労働契約の「偽装請負化」に厳正な対応を
昨夕(1月20日16:59配信)の朝日新聞デジタルの記事。「ヤマハ英語教室の女性講師が労組結成 待遇改善求める」というタイトル。リードは次のとおりだ。
楽器販売「ヤマハミュージックジャパン」(東京都)が運営する英語教室で働く講師の女性14人が労働組合をつくった。女性たちは契約上は個人事業者とされて社会保険などが適用されないが、「実態はヤマハ側の指示で働く労働者だ」として、直接雇用や社会保険の適用などの待遇改善を求める団体交渉を同社側に申し入れているという。
組合の名称は「ヤマハ英語講師ユニオン」。昨年12月6日に結成した。組合によると、講師は同社と1年更新の委任契約を結び、講師はレッスンを任される形式で働いている。契約上は個人事業者となるため、ヤマハが雇用した社員とは異なり社会保険が適用されず、残業手当や有給休暇などもないという。
女性たちは昨年8月、会社側に直接雇用などを求める要望書を提出。同社から明確な回答がないことから組合結成を決めた。全国約1500カ所の教室で約1400人いるとされる講師たちに加入を呼びかけ、ヤマハ側に待遇改善を求めていくという。
労働組合の結成は社会の進歩だ。立ち上がった講師たちの毅然とした姿勢に敬意を込めつつ祝意を表したい。
実態は従属性ある労働契約でありながら、形式上請負として、労働者に対する保護を僣脱しようという、きたないやり口は、いま流行りだ。社会全体としての労働運動にかつての勢いがないいま、労働者が侮られているのだ。安倍政権下、労働基準行政も厳格さを失っている。
私の法律事務所でも、同様の事件を受任している。下記のブログをご覧いただきたい。
今日は良い日だ。労働仮処分に勝利の決定。
(2017年5月8日・連続第1499回)
https://article9.jp/wordpress/?p=8528
……いま私の手許に、2通の労働仮処分の決定書がある。同じ使用者を「債務者」(仮処分事件では相手方をこう呼ぶ。本訴になれば被告にあたる呼称)とするもので、事実上の解雇を争い、同年2月以後の賃金の仮払いを求める内容。1件は、「毎月21万2000円を仮に支払え」という申立の全額が認められた。もう1件は、「毎月12万円を仮に支払え」という決定主文。この人は、別の収入があるのだから、仮払い金額としてはこれでよいだろうというもの。あとは本訴で勝ち取ればよいのだ。なによりも、決定の理由が素晴らしい。
この事件は、澤藤大河が弁護士として依頼を受け、方針を定め、申立書を作成し、疎明資料を集め、審尋を担当してきた。今年の正月明けの1月4日に、東京地裁労働部に賃金仮払いの仮処分を申し立て、事件番号が労働仮処分事件として今年の01番と02番の事件番号が付いた。その後、審尋期日に疎明を尽くし、裁判所は債権者(労働者)側の勝利を前提とした和解を提案したが、債務者の受け入れるところとならず、4月12日審尋を終えて、今日まで決定の通知を待っていたもの。
2人の労働者はアメリカ人でいずれもリベラルな知性派だが、日本語が堪能とは言えない。私もリベラルな知性派だが、英語が堪能とは言えない。会話はほとんどできない。依頼者とのコミュニケーションはもっぱら英語によらざるを得ないのだから、この事件は大河にまかせるしかない。私の出る幕はない。
2人の勤務先は都内に12のブランチをもつかなり大きな語学学校で、この2人は英語講師としてかなり長く働いてきた。その間、労働者であることに疑問の余地はないと考えてきた。使用者は、広告によって受講者を募集し、授業時間のコマ割りをきめ、定められた受講料のうちから、定められた講師の賃金を支払う。労働時間、就労場所、賃金額が定められている。これまでは、疑いもなく、労働契約関係との前提で、有給休暇の取得もあった。
ところが、経営主体となっている株式会社の経営者が交替すると、各講師との契約関係を、「労働契約」ではなく「業務委託契約」であると主張し始めた。そして、全講師に対して、新たな「業務委託契約書」に署名をするよう強要を始めた。この新契約書では有給休暇がなくなる。一年ごとの契約更新に際して、問答無用で解雇される恐れもある。
経営側が、「労働契約上の労働者」に対する要保護性を嫌い、保護に伴う負担を嫌って、業務請負を偽装する手法は今どきの流行りである。政権や財界は、労働形態の多様性という呪文で、正規労働者を減らし続けてきた。これも、その手法の主要な一端である。
法とは弱い立場の者を守るためにある。経済的な弱者を守るべきが社会法であり、その典型としての労働者保護法制である。本件のような、「請負偽装」を認めてしまっては労働者の権利の保護は画餅に帰すことになる。
本件の場合、講師の立場は極めて弱い。仕事の割り当ては経営者が作成する各コマのリストにしたがって行われる。受講者の指名にしたがったとするリストの作成権限は経営者の手に握られている。このリストに講師の名を登載してもらえなければ、授業の受持はなく、就労の機会を奪われて賃金の受給はできない。これは、解雇予告手当もないままの事実上の解雇である。やむなく、多くの講師が不本意な契約文書に署名を余儀なくされている。
しかも、外国籍の労働者には、就労先を確保することがビザ更新の条件として必要という特殊な事情もある。つまり、労働ビザでの滞在外国人労働者にとっては、解雇は滞在資格をも失いかねないことにもなるのだ。その学校での100人を超す外国人講師のほとんどが、契約の切り替えに憤ったが、多くは不本意なからもしたがわざるを得ない、となった。
それでも、中には経営者のやり口に憤り、「断乎署名を拒否する」という者が2人いた。「不当なことに屈してはならない」という気概に加えて、この2人は永住ビザをもつ立場だった。
この五分の魂をもった2人は大河の友人でもあった。大河は、友人の役に立てただけでなく、弁護士として労働者全体の利益のために貢献したことになる。この事件の争点は、2人の労働者性認定の可否だった。債権者側が提示したメルクマールをほぼ全て認めて、完膚なき勝利の決定となった。
明日には、債務者から任意に支払いを受けるか、あるいは強制執行をすることになるかが明確になる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となるも良し、早期解決も良しである。今日は実に良い日だ。
?(2017年5月8日・連続第1499回)
この事件、実はいまだに係争中である。この賃金仮払い仮処分決定の後、まずは強制執行せざるを得なかった。一度執行したあとは任意の支払いが続いている。また、賃金仮払い仮処分が命じられる期間は、現在の実務では1年の期間を限度とする。結局2度目の賃金仮払い仮処分決定を得て、現在は毎月2人分で合計40万円の支払いが継続している。
そして、本案訴訟が粛々と進行している。被告側が慌てて本訴での和解を申し入れるか、あるいは訴訟進行の促進をはかるかと思いきや、どちらでもなかった。次回1月31日、東京地裁民事14部での原告両名と被告代表者本人尋問で事実上の結審となる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となる確率が高い。本案判決が思わぬ結果となるはずはない。
2人の英語学校教師労働者(米国人)の、それぞれ2件の賃金仮払い仮処分決定。参考になろうかと思う。「ヤマハ英語講師ユニオン」からのご連絡があれば、郵送させていただく。
(2019年1月21日)