されたと聞いた。
あまり繪は描かず、もっぱら絵芝居で各中隊や村民への慰問に回ったりした。相坂へ来る前、弘前の部隊へ音丸(歌手)一行が慰問に来、その中に腹話術があった。私も行ってみたいと思い、独学の工夫を始めた。前歯の空いているのがいけないと三本木の歯科医へ通って(片道6 kmぐらいか)冠をかぶせてもらう。
前の召集の時には一日とて召集解除を願わぬ日はなかったが、この度はーこの戦いとても勝てそうにない。と言って負けるとも思えない。とすれば長期戦になるのであろうーと腹を決め召集解除のことはあまり考えなかった。
―― ―― ―― ―― ――
8月15日敗戦ヘ。兵具を納め部隊解散までには少々間があり村人の作ってくれた濁り酒を飲み9月末に貨車に乗って盛岡へ帰った
第1回招集 3年7ヶ月
帰郷 10ヶ月
第2回招集 1年3ヶ月
軍隊生活は私にとって何であったろうか
全く聖戦と思っていたし、実弾の下をくぐったことも白刃を振ったこともなく、演習に次ぐ演習。
辛くはあったが軍隊を地獄と思ったことはない。
体を鍛えてもらっただけでも私は恵まれた星の下において頂たのだと思う。
以下は、満州での兵隊生活メモである。すべて、スケッチが付いている。
1月30日か31日が歩兵第31聯隊の黒溝台記念日(日露戦争での激戦)で毎年耐寒行軍があった。
昭和17年1月の行軍は行程10キロほど。朝5時に兵営を出て、遅くも8時には帰営して朝食の予定。ところが、歩けど歩けど、兵営に帰り着かない。前の大隊副官の馬もパカパカ歩を進めているし、私たちも普通に歩いているつもりだが、時たつばかり。防寒靴の裏には雪のコブがつく、凍傷で倒れるものがでる。帰着したのは13時だった。零下42度の不思議な出来事だった。
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10分間の小休止でも、兵は叉銃(さじゅう)するとゴロリと横になってすぐいびきをかいた。起床!の声に目を覚ますと、外套の上には厚い霜柱が立っていたものだ。
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水の欠乏に耐える訓練をするとて、一か月間ほど奥地へ入って天幕生活をしたことがある。コップ一杯の水で洗顔と口濯ぎ。行軍の際1日で水筒一つ入浴なし。でも時々小川へ入って水を浴びた。この絵(ランプ)はその時のもの。
どこで手に入れたか定かでないが、真鍮製の矢立を持っていた。この絵はそれで描いたもののように記憶している。
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演習地でよくノロを見た。雄には立派な角がある。日本の鹿より少し小さかったように思う。はやすと、どこまでもまっすぐに逃げ、曲がることをしなかった。
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演習は厳しかった。
炎熱下、水筒の水がきれ、路上の溜まり水を飲んだこともある。
夜行軍では、眠りながら歩いた。前の兵が道を曲がったのに気付かず、まっすぐ歩いて沼の中へズブズブ。後に続く兵もズブズブ、腰まで浸かったところで気が付いたということもある。
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兵が「班長殿、鱈を取ってきました」ー 大きな魚をぶら下げてきた。「鱈は海の魚だぞ」とよくよく見ればヒゲがある。それは大鯰だった。
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休憩時の話といえば、召集解除と美味しかった食べ物の事。
慰問袋のスルメを細く切って2、3日水に浸し、――これは、とろろ。
生大根を輪切りにして――これは、かまぼこ。
人参を角に薄く切って――これは刺身にしよう。
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四方八方見渡しても、山も見えず、一本の木も見えぬ曠野で演習していた時、伏せ!の号令で伏せると、蝉の声が聞こえる。進め!で立つと<何も聞こえない。はてメンヨウな。次に伏せた時よく見ると、菫ほどの大きさのアヤメの葉に深山蝉が止まって鳴いていた。これがその実物大である。(小さな蝉の絵に下記の一句)
志ん志んと 草むらに鳴く 深山蝉 具運莊
(2021年11月24日)
作日(11月23日)は、日民協創立60周年記念集会だった。60年安保を闘った超党派の法律家運動が、安保後も憲法の理念を擁護し平和を守るための組織をつくった。それが、法律家の統一戦線組織としての日本民主法律家協会である。
当時、「安保反対」「安保違憲」は国民の常識であった。今も、真っ当な市民の良識ととらえねばならない。
60周年記念集会のメインの企画は、渡辺治さんの記念講演。演題は「激動の10年の政治史と日本民主法律家協会の役割」というもの。全国町村会館会議室での会場参加とオンライン(Zoom)、ユーチューブ配信でのハイブリッド企画。
