「前川喜平さんを次期NHK会長に」ー その市民運動の意義
(2022年12月2日)
本日の東京新聞に、「『前川喜平さんを次期NHK会長に』市民団体が署名提出 加計学園報道の『忖度』を批判」という望月衣塑子記者の記事。
「来年1月に任期満了を迎えるNHK会長の後任に元文部科学次官の前川喜平さんを推薦する市民団体が1日、NHKの在り方を考えるシンポジウムを東京・永田町(衆議院・議員会館)で開いた。登壇した前川さんは「加計学園問題で、入手した情報を放送できず記者が涙を流したと聞く。NHKはおかしくなっている」と改革を訴えた。」
NHKは、文字どおりのマスメディアである。メガメディアと言っても、ギガメディアと言ってもおかしくない規模。そして、商業放送でも国営放送でもない。飽くまでも国家からは独立したタテマエの、公共放送である。言わば、国民が受信料という形で直接育てている大切な財産。その報道姿勢は、国民生活にも民主主義のあり方にも、巨大な影響力をもつ。
にもかかわらず、NHKの報道はジャーナリズムの本道を踏みはずしたものと指摘せざるを得ない。とりわけ、安倍政権以来その傾向が著しい。なんとかしなければならない。そのような心ある国民の声が、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」の結成となり、「会」は前川喜平さんをNHK会長候補に推薦した。前川さんが積極的にこれを受けとめて、今この運動に弾みが付いている。
この運動を始めた市民団体の発想力に脱帽である。ルールの上では、市民が(あるいは市民代表が)NHK会長を選ぶことにはなっていない。視聴者の意見を聞く手続さえまったくない。だから、市民運動がNHK会長の選任に関わろうという発想は出てこない。しかし、NHKが放送ジャーナリズムである以上は、権力側に軸足を置く存在ではない。権力を批判する市民の側に位置するものなのだ。
だから、NHK会長を市民が選ぶべきが王道なのだ。内閣→経営委員会→NHK会長、という権力による選任ルートがそもそも邪道なのだ。市民運動の発想こそが正しく、経営委員会はこれを形式上追認すべきと言えよう。
ところで、NHKの在り方は放送法で決められている。NHK会長とは何か。どう選ばれるのか。
第51条1項 「会長は、協会を代表し、経営委員会の定めるところに従い、その業務を総理する。」
第52条1項 「会長は、経営委員会が任命する。」
同 条2項 「前項の任命に当たつては、経営委員会は、委員9人以上の多数による議決によらなければならない。」
第53条1項 「会長…の任期は3年…とする。」
同 条2項 「会長…は、再任されることができる。」
NHKの最高意思決定機関は経営委員会である。内閣から紐のついた経営委員会が、NHK会長の選任・罷免の権限をもっている。経営委員12人の選任が、NHKの在り方を決めている。
法第31条は、「(経営)委員は、公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。この場合において、その選任については、教育、文化、科学、産業その他の各分野及び全国各地方が公平に代表されることを考慮しなければならない。」とするが、現実は、安倍晋三の息のかかった「アベトモ」に占められている。
現実には「公共の福祉に関し公正な判断をすることができず、広い経験と知識を有する者のうちからの経営委員の選任はない」「教育、文化、科学、その他の各分野及び全国各地方からの選任もなく、ひたすら産業界と右翼文筆家、そして御用学者によって占拠されている」。
そのため、第一次安倍晋三政権時代の2008年1月に、菅義偉総務大臣が古森重隆(富士フィルム社長)を経営委員長に据え、古森が主導して福地茂雄(アサヒビール出身)をNHK会長に選んで以来、松本正之(JR東海出身)、籾井勝人(三井物産出身)、上田良一(三菱商事出身)、前田晃伸(みずほ銀行出身)と、5期(15年)の長きにわたって、安倍晋三と緊密な財界出身者が、経営委員長と政権幹部との密室の協議によって任命されて来ている。ジャーナリズムのあり方も、公共放送の理念も理解しているとはとうてい思えない面々。
その前田現会長の任期が、23年1月に終了する。さて、次期会長も同様であってはならない。前川喜平NHK会長推薦は、これに一石を投じようという市民運動である。この日(12月1日)、前川喜平さんを推薦する賛同署名4万4019筆がNHK経営委員会に提出された。「経営委員会が心の底から改心しさえすれば」、前川喜平NHK会長実現もあり得ないことではない。
またこの日、国会内で開催された「公共放送NHKはどうあるべきか」と題したシンポジウムでは、前川喜平さんを囲む形で、ジャーナリストや研究者、NHKの元職員、市民運動に携わる者が出席して、NHKのあり方について活発な議論を交わした。このようなオープンな議論が重要である。仮に、前川喜平会長が実現しなくても、次期会長は密室での選任過程が問題視されることになる。そして何よりも、その識見や適格性を前川喜平と比較されることにもなるだろう。
この市民運動の成り行き、興味津々である。