あれからもう40年以上も経っている。私が弁護士になって4年目か5年目ころのこと。どう呼び出されたか記憶にないが、東京弁護士会の談話室で、大阪の弁護士Iさんと面談した。
彼は、「実は、おしえおやが…」と切り出した。「おしえおや」とは、二人の間では説明不要だった。ある教団の教主が、刑事再審を請求したいと考えている。ついては受任の気持はないか、という打診だった。飽くまで打診で、依頼ということではなかったが。
I弁護士も私も、その教団が経営する私立高校の卒業生だった。彼の方が、一学年上だったが親しい間柄。彼は、文芸部の部長で私が部員という関係でもあった。大学時代には交流がなかったが、思いがけなくこの人と同じ23期司法修習生となって再会した。彼は、青年法律家協会の活動や、任官拒否を許さぬ修習生運動の良き理解者だった。修習終了後私は東京で弁護士登録し、彼は大阪弁護士会に所属して教団の法律事務を担当していたようだった。
その教団は、戦前天皇制政府から苛酷な大弾圧を受けて解散に追い込まれた歴史をもつ。相当数の幹部が治安維持法で検挙されたが、初代教祖とその長男の二代目教祖は、治安維持法違反ではなく、いずれも不敬罪で起訴された。初代は、判決以前に衰弱して亡くなり、二代目は有罪判決を受けて確定し下獄した。その後間もなく終戦を迎えGHQの指示によって解放された。このあたりの教団史のあらましは、高校の「宗教の時間」で教えられていた。特高警察や思想検事の取り調べの酷さなども、直接体験した教団幹部から聞かされていた。
戦後二代目は教団を再興し、当時相当の教勢となっていた。「教主(おしえおや)」となっていたこの人の「ご親講」は、高校生時代に何度となく拝聴した。さすがに、人を惹きつける魅力を持った人物だという印象。
I弁護士の話では、その教主が、「他の罪ならともかく、不敬の罪名を背負ったままでは、日本人として死ぬに死ねない」という思いを抱えているという。そこで「再審によって不敬の汚名を晴らしたい」との意向だというのだ。
I弁護士は、天皇制と闘うのだから、澤藤なら引き受けると考えていた様子だった。私は、考え込んだ。直ぐには返答できなかった。
一面、やってみようかと気持は動いた。事件としては面白い。弁護士としてやりがいがあるとは思った。法的な道筋は見えていなかったが、取り組むに値するし、歴史の発掘になるかも知れないとも思った。
しかし、ある程度のことを知っていただけに、躊躇の気持も強かった。この教団は、天皇制に抵抗して弾圧されたのではなく、天皇制に従順であったにもかかわらず、弾圧されたのだ。だから、教主の主張にいつわりのないことはそのとおりなのだが、そのことが引っかかった。
不敬罪は天皇や皇族に対して「不敬の行為」あったことが構成要件とされている。この教団の場合は、布教した教義の内容が「不敬」とされた。天皇制政府は、天皇を神聖なる存在として維持するために、天皇を天皇たらしめている神話と抵触する宗教教義の一切を認めず、弾圧した。その弾圧の手段の一つが不敬罪だった。にもかかわらず、弾圧された当人の希望は、「自分は天皇や皇室への不敬の気持はまったくなかった。むしろ、自分の皇室崇敬の気持ちの篤いことを訴えて、不敬罪の汚名を雪ぎたい」というのだ。天皇に弾圧された者が天皇への崇敬の念を強調しているこの奇妙。天皇制というものの異様な本質を見た思いだった。私には、皇室崇敬の気持など毛頭ない。はたして信頼関係を形成できるだろうか。私が適任と言えるだろうか。また、何より私が時間と情熱をかけて取り組む事件なのだろうか。
そして、当時30代初めの私には、あの宗教団体のリーダーを相手に、自分のペースを守りながらことを処理できる自信は到底なかった。
考えた末に、お断りした。そのときI弁護士には、「不敬罪は、今の世では汚名ではなく、むしろ勲章みたいなものじゃない。不名誉と思うことも、勲章返上の必要もないと思うよ」と、半分冗談、半分本音を言っている。
なお、私の父は、戦前からのその宗教の信仰者だった。戦後のあるとき、回心あって安定した職を捨ててこの教団の職員となった。このとき、母がよく同意したものと思う。当時4歳(か5歳になったばかり)だった私の意見は聞かれなかった。私も、Iさんも、このような教団職員の子弟として育っち、教団が経営する私立高校に入学したのだ。
Iさんは、弁護士となって教団の法律事務を担当することで、親孝行をしたはず。私は、高校卒業後、教団と無縁となっただけでなく、再審の打診も断って親不孝を重ねた。
天皇の代替わりが近づいて、天皇制とは何だろうかと考えることが多い。そのとき、真っ先に思い出すのがこの件。不敬罪というものの存在を、身近に感じた機会は他になかった。今にして思えば、I弁護士と一緒に、貴重な再審事件をやっておけばよかったと思っている。その結果がどうであったにせよ…。
再審請求がなされたとは聞かないうちに、あのときの「教主」は亡くなった。私の父も世を去り、I弁護士も早逝して今は世にない。往時茫々だが、象徴天皇制はいまだに健在で、あの当時から2回目となる天皇の代替わりを迎えようとしている。
(2019年1月28日)
毎日新聞日曜版に連載の「松尾貴史のちょっと違和感」。毎回楽しみに目を通している。「ちょっと違和感」とは、政権やこの社会の多数派の俗論へのプロテスト。「断固反対!」ではない「ちょっと違和感」というところがセンスのよさ。論旨明快で文章のリズムもイラストも立派なものだ。
しかし、いつも感心というわけは行かない。本日の「『平成』誕生の公文書公開延期 勝手に起点変えるインチキ」の記事には、「ちょっと違和感」を禁じ得ない。タイトルとなっている「公文書公開要件期間の起点を勝手に変えるインチキ」の指摘には同感で何の違和感もない。問題は元号というものに対する彼の感覚への「ちょっと違和感」である。
元号というものは、「不便・不合理・非効率」なものである。これは誰もが認めざるを得ないところ。時間的にも空間的にも通有性を欠く。グローバルの時代に普遍性がない。西暦との換算の必要は明らかに不要なコストである。元号の本家・中国はこんなものの使用を止めた。同じ分家スジの韓国・朝鮮も止めた。日本でも、かつて元号が廃れそうな時代があった。元号の自然消滅は間もなくかと思われたその時代に、危機感を募らせた右翼の運動が元号法の制定に成功して、この絶滅危惧種を永遠の消滅から救った。ひとえに、天皇制と元号との結び付きがあるからである。
かくも、「不便・不合理・非効率」な元号の使用が法的制度となり、事実上その使用が強制される理由は、天皇制の維持強化に関わっているからにほかならない。だから、国民主権や国民の主権者意識を大切に思う立場からは、元号とは天皇制維持の小道具として有害なものというほかない。松尾貴史氏には、この「有害性」の感覚がない。むしろ、新元号積極的受容の印象さえ受ける。そこが、「ちょっと違和感」なのだ。そもそも、「新元号の制定こそが、時間の起点を勝手に変えるインチキ」ではないか。天皇の都合での改元に大いに違和感あり、ではないか。
まず、書き出しの「巷(ちまた)では、『新元号は何になるのか』と持ちきりである。いや、誰かが情報を持っているわけではないので、持ちきりというほどでもないかもしれないが、とにかく多くの人が気になっているようだ。」は、本当だろうか。少なくとも私の周りでは、「この際、元号廃止になれば良い」「すっぱり元号使用を止める絶好のチャンス」「あらためて元号使用の強制はまっぴら」という声が強い。あるいは、「元号の変更、不便極まりない」「もったいぶるほどの改元か」という冷めた意見。