渡辺講演は、たっぷり2時間半。さすがに、緻密な説得力のあるものだった。その講演内容は、「法と民主主義」12月号に掲載されることになるので、詳細はそちらに譲るとして、私の印象に残ったことを少しだけ記録しておきたい。
渡辺さんによると、2015年を転機として「共闘の時代」が幕を開けたという。共闘とは、「安倍政権の悪政にストップをかけようという市民と野党の共闘」である。このとき、集団的自衛権の行使は許されないとしてきたこれまでの政府解釈を突如強引に変更して「戦争法」を成立させた安倍政権に、未曾有の反対運動が盛り上がった。この運動の中で、市民運動の共闘がまず出来、その呼びかけで民主党・共産党・社民党などの野党による55年ぶりの共闘が実現した。こうして、市民運動と国会内での闘争の連携が前進した。
この市民運動の高揚の土台には、自衛隊イラク派兵反対や有事法制反対の平和運動、9条の会運動の発展、超党派の反原発運動、そして幅広い法律家運動などの各分野の高揚と共闘への参加があった。
共闘の一致点は、安保反対でも自衛隊違憲でもない。これまで政府が墨守してきた専守防衛路線の放擲、集団的自衛権の容認への怒りである。自衛隊を認める人も安保を容認する人も、その多くが《安保条約の攻撃的軍事同盟化・自衛隊の海外での武力行使・アメリカの戦争への日本の加担》には反対なのだ。
こうして始まった「共闘の時代」だが、今回の衆議院選挙は、本格的な「野党共闘路線と自公政権との対立」の初戦であった、という。
ようやく共通政策ができたのが選挙直前の9月8日。その共通政策の各地への浸透は不十分なままの選挙戦突入であった。それでも共闘の成果を確認することができる。この共通政策を各地域で具体化する努力が必要であり、それが出来たところでは小選挙区での勝利を勝ち取っている
この立憲各党の初めての本格的な選挙共闘に対しては、初めて本格的な自公政権側からの攻撃がなされた。今回は、その攻撃への対応が不十分だったというほかはないが、次からの戦いにこの経験を活かさなければならない。
この辺りはよく整理された分かり易い選挙総括と言うべきであろうが、興味深かったのは会場からの質問に対する回答としてなされた幾つかの解説。
まずは連合をどう見るかということについて
渡辺説では、連合を実体以上に過大視してはならないという。そもそも連合は一枚岩ではない。確かに民間大企業労組は共闘路線に反対ではあるが、官公労は決して反共闘派ではない。むしろ「平和フォーラム」を結成して積極的に野党共闘の一翼を担っている。
連合中央は紛れもなく反共・反共闘の立場だが、全国に組織を持っている官公労の意見を無視することはできない。またトヨタに代表されるような大企業の労働組合は地域ではともかく、決して全国的な影響力を持つものではない。何よりもトヨタなど大企業正社員の支持政党は野党ではなく自民党である。自民党の新自由主義路線の徹底で大企業が儲かれば自分たちも潤う、という意識が今の民間大企業正社員労働者の意識であって、決して立憲民主党や国民民主を支持する立場ではない。
維新については、言われる通り自民党に愛想をつかした保守票の受け皿となって、今回選挙では票と議席を伸ばしたということは基本的に当たっている。しかし、それだけでは説明のつかないことが多くある
維新は徹底した新自由主義理念の政党と考えてよい。大阪で地方権力を握った維新は、保健所を減らし公立病院を減らし、公務員の人員を削減して人気を博した。さらに、こうして予算を浮かせたその金で高校教育無償化などというポイントの政策に金をつぎ込んでおおきな人気を勝ち得た。この路線は、財政に余裕のある大阪だからできたことで、余裕のない関西の他の府県でできることではない。
また東京でも、維新は票を伸ばしたがこれは関西の維新票とは性格が違う。東京で維新を支持したのは富裕層、ないしは大企業正社員層とみて良い。自民党以上の徹底した新自由主義路線にもとづく政治改革に期待し歓迎した層である。
(2021年11月23日)
私の父は、2度の徴兵を受けて、軍隊生活を送った。
その兵営、主としては満州の地から、妻に軍事郵便のハガキを送り続けた。そのいずれにも、満州の風物のスケッチが画かれている。中には、軍隊生活の様子も。幾つかの版画もある。
父は、戦後そのハガキを一冊のアルバムにまとめて保管していた。父の没後には長く次弟の明が所持していたが、先日明の葬儀の際に、明の妻に乞うて私が預かることにした。
このアルバム、葉書を納めるサイズにできている。「昭和16年(1941年)7月 支那事變第4周年記念」に、陸軍恤兵部が制作した「繪葉書帖」とされている。表紙に、「囘顧」と標題があり、銃剣を携えた兵と中国風の城門が描かれている。父は、戦後、このアルバムに妻に宛てた葉書を納め、さらに、軍隊生活を中心に幾つかの自分の来歴についてのメモを残している。
その一部を紹介したい。何らかの意味あるものと思う。なお、メモに出てくる光子は、私の母である。
