あらためて、中国の蛮行を批判する。
(2020年12月4日)
かつては漠然と信じていた。歴史とは、野蛮から文明への進歩の過程である、と。野蛮を克服して文明が興り、曲折はあるにせよ文明が野蛮を感化し、野蛮は文明によって淘汰されていく。これが歴史の大道であり、野蛮と文明が接すれば、やがて野蛮は文明に教化され包摂されていくに違いない…。その信念が揺るぎそうな昨今の状況である。とりわけ香港の事態が目立って深刻である。
香港では、専政から民主制へと進歩すべき歴史が逆流している。法の支配は暴力による支配に置き換えられ、権力の恣意によって自由や人権が抑圧されている。野蛮が横行して、文明を逼塞させているのだ。
権力の恣意的な発動を抑制して人権を擁護する装置として、文明は権力分立という理念と制度を普遍的な原則として採用した。香港市民は、公教育で「三権分立」を近代以後の世界の常識と学んで育った。教科書にも当然の原理として書き込まれていた。ところが、香港行政庁の林鄭月娥長官は「香港に三権分立はない」と明言した。「中国本土と同様に、香港の三権はおしなべて中国共産党の支配下にある」との意であろう。教科書も書き換えられつつあるという。
突然に香港の市民から奪われた「三権分立原則」の中で、とりわけ重要なのが人権の砦としての司法権であり、その独立である。裁判官は本来、中国共産党の顔色を窺うことなく、法と良心に従った判決を言い渡さねばならないが、それは期待すべくもない事態。
林鄭月娥は、「11月の施政方針演説では、裁判官が就任時に政府への『忠誠』を宣誓しない場合の規定を盛り込んだ条例改正をすると述べた」(時事)という。法と良心に対する忠誠を求めるというのではない、政府への忠誠である。いうまでもなく、「政府」を通じての「中国共産党」への忠誠が強要されているのだ。
中国本土では、中国共産党が当然のごとく司法部門を「指導」し、「司法権の独立」を観念する余地はないとされる。これに対し香港基本法(香港での憲法に相当する)は「司法の独立」を明記している。中国政府側は香港に「司法改革」が必要だと主張しており、行政が司法を主導する仕組みを指示していると報道されている。明らかに、ここでは文明が野蛮に侵蝕され、席巻されているのだ。
その事態の中で、一昨日(12月2日)注目されていた黄之鋒・周庭・林朗彦3氏に対する判決言い渡しがあり、その量刑はそれぞれ13月半・10月・7月の禁錮となった。いずれも執行猶予の付かない実刑である。罪状は、昨年(2019年)6月に警察本部を包囲したデモを「扇動・組織し、参加した」罪だという。
暴力的なデモではない。破壊的なデモでもない。政治的な要求を掲げた表現の自由行使に対する刑事罰。文字どおり野蛮な政治的弾圧にほかならない。文明が、野蛮に組み敷かれているのだ。
黄氏は判決後、支持者に向かい「つらいが耐え抜こう」と大声で呼びかけ、林氏も「後悔はしない」と叫んだという。これに、支持者らは「がんばれ、出てくるのを待っているぞ」と応えたと報じられている。
しかし、周氏については少し違う光景となった。同氏は下獄の経験はない。香港メディアによると、判決言い渡しの際に法廷で泣き崩れたという。私は、この報道に胸を打たれる。判決日の翌日(12月3日)に24歳の誕生日を迎えるという彼女は、判決前に自分の誕生日を自宅で過ごすことができるだろうかとの心配を隠さず、ネットに配信していた。
泣き崩れたところを見せた彼女は、決して絵に描いたような闘士ではない。自分を励ましつつ、良心に従って運動に参加してきた「普通の市民」の一人なのだ。歴史には、強靱な意思をもった多くの闘士が登場するが、その闘士像は後の世の伝説が作りあげた虚像なのではないか。むしろ、特別の人ではない、投獄は恐いと自分の弱さを隠さない普通の市民の活動こそが、多くの人の共感を呼び、運動につながる人々を励ますことになるのだと思う。
民主派支持の論調で知られる香港紙「蘋果(りんご)日報」の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏も2日に詐欺罪で身柄を拘束され、起訴された。そして裁判所は3日、黎氏の保釈申請を却下。黎氏は来年4月16日の次回公判まで勾留される見通し。香港では起訴後に保釈されることが多く、異例の長期身柄拘束と言える(毎日からの引用)という。
黎氏に対する起訴罪名が詐欺であることが一驚である。一見して、でっち上げ以外の何ものでもない内容。何でもありなのだ。しかも、詐欺事件にもかかわらず国安法事件を担当する裁判官(蘇恵徳)が保釈を不許可とした。今後、政府の意向に従わない裁判官の解任が心配されている。既に、民主派に無罪判決を出した裁判官が、中国系香港紙に紙面で批判されるケースも出ていると報じられている。あらためて、法の支配を貫徹する独立した司法の役割の重要性を痛感する。
中国の野蛮が、香港市民の文明を蹂躙している。人権の擁護は国際的に共通の課題である。中国の蛮行は、国際法違反である。世界人権宣言や国際人権規約、あるいはウィーン宣言など国際成文法にも反すると言わなければならない。
微力でも「中国の野蛮を許さない」「香港の民主派を支持する」という声を上げ続けたいと思う。