同氏の「昭和天皇が崩御し、次の元号が『平成』であると当時の小渕恵三官房長官が額装された新元号の書を示して発表した時の厳粛というか、改まったような感覚は訪れるのだろうか。そういう意味での小渕氏の雰囲気というのはなかなかに適任だったのではないか。」という書きぶりのセンスにも驚く。
いうまでもなく、新元号は新天皇の即位と結びついている。時の海部首相は、現天皇(明仁)の就任式(即位礼正殿の儀)で、高御座の天皇を仰ぎ見て、「テンノーヘイカ・バンザイ」とやった。天皇と臣下との関係を可視化して、国民に見せたのだ。もちろん、そうすることが、この国の国民を統御するに有効だとの思惑あっての喜劇である。これをも、同氏のセンスでは「厳粛というか、改まったような感覚」というのだろうか。きっと、安倍と菅もこの「テンノーヘイカ・バンザイ」をやる。海部だったから喜劇だが、安倍と菅だと救いようのない悲劇になる。
同氏の今日のコラムでは、新元号の予想に紙幅が費やされている。これは、安倍政権や官房長官の思惑へのお付き合い。安倍と菅を「不誠実の権化」と考えるセンスの持ち主であれば、新元号など関心をもたずに無視すべきなのだ。
実は、最近になって、みずほ銀行の通帳の表記が、いつの間にか西暦に変わっていることに気が付いた。こちらの方のセンスが良い。
同銀行のホームページを閲覧したところ、次の記事に出会った。
通帳の「お取引内容欄」を見やすくするため、新システム移行時に印字文言を一部変更しています。主な変更点は以下の通りです。
■お取引日付
通帳の取引年月日の表記を和暦から西暦へ変更しています。
なお、西暦は下2桁を表示しています。
(例えば、2018年11月30日の場合、18-11-30と表記)
みずほ銀行の藤原弘治頭取は、いま全銀協の会長である。
昨年5月17日その会長記者会見で、全銀協として改元にどう対応するかという質問に、彼はこう答えている。
全銀協の会長として銀行界の対応について申しあげれば、今、言われたような和暦を使用するような帳票、申込書、契約書、店頭のポスターやパンフレット、これらの差替えの事務やシステムを中心とした対応が出てくるが、これは元号が国民生活に広く浸透していることの表れだと思う。
全銀協としても、旧元号が記載された手形や小切手の、改元以降の取扱いをどうしていくかなど、業界全体で決めることが望ましいルールについてもこれから検討していく。
また、システム面でも、改元の対応に加えて、仮に即位の日である来年5月1日が祝日となった場合、前後を含めて10連休ということになり、その準備も必要になると思っている。全銀システムなど、業界インフラの対応をしっかり行い、会員各行への注意喚起を行うなど万全の対応をして参りたいと思う。
そつのない回答だが、「和暦・西暦の併用は面倒極まるがやむを得ない」と言っているように聞こえる。全銀協会長としては、そうは言いつつも、みずほ銀行では、西暦統一に踏み切ったわけだ。
これまでは、労金や城南信用金庫が西暦派として知られてきた。みずほの西暦派移行は、天皇の生前退位がもたらした、この社会の元号離れを象徴する出来事だろう。警察庁も運転免許証の有効期限表示について、原則を西暦表記とし、元号をかっこ書きとすると発表している。これは今年の3月以後、システム改修を終えた都道府県から順次実施されるという。
また、ある経済ニュースのサイトで、こんな記事を見つけた。「2019年4月30日を越えると、平成を使った和暦の表現が困難になる」ことから、5月期決算企業で財務諸表の日付を和暦から西暦使用に変更した上場企業があるという。
企業社会の合理性は、明らかに西暦使用を必要としている。これに、保守政権や国民の一定部分に根を下ろした権威主義が抵抗している構図だ。政権の思惑や天皇制への郷愁に無批判な議論には「ちょっと違和感」あって、どうしても一言せざるを得ない。
(2019年1月27日)
辺野古新基地建設に伴う大浦湾埋め立ての是非を問う2月24日沖縄県民投票。ようやく、県内の全市町村で実施される見通しとなった。まずは、安堵の思い。「県民投票」の具体的内容については、県の公報が丁寧に解説している。末尾にこれを引用するので、ご参考にされたい。
ここまで来る道は平坦ではなかった。県民世論の所在を明確にするための「埋め立ての賛否を問う」投票に、これだけの抵抗と妨害があるのだ。県民世論が明確になることを快く思わぬ勢力が根強いことをもの語っている。もちろん、その勢力の裏側には、中央政権の存在がある。
県民投票を求める運動が具体的に動き出したのは、前翁長雄志知事生前の昨年(2018年)5月。「『辺野古』県民投票の会」(代表・元山仁士郎)が県民投票条例制定の直接請求署名運動を開始し、9月までに必要数(有権者の50分の1・2万3千筆)の約4倍にあたる92,848筆の署名を集めて県議会に提出した。
これを受けて、県政与党(オール沖縄派)は回答の選択肢を「賛成」「反対」の2択とした県民投票の条例案を作成して上程。これに対し、県政野党である沖縄・自民党と、中立派の公明党は「賛成」「反対」に、「やむを得ない」「どちらとも言えない」を加えた4択とする案を提出。結局、野党案(4択案)は否決され、与党案(2択案)が賛成多数で可決成立して、県民投票条例は10月31日公布となり、その後投開票実施日は2019年2月24日とされた。ここまでは、順調だった。
ところが、投票事務の実施をすることとされた、県内市町村の首長や議会は、必ずしも県政与党派と同じ立場ではない。選挙事務執行のための補正予算が市町村議会に上程されたが、うるま市・沖縄市・宜野湾市・糸満市・宮古島市・本部町・金武町・与那国町の8市町で補正予算案を否決。最終的に宮古島・宜野湾・沖縄・石垣・うるま5市の市長が県民投票不参加を表明した。これによって、全有権者の31%に当たる約36万7千人が投票の機会を失う事態となった。
この事態を打開したのは県民の運動だった。県内全域で、とりわけ県民投票不参加を表明した5市で、「投票権奪うな」の声が巻きおこった。このことは、記憶に留めておかねばならない。
県は各市長に、事務を行うべき「法的義務」があるとして助言や勧告を行った。玉城知事や謝花副知事は、足を運んで各市長へ協力の要請を重ねた。また、行政法や地方自治の専門家からは、参政権を奪うことの違憲・違法を指摘する意見も相次いだ。
そして、県民投票の会元山代表のハンガーストライキが事態を動かした。
琉球新報は、「県民の熱意が政治を動かした 元山さんのハンストで事態急展開 辺野古県民投票」との記事で、「事態が急展開したのは、県民投票条例を直接請求した「辺野古」県民投票の会の代表で、大学院生の元山仁士郎さんが15日に始めた宜野湾市役所前での24時間のハンガーストライキだった。投票を実施しない市長への抗議の意思を示す元山さんのストライキは19日まで続き、同時に集めた全県実施を求める請願には5千人が署名した。」「一連の出来事は、政治の流れを決めるのは、政治家でも行政でもなく、主権者である市民なのだということを改めて示した。」としている。
結局は、県議会与野党の再議で、回答の選択肢を「賛成」「反対」の2択から、「賛成」「反対」「どちらでもない」の3択に修正することでの合意が成立した。
しかしこれもけっしてすんなり決まったわけではない。自民党は、「普天間飛行場移設のための辺野古移設はやむをえない」「反対」「どちらともいえない」とする3択案を主張した。これを与党である“オール沖縄”側が拒否して、与党も妥協した「賛成」「反対」「どちらでもない」の3択案で全会派一致となった。これが、一昨日のこと。正式には、1月29日の県議会で、条例改正案が可決成立となる予定という。