昭和5年から12年まで仙台市芭蕉辻近藤槙三郎商店(株式賣売)に勤務
9?12年は樺太支店、
同店倒産、帰仙。
自営を試みるが失敗。
13年4月盛岡市助役村田幸之助先生(黒沢尻中学時代に法政経済を教わる)を頼って盛岡市へ行く。市雇員に採用してもらって商工課勤務、商工業組合の係となる。
肴町に数組合の合同事務所があり、そこの主任に迎えられることになった直前ー
召集令状をもらい昭和14年5月3日北部第16部隊(歩兵第31聯隊のこと)第7中隊に入隊。
弘前は桜の真っ盛りだった。
一期検閲の後、幹部候補生を志願して幸いにもバス。
教官は松田正勝中尉
助手 鳥居 軍曹
佐藤昇治上等兵
乙種幹部候補生(下士官適任)となり
軍曹任官
中隊長に千葉徳郎中尉が着任してから特に目をかけてもらい、戦地へ行く新しい部隊が編成されること度々であったが、その都度留守隊に残された。
昭和15年夏
仙台から父重助中風で倒れるとの電報をもらって帰仙の途中盛岡に降り、赤羽光子に求婚。数日間父を看病して帰隊。
その後光子は仙台に行き職を得て家計を助け、父の看病にあたる。
父10月7日没
行軍は弱いし銃剣術は下手。衛兵司令は逃げたがる。決して優秀な下士官ではない。
好きなのは週番下士官(演習に出ないですむし、命令受領が苦にならない)。
それに得意なのが演芸会での“蟇の膏“軍旗祭に出演して連続一等を取ったのでその後は特別出演。
聯隊長はずっと板津中佐であったが、蟇の軍曹に毎回酒数本を下さった。
昭和16年夏関特演(関東特別演習)という動員あり。
部隊をあげて満州にわたることになる。
聯隊長は板津中佐。千葉徳朗中隊長は、私を指揮班長として編成してくれた。
8月10日頃出発して下旬に満州国黒河省愛琿に到着し、満州国第7202部隊として翌17年11月まで警備にあたる。
―― ―― ―― ――
盛岡に出す手紙はがきに一連の番号をつけた。
軍曹をもじって“具運莊”と号した。武運長久の祈りを篭めて。
渡満の時の輸送船では秋田の聯隊と一緒だった。
船長が演芸会を催してくれ秋田からは専門家らしい浪曲が出たりしたが、私の蟇一等。商品は我が中隊の下士官を喜ばすに充分だった。
―― ―― ―― ――
満州は広い広い。
有蓋貨車で運ばれたので便所がない。田舎の駅に着いて、鉄路(単線)の遥か彼方に対抗の列車が見えたら全員下車で用を足す。
大の用を足して貨車に乗っても対向車はまだ着かない。
(昭和17年)11月招集解除雪の満州を後に3年7か月の軍隊生活を終えた。
千葉中隊長が士官適任証をつけてくれた。
昭和18年8月29日統一郎誕生。その1ヶ月後に横須賀海軍工廠造兵部に徴用される。
▽浦郷寄宿舎の寮長
▽第1回の胃潰瘍で海軍病院に入院
▽4月3日神武天皇祭の弁論大会で優勝。翌4日工廠15万人が聞く有線で放送する
▽寮生(15歳山形県出身)が流行性脳脊髄膜炎にかかったのを救う
昭和19年7月7日、横須賀で第2回の召集令状を受け、弘前東部第57部隊(隊長中村覚之助中佐)に入る。
曹長に進級。号を“息吹”とする。新しい時代の息吹を吸う男の意。
聯隊本部付きとなる。勤務年が短いので営外居住とならず、ただ一人の営内曹長だったので酒保にも顔がきいた。(続く)
(2021年11月12日)
弟・明の急逝が本年8月12日。葬儀が同月の15日だった。本日が、3度目の月命日となる。喪失感は、まだ癒えない。
先月12日の当ブログに、亡弟についての記事を書いたところ、元毎日新聞労働組合本部書記長を務めた福島清さんから、ご親切に弟の組合活動に関する資料をお送りいただいた。厖大な資料の中から探していただいたであろうことに、感謝に堪えない。
送っていただいた資料の中に、毎日労組西日本支部の機関紙「いぶき」のコピーがあった。1983年10月4日号の一面が「第37回定期支部大会」を報じている。その大会で、弟は支部長に選任されている。
その紙面に、「39期澤藤執行部がスタート」という見出しで、下記の澤藤明新支部長の挨拶が掲載されている。「1人1人手携え」「前途多難 乗り越える努力」という表題が付けられ、いかにも若々しい、弟の顔写真が添えられている。当時、弟は35歳。
やや長文で、掲載は抜粋にしようと思ったが、どうしても削れない。全文を掲載させていただく。
「今責任の重さに身が打ちひしがれそうな状態です。西部支部760人の生活と権利を守っていく戦いのトップに立たねばならない。自分の器でやれるのだろうか。若くて未熟な私がやって本当によいのだろうか。正直言ってこんな疑問を自分自身にぶつけながらの支部長就任でした。
推薦委員会からの推薦を受け職場(整理部)の仲間から尻をたたかれるような『激励』の波に洗われているうちに、山口支局時代に取材した自衛官合祀訴訟の原告中谷康子さんの言葉をふと思い出しました。中谷さんの夫は自衛官として在職中に死亡。その霊を自衛隊が護国神社に合祀したことにクリスチャンである中谷さんが反発、合祀を取り下げるように求めました。憲法の「信教の自由」を真っ正面から問う訴訟の取材に伺ったのは第一審判決の直前の頃でした。
