(2020年8月9日)
8月9日、長崎被爆の日である。犠牲者に対する鎮魂の祈りをともにしたい。そして、この犠牲を繰り返さぬための決意を再確認しなければならない。
長崎市には、「原爆被爆対策部」がある。そこに「平和推進課」があって、さらに「総務企画係」と「平和発信係」に分かれているようだ。
「平和推進課・総務企画係」は、原爆資料館・平和会館・永井隆記念館などの維持管理や市民の利用受付を担当し、「平和推進課・平和発信係」の所管業務が、《平和アピールの推進…核実験への抗議、8月9日に市長が発表する平和宣言の作成、広島市や国連と連携した平和事業の実施、インターネットによる平和アピール》《核兵器廃絶を求める国内外のNGOとの連携を図り、平和意識の啓発》《日本非核宣言自治体協議会事務局》《公益財団法人長崎平和推進協会との連携・協力による官民一体となった平和活動の展開》だという。
その「平和発信係」が管理するホームページに本日(8月9日付)の「長崎平和宣言」が掲載された。
https://nagasakipeace.jp/japanese/peace/appeal.html
長 崎 平 和 宣 言
私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど 75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
どうして私たち人間は、核兵器を未だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。
75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴っています。
私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡がりの下に繰り展げられた惨劇、ベロベロに焼けただれた火達磨の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫の中に転がっていた数知れぬ屍体、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡に蘇ってくる。
被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。
今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から 50年の節目にあたります。
この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。
3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。
被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。
昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。
世界の皆さんに呼びかけます。
平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。
この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。
折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。
若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。
世界各国の指導者に訴えます。
「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。
日本政府と国会議員に訴えます。
核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。
そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。
東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。
新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。
2020 年(令和2年)8月9日
長崎市長 田 上 富 久
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平和宣言の掲載に限らず、「平和推進課・平和発信係」のホームページには、真摯さが満ちている。平和と核廃絶を訴える本気さが感じられる。このホームページを閲覧するだけで、原爆の恐怖と、核廃絶に向けた多くの人の努力を知ることができる。
https://nagasakipeace.jp/japanese.html
これに反して、まったく真摯さも本気さも感じさせないのが、いつもながらのアベ晋三の言。本日の式辞は、6日の広島での式辞とほぼ同じ原稿の棒読みでお茶を濁した。「8月6日」を「8月9日」に、「広島」を「長崎」に書き換えた程度のもの。
目の前で、長崎市長が被爆の犠牲者を代理して、「核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください」と、悲痛に訴えているのだ。これを聞き流して恥じないのが、アベのアベたる所以。のみならず、「記者会見」は、2社の記者の質問に対して、予め用意した原稿を読み上げるだけのお粗末。
いったいどうして、こんな人物が、いつまでも行政のトップにいるのだろうか。広島と長崎と沖縄を除いて、日本国民は、それほどに安倍政治に寛容なのだろうか。
(2020年8月8日)
本日(8月8日)、第59回日本民主法律家協会定時総会が開催された。
コロナ禍のさなか、リアルの出席者はできるだけ押さえて、大半はOn-lineでの参加。これをハイブリッド方式というそうだ。昨年までは考えられなかったこと。
人事では、右崎正博代表理事が勇退して、新理事長に新倉修氏が就任した。事務局長は、米倉洋子氏が留任。また、33年にわたって事務局員として協会の実務と「法と民主主義」編集を支えて来られたた林敦子さんが退任の挨拶をされた。
恒例の相磯まつ江記念「法と民主主義賞」の授賞式も、今年は第16回となった。
受賞者は2019年4月号の「特集・日韓関係をめぐる諸問題を検証する」の執筆者である下記の各氏。
◆日・朝・韓関係の戦後史と現状 … 和田春樹
◆日韓の戦後処理の全体像と問題点 … 山本晴太
◆中国人強制連行強制労働事件の解決事例と韓国徴用工問題解決への展望 … 森田太三
◆韓国徴用工裁判の経緯、判決の概要と今後の取り組みについて … 川上詩朗
◆徴用工判決と金景錫事件 … 梓澤和幸
◆日韓合意の破綻……「慰安婦」問題と日韓関係 … 大森典子
◆韓国の側から見た日韓関係の現状と提言 … 李 洪千
特別賞として、19年7月号特集『軍事力に頼らない安全保障とは』の中の論文
◆平成27年「安保法制」による集団的自衛権行使容認の違憲性 … 宮?礼壹
に授与された。
広渡清吾選考委員長から選考経過と受賞理由についての解説があり、受賞者の森田太三、宮?礼壹の両氏から、さすがに聞かせる挨拶があった。
なお、今年の春、相磯まつ江氏は、天寿を全うされて97歳の生涯を閉じられた。長女の芹沢真澄氏が、母の志と「法と民主主義」への思いを語って、「今後も、相磯まつ江記念賞の継続を」と訴えられた。
記念講演は、石田勇治氏(東京大学教授・歴史学)の「ナチドイツの経験に見る 緊急事態条項の危険性」である。時宜に適ったもので、要約が「法と民主主義」に掲載されることになるだろう。
総会アピールの全文を紹介しよう。やや長文だが、面白い。あらためて、アベ政権って、いったい何なんだ? という問に対する回答である。
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コロナ禍の今を見つめ、安倍政治に終止符を打ち、
平和で民主的で個人の尊厳が守られる政治に転換しよう!
2020年8月8日 日本民主法律家協会
(はじめに)新型コロナウィルス感染拡大は、安倍政権が市民の命と生活を守らない政権であることを白日の下にさらけ出した。営業停止要請や失職に対する補償はないに等しく、有効な感染防止策を打つことができない。しかも、感染者数が急増する中、巨費を投じて旅行を奨励する「Go-Toトラベルキャンペーン」を強行するなど、支離滅裂なパフォーマンスと明らかな税金の無駄遣いは目を覆わんばかりである。
コロナ禍の中、市民の政治的関心が高まる一方、政権への不信は深刻化している。5月に検察庁法改正法案が約900万の抗議のツイッターの力で廃案になったことは、その現れである。今こそ、安倍政権に代わる、平和で民主的で市民1人1人の尊厳が守られる、市民と野党の新しい政権が必要である。
9月にも解散総選挙が予想される今、2012年12月に発足して7年7か月になる第二次以後の安倍政権がどのような政権だったかを改めて振り返り、政権交代が必須であることを確認したい。
(権力の集中)安倍政権は、発足と同時に、国の根幹部分の人事を官邸が握る手法で権力の集中をはかった。日銀総裁、内閣法制局長官、NHK会長を交代させ、内閣人事局を設置して各省庁の幹部人事を官邸が一括して握った。恣意的な人事は司法にも及び、最高裁判事の任命において日弁連の推薦を初めて拒否した。ただし今年、検察庁法改正により検察幹部の人事も内閣が握る体制を作ろうとしたが、世論の強い反対の前に同法案は廃案となった。
(軍事大国化への暴走)安倍政権は、歴代自民党もなしえなかった方法で、日米軍事同盟の強化による軍事大国化への道を暴走した。政権発足後直ちに国家安全保障会議(日本版NSC)を設立し、米軍との情報共有のための特定秘密保護法を成立させ、2014年7月には集団的自衛権を容認する閣議決定を行い、2015年9月市民の強い反対の声を押し切って戦争法(安保法制)を強行採決した。その後は、戦争法による新任務を与えて戦闘状態にある南スーダンに自衛隊を派遣し、本年1月には「調査研究」名目で自衛隊を中東に派遣するなど、自衛隊の海外派遣を積み重ねた。
また、唯一の被爆国でありながら、2017年122か国の賛成で採択された核兵器禁止条約に反対した。
防衛費は、第二次安倍政権以降8年連続で増額され、トランプ大統領の言いなりにアメリカ製兵器を大量購入し、2020年度防衛予算は5兆3000億円を突破した。沖縄では県民の明確な意思を無視し、巨費を投じて辺野古基地建設を強行している。
中国や北朝鮮への敵視も異常である。第二次世界大戦中の日本のアジア侵略を反省する姿勢がないことから、韓国の徴用工判決を巡って日韓関係も最悪となっている。東アジアの平和を構築しようとする姿勢は皆無であり、かえって緊張関係を高めている。最近首相は、北朝鮮を対象とする敵基地攻撃能力論を言い出しており、「戦争をする国」への野望はとどまるところを知らない。
(9条改憲への執念)安倍政権は、発足と同時に「戦後レジームの転換」、「日本を取り戻す」と叫び、憲法尊重擁護義務を投げ捨てて憲法改正を政策の前面に掲げた。ただし、復古調の自民党改憲草案や憲法96条改正が世論の支持を得られないとわかるや、明文改憲の主張はいったんおさめ、集団的自衛権行使を盛り込んだ安保法制を成立させて9条の「実質改憲」を果たした。その上で、2017年5月、憲法9条1項2項を維持しつつ自衛隊を憲法に明記する改憲を2020年までに実現するとのメッセージを発し、これに、緊急事態条項、教育の充実、参議院の合区解消を加えた「改憲4項目」を打ち出した。しかし、改憲を望まない世論の力で、現在までの3年3か月、「安倍改憲」の議論は一歩も進ませていない。
