澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

スパイにされた姉 戦時下カトリック弾圧―「共謀罪」の本質が見える

本日(1月24日)の衆議院本会議。代表質問で、志位共産党委員長が、今国会に提出予定とされる、共謀罪新設法案についてアベ首相を問いただした。正確には、組織犯罪処罰法の改正案。

既に「共謀罪」は手垢にまみれている。3度の廃案でイメージ悪過ぎの、悪あがき法案。政権は、「共謀罪」の用語使用を徹底して回避し、「テロ等準備罪」と呼称する方針と伝えられている。

志位委員長は、「法案のレッテルを貼りかえても、相談、計画しただけで犯罪に問える本質は変わらない。国民の思想や内心まで取り締まろうという共謀罪の法案提出は断念すべきだ」「テロ対策の名で、国民を欺き、国民の思想や内心まで取り締まろうという共謀罪は、物言えぬ監視社会を作る、現代版の治安維持法に他なりません」と論じたという。

これに対する、アベ答弁は、「東京オリンピック・パラリンピックの開催を3年後に控える中、テロ対策は喫緊の課題であり、国際組織犯罪防止条約の締結は、国際社会と緊密に連携するうえで必要不可欠だ」「犯罪の主体を、一定の犯罪を犯すことを目的とする集団に限定し、準備行為があって初めて処罰の対象にするなど、一般の方々が対象になるのがありえないことがより明確になるよう検討している。国民の理解を得られるような法整備に努めていく」「これを『共謀罪』と呼ぶのは全くの誤りだ」というもの。

相当にひどい不誠実な答弁ではないか。「法案のレッテルを貼りかえても、共謀罪の危険な本質は変わらない」という指摘に対して、アベの答弁は、「これを『共謀罪』と呼ぶのは全くの誤りだ」という噛み合わないものとなっている。共謀罪の恐るべき危険な本質を認めたからこそ、危険性を低減しようと「犯罪の主体を限定し」「国民の理解を得られるような法整備に務めている」のだろう。にもかかわらず、唐突に「『共謀罪』と呼ぶのは誤り」というのだ。何の論理も不要と、国民をなめきった居丈高な姿勢。到底真摯に国民の理解を求める態度ではない。

アベ答弁で浮かびあがったことは、ただ一つ。アベが「共謀罪」という言葉が嫌いで、法案や新設犯罪を「共謀罪」と呼ばれるのはイヤだということ。ならば、徹底して、共謀罪を連呼しようではないか。「共謀罪」「きょうぼう罪」「キョーボー罪」「きょうぼうざい」「キョウボウザイ」…。そして、法案の呼称をメディアの真っ当さの基準としよう。「共謀罪」というか、「テロ等準備罪」というか。これが、アベ政権におもねっているかいないかのリトマス試験紙だ。

「共謀罪は、物言えぬ監視社会を作る、現代版の治安維持法」という質問者の指摘は、いま多くの心ある国民が危惧しているところ。このタイミングに、毎日新聞1月22日朝刊に、治安維持法被害の実例を掘り起こした記事が出た。

「『スパイ』にされた姉 戦時下、カトリック信者弾圧」という、日曜日の朝刊に、文字通り1頁全面を使った大型レポート。長文だが貴重な記事。是非下記URLでお読みいただきたい。

http://mainichi.jp/articles/20170122/ddm/010/040/054000c

全国に無数にあった天皇制国家による弾圧の一つ。埋もれそうになったその悲劇を記者(青島顕)が掘り起こした。弾圧の手法は、特高警察による不敬罪と治安維持法の活用。弾圧されたのは、新潟県高田のカトリック信者とドイツ人神父。

 内務省警保局の内部資料「厳秘 特高月報」44年4月分には、新潟県特高課が「不敬その他の容疑」で信者7人を検挙し、サウエルボルン神父にも「嫌疑がある」とした記録がある。当事者の手記などによると、このうち、(中島)邦さんたち20代の女性信者3人と神父の計4人が起訴され、有罪判決を受けたとみられる。新潟地検に残る邦さんの判決文を合わせると、起訴の段階で罪名が治安維持法違反に変更されたと考えられる。

1925年に治安維持法が生まれて45年に廃止されるまでの20年間に、この法律で逮捕された人は、無慮7万人と推計されている。高田で逮捕された7人は、その1万分の1。同様の事件が、全国で無数にあったのだ。

記事のストーリーは、治安維持法で起訴されたクリスチャン中島邦さん(故人)を中心とする弾圧の悲劇。中島邦さんの妹笹川芳さん(78)への取材を通して、事件が語られている。

 日本が戦争一色の時代、カトリックの信者だった姉(中島邦さん・当時23歳)は熱心に教会へ通っていた。1944年4月、姉たち信者7人は突然、特別高等警察に拘束され、翌月にはドイツ人神父も捕まった。戦後、「人間と思えないほどやせ細った体」で姉は帰ってきたという。

驚くべきは、次の事実だ。
 当局から何の罪に問うているのかという説明はなく、「自分は刑法の不敬罪で捕まった」という信者もいれば、「治安維持法違反ではないか」という人もいた。世情不安の中、デマが広まっていく。信者や家族の中には戦後も「スパイ」とあざけられ、苦しんだ人がいた。

