澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

教育行政が教員集団の力量を殺いではならない

昨日の当ブログは、教育がビジネスチャンスとされていることを取り上げた。本日は、教育が国民の思想統制手段となる危険について警告を発したい。

文科省は初等中等教育局長名で、各都道府県教育委員会などに宛て3月4日付「学校における補助教材の適切な取扱いについて」と題する通知を出した。同旨通達は1974年9月以来のことという。

この通知を発した動機と趣旨については、こう前置きされている。

「最近一部の学校における適切とは言えない補助教材の使用の事例も指摘されています。このため,その取扱いについての留意事項等を,改めて下記のとおり通知しますので,十分に御了知の上,適切に取り扱われるようお願いします。」「管下の学校に対して,本通知の内容についての周知と必要な指導等について適切にお取り計らいくださいますようお願いします。」

教育は本質的に自由で闊達なものでなくてはならない。専門職としての教師の判断によって、具体的な現場々々に相応しい創意に溢れた手法の採用が尊重されなければならない。かつての天皇制教育は、国定教科書による一方的な知識を詰め込み、思想や価値観までをも画一化しようとした。その反省から、戦後教育改革は国定教科書を排して複数の教科書の採択が可能な体制とし、補助教材の活用も当然のこととした。教育の場に、単一の価値観を押しつけてはならない、ましてや国家によるイデオロギーの注入は許されない。そのような文明世界の常識に従ったのだ。

いま、その原則が揺らいでいる。同通知は補助教材の使用が可能なことは確認している。しかし、決して「検定教科書だけに頼らず社会の多様性を反映した補助教材の積極的活用を」と奨励するものではない。教師による補助教材を活用した授業を牽制し、萎縮させる方向での通知の内容となっている。

たとえば、次のようにである。
「学校における補助教材の使用の検討に当たっては,その内容及び取扱いに関し,特に以下の点に十分留意すること。
・教育基本法,学校教育法,学習指導要領等の趣旨に従っていること。
・その使用される学年の児童生徒の心身の発達の段階に即していること。
・多様な見方や考え方のできる事柄,未確定な事柄を取り上げる場合には,特定の事柄を強調し過ぎたり,一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど,特定の見方や考え方に偏った取扱いとならないこと。」

しかし、これでは何が判断基準なのか不明確極まる。「教育基本法,学校教育法,学習指導要領等の趣旨に従って」の補助教材使用と言っても、法も学習指導要領の記述も抽象性が高い。もちろん補助教材使用についての具体的な判断基準を意識したものではない。「特定の事柄を強調し過ぎたり,一面的な見解を十分な配慮なく取り上げたりするなど,特定の見方や考え方に偏った取扱いとならないこと」も同様である。権力が、「特定の見方や考え方に偏った取扱いとならないこと」と言えば、「時の政権の意見に従え」との意味にほかならないのが常識ではないか。

結局のところ、現場の教師は、上司・校長・教委・文科省、さらには政権の思惑を忖度して補助教材選択の可否を判断することにならざるをえない。萎縮効果は免れず、それこそが文科省の狙いというべきであろう。

さらにこの通知の問題は、次の記述にある。
「教育委員会は,所管の学校における補助教材の使用について,あらかじめ,教育委員会に届け出させ,又は教育委員会の承認を受けさせることとする定を設けるものとされており,この規定を適確に履行するとともに,必要に応じて補助教材の内容を確認するなど,各学校において補助教材が不適切に使用されないよう管理を行うこと。
 ただし,上記の地方教育行政の組織及び運営に関する法律第33条第2項の趣旨は,補助教材の使用を全て事前の届出や承認にかからしめようとするものではなく,教育委員会において関与すべきものと判断したものについて,適切な措置をとるべきことを示したものであり,各学校における有益適切な補助教材の効果的使用を抑制することとならないよう,留意すること。
 なお,教育委員会が届出,承認にかからしめていない補助教材についても,所管の学校において不適切に使用されている事実を確認した場合には,当該教育委員会は適切な措置をとること。」

これは、現場への締め付けであり、恫喝ですらある。
上記記述の第2段落には、確かに「補助教材の使用を全て事前の届出や承認にかからしめようとするものではなく」「各学校における有益適切な補助教材の効果的使用を抑制することとならないよう,留意すること」との言い訳は述べられている。しかし、わざわざこの通知が発せられたのはこの部分を強調するためではない。

この通知は、補助教材の使用については、教師は校長に、校長は教委に、事前の伺いを立てるようにせよとの通達として読むこともできる。このようにして、教育現場の管理をさらに徹底しようとする、政権と文科省の意図を読み取らなければならない。

この意図を傍証してくれるのが、本日の産経社説だ。いつものとおりの産経らしく、文科省の意図を忖度して、この通知のホンネを明らかにしてくれている。

タイトルは、「不適切教材 独り善がりの指導やめよ」というもの。その社説の中で、産経が「不適切な教材例」としているのは以下の事例。

「遺体の画像を配慮なく見せるなど教員の良識を疑わせる問題」「公立中学の社会科の授業で教諭が『日本海(東海)』と表記した地図を掲載したプリントを配る例」「高校の定期試験で安倍晋三首相の靖国参拝を批判的に取り上げた新聞記事を問題文に示して、生徒の解答を誘導するような事例」「過激組織「イスラム国」が日本人人質を殺害したとする画像を授業で見せる例」

産経も、「学校教育法で教科書のほかに副読本や教員の自作のプリントなど「有益適切」な補助教材を使うことが認められている」と言い訳めいたことを言っている。しかし同時に、「補助教材の使用にあたり校長の許可を得て教育委員会に届けるルールも守られていなかった」と強調している。

驚いたのは、産経社説の締めくくり。「文科省は通知で適切な教材を有効に活用することも促している。日本の豊かな自然、国土や歴史について理解を深める教材こそ工夫してほしい。独善的な指導は多様な見方や考え方を損なう」というもの。

結局、「靖国参拝を批判的に取り上げた新聞記事」の使用は不可で、「日本の豊かな自然、国土や歴史について理解を深める教材」は可というのだ。前者は独善で不適切、後者は多様な見方や考え方を示すものとして適切。恐るべき産経の独善。おそらくは政権も同意見。

なるほど、ナショナリストには、「日本の豊かな自然、国土や歴史」でなくてはならない。おそらくは、「豊かな」という形容詞は、「自然」だけでなく「国土や歴史」をも修飾するようだ。原発事故で荒れ果てた福島の自然や国土は、教材として取り上げるに不適切ということになろうし、侵略や植民地支配の日本の歴史も「豊か」ならざるものとして「理解を深める」対象から外されることになるのだろう。

教育現場の管理をさらに徹底しようというのがこの通知だが、教育を締めつけて窒息させてはならない。使用教材の適不適の判断には微妙な問題が絡む。最も適切で有効な批判は、現場の教師集団の意見交換の場においておこなわれるべきである。校長や経験豊かな教師、さまざまな信条を持つ教員集団の経験交流や意見交換の充実が何よりの優先課題というべきである。

真に憂うべきは、教育行政が教員の裁量を奪い、教員に対する管理を徹底することによって、教師集団から教育専門職としての力量を奪いつつあることではないか。教育行政は意図的にそのように仕向けているとの憂いを払拭できない。
(2015年3月14日)

崔善愛さんだから見えてくること

「子どもと教科書全国ネット21」の機関誌(「全国ネット21NEWS」)が先月15日付で100号となった。会の活動が充実していること、その活発な活動が求められている事態であることがよくわかる。

記事は、教科書採択問題にかかわる情報や運動を中心としながらも、これにとどまらない。教科書の内容を歪める要因となっている関連問題について、要領よくまとまった読み応え十分な記事が掲載されている。前田朗さんの「ヘイト・スピーチと闘うためにー二者択一的思考を止めて、総合的対策を」がその筆頭だろうが、心揺さぶられるものがあって、崔善愛(ちぇそんえ・ピアニスト)さんの寄稿を紹介したい。標題は、「市民にとっての『テロ』と、政府にとっての『テロ』」というもの。

冒頭の一文が、次のような問いかけとなっている。
「安倍政権が『テロとたたかう覚悟』としきりにいうとき、常に『外国人』によるテロ行為から『邦人』を守ることを想定している。しかし国内で、市民団体の平和を求めるデモが、右翼の街宣車に取り囲まれ、『殺すぞ』と大音響でののしられていることや、朝日新聞がたびたび襲撃されてきたテロにたいして『だたかう覚悟』をみせたことがあるだろうか。」
この視点は、少数者として差別される側に立たされ、果敢に差別と闘ってきた崔さんならではのものではないだろうか。