(大企業と富裕層のためのアベノミクス)安倍政権は、デフレを克服し景気を浮揚させるとして、「アベノミクス」と称する経済政策を強行した。しかし、アベノミクスは、日銀に大量の株式や国債を引き受けさせて、株高と湯水のような公共投資を実現するものであり、大企業と富裕層には過去最高水準の利益をもたらしたが、労働者の所得は増えなかった。非正規雇用が増え、年収200万円以下のワーキングプアは1000万人を超え、社会保障は年々削減され、消費税は5%から8%に、8%から10%にと引き上げられ、格差と貧困は拡大する一方である。
(権力の私物化)安倍政権はまた、権力の私物化を大胆に行った。森友学園問題では、学校建設用地の売買において、安倍首相夫人の関与により9億円余の国有地を8億円値引きさせた。加計学園問題では、理事長と安倍首相が「腹心の友」であるところ、獣医学部新設について文科省の反対を安倍首相が抑え込んだ。7年連続で行われた首相主催の「桜を見る会」では、安倍後援会の会員を800名以上招待し、予算の3倍以上の国費を費やしていたことが明らかになった。
(相次ぐ閣僚の辞任)安倍政権の下では、10名もの閣僚が公職選挙法違反の不祥事や失言で辞任した。しかし、安倍首相が任命責任をとって辞任することはなく、森友、加計、「桜」など安倍首相こそが辞任すべき案件においても絶対に責任を認めることはなかった。
(公文書の隠蔽・改ざん)公文書の隠蔽・改ざんが多発したことも、安倍政権の大きな特徴である。
森友学園問題では、安倍首相夫人の関与が記載された近畿財務局の公文書が改ざんされ、これに関与させられた職員が自殺するという痛ましい事件が起きた。加計学園問題でも、官邸の関与を裏付ける記録が作成されていなかった。「桜を見る会」では、国会議員の質問通告の直後、招待者名簿が廃棄された。
これらの他、自衛隊の南スーダンの日報やイラク派兵時の日報の隠蔽、裁量労働制に関する労働時間のデータや「毎月勤労統計調査」のデータの偽装、コロナ専門家会議の議事録不作成など、安倍政権下における情報隠しや偽装は枚挙にいとまがない。2013年12月成立した特定秘密保護法は、内閣が勝手に秘密指定をすることによって市民の知る権利を奪うものであり、公文書隠蔽の法制化である。
(反憲的法案の採決強行)安倍政権は、2013年12月の特定秘密保護法、2015年9月の戦争法(安保法制)、2017年6月の共謀罪、2018年5月の働き方改革関連法案における高度プロフェッショナル制度の導入などの反憲法的な重大法案について、市民の強い反対の声に背を向け、数の力による採決強行を繰り返してきた。なかでも、過去3度廃案になった共謀罪法案は、「中間報告」の手法で参議院法務委員会の審議を省略し、参議院本会議で採決が強行された。まさに民主主義を踏みにじる暴挙であった。
以上をみるならば、安倍政権は日本国憲法に基づく国の形を変えてしまった、戦後最悪の政権であると断ぜざるを得ない。この最悪の政権に終止符を打ち、安倍政権が行ってきた悪政・失政を一つ一つ覆し、平和・人権・民主主義を守る市民のための政治を築くことは、まさに必須の課題である。
日本民主法律家協会は、そのために全力をあげる決意である。
(2020年8月7日)
今年(2020年)の「9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」の準備は、例年にない波乱含みだった。一つは、3年越しの排外ヘイト団体「そよ風」の挑発妨害と、それに呼応した小池都政のイヤガラセ。そして、もう一つがコロナ禍である。が、両者ともに問題解決となった模様である。当たり前のことが当たり前に行われるために、どれほどの苦労が必要かを思い知らされる。
一昨日、たまたま実行委員長の宮川泰彦さんと顔を合わせる機会があって、「9月1日、例年のとおり横網町公園で会いましょう」と声をかけた。ところが、「いや、今年はいらっしゃらないで結構。ご夫婦で、ユーチューブをご覧になってください」との返答。では、安心してそうすることにいたしましょう。
問題になっていたのは、東京都が実行委員会に対してとうてい応じることのできない、不当な「誓約書」の提出を要請していたことだったが、多くの人々の批判を受けてその要請は取り下げざるを得ない事態となった。のみならず、東京都は、8月3日に昨年(2019年)9月1日における「そよ風」の言動をヘイトと認定して公表した。これで、基本的な解決となった。
下記が、最新の経過を報告する実行委員会のネット記事である。
https://sites.google.com/site/japankoreatokyo/911
https://sites.google.com/site/japankoreatokyo/912
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東京都の「誓約」要請取り下げと、今年の追悼式典の一般参加中止(ネット中継)についてのご報告
2020年8月3日
9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会
実行委員長 宮 川 泰 彦
記
■東京都がついに「誓約書提出を求めない」と明言
7月29日、9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会(以下、当実行委)と東京都建設局の交渉が行われました。建設局はこの場で、「誓約書提出を求めない」と明言し、その日のうちに申請を受理しました。昨年12月以来の「誓約書」問題に一定の区切りがついたのです。これにより、今年の式典が無事に執り行われることとなりました。
建設局は昨年12月、2020年の追悼式典に向けた占用許可申請に対して、「横網町公園において9月1日に集会を開催する場合の占用許可条件について」と題する文書を当実行委に提示し、「公園管理上支障となる行為は行わない」「(集会で使う拡声器は)当該参加者に聞こえるための必要最小限の音量とすること」などの条件の順守を求めました。問題なのは、これらを守れない場合は「次年度以降、公園地の占用が許可されない場合があることに異存ありません」との誓約を求めてきたことです。
その背景には、この3年間、同じ横網町公園内で、追悼式典と同日同時刻に意図的にぶつけるかたちで右翼団体「そよ風」主催の集会が行われていることがあります。彼らは「不逞朝鮮人が震災に乗じて凶悪犯罪を行ったのが真相」などと虚偽の主張とヘイトスピーチを叫び、拡声器を追悼式典に向けて放送するなどの妨害を行っています。これによって「慰霊の公園」である横網町公園の静穏が破られてきました。建設局の「誓約書」要請が、この集会と追悼式典の双方を同列に規制することでこうした「トラブル」を回避しようと考えたものであることは間違いありません。しかし、ヘイトスピーチなどの問題を起こしている集会と何の瑕疵もない追悼式典を同列に規制することを公正と呼ぶことはできません。
そのため当実行委はこの要請を認めず、5月18日には撤回を求めて声明を発表しました(注)。その反響は大きく、ネット署名を呼び掛ける人々が現れて「誓約要請撤回」を求めて3万人を集めたほか、知識人127人と1団体が賛同する共同声明、自由法曹団東京支部による声明、そして東京弁護士会の会長声明が発せられるなど、様々な抗議の声が上がりました。この他にも、建設局や総務局人権部に抗議の声を届けた方は少なくないようです。
今回の「誓約書」要請の取り下げは、私たちの呼びかけに応えて様々な立場から抗議の声を上げ、奔走して下さった多くの方々の努力の成果です。心より厚くお礼を申し上げます。
また建設局は同日、10項目からなる、横網町公園使用に当たっての「注意事項」を示しました。内容はごく常識的なものであり、建設局は「追悼式典は例年通りに行うことができる」と明言しています。
この「注意事項」には「ヘイトスピーチ解消法の趣旨を踏まえ、いかなる差別的言動もしないこと」との項目もあり、これについては高く評価します。ただし、同法と東京都人権尊重条例によれば、建設局と総務局人権部には、公共施設である横網町公園において差別的言動をさせないように対処する責務があるはずです。集会主催者に注意するだけでなく、東京都が「慰霊の公園」における差別的言動を確実に防ぐため、実効ある取り組みを行うことを求めたいと思います。
■今年の追悼式典は一般参加なしのインターネット中継に
新型コロナウイルス感染拡大の勢いは今のところ収まる気配はなく、すべての行事において、感染防止対策が最大の課題となっています。当実行委では議論の結果、今年の式典行事については例年どおりに行いつつ、一般参加者の参加はご遠慮いただくこととしました。追悼の場を守るために声を上げて下さった方々、追悼碑の前で犠牲者に手を合わせたいという思いでいらっしゃる方々に対し、こうしたお願いをするのは心苦しい限りですが、何卒ご諒解ください。
ただし、追悼式典はIWJ(Independent Web Journal)のご協力をいただいてインターネット生中継を行いますので、PCやスマホでのご視聴を通じて全国の人々にご参加いただければ幸いです。チャンネルは以下の通りです。
2020年 9月1日(火)午前11時から1時間強。youtubeチャンネル「Movie Iwj」にて。
https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501
(yahooやgoogleで「Movie Iwj」と検索すればアクセス可能)
Movie Iwj https://www.youtube.com/channel/UCO6c-ejeQxxKArNHWieU2OQ
3年後の2023年には、関東大震災100年、朝鮮人犠牲者追悼碑建立から50年を迎えます。虐殺犠牲者への追悼を捧げ、民族差別による暴力を「繰り返しはせぬ」と誓う場である朝鮮人犠牲者追悼式典と追悼碑を、今後とも幅広い人々と共に守っていきたいと考えます。引き続き、多くの皆さんのご支援、ご協力を訴えます。
以上
(注)「9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会が声明を発表」
https://blog.goo.ne.jp/nicchokyokai-honbu/c/4bf22b0296e721d49361f7334619df04
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占用にあたっての注意事項(東京都から実行委員会に示されたもの)
1 占用目的外及び占用許可区域外の使用はしないこと。
2 他の公園利用者や近隣住民の迷惑となるなど、公園管理上支障となる行為は行わないこと。
3 9時50分から10時50分はマイク・スピーカー等、音響装置を使用しないこと。それ以外の時間に音響装置を使用する場合は、他の公園利用者や近隣住民等に影響がないよう、当該集会参加者の方向に向けて設置し、必要最低限の音量とすること。
4 掲示物・看板等を設置する場合は、当該集会参加者の方向に向けて設置すること。なお、当該集会め会場の場所を示すための看板を設置する場合には、行事名・主催音名のみを記載すること。
5 搬出入に使用する車両は必要最低限の台数とするとともに、公園内では徐行すること。また、指示された場所以外に車両の乗り入れ及び留め置きはしないこと。
6 平成28年6月3日に施行された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)の趣旨を踏まえ、いかなる差別的言動もしないこと
7 原状の回復については、公園管理者の確認を受けること
8 新型コロナウィルス感染症の感染拡大防止のため、適切な対策を講じること
9 公園管理者からの指示に従うこと
10 本注意事項について、集会参加者に周知・指導すること
東部公園緑地事務所
言うまでもなく、上記の第6項が、そよ風のヘイトスピーチを意識してのもの。
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その、「そよ風」のホームページには、8月4日付で次の記事が掲載されている。
生き残りをかけた左翼総攻撃に、都が負けた!