中見出しに大きく「戦後も続いた孤立」とある。弾圧を受けた人や家族は、当時「スパイ」「思想犯」として地域から排斥されただけでなく、戦後も孤立し地元から離れた人が多かったという。邦さんもブラジルに渡って、帰国することはなかった。悲しくも恐ろしいことに、権力だけでなく民衆も消極的ながら弾圧への加担者だったのだ。

もともと、治安維持法は、「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的卜テシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ入シタル者」を処罰する立法だった。「国体ヲ変革シ」「私有財産制度ヲ否認スル」目的の結社といえば、だれもが共産党をイメージした。まさしく「3・15事件」に見られるとおり、治安維持法は共産党弾圧に猛威を振るった。しかし、まさか治安維持法がカトリック弾圧にまで及ぶとは思われていなかった。

41年改悪法は、「国体ヲ否定しまたは神宮もしくは皇室の尊厳を冒涜すべき事項を流布することを目的とする結社」に加入することはもちろん、「結社の目的遂行の為にする行為を為したる者」は1年以上の有期懲役とされた。

「目的遂行のためにする行為」とは、何と曖昧な構成要件。これこそ、権力側にとってみれば、気に入らない人物の気に入らない言動を、なんでも逮捕し処罰できる便利な道具なのだ。高田の中島邦さんらも、これに引っかけられたのだ。

振り返って、アベの言い分を見てみよう。「一般の方々が対象になることはありえない」「これを『共謀罪』と呼ぶのは全くの誤りだ」は成り立たない。例の如く「アンダーコントロールで、完全にブロック」の論法なのだ。問題は、犯罪の構成要件が曖昧なことである。犯罪行為と法益侵害の結果の両者が明確にされていなければ、弾圧の武器になる。治安維持法の目的遂行罪がそうであったし、共謀罪も本質的にそうならざるを得ないのだ。

かつては、「天子に弓引く非国民共産党ならしょっぴかれてもしょうがない」との社会の空気が治安維持法の成立と改悪を許した。が、結局弾圧されたのは共産党ばかりではなかった。社会民主主義も、労働運動も、自由主義も平和主義も、そして宗教団体も野蛮な天皇制政府の標的とされたのだ。今また、「オリンピック」と「テロ」をネタに空気を作って、共謀罪を成立させようということなのだ。

教訓を噛みしめたい。我々は、喉元過ぎたからといって熱さを忘れてはならない。むしろ、羮に懲りて膾を吹こう。吹き続けよう。権力を信用してはならない。権力こそは恐るべきものと心得なければならない。ましてやアベ政権においておや、である。
(2017年1月24日)

 

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     「DHCスラップ」勝利報告集会は今週土曜日
                   弁護士 澤藤統一郎
私自身が訴えられ、6000万円を請求された「DHCスラップ訴訟」。その勝訴確定報告集会が次の土曜日に迫りました。この問題と勝訴の意義を確認するとともに、攻守ところを変えた反撃訴訟の出発点ともいたします。ぜひ、集会にご参加ください。

日程と場所は以下のとおりです。
☆時 2017年1月28日(土)午後(1時30分?4時)
☆所 日比谷公園内の「千代田区立日比谷図書文化館」4階
?「スタジオプラス小ホール」
☆進行
弁護団長挨拶
田島泰彦先生記念講演(「国際動向のなかの名誉毀損法改革とスラップ訴訟(仮題)」)
常任弁護団員からの解説
テーマは、
「名誉毀損訴訟の構造」
「サプリメントの消費者問題」
「反撃訴訟の内容」
☆会場発言(スラップ被害経験者+支援者)
☆澤藤挨拶
・資料集を配布いたします。反撃訴訟の訴状案も用意いたします。
・資料代500円をお願いいたします。
言論の自由の大切さと思われる皆さまに、集会へのご参加と、ご発言をお願いいたします。

       「DHCスラップ訴訟」とは
私は、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を毎日連載しています。既に、連続1400日になろうとしています。
そのブログに、DHC・吉田嘉明を批判する記事を3本載せました。「カネで政治を操ろうとした」ことに対する政治的批判の記事です。
DHC・吉田はこれを「名誉毀損」として、私を被告とする2000万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。2014年4月のことです。
私は、この提訴をスラップ訴訟として違法だとブログに掲載しました。「DHCスラップ訴訟を許さない」とするテーマでの掲載は既に、90回を超します。そうしたら、私に対する損害賠償請求額が6000万円に跳ね上がりました。
この訴訟は、いったい何だったのでしょうか。その提訴と応訴が応訴が持つ意味は、次のように整理できると思います。
1 言論の自由に対する攻撃とその反撃であった。
2 とりわけ政治的言論(攻撃されたものは「政治とカネ」に関わる政治的言論)の自由をめぐる攻防であった。
3 またすぐれて消費者問題であった。(攻撃されたものは「消費者利益を目的とする行政規制」)
4 さらに、民事訴訟の訴権濫用の問題であった。

私は、言論萎縮を狙ったスラップ訴訟の悪辣さ、その害悪を身をもって体験しました。「これは自分一人の問題ではない」「自分が萎縮すれば、多くの人の言論の自由が損なわれることになる」「不当な攻撃とは闘わなければならない」「闘いを放棄すれば、DHC・吉田の思う壺ではないか」「私は弁護士だ。自分の権利も擁護できないで、依頼者の人権を守ることはできない」。そう思い、自分を励ましながらの応訴でした。
スラップ常習者と言って差し支えないDHC・吉田には、反撃訴訟が必要だと思います。引き続いてのご支援をお願いいたします。

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