我が輩はマスクである。白い布製。2枚で一組。サイズは極めて小さく、着用者の顔をデカく見せるとして、評判はよくない。正式の名はまだないが、アベノマスクと呼ばれることが多い。生みの親がアベだからだが、名付け親はアベではない。ときに、アホノマスクとも、ムダノマスクとも、ゴテゴテノマスクとも蔑まれる。はなはだ、肩身が狭い。
生みの親であるアベは、ウィルス感染の防御に役立つと触れ込んだが、あれは、どうもいいかげんなデタラメだったようだ。最近の実験結果では、ほとんど役に立たないとされ、ますます評判を落とした。アベはマスクで国民の口を塞ごうとしているなどと言われると、我が輩も返す言葉がない。立つ瀬がない。
物心ついたときから、肩身が狭かった。何せ466億円の壮大な無駄遣い。アベノ無為・無策・無能を象徴する「ムサクのマスク」と揶揄された。少しは役に立つはずの我が輩なのだが、どうしてこんなにも、貶められなければならないのか。これも、親の因果とあきらめるしかないのか。
我が輩、どこで生れたかとんと見当がつかぬが、遠いベトナムだったと教えられたことがある。物心ついたのは、日本の各地で「汚れがひどい」「シミがある」と騒がれ始めたあの頃のこと。あとは御難続きで、親を怨んでばかりの身の上に。
我が輩は、生まれながらに、「汚い」「不衛生」の烙印を押されて、回収⇒点検⇒費用の加算⇒評判の下落⇒配達の遅延⇒さらなる評判の下落、という悪循環。ちょうどアベ政権の評判凋落と軌を一にする。
ようやく、我が輩の兄弟が全国に配送され始める頃、世の中にはマスクはあふれて値段も下がった。なんとも、頃を見計らったようなバカげた成り行き。結局は、466億円という溜息の出るような無駄遣いが深く印象に残ることに。
ある弁護士はこうつぶやき続けている。
アベノマスク2枚 届いた方へのご提案。
★ 製造元の記載もない、危なっかしい(衛生商品たるマスクですらない)1枚200円余りのマスクの「返送運動」をしましょうよ。
返送の宛先は、官邸よりも自民党がふさわしく、意義があるかと。
〒100-0014千代田区永田町1丁目11−23 自由民主党御中
― 切手94円は必ず貼って。
― 手紙を添えても可。匿名も違法ではない。
― マスク袋は開けないでそのまま返送を。
手紙は、例えば
・安倍晋三氏を総理総裁からおろし、別の人に替えて下さい
・危なっかしいマスクいりません。それより首相を代えて。
これに、こんな別の弁護士の反応も。
私も全く同じ事を考えていました。
自民党本部で活用してもらうのが1番いいですね。
品質が信頼できれば、サイズが小さいから子どもさんに活用してもらう手もあったのですが・・。
なんと、子どもに着用させるのもためらわれる我が輩なのか。自民党に送るのがふさわしいと言われるそんなふがいない我が輩だと言うのか。
アベが親だから、アベが汚いことをやってきたから、アベの評判が悪いから、ああ、我が輩まで、これほど疎まれるとは。気が付けば、アベ本人以外、アベノマスク着用者は見あたらない。
結局のところ、我が輩は、アベ政権のコロナ対策の不手際の産物と相場が決まった。針のムシロのこの身の上に同情してくれる人とてなく、「自民党に送ってしまえ」はあまりにひどい。
この世をはかなんで、覚悟を決めた。吾輩は死ぬ。死んで太平を得る。せめて我が輩の生みの親にも一言遺しておきたい。「いつまでも、権力にしがみついてるのはみっともないよ」と。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。
(2020年5月20日)
ワタクシ、アベ・シンゾーで、ごじゃます。
例の「黒川弘務法案」の件でごじゃますが、国民の皆様には、いくら丁寧にご説明してもですね、もはや国民の皆様には、理解してはもらえない。まさに、まさにですよ、ここはですね、いったん引くしかない。まさしく、そう考えた、のでごじゃます。ですから、ここは、いったん引くことにしよう。まさにこう決定した、のでごじゃます。
この法案はですね、この法案はですよ。国民の皆様方の理解なくしては前に進めることができない。そこが、ほかの法案とは違うんです。我が国は民主主義の国ですから、一番大切なのは、選挙です。その大切な選挙で、自民党と公明党は、まさしく勝っている、のでごじゃます。国民の皆様から信任をいただき、たくさんの議席を頂戴している、のでごじゃます。この議席の数の力こそが民主主義の力、その力で、消費税も上げ、辺野古の埋立もし、アメリカから兵器の爆買いもしている。いちいち、国民の皆様の理解など、気にする必要もない、わけでごじゃます。
もちろん、この法案も、数の力で押し通そうとしたわけでごじゃまして、自民党と公明党だけでなく、まさにどういうわけか維新の皆様もですね、しっかりと法案の審議促進と成立にご協力の姿勢で、民主主義の手続に従って採決を強行すれば、まさしく成立することは疑いない、のでごじゃます。
だから、ワタクシはですね、法案の内容や本質がですよ、国民の皆様によく知られてしまわないうちにですね、早め早めに粛々と法案の審議を進めてですね、一日も早く上げてしまうよう指示していたところ、なのでごじゃます。ところが、コロナと同じ、対応が後手後手にまわってしまい、気が付いたときには世の中の空気が変わってしまった、というわけなのでごじゃます。
それでも、強行突破すれば国民の皆様は健全な健忘症ばかり、どうせすぐにこの法案への不満などはケロリと忘れてくれるはず、こう高をくくっていたわけでごじゃます。何しろ、コロナ蔓延で、デモなどできっこないこのチャンス。火事場泥棒と言われても、今やるしかないじゃありませんか。
それが、ご存じのとおり、どうにも納得できない不思議な展開となってまいった、のでごじゃます。「twitterデモで、法案の撤回を目指そう」って、いったい何のことやら。理解を遙かに超えた事態の展開になっていった、のでごじゃます。
ワタクシ・アベの支持者としては若年層が多いのが自慢でごじゃました。ところが、今回はスマホやtwitterを操作する若年層が、アベ批判にまわっているというのでごじゃます。また、いくつかの世論調査で、明らかに内閣支持率が低下してきた、のでごじゃます。これは、たいへんなこと。