「誓約書」を引っ込めさせられた東京都!
そよ風が、関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊碑(以降、朝鮮人碑)を支持する左翼から、総攻撃を受けている事はお伝えしてきました。しかし話はそれで終わりませんでした。
私達は、その攻撃がどれほど恐ろしい事か目の当たりにしました。
かねてより両団体に都庁から求められていた、慰霊祭で公園を使わせて頂く為の誓約書を提出しに行った時の事。
なんと、都は、今度は、誓約書は受け取れない、というのです。
思わず、一同、椅子から転げ落ちそうになりました。
理由は、両団体とも信頼できると思えるに至ったから、と、理解不能な説明。
役所がきちんと審議し、一旦は、決定し、要請した誓約書を、途中で、必要がなかったことにするとは、前代未聞、驚天動地。
私はこれを「都庁文書引っ込め事件」と呼びたい。
都を庇うわけではないが、都は、慰霊祭を開催させないとは一言も言っておらず、誓約書は、去年、朝鮮人碑を支持する側の人間が、そよ風慰霊祭参加者に、なぐりかかるという暴行事件(逮捕、10万円罰金)があり、安全を担保するためには、公園管理者として、当然の文書でした。
それを左翼は、あたかも、都が、慰霊祭を許可しなかったかのごとく、ネットで訴え、煽りに煽りました。
正に、左翼の、生き残りをかけたかのように、自分たちと、そよ風ごときを、同格に扱うとは何事だ!と大キャンペーンを張り、必死の署名活動で、3万筆を集め、暴行事件を起こした本人等が都に提出、又、知識人127人と1団体の声明、まで出し、朝日、前衛などのメディアを使って、公園を使わせろ!と絶妙に論点をすり替えて、危機感を煽りました。
もちろん、こんなことだけで都庁が動くとは思われませんが、強力な圧力で、役所をねじふせ、誓約書を吹き飛ばしたのだと思います。
あれほど、厳格であるべき役所の指導を、指導してしまう共産党。
役人をも意のままに出来る共産党。恐るべき日本共産党!
(以下略)
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その前日の8月3日、東京都は、2019年開催の関東大震災追悼式の際の「そよ風」の言動について、本邦外出身者に対する不当な差別的言動と認定したことを公表している。
東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例第12条第1項の規定に基づく表現活動の概要等の公表について
東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例(以下「条例」という。)第14条の規定により設置する審査会(以下「審査会」という。)の意見を踏まえ、以下のとおり条例第12条の規定に基づき表現活動の概要等を公表する。
1 表現活動の内容
令和元年9月1日、東京都墨田区内の集会における以下の言動
1.「犯人は不逞朝鮮人、朝鮮人コリアンだったのです。」
2.「不逞在日朝鮮人たちによって身内を殺され、家を焼かれ、財物を奪われ、女子供を強姦された多くの日本人たち」
3.「その中にあって日本政府は、不逞朝鮮人ではない鮮人の保護を」
2 都の対応
1.上記1.について、条例第12条第2項の規定に基づく申出を受け、これらの表現は、不逞朝鮮人という言葉を用いながら、本邦外出身者を著しく侮蔑し、地域社会から排除することを煽動する目的を持っていたものと考えられる。
また、当該発言がなされた日時、場所、その他の態様等に照らせば、別の集会に対して挑発的意図をもって発せられたものであって、その表現内容も朝鮮人を貶め、傷つける差別的表現であることから、本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当すると認められるため、適切な措置をとるべきとの審査会の意見を聴取した。
2.条例第13条第1項の規定に基づき、審査会の意見を踏まえ、都としては、上記1.の表現は、条例第8条に規定する本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当する表現活動であると判断した。
3.都は、条例第12条第1項の規定に基づき、本件公表を行い、このような本邦外出身者に対する不当な差別的言動はあってはならないものとして、その解消を推進していく。
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この経過を報道する朝日新聞の記事を引用しておきたい。
朝鮮人虐殺の追悼式、公園使用に誓約書求めず 都が一転
関東大震災の際のデマなどで虐殺された朝鮮人犠牲者らの追悼式典をめぐり、会場の公園を管理する東京都が主催者に誓約書の提出を求めた問題で、都は、誓約書なしで公園使用を許可する方針に転換した。
追悼式典は1974年から日朝協会などでつくる実行委員会が、9月1日に都立横網町公園(墨田区)の朝鮮人犠牲者追悼碑前で開いてきた。これに対し2017年から、虐殺の事実を否定する団体「そよ風」も同時刻に同じ公園で「慰霊祭」を開催。昨年は抗議する活動家との衝突もあった。
都は昨年末、公園使用許可申請の際に、管理に支障となる行為をしないなどの条件が守れない場合は「管理者が集会の中止を指示したら従います」とする誓約書の提出を双方の主催者に求めた。実行委は「誓約書は集会運営を萎縮させる」と反発。抗議署名や抗議声明の動きが相次いだ。
都は7月末に方針を転換。「注意事項を守り、行事を平穏に行う意思が口頭で確認できた」として、誓約書なしで実行委の申請を受理した。そよ風からも申請の相談はあり、意思確認をした上で受理する方向という。都公園緑地部の樽見憲介・適正化推進担当課長は「今後も必要が生じたら誓約書を提出してもらう」と話す。
実行委は3日、「都が誓約書の要請を取り下げたのは、多くの方々の抗議の成果」との見解を発表。都に対し「差別的言動を防ぐため実効ある取り組みを」と求めた。9月の追悼式典は新型コロナウイルスの感染防止のため、一般参加者を入れずに実施し、インターネットで中継する。
そよ風が昨年開いた集会では「不逞(ふてい)在日朝鮮人たちに身内を殺された」などの発言があった。この発言について、都は人権尊重条例に基づく不当な差別的言動(ヘイトスピーチ)にあたると認定し、3日発表した。
追悼式典をめぐっては歴代の都知事が追悼文を送ってきたが、小池百合子知事は「犠牲者数については様々な意見がある」と発言し、2017年から見送っている。
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この間の事情の詳報が、年8月3日付ハンギョレ新聞(日本語・デジタル版)にも掲載されている。朝日が「客観報道」に徹しているのに対して、ハンギョレは小池都政の意図にも言及した「論評報道」に踏み込んでいる。このハンギョレの論評部分は常識的なもので、全体の流れが分かり易い。
東京都は、関東大震災の時に虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式の開催条件として提示していた一種の「順法誓約書」提出要求を撤回した。
「9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会」(以下、実行委)は3日、先月29日に東京都が「誓約書提出を求めない」とし、(追悼式典開催)申請を受理したと明らかにした。東京都は右翼団体との公平性を口実に、追悼式典開催のための公園占有許可を出す条件としてマイクやスピーカーの使用などを自制することを要求していた。
追悼式典の開催を妨害してきた右翼団体の「ヘイトスピーチ」(特定集団に対する公開的差別、嫌悪発言)を事実上、朝鮮人犠牲者追悼式典と同様の性格の集会と規定しようとしたものの、市民の反発にぶつかり、要求を撤回した格好だ。実行委は、1923年の関東大震災で虐殺された朝鮮人犠牲者を追悼するために、1974年から毎年9月1日に、東京墨田区の横網町公園で追悼式典を開いてきた。しかし、右寄りの小池百合子東京都知事の就任後、制動がかかっていた。
東京都は昨年12月、実行委に対し、追悼式典開催に必要となる公園の占有を許可する条件として、「(すべての関東大震災犠牲者を対象に東京都が行う行事の時間帯には、集会で使う拡声器は)当該参加者に聞こえるための必要最小限の音量とすること」などを内容とする誓約書の提出を要求し、物議を醸していた。誓約書には、これらの内容が順守できない場合は、「次年度以降、(行事開催のための)公園地の占用が許可されない場合があることに異存ありません」との内容も含まれていた。さらに東京都は、追悼式典の開催を妨害することを目的として3年前から同じ公園で集会を開いている右翼団体にも、同一の誓約書を提出することを求め、波紋はさらに広がった。事実上、右翼団体の「ヘイトスピーチ」と朝鮮人犠牲者追悼式典を同じ性格の集会と規定し、規制しようという意図があるという分析がなされた。実行委が5月に東京都のこうした措置を批判する声明を発表したところ、日本の市民社会からは「民族差別の犠牲者を追悼する式典と、民族差別を煽動する集会とを同列に扱い規制することは、『公平』でもなければ『公正』でもない」とする「文化人声明」などが相次いだ。
実行委は「『誓約書』要請の取り下げは、私たちの呼びかけに応えて様々な立場から抗議の声を上げ、奔走して下さった多くの方々の努力の成果」とし「心より厚くお礼を申し上げます」と述べた。そして「(東京都)建設局は同日、10項目からなる、横網町公園使用に当たっての『注意事項』を示しました。内容はごく常識的なものであり、建設局は『追悼式典は例年通りに行うことができる』と明言しています」と明かした。