私が「こんな大きな訴訟を女手一つで戦ってこられた原動力は何ですか」と問うと、中谷さんは、聖書の中の一節を示してくれました。それは「神はその人の力に能(あた)わざる試練は与え給わず」という言葉でした。「人生にはいろんな試練が次から次に降りかかってくるものです。でも、澤藤さん。どんな難事に見えることでも、必ずその人の力で乗り越えられるものなのよ」と中谷さんは笑顔で解説してくれました。
実際、中谷さんは、一審、二審とも勝訴し、見事に試練に耐え抜き、勝利を掴んでいます。
西部支部支部長という自分に課された試練の重さを改めて思うにつけ、あの時中谷さんが示してくれた聖書の言葉の深い意味が実感されます。私は35年間、どちらかと言うと淡々とした道を歩いてきました。長という肩書きがついた仕事は小学校の時学級委員長というのをやったくらい。人の世話をしたり、人を引っ張っていくといった仕事には無縁でしたし、今後も縁がないだろうと思っていました。
それだけに、中谷さんの言葉を一つの励みとし「自分の力でこの試練は乗り切ることが出来る」と自分自身に言い聞かせながら、歩を進めていきたいと決意しております。
試練に立たされているのは私一人ではありません。組合員一人一人であり、新執行部であり、会社という組織全体でもあるわけです。一人一人と手を携えて試練に立ち向かっていきましょう。
また中谷さんを取材した時の話になりますが、「聖書の言葉だけが、あなたの導きだったのですか」と問うと、「それだけではありません」と言って、押入れの中からダンボール二箱にいっぱい詰まった全国からの激励の手紙を見せてくれました。小学生からのたどたどしい文字の手紙、お年寄りからの手紙、「お小遣いを貯めましたので」と書き添えられたカンパ……。「この一つ一つの支援の声がなかったら、私は途中で投げ出していたでしょう」と中谷さんは正直に話してくれました。
組合の執行部は、リーダーシップを発揮せねばならない立場にあります。しかし中谷さんと同じように、多くの人の支えがなければ、この難局を乗り越えていくことはできません。生まれたばかりの新執行部に絶大な支援をお願いしてやみません。」
いかにも、若い頃の弟らしい、穏やかで柔らかい発言。ああ、弟はこうして懸命に生きていたのだ、という感慨一入である。
(2021年11月9日)
(本郷湯島九条の会・石井 彰)
本降りの雨のなか、本郷三丁目交差点「かねやす」前で、7人の会員がプラスターを掲げ、「9条改憲許さず」の声を上げました。
衆議院総選挙の結果について3人の弁士はそれぞれ「9条改憲の危機」を訴えました。自公維新が改憲に必要な310議席を大幅に上回る334議席を獲得し、「野党共通政策」を掲げた立憲民主党・日本共産党・社会民主党・れいわ新撰組は110議席と改憲勢力の33%に終わったことに警鐘を鳴らしました。
メディアは野党共闘の「失敗」を喧伝し、何とか野党共闘の分断を図っていることを訴えました。一方、野党統一候補は62議席を獲得し、惜敗率80%以上の選挙区は54選挙区に上り、合わせると116選挙区になり、289選挙区の40%で接戦、大接戦になっていたことを知らせました。この接戦区で競り勝つことでできていれば、自民党は確実に過半数を割っていたのです。
岸田文雄首相は、11月1日、「党是である憲法改正を積極的に進めたい」と発言し、30議席増の維新の松井一郎代表は「来年の参議院選挙は改憲の国民投票」をおこないたいと力説しました。私たちは、衆参両院の憲法審査会をこれ以上動かしてはいけない、そう訴えました。
さらに今こそ立憲主義、憲法に基づいた政治、民主主義を貫くことの重要性を訴えました。戦後一貫して憲法9条を守り、ふたたび戦争しないことを世界に宣言した日本の約束を果たさなければならない。それはまさに戦前のような「ものをいえない社会」に戻してはいけないことだ、そう訴えました。
[プラスター] ★人類の理想戦争放棄の9条、★9条改憲、戦争できる国ストップ ★改憲論議は不要不急 ★戦争の泥沼を忘れたのか ★私たちは憲法9条を守ります。★格差・貧困をなくせ、税源は金持ちから 大企業から
○ みなさま本当にご苦労様でした。衆議院総選挙の結果、ますます日本の支配層は頭に乗って国民を蔑ろにする政治をおこなうことになるでしょう。負けてはいられません。多くの国民とともに9条を守り、温暖化をはじめとした地球的課題解決のためのたたかいを一層強めなければなりません。頑張りましょう。
次回は12月14日、赤穂浪士の討ち入りの日です。多くのかたがたのご参加をお待ちしております。
(以下、澤藤)
マイク代わります。雨の中ですが、ほんの少しの時間、お耳貸してください。
この度の総選挙は、8年9か月に及んだ安倍・菅政権の国政私物化に対する審判のはずでした。ところが、その対策として、自民党は直前に表紙になる顔を取り換え、看板を付け替えました。看板代えたところで自民党商店の売ってる商品は同じじゃないか、国民はそんな姑息な小手先に欺されるほど愚かではない、というのが私たちの思いでした。…が、結果を全体としてみれば、もののみごとに騙されてしまったようです。
