学校式典での国旗国歌の起立斉唱強制は、自由権規約18条に違反する。当然に、憲法19条にも。
(2023年2月9日)
本日、午前11時から、東京「君が代」裁判・5次訴訟の第8回口頭弁論期日。満席の法廷で、原告側から準備書面(11)を要約して陳述した。担当したのは、弁護団最若手の山本紘太郎弁護士。
今回のテーマは、国連の自由権規約委員会の日本政府に対する総括所見である。「日の丸・君が代」強制問題に触れて、その是正を求める内容となっている。セアートに続いてのダブル勧告となった。いつの間にか、日本は人権後進国になってしまった。同性婚不承認問題、LGBT差別問題、夫婦同姓強制問題等々と同様に、日本の自由や民主主義は、大きく世界の水準から遅れてしまった。日の丸・君が代強制の現場から、「世界水準から遅れた日本の人権状況」が見えてくるのだ。
以下、山本弁護士の陳述である。じっくりとお読みいただきたい。
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本日陳述の準備書面(11)につき概要を口頭で説明いたします。
1 準備書面(11)の位置づけ
(1)原告らは、約2年前の2021年3月31日に提訴して以来、10・23通達から始まった国旗国歌についての起立斉唱命令、そして職務命令に従えなかった教職員には機械的累積的に懲戒処分を科すという都教委の処分が違憲違法なものであるとの主張を重ねてきました。そのような中、正に都教委の問題が国連の自由権規約委員会の審査で取り上げられていました。そして、昨年2022年11月3日、自由権規約委員会は日本政府に対して勧告を出しました。その結論を読み上げます。
38.委員会は、締約国(日本)において思想及び良心の自由が制限されているとの報告に懸念を抱いている。学校の式典で国旗に向かって起立し、国歌を歌うということに従わないという教師の消極的で破壊的でない行為の結果、一部の者が最長6ヶ月の職務停止の処分を受けたことを懸念している。さらに、委員会は、式典中に生徒に起立を強制するために物理的な力が行使されたとされることに懸念している(第18条)。
39.締約国(日本)は、思想及び良心の自由の効果的な行使を保障し、規約第18条の下で許容される狭義の範囲を超えて制限するようないかなる行動も慎むべきである。自国の法律と慣行を規約第18条に適合させるべきである。
勧告を踏まえ、原告らの主張のうち、主に憲法違反、条約違反の主張をより盤石なものとすることが準備書面(11)の目的です。
(2)勧告からも明らかなとおり、昨今、国旗国歌の起立斉唱命令をめぐる問題は、国内に留まらず、国際的な関心事にもなっています。
国旗国歌の起立斉唱命令をめぐる問題について、前回2014年、自由権規約委員会から勧告が出ていたことは、準備書面(8)で主張しました。
同じ問題で、ILO・ユネスコ合同委員会セアートから、2019年・2022年と繰り返し勧告が出ていることは本訴で主張してきました。
更に、2022年11月、総括所見において勧告が出されました。
既に準備書面(8)で主張したところですが、総括所見がどのようなものなのかについて若干補足します。自由権規約40条では、締約国に、条約加入後の一定期間に、条約上の義務履行状況を条約の実施機関である自由権規約委員会に政府報告書を提出し、審査を受ける手続きである国家報告制度を採用しています。条約の実施機関が締約国の条約の実施状況を監視するモニタリングシステムです。自由権規約委員会は、政府報告書の審査の後、自由権規約40条4項の規定に従い適当と考え得る意見として総括所見を出し、締約国に送付します。総括所見は、「序、積極的側面、主要な懸念事項および勧告」から構成され、一般的に自由権規約委員会からの勧告というと、この総括所見における勧告のことを指すことになります。
総括所見は、締約国の国内法令や行政慣行など、人権侵害の温床となっている問題点の改善を勧告することに力点が置かれています。2022年総括所見においては、国旗国歌の起立斉唱命令をめぐる問題に懸念が示され、勧告が出されました。前回2014年総括所見においても勧告を受けていましたが、2022年の総括所見では、より具体的かつ明示的に問題が取り上げられたことが特徴として指摘できます。
(3)言うまでもなく、日本は条約である自由権規約に批准しています。国際協調の精神が必要であり、条約の実施機関からの指摘は無視できません。