「路上で市民と警官が口論していたら、まずは市民の側に立て」とは、今は亡きマルセ太郎の遺訓である。「市民」に対する「警官」とは強者の象徴。「警官」は、政権・行政・企業・使用者・多数派・組織の上級・情報と権限の独占者・権威・世の常識などと置き換えてもよい。「市民」とは、労働者であり、消費者であり、店子であり、貧窮者であり、公害被害者であり、情報弱者であり、組織の末端であり、マイノリティーとして差別されている者のことである。要するに「弱い立場にある者」と「強い立場にある者」との衝突があれば、それぞれの主張の正邪や当不当を吟味する前に、とりあえずは「弱い立場にある者」の側に立て、という教訓である。

言うには易いが、その実践がたいへんに困難なことを幾度も経験した。「強い立場にある者」にも、それなりの世間に通りやすい言い分があるからだ。「大所高所に立って」「全体の秩序の維持のために」とのまことしやかな理由で、弱い立場にある者が切り捨てられる。弱者の側にこそ身を置こうと、常に意識し続けることは実は至難というべきなのだが、そのような姿勢を持ち続ける者にだけ不当な差別が明瞭に見えてくるのだと思う。

崔さんは続ける。
「わたしも34年前、指紋押捺拒否が報道されるや、脅迫の手紙や電話が実家に多数届いた。いつか後ろから刺されるかもしれない、と思うようになった。わたしのデビューコンサートで父は最前列に座り、右翼の襲撃があるかもしれないから、と言った。楽観的な私は、『彼ら』は遠くの人たちだ、と思うことにした。けれど最近、『彼ら』は決して亡霊でもなく、右翼だけでもなく、同じ共同体で生活する普通の隣人だった、と実感する。政治家、学者、学校、自治会、公共放送にも‥・戦争責任や君が代を問題にしようとすれば呼吸できない空間がせまる。『茶色の朝』は、このことだったのか。そして『彼ら』とは、誰なのか、その人脈が明らかになることをねがってやまない。」

崔さんは、このような視点から、植村隆さん(北星学園大学)とその家族への卑劣な「テロ」に怒り、植村隆さん支援を決意する。

さらに、耳を傾けるべきは、崔さんの実践から語られる、市民の側からの朝日への対応の在り方だ。
「これからも次々おそろしい統制が進むだろう。新聞と市民がもっと近づき応答しあわなければ、道はないのではないか。」というのがその基本姿勢。

崔さんは、最後をこう締めくくっている。
「『朝日新聞には、失望した』『大手新聞はもうだめだ』という声を、市民運動のなかでもよく耳にする。けれどもここで朝日新聞やメディアに失望したまま離れ、見離せば、結果的に朝日バッシングに加担することにもなり、わたしたちの言論の場が失われる。それこそが、『彼ら』の積年のねらい、朝日新聞を『廃刊』に追いこみ、戦争責任も『慰安婦』問題も強制連行もすべてなかったことにするための戦略なのだ。『慰安婦』問題を語るのに、君が代問題を語るのに、いちいち相当な覚悟をしなければ、公の場で語れない。昭和天皇が亡くなったときのような空気が、暗雲のようにこの国を覆いつづける。いつになれば、おもうことを存分に誰にでも話し、心おきなく議論することができるのだろう。その日をねがってやまない。」
私も、まずは崔さんの側に立って、崔さんの言葉に耳を傾けたいと思う。そうすると、指摘されて始めて気付くことが見えてくる。
(2015年3月8日)

道徳教育教科化の学習指導要領改定に反対するパブコメを出そうー実例編

① 学校教育法施行規則の一部を改正する省令案についての意見

案として示された学校教育法施行規則の一部「改正」と、小学校、中学校、特別支援学校小学部・中学部の各学習指導要領の「改正」に、いずれも全面的に反対し各「改正」案の撤回を求める。

省令の改正案は、「小学校,中学校及び特別支援学校小学部・中学部の教育課程における「道徳」を「特別の教科である道徳」と規定する」ものであるが、公教育において道徳を教科としてはならない。かつては「忠君愛国」「敬神尊皇」「尽忠報国」「滅私奉公」「修身斉家」「長幼の序」「男女の別」「自己犠牲」等々が疑問のない公民の道徳であった。それが崩壊した今、教訓として汲み取るべきは、「普遍的な道徳はあり得ない」ということでなければならない。

とりわけ、国家が子どもに、特定の道徳を刷り込んではならない。徳目の内容如何にかかわらず、国家が子どもに価値観を教科として教え込みこれを評価まですることは、多様な価値観の共存を当然とする憲法原則からは、国家の越権行為と言わざるを得ない。

明日の主権者が身につけるべき最も重要な資質は、批判精神であり抵抗の行動力である。権力を恐れず、富者に阿らず、多数に怯まない精神性である。そして、社会に順応するのではなく、社会を変革しようという姿勢と意欲である。

しかし、このように公教育が教えることはない。教科化された道徳は、時の秩序を維持し、時の政権を擁護し、時の多数に迎合する内容にしかなり得ない。

そのような、体制維持に資する道徳の教科化は、かつての国家主義的な天皇制教育の修身科と同様に、危険で有害なものとして反対せざるを得ない。百歩譲っても、無用、不毛なものとして改正の必要はない。

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②小学校・中学校学習指導要領案【第1章総則】 第1章総則について
「教育課程編成の一般方針」として、学校における道徳教育の「目標」と「留意事項」が掲げられている。
目標は、「人間としての生き方を考え,主体的な判断の下に行動し,自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」とされている。
これは恐ろしく無内容とか評しようがない。「人間としての生き方」「主体的な判断」「自立した人間」「他者と共によりよく生きる」のそれぞれの具体性こそが問題でなければならないが。これを具体化すれば結局は特定のイデオロギーを注入することにならざるを得ない。ここに、知育とは異なる、徳育の宿命的な矛盾がある。公教育における道徳の教科化や評価がそもそも無理なのだと判断せざるを得ない。

また、道徳教育を進めるに当たっての留意事項に挙げられているキーワードは、「人間尊重の精神」「生命に対する畏敬の念」「豊かな心」「伝統と文化の尊重」「我が国と郷土を愛し」「個性豊かな文化の創造」「平和で民主的な国家及び社会の形成」「公共の精神を尊び」「社会及び国家の発展に努め」「他国を尊重」「国際社会の平和と発展」「環境の保全」「未来を拓く」「主体性のある」であり、これが全て「日本人」に係り、そのような日本人の育成に資することが留意事項とされている。

なにゆえ「日本人」なのか。なにゆえ、人間でも、国際人でも、東洋人でも、都道府県民でも、地域住民でも、家庭人でもない「日本人」なのか。日本で公教育を受ける外国人も多くなっている中で、なにゆえの「日本人」なのか。

なにゆえに「国を愛し」「国家の形成」「国家の発展に努め」なければならないのか。国家とは権力の主体であり、正統な民主主義の伝統からは、信頼ではなく猜疑の対象とすべきものである。

国家にこだわり、「国を愛する」ような道徳の教科化には、恐ろしさを感じる。

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④小学校・中学校学習指導要領案【第3章】 第1「目標」について

ここに掲げられている目標は、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる」という、およそ無内容なものである。

「よりよく生きるための基盤となる道徳性」
「道徳的諸価値についての理解」
「人間としての生き方」
「道徳的な判断力心情,実践意欲と態度」
いずれも漠然として理解しがたい。このような教科には意味がない。評価のしようもない。

「世の中と折れ合ってより巧みに生き抜くための智恵」
「右顧左眄すべしとする処世訓についての理解」
「競争社会を勝ち抜き、企業社会に適合した人間としての生き方」
「多数派と調和する道徳的な判断力、心情と態度」
といえば、わかりよいのではないか。

いずれにせよ、この目標は、けっして何を語るものでもない。

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⑤ A主として自分自身に関することについて

ここに挙げられている徳目は、[自主,自律,自由と責任][節度,節制][向上心,個性の伸長][希望と勇気,克己と強い意志][真理の探究,創造]である。

これ自体が間違っているわけではない。しかし、およそ無数にあると思われる徳目のうちから、どのような基準でこれだけを抜き出してきたかは説明困難である。ことがらの性質上、万人が一致し、あるいは納得することはあり得ない。この困難さは徳目を選択することにつきまとう宿命である。