県自民党が折れたのは、このままでは、県民世論の風圧に耐えられなくなるとの判断によるものだろう。5市を抜きにした県民投票が実施され、しかも、圧倒的に「埋立反対」の結果が出た場合、投票を妨害した責任を問われることになる。ボルテージの高い民意を敵にまわして、到底支えきれないと読んだのだろう。これが、沖縄県民の運動の成果である。
とはいえ、本来は投票の選択肢は2択であるべきだったろう。いま、恒久的な新基地建設のために、辺野古の海が埋め立てられつつある。埋立を止めさせるのか、続けさせるのか。とるべき政策は一つでしかない。投票回答は、埋立に「反対」か、「賛成」かのどちらかでなければ意味をなさない。「どちらでもない」とは、いったい何のことだ。どうしようというのか、さっぱり分からない。この回答は、主権者として無責任ではないか。
考えられるのは、「反対」の意見をもつ人に、「賛成」票を投じるよう説得は難しい。「せめて、『どちらでもない』に投票していただきたい」という切り崩しに役に立つ、という思惑なのだろう。
雨降って地固まる、というではないか。この間の県民の全県での投票を求める運動の昂揚は、辺野古新基地建設反対に弾みをつけたのではないだろうか。2月24日には、圧倒的な県民世論の「反対」の声を聞きたい。
それにしても、この件についての本土における関心の低さが気になってならない。自分の問題としてとらえられていないのだ。ことあるごとに、訴えなければならないと思う。
(2019年1月26日)
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沖縄県広報
平成31年2月24日(日曜日)は県民投票です。
この県民投票は、辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う
県民投票条例(平成30年沖縄県条例第62号)に基づき、
「普天間飛行場代替施設建設のための辺野古埋立てについて」
の賛否を問うものです。
通常の選挙とは異なり、特定の候補者に投票するものではなく、
投票用紙の賛成欄又は反対欄に〇の記号を記載する方法で投票を行います。
この投票により、県民の皆様の意思を明確に示すことができます。
?県民投票の意義
?この県民投票は「米軍基地建設のための名護市辺野古の埋め立て」 に対し、県民の皆さまの賛否を明確に示すことを目的としています。
日本政府は、普天間飛行場の代替施設となる米軍基地建設のため、名護市辺野古の埋立てを計画しています。
県経済や子育て施策などさまざまな課題について政策を訴える候補者に票を投じる選挙とは異なり、今回の県民投票で問うのは、名護市辺野古の埋め立てに「賛成」か「反対」かの賛否のみです。県民一人一人が改めて、辺野古の基地建設のための埋め立てについて考え、意思を明確に示すことができます。
投票の結果、「賛成」「反対」どちらか多い方が一定数に達した場合、日本の総理大臣、アメリカ大統領にも通知します。
県民投票条例制定について
この県民投票は、県民の9万2848筆の署名の提出を伴った住民投票条例制定の直接請求※1を受け、沖縄県が条例案を県議会に提案、県議会の審議・可決制定を経て、実施が決定しました。
沖縄県は条例案の可決を受け、平成30年10月31日に「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例」を公布し、投票運動や投票できる資格者、投票に必要な事項を次のように定めています。
投票資格者(第5条) 平成31年2月13日時点で以下に当てはまる人。
日本国籍のある満18歳以上(2月14日生まれも含む)で、沖縄県内の市町村に3カ月以上住所があり、その後も沖縄県内に住所がある人で、投票資格者名簿に登録されている人。
投票数(第6条)1人1票投票の秘密保持(第8条)投票した人が、投票した内容を明かす義務はありません。県民投票の情報提供(第11条) 沖縄県は、県民の皆様が賛否を判断するため必要な広報活動、情報の提供を客観的、中立的に行うものとする。
※1 住民の直接請求は地方自治法によって定められています。
投票の結果について
1 辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例 第10条
知事は、県民投票の結果が判明したときは、速やかにこれを告示しなければならない。
2 県民投票において、本件埋立てに対する賛成の投票の数又は反対の投票の数のいずれか多い数が投票資格者の総数の4分の1に達したときは、知事はその結果を尊重しなければならない。
3 前項に規定する場合において、知事は、内閣総理大臣及びアメリカ合衆国大統領に対し、速やかに県民投票の結果を通知するものとする。
東洋大学と竹中平蔵、哲学とゼニの取り合わせ。高邁な理想を掲げる大学に、政治絡みでの儲け方だの節税手口だのを教えようというのだろうか。この違和感に、学内から批判の声が上がったのは真っ当な反応ではないか。
話題の人、同大学4年生の船橋秀人君は「竹中平蔵による授業反対!」と書いた立て看板を学内に掲げ、ビラを撒いた。船橋君のビラの内容は次のとおりだ。至極真っ当で、立派な意見ではないか。私は全面的に賛意を表する。一人立ち上がった彼に、敬意も表したい。これを大きく拡散しよう。
この大学はこのままでいいのだろうか?
我々の生活が危ない!
竹中氏の過悪、その一つは大規模な規制緩和である。特に2003年の労働者派遣法の改悪がこの国にもたらしたものは大きい。それまで限定されていた業種が大幅に拡大されることで、この国には非正規雇用者が増大したのである。「正社員をなくせばいい」や「若者には貧しくなる自由がある」といった発言は、当時の世論を騒がせた。しかしながら、この男まるで反省の素振りを見せない。「朝まで生テレビ!」という番組では、自らの政策の肝であったトリクルダウン(お金持ちが富むことでその富が貧しい者にも浸透するという理論)について、「あり得ない」というある種開き直ったかのような発言をしており、まるで自分がやった責任について無自覚なようだ。また、昨年可決された高度プロフェッショナル制度については、「個人的には、結果的に(対象が)拡大していくことを期待している」などという驚くべき思惑を公言している。つまり、初めは限定的なものだからという理由で可決された労働者派遣法が、今これほどまでに対象を拡大したように、高度プロフェッショナル制度は、今後とも更なる拡大が予想されるのである。無論、我々も例外ではない。労働者はこれから一層使い捨てにされることになるのだ!!
?
様々な利権への関与!?
竹中氏が人材派遣会社のパソナグループの会長を務めているということも忘れてはならない。というのも労働者派遣法の改悪は、自らが会長を務める会社の利権獲得に通じていたからだ。まさに国家の私物化である。また、最近では昨年法案の正当性について全く審議されずに可決された水道法改正案と入管法改正案についても関与していたことが明るみになっている。更に加計学園との関連も取りざたされており、今後ともこの男の暴走を追及する必要がありそうだ。
?今こそ変えよう、この大学を、この国を
皆さんは恥ずかしくないですか、こんな男がいる大学に在籍していることが。僕は恥ずかしい。そして、将来自分や友達や自分の子どもが使い捨てにされていくのを見ながら、何も行動を起こさなかったことを悔いる自分が、僕は恥ずかしい。意志ある者たちよ、立ち上がれ! 大学の主役は、我々学生なのだ。右も左も前も後も何にも分からない人も、みんな集まれ。民主主義は決して難しいものではない。共に考え、議論し、周りに訴えながら、もう一度みんなでこの社会を立て直そう!!