強行突破すれば、アベ内閣瓦解の危険を感じざるを得ない、のでごじゃます。ワタクシも、まったくバカではごじゃませんから、ここは引くしかない。こう考えたわけでごじゃます。
もちろん、メディアには「国民の声に十分に耳を傾けていくことが不可欠であり、国民のご理解なくして、前に進めていくことはできない」と申しあげました。その真意は、「国民の声に十分に耳を傾けていくポーズをとらざるを得なくなった」ということであり、「いまは、国民の理解を得ることは無理だから、非難の火勢おさまるので法案は引っ込めておくことにする」ということで、ごじゃます。
ですから、「国民の皆様の正確な理解を得るよう、今後しっかりと丁寧な説明をおこなっていこう。そうすれば、なんの問題もない」のでごじゃます。もちろん、法案にはなんの問題もなく、ワタクシの考え方が間違っていたものてもありません。法務大臣の国会での説明が不十分で、国民の皆様に誤解を与えただけなのでごじゃますから、今国会では野党の議員や「デモ」に参加している国民の皆様には頭を冷やしていただき、秋の臨時国会にも、同じ法案を再提出させていただこうと、考えているところでごじゃます。
なお、今国会での法案の審議は断念いたしますが、黒川弘務東京高検検事長の定年延長閣議決定の効力には何の影響もないので、ごじゃます。皆様、ご存じのとおり、閣議決定はなんでもできるのです。
これも皆様ご存じのとおり、検事総長の任期は慣例では2年となります。ですから、現在の稲田伸夫検事総長の任期は、今年2020年7月24日までですね。稲田さんが任期を全うしたあとの、後任人事が問題になります。黒川さんが最適任なのは客観的に明らかなことです。なにしろ、黒川さんは、内閣と軋轢を生じないよう、官邸の意向を忖度してまことに理想的な対応をされる方です。まさしく、日本人の長所である「和」の精神を身につけた得がたい人物。後ろ暗い官邸の守護神とまで言われている方。守護神を頼りたくなるのは、当然のことではないでしょうか。黒川さん以外のそのほかの方では、官邸とギグシャクして、ワタクシが枕を高くして眠ることができない、のでごじゃます。
望ましいのは、早期に「黒川法」を成立させること、今国会は断念やむなしてすが、必ず次の国会で。仮にそれが無理でも、黒川氏を検事総長にすることが、ワタクシ・アベシンゾーの望みであり狙い、なのでごじゃます。
(2020年5月19日)
これは快挙だ。圧倒的な国民の意思と意思表示がなし遂げた快挙。溜飲の下がる思いである。本日(5月18日)の各紙夕刊に、「検察庁法、今国会での改正断念」の大見出し。午前中は、「与党は20日採決へ 野党は徹底抗戦」と報じていたNHKも、夕刻には「政府・与党 検察庁法改正案 今国会での成立見送り決定」と転じた。
そのNHK(On-line)は、やはり夕刻世論調査の結果を発表した。「安倍内閣を『支持する』と答えた人は、先月の調査より2ポイント下がって37%だったのに対し、『支持しない』と答えた人は7ポイント上がって45%でした。『支持しない』が『支持する』を上回ったのは、おととし6月の調査以来となります」というもの。アベ内閣不支持が支持を逆転し、8ポイントリードというのだ。
また、「朝日新聞社が16、17日に実施した緊急の全国世論調査(電話)でも改正案に『賛成』は15%にとどまり、『反対』は64%だった」。まさしく山が動いた。到底、強行突破は不可能と、アベも判断せざるを得ない事態となったのだ。
アベは、本日の二階との会談で、「同改正案には野党だけでなく、自民党内にも異論があるほか、国民の批判が拡大している。そんな現実を前にして、国民の理解がないまま法案審議を前に進めることはできない」との認識で一致したという。
その後アベは、記者団に対して「法案については国民のみなさまから様々なご批判があった」「そうしたご批判にしっかり応えていくことが大切なんだろうと思う」と発言したという。先日まで、「国民はいっとき反対しても、どうせ忘れる」とうそぶいていた人物とは思えない変わり身の早さ。
これは、暫定的なものではあるが民主主義の勝利だ。憲法も人権も民主主義も踏みにじってきたアベ政権にとっての手痛い敗北である。これまで民意を小馬鹿にしてきたアベとその取り巻きは、今度に限っては、民意の恐さを思い知った。
とは言え廃案が勝ち取られたわけではない。飽くまで「今国会成立断念」という限りでの成果でしかない。法案成立強行の恐れが、次期国会以後にずれ込んだに過ぎない。アベは、今夕記者団に対して、「定年延長と公務員制度改革についての趣旨と中身について、丁寧にしっかり説明していくことが大事だ。これからも責任を果たしていきたい」と述べたという。危機が去ったというわけではない。今後の警戒を怠ることができないのだ。
それにしても、国会内での圧倒的な議席差を乗り越えて、真っ当な世論の高揚がアベ提案の閣法成立を阻止したのだ。この成功体験、この自信を得たことが何よりも大きい。真っ当な世論が、真っ当ならざるアベ支持勢力に勝ちうる。アベの野望を砕くことができる。今回、その勝ち方を知ったのだ。せっかくのこのノウハウである、今後とも惜しみなく繰り返し使うことにしよう。せっかく編み出し、せっかく使ったこの勝ち方。使う度に、鋭利なこの道具に磨きをかけ、多くの人の手で、政権を倒そうではないか。見掛けほど強くはないことを露呈した、この政権を。
(2020年5月18日)
Q おじさん、専門家でしょう。「#検察庁法改正案に抗議します」が大きな話題になっているけど、いったいどんな法案で、何が問題なのか教えて。
A 現在衆議院で審議中の検察庁法改正法案は、検察官の定年延長の法案なんだけど、検察官の定年を単純に延長するわけじゃない。幹部検察官について、その役職の定年延長に官邸の意向を反映させる仕組みが織りこまれている。つまり、検察官の人事に官邸が介入できるというところが大問題。
Q これまでは、検察官の定年に官邸が介入する余地はなかったの?