また、「自主,自律」は「協調性の欠如」。「自由」は「放縦」。「責任]は「小心」、「節度」は「臆病」、「節制]は「吝嗇」、「向上心」は「足るを知らず」等々、いずれも否定的評価と紙一重である。そもそも、公教育において万人に説くべき徳目などはあり得ない。

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⑥ B 主として人との関わりに関すること

ここに挙げられている徳目は、[思いやり,感謝][礼儀][友情,信頼][相互理解,寛容]である。

これ自体が間違っているわけではない。しかし、およそ無数にあると思われる徳目のうちから、なにゆえこれだけを抜き出してきたかは説明困難である。ことがらの性質上、万人が一致し、あるいは納得することはあり得ない。この困難さは徳目を選択することにつきまとう宿命である。

[思いやり,感謝][礼儀][友情,信頼][相互理解,寛容]のいずれも、家庭生活や、地域での交際、仲間との遊び付き合いなどで自然に身につけるべきもので、教師は優れた大人の一人として子どもたちに接することで子どもたちを感化できるだろう。教科で「教える」ことに適しているとは到底考えられない。

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⑦ C 主として集団や社会との関わりに関すること

ここに挙げられている徳目のトップが[遵法精神,公徳心]である。道徳教育教科化のホンネの一つなのであろう。
「法やきまりを進んで守る」「義務を果たして規律ある安定した社会の実現に努める」は、臣民の倫理ではあろうが、民主主義社会の主権者の道徳としては相応しくない。法は自分たちが作るもの、不合理な法は改めるよう努力すべきことに重点が置かれなくてはならない。

ついで、[公正,公平,社会正義]である。「誰に対しても公平に接し,差別や偏見のない社会の実現に努めること」には、賛意を表したい。とりわけ、家柄や出自による貴賤の差別、人種や民族の別による偏見は、最も唾棄すべきものとして教えるべきである。もっとも、それが道徳の教科においてする必要はない。

[勤労]について、「勤労を通じて社会に貢献すること」は馬鹿げた言い分。どうして勤労の権利(憲法27条)、労働基本権(憲法28条)について語らないのだろうか。どうして、労働組合活動への参加を道徳として教えないのだろうか。

[我が国の伝統と文化の尊重,国を愛する態度]
「日本人としての自覚をもって国を愛し,国家及び社会の形成者として,その発展に努める」ことは、道徳として教科において教え込むべきことではない。

愛国心は、優れて偏頗なイデオロギーである。これを良しとする立場もあり、これを忌むべしとする立場もある。また、衆目の一致するところ、過度な愛国心は危険なナショナリズムとなり、排外主義と結びつく。穏当なバランス感覚からは、今強調すべきは愛国心ではない。むしろ、過度なナショナリズムの抑制であり排外主義への警戒でなくてはならない。

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⑧  D 主として生命や自然,崇高なものとの関わりに関すること
ここに挙げられている徳目は、[生命の尊さ][自然愛護][感動,畏敬の念][よりよく生きる喜び]である。
おそらく、[生命の尊さ][自然愛護]についてだけは、万人に異議がないと思われる。しかし、これを教科化した道徳の時間に教え、評価まですることには違和感を禁じ得ない。

[感動,畏敬の念][よりよく生きる喜び]は、普遍性に欠ける。道徳とも徳目とも言いがたいだけでなく、道徳の名目でここまで人の精神の領域に踏み込んではならない。「人間として生きることの喜び」の具体的内容は千差万別で、それぞれの人に固有の精神生活の在り方に任されるべき問題である。

この無神経には呆れる思いを禁じ得ない

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以上は、私の個人的な意見表明である。形式はまねてもらえば楽だと思う。
ただし、①②③‥は、跳ねられる。(1)(2)(3)‥に直す必要がある。
締め切りは、3月5日の終了まで。

なお、手続の詳細については、2月26日の憲法日記を。
http://article9.jp/wordpress/?p=4479
(2015年3月3日)

未来につながる希望の光『文京の教育』購読のお薦め

「文京の教育」というミニコミ紙が毎月届く。発行人は元家庭裁判所調査官の浅川道雄さん、発行所は文京教育懇談会となっている。タブロイド版で4頁。いかにも地域に密着した手作り感のある紙面構成。教員中心ではなく地域住民が編集主体。保育・幼稚園から地域の子育て、小中高のあり方まで、テーマは広い。まったく元号を使わないところも私のお気に入りである。

その「文京の教育」の2015年新春号が届いた。なんと、巻を重ねて499号である。次号が500号の記念紙となるという。1970年創刊で、営々と45年間続けて到達することになる500号。この積み重ねはたいしたものだ。

実は、日民協の機関誌「法と民主主義」も今月(15年1月)に495号を発行する。もうすぐ500号なのだ。いま、その記念号のプランを練っているところ。継続が難事であること、それだけに称賛に値するものであることが身に沁みてよくわかる。

発行人の浅川さんが、創刊号の想い出を語っている。1970年暮れに、ガリ版刷り2頁での発行だったという。そのとき以来、題字は東京教育大学教授であった和歌森太郎氏の筆になるものを使っているそうだ。

家永教科書訴訟の一審杉本判決が1970年7月だから、教科書運動の盛り上がりがこのミニコミ誌を産み、以来営々45年も地域の教育運動が受け継がれているのだ。この間、無償の編集や発送の作業担当者が途絶えなかったということだ。たいしたことではないか。

私も執筆を依頼されて何度か寄稿した。自分の寄稿記事を読むと、固くてくどくて七面倒で少しも面白くない。それに較べて、「文京の教育」の他の記事は、軽やかで読みやすい。

なかでも、優れた教育実践の記事が面白い。いま、「元小学校教諭 山崎隆夫」さんが、「心はずむ学びの世界」を連載中、今回が第23回。国語の時間も、理科の時間も、算数の時間も、文字どおり「心はずむ」教師と生徒との交流が描かれている。子どもたちの瞳の輝き、胸の躍りが目に見えるような授業の面白さ。「小学校の先生ってなんて素敵なお仕事だろう」「私もこんな授業を受けてみたかった」と思わせる。

戦争体験記あり、被爆体験記もある。福島の被災地の子どもたちについてのレポートもあり、教育の市場化の問題点や地教行法「改正」問題もある。封切り映画の紹介もなかなかのもの。そして、吉田典裕さん(出版労連教科書対策部長)のような、その世界での著名人の寄稿もある。「今、教科書を考える」シリーズの第7回。今号は「実は大問題の教科書価格」というタイトルの記事。この内容を抜粋してお伝えしたい。

「教科書問題」と聞くと、ほとんどの方は「検定」や「採択」を連想するでしょう。しかし「価格」も「教科書問題」の大きな位置を占めるのです。価格問題はきわめて政治的な性格をもっています。
教科書は民間の発行者がつくり、文部科学省がそれを買い取り、その価格は文部科学省が決めます。文部科学省は、教科書は公共料金的なものなので、できるだけ安い方がよいのだとして、教科書価格を低く抑えてきました。
実は、そのねらいは教科書の種類を減らして国による統制をしやすくすることです。1963年6月衆議院文教委員会で暴露された、「文部省(当時)が自民党文教部会に渡した資料」の内容は、「国定教科書にすると莫大な費用が掛かる、それよりも制度の規制を強化して縛り上げれば、1教科あたり5種程度に絞れるので、安上がりに統制できる」というものでした。
「無償措置法」が導入された1963年以降、教科書の種類は激減してきました。たとえば1965年と2015年用の小学校教科書発行者教(=教科書の種類)を比べると、
 国語 8→5
 書写 7→6
 算数 9→6
 社会 6→4
 理科 9→6
 音楽 8→2
 図工 9→2
 家庭 8→2
 と、軒並み減っています。自民党政府と文部科学省のねらいは、残念ながら実現したといわねばなりません。

私はまったく運営に関係していない。宣伝を頼まれたこともない。が、応援したくなる紙面なのだ。このようなミニコミ紙、このような教育運動が民主々義を支え、未来の希望につながるのではないかと思う。年10回刊の月刊紙、年間購読料は郵送料込みで2500円。「ご連絡は下記へFAXでお願いします」とある。心ある人に、ぜひ、ご購読をお薦めしたい。
 03-3690-7440(内田)
(2015年1月23日)

