澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

日本国憲法と民主々義と日民協の発展のためにカンパーイ!

皆さま、日本民主法律家協会第55回定時総会にご参集いただきありがとうございます。恒例の懇親会の冒頭、乾杯の発声の前に若干のお話しをさせていただきます。

参院選の結果が出た直後、そして都知事選が始まった時点での総会となりました。右往左往の状況ですが、本日の総会の討議と広渡清吾さんの記念講演「安倍政権へのオルタナティブー個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す」とで、何が起こっているのか、何をなすべきか、整理ができてきたのではないかと思います。

この間、「アベ政治を許さない」「立憲主義・民主主義・平和を守れ」という大きな市民の声が巻きおこり、学者も弁護士もそれなりの役割を果たしてきました。とりわけ昨年(2015年)9月「戦争法案」強行採決の直後に立ち上げられた、「戦争法廃止を求める市民連合」の役割には大きなものがありました。日本民主法律家協会も改憲問題対策法律家6団体の中核にあって、野党共闘の成立に力を尽くしてきました。

もっとも、参院選の結果は、重大なものとして受け止めなければなりません。衆院だけでなく、参院でも憲法改正発議に必要な3分の2の議席を改憲派に与えることとなってしまった。このことは率直に衝撃と言わざるを得ません。

かつては、国会の中に日本社会党を中心に堅固な「3分の1の壁」が築かれていました。憲法改正発議などは許さない。そんな国会情勢は、今や忘却のかなたの古きよき時代の語りぐさ。

改憲問題だけを思うと、こんなふうに愚痴が出ます。

 ながらへばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

あの頃だって、政権に文句を言いたいことはうんとあった。でも、今にして思えば随分とマシな保守政権だったではないか。アベ政権のような、ごりごりの改憲姿勢や好戦性はもっていなかった。情勢はどんどんひどくなっていく。もしや、もう少し経って今日を振り返ると「あの頃はまだマシだった」なんて思うことにならないだろうか。

一昔前には、保守政治家の典型だった小澤一郎が、今や護憲勢力の一員なのですから、いつの間にか政治の重心が大きく右にぶれてしまったのでしょう。ここ数年そのように思い続けていましたが、ようやく希望の灯を見るに至りました。それが、市民の後押しによる4野党共闘です。これこそが、パンドラが開けた箱に残っていた希望というべきもの。

この共闘のでき方について広渡さんに詳しく語っていただきましたが、会場からの質問に対する回答の中での、次のご指摘が印象に残りました。

「安倍政権を追い詰めた市民と野党の共同運動は、九条の解釈においては『専守防衛論』でまとまってのものでした。ここで幅広い勢力の意見の統一ができたものです。しかし、私は、この運動に結集した人びとの多くが『自衛隊違憲論』であったと思っています。むしろ、『自衛隊違憲論』派が運動の中心にいて、この人たちの確信を持った運動あればこそ、そのまわりに『専守防衛論』派の人びとの広がりができたものと言うべきだと思います」

意見の違いはあっても、闘う相手を見きわめて、共闘によって味方を大きくする努力の枠組みができてきたことを心強く思います。この枠組みは、参院選地方区の東北6県では、5勝1敗の大成功を収めました。象徴的に特別の意味をもつ沖縄と福島では、いずれも現職大臣を落としての勝利を勝ち取っています。

これが希望の灯。この希望の灯を絶やしてはならないと思います。いま、この灯は都知事選に受け継がれました。鳥越候補支援の声は急速に拡がりつつあります。本日の特別アピールのタイトル「市民と野党の共闘を支援し、改憲勢力3分の2の危機を乗り切り、東京都知事選での勝利で日本を変えよう」は、今日の総会に集まった人たちの気持ちを的確に反映するものとなっています。

このアピールは、参院選を「市民と野党の共闘」の第1回のチャレンジとしています。もちろん第2回目が「33年ぶりの都知事選での野党統一候補」を生みだした都知事選。さらに、3回目総選挙に続けなければなりません。小選挙区の選挙で、立憲派と壊憲派の一騎打ちが実現すれば、日本が変わるチャンスです。

そのような展望を見据えて、日民協は改憲阻止を標榜する法律家団体として、可能な限りその役割を果たしていくことの決意をかためましょう。それでは、ご唱和をお願いします。

日本国憲法と民主々義と、そして日民協の発展のために、カンパーイ!
(2016年7月17日)

鳥越俊太郎都知事候補の公約について

Blog「みずき」の東本高志さんから、ブログで私を名指した問題提起を受けた。昨日(7月15日)のことだ。野党共闘のあり方についての醍醐聰さんのご指摘をもっともであるとし、私のブログでのこの点についての応接を、「重要な問題提起をスルー」して、いかにも「もの足りない弁明」とされる。ご指摘は下記のとおりだ。

