真実と法的正義に唾する検察官の言 ー「確定判決の法的安定性を損なうから再審の証拠開示には応じられない」
(2022年2月10日)
救援新聞2月15日号(旬刊)が届いた。国民救援会元会長・山田善二郎さんの訃報が掲載されている。享年93、私もこの記事のとおり、「生前のご活躍に深く感謝するとともに、謹んで哀悼の意を捧げます」と心から申しあげる。
同じ号に、いくつもの重要な弾圧事件・再審事件の動きが報道されている。倉敷民商・禰屋事件、鹿児島・大崎事件、静岡・袴田事件、東京・乳腺外科医師事件など。そして、日弁連の再審法改正に関するシンポジウム紹介が充実している。このシンポで、冤罪犠牲者を代表して発言した桜井昌司さん(茨城・布川事件再審無罪の元被告)は、こう語っている。この人の言葉は重い。
「証拠を捏造する警察、無実の証拠を隠す検察官、それらの経過を見逃し、科学的証拠を無視して有罪にする裁判官。今の日本は法治国家とは言えない。法の改正を議論する際に、冤罪体験者の声をなぜ聞かないのか。あなたが冤罪になったとき、今の制度でいいのか、ということです。一日も早く、再審法改正が実現できるようがんばります」
「無実の証拠を隠す検察官」の実例として、東京・小石川事件が取りあげられている。「検察の証拠隠しに抗議 誤判究明を妨害するなと宣伝。東京高裁」という見出し。この事件、日弁連が再審支援をしている事件の一つだが、まだ十分に知られていない。
私がこの記事に目を引かれたのは、次の一行である。再審弁護団からの証拠開示請求に対して、検察官はこれを拒否する理由としてなんと言ったか。
「証拠を開示することは確定判決を全面的に見直すことになり、確定判決の法的安定性を損なう」
なんという言いぐさだろう。「再審請求人の人権」よりも「確定判決の法的安定性」が大切だというのだ。私の耳にはこう聞こえる。「せっかく苦労して獲得した有罪判決だ。隠していた証拠をさらけ出して無罪となったら、これまでの苦労が水の泡じゃないか。再審事件の裁判所は、これまで検察側で選んで出した証拠だけで判断してもらいたい」
刑事事件における法的正義とは、単純明快である。「無実な人には無罪の判決を」「厳格な有罪の立証ができない限りは無罪の判決を」ということに尽きる。このことは、「被告人の人権を尊重し、権力の抑制を求める」ことでもある。被告とされた人の人権は、再審手続においても、大切な人権であることに変わるはずはない。
小石川事件の概要
http://www.kyuenkai.org/index.php?%BE%AE%C0%D0%C0%EE%BB%F6%B7%EF
2002年8月、東京都文京区小石川のアパートで、一人暮らしの女性(当時84歳)の遺体が発見されました。約1カ月後、同アパートで恋人と同居していた伊原康介さんが、アパートの別の部屋から現金8万円を盗んだ件で逮捕・起訴され、ほか2件の窃盗容疑で追起訴されました。その勾留中に強盗殺人の犯人だと取調べを受け、否定しましたが、嘘や暴力をともなう執拗な取り調べで約4カ月半後に「自白」をさせられました。裁判では無実を訴えましたが、無期懲役刑が確定し、千葉刑務所に収監。獄中から訴えを続け、日弁連がえん罪事件として支援を決定し、2015年、東京地裁に再審請求を申し立てました。東京地裁は2020年3月不当にも再審請求を棄却し、現在東京高裁に即時抗告をしています。
情況証拠のみで有罪
原審によれば伊原さんは、2002年7月31日午後9時10分ごろ、アパート2階に住む女性の居室において、整理タンス上の小物入れを物色中、女性に気づかれたので、女性の背後からタオル等を口部等に押し当てて引き倒し、口の中にタオルを押し込むなどして窒息死させ、現金約2千円が入った財布を強取したとされています。
有罪の根拠は、?被害者宅の小物入れ内のスキンローションの瓶から伊原さんの指紋が採取された ?死亡推定時刻にアリバイがない ?外部から侵入した形跡がない ?100万円以上の借金があり、財政的にひっ迫していた ?所持金がなかったのに、事件翌日にコンビニで買い物をしたなどの状況証拠と「自白」だけです。
残るはずの痕跡なし(再審請求の新証拠)
●犯人のDNA型と一致しない
確定判決では「自白」を根拠に、伊原さんが被害者女性と激しくもみ合い、女性を仰向けに倒し、柔道の袈(け)裟(さ)固めのような体勢にして、タオルを口の中に押し込んだとされています。このような犯行態様であれば、タオルに犯人の皮膚片や垢等が付着するため、DNA型が検出される可能性が高くなりますが、弁護団の鑑定結果によると、タオルから検出されたDNA型は伊原さんのものとは異なることが判明しています。
●着衣の繊維が検出されていない
被害者を倒して、自身の身体を被害者に強く押しつけた場合、被害者の手指や着衣に、犯人の着衣の繊維が付着します。ところが検察側提出の鑑定書には、被害者の手指等から、伊原さんのシャツに類似する繊維が付着していたと記載があるのみでした。弁護団の鑑定によれば、伊原さんの着衣の繊維は1本も検出されませんでした。
●物色したタンスに指紋がない
確定判決は、伊原さんが整理タンスの小物入れを開けて、中を物色したとしています。伊原さんの指紋が付いたとされるスキンローションの瓶は、小物入れに入っていました。しかし、小物入れの前にはラジオが置いてあり、どかさなければ戸の開け閉めはできません。ラジオからも物色したとされるタンスからも、伊原さんの指紋は検出されていません。瓶の指紋は、事件の1カ月前に伊原さんが窃盗で同女宅に侵入した際に付いた可能性が高いものです。
伊原さんは、逮捕以来3カ月半以上も勾留され、犯行に関わりのない昏睡強盗の別件を持ち出され、殺人を認めれば別件は起訴しないとの利益誘導や偽計、脅迫を受けました。「自白」をした日は、トイレも行かせてもらえず、取調べの警官から平手で殴られる、胸倉をつかまれるなどの暴行が加えられました。
確定判決の根拠とされた「自白」は客観証拠と矛盾し信用できず、取調べの経過から任意性も認められません。情況証拠はいずれも弱く、伊原氏を本件犯行と結びつける証明力はありません。
不当な東京地裁の再審棄却決定
ところが、再審を担当した東京地裁は、弁護団の度重なる証拠開示の要請に対して、充分な開示を行わず、事実調べも行わないまま不当な再審請求棄却決定を送りつけてきました。
この決定は、弁護団の新証拠に対して充分な検討もせずに、あれこれと難癖をつけて、「採用できない」とする不当なものです。伊原さんは「充分な証拠開示や審理を尽くさず、何も調べようとしないのは悲しい」と述べています。
弁護団は即時抗告を行い、たたかいは東京高裁に移ります。引き続きご支援をお願いします。