船橋君によれば、これに対する大学の対応は、次のようなものだった。
「21日朝9時から立て看板を出し、ビラを配り始めたら、10分と経たないうちに学生課の職員がビラ配布の中止と看板の撤去を求めてきました。その後、学生課の部屋に連れていかれ、職員5、6人から約2時間半にわたって詰問されました」
「職員らは学生生活ハンドブックの条項を示しながら、『大学の秩序を乱す行為』に該当するとし、退学処分をちらつかせてきました。さらに『君には表現の自由があるけど、大学のイメージを損なった責任を取れるのか』と大きな声で言われたり、『入社した会社で立場が危うくなるのでは』とドーカツされたりしました」
複数の報道では、男性職員から「性行不良で改善の見込みがないと認められる者」「本学の秩序を乱し、その他学生に反した者」など、退学に関して規定された学則第57条を示しながら「表現の自由には責任が伴う。何らかの処分で責任を取ってもらう」などと追及されたという。
「表現の自由には責任が伴う。何らかの処分で責任を取ってもらう」は、特筆すべき迷言! 要するに、「表現の自由なんてここにはない。だから、ものを言うな。言えば処分が待ってるぞ。」と脅しているわけだ。
企業は組合幹部にこう言うだろう。「団結権には責任が伴う。何らかの処分で責任を取ってもらう」
防衛省は、「平和には責任が伴う。戦争に行ってもらおう」
厚労省にはこう言いたい。「統計には責任が伴う。何らかの形で責任を取ってもらう」
東洋大のホームページには、こうある「今や11学部44学科、10研究科32専攻、法科大学院を擁し、学生数が約3万人という、大変大きな総合大学となりました。いずれの学部・研究科等においても、建学の精神に基づいて人財養成の目的や教育目標を定め、物事を自ら深く論理的・体系的に考え、判断し、行動することができる、社会に有為な人財の育成に心を砕いています」。その規模には驚かざるを得ない。近時急成長している大学であることには間違いない。
竹村牧男学長は、そのメッセージで、「物事を自ら深く論理的・体系的に考え、判断し、行動することができる、社会に有為な人財の育成に心を砕いています。」と言っている。船橋秀人君こそ、学長メッセージにピッタリの人物ではないか。
船橋君は、こうも言っている。
「日本大学のアメフト部の悪質タックル問題で、学生の側から意見を言わない、言えない状況をニュースで目の当たりにして「こんなので良いのかと思ったし、自分も批判されているような気持ちになった」と感じたことも、行動を起こした理由」
「(在籍した)4年間で、校内に立て看板が立つことはなかった。僕は卒業間際まで動くことが出来なかったけれど、単身で声を上げたことで組織の問題などを考えて欲しいし、根本的な議論につなげて欲しい。後輩にも受け継いで欲しい」
東洋大(白山キャンパス)は、我が家からは散歩圏内。地域との連携も良く、親近感がある。これまでの評判は悪くない。立派になって欲しいと思う。竹中平蔵の採用はともかく、これを批判する人物を育てたのだから、東洋の希望は大いにある。
大学に望むことを、一言申しあげたい。学内を「学則」が支配する世界だと思い込んではおられないか。大学こそ、最も風通し良く憲法の理念が行き渡る空間であって欲しい。船橋君の憲法上の権利主張を、「学生生活ハンドブック」の細則で押さえ込もうというのは、研究機関や教育機関の発想として貧弱ではないか。どうだろう。この問題、公開の場で真摯な意見交換をしてみては。
(2019年1月25日)
毎月、 「非核市民宣言運動・ヨコスカ」から、「たより」が届く。24頁建の立派なもの。やっていることは米軍や自衛隊との対決なのだから深刻なはずなのだが、ゆるーい運動のセンスが、素晴らしい。
本日(1月24日)届いた「たより」が、実は12月号のようだ。まずは「いずも」空母化決定への抗議行動の記事。抗議のヨットと較べて、「いずも」の巨大さに目を瞠る。いかにも、市民手作りの運動なのだ。そして、9頁のお知らせを見て驚いた。
突然のお知らせですが、このたび「非核市民宣言運動・ヨコスカ」は、第23回神奈川県弁護士会人権賞をいただくことになりました。ご支援いただいているすべての皆様に、謹んでご報告致します。
受賞理由
1972年に米空母ミッドウェイが横須賀港を母港としたことを契機に発足し、基地のない町を作ろうと、平和の声を上げ続けてきた。「糾弾より対話」をモットーに、敵を作らない地道な活動を続け、1976年2月に始まった月例デモは、2017年に500回に達した。基地問題を解説したブックレットの発行や自衛官の人権問題にも取り組んでいる。
「地道な運動」は続けてきましたが、なにかをなし得たと言えるものはほとんどなく、「人権賞」受賞にふさわしいか、とまどいもあるのですが、小さな運動への励ましと受け止め、贈呈式に望みたいと思います。なにより、反基地運動を、人権という視点から見ていただけたことを、たいへんうれしく思います。 安保関連法成立後の横須賀は、米艦防護、米イージス艦への給油等、関連法発令の現場であり、海上自衛隊施設の増強等の課題が目白押しです。「人権賞」に背中を押してもらいながら、地域の皆さんとともに、対話を重ね、平和構築の歩みを続けていきたいと思います。
神奈川県弁護士会のホームページにはこうある。
2019年2月3日(日)に開催される『人権シンポ in かながわ2019』において贈呈式を行います。当日は受賞者から受賞のお言葉をいただく予定です。贈呈式は12時45分から横浜開港記念会館講堂で行いますので、ぜひご参加下さい。
神奈川県弁護士会人権賞とは
当会は、横浜市緑区で発生した米軍機墜落事故訴訟弁護団からの寄付をきっかけに、平成4年3月に人権救済基金を設立しました。その有意義な使途のひとつとして、人権擁護の分野で優れた活動をした個人、団体を表彰することにより、人権擁護の輪を広げ、人権の更なる発展と定着に寄与したいと考え、平成8年に人権賞を創設いたしました。
表彰の対象としている活動は、次のような人権擁護活動をされたものです。
人権の侵害に対する救済活動
人権思想の普及・確立のための活動
その他、人権擁護のための活動
憲法が定める様々な基本的人権の擁護、確立のための活動、特に高齢者・障がい者・子ども・外国人・刑事被告人・被疑者・犯罪被害者等の人権に関する問題、両性の平等に関する問題、消費者問題、公害環境問題、労働問題、平和問題等の人権課題など、人権の保障がまだ十分でない状態にある人たちの人権の擁護・確立のための諸活動を行い、優れた功績を挙げた民間の個人、グループ、団体に賞を贈っております。
今年(2019年)の神奈川県弁護士会人権賞 受賞決定者は2名。
もうひとりは、西野博之さん。不登校児童の問題が社会に提起され始めた頃から、子ども達の居場所作りに献身的に取り組み、生きづらさを抱える若者達、様々な障がいのある人達に、ともに地域で育ち合う場を提供するなどの活動を続けてきた方だという。
非核市民宣言運動・ヨコスカについてはこんな記事もある。
「表彰事項」
「基地の街横須賀で、40年以上持続して平和の声を上げ続けてきた。基地問題をわかりやすく解説した各種ブックレットを発行している(30冊)。自衛官ホットライン、アンケート、裁判支援等、自衛官の人権問題にも取り組んでいる。
「糾弾より対話」をモットーに、「敵を作らない活動」を続けている。
推薦理由
「平和なくして人権なし」平和憲法の理念を守る当団体の活動はまさに人権賞にふさわしいと考える。
「たより」が、「反基地運動を、人権という視点から見ていただけたことを、たいへんうれしく思います。」と言っているのが、印象的である。弁護士会は、当然のごとく、人権課題の例示として平和問題を挙げている。人が平和に暮らすことは人としての権利なのだ。しかも、平和でなくては精神的自由も、経済的権利も成立し得ない。多くの人権をなり立たせるものとしての基礎的な人権。平和的生存権という名称を冠するか否かにかかわらず、平和は人権である。まさしく、「平和なくして人権なし」なのだ。
なお、「たより」は毎月発行。年間定期購読料は郵送料込みで2000円。
なお、「たより」は毎月発行。年間定期購読料は郵送料込みで2000円。
申込先は、下記のとおり。
横須賀市本町3?14 山本ビル2F
電話/FAX 046?825?0157
(2019年1月24日)
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『人権シンポ in かながわ2019』
2月3日(日)
横浜開港記念会館講堂
9:30
映画「新・あつい壁」上映
製作:「新・あつい壁」製作上映実行委員会
監督:中山 節夫
出演:趙 珉和、安藤 一夫、ケーシー高峰
講演 死刑廃止に向けた日弁連の取り組み
講師:小池 振一郎さん(弁護士・第二東京弁護士会)
詳細はこちら
12:45
神奈川県弁護士会人権賞贈呈式
受賞者
西野 博之さん(NPO法人フリースペースたまりば理事長)
非核市民宣言運動・ヨコスカ
14:00
シンポジウム「自衛隊は必要」と考えるあなたへ
?でも、「憲法に明記」はこんなに危険?