自民党が議席を減らしたにせよ過半数を確保し、そして改憲・反共「ゆ党」の維新にも勢いづかせてしまいました。この選挙結果は、無念で重いと言わねばなりません。
岸田自民党は、安倍・菅政権とは別物なのでしょうか。岸田さんは、「新しい資本主義」を掲げ、「成長と分配の好循環」を謳っています。これ、なんだか、お分かりですか。イメージだけが目新しく、何かやってくれそうで、実は空っぽ。これ、悪徳商法の手口です。気をつけなくてはなりません。
岸田さんの言うことは、「資本主義」とも「古い資本主義」でもない、「新しい資本主義」。「新自由主義」ではない「新しい資本主義」。そりゃいったい何じゃ?その言葉、とうてい自分でも分かって使っているとは思えません。
無内容なことをもっともらしく語って聞かせることこそが、悪徳商法の手口の基本。皆さん、騙されちゃいけない。
もう一つの岸田キャッチフレーズが、「成長と分配の好循環」。なんという無内容。これまで9年近くもどちらもできなかったから、看板を掛け替えざるを得なくなったのです。問題はどうしたら、成長や分配を実現できるかなのに、具体策ないままに両方やりますでは悪徳商法の、「実現性のない甘い投資勧誘」。こんな初歩的詐欺に引っかかってはいけません。
古くも新しくも資本主義は資本主義。資本による利潤の追求を認め、必然的に富の偏在と貧富の格差を生み出し、むしろ貧富の格差を積極的に容認する社会。さまざまな矛盾が噴出するのは当然のことです。その矛盾は、この社会に生きている人間の尊厳を傷付けます。それをどう克服するのか。産業革命以後人類が直面している大きな課題です。
資本主義の生み出す諸矛盾を平和的に解決する手段として議会制民主主義を意識し、これを活用しなければならないのではありませんか。選挙を通じて、格差や貧困にあえぐ人々の政府をつくることが目標です。
その方向を指向して、少なくとも公助の手を広く差し伸べる政府でなくてはなりません。「成長」か「分配」かを問われれば、「成長」は資本の自己責任で結構、「分配」こそが公助を責務とする政府の取り組むべき課題です。
資本主義が必然的に生み出した富の偏在を、議会制民主主義が可能とする作用で大胆に再配分して真の公正を実現すること。労働運動や多様な社会運動と連携しあるいは支えられつつ、議会内に、そのことをなし得る勢力を形作ること。それこそが、この社会に生を受けたすべての個人の尊厳を擁護するすべではありませんか。
私は確信しています。人権や民主主義尊重の思想が社会的に力をえて、まっとうで公正な議会と行政府を構成することによって資本の横暴を克服することが可能であることを。
今、その途上で逆流に遭遇していますが、決して本流を変えることはできません。
(2021年11月8日)
通常の民事訴訟では、法廷での発言は訴訟代理人の弁護士が行う。訴訟手続を身につけた弁護士の発言が的確で当事者本人の利益に適うからだ。忙しい裁判所にしてみれば、要領を得ない当事者の発言に耳を傾ける余裕はなく、代理人弁護士の整理された発言だけを聞こうとする。
しかし、「通常ならざる民事訴訟や行政訴訟」においては、当事者本人が直接裁判所(裁判官)に発言を希望し、裁判所にその発言を聞いてもらうべき場合が少なからずある。
弁護士は当事者の求めに応じた法的論理を組み立て、その論理に沿った事実を、当事者に代わって論述することはできる。通常の法廷で求められているのはそこまでである。しかし、当事者のもつ怒りや悲しみ、悩みや苦しみ、理想や情熱、あるいは気迫を裁判所に伝えたいという当事者や事件も少なくない。そのことの代弁は弁護士にはできない。
そういう事件の当事者の姿を、その振る舞いや物腰を裁判官には直接に見てもらいたい。その訴えの声に耳を傾けていただきたい。そのことを通じて、当事者本人の人格や真摯さに触れていただきたい。そして、その人の要求の切実さや要求を求める心情の真っ当さに共感していただきたい。
「聞くまでのこともない、紙に書いた文字を読めば分かる」というものではない。法廷での発言する当事者本人の息遣いを感じて欲しい。発言する側も、裁判所の態度を見守っている。真摯に聞いていただけたら、裁判所に対する信頼が増す。相互の信頼関係を形成し継続する過程として訴訟は進行しなければならない。
本日、東京「君が代」裁判・第五次訴訟の第2回口頭弁論期日であった。裁判所は、事前には原告本人の意見陳述には難色を示していた。しかし、口頭弁論直前の進行協議の場で当方の要望を容れて、原告本人2名、代理人弁護士1名の意見陳述を認めた。裁判所の柔軟な姿勢が好印象だった。
この訴訟の原告となつている教員の皆さんは、それぞれに実に多様なのだ。どなたのお話を聞いても、個性に溢れている。本日の原告本人の陳述内容をご紹介したい。
