NPTと核禁条約の落差 ー NPT再検討会議岸田演説が明るみに出したもの
(2022年8月3日)
7年ぶりとなったNPT(核兵器不拡散条約)運用再検討会議。8月1日の岸田首相一般討論演説(日本語)が、官邸ホームペーに全文掲載されている。
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0801enzetsu.html
この演説、被爆者や原水禁活動家の間ではすこぶる評判が悪い。新聞の見出しに「NPT会議 首相演説、核禁条約を無視」「『核廃絶へもっと強いメッセージを』 首相NPT演説に被爆地の声」「被爆者ら冷ややか 『核禁条約無視した』『廃絶の思い本心か』 NPT会議首相演説」という具合。赤旗は「首相演説 憤る被爆者」と見出しを打った。何よりも、この時期最も重要な核禁条約に一言も触れていないことが致命傷。「核廃絶の思い本気か」「言ってることは本心なのか」と疑問視されて、当然といえば当然。
被爆者や原水禁活動家の核廃絶を願う思いの深さ、真剣さからみれば、岸田の言葉の軽さに不満が募るのは当然なのだ。東京生まれで東京で育ちながら、「広島出身」をウリにしている岸田である。「一番大切な核兵器禁止条約について、一言も触れなかった」「そのことの重要性を知らないはずはないのにことさらに無視した」という不満は大きい。
だが、この演説にとるべきところがないわけではない。少なくとも、「核共有」などと口走っていた安倍晋三などと比較すれば、ずっと真面目だとは言える。安倍晋三なんぞと比較してどうするという叱責を覚悟で、まだましというべきであろう。何しろ、日本の首相として初めてこの会議に出席したのだから。
以下、重要部分を抜粋して意見を述べておきたい。なお、小見出しは、原文にはなく、私が付けたもの。
《現状認識(現実)》
国際社会の分断は更に深まっています。特に、ロシアによるウクライナ侵略の中で核による威嚇が行われ、核兵器の惨禍が再び繰り返されるのではないかと世界が深刻に懸念しています。
「核兵器のない世界」への道のりは一層厳しくなっていると言わざるを得ません。
《目標(理想)》
しかし、諦めるわけにはいきません。被爆地広島出身の総理大臣として、いかに道のりが厳しいものであったとしても、「核兵器のない世界」に向け、現実的な歩みを一歩ずつ進めていかなくてはならないと考えます。
《NPTの位置付け》
そして、その原点こそがNPTなのです。NPTは、軍縮・不拡散体制の礎石として、国際社会の平和と安全の維持をもたらしてきました。NPT体制を維持・強化することは、国際社会全体にとっての利益です。この会議が意義ある成果を収めるため、協力しようではありませんか。我が国は、ここにいる皆様と共に、NPTの守護者として、NPTをしっかりと守り抜いてまいります。
以上の《現状認識(現実)》《目標(理想)》はともかく、《NPTの位置づけ》はまことに物足りない。NPTは、5大国には核保有を認めて、それ以外の諸国への核拡散を防止することを主内容とする。もちろん核保有国には核軍縮の義務を定めるが、不公平甚だしい。
これに反して、核兵器禁止条約は、核兵器の開発、保有、使用の全てを違法とし、これを禁じる内容である。被爆国である日本がNPTを持ち上げ、「NPTをしっかりと守り抜いてまいります」というのは、積極的に核兵器禁止条約に背を向け、核の温存をはかろうというに等しい。
それでも、岸田演説を全面否定し得ないというのは、以下の具体的な提案があるからだ。
《理想と現実を結ぶロードマップ》
「核兵器のない世界」という「理想」と「厳しい安全保障環境」という「現実」を結びつけるための現実的なロードマップの第一歩として、核リスク低減に取り組みつつ、次の5つの行動を基礎とする「ヒロシマ・アクション・プラン」にまずは取り組んでいきます。
(1) まず、核兵器不使用の継続の重要性を共有すべきであることを訴えます。ロシアの行ったような核兵器による威嚇、ましてや使用はあってはなりません。長崎を最後の被爆地にしなければなりません。
(2) 次に、核戦力の透明性の向上を呼びかけます。とりわけ、核兵器用核分裂性物質の生産状況に関する情報開示を求めます。これはFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始に向けたモメンタムを得る上で重要な一歩であると考えます。
(3) 第三に、核兵器数の減少傾向を維持することです。「核兵器のない世界」に歩みを進める上で、この減少傾向を継続することは極めて重要です。全核兵器国の責任ある関与を求めます。
この観点から、CTBT(包括的核実験禁止条約)やFMCTの議論を、今一度呼び戻します。CTBTの発効を促進する機運を醸成すべく、9月の国連総会に合わせて、私は、CTBTフレンズ会合を首脳級で主催します。また、FMCTの交渉の早期開始を改めて呼びかけます。
(4) 第四に、核兵器の不拡散を確かなものとし、その上で、原子力の平和的利用を促進していくことです。
原子力の平和的利用は、原子力安全と共に進めるべきものです。この度のロシアによる原子力関連施設への攻撃は決して許されるものではありません。日本は、2011年の事故の教訓を基に、被災地復興や廃炉に関連する様々な課題に取り組みます。国際原子力機関始め国際社会と協力し、内外の安全性基準に従った透明な取組を進めます。
(5) 第五に、各国の指導者等による被爆地訪問の促進を通じ、被爆の実相に対する正確な認識を世界に広げていきます。この観点から、グテーレス国連事務総長が8月6日に広島を訪問することを歓迎します。
また、国連に1千万ドルを拠出して「ユース非核リーダー基金」を設け、未来のリーダーを日本に招き、被爆の実相に触れてもらい、核廃絶に向けた若い世代のグローバルなネットワークを作っていきます。
「核兵器のない世界」に向けた国際的な機運を高めるため、各国の現・元政治リーダーの関与も得ながら、「国際賢人会議」の第一回会合を11月23日に広島で開催します。
また、2023年には被爆地である広島でG7サミットを開催します。広島の地から、核兵器の惨禍を二度と起こさないとの力強いコミットメントを世界に示したいと思います。
以上の(1)と(2)は具体性に欠けるお題目に過ぎず、(4)は原発再稼働のたくらみとして用心しなければならないが、(3)と(5)には具体的な実行課題の設定が見える。これだけでも、安倍晋三なんぞよりはずっとマシだ。「広島を選挙区とする政治家」として、せめてこれくらいは実行していただきたい。さすれば、落ち込んだ支持率のいささかの回復も見込めよう。