澤藤さん。「告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、『知名度頼み、政策不在の候補者選び』という宇都宮氏の批判に一理がある。(略)こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という醍醐聰さん(東大名誉教授)の指摘も私は同様に重要な問題提起だろうと思います。「4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という醍醐さんの指摘は本来の野党共闘はどうあるべきかという根底的な問題提起です。この重要な問題提起をスルーして「4野党が責任もって推薦しているのだ」というだけではこれもいかにも「もの足りない」弁明というべきです。醍醐さんの指摘に本格的に応じてみよう、という気はありませんか?(東本高志 2016/07/15)

私は、Blog「みずき」には関心をもって目を通しているつもりだが、昨日(7月15日)はまったく気付かなかった。今日(16日)、日民協の総会と懇親会を終えて夜帰宅し、パソコンを開いてはじめて気が付いた。私のブログの拙文に、こんなに関心をもっていただいたことをまことにありがたいと思う。

常々、醍醐さんが言っている。「議論が足りない」「意見の異なる人との真摯な議論が必要なのにできていない」「リベラル側の議論の意欲も説得の能力も不十分だ」と。幾分かは、私に言われているように思う。せっかくの東本さんからの議論をうながすご質問。しかも、醍醐さんの指摘を引用してのものだ。「本格的に」はともかく、応じなければならない。

私の「弁明」をまとめれば、次のようになろうか。
 (1) 不十分だが緊急避難としてこの際やむを得ない
 (2) それでも候補者選定の最低限情報は提供できている
 (3) 公約の細目は追完される
 (4) 候補者選定の枠組みを作ったのは市民だという大義がある

私は革新陣営の共闘を願う立場で一貫してきた。政党が、自らの理念や政策を大切にして他党と支持を競い合うのが本来の姿であるが、政策が近似する友党との共闘が大義となって、個別政党の共闘拒否がエゴとなる局面がある。保革で一議席を争う首長選挙がその典型であろうし、喫緊の重要課題についての共闘の成否が革新陣営全体あるいは野党全体の死活に関わる問題という局面では、国政選挙でも共闘が大義となるだろう。

私の革新共闘の原イメージは、70年代初頭の革新自治体を誕生させた運動だった。社・共の両政党を当時は強力だった総評が間に立って結びつける。そのような共闘のお膳立てを文化人が準備した。東京・大阪・京都・福岡・愛知などに、そのような形での革新知事が誕生して、国政にも大きなインパクトを与えた。今でも、美濃部革新都政のレガシーには大きなものがある。とりわけ、福祉や公害対策の分野において。

しかし、60年安保闘争後の高揚した雰囲気の中から生まれた革新自治体運動はやがてしぼんだ。共闘の主役だった社会党はその座を降り、労働運動はかつての力を失った。革新共闘そのものが困難な時代となった。東京都知事選挙にもその影は深く、極右の知事に対抗すべき革新統一もならない事態が続いた。

石原の中央政界転身による2012年都知事選での革新共闘は、市民運動が主導して、各政党が候補者を個別に支持する形のものであった。「この指止まれ方式」と言われた。政党は、候補者の出馬宣言に賛同を表明する形で共闘に参加し、けっして政党間の事前の政策協定あっての共闘ではなかった。それでも、これまでにない共闘が成立したことを大いに評価すべきものといえよう。具体的な政策は、選対に参加した学者を中心に立派なものができあがった。共闘参加者全体に違和感のないものとしてである。このとき、政策作りに候補者本人はほとんど関与していないが、それでよい。選挙は陣営としてするもので、候補者も政策に縛られるのだから。

要するに、「市民運動+共産・社民」の範囲を「革新共闘」として、ようやくにして成立に漕ぎつけた。共闘の要は、候補者であった。特定の政党や勢力に偏らない人物が名乗りを上げたからこそ、共闘の枠組みができた。それでも、選挙結果は記録的な大敗を喫した。候補者の魅力に欠けていたこと、選挙実務ができていないことが最大の要因であったろう。

14年都知事選においては、革新側(ないしは野党側)は分裂選挙となった。およそ最初から勝てる見込みある選挙ではなかった。結果は、分裂した両候補の票を合計しても、自公の候補に届かなかった。革新の側は、本気で勝つためには、共闘の幅は拡げなくてはならないこと、分裂選挙してはならないことを学んだ。候補者の選定は、この教訓から出発しなければならない。