一方、実行委は、今年の横網町公園での関東大震災朝鮮人虐殺犠牲者追悼式典はコロナ感染拡大防止のため、一般参加者なしで行うことにしたと発表した。追悼式はオンライン中継される予定だ。
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なお、賛同・支援の募金は下記まで。
郵便振込 00110?5?401438
加入者名 関東大震災朝鮮人犠牲者追悼実行委員会
(2020年8月6日)
1845年8月には、忘れることのできない諸事件が重なった。8月15日は、日本の歴史を分かつ日として、日本人にとって忘れてはならぬ日。これに対して、8月6日は世界の人類全体が戦慄の感情をもって記憶すべき日である。
あれから75年目の8月6日。本日も青い真夏の空の下、広島市の平和記念公園で「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれた。コロナ禍のさなかの式典として、規模は縮小された。その準備の過程で、平穏な式典の進行を求める主催者(広島市)と、式典の意義にこだわる市民団体との間に摩擦のあったことが報道されている。
敢えて単純化すればこんなことだろうか。市民団体側は、「平和式典は核廃絶につながるものでなければならない。にもかかわらず、式典主催者は、遺族の慰霊のみを目的とする式典にしようとしているのではないか。式典周辺での拡声器使用自粛要請はその表れにみえる」
これに対して市は、飽くまで「原爆死没者の慰霊」と「世界恒久平和の実現の祈念」の両者を式典の理念とするもので、決して「慰霊」だけを目的としているものではないという。
拡声器の音量については妥協が成立して、平穏に本日の平和式典は進行したようだが、核廃絶のための喫緊の課題は、2017年に国連で採択されたが未発効の「核兵器禁止条約」について締約国を増やすこと、まずは日本政府が「締約国」となるべきことである。そして、もう一つ。黒い雨訴訟の一審判決への控訴期限が迫っている。被爆者救済の切実な具体的問題が眼前にある。
松井一実市長は、平和宣言の中でこの点について次のとおり訴えた。訴える先は、目の前にいるアベ晋三である。
これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。
国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。
そのためにNPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。
日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。
また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
これに対して、アベ晋三はどう応えたか。
75年前、1発の原子爆弾により廃虚と化しながらも、先人たちの努力で見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにし、平和の尊さに思いを致しています。
広島と長崎で起きた惨禍と、もたらされた人々の苦しみは、繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を前に進めることは、わが国の変わらぬ使命です。
本年は被爆75年という節目の年です。非核3原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促し、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取り組みをリードしていきます。
核拡散防止条約(NPT)が発効50周年を迎えました。結束した取り組みを各国に働きかけ、積極的に貢献します。
「核兵器のない世界」の実現へ確固たる歩みを支えるのは、核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、継承する取り組みです。わが国は被爆者と手を取り合い、被爆の実相への理解を促す努力を重ねていきます。
原爆症の認定について、迅速な審査を行い、高齢化が進む被爆者に寄り添いながら、総合的な援護施策を推進します。
全てを抽象論でごまかした、恐るべき無内容。完全なゼロ回答である。被爆者や遺族の面前で、「核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めていただきたい」「多くの人々の苦悩に寄り添い、『黒い雨降雨地域』の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。」との訴えの拒絶である。このくらいのシンゾウの強さ、面の皮の厚さでないと、保守政権の維持はできないのだろう。いちいち国民の要望に耳を傾けていては、きりがないと言うことなのだ。
なお、この日注目されたのは、「核抑止論は虚構に過ぎない」という湯崎英彦・広島県知事の挨拶である。これも、アベ晋三の面前での発言として、重みがある。下記は、そのさわりである。
なぜ、我々広島・長崎の核兵器廃絶に対する思いはこうも長い間裏切られ続けるのでしょうか。それは、核による抑止力を信じ、依存している人々と国々があるからです。しかしながら、絶対破壊の恐怖が敵攻撃を抑止するという核抑止論は、あくまでも人々が共同で信じている「考え」であって、すなわち「虚構」に過ぎません。
一方で、核兵器の破壊力は、アインシュタインの理論どおりまさに宇宙の真理であり、ひとたび爆発すればそのエネルギーから逃れられる存在は何一つありません。したがって、そこから逃れるためには、決して爆発しないよう、つまり、物理的に廃絶するしかないのです。
幸いなことに、核抑止は人間の作った虚構であるが故に、皆が信じなくなれば意味がなくなります。つまり、人間の手で変えることができるのです。どのようなものでもそれが人々の「考え」である限り転換は可能であり、我々は安全保障の在り方も変えることができるはずです。いや、我々は、人類の長期的な存続を保障するため、「考え」を変えなければならないのです。
もちろん、凝り固まった核抑止という信心を変えることは簡単ではありません。新しい安全保障の考え方も構築が必要です。核抑止から人類が脱却するためには、世界の叡知を集め、すべての国々、すべての人々が行動しなければなりません。
皆さん、今こそ叡知を集めて行動しようではありませんか。後世の人々に、その無責任を非難される前に。
この知事発言は、子ども代表が朗読した「平和への誓い」と通底している。
血に染まった無残な光景の広島を、原子爆弾はつくったのです。
「あのようなことは二度と起きてはならない」
広島の町を復興させた被爆者の力強い言葉は、私たちの心にずっと生き続けます。
人間の手によって作られた核兵器をなくすのに必要なのは、私たち人間の意思です。
私たちの未来に、核兵器は必要ありません。
私たちは、互いに認め合う優しい心を持ち続けます。
私たちは、相手の思いに寄り添い、笑顔で暮らせる平和な未来を築きます。
被爆地広島で育つ私たちは、当時の人々が諦めずつないでくださった希望を未来へとつないでいきます。
この二つのメッセージをつなげると、ほら、何とか希望が見えてくるではないだろうか。
(2020年8月5日)
関東学院大学に、宮本弘典さんという刑事法の教授がいる。
この方が、紀要「関東学院法学」(第28巻第2号)に、「ニホン刑事司法の古層・再論 1:思想司法の系譜」という論文を掲載されている。貴重なものである。
B5で40ページ余の分量だが、これに126項目、20頁余の引用資料が充実している。ありがたいことに、その全文がネットで読める。関東学院に感謝しつつ、司法問題に関心のある方には、閲覧をお勧めしたい。
https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=NI30003367&elmid=Body&fname=007.pdf
研究者の論文を読むのは骨が折れて億劫だと仰る方は、せめて下記の私の拙い要約に目を通していただきたい。
宮本論文の主題は、「ニホン刑事司法の古層には、今なお、過去の《思想司法=モラル司法》が脈々と永らえている」という表題のとおりのもの。言うまでもなく過去の《思想司法》とは、「万世一系の國體護持」という「思想」(ないしは信仰)の擁護を主柱とする刑事司法である。天子様に弓を引く極悪な非国民をしょっぴいて処罰する糾問型司法制度を言う。のみならず、《思想司法》は《モラル司法》でもあったというのが、政治学者ではなく刑事法学者である論者の重要な指摘。《モラル司法》とは、皇国臣民としての道徳を規範とした刑事司法といってよいだろう。転向し反省して、皇国臣民としての規範を受容する恭順者に対しては、畏れ多くも皇恩が寛大なる処遇を賜るであろうという文字どおり、天皇の天皇による天皇のための刑事司法なのだ。そのかつての刑事司法の抜きがたい伝統は、今なお古層として現在も生き続けているというのだ。
この点、論文の最後の一文が要旨を適切にまとめて、分かり易い。