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意見陳述を認めていただきありがとうございます。Iと申します。36年間都立高校で英語の教員を務めて一昨年定年退職し、現在は非常勤教員として勤務しています。
私は卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったために3回処分を受けました。そのうちの2回の減給処分は裁判により取り消していただきましたが、いずれも取消された直後に改めて戒告処分を受けました。都教委はこの2回に渡る再処分について「」判決に沿って処分の出し直しをした」と主張していますが、どの様な議論を経てどの様な根拠で前例のない再処分を出したかを全く明らかにしていません。また、懲戒処分に不可欠としてきた再発防止研修をこの再処分については実施しませんでした。つまりこの再処分は、私にボーナス減額などの経済的不利益を再度与えることが目的だったのです。このような執拗ないじめのような処分が一体合法なのか、裁判官の皆さまには私の身になってお考えいただきたいのです。
私が君が代斉唱時に起立できない理由は二つあります。一つは、都立高校が生徒に国歌斉唱を強制し生徒の人権を侵害しているから、そして私が起立して歌えばその人権侵害に加担することになると思うからです。日本は少数派に対する想像力が低い国だと思います。
2003年の10.23通達発出以前は、私たち教員は入学式・卒業式の前に「国旗国歌に対してはいろいろな考えかありますから、生徒のみなさんは自分の考えに従って行動して下さい」と説明することができました。生徒の中には外国にルーツを持つ生徒や様々な背景を持つ生徒がいて、君が代を歌うのが本当に辛い生徒や歌いたくないと考える生徒がいることを私たちは知っています。そういう生徒の心を守りたい、多様な意見が尊重されることを生徒に伝えたいと心から願っていました。
しかし、10.23通達後この説明は禁止されました。現在都教委の指示で作成される式の進行表には「起立しない生徒がいる場合は起立を促す」と書かれています。生徒に起立しない自由はありません。立ちたくない、歌いたくない生徒たちはどんな思いで立っているのでしょう。どうして彼らの人権を踏みにじって許されるのでしょう。生徒に国歌斉唱を強制する目的は一体何でしょう。
反対意見はロにするな、権威や常識は疑うなと教えるためでしょうか。もし私が処分を恐れて起立斉唱したら、権威には逆らえないと生徒に教えることになります。圧倒的な同調圧力に屈して立って歌えと強制する側に回ってしまいます。それだけはできないとの必死の思いで、私は強制に反対してきました。
起立斉唱できないもう一つの理由は、都立高校に自由闊達な議論の場を取り戻したいからです。10.23通達後の都立高校では、教員が徹底的に議論して合意形成するという文化がなくなってしまいました。学校運営については管理職と主幹や主任などが企画会議で決め、一般教員はそれに従うというシステムです。そして職員会議でも教員は意見を言わなくなりました。もはや上層部の決定に疑問すら持たなくなっていると感じます。
私の勤務校でこの春、卒業式に関する包括的職務命令を校長が出した際、「職務命令」という耳慣れない言葉の意味を知らない教員は多いはずなのに誰一人質問すらしませんでした。私は慌てて挙手し「なぜ職務命令を出すのか、若い教員にも分かるように説明してください」とお願いしました。
「言われた通りに仕事をするだけ」「どうせ校長が決めるのだから」。職員室ではこういう声が聞かれます。校長に反論すると自分に不利になることを、教員は私たちの処分を見て感じ取っています。教員が疑問を持たない、議論もしない学校で、生徒に自由闊達な議論の場を作ってやれるでしょうか。疑問を持ち自分で考えることの重要性を教えられるでしょうか。自分たちが世の中を変えていくのだと思う生徒を育てられるでしょうか。
裁判所におかれては、今度こそ生徒を人権侵害から守るために、都立高校に自由闊達な教育を取り戻すために、10.23通達は違法であると判断を下してくださるようお願いいたします。
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原告のNと申します。私は、これまで不起立は3回ですが、2度の再処分があるため5回の処分を受けています。2回目、3回目で減給処分をされ、この処分を最高裁は2013年9月に取り消しました。ところが、東京都は、取り消しの連絡をしないまま、最高裁が減給処分を取り消した現職の教員全員に再度の処分を出しました。また、以降の不起立者にも減給処分を出し続けています。
日の丸・君が代の強制は、その価値への賛否以前に、それについて考察すること自体を封じるもので、反対や賛成の意志を持たず、与えられた形式の通りに機械的に行動することを求めています。しかしながら、我々人類はかつてのナチスの興隆や日本の軍部の暴走を教訓として共有しています。
