民主社会主義者の米大統領誕生で、歴史にインパクトを
アメリカ大統領選の予備選が実に興味深い。共和党のトランプとクルーズは、言葉の正確な意味で「ならず者」、あるいは「ゴロツキ政治家」というべきだろう。排外主義と極端な宗教保守主義をウリにし、いずれもその非寛容の政治姿勢を示すことで、右派の民衆から熱狂的支持を獲得している。アメリカの反知性と暗部を象徴しているとしか形容すべき言葉を知らない。
一方、民主党である。ヒラリー・クリントン独走の構図が崩れて、バーニー・サンダースが本命に躍り出た。2月9日ニューハンプシャー州の予備選挙では、サンダース圧勝を予測する複数の世論調査結果が公表されている。これは凄いことだ。サンダースこそがアメリカの希望を象徴している。
かくて、アメリカの光と影、リベラルと極右が、大きな対立とせめぎ合いを見せている。アメリカが抱えている深刻な矛盾をリベラルの側から解消するとすればサンダース。極右の側から切り込めば、トランプかクルーズ流に。アメリカは両極化の様相なのだ。
アメリカの抱える深刻な矛盾とは、格差と貧困であり、それがもたらす絶望である。中間層が没落し、若者が未来に展望を見出しがたい現実。希望を見出しがたい社会は、当然に荒れる。暴力と犯罪がはびこり、刑務所が満杯になっている。これが、レーガノミクスから始まった新自由主義が到達した社会だ。さらに、宗教や文化に対する非寛容が加われば、テロの温床はバッチリだ。まさしく、アベノミクスがもたらすであろう日本社会の先取りの姿にほかならない。
アメリカの抱える矛盾への対応策としては二つの基本手法が考えられる。まずは、社会の矛盾を解消するのではなく、矛盾に対する不満や批判を押さえ込む手法だ。難民は受け入れない。マイノリティーの宗教も文化も押さえ込む。テロも暴力も犯罪も厳罰をもって徹底して取り締まる。刑務所は必要なだけ増やせばよい。かくて、マイノリティーの主張を一掃し、不平や不満を表に出さないよう封じ込めば、いっときながらもマジョリティーにとっての住みごこちのよい社会ができあがる。
もう一つは、この社会の格差や貧困を社会悪として、これをなくすことを目指すやり方だ。いまやアメリカ社会の財産と所得分布の不公平は耐えがたいものとなっている。ならば、所得や財産の再分配が必要だ。これに手を付けなければならならず、ウォール街との闘いが避けられない。これが、サンダース自らが、「民主社会主義者」と称する所以であろう。
民主社会主義(democratic socialism)であって、社会民主主義(social democracy)ではない。民主的(democratic)という形容は付けながらも、自らを社会主義(socialism)を信奉する者(socialist)だと広言しているところが見事である。
アメリカの社会で政治的影響力を持とうとすれば、自助努力こそが大切とする、経済的自由主義を逸脱することは考えられなかった。いま、自らを民主社会主義者(democratic socialist)と規定する人物が有力な大統領候補となり、若者層から熱烈な支持を得ているという。そのことを必然化するだけのアメリカの深刻な現実があるのだ。
サンダースは急進的な格差是正策を前面に打ち出し、最低賃金の大幅な引き上げや、大企業や富裕層への増税などを訴えている。国民皆保険や公立学校の無償化などが政策の目玉として話題となっているが、これは他と切り離された個別政策ではなく、格差、貧困の再生産を防止するための政策という位置づけ。その政治姿勢について、1月26日の毎日新聞に現地で取材する西田進一郎記者の次の記事が分かり易い。
「『多くの人々を助ける計画を紹介してきたが、現実的にお金はどう手当てするのか』集会では、格差是正を中心課題に据え、公立大学の無償化などを掲げるサンダース氏に対し、こんな質問が浴びせられた。クリントン氏との差が縮まってきたことで、政策の詳細にも少しずつ焦点が当たり始めている。
サンダース氏は政策実現に必要な予算について、税制の『抜け道』を使っている企業への課税や、最富裕層への増税を充てると説明。タックスヘイブン(租税回避地)などを使った企業の課税逃れを無くすことで1000億ドル(約12兆円)を徴収し、社会基盤整備に投資して雇用を生み出すなどと説明した。
公約に掲げる国民皆保険制度の実現には、10年間で約1700兆円必要との試算がある。集会で司会者から増税について尋ねられたサンダース氏は『増税する。しかし、個人や企業の保険料もなくす』などと説明した。」
所得再分配を実現するために、企業課税を強化し、個人所得課税の累進制を強化するのは常識的な手法である。サンダースは、その政策を推し進めることを掲げて大統領選を闘うことを公表し、その掲げる政策故に支持を獲得しているのだ。企業減税の大盤振る舞いをして、庶民増税を押しつける、安倍晋三流の経済・財政政策とは真逆の政策である。
ニューハンプシャー州予備選を控えての、サンダースとクリントンの討論会が報道されている。「民主党の立候補者を2人に絞った討論会は今回が初めて。両候補の政策の違いが浮き彫りとなった」(BBC日本語版)とのことだから、関心をもたざるを得ない。結局は、サンダースの政策にクリントンが引っ張られているではないか。
毎日新聞の西田記者報道は、両者の討論を、「『体制派』対『反体制派』」の構図を作りたいサンダース氏に対し、これを否定して『実績と政策の実現可能性』に焦点を当てたいクリントン氏が反撃し、火花を散らした」としている。
「クリントン氏はエスタブリッシュメント(体制派)を代表しているが、私は普通の米国人を代表している」。サンダース氏は、クリントン氏が自分や自分を支持するリベラル層や若者たちとは異なる立ち位置にいると再三印象付けようとした。クリントン氏が『進歩派』を自称することについても、かつて『穏健派』と表現していた発言を持ち出して否定した。
これに対し、クリントン氏は『私を体制派とみなしているのは一人(サンダース)だけだ』と反論。サンダース氏が、金融業界(ウォール街)からクリントン氏側への資金提供に触れ、同氏は中間層や労働者家族に必要な変化をもたらすことはできないと批判すると、『あなたや陣営がやってきた巧妙なレッテル貼りはやめる時だ。政策課題への見解の違いについて話そう』と強い口調でまくし立てた。」
金融業界(ウォール街)とつながり、ここから政治資金の提供を受けていることが、「非進歩派」「体制派」の烙印と見なされ、明らかにマイナスシンボルとされている。格差、貧困の抜本是正をテーマとする選挙では、その格差や貧困の張本人である財界との関係が厳しく問われる。政治資金をウォール街に依存していることは、それだけで非難される材料になるのだ。これまでのアメリカの選挙とは明らかに様相を異にしている。
サンダースの問題提起に、クリントンが振り回されているという構図。また、サンダースがTPP反対の立場を明確にし、クリントンもこれに追随せざるを得ない論戦となっているのも興味深い。
これは、ひょっとするとひょっとするのではないか。初の女性大統領もみたいところだが、女性というだけでは稲田朋美のような極右もいる。「民主社会主義者の米大統領」の実現の方が、はるかに世界と歴史へのインパクトが強い。
(2016年2月7日)