澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

地方紙が県政の広報紙になってはならない。

本日の岩手日報に、昨日県政記者クラブで会見して情報を提供した「浜の一揆」の記事が掲載になった。驚くべし。ベタ記事の扱い。しかも、内容不正確。提供した記者会見用資料さえ読んで書いたとは思えない。日経や読売の報道の方がずっとマシといわざるを得ない。かつてはそんなことはなかった。しっかりせよ、岩手日報・記者諸君。

盛岡在住の時代には日報の朝刊で夜が明け、日報の夕刊で日が暮れた。当時県内唯一の夕刊発行紙(残念ながら、今夕刊発行はなくなっている)。圧倒的なシェアを誇り、県内世論への影響力は抜群だった。その岩手日報の紙面にも日報の記者諸君にも、私には愛着がある。愛着があるだけに、その紙面の姿勢や水準には無関心ではいられない。

1985年国家秘密防止法案が国会上程されたとき、全国に反対運動が起こってこれを廃案にした。そのとき、岩手は先進的な運動の典型を作った。どのように、「先進的な運動の典型」かといえば、県内の弁護士とジャーナリストの共闘関係を築き上げたことにある。もっと具体的には、岩手弁護士会と岩手日報労働組合の強固な連携ができたこと。これを中心に、岩手大学などの教育関係者、著名な作家などの文化人が加わって、「国家秘密法に反対する岩手県民の会」がつくられ、多くの労組・民主団体が加わり、いくつもの企画を成功させた。日報紙上には、何度も県民のカンパによる国家秘密法反対の意見広告が掲載された。

この運動の以前から岩手弁護士会と岩手の記者諸君との交流は活発だった。その席では常に、「弁護士もジャーナリストも、ともに在野で反権力」とエールの交換がおこなわれた。メディア側の中心は常に日報だったが、朝日の本田雅和、毎日の広瀬金四郎など後に有名になった記者もいた。

当時、私は日報の記者にも紙面の姿勢にも敬意を払っていた。だから、今回は甘えた仲間意識があって、「浜の一揆」といえば、ピンと分かってくれるだろうとの思い込みがあった。目録を除いてA4・5頁の申請書と、6頁のマスコミへの記者会見説明書に目を通してくれれば十分だとも思っていた。しかも、記者会見には当事者の漁民が10人以上も立ち会って記者たちに震災後の生活苦を切々と訴えてもいる。不合理な県政を批判するよい記事を書いてもらえるにちがいない、そう思った私が浅はかだった。

岩手日報の記事の見出しは、「刺し網サケ漁 県に許可要望 県漁民組合」となっている。これが大間違い。これまでの水産行政にも、漁民の運動にも何の知識もなく、漁民の生活苦に何の関心もない記者が書くとこうなるのだろう。

この見出しは3年前なら正確なものだった。震災・津波の被害に、水産行政の面で向き合おうとしない県政に怒りを燃やした漁民が、岩手県漁民組合を立ち上げ、以来県に陳情・請願を繰り返した。そのメインの一つが、「固定式刺し網によるサケ漁の許可を県に要望」だった。しかし、3年を経て要望は遅遅として実現せず、漁民の困窮は「もう待てない」という域に至って、漁民個人が裁判を視野に入れた法的手続きに入ったのである。だから、「要望」ではなく「法的手続き」であり、「権利行使」なのだ。日報の記者には、全くこの重みが理解されていない。漫然と「陳情の繰り返しがあったのだろう」という程度の思い込みが、このような見出しになっているのだ。

記事本文を区切って、全文を紹介する。
「県内各漁協の組合員有志でつくる県漁民組合(藏徳平組合長)は30日、県に固定式刺し網によるサケ漁の許可を求める申請書を提出した。」
これも間違い。申請書を提出したのは、漁民組合という団体ではない。漁民38名が個人として法的な手続きを行ったのだ。記者会見では、この点について口を酸っぱくして説明したつもりだが、全く理解されていない。申請書のコピーも見ているはずなのだが、どうしてこんな記事になるのか了解不可能である。