講演?「憲法に自衛隊を書かないことの意味」
長谷部 恭男さん(早稲田大学法学学術院教授・憲法学)
講演?「いま軍隊化する自衛隊」
半田 滋さん(東京新聞論説兼編集委員)
情報通の友人から、こう聞かされた。
安倍首相は、「衆議院の解散・ダブル選挙など、頭の片隅にもない」と繰りかえしている。しかしあれは、「ダブル選挙は、ワタシの頭の片隅にあるんじゃない。頭のドマンナカにあるんだ」と理解しなければならない。最近、多くの野党議員がそう言い始めた。
先日の日民協執行部会でのこと。今年7月21日参院選の重要性が語られた。安倍改憲の成否も、安倍内閣の消長も、この選挙の結果にかかっているという認識で異論がない。改憲を阻止するためには、この選挙での野党勢力の共闘態勢をつくらなければならない。その対抗策として、10月予定の消費増税を先送りを発表して、あるいは6月の「大阪G20」で何らかの成果を上げての衆議院解散・衆参同時選挙の目は本当にないのだろうかと話題になって、この発言を聞かされた。
その真偽のほどは分からないが、「ご飯論法の、あのアベの言うことだ。信用できるはずはない」ことには、一同納得だった。「アベの言うことだ。信用してはならない」は、野党議員だけではなく、今や天下の共通認識と言ってよい。
1月19日(日)は、毎月19日(「戦争法」成立の日)と予定された定例の国会前抗議集会だった。統一のプラカードはなく、参加者が手にしていたのは、それぞれの思いを絵にし、文章にした手作りのプラカード。圧倒的に目立ったのが、「嘘つき晋三」「ごまかし内閣」「記録改竄隠蔽政府」「政治の私物化を許すな」というものだった。
これだけ多くの国民から、「嘘つき」「ごまかし」と呼ばれる一国の政治的リーダーも珍しいのではないだろうか。「嘘つき晋三」と「フェイク・トランプ」、朋友仲良きも少しも麗しくはない。
安倍政治は、政治的な理念や政策以前の問題として、国民から信を措けないと烙印を押されているのだ。一国の政治は「信なくば立たない」。安倍政治は現に、立っていない。一見まだ立っているように見えるのは、無自覚・無関心層が支えているという錯覚でしかない。
さて、信の措けない安倍政権の数々の問題の内、韓国の広開土大王艦(駆逐艦)が自衛隊P1哨戒機にレーダー照射をしたとされる件。これだけは、自衛隊側の言い分が事実だと思い込まされていた。だから、安倍晋三が強気で映像を公開したのだと。
しかし、公平な目で見るとこれも大いに怪しいという。教えられて、ハーバービジネス・オンラインというサイト(運営主体は、あの「扶桑社」)に掲載された、牧田寛氏の下記の記事に目を通した。これは衝撃的な内容。もちろん、この記事も結論を単純に断定していない。軍事機密の壁に阻まれて断定的な判断は困難という。しかし、明らかなことは、日本側の情報はフェイクだらけ。韓国の言い分の方が、遙かに一貫していて説得力があるというのだ。日本のメディアの甘さを嘆いてもいる。「レーダー照射問題」を論じるには、ともかくこのサイトを読みこなしてからのこととしなければならない。
慰安婦問題も、徴用工判決も、そしてレーダー照射事件も、なんと我々は権力によって誘導されやすい環境に置かれていることか。背筋が寒くなる。こんなことで、嫌韓世論や民族差別感情の形成を許してはならない。もしかしたら、安倍内閣は、ナショナリズム昂揚の世論誘導実験をしているのではないだろうか。やはり、「アベの言うことだ。まずはウソだろう」と、疑う姿勢が正しいのだ。
2019.01.08
日韓「レーダー照射問題」、何が起きていたのか、改めて検証する
https://hbol.jp/182872
2019.01.12
日韓「レーダー照射問題」、際立った日本側報道の異常さ。そのおかしさを斬る
https://hbol.jp/183226
2019.01.15
レーダー照射問題、「千載一遇の好機」を逃したかもしれない「強い意向」
https://hbol.jp/183410
2019.01.18
日韓「レーダー照射問題」、膠着状態を生み、問題解決を阻む誤情報やフェイクニュース
https://hbol.jp/183653
2019.01.21
レーダー照射問題、韓国国防部ブリーフィング全文訳からわかる、日本に跋扈するデマの「曲解の手法」
https://hbol.jp/183842
(2019年1月23日)
天神様は、いまが書き入れ時。さぞかしお忙しいことで。
いやいや、忙しいのは神職や売り子だけのこと。私が忙しいわけではございませんな。
さすがに入学試験の直前。合格祈願の人々が山をなしているじゃないですか。
それが、何しろこの人数でな。合格定員の何倍もの祈願者でして。お参りの全員を合格させるのは無理な話。いったい誰を合格させてやればよいのやら。
こんなのはどうでしょうかね。祈祷料の金額でランクをつける。各学校5人限定で100%合格コース100万円、確率75%合格コース50万円。50%コース5万円なんてね。
それは愚案ですな。途端に合格祈願と合格実績の相関関係の皆無がバレてしまう。
やっぱりね。実は、ウチも同じ悩みを抱えていましてね。ウチの初詣はもっぱら企業関係者。ライバル企業の両者が、絶対にあの会社には負けたくはない、という祈願。
それこそ、お賽銭の額で決めればよろしいのでは。私ら、所詮は資本主義の世の神や仏なのですからな。
商売繁盛と祈られても、経営にリスクは付きものですからね。皆を儲けさせることなどできるわけがない。
学業もそうですな。合格する者、落第する者。両者がくっり分かれるから、私らの商売が成り立つ。
それにしても、儲けたい、もっと儲けたいと言う人々の、ぎらぎらとした執念を見せつけられると、こちらのほうの身がすくむ。
明神様がそんな気弱なことを言ってはいけませんな。いつの世にも、人の欲しいものはカネでしょう。カネが儲かる御利益という需要を見つけた、商売お上手な明神様でしょうが。
いやあ、天神様こそ、学歴社会の入学試験難に目を付けて、あらたな御利益を見つけ出した大したヤリ手じゃないですか。
ほかに人が望むものは、長寿に無病息災でしょうかな。それに、家内安全と良縁・安産。このあたりが、神仏需要の古典的な王道。
最近では、交通安全に当選祈願。過労死退散、パワハラ・セクハラの厄除け、痴漢冤罪退散祈願まであるそうですがね。ニッチの神さま連中も相当なもの。
人の世の不幸がある限り、神や仏にすがろうという庶民の願いはなくなりませんな。その点、私らの商売、しばらくは安泰ということ。