「日の丸・君が代」訴訟はまだまだ続く

本日(1月16日)は、東京「君が代」裁判・3次訴訟(東京地裁民事11部)の判決期日。原告50名が、56件の懲戒処分(戒告25件、減給29件、停職2件)の取り消しと、慰謝料の支払いを求めた訴訟。

いつものことながら、判決言い渡しの前は緊張する。広い103号法廷が水を打ったように静かになって、裁判長の主文朗読に耳を傾ける。

「原告らの請求をいずれも棄却する」なら全面敗訴だが、そうではない。朗読は、「東京都教育委員会が別紙『懲戒処分等一覧表』の…」と始まった。少なくとも全面敗訴ではない。処分が取消される原告の氏名が次々と読み上げられる。指折り人数を数えるが、26人の名前で止まった。そして「…の各原告に対してした各懲戒処分をいずれも取り消す」という。結局、50人の原告のうちの26人について31件の減給・停職処分が判決で取消された。

しかし、ここまで。その余の戒告処分者の取り消しはなかった。減給・停職の処分を取り消された原告についても、国家賠償としての慰謝料請求は棄却された。これまでの最高裁判例の枠内での判決。ということは、憲法論については進展がないということだ。

法廷の緊張は解けた。裁判官3名はそそくさと退廷する。満員の傍聴席から、ため息やらつぶやきやらが聞こえてくる。「最高裁判決へのヒラメか」「裁判官はどこを見てるんだ」「裁判所がしっかりしないから、都教委がつけあがる」…。

とは言え、獲得したものもけっして小さくはない。前進の期待があっただけに落胆が前面に出た本日の判決だが、都教委は処分を違法として取り消されたことの重大性を知るべきである。しかも、26人についての31件の処分取り消しである。
行政が、司法から「違法に人権を侵害した」と糾弾を受けているのだ。まずは真摯に謝罪しなければならない。そして、責任をあきらかにせよ、さらにしっかりと再発防止策を策定せよ。その第一歩が、控訴の放棄でなくてはならない。

やがて判決正本と謄本が届いて、弁護団が分担して解読を始める。「素晴らしい判決だ…」「ここが使える…」などという声は出て来ない。弁護団見解まとめ役の植竹和弘弁護士は、「最高裁判決の枠組みから一歩の前進もない判決」「控訴理由書が書きやすい判決」との総括的評価。

で、原告団・弁護団連名の声明は、次のようなものとなった。やや悲観的、否定的なトーンが見て取れるだろう。

「都教委は、2003年10月23日通達及びこれに基づく職務命令により、卒業式等における国旗掲揚・国歌起立斉唱を教職員に義務付け、命令に従えない教職員に対し、1回目は戒告、2、3回目は原則減給、4回目以降は原則停職と、回を重ねるごとに累積加重する懲戒処分を繰り返し、さらに「思想・良心・信仰」が不起立・不斉唱の動機であることを表明している者に対しても反省を迫り実質的に思想転向を迫る「服務事故再発防止研修」を強要するなどの「国旗・国歌の起立斉唱の強制」システムを実施してきた。

2012年1月16日、最高裁判所第一小法廷は、これらの処分のうち、「戒告」にとどまる限りは懲戒権の逸脱・濫用とはいえないものの、「戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる」とし、原則として社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権の範囲を逸脱・濫用しており違法であるとした。本判決は、この最高裁判決の内容を維持したものである。本判決が、原告ら教職員の受けた減給以上の懲戒処分を違法としたことは最高裁に引き続き、「国旗・国歌強制システム」を断罪したものであって、都教委の暴走に歯止めをかける判断として評価される。

しかしながら、2006年度の規則改訂により、2007年度以降に戒告処分を受けた本訴原告らは、2006年以前に減給処分を受けた場合以上の金銭的な損害を受けているのであり、その実質的な検討をしないまま、形式的に2012年最高裁判決に従った判断を下したことは真に遺憾である。

更に、本判決は、10・23通達・職務命令・懲戒処分が、憲法19条、20条、13条、23条、26条に各違反し、教育基本法16条(不当な支配の禁止)にも該当して違憲違法であるという原告ら教職員の主張については、従前の判決を踏襲してこれを認めなかった。また、原告らの予備的主張(国家シンボルの強制自体の違憲性)には何ら言及しないまま合憲と結論づけている。さらに、原告らの精神的苦痛には一切触れることなく、都教委に国賠法上の過失はないとして、国家賠償請求も棄却した。これらの点は事案の本質を見誤るものであり、きわめて遺憾というほかはない。」

少し、噛み砕いて説明しておきたい。
10・23通達とこれにもとづく職務命令・懲戒処分によって、教職員に、国旗・国歌への起立・斉唱およびピアノ伴奏を強制することについては、これまで、「予防訴訟」、「君が代」裁判、同2次訴訟という大型集団訴訟において争われ、最高裁は一応の判断を示している。「懲戒処分の違憲性は否定しつつも、戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる」とした。原則として「減給」及び「停職」処分は重きに失して社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権の範囲を逸脱・濫用するものとし、原則違法として取り消してきた。

本件の審理もこの点に集中し、「戒告を超える処分についてこれを正当化する特別の事情があるか」が攻撃防御の焦点となった。結果的には、すべてそのような特別の事情はないとされて、31件の減給・停職事案全部が取り消された、その成果は強調されてしかるべきである。

3次訴訟で最も注目されたのは、戒告処分を受けた原告の懲戒権逸脱濫用の違法がないかということである。実は、規則の変更によって、1次・2次訴訟の減給処分者よりも、3次訴訟の戒告処分者の方が経済的不利益が大きいという逆転が生じていたのだ。

最高裁は、1次・2次訴訟の減給処分者の経済的不利益に着目して「重きに失する」とし、それゆえ「減給は処分権の逸脱または濫用に当る」と判断したのだ。ならば、それ以上の経済的不利益を科されている3次訴訟の戒告処分者についても処分権の逸脱または濫用と判断されるべきが当然ではないか。

これについて、本日の判決は次のように言っている。
「確かに,本件規則改訂の結果,本件規則改訂後においては,戒告処分により,昇給及び勤勉手当について,本件規則改訂前に減給処分を受けた場合よりも大きな不利益を受けていることが認められる。

しかしながら,これらの昇給及び勤勉手当の不利益は,戒告処分自体による不利益ではなく昇給及び勤勉手当について定めた規則上の取扱いによるものであり,当該事情が,戒告処分の選択に係る都教委の裁量権の逸脱・濫用を基礎付けるものとはいえないことは,本件規則改訂前と同様であり,これに反する原告らの前記主張は採用することができない。」

なんという冷たい形式論であろうか。権利濫用論とは、可能な限りのあらゆることを考慮要素とした実質的な総合判断でなければならない。規範的に除外すべき考慮要素がありうるとしても、被処分者に不利益となる経済的事情を除外してよいはずはない。これでは教委のお手盛りで、いかようにも戒告処分の不利益を過酷化できることになるではないか。

また、期待されていたのが、国家賠償請求の認容である。処分取消の違法よりは国家賠償の違法のハードルは高いとされている。それでも、停職処分取消とともに慰謝料の支払いが命じられた前例がある。2件の停職処分取り消しとともに、55万円の慰謝料請求の認容があってしかるべきだった。

これを否定して、判決は次のように言っている。
「原告らは,違法な本件各処分を受けたことにより精神的苦痛を披ったとして,これに対する国家賠償法1条1項に基づく慰謝料の支払を求めている。しかしながら,本件各処分のうち,戒告処分については,前述のとおりこれを違法であると認めることはできない。また,減給処分以上の本件各処分については,…それらについての処分量定に係る評価・判断に問題のあることを確実に認識したのは本件各処分のされた後であると考えられること等からすれば,減給処分以上の本件各処分を行った時点において,都教委がこれらの本件各処分を選択したことについて,職務上尽くすべき注意義務を怠ったものと評価することは相当ではなく,この点について都教委に国家賠償法上の過失があったとは認められない。」

この判断も納得しがたい。国賠法1条1項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と定めている。
賠償の責任が生じるためには、「違法性」と「故意又は過失」が必要とされているところ、判決は「過失がない」(もちろん故意もない)と言って切って捨てたわけだ。