「藏組合長ら約60人が県庁を訪問し、達増知事宛ての申請書を県水産振興課に届けた。」
これも不正確。「藏組合長ら約60人が県庁を訪問し」まではその通りだが、達増知事宛ての申請書を提出したのは漁民38名であって、「藏組合長」でも「組合長ら約60人」でもない。なお、「申請書を届けた。」という語感の軽さに胸が痛む。この記事を書いた記者には、漁民の声の切実さに耳を傾けようという心が感じられない。

「藏組合長は本県サケ漁が定置網とはえ縄のみで行われていることに触れた上で『定置網漁の経営主体は一部漁協の幹部に偏っている』と指摘。『青森、宮城で認められている固定式刺し網漁が本県で認められないのもおかしい』と主張した。」
この記事が漁民側主張の根拠を紹介する全文なのである。いったい何が問題なのか、記者自身に問題意識がないから、焦点が定まらない。この記事を読んだ一般読者はどう思うだろうか。「漁民組合は、一部漁協の幹部に偏っている定置網漁の権利を自分たちにも寄こせ」と主張しているのだろう、と誤解することになるのではないだろうか。また、「サケの漁法が問題となっており、定置網とはえ縄だけで行われている漁法に、固定式刺し網を追加して許可した方が合理的」だという漁法の選択が論争点なのかと思わせられるのではないか。

漁民の困窮した状態、要求の切迫性、法的な要求の正当性についての言及が全くないから、こんなのっぺらぼうな記事になるのだ。

「県は申請書の内容を審議し、同組合に返答する。」
これはヘンな記事。県が「漁民組合に返答する」ことはあるかも知れないが、本筋の話ではない。あくまで、漁民38名は法に則った許可処分を申請している。不許可処分に至れば、漁民らは不服審査申し立ての上、不許可処分を取り消す行政訴訟を提起することになる。

「同課の山口浩史漁業調整課長は『主張は理解するが、資源には限りがある。漁業者間での資源配分の合意形成が必要だ』との見解を示す。」
ここが最大の問題である。この記事では、県側の言い分を垂れ流す県政広報紙と変わらない。ジャーナリズムとしての在野性の片鱗もみえない。震災・津波後の漁民への思いやりの姿勢もない。

なお、漁業調整課長の『資源には限りがある。漁業者間での資源配分の合意形成が必要だ』が正確な取材に基づくコメントと前提して、一言しておきたい。

本件許可申請に障害事由となり得るものは、許可によって(1)サケ資源の枯渇を招くことになるか、(2)漁業の利益調整に不公正を来すか、の2点のみである。
県の立場は、(1)については何も言うことなく、(2)について、自らの判断を回避して「漁業者間での資源配分の合意形成が必要だ」と逃げていることになる。

「逃げている」という表現は不適切かも知れない。「漁業者間での資源配分の合意形成が必要」とは、言葉はきれいだが、「浜の有力者が譲歩しない限りは、現行の制度を変えるわけにはいかない」という態度表明というほかはない。つまりは、「新たな合意形成ができない限りは」、一般漁民に一方的な犠牲を強いて、一部の有力者の利益に奉仕している現行制度を変更しません、という宣言とも理解できるのだ。

漁民組合は、これまで「新たな資源配分の合意形成」に向けての努力を重ねてきた。その努力は3年に及んだ。それでも、どうしてもラチがあかないので、法的手続きに踏み切ったのだ。県の言い分はもう聞き飽きたことである。県政が、これまでと同じことしか言えないのなら、さっさと行政訴訟で決着をつけるだけのことである。

それまで、漁民は「浜の一揆」の旗を掲げ続けることになろう。
(2014年10月1日)

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Published in 水曜日, 10月 1st, 2014, at 17:02, and filed under ジャーナリズム, 浜の一揆.

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