「君が代」不起立の教職員こそが、『身をていして教育を守ろうとする先生』なのだ。
(2021年1月25日)
本日の東京新聞「こちら特報部」が、都教委の「日の丸・君が代」強制問題を取りあげている。新たなニュースは以下のとおり。
「新型コロナウイルスの感染拡大を受け東京都教育委員会は、今春の都立学校の卒業式で参加者に君が代を歌うよう求めない。「日の丸・君が代」について定めた「10・23通達」を2003年10月に出して以降、教職員に「歌え」という職務命令が出ない卒業式は初めて。ただ、歌唱入りのCDを流し、起立は求めるといい、通達にこだわる都教委のかたくなな姿勢が浮かび上がった。」
2004年春以来、「10・23通達」に基づいて、都下の公立校の卒業式・入学式には、校長から全教職員に対して式中の国歌斉唱の際には、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」という職務命令を発し続けてきた。「(国旗)起立」と「(国歌)斉唱」の命令である。
コロナ禍の今年は、「(国歌)斉唱」は命令しない。「(国旗)起立」だけの命令を求めるというが、これがむしろ、「都教委のかたくなな姿勢を浮かび上がらせている」という報道。
ところで、常に東京に対するライバル意識を絶やさないのが大阪。大阪の府教委も、その権威主義的で権力的な姿勢において東京に負けじと、競争心を燃やしている。両教育委員会、その非教育的姿勢において、また人権尊重の後進性において、兄たりがたく弟たりがたし。いや、目くそと鼻くそ、タヌキとムジナの関係。
その大阪府教育委員会は、1月21日付の通達で、「国歌静聴」という珍妙な命令を発した。その通達の全文が下記のとおり。
関係府立学校 教職員 様
教 育 長
令和2年度卒業式における国歌清聴について(通達)
国旗掲揚及び国歌斉唱は、児童・生徒に国際社会に生きる日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、国旗及び国歌を尊重する態度を育てる観点から学習指導要領に規定されているものである。
また、平成23年6月13日、大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例が公布・施行された。本条例では、府立学校の行事において行われる国歌の斉唱の際に、教職員は起立により斉唱を行うことが定められている。
令和2年度卒業式については、新型コロナウイルス感染症対策を徹底する観点から、平成24年1月17日付け教委高第3869号教育長通達にかかわらず、式場内のすべての教職員は、国歌は起立して清聴すること。
まことに見識に欠け、「非教育的な」両教育委員会の姿勢に比して、「こちら特報部」の報道は見識が高く、充実している。そのうちの2点を引用しておきたい。
都教委の発想は、国際的な基準から逸脱している。国際労働機関(ILO)と国連教育科学文化機関(ユネスコ)は19年、「起立斉唱の強制は、個人の価値観や意見を侵害する」などと都教委を批判。起立斉唱したくない教員も対応できる式典のルール作りのほか、懲戒処分を回避するため教員側と対話するよう求める勧告を出している。これに対し、都教委に加え文部科学省も一切、取り合わず、耳を傾けるそぶりがない。
「日の丸・君が代」問題に詳しい東京大の高橋哲哉教授(哲学)は「都教委は自己矛盾に陥っている」と指摘する。都教委が起立斉唱を求める根拠として持ち出す「高等学校学習指導要領解説・特別活動編」には、その目的として「(生徒が将来)国際社会において尊敬され、信頼される日本人」に成長するためとうたわれている。高橋氏は「労働と教育、両国際機関の勧告を無視し、生徒の目の前で強制を繰り広げることは、国際社会から尊敬される人への成長につながらない。自ら構築した論理と相反している」と指摘し、こう続ける。「世界のあちこちで台頭している『命令にはとにかく従え』という権威主義が、戦後日本にも根強く残る。不起立で抵抗してきた教職員を懲らしめようと、コロナで歌えなくても起立を強制する都教委の手法に『権威主義の地金』がくっきり見える。昨年来、批判が続く日本学術会議の任命拒否問題とも通底している」。
まったくそのとおりと言うほかはない。そして、もう一点。
「何があっても、(日の丸・君が代)強制をやめようとしない。都教委の粘着気質は病的と感じる。起立強制問題は、今の教育現場を重苦しくしている元凶と言っても過言ではない」。08年以降、不起立で懲戒処分を受けた教職員にインタビューするなど、「日の丸・君が代」問題を取材してきたルポライターの永尾俊彦氏は、今回の都教委の方針を批判する。永尾氏は教職員らが起こした複数の訴訟の記録を読み込み、たくさんの原告に会って話を聞いた。「教師というのは生徒の心を聞く仕事だ」との元校長の言葉が印象深く記憶に残る。命令と服従は、子どもがそれぞれ備えている唯一無二の個性を伸ばす教育になじまない。
それなのに、「日の丸・君が代」の強制は教育現場に上意下達の思想を植え付ける。「教職員に命令し、服従を強い、『上には何を言っても変わらない』という雰囲気をつくる。教職員も『子どもも命令に従って当然』という意識を形成する。権力側に都合のいい人間を育てる戦前の教育と似ている」
懲戒処分を受けると、人事や昇給で不利になる。過酷な研修も科される。定年後の再任用も他の人より早く打ち切られる。「それでも何度も職務命令に従わない教職員がいるのは、子どもを上意下達型の人間にしたくないからだ」と永尾氏は語る。不起立に対し「歌わないのはけしからん」「政治的に偏っている」といった批判があるのも事実。永尾氏は、ある弁護士が語った「やりたくないことをやらなかったのではなく、子どものためにやってはならないことをやれと言われて悩み苦しみ、できなかった人たち」との言葉に共感するという。永尾氏はこれまでの取材の成果を新著「ルポ『日の丸・君が代』強制」にまとめた。取材に応じてくれた教職員は、子どもと誠実に向き合ってきた人ばかりだった。「自分もそういう先生に教えてもらいたかった。もし今度の卒業式で不起立の教職員を見かけたら、『身をていして教育を守ろうとする先生だ』という目で見てほしい」