過失とは、注意義務違反ということである。都教委には管轄下にある教員に対して、各教員がそれぞれの思想や良心・信仰を貫徹することができるように環境を整え、各教員に「自分の思想や良心あるいは信念や信仰を貫徹すること」と「職務命令違反としての処分の不利益を免れること」との二律背反に陥って葛藤することのないよう十分な配慮をすべき注意義務があるのに、これを怠った。と言えばよいだけのことなのだ。「最高裁判決を知ったあとでなければ過失がない」などと言うことはあり得ない。「最高裁判決で違法を知ったあとでの減給以上の処分」があれば、過失ではなく故意が成立するというべきであろう。

憲法論のレベルではまったく見るべきもののない判決となった。この点、最高裁の呪縛下の下級審裁判官は、管理者に縛られて自由や裁量を剥奪されている教員の悲哀に思いをいたして判決を書くことができなかったのだろうか。

「日の丸・君が代」訴訟は、まだまだ続く。4次訴訟も係属中であるし、5次訴訟も予定されている。都教委の違憲違法な教育支配の続く限り、闘いも訴訟も続いていくことになる。
(2015年1月16日)

朝鮮学校への補助金支給復活の「公論」を起こそう

昨日(9月2日)の定例記者会見で舛添要一都知事は、現在支給されていない朝鮮学校への補助金の支給について、「万機公論に決すべし」との考えを披瀝した。この言を「一歩前進」と評価すべきであろう。ときあたかも、国連差別撤廃委員会からの勧告がこの問題に言及している。差別を撤廃して朝鮮学校にも補助金を支給し授業料無償化を実現すべく「公論」を興そう。知事は、聞く耳を持っているようなのだから。

この点は、2014年都知事選における重要な争点ではなかったが、政策対決点の一つではあった。都は、2010・11年度と続けて予算に計上した2千万円の朝鮮学校補助金支給を「凍結」し、2012年度以降は予算の計上自体を取りやめている。この事態においての選挙戦で、舛添候補は、田母神候補と同様に、石原・猪瀬都政が布いたレールに乗って補助金不支給の「現状維持」を「公約」とした。昨日の記者会見発言は、この公約に固執するものではないことを明らかにしたのだ。石原都政の継承に与するものではないことの表明としても注目に値する。石原元知事は、田母神陣営応援団の立場。舛添知事は、石原・猪瀬承継に縛られる必要はない。

朝鮮学校補助金支給の「万機公論」発言は、予定されたものではないようだ。都のホームページでの広報によれば、共同通信記者の質問に答えてのもの。その質問と回答の要点は以下のとおり。

「【記者】先日、国連の人種差別撤廃委員会で対日審査会合の最終見解が公表されたのですけれど、その中で地方自治体による朝鮮学校への補助金の凍結などについて何か懸念が示されていたようなのですけれど、東京都では2010年度から補助金の支出、朝鮮学校に対して凍結してまして、昨年、支給しないことを決めて発表されてるのですが、知事はこの政策、どのようにしていくべきだと思いますか。」

「【知事】こういうのはやはり万機公論に決すべしでですね。要するに国益に沿わないことはやはり良くないということは片一方でありますけれども、しかし、どこの国の言葉でも、どこの国の子供でも教育を受ける権利はあるわけですから、そういうものを侵害してはいけない。そのバランスをどうとるのかなということが問題だと思います。
だから、私が今問題にしているヘイトスピーチにしても、これが言論弾圧に使われるということであってはいけませんけれども、人種差別を助長するということであれば、国連の理念にも、我が日本国憲法の理念にもそぐわないので、そこのところをバランスをとってやる。そのためにはやはり皆さん方のメディアを含めて、広く議論をしていくということが必要だと思いますので。…検討したいと思います。」

確認をしておこう。知事の言のとおり、「どこの国の言葉でも、どこの国の子供でも、教育を受ける権利はある」「そういうものを侵害してはいけない」。このあと、「権利は当然に平等を要求する」と続くことになろう。補助金支給に差別があってはならない。石原慎太郎元知事からは、とうてい期待しえない発言。石原後継の猪瀬前知事からも、無理だろう。舛添知事がサラリと言ってのけたことを無視せず無駄にせずに、政策転換の一歩とする世論形成の努力をするべきだろう。

ところで、舛添知事会見の記録を読んでも、知事自身が国連人種差別撤廃委員会の対日最終見解に目を通していたのか否かが判然としない。8月29日採択のこの見解に既に目を通していたとすればその関心は見識と評価しえようし、この見解を読まずして政策転換を示唆したとすればこれもなかなかのものではないか。

国連人種差別撤廃委員会の対日最終見解は35項目。ヘイトスピーチ、慰安婦問題、外国人労働者問題、在日外国人の公務就労制限、外国人女性に対する暴力、アイヌ民族差別、沖縄への差別、朝鮮学校の無償化問題、部落差別問題等々にも触れている。グローバルスタンダードからみれば、日本には差別問題満載なのだ。

共同記者が質問で引用した朝鮮学校差別問題の「第19パラグラフ」を文意が通る程度に訳してみた。もちろん私の語学力だから正確ではない。大意以下のとおりである。
「〔19〕当委員会は朝鮮出身の子どもたちの教育の権利を妨げる立法と政府の以下の行為について懸念している。
(a)高等学校授業料補助からの朝鮮学校の除外
(b)朝鮮学校への地方自治体財政からの支給停止や継続的な減額

当委員会は、「市民権を持たない居住者に対する差別についての一般的勧告」(2004年)を再記して、教育の機会についての法規に差別があってはならないこと、その国に永住する子どもたちが学校の入学に当たって妨害を受けてはならないこと、これらを当事国が保障するという先の勧告を繰り返す。

当委員会は、日本に対し、朝鮮学校が高等学校授業料財源からの支出を受給できるように立場を変えること、同時に地方自治体に対して朝鮮学校への補助金支出を回復するように指導することを勧奨する。

当委員会は日本が1960年の「教育における差別撤廃のユネスコ条約」に加入するよう勧告する。」

国連の委員会勧告は、差別問題に意識の低い日本政府を諭すがごとく、なだめるがごとくである。安倍政権には聞く耳なくとも、せめて舛添都政には国連の良識に耳を傾けてもらいたい。そのような声を上げよう。もしかしたら、「東京から日本が変わる」かも知れない。
(2014年9月3日)

今日は、日本の歴史に慚愧の遺産が刻印された日

9月1日「震災記念日」である。姜徳相の「関東大震災」(1975年中公新書)と、吉村昭の「関東大震災」(1973年菊池寛賞受賞・77年文春文庫版発行)とを読み返した。

前者は、「未曾有の天災に生き残った人をよってたかってなぶり殺しにした異民族迫害の悲劇を抜いて、関東大震災の真実は語れない」「朝鮮人の血しぶきは、日本の歴史に慚愧の負の遺産を刻印した」との立場に徹したドキュメント。後者も、125頁から229頁までの紙幅を費やして、震災後の朝鮮人虐殺、社会主義者虐殺(亀戸事件)、大杉栄・伊藤野枝(および6才の甥)惨殺の経過を詳細に描写している。

姜の書の中に、「自警団員の殺し方」という一章がある。「残忍極まる」としか形容しがたい「なぶり殺し」の目撃談の数々が紹介され、「死体に対する名状し難い陵辱も、また忘れてはならない。特に女性に対するぼうとくは筆紙に尽くしがたい。『いかに逆上したとはいえこんなことまでしなくてもよかろうに』『日本人であることをあのときほど恥辱に感じたことはない』との感想を残した目撃者がいることだけ紹介しておこう」と結ばれている。

中国では柳条湖事件の9月18日を、韓国では日韓併合の8月29日を、「国恥の日」というようだ。今日9月1日は、日本の国恥の日というべきだろう。現在の日本国民が、3世代前の日本人が朝鮮人に対してした残虐行為を、恥ずべきことと再確認すべき日。

災害を象徴する両国の陸軍被服廠跡地が東京都立横網町公園となっており、ここに東京都慰霊堂が建立されている。その堂内に「自警団」という大きな油絵が掲げられている。いかなる意図でのことだろうか。無慮6000人の朝鮮人を虐殺したこのおぞましい組織は、各地で在郷軍人を中心につくられた。

「在郷軍人というのは何か。軍人教育を受け、甲午農民戦争や日露戦争やシベリア出兵、こういうもので戦争経験をしている。朝鮮人を殺している。こういう排外意識を持った兵士たち」(姜徳相講演録より)なのだ。