A 戦後すぐにできた検察庁法では、検察官の定年は63歳、検事総長だけが特別で65歳とされてるけど、定年の定めはない。
Q だけど、そのあと、国家公務員法に定年延長の定めができたときに、検察官にも定年の延長ができるようになったと、法務大臣が言ったんじゃなかったっけ。
A そうなんだ。ところが、当時の資料を調べて見ると、検察官の職務の特性に照らして「国家公務員法の定年延長の規定は検察官には適用しない」というのが明確な政府の解釈だった。だから法務大臣答弁は明らかに間違い。
Q それでも、今年(2020年)の1月31日に、内閣は黒川弘務東京高検検事長の定年延長閣議決定をしてしまったわけね。違法な閣議決定じゃないの?
A これまでまったく前例のないことで、もちろん違法。この点を追及されて、法務大臣は「解釈を変更した」と回答した。勝手な解釈変更も大きな問題だけど、どんな必要があって、いつ、どのような手続で解釈変更したかは答えられない。決裁文書を示せと言われると、「口頭決裁」だと居直る始末。
Q いかにもアベ内閣らしいご都合主義ね。いつものとおりの、嘘とごまかしと公文書管理の杜撰さ。その黒川人事を後付けで合法化するための法案だから問題なの?
A むろん、そのこともある。黒川さんは、今年の2月8日で63歳となる。だから、既に失職しているはずだ。政府が、どうしてこんな違法で不自然なやり方にこだわったのかが、問い質されなければならない。
Q 結局は、後暗いところをたくさん抱えるアベ政権にとって、黒川さんは頼りになる人というわけのようなのね。
A そのとおりだ。今日(5月17日)の、毎日新聞「松尾貴史のちょっと違和感」に、「検察庁法改正案に抗議の声 また壊される三権分立」という記事があって、その最後がこう締めくくられている。
小渕優子元経済産業相の政治資金規正法違反問題、松島みどり元法相の選挙でのうちわ配布問題、甘利明元経済再生担当相のUR口利き問題、下村博文元文部科学相の加計学園パーティー券問題、佐川宣寿元国税庁長官らによる森友学園公文書改ざん問題、これらすべてを不起訴にしたのが黒川氏だと言われているが、つまりは政権と一蓮托生、二人三脚、ということなのだろうか。
Q なるほど、分かり易いよね。気に入ったオトモダチ検察官は定年延長を認めて、骨のある厳正な検察官は定年延長しないと、えり好み出来ることになるわけね。結局はそれが、検察官人事に官邸が介入ということね。
A 法案の問題点は、官邸が検察官の定年人事に介入できる仕組みとなっているところにあると言ってよいと思う。人事介入は結局仕事の中身への介入につながる。
Q アベ内閣のやることだから、どうせ汚いことだろうし、不愉快なことだとも思うけど、官邸による検察官の定年人事介入が、そんなに大きな問題なのかしら。
A 実は、そこがポイントだ。これは、法の支配の根幹に関わる重大問題なんだけど、アベ首相も、森法務大臣も、「検察官だって一般職の公務員だ。内閣の人事権に服して当然」という姿勢だが、それが間違っている。
Q 検察官には、準司法官としての立場もある、という検察官職務の特殊性のことね。
A そのとおりだが、このことの意味するところは重いと思う。法の支配とは、権力も法に服さねばならないという大原則だが、憲法を頂点とする法体系が適正に運用されているかのチェックは司法の役割で、この司法の場で働く実務法律家は、裁判官・検察官・弁護士の三者の職能に分かれている。これを法曹三者と呼んでいるが、それぞれが権力から独立していなければならない。
Q 司法の独立という言葉はよく聞くけど、司法権イコール裁判所だと思っていたし、裁判官の独立は大切だとも思うけど、検察官の独立性も大切だということ? そして、検察官一人ひとりの独立も?