同感ですな。安倍晋三政権が続いてくれることは心強い。経済格差を拡大して多くの人を不幸にしてくれているのだから。安倍さんありがとうだ。
いいや、とんでもない。安倍晋三ありがたくなんかない。私ら平和産業だ。何より平和あっての庶民の願いではないか。わたしゃ9条改憲絶対反対じゃ。
ウチは、その点チト難しくてね。軍事産業関係者の参詣だってないわけじゃない。もともとワタシ自身が武士の頭領だったしね。文人の天神様とは、すこうし違うのかも。
最近は、初詣の参詣者に呼びかけて、神社が憲法改正に賛成の署名運動をやっているところもあるとか。古来神社は平和を願うところ。自衛隊を憲法に書き込めなどとは、世も末じゃ。
さて、本当に古来神社は平和を願うところだったのでしょうかね。戦勝祈願だの怨敵退散祈祷だの、結構ヤバイことお願いされた記憶はございませんか。神社とは、敵と味方をきちんと分けて、徹底して味方の利益ばかりを祈ってきましたでしょ。
ふーむ。もともとが神社とは産土の神を祀る場としてつくられたという。地域共同体の利益を守ることが神社の第一義だった。だから敵味方峻別主義という側面は当然といえば当然。世情次第で、地域コミュニティ・ファースト主義は、戦勝祈願にも、怨敵退散祈祷にもなる。しかし、それは神社に罪があるのではなく、世に戦乱があるからのことで、やむを得んじゃろ。
そうはおっしゃいますがね。そこに付け込まれての国家神道だったんじゃありませんか。地域コミュニティ・ファースト主義は、すんなりと「日本民族ファースト主義」、「大日本帝国ファースト主義」に置き換えられたのでしょう。神社には、そういう素地があったのですよ。
とはいえね、神社と言っても一色ではない。民間信仰の神社と官製神社とは大違いだ。私もあなたも、社格はたかが府社だ。庶民の信仰が支えで、天皇制権力との結びつきは希薄だから、自由にものが言える。しかし、伊勢神宮だの、靖国神社だの、明治神宮ともなれば、出自が天皇家と関わるのだから、完全に体制派。アチラは安倍改憲バンザイなんだろうね。
その体制派神社。初詣にしても、結婚式らの副業にしても、けっこう繁盛のご様子。昨年が明治維新150周年。今年は、天皇の代替わり。なにかと、官製神社が話題となって、こっちの商売への影響を心配しなけりゃなりませんな。
まことにそのとおり。官製神社の民業圧迫はいけません。首相や閣僚の靖国神社参拝も、伊勢詣りも、ありゃ憲法違反でしょうが。
憲法違反でも政教分離いはんでも、隙あらばやってしまおうというのが、安倍の安倍たる所以。ことしは、大嘗祭やら代替わりの儀式やらが目白押しでしょう。何とかならんものでしょうかね。
裁判所の利用も難しいようだし、マスコミも頼りない。結局は神頼みしか残されていないようでね。
ああ、嘆かわしい。神さま、なんとかなりませんか。この世には、カミもホトケもないのでしょうか。
(2019年1月22日)
昨夕(1月20日16:59配信)の朝日新聞デジタルの記事。「ヤマハ英語教室の女性講師が労組結成 待遇改善求める」というタイトル。リードは次のとおりだ。
楽器販売「ヤマハミュージックジャパン」(東京都)が運営する英語教室で働く講師の女性14人が労働組合をつくった。女性たちは契約上は個人事業者とされて社会保険などが適用されないが、「実態はヤマハ側の指示で働く労働者だ」として、直接雇用や社会保険の適用などの待遇改善を求める団体交渉を同社側に申し入れているという。
組合の名称は「ヤマハ英語講師ユニオン」。昨年12月6日に結成した。組合によると、講師は同社と1年更新の委任契約を結び、講師はレッスンを任される形式で働いている。契約上は個人事業者となるため、ヤマハが雇用した社員とは異なり社会保険が適用されず、残業手当や有給休暇などもないという。
女性たちは昨年8月、会社側に直接雇用などを求める要望書を提出。同社から明確な回答がないことから組合結成を決めた。全国約1500カ所の教室で約1400人いるとされる講師たちに加入を呼びかけ、ヤマハ側に待遇改善を求めていくという。
労働組合の結成は社会の進歩だ。立ち上がった講師たちの毅然とした姿勢に敬意を込めつつ祝意を表したい。
実態は従属性ある労働契約でありながら、形式上請負として、労働者に対する保護を僣脱しようという、きたないやり口は、いま流行りだ。社会全体としての労働運動にかつての勢いがないいま、労働者が侮られているのだ。安倍政権下、労働基準行政も厳格さを失っている。
私の法律事務所でも、同様の事件を受任している。下記のブログをご覧いただきたい。
今日は良い日だ。労働仮処分に勝利の決定。
(2017年5月8日・連続第1499回)
https://article9.jp/wordpress/?p=8528
……いま私の手許に、2通の労働仮処分の決定書がある。同じ使用者を「債務者」(仮処分事件では相手方をこう呼ぶ。本訴になれば被告にあたる呼称)とするもので、事実上の解雇を争い、同年2月以後の賃金の仮払いを求める内容。1件は、「毎月21万2000円を仮に支払え」という申立の全額が認められた。もう1件は、「毎月12万円を仮に支払え」という決定主文。この人は、別の収入があるのだから、仮払い金額としてはこれでよいだろうというもの。あとは本訴で勝ち取ればよいのだ。なによりも、決定の理由が素晴らしい。
この事件は、澤藤大河が弁護士として依頼を受け、方針を定め、申立書を作成し、疎明資料を集め、審尋を担当してきた。今年の正月明けの1月4日に、東京地裁労働部に賃金仮払いの仮処分を申し立て、事件番号が労働仮処分事件として今年の01番と02番の事件番号が付いた。その後、審尋期日に疎明を尽くし、裁判所は債権者(労働者)側の勝利を前提とした和解を提案したが、債務者の受け入れるところとならず、4月12日審尋を終えて、今日まで決定の通知を待っていたもの。
2人の労働者はアメリカ人でいずれもリベラルな知性派だが、日本語が堪能とは言えない。私もリベラルな知性派だが、英語が堪能とは言えない。会話はほとんどできない。依頼者とのコミュニケーションはもっぱら英語によらざるを得ないのだから、この事件は大河にまかせるしかない。私の出る幕はない。
2人の勤務先は都内に12のブランチをもつかなり大きな語学学校で、この2人は英語講師としてかなり長く働いてきた。その間、労働者であることに疑問の余地はないと考えてきた。使用者は、広告によって受講者を募集し、授業時間のコマ割りをきめ、定められた受講料のうちから、定められた講師の賃金を支払う。労働時間、就労場所、賃金額が定められている。これまでは、疑いもなく、労働契約関係との前提で、有給休暇の取得もあった。
