澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

コロナ蔓延を奇貨とする「インフルエンザ特措法」改正に警戒を

「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という法律がある。この特措法は、2012年に鳥インフルエンザ禍を機に民主党政権下で制定されたもの。新型コロナへの対応をめぐって、この法律の改正問題が急浮上している。転んでもただでは起きない、安倍晋三流の危険なたくらみである。

この法律は、緊急事態法制の一態様である。首相が「緊急事態」を宣言することで、公権力による人権の制約が容認される。普段は手厚く保護されているはずの人権が、例外的に公権力の行使に道を譲らなければならなくなる。とりわけ、人権擁護のために権力行使に要請される慎重な手続きが省かれる。人権よりは公益の擁護が尊重され、公益擁護のための簡易迅速な公権力の発動が可能とされる。感染症対策のためとして、人権が危うくなる。信頼できない政権下においては、恐るべき事態を招きかねない。

この法律では、政府が国民生活に重大な影響が生じると判断した場合に、首相が「緊急事態」を宣言。すると、都道府県知事が不要不急の外出の自粛、学校や映画館など人が集まる施設の使用制限、イベントの開催自粛などを要請できると定める。さらに、知事は医薬品や食品の売り渡しや保管の命令も可能で、応じない場合は罰則の適用もある。病院が足りない場合、土地や建物を借りて臨時の医療施設を設置。所有者が正当な理由なく同意しない時は強制的に使用もできる。

公権力に強い権限を認めることは、人権保障を脆弱化させることである。人権の制約は常に必要最小限のものでなくてはならないが、この法律にはその配慮が欠けている。その公権力濫用のおそれが、下記の日弁連会長声明に要領よく指摘されている。

〔2012年3月22日 新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する日弁連会長声明〕

http://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2513

現行特措法が、「新型コロナ」に適用あるか否か。政府・自民党はこれまで慎重であった。むしろ、立民や国民などが積極姿勢を見せていた。法文上はどうか。

インフルエンザとは異なるコロナウィルス症を、特措法の適用対象に取り込むためには、法2条の定義規定のうち、感染症法第8条9項に定められている「新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る。)」に該当すると言わねばならない。

「新感染症」の定義は、「人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。」とされる。

「何が原因か分からないものがあるための『新感染症』という規定だ。今回は新型コロナウイルスだと分かっており『新感染症』ではない」(加藤勝信厚労大臣)というのが、政府説明である。そこで、首相は3月2日の参院予算委員会で、新型コロナウイルス感染拡大に備えた法整備について、既存の新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正する方向で検討していることを明らかにした。

現行の特措法は、人権制約のオンパレードであり、政府関係者自身「国民の権利制限に直結する項目をずらっと並べた法律」と指摘している〔3月3日毎日〕とされるが、本法施行後、実際の適用例は存在していないという。その理由の一つとして、当時野党であった自民党自身がこの法律の成立時には、ブレーキ役を果たしていたという事情が関係しているようである。

現行特措法は、民主党、公明党などの賛成多数で可決されたが、共産党は「国民的な議論が不足している」「人権を制限する」との理由で反対し、また、自民党は採決を欠席している。その自民党自身の要望で、成立に際しては、緊急事態宣言を恣意的に行わないことなどを求める付帯決議がついたという。

政権の思惑はこんなところであろう。
使いやすい感染症対策法が必要だ。そこには、「緊急事態宣言」によって人権を制約し、公権力がなんでもできる内容が盛り込まれなければならない。要件はできるだけ曖昧にして、緊急性を根拠に公権力ができる範囲はできるだけ広いものでなくてはならない。そうすれば、国民は「緊急事態」における人権制約に慣れてくれる。感染症蔓延の事態であれば、世論は「緊急事態宣言」における人権制限に違和感をもたないのではないか。これはチャンスだ。この国民の慣れと寛容は、次には、憲法の緊急事態条項新設につながる。

現に、下村博文ら自民党幹部から、コロナウィルスの蔓延にかこつけて『憲法に緊急事態条項を』という改憲議論が発信されている。改憲論議だけでなく、公権力の権限を一層拡大するための「特措法改正」の意図には、厳しく対応しなければならない。

安倍晋三のやることだ真っ当な提案であるはずはない、というにとどまらない。新型コロナウィルスの蔓延を奇貨とする「緊急事態条項」法案の整備は危険極まりない。
(2020年3月4日)

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