A そのとおりだ。司法権を行使するのは独立した一人ひとりの裁判官で、司法の独立とは裁判官の独立の保障のことでなくてはならない。弁護士の身分も、行政権や司法権から守られなければならない。そして、検察官もだ。
Q でも、検察庁は法務省に属する組織でしょう。法務省は内閣に従わなければならない。検察官が独立していては、行政の統一性を損なうことにならないのかしら。
A 検察官は、刑事事件で被疑者を起訴する権限をもっている唯一の職能。権力が暴走するときの歯止めの役割を担っている。内閣総理大臣と言えども、犯罪に該当する行為があれば、検察官は躊躇なく捜査し起訴できなくてはならない。常に、権力との緊張関係を保たなければならない。権力からの検察官定年人事への介入によって、権力を忖度し、権力におもねる検察官では、法の支配を保つことができない。
Q 分かったような気がする。キーポイントは、権力に対してどれだけ厳しい姿勢をもっているかという問題のようね。
A そのとおりだ。その点、アベ政権のやること、とても分かりやすい。これだけは、安倍さんの功績かもしれないね。
(2020年5月17日)
アベ政権の検察庁法改悪案審議強行は火事場泥棒という最大級の非難を受けているが、コロナ禍のドサクサは日本だけのものではない。大きな抗議行動が困難なこの時期だからこそ今がチャンスという火事場泥棒はアベだけではない。香港の事態がまことにアベ政権並みなのだ。
逃亡犯条例案の香港議会への提案は、香港市民を中国の刑事司法のイケニエにするものとして猛反発を受け撤回を余儀なくされた。しかし、問題はこれだけではない。中国の対香港支配実効性を強化しようというもう一つの法案、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例案」の審議が強行されつつある。火事場泥棒との非難を甘受せざるを得ない点において、アベ政権と習近平政権、まことに相い似て、相い親しいのだ。
世界の関心がコロナ禍に集中している。香港でも市民が路上に出にくい。しかも、中国のコロナ禍は小康を得ている。今がチャンス、このドサクサに紛れて、市民の反対運動が大きくならないうちに急いで法案を通してしまえ、と考えたのだ。まさしくアベ政権の発想である。
「国歌条例」の国歌とは、言うまでもなく中華人民共和国国歌のこと。抗日戦争のさなかに作られた聖なる民族独立の歌、である。「チライ!(起来=立ち上がれ)」で始まる勇壮な「義勇軍行進曲」。暴虐な帝国日本による侵略の困苦の中にある中国人民に、「奴隷となるな人々よ」「砲火に負けず、勇敢に闘おう」と呼びかける歌詞。学生時代、この歌に文句なく感動した。今もその思いは消えていない。
その感動は、傲慢な侵略者から人間の尊厳を守るために、団結して立ち向かおうという中国人民の精神と行動の崇高さに対する敬意であった。その憎むべき侵略者とは帝国日本にほかならない。
しかし、今、この歌の神聖性の尊重を香港市民に強制しようというの中国の姿勢は、まことに皮肉というほかはない。この歌の精神はいま香港市民の側にある。抵抗する香港市民を制圧しようというのが、習近平体制の中華人民共和国にほかならないのだから。
中国は2017年9月1日に「中華人民共和国国歌法」を制定、同年10月1日の国慶節を施行日とした。この法には、「国歌を演奏・歌唱する時は、その場にいる者は起立しなければならず、国歌を尊重しない行為をしてはならない。」「公共の場で故意に国歌の歌詞や曲を改ざんして国歌の演奏・歌唱を歪曲、毀損した、あるいはその他の形で国歌を侮辱した場合は、公安機関による警告あるいは15日以下の拘留とする」などの刑事罰をともなう強制条項がある。
予てから香港では、中国に反発する若者らがサッカーの国際試合などで中国国歌の斉唱を促されるとブーイングで抗議する行為が相次いでいた。これに対して、中国からの指示で、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例案」が、立法会(議会)に上程されている。違反行為には、最高刑は禁錮3年という信じがたい法案。
報道によれば、「中国政府 香港マカオ事務弁公室」⇒香港政府⇒親中派政党・「民主建港協進聯盟(民建聯)」という指示ルートによるようである。日本では、自公が議会内では圧倒的な勢力を占めて、火事場泥棒の手先となっている。いびつな選挙制度で民意を反映しない香港の議会(定数70)も同じこと。世論の支持のない「親中派」(40議席)が、数の上では多数派で「民主派」(26議席)を圧倒している。
日本で、検察庁法改正案の審議が野党議員欠席のまま強行された5月8日、香港議会でも、親中派の審議強行に民主派が抵抗して大荒れとなった。
時事の伝えるところでは、「親中派議員による議事進行に民主派議員が激しく反発し、議場で両派がもみ合うなど大荒れとなった。中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例」成立へ向け、親中派が審議を加速させようとしており、対立が深まっている。」「条例案を検討する内務委員会が開かれたが、民主派議員が委員長席に詰め寄ってプラカードを掲げるなどして議事を妨害。複数の議員が強制退場させられ、衝突で転倒する議員も出た。」という。これによって、香港では再び中国や政府に対する市民の抗議活動が盛んとなる模様なのだ。
国民に愛国心を強制しなければならない国家とは、国民から見て魅力に乏しいまことにみじめな国家である。国民からの信頼が乏しく、国家としての存在が脆弱なのだ。中国は愛国心の強要という姑息なことをやめ、大国の風格を示すがよろしかろう。
なお、香港議会での次の「国歌条例」審議日程は、5月27日(水)だという。
(2020年5月16日)
本日(5月15日)元検察トップ14氏が連名で、法務大臣宛に提出した話題の意見書。下記URLで全文が読める。
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20200515002893.html
一読して驚いた。わくわくするような躍動感あふれる語り口で、感動的ですらある。よく練れた文章で、具体的なエピソードにも富み、とても読みやすい。法の支配や立憲主義、権力分立などの理念を大切にしようという真摯さに溢れている。検察官の政権からの独立を大切なものと訴えながら、検察独善とならぬよう戒めてもいる。これは素晴らしい。