その反省の結果として、個々が深く考えることを重視し平和を志向する教育が世界各地で広まってきています。それに逆行する東京都教育委員会の形式的愛国強制は、戦前の亡国教育の再現に他ならず、加担できないと考えて、不起立を選択しました。 東京都教育委員会の姿勢には、役所がやることは自動的に「公共の正義」であるかのような錯覚・誤認があります。しかし、歴史上、官公庁の命令に従わなかったことが正義であった例は枚挙にいとまがありません。ナチス支配下でアンネ・フランクの一家を支えていたミープさんたちは、ュダヤ人迫害の命令に従いませんでした。杉原千畝も本国政府の意向に反してビザを出し続けました。逆に、命令に唯々諾々と従ったアイヒマンは、ュダヤ人大量虐殺の一翼を担いました。強制収容所への移送の中心的役割を果たしていながら、己の罪を理解せず、命令を無謬の存在と位置づけ、自らの思考は停止することで、公共の正義とは正反対の不道徳行為を行いました。
戦後の世界は、全体主義の下でアイヒマン的人物が多数存在したことを反省し、また倫理的に誤った指示に強制力を持たせうることの非を理解して、以下のような人が育つ教育はやめようと考えました。
・トップダウンの命令に、善悪を考えず従う人
・少数者の排除に加わる人
・自分の行為に責任感を抱かない人
・式典等の形式が人の内面と不可分なことを無視する人
以上のような全体主義下で望まれる人物像を平和に反するものと考え、そうならないための教育を目指すのが世界の教育の大きな流れです。
そのような世界の動向に逆行し、形式の強制と処分による統制を行う10・23通達は、再びアイヒマン的公務員・教員を作ろうとする企てであり、我々教員は倫理上の危機にさらされています。その先にあるのは、子どもたちの思考停止、そして論理・倫理的価値判断力を行政府に奪われた国民の増加です。しかし、私たちは公共の善という視点から行政の過ちを正すべきであり、アイヒマン的人間を作らないための教育こそ目指すべきものです。
日の丸・君が代の強制は、戦中の「国民儀礼」の強制にならっています。明治憲法第28条の拡大解釈で、安寧秩序の意味する範囲が広げられ、1939年3月に成立した「宗教団体法」で、法制上、神社神道は宗教ではなく、宗教に優越する存在であり、それゆえに、どのような宗教を信じる人にも、法的には「国民儀礼」として神社参拝と天皇崇拝を強制しうるという詭弁を弄しました。それは従えない人の存在を最初から想定した上で、その人々を明らかにし、処罰して見せしめとする予定で作られた法でもありました。
私は、戦前の全体主義や、その表れである「国民儀礼」の復活や「宗教団体法」の再生に反対します。この点では、最高裁判断とも国民の一般常識とも一致していると信じています。それゆえに、国旗国歌に対する正しい認識とは、本来はそれらが全体主義の為に悪用されることを許さないことだと考え、都教委の起立命令に従いませんでした。
今回の裁判でお願いしたいのは、東京都は全体主義を肯定している、という認識の下に判決文を書いていただきたいということです。世間一般とは善悪の価値観が逆転している東京都に逃げ道の余地を残さず、全体主義を不正義と考えて起立しなかった者への処分は一切認めない、と明確にしてくださることを願っています。
(2021年11月6日)
この度の総選挙では維新が、大阪を中心に大幅に議席を増やした。維新は、自民党の補完勢力である以上に積極改憲派である。私には不愉快で嘆かわしいことだが、これが悪夢ではなく痛い現実なのだ。
私は、政策以前にこの政党がかもし出す空気に嫌悪感を募らせてきた。公立学校での「日の丸・君が代」強制の徹底ぶりや、自治体労働者の団結権の侵害など、なんという人権や民主主義への配慮を欠いた傲慢で高圧的な強権体質。
しかし、吉村知事のイソジン推奨会見や、コロナ対策の致命的失敗で、府民からの目は厳しいものと思い込んでいた。それが、総選挙の日程が近づくにつれて、票を取りそうだ、議席を増やしそうだという報道である。そして蓋を開けて驚愕ということになった。
私の周りに維新の風は吹いていない。「イソジン吉村が、なぜ選挙の顔に」という疑問ばかり。いったい大阪はどうなつているのか実態がつかみがたい。選挙後に冷静な維新票の分析がなされ始めており、いくつかに目を通したが、よく分からない。「維新支持者の中核は保守派の安倍菅路線批判層」「維新支持の有権者は決して熱狂的な支持者ではなく支持の熱は低い」「恒久的な支持者ではなく選挙の度ごとにブレは大きい」「ポピュリズム政党と一刀両断するのは不正確」「全国政党にはならないだろう」などと言われているが、簡単に納得はしがたい。
そこで、維新の政策を初めて読んでみた。「政策提言 維新八策2021」としてまとめられているもの。無理に「八策」にまとめられた政策の柱は、以下のとおりである。
- 「身を切る改革」と徹底した透明化・国会改革で、政治に信頼を取り戻す
- 減税と規制改革、日本をダイナミックに飛躍させる成長戦略
- 「チャレンジのためのセーフティネット」大胆な労働市場・社会保障制度改革
- 多様性を支える教育・社会政策、将来世代への徹底投資