ところが、経営主体となっている株式会社の経営者が交替すると、各講師との契約関係を、「労働契約」ではなく「業務委託契約」であると主張し始めた。そして、全講師に対して、新たな「業務委託契約書」に署名をするよう強要を始めた。この新契約書では有給休暇がなくなる。一年ごとの契約更新に際して、問答無用で解雇される恐れもある。
経営側が、「労働契約上の労働者」に対する要保護性を嫌い、保護に伴う負担を嫌って、業務請負を偽装する手法は今どきの流行りである。政権や財界は、労働形態の多様性という呪文で、正規労働者を減らし続けてきた。これも、その手法の主要な一端である。
法とは弱い立場の者を守るためにある。経済的な弱者を守るべきが社会法であり、その典型としての労働者保護法制である。本件のような、「請負偽装」を認めてしまっては労働者の権利の保護は画餅に帰すことになる。
本件の場合、講師の立場は極めて弱い。仕事の割り当ては経営者が作成する各コマのリストにしたがって行われる。受講者の指名にしたがったとするリストの作成権限は経営者の手に握られている。このリストに講師の名を登載してもらえなければ、授業の受持はなく、就労の機会を奪われて賃金の受給はできない。これは、解雇予告手当もないままの事実上の解雇である。やむなく、多くの講師が不本意な契約文書に署名を余儀なくされている。
しかも、外国籍の労働者には、就労先を確保することがビザ更新の条件として必要という特殊な事情もある。つまり、労働ビザでの滞在外国人労働者にとっては、解雇は滞在資格をも失いかねないことにもなるのだ。その学校での100人を超す外国人講師のほとんどが、契約の切り替えに憤ったが、多くは不本意なからもしたがわざるを得ない、となった。
それでも、中には経営者のやり口に憤り、「断乎署名を拒否する」という者が2人いた。「不当なことに屈してはならない」という気概に加えて、この2人は永住ビザをもつ立場だった。
この五分の魂をもった2人は大河の友人でもあった。大河は、友人の役に立てただけでなく、弁護士として労働者全体の利益のために貢献したことになる。この事件の争点は、2人の労働者性認定の可否だった。債権者側が提示したメルクマールをほぼ全て認めて、完膚なき勝利の決定となった。
明日には、債務者から任意に支払いを受けるか、あるいは強制執行をすることになるかが明確になる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となるも良し、早期解決も良しである。今日は実に良い日だ。
?(2017年5月8日・連続第1499回)
この事件、実はいまだに係争中である。この賃金仮払い仮処分決定の後、まずは強制執行せざるを得なかった。一度執行したあとは任意の支払いが続いている。また、賃金仮払い仮処分が命じられる期間は、現在の実務では1年の期間を限度とする。結局2度目の賃金仮払い仮処分決定を得て、現在は毎月2人分で合計40万円の支払いが継続している。
そして、本案訴訟が粛々と進行している。被告側が慌てて本訴での和解を申し入れるか、あるいは訴訟進行の促進をはかるかと思いきや、どちらでもなかった。次回1月31日、東京地裁民事14部での原告両名と被告代表者本人尋問で事実上の結審となる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となる確率が高い。本案判決が思わぬ結果となるはずはない。
2人の英語学校教師労働者(米国人)の、それぞれ2件の賃金仮払い仮処分決定。参考になろうかと思う。「ヤマハ英語講師ユニオン」からのご連絡があれば、郵送させていただく。
(2019年1月21日)
30日以内
石川逸子
2019年1月13日
元徴用工訴訟をめぐって
日本政府は 1965年の日韓請求権協定に基づく
協議再開要請への返答を
30日以内に出すよう 韓国政府に求めた
植民地下 日本男性を根こそぎ徴兵したことから
労働者不足となり
一家の働き手 若い朝鮮人たちを
力づくで 脅して 軍事工場へ 飛行場へ 鉱山へ
拉致してきた 大日本帝国
自らの意思で会社と契約した労働者なんかじゃない
いわば奴隷だったのだ
思い出す
1944年9月 徴用令書の公布を受け
「給料の半分は送金する 逃げれば家族を罰する」
と脅され はるばる郡庁に集まり
軍人の監視を受けながら
貨車で釜山へ 連絡船で下関 汽車で広島の工場へ
12畳の部屋に12人詰めこまれたという
在韓被爆者たちの訴えを
思い出す
「ヤミ船でやっと帰国してみたら
送金はなく 赤ん坊が餓死していました」
「朝鮮総督府になにもかも供出して
屋根のない家に家族がいました」
「爆風で怪我し 体調ずっと悪く 今も息苦しくてたまりません」
口々に訴えたひとたちを
思い出す
「小学校時代
日本語をしゃべらないと殴られた
戦争末期には食器まで銃にすると取り上げられた」
と言ったひとを
「豊臣秀吉の朝鮮侵略を讃える授業が辛かった」
と言ったひとを
むりやり連れてこられたのに
自力で帰るしかなかったから
ヤミ船で遭難し 海の藻屑となったひとたちもいた
劣悪な食事に抵抗して捕らわれ
広島刑務所で獄死したひともいた
待てど待てど 戻らない夫を待ち
老いてもなお戸口に立ち尽くす妻もいた
それらひとりひとりの憤懣に 恨に
思いをいたすこともなく
30日以内と 居丈高に迫ることができるのか
「協定は国と国との約束
個人請求権はなくなりません」
これまでの国会での政府公式見解を
あっさりと 闇に葬り
期限を切って回答をせまる ごう慢に 無礼に 気づかないのか
思い出す
かつて日清戦争前夜
1894年7月20日
朝鮮政府に
受け入れるはずもない4項目の要求を突きつけ
同月22日までの回答を迫った
日本政府を
―京城・釜山間の軍用電話架設
―日本軍のための兵営建設
―牙山駐留の清軍を撤退させる
―朝鮮独立に抵触する清との諸条約の破棄
翌23日深夜
回答がえられないのを口実に
他国の王宮の門を オノやノコギリで打ち破り
王宮を力づくで占領し
国王夫妻・王子を幽閉し 財宝も奪った
日本軍
朝鮮人なら思い出すであろう
腹が煮えかえる歴史を
再び繰りかえすつもりでもいるのか
相手あっての交渉の日時を
30日以内など
一方的に要求するとは!