とは言え、かなりの長文である。まずは、私の抜粋(4パラグラフ)から、お読みいただくのが、楽だろう。
まずは、結論部分は以下のとおりである。この文書は、形式上14氏が作成した「法務大臣宛意見書」だが、実は全国民に宛てた檄文でもあるのだ。そのような趣旨として、私たちはこの意見書を受けとめなければならないと思う。
正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない。
黒川検事長の定年延長閣議決定、今回の検察庁法改正案提出と続く一連の動きは、検察の組織を弱体化して時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きであり、ロッキード世代として看過し得ないものである。関係者がこの検察庁法改正の問題を賢察され、内閣が潔くこの改正法案中、検察幹部の定年延長を認める規定は撤回することを期待し、あくまで維持するというのであれば、与党野党の境界を超えて多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてがこの検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出ることを期待してやまない。
なんという直截で飾らない訴えであろうか。「検察の組織を弱体化して時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動き」を看過してはならないという。そんなことを許せば、私たちの国家社会は、正しいことが正しく行われる社会ではなくなってしまう。内閣が法案を撤回すればよし、さもなくば「多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてがこの検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出る」べきだと言うのだ。この悲痛な声が、かつて検察幹部だった人たちから発せられているのだ。
今、検察制度に関して、国民の眼前に大きな二つの問題がある。その一つは、黒川検事長定年延長の閣議決定である。この閣議決定について意見書は、法的根拠ないものと断じている。
この閣議決定による黒川氏の定年延長は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任には法的根拠はない。この点については、日弁連会長以下全国35を超える弁護士会の会長が反対声明を出したが、内閣はこの閣議決定を撤回せず、黒川氏の定年を超えての留任という異常な状態が現在も続いている。
そして、もう一つの問題が、黒川検事長定年延長合法化に端を発した検察庁法改正問題である。改正法案の検察官定年延長導入について、意見書はこう言う。
注意すべきは、この規定は内閣の裁量で次長検事および検事長の定年延長を可能とする内容であり、前記の閣僚会議によって黒川検事長の定年延長を決定した違法な決議を後追いで容認しようとするものである。これまで政界と検察との両者間には検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例があり、その慣例がきちんと守られてきた。これは「検察を政治の影響から切りはなすための知恵」とされている(元検事総長伊藤栄樹著「だまされる検事」)。検察庁法は、組織の長に事故があるときまたは欠けたときに備えて臨時職務代行の制度(同法13条)を設けており、定年延長によって対応することは毫(ごう)も想定していなかったし、これからも同様であろうと思われる。
今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる。
まことに明快で、分かり易い。では、「検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め」ようという法案が、どうして提案されるに至っているのだろうか。その背景事情について、意見書はこう述べている。
本年2月13日衆議院本会議で、安倍総理大臣は「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした」旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる「朕(ちん)は国家である」との中世の亡霊のような言葉を彷彿(ほうふつ)させるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。
時代背景は異なるが17世紀の高名な政治思想家ジョン・ロックはその著「統治二論」(加藤節訳、岩波文庫)の中で「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。
これも分かり易い。確かに、アベ政権には「朕は国家である」と口にした亡霊が憑依している。立憲主義も、三権分立も、法の支配も、まったく理解していないのだ。意見書は、「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告を発している。この文脈での「法の終わり」は、《黒川検事長の違法留任の放置》と《検察の人事に政治権力介入を許容する仕掛けの定年制導入》である。このアベ政権の法の無視を許せば、いよいよ本格的な「アベの暴政が始まる」ことになりかねない。「検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出る」しかないではないか。
(2020年5月15日)
本日(5月14日)午後の朝日デジタルの記事。「検察OB有志も改正案に反対 元検事総長ら意見書提出へ」という。
これは、凄いことになった。与党は何が何でも明日15日(金)に委員会強行採決の方針と報じられていたが、まことにグッドタイミング。これでは強行採決などできるはずがない。
政府の判断で検察幹部の定年を延長できるようにする検察庁法改正案について、松尾邦弘・元検事総長(77)ら検察OB有志が、改正に反対する意見書を15日に法務省に提出することがわかった。意見書は、田中角栄元首相が逮捕されたロッキード事件の捜査経験者を中心に十数人の連名になる見込み。同省に提出した後、都内で記者会見する。