行為に対する法的裁きにとどまらず,被告人の人格そのものに対する道徳的裁きとなれば,日本国憲法による防御権の保障は画餅に帰し,捜査と公判と行刑の全過程が反省と謝罪の追及の場となろう。思想司法/モラル司法を牽引した検察官司法の貫徹はたしかに「凡庸な悪」「陳腐な悪」ともいうべき悲劇であった。しかし,「凡庸な悪」「陳腐な悪」は時代と状況を超えて再現する。現に本稿で概観したとおり,思想司法/モラル司法のモードとエートスは,「古層」をなして日本国憲法の下でもなお2度目の笑劇として存(ながら)えている。それは裁判官や検察官のみの罪ではない。我われ自身の罪でもあろう。
また、「プロローグ:思想司法/モラル司法の記憶」の中に次の一節がある。
権威主義国家における(戦前の)このような刑事裁判は,被告人から法的権利と道徳的資格の双方を剥奪して「非国民」を生産する場であった。そのような裁判において自白とは,「反省と悔悟」による被告人の「道義の回復」の必須の条件であり,天皇の赤子たるニッポン臣民の――お上の恩情・恩寵としての――道徳的資格の回復に欠くべからざる条件であった。…権威主義国家の自白裁判は,治安維持法の思想犯/政治犯裁判に明らかなとおり心情刑法の色彩を濃くしてすべての被告人を政治犯化し,反省と悔悟あるいは転向を迫りつつ,被告人を法的のみならず道徳的にも断罪する荘厳の――しかし内容空疎な――裁きとして機能した。現在も続く反省・謝罪追及型のモラル司法の原風景である。
さて歴史を鑑とするときニホン刑事司法の「真実」と「正義」を語りうるだろうか。否であろう。ニホン刑事司法の古層をなし,ニホン刑事司法の底流を通貫するモードとエートスは,検察官司法による思想司法/モラル司法のそれだからである。現に,敗戦後の日本国憲法下の刑事司法の担い手のなかにも,思想司法の系譜に属する人びとがいる。本稿は,先行研究によりつつ若干の固有名詞によってそれを確認し,ニホン刑事司法の改革に不可欠な歴史的省察の一端を照射しようとするものである。
こうして、《敗戦後の日本国憲法下の刑事司法の担い手となった,思想司法の系譜に属する人びと》を洗い出そうというのが、この論文の狙いである。ターゲットにされたのは、著名な、研究者・実務家の6名。戦前の天皇の刑事司法と戦後の人権擁護の刑事司法を架橋して、戦後刑事司法に古層としての戦前司法を埋め込んだ「戦犯6人衆」の罪状である。その6名とは、小野清一郎・団藤重光・池田克・斎藤悠輔・石田和外・岡原昌男である。
この6名の罪状が次のとおりに目次建てして論じられている。
プロローグ:思想司法/モラル司法の記憶
1.戦時刑事法のイデオローグ・小野清一郎
2.戦後刑事法学の泰斗・団藤重光
3.思想司法の中核の復権・池田克
4.硬骨/恍惚の戦時派裁判官・斎藤悠輔
5.ミリタントな保守によるリベラル排斥・石田和外
6.思想検事の末裔・岡原昌男
エピローグ:司法の廃墟
私の主たる関心は、「ミリタントな保守」とされた石田和外にある。「ミリタント」の意は「居丈高で好戦的な」ということであろうが、退官後の石田の言動を見ると、「軍国主義者」の意でもあろうかと思われる。この石田のことは後日述べたい。
恐るべきは、宮本論文のトップに出てくる、小野清一郎である。盛岡では、郷土の偉人の一人に数えられている。近江商人の出である小野組の一族の人で、浄土真宗の信仰に厚いことでも知られる。親鸞と天皇信仰とどう関係するのかは余人には窺い知れないが、彼はこんなことを書いている、と宮本論文が紹介している。
「我が日本の國軆は肇國以來の歴史を離れたものではないと同時に,其の精華は日本道義の顕現以外に之を求めることは出來ない。この國軆の精華たる億兆一心の道義は「教育ノ淵源」たると同時に亦法の淵源でもある。何故なら,日本においては法と道義とは一如であり,法とは道義の政治的實現に外ならないからである。…我が國軆は神ながらの絶對なる道に基礎づけられてゐる。萬世一系の天皇の御統治は唯一にして絶對のものであり,天壌無窮の意義を有するものである。其處には限りなき嚴しさを感ぜしむるものがある。其は正に人間以上の嚴しさである。まことに限りなき御稜威である。しかし御稜威といふものは單なる「權力」といふ如きものではない。また單なる「權威」といふ如きものでもないと思ふ。權威でもあり,又權力でもあるが,しかしそれよりも深く一切をはぐくむ生成力であり,光明である。御仁慈である。限りなき御稜威も,光華明彩なる皇祖天照大神の和魂に基く生成の力である。…されば天皇と臣民との關係も單なる權力服從の關係といふ如きものではない。「詔を承けては必ず謹め」といふ,絶對なるものへの随順であり,歸一である。しかも其は上下の和諧であり,億兆の一心を實現する所以である。日本の法は斯の如きいはば宗?的道義的な基本原理において把握され,形成され,實践されなければならないのである」(小野清一郎『日本法理の自覚的展開』(有斐閣・1942年)92‐94 頁)
宮本は、この小野の言を、「要するに天皇主権国家を「道義」の顕現=権化とする信仰告白であり,そのような「国体」の実現が法の基本原理だというのである。ゆえに法の性質も目的も「道義」の外に求めることはできない」と研究者らしく評する。
私の感想はひとこと、「バカジャナカロカ」というほかはない。この人も、戦前の一時期、検事だったこともあるという。知性や理性が、醜悪な信仰と迷妄なる野蛮に裁かれていたのだ。
小野の没年は1986年。その晩年、法務省の特別顧問となり刑法「改正」問題で影響力ある人とされていた。宮本論文に依れば、今なお刑事司法の古層に永らえているという《思想司法=モラル司法》の実質とは、こんな小野思想だというのだ。
蛇足だが、一言。小野は、秀才伝説の人である。得てして、秀才とは、「醜悪な信仰と迷妄なる野蛮」に親和性が高い。昔だけのことではない。おそらくは今もなお。
(2020年8月4日)
期間:2020年8月10日(月)?12日(水)
時間:8月10日 13:00?18:00
8月11日 10:00?18:00
8月12日 10:00?16:00
場所:文京シビックセンター1階 アートサロン(展示室2)
最寄り駅 後楽園(丸の内線・南北線)、春日(三田線・大江戸線)
入場無料
文京・真砂生まれの村瀬守保写真展
村瀬守保さん(1909年?1988年)は1937年(昭和12年)7月に召集され、中国大陸を2年半にわたって転戦。カメラ2台を持ち、中隊全員の写真を撮ることで非公式の写真班として認められ、約3千枚の写真を撮影しました。天津、北京、上海、南京、徐州、漢口、山西省、ハルビンと、中国各地を第一線部隊の後を追って転戦した村瀬さんの写真は、日本兵の人間的な日常を克明に記録しており、戦争の実相をリアルに伝える他に例を見ない貴重な写真となっています。一方では、南京虐殺、「慰安所」など、けっして否定することのできない侵略の事実が映し出されています。
一人一人の兵士を見ると、
みんな普通の人間であり、
家庭では良きパパであり、
良き夫であるのです。
戦場の狂気が人間を野獣に
かえてしまうのです。
このような戦争を再び
許してはなりません。
村瀬守保
漫画家たちの満州引き上げ証言
中国からの引揚げを体験した漫画家たちの記録
赤塚不二夫、ちばてつや、古谷三敏、北見けんいち、森田拳次、高井研一郎、山口太一など中国から引き揚げてきた漫画家たちが、少年時代の忘れようとして忘れられない過去をまとめてマンガに描いた作品を展示しています。
DVD上映
1 侵略戦争
2 中国人強制連行
3 20世紀からの遺言
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8月は、あの戦争を語り継ぐべきときである。75年前の8月、日本の国民は塗炭の苦しみを経て敗戦を迎えた。夥しい人命が失われ、生き残った人々も愛する多くの人を失った。8月は凝縮された悲しみのとき。忘れてはならないのは、その悲しさ切なさは、日本によって侵略を受けた隣国の人々には、さらに深刻で大規模なものだったことである。
この戦争の惨禍を再び繰り返してはならない。被害者にも加害者にもなるまい。そのような国民的合意から、平和憲法が制定され、我が国は平和国家として再出発した、…はずなのだ。
今あるこの国の再出発の原点である「戦争の惨禍」を、絶対に繰り返してはならないものとして、記憶し語り継がねばならない。平和を維持するための不可欠の営みとして。とりわけ、8月には意識して戦争を語ろう。戦争の記憶を継承しよう。
そのうえで、なぜ戦争が起きたのか。なぜ日本は朝鮮を侵略し、満蒙を日本の生命線だと言い募り、華北から華中、華南へと戦線を拡大したのか。あまつさえ、英・米・蘭にまで戦争を仕掛けたのか。敗戦必至となっても戦争を止めず、厖大な犠牲を敢えて積み重ねたのはどうしてなのか。
できれば、さらに考えたい。この戦争を主導した者の責任追及はなぜできなかったのか。最大の戦犯・天皇はなぜ戦後も天皇であり続けたのか。
8月の戦争を語る企画として、昨年文京では、日中友好協会を中心に「平和を願う文京・戦争展」が開催された。内容は、「日本兵が撮った日中戦争」として、文京・真砂生まれの村瀬守保の中国戦線での写真展を中心に、DVD上映(「侵略戦争」「中国人強制連行」)、そして文京空襲についての体験者の語りが好評だった。思いがけなくも、3日間で1500人もの来観者を得て、大盛況だった。
この盛況の原因は、実は文京区教育委員会のお蔭だった。実行委員会は、文京区教育委員会に後援申請をした。「区教育委員会の後援」とは名前を使ってもよいというだけのこと。「平和宣言」をもつ文京区である。平和を求める写真展を後援して当然なのだが、文京教育委員会はこれを不承認とした。事務局の承認原案を覆しての積極的不承認である。
これを東京新聞が取りあげて後掲の記事にした。この記事を読んで、後援申請を不承認とした文京区教育委員会に抗議の意味で参加という人が多数いて、大盛況だったのだ。