なるほど、甲午農民戦争(1894年)や日露戦争(2004年)を経て、日韓併合(2010年)、シベリア出兵(1918年)、そして3・1万歳事件とその弾圧(1919年)を経ての関東大震災(1923年)朝鮮人虐殺なのだ。当時、既に民族的差別意識と、民族的抵抗への憎悪と、そして後ろめたさからの報復を恐れる気持ちとが、広く国民に醸成されていた時代であった。歴史修正主義派は、この点についての責任糊塗にも躍起だが、「新たな戦前」をつくらないためにも、多くの日本人に、加害者としての歴史を確認してもらわねばならない。

過日、高校教師だった鈴木敏夫さんから、「関東大震災をめぐる教育現場の歴史修正主義」という論文(大原社会問題研究会雑誌・2014年6月号)の抜き刷りをいただいた。その中に、高校日本史の教科書(全15冊)がこの問題をどう扱っているかについての分析がある。
「朝鮮人・中国人虐殺に触れているか。人数の表記はどうなっているか」「虐殺(殺害)の主体はどう書かれているか」「労働運動、社会主義運動の指導者の殺害に触れているか」について、「さまざまな努力により、濃淡の差はあるが、…総じて最近の学界の研究成果を反映した内容になっている」との評価がされている。

末尾の資料の中から、いくつかの典型例を紹介したい。

東京書籍『日本史A 現代からの歴史」が最も標準的で充実してる記載といえよう。
○小見出し「流言と朝鮮人虐殺」
「社会的混乱と不安のなかで、朝鮮人や社会主義者が暴動を起こすという事実無根の流言が広まった。警察・軍隊・行政が流言を適切に処理しなかったこと、さらに新聞が流言報道を書きたてたことが民衆の不安を増大させ、流言を広げることになった。
 関東各地では、流言を信じた民衆が自警団を組織した。自警団は、在郷軍人会や青年団などの地域団体を中心にして、警察の働きかけにより組織された。彼らは刀剣や竹槍で武装し通行人を検問して朝鮮人を取り締まろうとした。こうしたなかで、首都圈に働きにきていた数多くの朝鮮人や中国人が軍隊や自警団によって虐殺された。「朝鮮人暴動説」は震災の渦中で打ち消されたが、虐殺事件があいついだのは、民衆の中に根強い朝鮮人・中国人蔑視の意識があったからであった。
 また、震災の混乱のなかで、労働運動家や社会主義者らにも暴行が加えられ、無政府主義者大杉栄らが殺害される事件が起きた。」
(注に、死者数として「朝鮮人数千人、中国人700人以上と推定される」

清水書院『高等学校日本史A 最新版』が最も詳細。
○[こらむ関東大震災]
「1923年9月1日午前11時58分、関東地方をマグニチュード7.9という大地震が襲った。ちょうど昼食の準備の時間で火を使っていた家庭も多く、各地で火災が発生した。家屋の大半が木造で、水道も破壊され消火活動がほとんど不可能であったことも被害を拡大させた。東京・横浜両市の6割以上が焼きつくされ、関東地方全体で10万の死者と7万の負傷者を出し、こわれたり焼けたりした家屋は70万戸に及んだ。通信も交通もとだえ、余震が続くなかで、翌日から朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ、放火をしてまわっている、暴動をおこすらしいなどのうわさが流れはじめた。
 東京市および府下5郡にまず戒厳令が出され、続けて東京府、神奈川・千葉・埼玉3県にその範囲が拡大された。『戒厳』とは、戦争に準ずる内乱や暴動の場合に、軍事上の必要にこたえて行政権と司法権を軍司令官に移しこれに平時の法をこえた強大な権限をあたえることであるが、この戒厳令下で、軍隊と警察は『保護』と称しで大量の朝鮮人をとらえ、留置場に収容したり、殺したりした。また民衆もうわさを信じ、在郷軍人会や青年団、消防団などを中心に自警団をつくり、刀剣・竹やり・木刀などで武装して、通行人を検問し、朝鮮人を襲った。この朝鮮人に対する殺傷は東京・神奈川・埼玉・千葉などを中心に7日ごろまで続き、約6、000人が殺された(『韓国独立運動史』による。内務省調査では、加害者が判明した分として。朝鮮人231人、中国人3人としている)。そのほか中国人も多数被害にあっており、江東区大島だけでも約400人が虐殺された。
 また労働運動家10名が警察にとらえられ、軍隊に殺された亀戸事件、甘粕事件がおこるなど、首都を壊滅状態にした災害の混乱のなか、警察や軍隊そして民衆の手による、罪も無い人びとの虐殺がおこなわれた」
(注に、「亀戸事件」「甘粕事件」の説明がある)

実教出版『高校日本史B』は、簡略ながら必要事項がよく書き込まれている。
○小見出し「関東大震災」
「1923(大正12)年9月1日、関東大震災がおこった。震災直後の火災が京浜地方を壊滅状態に陥れ、混乱のなかで、『朝鮮人が暴動を起こした』などという民族的偏見に満ちたうわさがひろめられ、軍隊・警察や住民が組織した自警団が、6、000人以上の朝鮮人と約700人の中国人を虐殺した。また、無政府主義者の大杉栄・伊藤野枝が憲兵大尉甘粕正彦に殺害され(甘粕事件)、労働運動の指導者10人が軍隊と警察によって殺害された(亀戸事件)。」
さらに、次の段落で、「天譴論」にふれている。また「政府は個人主義の風潮、社会主義の台頭を警戒して、国民精神作興詔書を出すなど思想取り締まりを強化した。震災は国家主義的風潮が強まるきっかけともなった。」と書いている。

山川出版社『詳説日本史』は背景事情への目配りがよい。
○小見出し「関東大震災の混乱」(コラム)
「関東大震災後におきた、朝鮮人・中国人に対する殺傷事件は、自然災害が人為的な殺傷行為を大規模に誘発した例として日本の災害史上、他に例を見ないものであった。流言により、多くの朝鮮人が殺傷された背景としては、日本の植民地支配に対する恐怖心と、民族的な差別意識があったとみられる。9月4日夜、亀戸警察署構内で警備に当たっていた軍隊により社会主義者10名が殺害され、16日には憲兵により大杉栄と伊藤野枝、大杉の甥が殺害された。市民・警察・軍部ともに例外的とは言い切れない規模で武力や暴力を行使したことがわかる。」

一方、採択率は微々たるものだが、「『つくる会』系教科書の先輩格」(鈴木)である明成社『最新日本史』の記載は次のとおり。「これでも検定を通るのかと驚く」(同)のレベル。
○小見出し「戦後恐慌と関東大震災」(縦書き)
「大正十二年(1923)九月一日、大地震が関東一円を襲い、京浜地帯は経済的には大打撃が受けた(関東大震災)。」
・注1「大震災による被害は、全壊一二万戸。全焼四十五万戸、死者・行方不明者十万数千人に及んだ。混乱の中、無政府主義者大杉栄と伊藤野枝が憲兵大尉甘粕正彦に殺害された。また、朝鮮人に不穏な動きがあるとする流言に影響された自警団による朝鮮人殺傷事件が頻発した。その一方、朝鮮人を保護した民間人や警察官もいた。また、政府は戒厳令を布き事態の収拾に当たった。」

心ある高校生には、教科書から一歩踏み出して、せめて吉村昭「関東大震災」に目を通してもらいたいと願う。決して心地よいことではないが、勇気をもって歴史と向かいあうことの必要性が理解できるのではないだろうか。
(2014年9月1日)

教育勅語は臣民の義務の根拠たりえたのか

先日、ある集会にお招きいただき、改憲問題についてお話しをしたときのこと。
現行憲法の、「国民の三大義務」が話題になって、大要次のような発言をした。

「三大義務」とは、納税と教育と労働とに関するもの。しかし、近代立憲主義が貫徹している日本国憲法では、正確な意味での「国家に対する国民の憲法上の義務」はありえない。納税の義務を定めている憲法30条「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う」は、「適正な法律の定めによらなければ課税されない国民の権利」を定めたものと読むべきだろう。憲法27条1項の「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」も、義務よりは雇用機会創出を求める国民の権利規定であろう。

教育に至っては、かつては国家のイデオロギー刷り込みを受容すべき臣民の義務であったが、現行憲法26条は国民の教育を受ける権利を明確化して、権利義務の関係を逆転させた。「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務」は体系的には違和感のある規定。