条約の実施機関からの勧告を踏まえた法解釈の必要性については、最高裁判所自身が指摘しているとも言えます。記憶に新しいところでは、夫婦別姓に関する2021年6月23日の最高裁判決において、その理由と三浦守裁判官の意見において条約の実施機関である女子差別撤廃委員会からの勧告が出たことが指摘され、宮崎裕子裁判官と宇賀克也裁判官の反対意見では、違憲判断を基礎づける事情として勧告が引用されています。また別の、非嫡出子の法定相続分に関する2013年9月4日の最高裁決定においても、違憲判断をする際の一事情として自由権規約委員会などからの勧告を指摘しています。更に、元最高裁判所判事の千葉勝美弁護士は、憲法と国際人権法で共通のテーマが争点となる事件においては、勧告の基である「国際人権法」について、「憲法解釈において、これらを除外する合理的な理由がない限り、参考にしなければならない必須の要素とされているものと考える。」とまで述べています。
今日において、条約の実施機関からの勧告は、憲法をはじめとする日本の法解釈において必ず考慮すべき事情と言うべきです。
(4)そこで、準備書面(11)では、原告らの主張のうち、その第1において条約違反を、第2において憲法違反を主張します。憲法の掲げる国際協調の精神から2022年総括所見による勧告の存在やその内容を踏まえて法解釈がされなければならないこと、そして、国旗国歌の起立斉唱命令をめぐる法令や被告らの実務は憲法や条約に違反することを明らかにしました。
2 準備書面(11)における各主張の概要
(1)条約違反(準備書面(11)第1)
国連の自由権規約委員会は、原告らの不起立等を自由権規約18条が保障する思想、良心の表明と捉え、都教委の法令や行政慣行が思想、良心の表明の自由を侵害していることに懸念を示し、自由権規約18条に適合するよう、人権侵害の温床となっている都教委の法令や行政慣行の改善を勧告しました。
自由権規約委員会は、本訴で争われている都教委の法令や行政慣行は自由権規約18条に適合していないと判断しています。
そして原告らは、条約実現義務がある裁判所には、10・23通達や本件職務命令、本件懲戒処分が条約不適合によって無効になることを宣言すべきであると主張しています。
起立斉唱命令をめぐる2011年最高裁判決が示した憲法19条の人権の保障範囲と自由権規約18条の人権の保障範囲が異なっています。憲法違反とは別個の解釈基準で条約違反は判断されなければならないことを強調しています。
(2)憲法違反(準備書面(11)第2)
人権の普遍性、国際協調の精神から、その精神、原理原則を同じくする自由権規約を踏まえた憲法解釈をすべきことを3つの視点から主張しました。
まず、自由権規約委員会の委員から、職務命令に従って教育を行うよう求めることと起立斉唱行為を求めることは別であり、起立斉唱命令による思想、良心の自由の制限と自由権規約18条の適合性を問う質問が出ていました。本件職務命令が教育実施を目的としても、思想、良心の自由の制限は、それはそれとして発生するからです。このような、国際的な常識で違憲審査をすれば、本件職務命令は違憲無効です。明治憲法下における思想弾圧の歴史を反省し、法律の留保を認めず、本来は自由権規約よりも徹底的に人権保障をしているのが日本国憲法だからです。
次に、2022年総括所見は、自由権「規約第18条の下で許容される狭義の範囲を超えて制限するようないかなる行動も慎むべきである。」と述べます。これは、国家による恣意的な解釈を制限するという違憲審査基準論における二重の基準論の考え方と趣旨を同じくします。憲法と自由権規約はその精神、原理原則を同じくし、国際人権規約に定められた権利は日本国憲法上も保障されているとするのであれば、憲法19条には、自由権規約18条の保障範囲以上の人権保障が求められているというべきです。表明の自由の違憲審査には、少なくとも、いわゆる厳格な審査が必要です。起立斉唱命令をめぐる2011年最高裁判決の法理では、人権保障水準が国際社会のものよりも低く、憲法19条がその役割を果たせていません。
更に言えば、10・23通達など都教委の実務は、法律より上位にある条約である自由権規約への不適合を勧告されました。条約不適合の勧告は2014年に引き続き2回目です。都教委の実務は、ILO/ユネスコ合同委員会のセアートからも勧告を受けています。国際協調の精神は教育の目標の一つです。都教委は、自由権規約や教員の地位に関する勧告に適合するよう率先して対応しなければなりません。しかし、都教委は、何ら実質的な対応をせず、今日に至りました。かような状況で形式的に繰り返し続けられる本件職務命令に合理性を見出すことはできません。そして起立斉唱命令をめぐる最高裁判決の法理によれば、本件職務命令に合理性を見出せなければ、違憲無効です。
3 さいごに
数多の人権問題を扱う国際機関から個別の問題に勧告が出ると言うのは、決して無視してはならない理由と重みがあります。曲がりなりにも「人権先進国」を標榜する日本においては猶更です。裁判所におかれては、起立斉唱命令をめぐる2011年最高裁判決が出てから今日に至るまでの国内外の社会実態を踏まえ、人権を保障することで国際社会の平和と発展に寄与できるような適正な判断を求める次第です。