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昨年(2019年8月)の顛末を記しておきたい。
この企画の主催者は、日中友好協会文京支部(代表者は、小竹紘子・元都議)である。同支部は、2019年の5月31日付で、文京区教育委員会に後援を申請した。お役所用語では、「後援名義使用申請書」を提出した。
その申請書の「事業内容・目的」欄にはこう記載されている。
「保護者を含めて戦争を知らない世代が、区民の圧倒的多数を占めています。従って子どもたちに1931年から1945年まで続いた日中戦争、太平洋戦争について語り伝えることも困難になっています。文京区生まれの兵士、村瀬守保氏が撮った日中戦争の写真を展示し、合わせて文京空襲の写真を展示し、戦争について考えてもらう機会にしたい。」
なんと、この申請に対して、文京区教育委員会は「後援せず」と決定した。このことが、8月2日東京新聞朝刊<くらしデモクラシー>に大きく取りあげられた。
同記事の見出しは、「日中戦争写真展、後援せず」「文京区教委『いろいろ見解ある』」、そして「主催者側『行政、加害に年々後ろ向きに』」というもの。
日中戦争で中国大陸を転戦した兵士が撮影した写真を展示する「平和を願う文京・戦争展」の後援申請を、東京都文京区教育委員会が「いろいろ見解があり、中立を保つため」として、承認しなかったことが分かった。日中友好協会文京支部主催で、展示には慰安婦や南京大虐殺の写真もある。同協会は「政治的意図はない」とし、戦争加害に向き合うことに消極的な行政の姿勢を憂慮している。
同展は、文京区の施設「文京シビックセンター」(春日一)で八?十日に開かれる。文京区出身の故・村瀬守保(もりやす)さん(一九〇九?八八年)が中国大陸で撮影した写真五十枚を展示。南京攻略戦直後の死体の山やトラックで運ばれる移動中の慰安婦たちも写っている。
同支部は五月三十一日に後援を区教委に申請。実施要項には「戦場の狂気が人間を野獣に変えてしまう」との村瀬さんの言葉を紹介。「日本兵たちの『人間的な日常』と南京虐殺、『慰安所』、日常的な加害行為などを克明に記録した写真」としている。
区教委教育総務課によると、六月十四日、七月十一日の区教委の定例会で後援を審議。委員からは「公平中立な立場の教育委員会が承認するのはいかがか」「反対の立場の申請があれば、後援しないといけなくなる」などの声があり、教育長を除く委員四人が承認しないとの意見を表明した。
日中友好協会文京支部には七月十二日に区教委が口頭で伝えた。支部長で元都議の小竹紘子さん(77)は「慰安婦の問題などに関わりたくないのだろうが、歴史的事実が忘れられないか心配だ。納得できない」と話している。
村瀬さんの写真が中心の企画もあり、二〇一五年開催の埼玉県川越市での写真展は、村瀬さんが生前暮らした川越市が後援。協会によると、不承認は文京区の他に確認できていないという。
協会事務局長の矢崎光晴さん(60)は、今回の後援不承認について「承認されないおそれから、主催者側が後援申請を自粛する傾向もあり、文京区だけの問題ではない」と話す。「このままでは歴史の事実に背を向けてしまう。侵略戦争の事実を受け止めなければ、戦争の歯止めにならないと思うが、戦争加害を取り上げることに、行政は年々後ろ向きになっている」と懸念を示した。
なんと言うことだろう。戦争体験こそ、また戦争の加害・被害の実態こそ、国民が折に触れ、何度でも学び直さねばならない課題ではないか。「いろいろ見解があり、中立を保つため」不承認いうのは、あまりの不見識。「南京虐殺」も「慰安所」も厳然たる歴史的事実ではないか。教育委員が、歴史の偽造に加担してどうする。職員を説得して、後援実施してこその教育委員ではないか。
「戦争の被害実態はともかく、加害の実態や責任に触れると、右翼からの攻撃で面倒なことになるから、触らぬ神を決めこもう」という魂胆が透けて見える。このような「小さな怯懦」が積み重なって、ものが言えない社会が作りあげられてていくのだ。文京区教育委員諸君よ、そのような歴史の逆行に加担しているという自覚はないのか。
文京区教育委員会事案決定規則(別表)によれば、この決定は、教育委員会自らがしなければならない。教育長や部課長に代決させることはできない。その不名誉な教育委員5名の氏名を明示しておきたい。
すこしは、恥ずかしいと思っていただかねばならない。そして、ぜひとも、今年こそ汚名を挽回していただきたい。
教育長 加藤 裕一
委員 清水 俊明(順天堂大学医学部教授)
委員 田嶋 幸三(日本サッカー協会会長)
委員 坪井 節子(弁護士)
委員 小川 賀代(日本女子大学理学部教授)
(2020年8月3日)
本日の各紙朝刊に、週刊ポスト(8月14・21日合併特大号)の大広告。イヤでも目に飛び込んでくる冒頭タイトルが、白抜きの「今こそ落選運動2020を始めよう」である。落選させようという対象に驚く。なんと、「安倍首相を引きずりおろす『国民の最強手段』がこれだ!」。保守色のイメージが強い小学館の週刊ポストが、安倍首相を引きずり下ろせキャンペーンの大見出しなのだ。
世には、定評というものがある。講談社はリベラルで、小学館は保守というのもその一つ。だから、週刊現代は政権批判に厳しいが、週刊ポストは生温い。いやどうも、この思い込みもあてにならない。あの嫌韓イメージの強い週刊ポストが、かくも果敢に安倍政権攻撃の特集を組もうとは、びっくり仰天というほかはない。そして、仰天のあとには考えさせられる。
週刊ポストの広告は、「落とすべき議員リスト」を挙げる。本文では実名が語られているのだろうが、広告では下記のとおりだ。
・無策でコロナ禍を拡大させた7人
・緊急事態宣言中に私腹を肥やした6人。
・スキャンダルを”なかったこと”にした6人。
・政権交代の邪魔になる野党の7人 ほか
これは、さすがだ。確かに、誰もが、こんな議員は落とすべきだと思うに違いない。読者の共感を獲得しそうではないか。
さらに驚くべきは、「10・25総選挙『289選挙区&比例』完全予測」である。「自民68議席減、野党連合73議席増!」「総理大臣もニッポン政治も変わる!」とのシミュレーションを提示している。
10月25日総選挙の根拠については分からないが、仮に、ここで総選挙となれば、現状286の自民党議席は68減となって、216となる。過半数に必要な233を下回るというのだ。代わって、「野党連合73議席増!」となる。もちろん、アベ晋三は総理の座から追い落とされる。日本の政治は変わらざるを得ない。
もっとも、このシナリオには条件が付いている。野党連合が成立し、各小選挙区に一本化された野党連合候補が擁立されなければならない。これさえできれば、週刊ポストシミュレーションが現実味を帯びてくる。
週刊ポストが、このような特集を組んだことの意味は大きい。30万部超の発行部数をもつ週刊誌の編集者が、世の空気を「反安倍」の風向きと読んだのだ。今や、安倍政権への提灯記事では部数は増えない。「安倍首相を引きずりおろす」という特集記事でこそ、ポストは売れると踏んだのだ。
しかも、もっと具体的に、国民は「コロナ対策での政権の無為無策」に憤っており、「緊急事態宣言中に私腹を肥やした安倍政権に近い議員もいるぞ」「安倍政権下であればこそ、スキャンダルを”なかったこと”にした議員もいる」「政権交代の邪魔になる野党の議員をあぶり出せ」。こんな議員たちを落選させようというアピールが多くの国民を引きつけると判断している。
このポストの特集は話題を呼ぶことになるだろう。その話題が反アベの世の空気を増幅することにもなるだろう。類似の企画を生むことにもなる。安倍指弾の世論は着実に興隆することになるだろう。
この広告を載せた、本日(8月3日)の朝日新聞朝刊が、「内閣支持率30代も低下」という解説記事を掲載している。「安倍内閣の「岩盤支持層」だった30代が、コロナ禍の対応を評価せず、支持離れの兆し」「コロナ対応に不満」という内容。
「今年5月の世論調査では、30代の内閣不支持率は45%で、支持率27%を大きく上回り、全体の支持率を押し下げる要因となった。」というのだ。
また、「本日(8月3日)発表されたJNN(TBS系)の世論調査では、内閣支持率が35.4%、不支持率は62.2%を記録。JNNは2018年10月に調査方法を変更しているとはいえ、第二次安倍政権発足後、支持率最低と不支持率最高を記録したことになる」という。
週刊ポストに先見の明あり、ということのようである。
(2020年8月2日)
梅雨は明けたか、
コロナはまだかいな。
コロナ明けるまで、
気が気でならぬ。
とにもかくにも
国会開いて審議を尽くせ。
一時はおさまっていたかに見えた新型コロナの感染だが、このところ確実に再拡大しつつある。ウイルス感染の拡大は国民一人ひとりの生命・健康と生活、さらには経済活動に関わる。政治は、国民の叡智を結集してコロナに対応しなければならない。そのためにこそ、国家はある。無為無策を決めこんで、傍観していることは許されない。国民の目に見えるところで、知恵を出せ。汗をかけ。
また、主権者から権力を付託された政権がこれを奇貨として暴走することを許してはならない。何をしているのか、国民に全てをさらけ出せ。
そのためには、直ちに国会を開かねばならない。国民の目に見えるように、専門知を結集せよ。確かな根拠に基づく、適切な対応策を策定せよ。その政策の施行の合理性を国民に説明して、協力を求めよ。決して、過剰に国民の人権を制限してはならない。