- 強く靭やかに国土と国民を守る危機管理改革
- 中央集権の限界を突破する、地方分権と地方の自立
- 現実に立脚し、世界に貢献する外交・安全保障
- 憲法改正に正面から挑み、時代に適した「今の憲法」へ
この政党には核になる思想がない。原理原則となる政治理念もなければ、独自の国家観も社会観も歴史観も示すことができない。だから、八策が体系になっていない。どこかの政策のつまみ食いを寄せ集めたという印象でしかない。なぜ、これで選挙に勝てるのだろうか。
ホームページには、「八策」に関連付けた、「日本維新の会の目指すところ」という文章が掲載されている。その全文が以下のとおりである。
旧態依然とした政治。増え続ける国民の税負担。
この国の政治は、戦後の古い体質のままあり続けています。
真の改革を進めなければ、この国に未来はありません。
政治家のための政治をなくす。
本当に支援を必要としている人のための、
国民の皆さまのための政治に変えなければなりません。
私たちには、大阪で改革してきた実績があります。
ここに掲げられているキーワードは「真の(政治)改革」だが、その中身はよく分からない。「政治家のための政治」を否定した「国民の皆さまのための政治」だけでは、当たり前に過ぎてキャッチフレーズにはならない。
むしろ気になるのは、「この国の政治は、戦後の古い体質のままあり続けています。」というフレーズ。明らかに、中曽根康弘の「戦後政治の総決算」、あるいは安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」からのパクリである。言葉だけではなく、政策の中身もパクリと解せざるを得ない。保守に親和性強く、戦後民主主義には相性が悪いのだ。
この政党の立ち位置をよく表しているのが、下記の「選択的夫婦別姓」に関しての政策である。これも、自民右派のパクリ。
選択的夫婦別姓
226.戸籍制度を維持しながら実現可能な夫婦別姓制度の導入を目指します。具体的には、同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、旧姓使用にも一般的な法的効力を与える選択的夫婦別姓制度を創設し、結婚後も旧姓を用いて社会経済活動が行える仕組みを整備します。
少し言葉をいじってはいるが、「同一戸籍・同一氏の原則を維持」である。「旧姓を(通称として)使用することを容認でよい派」。「維新」(これ新たなり)とは看板倒れ、守旧の「維持」派に過ぎないのだ。
8本の柱の最後だけを見てみよう。(⇒は、私のコメントである)
8 憲法改正に正面から挑み、時代に適した「今の憲法」へ
★教育無償化
(1)総論
337.すべての国民は経済的理由によって教育を受ける機会を奪われないことを憲法に明文化します。
338.機会平等社会実現のため、保育を含む幼児教育から高等教育(高校、大学、大学院、専門学校等)についても、法律の定めるところにより無償とします。
⇒憲法26条1項を変える必要はまったくない。多様性尊重社会実現のためには教育の自由こそが死活的に重要なのだが、そこに触れるところはない。
★道州制(略)
★憲法裁判所
(1)総論(法の支配の徹底)
342.政治、行政による恣意的憲法解釈を許さないよう、法令又は処分その他の行為が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する第一審にして終審の裁判所である憲法裁判所を設置します。
343.憲法裁判所の判決で違憲とされた法令、処分などは、その効力を失うこととし、判決は全ての公権力を拘束する効力を持たせます。
⇒憲法裁判所は、簡便な法令・処分の合憲お墨付き付与機関になりかねない。こんなもののために改憲をしてはならない。
★その他
(1)憲法審査会・9 条
344.国民に選択肢を示すため、各党に具体的改正項目を速やかに提案することを促し、衆参両院の憲法審査会をリードします。憲法9条についても、平和主義・戦争放棄は堅持した上で、正面から改正議論を行います。
⇒憲法改正こそ、究極の不要不急課題。憲法審査会の議論リードなど余計なこと。
(2)国民投票
345.憲法改正国民投票を行うことにより、現行憲法が未だに国民投票を経ていない等の問題点を解消します。
⇒どうして「問題点」なのか、理解不能。
(3)緊急事態条項
346.新型コロナウイルス感染症対策を受けて必要性が議論されている「緊急事態条項」について、憲法に緊急事態条項のある国や法律で対応している国など、さまざまな国の状況を参考に積極的な議論と検討を行います。
⇒コロナ対策の名を借りた改憲策動には要注意。断固反対。
(4)皇室
347.皇室制度については、古来例外なく男系継承が維持されてきたことの重みを踏まえた上で、安定的な皇位継承に向け旧宮家の皇籍復帰等を選択肢に含めて、国民的理解を広く醸成しつつ丁寧な議論を率先します。
⇒典型的な極右の路線に国民を誘導しようというパクリ「政策」。なるほど、維新とは「明治維新」時代の感覚なのだ。