改正案では、検事総長や高検の検事長ら検察幹部が定年に達しても、政府の判断で職務を延長することができると規定。国会審議では、野党から「検察の中立性や独立性を損なう」との批判が出ているが、与党は週内の衆院通過をめざしている。
「意見書に名を連ねる十数人」が誰なのかは分からない。しかし、意見書の内容は、ほぼ見当がつく。検察の業務は国民の信頼がなければ成り立たない。政府に幹部人事を握られては、検察に対する国民の信頼が崩壊することにならざるを得ない。そのことを恐れての「改正案に反対」となるのだろう。
今朝の朝日には、検察OBの長老・堀田力さんの「信頼に傷、総長も黒川検事長も「『辞職せよ』」の記事。ずいぶんと思い切った発言となっている。
「検察幹部を政府の裁量で定年延長させる真の狙いは、与党の政治家の不正を追及させないため以外に考えられません。東京高検の黒川弘務検事長の定年を延長した理由に、政府は『重大かつ複雑困難な事件の捜査・公判の対応』を挙げました。黒川君は優秀な検察官ですが、黒川君でなければ適切な指揮ができないような事件はありえません。
今回の法改正を許せば、検察の独立に対する国民の信頼は大きく揺らぎます。「政治におもねる組織だ」と見られると、捜査につながる情報が入らなくなったり、取り調べで被疑者との信頼関係を築きにくくなって真実の供述が得られなくなったり、現場に大きな影響が出るでしょう。」
とりわけ、「検察は…政治家がからむ疑惑を解明する重い責務を国民に対して担っています。与党と対立せざるを得ない関係なのです。」との一言が印象的である。これをゴリ押ししようという、アベ政権のやり口が異常なのだ。
なお、本日、改憲問題対策法律家6団体連絡会などが主催する「検察庁法改正案に抗議する!リレートーク集会」(オンライン)が開催された。Zoom(ズーム)での参加者は500人という規模の「集会」だった。やや勝手が違う雰囲気だったが、慣れていくことになるのだろうか。
身内の弁護士以外のゲストスピーカーは、以下の4名。
浜矩子さん (経済学者 同志社大学大学院教授)
白井聡さん (政治学者 京都精華大学専任講師)
前川喜平さん (元文部科学事務次官)
藤本泰成さん (安倍9条改憲NO!全国市民アクション・平和フォーラム共同代表)
なかで、「元官僚から見た検察庁法改正案の問題点」と題した前川喜平さんのスピーチが素晴らしかった。アベ政権の人事を通じての府省支配の手法を語り、その組織支配の対象は警察に及び、いま検察を狙っている。今回の検察庁法改正は、その人事による政府組織支配の集大成だという位置づけ。
しかも、定年延長を手段とする人事支配の有効性は明らかで、現に文科省の次官人事でも実例があると生々しい報告だった。目の前の画面に拍手を送ったが届かない。これが、リアルの集会とは異なるところ。
さて、明日15日が山場だが焦りはない。 前川さんのスピーチのまとめは、「いま、憲法が想定する権力の分立は、相当程度こわされている。こういう時こそ、主権者国民の出番となる。900万件のツィートはその表れだと思う」というものだった。
正論は確実に民意となっている。自民党の中にも、これでは国民から見離されるという危機感をもつ人が出てきている。公明党も、もう自民党にくっついてばかりもおられまい。検察OBも異例の反対意見書だ。歯車はよい方向に回りはじめた。まだまだ、日本の民主主義も捨てたものではない。
(2020年5月14日)
先日、今年の流行語大賞候補には滅入る言葉ばかりと愚痴ったが、必ずしもそうでもなさそうだ。「Twiterデモ」や、「巣ごもりデモクラシー」などには、勇気づけられる。アベ政権とその応援団だけの天下ではない。いや、今やアベ政治の終焉が見えている。コロナ対応の失策と「Twiterデモ」とは、その象徴である。
5月8日17時40分発信という、歴史的な1件のツィートの主は、「笛美@fuemiad」と名乗る方。「広告業界の片隅にいます。20代で女性蔑視に染まり、30代でフェミニズムを知りフェミニズム関連の意見を発信していましたが、新型コロナきっかけで政治にも関心を持つようになりました。」と自己紹介をしている。「fuemiad」は、フェミニズムとアドバタイズの連結語なのだろう。
そのツィートは、下記のとおりである。
「1人でTwiterデモ #検察庁法改正に抗議します」「右も左も関係ありません。犯罪が正しく裁かれない国で生きていきたくありません。この法律が通ったら『正義は勝つ』なんてセリフは過去のものになり、刑事ドラマも法廷ドラマも成立しません。絶対に通さないでください。」
この方が、ネットに一文を寄せている。そのごく一部を抜粋して紹介したい。
「#検察庁法改正案に抗議します デモで知った小さな声を上げることの大切さ」
https://note.com/fuemi/n/n56bdee1d8725
「5月8日にいきなり内閣委員会で野党欠席のもと審議されて、来週には法案が通ることになったというニュースを見て震え上がりました。マスコミも大々的に報道せず、こっそり隠して採決まで持ってこうとしているようにも見えました。いても立ってもいられなくなり、とりあえず金曜の夜に1人でTwitterデモをやってみました。自分から発信した初めてのオンラインデモでした。」
「これまでグルグル考えていたことをベースにしながら、見た人がリツイートする敷居を低くしたいなと思いました。だから燃えるような怒りというより、静かな意思を感じられる表現にしました。それはデモビギナーの自分にとっても、自分らしく気負いなく言えるワードだったなと思います。ドラマなどの例えは、まだ知らない人にも分かりやすく伝わるようにと心がけました。独りぼっちで寂しかったので、バニーの絵文字を入れて行進してるっぽく見せました。…ぶっちゃけ本気で拡散させるぞ!なんて言う気は全くありませんでした。」
「最初はいつも仲良くさせてもらってるフェミニストの方々が投稿に反応してくださいました。…しばらくして、手作りバナーや相関図を作るアカウントさんが出てきたり、政治にアンテナの高いアカウントさん、作家さん、さらには野党の議員さんにも、ツイートが広がっているのに気付きました。」と予想外の事態の展開が述べられている。
この人の文章は、「次はあなたが、どんな声でもいいので出してみませんか?」という呼びかけで締めくくられている。
このたった一人のTwitterデモの呼びかけに多くの人が呼応した。まさしく燎原の火のごとき勢いで。これは、政治的・社会的事件である。本日(5月13日)の東京新聞の紹介では、同じハッシュタグを付けたツィートは900万件を超えたという。多くの人が、この政権への潜在的批判者となっているのだ。