現行憲法が第3章を「国民の権利及び義務」としたのは、旧憲法第2章「臣民権利義務」に引きずられたからに過ぎない。いまも「三大義務」などというのは、旧憲法時代の「臣民の三大義務」(納税、兵役、教育)の言い回しを踏襲したからなのだろう。旧憲法時代には、憲法上の「三大義務」でよいだろうが、現行憲法体系においては本来的な憲法上の義務を考える必要はない。教える必要も覚える必要もない。」

これに関連して、会場から質問が出た。

「旧憲法には、納税、兵役の両義務については根拠規定があったが、教育の義務についての定めはなかった。にもかかわらず、『臣民の三大義務』と並べられた根拠はどこにあるとお考えですか。」

私が、常識な回答をする。「憲法と同格の教育勅語による義務と考えてよいのではないでしょうか。」「ほかには根拠を知りません。」「1872(明治5)年の学制発布はどうでしょうか。」

さらに、質問者が発言した。「教育勅語自体が、法源として臣民の義務の根拠になるということが理解しにくいのです。また、学制発布は太政官布告として教育制度を定めるものですが、就学の義務を設定するものではないはずです。」

言葉を交わしてみれば、明らかに質問者の方がよくものを知っている。むしろ、こちらが教えてもらいたい。その場では、「お互い調べて見ましょう。わかったことがあれば、当ブログに出しましょう」で終わった。その後この件については、私にはこれ以上の知見の獲得はない。

本日、その質問者から丁寧なメールをいただいた。次のような内容。
「その後出張やら遠出があったためにご報告が大変遅くなりましたことをお詫び申し上げます。Oと申します。
先日、ご質問させていただいた件についてです。

奥平さんの著書にはこうあります。
大日本帝国憲法下のもと、「『臣民の三大義務』なるものが語られていた。このうち兵役・納税の二つは、憲法典にあげられていたが、もうひとつの『教育の義務』は、憲法典はおろか、どんな法律にも、その根拠規定を有していなかった。それは単なる勅令(明治憲法九条にもとづき天皇が発する命令)によって設定されていたものである。」(奥平康弘『憲法Ⅲ』一九九三年、有斐閣、437頁)

旧憲法下の1886年小学校令第三条では、「児童六年ヨリ十四年ニ至ル八箇年ヲ以テ学齢トシ父母後見人等ハ其学齢児童ヲシテ普通教育ヲ得セシムルノ義務アルモノトス」と定められています。

また、1900年(第三次)小学校令に「学齢児童保護者ハ就学ノ始期ヨリ其ノ終期ニ至ル迄学齢児童ヲ就学セシムルノ義務ヲ負フ」とあります。

義務教育制度がどの段階で成立したというかは、正直のところ難しく、1886年とみる説、1900年とみる説がありますが、花井信『製紙女工の教育史』は後者をとっています。

教育勅語(1890年、もちろん「勅語」であり、明治天皇の個人的見解を述べたものにすぎません)において、「學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ…」とあるのが、子どもには勉強をする義務がある(道徳的義務?)ととれなくもありませんが、それでいくと子どもの勉強する義務は「夫婦相和す」のと同等の義務であり、「臣民の三大義務」の一つというには根拠薄弱です。

いずれにせよ、どうして「兵役、納税、教育」が臣民の三大義務と語られるようになったのか。私にはよくわかりません。

お返事がおそくなりましたことを重ねてお詫びします。」

Oさん。丁寧なご教示、ありがとうございます。教育勅語を臣民の教育を受ける義務の根拠とすることへの疑問のご指摘、なるほどと思います。

あらためて、私見を申し上げれば、「臣民の三大義務」は、その内容や根拠が厳密である必要は全くなかったものだと思います。権力の思惑として、臣民の道徳観念支配の小道具として通用すればよいだけの話。これを争う国民が想定されているわけではなく、裁判上の義務概念としての厳密性や、論理的な説得力も不要だったのだろうと思います。その意味では、どんな根拠でもよかったのではないでしょうか。もちろん教育勅語でも、です。

もっとも、誰が、いつ頃から、どのような意図で、どのように「臣民の三大義務」を語り始めたのか、とりわけ、「教育を受ける義務」を言い始めたのか。旧天皇制政府の民衆支配の歴史の問題としては、興味の尽きないところです。

また、何かわかれば、教えてください。
(2014年08月17日)

「すえこざさ」の衝撃

「すえこざさ」をご存じの方がいたら、よほどの植物マニア。学名だから、本来は「スエコザサ」と書くべきなのだろう。植物学者が新種に妻の名を冠する例がある。シーボルトの「オタクサ」が有名だが、牧野富太郎もこの特権を行使した。仙台で発見した新種の「笹」に、妻・寿衛子の名を冠して、「寿衛子笹(すえこざさ)」としたのだ。

『「すえこざさ」の衝撃』とは、「法と民主主義」5月号巻末「風」欄の、穂積匡史エッセイのタイトル。牧野富太郎の行為を衝撃というのではない。「つくる会」系教科書の「すえこざさ」の命名をめぐる物語の引用のしかたが「衝撃」なのだ。達意の文章であり、読みやすくおもしろい。なによりも、若手弁護士のセンスのよさが光っている。部分の引用では惜しいので、全文を引用させていただく。

   *****************************
いわゆる「つくる会」系教科書で有名な育鵬社が、「十三歳からの道徳教科書」(道徳教育をすすめる有識者の会・編)を発行している。帯には「これがパイロット版道徳教科書だ!」「新しい道徳のスタンダード」などの文字が躍る。内容は、道徳教材として三七の逸話が収録されており、そのなかの一つが、「異性についての正しい理解を深め」るための教材「すえこざさ」である。あらすじは次のとおり。

 後に著名な植物学者となる牧野富太郎は、幼いころから草花が大好きで、二六歳で寿衛(すえ)と結婚した後も、植物研究に没頭していた。寿衛が出産をした三日後、富太郎の借金をとり立てに、高利貸が家まで来ることになった。富太郎は産後の寿衛をいたわり、「今日は、私が話して帰ってもらうから、お前はやすんでいなさい」と寿衛に言う。しかし、実際に高利貸が家にやって来ると、寿衛は起き上がり、大きな声を出そうとする借金取りをなだめすかして帰らせる。そして、寿衛が富太郎の部屋をそっと窺うと、富太郎は借金取りのことなど忘れて、一心に本を読んでいた。寿衛は、「よかった」と思う。寿衛は、「どうしたら夫に安心して研究をつづけてもらえるか」と、そればかりを考えつづけていたのだ。ところが富太郎六六歳のとき、寿衛が病に伏す。「もうむずかしい」と医者に告げられると、富太郎は寿衛の枕元で「こんど発見した新しい笹の種類に、お前の名をつけることにしよう」と言う。こうして「すえこざさ」が生まれた。

 さて、教科書は、このストーリーで「異性についての正しい理解を深める」というが、「正しい理解」とは何か。
 一心に本を読む富太郎を見て、寿衛が「よかった」と思うシーンがある。この「よかった」を墨塗りにして、生徒に考えさせたとしよう。「夫は言うこととすることが違う。ひどい。」と生徒が感じたら、それは道徳的に「正しくない」ことなのだろうか。
 寿衛のように「どうしたら夫に安心して研究をつづけてもらえるか」と思うのとは違って、「どうしたら家事や育児を分担してもらえるだろうか」と生徒が考えたとしたら、それは「異性についての誤った理解」なのだろうか。
 あるいはまた、寿衛が女性研究者で、富太郎が「主夫」だったとしても、この教材は掲載されたであろうか。

 自民党改憲草案は、「家族は、互いに助け合わなければならない」「教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないもの」と規定し、安倍「教育再生」は教科書検定強化と道徳教科化を推し進める。そうやって教化される家族の模範が「すえこざさ」であると、「有識者」が臆面もなく吐露してしまうあたりに、安倍「教育再生」の浅薄さと病理の深さを見る。そういえば、この原稿が掲載されたころには既に、別の「有識者」たちが憲法を変えずに憲法を変えろという無茶苦茶な報告をしているのだろうか。

 ところで、現実の日本社会で女性が置かれた立場は寿衛よりさらに過酷かもしれない。家事・育児・介護を引き受けながら、さらに非正規労働者として低賃金で働かされる上、出生率目標まで課されるのだから。支離滅裂な安倍「女性活用」政策である。

   *****************************

いかがだろうか。なるほど、「法と民主主義」とはおもしろそうだ、と思っていただけたろうか。同誌5月号(通算488号)は、5月26日に世に出た。まだ、もぎたての新鮮さである。できるだけ、みずみずしい内に講読いただけたらありがたい。