安倍政権は、自ら臨時国会を招集してしかるべきだが、何を恐れてかやろうとしない。そこで4野党が連合して、「臨時国会召集」要求に至った。一昨日(7月31日)のこと。臨時国会開催要求の理由について、「新型コロナウイルス感染拡大が続くなか、安倍晋三首相が説明責任を果たしておらず、対策の拡充・見直しを図るためには召集が必要」としているという。これは、憲法53条に基づく憲法上の権利の行使である。内閣には、国会召集についての憲法上の義務が生じていることになる。
憲法53条には、こう書いてある。
「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」
要求者となった国会議員の数は131人、衆参各議院の総議員の4分の1以上となっている。とすれば、「内閣は、臨時国会の召集を決定しなければならない」のだ。それ以外の選択の余地はない。
ところが、憲法大嫌いの安倍政権である。軽々に憲法に従いたくはないと、駄々をこねているのだ。実は、これが3度目のこと。
内閣の言う理屈は、こうだ。「憲法53条には、いつまでに内閣が臨時国会の召集を決定しなければならないのか、その期限が明記されていない。だからいつまでに臨時会を招集するかについて内閣は縛られない」という。これを「詭弁」というのはきれいに過ぎる。「屁理屈」というのがふさわしい。
法解釈の常道においては、期限の猶予が付されていない以上は、「直ちにその召集を決定しなければならない」ことになる。手続上どうしても必要な期間を控除してできるだけ早い期間に、ということになる。
要求書の中では、「(政府の)後手後手の対応は事態を収束させるに至らず、感染者は再び急増、深刻な事態を招いている」と指摘しているという。ぐずぐずしているうちに、コロナ禍は爆発的に蔓延して時期を失してしまうことにもなりかねない。遅い国会召集は、召集拒絶に等しい。
大島衆院議長は「国民の負託に応えるために、速やかに要求書を内閣に送付するとともに、与党側にも受け止めを聞く」と応じている。駄々っ子同然のアベ政権だが、是非とも何とかしていただきたい。
ところで、那覇地裁は6月10日、「憲法53条違憲国家賠償請求事件」判決を言い渡し。憲法53条に基づく臨時国会召集は「憲法上明文をもって規定された法的義務」だと判示。召集時期について内閣に認められる「裁量の余地は極めて乏しい」とも指摘している。
当ブログの下記記事も参照されたい。
「憲法53条違憲国家賠償訴訟」那覇地裁判決に見る、安倍内閣の憲法無視の姿勢。
https://article9.jp/wordpress/?p=15092
この判決、朝日新聞の「国会召集『内閣に法的義務』 憲法53条めぐり初判決」という紹介記事以上でも以下でもない。
この訴訟の原告は、衆議院議員の赤嶺政賢・照屋寛徳、参議院議員の伊波洋一・糸数慶子(当時)の4名。国を被告としての国家賠償請求訴訟である。憲法53条後段に基づいて、臨時国会の召集を内閣に要求したのに、安倍内閣は憲法を無視して、この要求に応じなかった。明らかに違憲・違法な内閣の行為による損害(各1万円)について、国家賠償法1条1項に基づいて賠償を求めるという事件である。
判決は、次のとおりに、【争点を整理】した。
争点(1) 内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反するかの法的判断について,裁判所の司法審査権が及ぶか(本案前の争点)
争点(2) 本件召集要求に基づく内閣の召集決定が,本件召集要求をした個々の国会議員との関係において、国賠法1条1項の適用上,違法と評価されるか。
争点(3) 本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,または,本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反するものといえるか
争点(4) 原告らの損害の有無及びその額
以上の各争点を判決はどう判断したか。
争点(1)の判断においては、被告国の言い分を斥けて、裁判所の司法審査の権限は憲法53条後段違反の有無について及ぶと判断した。被告国は、「そもそもこの件に裁判所の出番はない」「三権分立の在り方から、本件を裁判所が裁くことはできない」と主張したのだが、裁判所の採用するところとはならなかった。
各紙が報道しているとおり、53条後段にもとづく内閣の臨時会招集義務は、「単なる政治的義務にとどまるものではなく、法的義務であると解され、(召集しなければ)違憲と評価される余地はあるといえる」と判決は言う。これは、今後に生かすべき本判決の積極面。
ところが判決は、争点(2)では被告国の言い分を容れた。憲法53条後段は、議員の臨時会召集要求があれば、内閣には招集決定の法的義務が課せられるものではあるが、その義務は召集要求をした個々の国会議員との関係における義務ではない。従って、その義務の不履行が国賠法1条1項の適用上,違法と評価されることにはならない、というのだ。その結果、争点(3)も(4)も、判断の必要がないとされてしまっている。これでよいのだろうか。
結局、この判決は、こう言ったことになる。
内閣の53条後段違反の有無は裁判所の違憲判断の対象とはなる。しかし、仮に内閣の招集遅滞が違憲と判断されたにせよ、それは議員個人の国家賠償の根拠とはならない。だから、憲法違反の有無の判断をするまでもなく、請求を棄却せざるを得ない。それゆえ、「安倍内閣の本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえない」という原告の主張についても、また「本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえない」ということも、判断の必要はない。
せっかく、53条後段に違反する内閣の行為(臨時国会招集の不履行)については、司法審査が及ぶとしながら、司法判断を拒否したのだ。理由は、国家賠償の要件としての違法性は認められないから、というものだった。では、いったいどのような訴訟類型を選択すれば、司法判断に到達することになるのか。それが問われることになっているが明確な答はないままである。
権力に憲法を守らせるものは、裁判所ばかりではない。まずは何よりも国民自身である。自分の都合のためであればいつまでも国会を開けておく。都合が悪くなれば国会を閉じ、国民が望んでも、憲法上の招集の義務を課せられても、招集手続をしようとはしない。
こんな、傲慢不遜な「憲法ないがしろ内閣」は、危険極まりない。国民的な批判を集中しなければならない。もう、政権担当能力のない内閣は総辞職せよ。
私も声をあげねばならない。
アベ晋三よ、いいかげんにしろ。
民の声を聞け。
憲法に従へ。
直ちに臨時国会を開会せよ。
さもなくば、早々に退陣せよ。
梅雨は明けたか、
アベ退陣はまだかいな。
アベが辞めるまで、
気が気でならぬ。
とにもかくにも
世論起こしてアベ倒せ。
(2020年8月1日)
今日から8月。未明に雨がやみ、梅雨空の雲が切れて東京は夏の陽が射しはじめた。しかし、今年の夏はいつもの輝く夏ではない。コロナ禍の夏、コロナに占領された囚われの夏である。感染はしたくないから、そのための引きこもりの夏。
全国の新規感染者は、昨日(7月31日)に続いて本日(8月1日)も1500人を超えた。感染は確実に都市部から全国に拡大しつつあり、医療態勢は逼迫しつつある。
庶民は引きこもらざるを得ないが、為政者たる者まで巣ごもりしていてはならない。国会を閉じて巣ごもりを決めこみ、記者会見さえしようとしないアベ晋三のやる気のなさが尋常ではない。今こそ国難、リーダーの真価を国民に見せてしかるべき時なのだが、よくよく自信がないのだろう。役立たずの「こんな総理」をいただいている不幸が誰の目にも明らかではないか。
その昔、「六無斎」と号した人物がいた。「寛政の三奇人」の一人・林子平は、大著『海国兵談』の版木を自ら彫って自費出版したが、これが幕政に容喙するものとして発禁処分となった。版木は没収され、仙台に蟄居を命じられる。このとき、「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と自嘲しての「六無斎」。
これに倣って、アベ晋三には、「六無宰」の称号を奉ろう。「無為・無策・無能」に、「無気力・無責任・無節操」を加えての「六無宰」。
もう一つ。「怠惰・怠慢・怠業」の「三怠総理」と言ってもよい。本当に、国民はこんな政権を選んだのか。こんな人物を政権トップに据えたのか。日本の民主主義の機能不全が哀しい。
ところが、である。アベ晋三のやる気のなさは、コロナ対策や、水害対策などに限ってのものなのだ。いま国会を開けば、コロナと水害で攻められる。だから、ダンマリなのだ。これまで、改憲やら悪法の強行には、えらく熱心だったのだ。
日民協は、8月8日(土)に、総会を開催する。その議案書は作成済みで、全国の会員に届けられているが、総会で採択する「アピール」の文案が未確定である。
大雑把には、「第59回日本民主法律家協会定時総会アピール」として、「コロナ禍の今こそ、安倍政権に終止符を打ち、平和で民主的で個人の尊厳が守られる市民・野党の新しい政権を!」と表題し、「これまでの安倍政権の反憲法的悪政を全て列記し、こうした政権に代わる政権が今こそ求められており、政権交代のために法律家も力を尽くそうというアピール」にすることまでは、決まっている。
その準備作業として事務局長がまとめてきた、「安倍政権悪行一覧」があらためて凄まじい。
憲政史上最長・戦後最悪の安倍政権(2012年12月?2020年8月(7年7か月))は何をやってきたか?