有名無名を問わない多くの人々がツィートに賛意を表し、自分の言葉でこの法案に抗議した。当然これを面白くないとする勢力がある。このTwitterデモの「山が動くがごとき盛り上がり」を貶めようという、いつもながらのアベシンパは少なくない。
これまでその名が目立っているのは、高橋洋一、百田尚樹、加藤清隆、足立康史、竹内久美子、堀江貴文、鈴木宗男などである。総じて、取るに足りない。
彼らの立論のひとつは、「反対論者バッシング」である。「反対論者は、法案を読んで理解の上で反対しているのか」という、上から目線の無礼な物言い。反対論者の反対理由に噛み合った反論はなく、自らは積極的に法案賛成の理由を述べるところはない。ひたすらに反対論者をバッシングし、「政府は正しい。反政府論者は根拠なく騒いでいるだけだ」という発言によって、自らの忠勤な御用ぶりを見せようという、さもしい論者の言でしかない。
立論の二つ目は「陰謀論」である。「検察庁法改正案を反民主主義的悪法と宣伝する陰謀に乗せられるな」というわけの分からない論法。わけが分からないが、政権が論理的に追い詰められたときには「陰謀論」は万能薬として使われる。もっとも、どんなときでも使えるという万能薬の効き目は薄い。普通は、陰謀論を持ち出した途端に論拠破綻の自白とみなされ、みっともなさをさらけ出したことになる。
立論の三っ目は、「すりかえ論」である。「法案に対する反対論は、こう言っている」と的はずれのすり替え論点で、反対論を批判するやり口。反対論の内容を正確に把握しての批判であれば有益な議論になるが、検察庁法改正問題については、官邸も法務省も的確な反論をしていない。
立論の四っ目は、検察権力の過剰な強化に反対の立場からの、体験的な官邸権力強化擁護論である。これは、堀江や鈴木の立場である。検察権力の過剰な強化に反対は納得できるが、今問題は、検察を政権の番犬に貶めてよいかという局面での議論である。現在の法案に賛成する理由にはならない。
問題の本質は、検察官の定年延長にあるのではない。これまでなかった定年延長を導入するに際して、内閣がその恣意に基づき、「特例」として、検察官役職と定年の延長・再延長の可否を決することができることが問題なのだ。この法改正によって、内閣が検察幹部人事に介入し、検察のトップを官邸の息のかかった人物で固めることができる。この権力分立の崩壊は民主主義の根幹に関わる。
その問題性の本質を理解するためには、政権というものに対する批判の基本姿勢、とりわけ数々の政治の私物化をしてきたアベ政権に対する批判の姿勢がなくてはならない。そして、検察官という職能は、他の公務員とは根本的に異なり、犯罪行為あれば安倍晋三をも逮捕し起訴する権限をもっていることの重要性の把握が不可欠である。その地位の保障は、公務員一般と同等に考えることはできない。準司法的立場にあって、政権の清廉のために、検察官は政権からの介入を厳格に排除した独立性の確保が求められる。これを切り崩すことにならざるを得ないというのが、法案反対論の核心である。
これに対する、真正面から噛み合った反論も弁明も提起されていない。
(2020年5月13日)
ご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。お騒がせしますが、もう少しの時間。耳を傾けていただくようお願いします。
本郷湯島九条の会は、日本国憲法とその平和の理想をこのうえなく大切なものと考え、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、雨にもまけず風にも負けず、新型コロナの緊急事態にも負けずに、ささやかな訴えを続けています。
緊急事態と言われる今だからこそ、国民の声が封じ込められるようなことがあってはならない。このようなときにこそ、大切な表現の自由を錆び付かせず、訴え続けなければならない。そのような思いからの、本日の宣伝活動です。
先月同様、私たちからご通行中の皆様に、署名を求めたり、ビラの配布のために近づいたりはいたしません。基本的には、全員マスクをして、スタンディングのスタイルで訴えております。横断幕や、スローガンを書いたプラスターをご覧ください。そして、昼休みの限られた時間、マイクでの訴えに耳をお貸しください。
「この非常時だ、国を信頼して思いきったことをやらせるべきだ」という声もあります。しかし、それは明らかに間違っています。権力には常に批判が必要です。このようなときにお上にお任せしていては、徹底した弱者の切り捨てが行われます。しかも、安倍政権まやることです。政治と行政を私物化し、ウソとごまかしに明け暮れ、散々に公文書を隠し改竄してきた、薄汚い政権ではありませんか。こんな政権を信頼してお任せできるはずはありません。
アベ内閣のコロナ禍対策には、後手後手という批判が集中しています。しかし、それだけではありません。この汚い政権は、コロナに国民の意識が集中している間に、どさくさ紛れの悪法成立をたくらんでいます。まさしく火事場泥棒。その典型が、検察庁法改正法案です。
先週の金曜日5月8日に、衆院内閣委員会は、国家公務員法と検察庁法の抱き合わせ法案の審議を行いました。野党抜きの審議強行です。国家公務員の定年延長については問題がない。問題は、幹部検察官の人事に官邸が介入できるように仕組みをあらためる検察庁法改正案にあります。
アベ政権は、各省庁の幹部人事に介入することによって、その権力を固めてきましたが、検察庁人事にも手を出したい。そうすることによって、マクラを高くして眠りたいのです。
かつて、検察は国民からの信頼を得る存在でした。田中角栄をも逮捕し、起訴した実績を持ちます。検察のトップは、「巨悪を眠らせない」と名言を吐いています。そんな検察では、安倍は安眠することができない。アベは、検察を我が手におさめることで、ぐっすり眠りたいのです。
この法案のねらいは、官邸による官邸のための検察人事への介入を認めることなのです。人事への介入を通じて政権に対する検察の牙を抜こうというのです。この法案は、官邸が幹部検察官を選り好みして、政権に擦り寄るヒラメ検察官には定年を延長し、硬骨漢には定年延長の途を閉ざそうというのです。
こうして、検事総長や検事長や、あわよくば検事正までの全ての検察官を官邸寄りの人物で固めてしまおうということなのです。