その内容紹介は、下記のURLを。
http://www.jdla.jp/houmin/
定価は1000円、ご注文は下記のフォームへ。
http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

もし私に声をかけていただけたら、著者紹介扱いで800円でお頒かちできる。

「特集Ⅰ」が、『安倍政権の「教育再生」政策を総点検する─「戦後レジームからの脱却」に抗して』という直球勝負の内容。巻頭の堀尾輝久「安倍政権の教育政策─その全体像と私たちの課題」から、川村肇「戦後教育改革の内容とその後の変遷」、村上祐介「安倍政権の教育改革プランの全体像」、俵義文「教科書問題の最近の動向と竹富町への『是正要求』」村山裕「安倍政権の教育政策・競争と選別の思想」、小畑雅子『安倍「教育再生」は、子どもと教育に何をもたらすか』、齋藤安史「大学における教育・研究体制への影響」中村雅子「国立市教育委員の経験から」と並べば、教育問題に関心のある方には講読意欲を持っていただけるものと思う。

安倍政権の教育政策と切り結ぶためには、その全体像を正確に把握することが不可欠である。本特集はそのための第一歩にふさわしいものと確信し、活用を期待したい。

「特集Ⅱ」が、教育に関連して、「少年の心に寄り添う審判とは─第4次少年法『改正』批判」という座談会。出席者は、佐々木光明/佐藤香代/井上博道/佐藤むつみ(司会)の諸氏。

その他の執筆陣の名を挙げておこう。原発被害と核廃絶についての時評を埼玉の重鎮宮沢洋夫弁護士、裁判員問題について五十嵐双葉弁護士、メディアウオッチにについて丸山重威元関東学院大学教授、袴田再審決定について秋山賢三弁護士、書評に浦田賢治早稲田大学名誉教授等々。

ぜひ、ご購読を。
(2014年6月4日)

「竹富町教科書採択問題」から見えてきたもの

「竹富町教科書採択問題」が、一応の決着をみた。
小さな竹富町が、文科省・自民党文教族と対等以上に渡り合って一歩も引かず、結局は育鵬社教科書の押しつけ拒否を貫徹した。沖縄県も竹富町も、下村博文文科相の嫌がらせと恫喝に屈することなく毅然たる姿勢を堅持し、文科相は振り上げた拳の下ろし場所を失ったまま終局を宣告せざるをえない事態となった。公権力による子どもたちへの、国家主義教科書押しつけ策動の失敗。痛快の極みである。

5月21日、沖縄県教委は教科書無償化法改正に伴う採択地区の再編手続において、八重山採択地区(石垣市・与那国町・竹富町)から竹富町を分離独立させ、「竹富採択地区」を新設することを決めた。竹富町の要望を容れた「満額回答」である。これで、竹富町教委は、後顧の憂いなく単独で教科書を採択できるようになった。正確に言えば、これまでも採択の権利はあったのだが、無償配布は拒否という文科省の嫌がらせを甘受せざるをえなかった。来年度からは、竹富町立中学校生徒に東京書籍版公民教科書の無償配布が実現する。

この県教委の決定に対して、文科相は「無償措置法の趣旨を十分踏まえたものとは言い難く、遺憾だ」と不満を述べていた。その不満を形に表す最後に残された恫喝手段が竹富町に対する違法確認訴訟の提起であったが、5月23日文科相は記者会見でその断念を公表した。文科省は、これまで育鵬社教科書の採択を拒否した竹富町には教科書無償配布を行わず、さらには育鵬社版の教科書を使えと異例の「是正要求」までして圧力をかけて、精いっぱいの恫喝と嫌がらせをしては見た。しかし、腹の据わった相手にブラフが通じず、拳を下ろさざるをえなくなったという図なのだ。教科書採択の権利が教育委員会にあるというのが、一貫した文科省の見解であった。竹富町側に違法があるという主張が明らかに無理筋なのだ。

むしろ、採択地区内の各教育委員会の意見がまとまらないからとして、竹富だけに教科書の無償配布を拒否した文科省の違法をこそ問題としなければならない。協議がまとまらなかったことにおいて同じなのに、育鵬社版を採択した石垣と与那国には無償配布を実行しているではないか。東京書籍版を採択した竹富だけに無償配布を拒絶したことは筋が通らない。文科省・文科相の歴史修正主義教科書採択加担の姿勢が余りに露骨ではないか。

そもそも、八重山採択地区の事前調査において、東京書籍版が最高の評価を得ていた。育鵬社版は最低評価。担当教科教員でこれを推薦する見解は皆無だった。真摯に教育の在り方を考える立ち場からは、竹富町教委の姿勢こそが常識的で真っ当なもの、国や歴史修正主義勢力に擦り寄った石垣・与那国の方がおかしいのだ。

5月22日の琉球新報社説「竹富分離決定 妥当な解決を国は阻むな」の言辞の厳しさに驚く。この件について、沖縄の良識がどれほど怒っているかが伝わってくる。下記の抜粋に目を通されたい。

「下村博文文科相は竹富の単独採択を阻みたい考えを露骨に示してきた。自民党内でも分離を疑問視する声がある。だが…自治体が工夫して導いた解決を国が不当に介入して阻害するのは断じて許されない」「問題は、八重山採択地区協議会会長が規定を無視して独断で採択手順を変更したことに始まった。極めて保守色の強い育鵬社版教科書を恣意的に選ぼうとしたのは明らかだ」
「下村氏らは(竹富町の教科書採択を)教科書無償措置法に違反すると強弁するが、無償の措置を受けていないのに、無償措置法違反とは矛盾も甚だしい。地方教育行政法は市町村教委の教科書選定を定める。この法に照らせば竹富は明らかに合法だ」
「政府は竹富の措置について『違法とは言えない』とする答弁を2011年に閣議決定し、先日も内閣法制局が答弁は有効と述べた。だが下村氏ら自民党文教族は違法だと非難し続ける。権柄ずくの、理性に欠ける態度と言うほかない」
「教科書無償措置法改正に伴う政令が近く出る。保守的な教科書が採択されるよう、採択地区の構成を国が恣意的に定める政令を出すのではないか。そんな危惧を聞く。政治家の利益を図るための、教育への政治介入は許されない」

沖縄タイムス社説「『竹富分離決定』地域の主体性生かそう」(5月23日)には、以下の解説がある。

「八重山教科書問題は、そもそもなぜ起きたのか。
2012年度の中学校公民教科書の選定をめぐり石垣、竹富、与那国の教育長らで構成する『八重山採択地区協議会』の玉津博克会長(石垣市教育長)が、これまでの選定ルールを突然変えたのが発端だ。選定ルールの変更は、保守色の強い育鵬社版の教科書の使用を決めるのが目的だった。これに反発した竹富町が結果的に、文科省から是正要求を出された。
 国の不当介入が、八重山教科書問題をいびつに発展させてきたのは論をまたない。だが、足元の『ゆがみ』にも目を向ける必要があるのではないか。教科書採択をめぐっては、与那国町の教育長も石垣市に同調している。なぜこうしたことが八重山で起きたのか。
 玉津教育長は20日、県教委が竹富町を単独採択地区化する方針を示していることを受けて上京。文科省の上野通子政務官との面会後、自民党文科部会にも出席し、県教委の姿勢を批判した。玉津教育長はこの際、記者団に『八重山は教育も行政も経済も一体だ。教科書だけ別というのは理解できない』と述べている。
 竹富町の分離を余儀なくしたのは玉津氏ではないか。その張本人が、『八重山の一体化』を強調するのは皮肉に響く。とはいえ、玉津氏の指摘に一理あるのも事実だ。
 八重山の3市町は、…政治的な立場の違いを超え、観光などの分野で協調してきた。今回の竹富町の分離で、八重山社会全体に亀裂が波及する事態は避けなければならない」

問題は、竹富町に関しては決着した。しかし、石垣・与那国では、現場教員に悪評高い育鵬社の教科書が引き続き使われている。教科書採択問題に権力がかくも露骨に介入し、国家主義的・歴史修正主義的な教科書の押し付けにかくも執心していることが見えてきている。何が起きているのかをしっかりと社会に訴えて、自民党文教族や文科省に対抗しうる世論形成に力を尽くさなければならないと思う。

そして、竹富町の奮闘の成果は、おおきな励ましである。いまなら、まだ間に合う。偏頗な教科書の使用を拒絶する闘いは十分に可能なのだ。
(2014年5月25日)

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