※権力の集中による人事権の独占(歴代自民党政権がやらなかった法で人事を掌握)
・日銀総裁、内閣法制局長官、NHK会長、最高裁裁判官
・内閣人事局
・検察官人事→20.6改正法廃案
※軍事大国化
・13.12特定秘密保護法
・14.7集団的自衛権容認の閣議決定、15.4日米ガイドライン改定、15.9安保法制成立
・15.11南スーダンPKO派遣
・17.5「安倍改憲」メッセージ(自衛隊明記)
・20.1自衛隊中東派兵
※大企業・富裕層にだけに富を集中させた経済政策(アペノミクス)
「3つの矢」と称する、金融緩和、財政政策、成長戦略により景気浮揚させるとし、日銀が大量に株や国債を買い込み、投機による株高を作り出し、湯水のような公共投資を行った絡恥企業収益は過去最高水準になったが、ほとんどは株主への配当や内部留保になり、労働者の所得にも家計にも回らなかった非正規雇用が増え、年収200万円以下のワーキングプアは1000万人を超えている。こうした中、2014年4月に消費税を5%から8%に、2019年10月には10%に引き上げ、格差と貧困は拡大している。
※公文書の隠蔽・改ざん・樫造・偽装・記録不作成
一14.7内閣法制局集団的自衛権容認の検討過程の記録不作成
一16.南スーダンPKO日報「発見」
・18,4イラク派兵日報「発見」
・18.3森友文書の改ざん/18.5破棄されたはずの交渉記録900頁の国会提出
・1s.力闘t4q届/IS吸郵頑l咳びJ‘自‘gl5ノkュ包鮨はLI良良・ぴn=9或
・18.裁量労働制データ樫造
・19.1基幹統計である「毎月勤労統計調査」のデータ大規模偽造発覚(「実質賃金高水準」のウソ)
・19.12「桜を見る会」招待者名簿「廃棄」
・20.4コロナ専門家会議議事録不作成
※反憲法的立法の採決強行
・13.12特定秘密保護法
・15.9安保法制
・16.5盗聴法拡大・刑訴法改正
・17.6共謀罪
・18.5「働き方改革」(高プロ)
※改憲への執念
安倍政権での一貫しての最大注力テーマ
せめぎ合いの中で、改憲は阻止し得ている。
※外交
・拉致問題ーまったく成果なし
・北方領土問題ーまったく成果なし
・対韓外交ー昏迷の極み
・原発・新幹線売り込みーまったく成果なし
・原水爆禁止問題ーまったく進展せず
・米・イラン仲介問題ー失敗
※エネルギー政策
・脱原発に踏み切れず
・原発再稼働に執着
・3・11被害補償に冷淡
※コロナ対策
無為・無策・無能・無気力・無責任・無節操
※その他
・沖縄の民意を無視した辺野古新基地建設強行
・ジェンダー問題の軽視
・国連の諸勧告軽視
※レガシー作り
・いまだ「東京オリパラ2020」に固執
・長かっただけ。国力を低下させ、日本の国際的地位を低下させた政権と記憶されることになろう。
(2020年7月31日)
「法と民主主義」7月号(№550)の特集は「総点検・安倍政権のコロナ『対策』」である。僭越ながら、私が総論に当たる一文を書いている。だからというわけだけでもないが、だからということもあって、ご購読いただくよう、お願い申しあげます。
以下、特集のリードをご紹介する。
突然に世界を襲った新型コロナウィルス (COVID-19)の蔓延は、それぞれの国と社会に大きな衝撃を与えた。各国とも、否応なく突きつけられたこの現実に全力で対応せざるをえない。同時に、この災厄は、克服しなければならない国家や社会の諸問題を露呈している。それぞれの国や社会の対応能力が試されてもいる。
本誌は、本年5月号に「新型コロナウィルス問題を考える」を特集し、続く6月号の特集を「新型コロナウィルス問題があぶり出したもの」とした。そして、今号は「総点検・安倍政権のコロナ『対策』」である。
唐突に生じた新型コロナ禍がいったいいかなる現象で、社会的にいかなる意味をもち、どのような法的・政治的問題を孕んでいるのか。その関心に応えた特集が、「問題を考える」という表題となった。次いで、感染症蔓延の現実が進行する中で、平常時には必ずしも十分に見えなかったこの社会の諸矛盾がさらけ出された。見えてきたものは、何よりも医療と福祉の脆弱性であり、経済至上主義がもたらした格差・貧困の実態であった。また、コロナ禍による経済活動の自粛は、社会的弱者への苛酷な皺寄せとなった。その実情報告が、「あぶり出したもの」である。
そして、今号の特集は、「総点検・安倍政権のコロナ『対策』」。コロナ禍が生みだした直接の問題点ではなく、安倍政権によってなされた「対策」を検証しようというもの。言うまでもなく、「対策」には括弧を付けねばならない。嘘とごまかしをもっぱらとし、政治と行政を私物化してきた安倍政権である。コロナ禍がこの社会の矛盾点をあぶり出したように、コロナ禍対策が改めてこの政権の体質をあぶり出している。
総点検は、対策の分野別に、[経済][財政][税制][労働][外国人][福祉][ジェンダー][政策手法]などを取りあげる。通底しているものは、一強体制のもと、国民からの信頼を失った政権の末期症状である。この期に及んでなお、相も変わらぬ新自由主義的本質と、オトモダチ偏重の体質である。
破綻寸前の政権による、コロナ対策不手際の実態を明らかにしつつ、憲法の理念から根底的に批判することが本号特集の趣旨である。
問題意識を示す[総論]は、「安倍政権のコロナ対策を素描する」との標題で、編集部の澤藤が執筆した。本来、国はこのような危急の事態に経済的弱者を救済するためにこそ存在する。そのあるべき姿と大きく乖離した安倍政権の在り方を批判するもの。また、この政権の否定的な諸特質がコロナ対策において顕著に露呈し、政権の末期症状を呈していることに言及されている。
[経済]の部門は、浜矩子氏インタビュー。コロナ対策で露わとなったアベノミクスの本質を語り、そもそも経済とは人の幸せのためにあると力説。「Go To トラベル」キャンペーンなどに典型的に見られる景気振興策の実態と問題点。監視社会論やベーシックインカムなどにも触れて切れ味がよい。提唱される「人間の経済学」に耳を傾けたい。
[財政]は熊澤道夫氏に解説願った。コロナ対策の財政出動は、時期に遅れ、生存権保障、事業継続の必要額に届かず、金融では内部留保豊かな大企業ほど有利。そして、一〇兆円の予備費計上が憲法上の財政民主主義を侵しているという。
[税制]は、全ての対策費用の財源に関わる論点。菅隆徳氏の論稿は、「コロナ税」や消費税増税を許さず、財源は大企業、大資産家に応分の負担をもとめ、法人税に所得税並みの超過累進課税を提言している。
[労働問題]は、実務家諸氏には避けて通れない。棗一郎氏の論稿は、コロナショック下の労働者の雇用と労働条件の維持に、安倍政権の政策は適切に対応しているかに焦点を当てて、網羅的に論点が提示されている。新しい事態に生じた労働問題と政権の対応も論じられている。
[福祉]政策は、今がその真価を問われるとき。藤田孝典氏は「コロナ対策とあるべき福祉」では、生存のための権利を保障するための三一の緊急提案が掲載されている。その中には、ジェンダーや外国人政策が詳細である。
[ジェンダー]の問題を明珍美紀氏が指摘している。自粛要請の中でDV被害が深刻化している。にもかかわらず、暴力に対する処罰は生ぬるく、窮地に陥る人々への支援は不十分。それが、「女性活躍を掲げる」この国の実態だという。
[政策手法]は栗原猛氏。まず、安倍政治の通弊を8項目にまとめる。それが、コロナ対策にどう現れているかを論じる。「財政民主主義と説明責任」「『中抜き』『孫抜き』と利権構造」 「経産省、電通、パソナをめぐる ブラックホール」「トップダウン手法と側近政治」と肯かざるをえない。
栗原氏論稿の末尾が、「今一番大事なことは国民一人一人が、不真面目でいい加減な政治に怒りを発することではないか。」と結ばれている。これが、特集の結論でもあろう。
(「法と民主主義」編集委員会)
ホームページは下記のとおり。
https://www.jdla.jp/houmin/index.html
お申し込みは、下記のURLから。
https://www.jdla.jp/houmin/form.html
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「法と民主主義」7月号
特集●総点検・安倍政権のコロナ「対策」
◆特集にあたって … 「法と民主主義」編集委員会
◆安倍政権の新型コロナ対策素描 … 澤藤統一郎
◆インタビュー●コロナ対策で露呈、覆い隠せないタチの悪さ
世のため、人のためを考えないアホノミクス
あらためて「人間の経済学」を … 浜 矩子
◆新型コロナウイルス感染症の財政政策 … 熊澤通夫
◆コロナ禍で問われる税収の空洞化 … 菅 隆徳
◆新型コロナショック下における労働問題に安倍政権の政策は対応できているか
── 労働者の雇用・労働条件は守られているか? … 棗 一郎
◆コロナ禍と外国人労働者を巡る課題と現状 … 板倉由実
◆コロナ対策とあるべき福祉 … 藤田孝典
◆加害者の処罰と支援体制の充実を──国際社会に後れを取る日本 … 明珍美紀
◆グローバル主義の限界と利益誘導政治 … 栗原 猛
◆連続企画●憲法9条実現のために〈31〉
イージス・アショア導入断念と日米の防衛戦略 … 千坂 純
◆司法をめぐる動き〈58〉
・解釈すれども判断せず
──憲法53条訴訟・那覇地裁判決が投げかけたもの … 志田陽子
・5/6月の動き … 司法制度委員会
◆メディアウオッチ2020●《コロナ危機とメディア》
いま改めて問われるジャーナリズム
メディア利用で知事選勝利、 宣伝効果求めコロナ政策迷走 … 丸山重威
◆あなたとランチを〈番外編〉
美魔女は法民に乗って? … 林 敦子さんインタビュー×佐藤むつみ
◆改憲動向レポート〈No.26〉
「憲法改正国民投票」を訴える安倍首相、橋下徹氏、吉村洋文氏 … 飯島滋明
◆時評●辺野古から考える「法の支配」の現在 … 岡田正則
◆ひろば●追悼 鬼追明夫先生
あの「記録映画・日独裁判官物語」は
今なお、司法のあり方を問うています … 高橋利明