プライドあればできることではないー「産経記者の行政への資料提供」と「DHCの情報収集行為」。
1週間ほど前のこと、次の記事が目を惹いた。
「産経記者、大津市に録音記録提供 市を提訴の住民側取材」(朝日)、「大津・行政訴訟 産経記者が原告会見録音を被告の市に提供 産経新聞社 取材受けて、原告側に謝罪」(毎日)、「産経新聞記者 原告側資料を無断提供 被告の大津市に」(NHK)、「提訴会見の録音データを渡す 被告の大津市に、本紙記者」(産経)
産経記者が何をしたか、おおよそは察しがつくが、朝日の記事を引用しておこう。
「産経新聞社は(9月)8日、大津支局の記者が、大津市を提訴した住民団体の記者会見の録音記録や、会見で配布された訴状などの訴訟資料を市職員に渡していたことを明らかにした。
地元の住民団体が5日、大津市に競走馬育成施設を建設する民間企業の計画の市の認可取り消しを求めて提訴した。産経新聞社によると、大津支局の記者は、住民団体の会見で録音したICレコーダーや、会見で配布された資料を渡した。別の記者が市の担当者から『取材でコメントを求められており、提訴の詳細を知りたい』と依頼されたという。一方、市の担当者は朝日新聞の取材に『記者にコメントを求められ、内容を尋ねたら、渡しましょうかと言われた』と話している。
産経新聞社広報部は『取材過程において、記者の取材データの取り扱いに軽率な行動があったことは遺憾です。厳正に対処するとともに、改めて記者教育を徹底します』とするコメントを出した。」
毎日が、次の識者のコメントを載せている。
「大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理)は『取材で得た音声データなどの資料を報道目的以外で使用しないのは記者なら誰でも知っているルールのはず。また、メディアは公的機関とは一線を画するべきだが、今回の件は権力との癒着すら疑わせる行為だ。基本的な倫理教育を受けていない記者がいることは驚きで、残念でならない』と話した。」
さて、コメンテーター氏は、本当に「驚いた」のだろうか。「驚いた」と言って見せただけではないだろうか。産経が「権力との癒着」を疑われて当然の基本姿勢であることに、いまさら驚くこともない。あるいは、個々の記者のモラルは社の方針とは別として、その「権力との癒着すら疑わせる行為」に心底驚いたというのだろうか。しかし、これとて、市に恩を売っておけばなにかと便宜をはかってもらえるという、情報提供者に対する擦り寄りは、大いにあり得ることではないか。そのことが、結局は権力に手厳しい記事は書けなくなることにつながる。社の権力に対する基本姿勢に確固たるものなくして、個別記者のジャーナリズム精神も育たないことになるだろう。
とはいえ、記者会見から産経を排除することは非現実的であるだけでなく、排除すべきとする立場もいかがかと思われる。記者会見をすれば、その内容や資料が権力や相手方に筒抜けになることは常に覚悟してなければならない。記者会見ばかりではない。身内の集会でも同じことだ。運動を意識する訴訟においては、法廷が終了したあとには、報告集会が行われる。支援者だけではなく、記者も参加する。見たこともない人物もはいってくる。一々、身元のチックなどできるはずはないし、すべきでもない。
だから、集会にはスパイがはいりこむ。何をもってスパイと蔑称するかは微妙だが、たとえば、DHCスラップ訴訟での原告側の集会に意識的に送り込まれ紛れ込んでの情報収集活動があれば、卑劣なスパイ行為と言って差し支えなかろう。
DHCスラップ訴訟の一審終盤から、被告DHC側の準備書面に、原告側の報告集会の模様が出てくるようになった。たとえば、DHCの一審「原告準備書面3」4頁には次のような記載がある。
「心ある者から原告が開示された被告(私・澤藤のことである)が作成したと思われる2014年9月16日付『DHCスラップ訴訟』ご報告」と題する全13頁からなるチラシには、《応訴の運動を「劇場」と「教室」に》まずは、楽しい劇場に。誰もがその観客であり、また誰もがアクターとなる 刺激的な劇場」などとも書かれ、さらには、原告会社についても「一言で言えば『元祖ブラック企業』!」などとも書かれ、原告らの悪口が相当に書かれており、これを公然配布しているようである」
これは、明らかにDHCの手の者が、9月17日の公判の後に開かれた「DHCスラップ訴訟を許さない報告集会」に参加して「全13頁からなるチラシ」を入手したことを物語っている。DHCの書面に表れた「心ある者」とは、実は心ないスパイ行為をした者なのだ。
また、DHCの控訴理由書には次のような記載がある。
「被控訴人(私・澤藤のことである)は,第一審継続中,控訴人会社(DHCのこと)について『元祖ブラック企業』と記載したチラシを配布していた。『ブラック企業』とは,一般的に,『労働条件や就業環境が劣悪で,従業員に過重な負担を強いる企業』などのことを指すが,これが本件とは全く無関係であることは明らかである。披控訴人はブログ記事の中で『政治とカネ』という大義名分を並べてはいるものの,結局,経済的強者=悪という個人的な信念ないしは偏見のもと,大企業である控訴人会社(DHC)及びその代表取締役会長である控訴人吉田(嘉明)を悪人に仕立て上げたいというのが,ブログ記事掲載の隠れた動機であろう。また,上記のとおり,披控訴人は,控訴人会社の商品の有用性や安全性についても言及しているが,これも8億円の貸付とは全く別次元の話である。準備書面(6)で自認しているとおり,被控訴人は健康食品やサプリメントの安全性に強い猜疑心を抱いているものであるから,本件に便乗して控訴人会社の商品の安全性に対する一般消費者の不安を煽り,その信用を貶めることも隠れた動機として有していたと考えられる。
このように,ブログ記事の内容などの外形に現れていない実質的な関係を含めて検討した場合,その執筆態度に真摯性がなく,公益性の否定につながる隠れた目的も存したのであるから,本件記述について,専ら公益を図る目的に出たものと判断した原判決の判断は誤りである。」
こんなレベルの書面しか書けないのだからDHCの敗訴は当然であることは別として、これは誰かがスパイとして、毎回の法廷終了後に開催された報告集会に送り込まれ、これをDHCに報告して、さらに伝言ゲームのように受任弁護士にまで収集した情報が伝えられ、これを情報源とした訴訟上の主張が行われたものと考えざるをえない。
私が名誉毀損とされたブログ記事を書いたころには、DHCについても吉田嘉明についても、具体的なイメージを持っていなかった。そんな会社は知らなかったのだ。ただ、企業一般、規制緩和一般、政治とカネの問題一般に照らして、吉田嘉明の「巨額のカネで政治を壟断するごとき行為を許してはならない」と考えたのだ。DHCがどんな会社か、吉田嘉明がどんな人物かは、おいおいと分かってきた。法廷後の集会は貴重な情報を得る場となった。『元祖ブラック企業』という情報もその一つにしか過ぎない。
記者会見資料を市に提供して結果的に市側のスパイになってしまった産経記者。そして、集会にもぐり込まされて、『元祖ブラック企業』情報の収集をさせられたDHCのスパイ。いずれも、プライドを持った人物にはできないことだ。
もし、DHCがこの役割を社員にさせていたとすれば、自ずから「元祖」はともかく、「ブラック企業」と称されるに、資格は十分であろう。
(2016年9月15日)