アベ政権とは、後ろ暗い政権です。政治を私物化し、行政を私物化してきた。しかも、その手法は嘘とごまかしで固められたもの。公文書の隠匿・廃棄・改竄はお手のもの。モリ・カケ・サクラでは、内閣の関係者多数が刑事告発されています。安倍晋三本人も告発対象となっています。
硬骨な検察幹部が決意を固めれば、政権トップに対する刑事訴追がなされて、たちまち政権は崩壊の危機に陥ることになります。そこで、アベは、黒川弘務東京高検検事長を検事総長にしようと考えました。彼こそは、安倍政権の守護神と異名をとった検察官。そのための布石として、定年となった黒川の定年を延長した。2021年8月に定年退職する稲田検事総長のあとがまに据える含み。
この露骨な検察幹部人事介入強行は実は違法なのです。これに対する非難が巻きおこると、アベはまたまた考えました。違法・脱法だというのなら、法律を変えてしまえ。そうすれば問題ないじゃないか。いかにもアベらしいやり口。
これが、どさくさ紛れの法案の正体です。検察を手中に置くことでのアベの安心は、国民の不安、民主主義の不安でもあります。何よりも、刑事司法の公正に対する国民の信頼を失墜させることにほかなりません。このことに危機感を抱いた一人の女性が、8日に「ツイッターデモ」を呼びかけて、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを付けたツイッターを発信しました。これに賛同する同じハッシュタグのツイートが600万件を超えたと報じられています。
しかし、それでも政権は明日(5月13日)の委員会審議強行を明言しています。強行採決もあるかも知れません。これを止める力は、世論しかありません。
皆様。ツイッターでも、メールでも、ブログでも、ファックスでも、声を上げてください。鑑定や国会や、与党に声を届けてください。よろしくお願いします。
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薄曇りの夏日になった本郷三丁目かねやす前の昼街宣になりました。
男女合わせて7人の方々が結集しました。これまでのように署名・チラシ配布は控え、かつ social distance を取るという気の配り用なのです。マイクの声は本郷通り、春日通りに響き渡りました。さまざまな plasterを一人2枚持ち、かねやす前に立ち道行く人々に訴えました。
マイクはやはり検察庁法改定案に集中しました。黒川弘務東京高検検事長の定年は2月8日で、その前の1月31日に「黒川弘務東京高検検事長の定年延長の閣議決定」を安倍晋三首相は強行したのです。黒川検事長を検事総長に据えようという魂胆がみえみえなのです。ということは安倍晋三首相は自らの罪を自覚し、罰を恐れている証左とも言えます。このことを訴えました。かつ国家公務員法改定案に潜り込ませる「束ね法案」ということです。検察庁法が一般の国家公務員法と別につくられている意義は、検察官は起訴の権限を独占し準司法官的な役割を担っていることにあります。安倍晋三政権は、法体系・法解釈を破壊し、法の支配から「人の支配」に変えるというクーデターを強行しようとしているのです。
plaster のいくつかを書いておきます。
●アベ政権の検察私物化ゆるさない
●憲法改悪許さない
●おそいおそい 急いで給付を
●倒産・廃業・失業 ストップ
●はやく家賃給付・給料補償・雇用助成金を
●だまされないぞ コロナ不安につけこむ憲法改悪
●エッセンシャルワーカーの給料引き上げよう、みなさんありがとう
まだまだいっぱいありますが、このへんにしておきます。
道行く人々もそれとなく聴いているようでした。これからが正念場です。
「本郷・湯島九条の会」石井 彰
(2020年5月12日)
今年の流行語大賞の選考は、気が滅入る言葉ばかりとなる。「コロナ」と「サクラ」、それに「ソーシャル・デスタンス」と「マスク」は当確だろう。「3密」と「アマビエ」も有力。さらに「後手後手」と「火事場泥棒」もダークホースだ。これまでは、「嘘とごまかしのアベ政権」、「公文書、隠匿・改竄・破棄のアベ政権」、「政治と行政私物化のアベ政権」と言ってきたが、このたび目出度くも「後手後手のアベ政権」、「火事場泥棒アベ政権」と枕詞が増えたわけだ。
「後手後手」は誰の目にも分かり易い。なにしろウィルスは融通がきかない、アベに忖度してくれないのだからこうなる。これに対して、「火事場泥棒」には、一言説明が必要だろう。昔から、火事場泥棒は卑劣極まりない犯罪と非難されてきた。混乱に乗じた手口が汚いということもあろうが、被害者の不幸に付け込んで私益をむさぼろうという心根こそが卑劣極まりないという非難の本質なのだろう。アベ政権と与党が今国会でしていることは、まさしく「火事場泥棒」と非難を受けねばならない。
いま、コロナ禍という大火の真っ最中である。国政は、国民のために、全力を上げて鎮火に努力しなければならない火急の事態。人びとが火を避け、火を消そうと必死で右往左往しているその火事場で、政権と与党はずる賢く立ち回ろうとしている。国民の関心がこの火勢に集中しているのをこれ幸いと、普段ならできないことを火事場の混乱に乗じて一気呵成にやってしまおうというのだ。薄汚い、「火事場泥棒」以外の何ものでもない。
政権が火事場泥棒として狙うものは、まずは改憲である。その第一歩としての憲法審査会での審議入り。そして今注目の検察庁法改正問題(検察人事コントロール法案)。その他、種苗法改正、「スーパーシティ」法案(国家戦略特区法改定案)、サクラ疑惑封じ込め、森友事件収束等々。油断も隙もない。
この火事場で盗まれようとしているのは、法の支配であり、立憲主義であり、 三権分立であり、刑事司法の公正であり、農産物の自給体制と農家の経営であり、行政の公平性等々である。コロナだけにではなく、アベ政権と自公の与党、そして急速に政権に近づこうとしている維新の動向に目を光らせねばならない。
火事場でも、泥棒の被害を避けるための警戒が必要なのだ。火事にだけでなく、戸締まりにも用心していることを示さなくてはならない。普段なら、集会、デモがその役目を果たすことになるのだが、今それができない。
それでも、知恵のある人はいるもので、この事態での火事場泥棒被害を避けるための工夫として、「Zoomで『#検察庁法改正案に抗議します』の反対集会をしよう」という呼びかけが始まっている。さて、どんなものになるのか、これは興味深い。
(2020年5月11日)