韓国人留学生が言っていた
「日本の書店には
反韓反中の本があふれていますが
韓国には反日の本など並んでいませんよ」
恥ずかしい国の
一主権者であることを恥じながら
小さな新聞記事を切り抜く
????????????????????????????????????????????????????? ―2019・1・16
日本政府のあまりの無礼な態度に呆れ、拙い詩を作りました。
ご笑読くださいませ。 石川逸子
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石川逸子さんは、第11回H氏賞受賞の詩人。受賞歴で紹介されることを快しとする方ではないが、紹介者が俗物だからお許しいただきたい。訴える術のない、無数の被爆者や「日本軍慰安婦」や戦没者たちを代弁して、その怒りや悲しみを詩にしてこられた。「日本軍『慰安婦』にされた少女たち」 (岩波ジュニア新書)など、多数の著書もある。
その石川さんが、元徴用工訴訟大法院判決への安倍内閣の対応に怒った新たな詩を書いた。1月13日の出来事を読み込んだ詩が16日の作となり、昨夜(19日)友人からメールで転送されてきた。歴史を踏まえての、「時事詩」でもある。
なお、作中にある「日清戦争前夜」の史実について、若干の解説を記しておきたい。
日清戦争は、日清両国の朝鮮に対する覇権の争奪戦だった。その陸戦は、牙山(韓国・中西部の都市)に籠もる清国軍を日本軍が攻撃したことを発端としている。
外交上、日本としては清国軍攻撃の口実が必要だった。その策を講じたのが、当時時の朝鮮公使・大鳥圭介だった。1984年7月20日午後、同公使は朝鮮政府に対しての申し入れをしたが、そのなかに「牙山駐留の清軍を撤退させる」との要求があった。この要求は、朝鮮が清軍を退けられないのであれば日本が代わって駆逐する意と解されていた。
回答期限の22日夜半の朝鮮政府の回答を不満として、23日未明日本軍は駐屯地龍山から漢城(ソウル)に向け進軍を開始。電信線を切断して、朝鮮王宮を攻撃し占領した。こうして日本は国王高宗を支配下に置き、大院君(高宗の実父)を再び担ぎだして新政権を樹立させた。そして新政権に対して牙山の清軍を掃討するよう日本に依頼させた。直ちに日本軍は牙山に向けて進軍し、本格的な陸戦は同月29日に始まり、その後8月1日に至って日清両国が宣戦布告をしている。
つけ加えれば、大鳥圭介は同年10月に朝鮮公使を解任されている。日清戦争後の1895年9月1日に朝鮮公使に就任したのが三浦梧郎。同年10月8日に、景福宮に押し入っての閔妃暗殺を指揮している(乙未事変)。日本は、日清戦争の前後に朝鮮の王宮に押し込み狼藉を働いているのだ。
(2019年1月20日)
昨日紹介した東京弁護士会の懲戒事例。昨日の記事は、この懲戒事案との対比で、スラップ受任弁護士に懲戒あってしかるべしとの内容。
スラップ受任弁護士には遠慮なく懲戒請求を
― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第146弾
https://article9.jp/wordpress/?p=11929
本日は、この懲戒事例がアディーレの業務における不祥事であることについての感想を記しておきたい。
この事件をTBSは次のとおり報道している。さすがにこれは分かりやすい。
アディーレ法律事務所に所属する弁護士が慰謝料の支払いを請求した相手に不当な要求などをしていたとして、東京弁護士会は業務停止1か月の懲戒処分としました。
? 東京弁護士会が業務停止1か月の懲戒処分にしたのは、東京・豊島区のアディーレ法律事務所に所属する吉岡一誠弁護士(31)です。
? 東京弁護士会によりますと、吉岡弁護士は2016年8月に、女性から夫の不倫相手に慰謝料500万円を請求するための依頼を受けましたが、依頼を受けたことを告げる「受任通知」を不倫相手の女性に送らず、この女性の職場に何度も電話をかけるなどしたということです。不倫相手の女性は教員で、吉岡弁護士はこの女性に対して、「誠意が見られなければ教育委員会に通告することも検討している」などと伝えていました。
? 弁護士会の調査に対して、吉岡弁護士は、「正当な弁護士活動だった」などと主張しているということです。
懲戒を受けたこの若い弁護士は弁護士としての職業生活をアディーレ文化の中でスタートした。アディーレが集客した事件を、アディーレから配点されて、アディーレのスキームにしたがって、アディーレ流のスタイルで業務に従事して、懲戒をうけた。やや気の毒な側面を否定し得ない。
アディーレは「過払い金請求・債務整理」に特化した業務を行っていると思っていた私が迂闊。この件で、「浮気・不倫の慰謝料請求」も行っていることを知った。この業務が、過払い金請求とならんで定型化に馴染むものと考えてのことだろう。そのニーズを掘り起こすべく顧客誘引のネット広告を打っている。
「浮気・不倫の慰謝料問題なら弁護士法人アディーレ法律事務所」というサイトがあって、「解決事例」が列記されている。「このサプリを飲んで、こんなに元気になりました」を思わせる類の広告。例えば、こうだ。
「不倫相手を懲らしめたい! 弁護士が強気で交渉して,慰謝料400万円を獲得!」「離婚を悩んでいるなら,まずは不倫相手に慰謝料請求。弁護士の交渉で100万円を獲得!」「夫が会社の部下と浮気。離婚を前提として弁護士が毅然と主張し慰謝料150万円を獲得!」
要するに、「浮気・不倫の慰謝料トラブルに関するご相談」に特化し、「400万円獲得!」「100万円を獲得!」「150万円を獲得!」と、獲得慰謝料金額を実績としてアピールしているのだ。
多面的な社会生活の一面の一部分を切りとってビジネスモデル化した「浮気・不倫の慰謝料請求」事件の受任。医療の現場では、「この医師は病気だけをみて、病人をみようとしない」が、批判の言葉となっている。開き直って弁護士が、「病気だけ」をみようというのだ。小さな患部の治療だけを専門にやります。その範囲をはみ出した面倒なことは一切いたしません、というわけだ。
そのこと自体は違法とも不当とも言いがたい。顧客の要請に応えていると言えば、確かにそうとも言える。そのようなニーズは確実に存在するだろう。しかし、どうしても、違和感をぬぐい得ない。手っ取り早く儲かりそうなところだけをビジネスにしているその姿勢に、である。
いずれは、弁護士業務の世界にも市場原理が持ち込まれる。弁護士もビジネスである以上は、人権だ社会正義だなど言ってはおられず、楽に金になる仕事を漁ることになるだろう。そう、「いずれは…」と語られていた事態が、「既に…」現実になっているのだ。
今回の若い弁護士の懲戒事案。私が違和感を拭えないとする弁護士ビジネスのありかたと深く関わっているものと考えざるをえない。アディーレがネットで宣伝している、「弁護士が強気で交渉し」「弁護士が毅然と主張する」という手法は、懲戒事案の「弁護士が、交渉相手を威迫し困惑させる」という手法と紙一重。手っ取り早く慰謝料を獲得しようというビジネスとしての姿勢が、相手方の言い分に十分に耳を傾けて社会的に妥当な解決に至ろうという弁護士本来のありかたに背反することになったものと推察される。
真っ当な弁護士なら、相手方の言い分にも十分に耳を傾ける。それが、妥当な解決の第一歩なのだ。ところが、弁護士業務をビジネスとしてだけとらえる弁護士には、そのような姿勢がない。例えば、スラップ弁護士。スラップ提訴は、提訴で威圧すること自体が目的なのだから、社会的に妥当な解決など眼中にない。そもそも適正妥当な請求金額という考え方がない。結局は、提訴者本人にも受任弁護士にも社会的な非難が集まることになって、提訴者の利益にはならない。
アディーレも同様。高額慰謝料額の請求や獲得をアピールするような、はしたないことは真っ当な弁護士はしないものなのだ。
ネットには、下記のような、法曹でない方からの感想もある。
若い弁護士は何を焦っているのでしょうか? 早く結果を求めるのでしょうか、大手の弁護士法人でもここまで焦って事件処理をする原因は何でしょうか、事務所から早い結果を求められる、売上を求められるのでしょうか? 勤務弁護士に対し毎月のノルマでもあるのでしょうか?
このような批判には、十分に耳を傾けるべきだろう。
なお、アディーレやこれに類似の弁護士からの請求を受けた方には、弁護士会へのご相談をお勧めする。真っ当な弁護士が法律相談に乗ってくれる。個人的対応で十分という判断もあろうし、個人での対応が難しければ受任弁護士の紹介もしてくれる。請求に威迫が伴っている場合には、弁護士懲戒の手続も教えてくれるはず。
ネット検索よりは、弁護士会を信頼することの方がずっと賢明な対応手段なのだ。
(2019年1月19日)