16年都知事選は、様相を異にする。これまでと違って、政党間の共闘合意が先行したのだ。しかも、民進・生活を含む4野党共闘の枠組みである。この枠組みで推すことのできる候補者がどうしても必要だったのだ。前回・前々回の候補者では、4野党共闘の枠組みにふさわしからぬことは自明のことであった。候補者個人は、3回目の立候補ともなれば都政の細目に詳しくはなるだろうが、それはさしたる重要事ではない。市民が後押ししてようやくにして作り上げた4野党共闘である。これを生かす候補者の選定が大義なのだ。共闘参加のすべての政党が推せる候補者でなくてはならない。当然のこととして共闘の最大政党である民進の意向も無視し得ない。今回の参院選東京選挙区での民進票は170万なのだ。

せっかくの4野党共闘による知事選の枠組みが人選で難航しているときに、告示間際となって鳥越候補が出現した。政策は共闘成立に必要な大綱でよい。私は、出馬会見で彼が語った第3項目は、実質的に「ストップ・アベ暴走」であったと思う。あるいは、「首都東京から改憲阻止のうねりを」というもの。語られた中身は、改憲阻止であり、戦争法廃止である。歴史を学んだ者として、アベ政権の歴史修正主義を許せないという趣旨の発言もあった。都政に憲法を生かすとの政策と受け止めることができる。これだけでも十分ではないか。もちろん、今回知事選の争点となる知事としての金の使い方、透明性の確保についても語られている。

果たして、細目の公約がなく都民不在であるか。もちろん、時間的余裕があってきちんとした公約を掲げての立候補が望ましい。今回の経緯では不十分であることは明らかだが、「都民不在」とまでいう指摘は当たらないものと思う。

その理由の一つは、候補者の経歴がよく知られていることにある。候補者の政治的スタンスと人間性の判断は十分に可能であろう。出馬会見はそれを裏書きする誠実なものであった。都知事としての資質と覚悟を窺うに十分なものであった。

また、4野党共闘の枠組みは広く知られているところである。立憲主義の回復であり、民主主義と平和の確立であり、戦争法の廃止であり、改憲阻止である。4野党と市民が納得して、この枠組みに乗せられる人であることが都民に示されたのだ。「候補者+4党+支持する市民」がこれから練り上げる具体的な都政の政策をしっかりと見ていこうと思う。それでも、けっして遅すぎることにはならない。

事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みである。これを強く望みつくったのは市民である。これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。現実に革新の側(反自公の側)が勝てるチャンスなのだ。既に多くの市民団体が鳥越支持の声を上げている。各勝手連も動き出している。政策は、おいおい素晴らしいものが体系化されるだろう。もとより理想的な展開ではないが、今回はやむを得ない。判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。傍観者的に都民不在と言わずに、4党枠組みを望んだ市民の一人としてこの知事選に関わっていきたいと思う。
(2016年7月16日・17日加筆)

都知事選の候補者は、「4野党共闘の統一候補」を。

参院選(7月10日)直後に、都知事選告示(7月14日)が迫っている。「出たい人より出したい人」は選挙に通有の名言だが、「出たい人」「出たがり屋」と「出したい人」「出てもらいたい人」とのマッチングがなかなかに難しい。

今回都知事選の「出したい人」は、条件が明確になっている。「4野党共闘の枠組みでの統一候補たりうる人」である。この枠組みははやばやとできあがった。しかし、その枠組みでの人選の進捗が見えてこない。

6月21日赤旗は次のように報じている。
「日本共産党の小池晃書記局長、民進党の枝野幸男幹事長、社民党の又市征治幹事長、生活の党の玉城デニー幹事長は21日、国会内で会談し、参院選で野党統一候補を実現した全国32の1人区で勝ち抜くとの目標を改めて確認するとともに、舛添要一知事の辞職にともなって行われる東京都知事選でも野党が共同して候補者を擁立することで一致しました。」
「会談では、…都知事選については、自民、公明が押し上げた都知事が2代にわたって政治とカネの問題で辞任しており、このような知事をつくり出してきた自民、公明の責任を追及し、都政を刷新する候補者を野党共同の枠組みで擁立することで合意しました。」
「小池氏は都知事選について『自民党と公明党の責任を追及し、それを刷新できる人物を野党共闘の枠組みで押し上げ、参院選と一体に勝利したい』と表明しました。」

4野党共同での候補者選びがどこかで深く進行しているのだろうが、あまりに深すぎて、都民の目には入ってこない。いたずらに日は過ぎて、告示まで1週間を切ってなお事態の混沌しか見えてこない。民進都連の野党共闘に背を向けたような拙劣な人選の報は目にするが、共産党の動きがまったく見えないのだ。

そんな中で、「出たい人」のまたまたのフライング宣言があったようだ。「またまたの」という根拠は、「東京をプロデュース」の下記URL「2014年都知事選総括」をよくお読みいただきたい。
  http://toupuro.jimdo.com/2014年総括本文/

フライング宣言は、都知事選における4野党共闘枠組み無視宣言でもある。共闘の枠組みを無視して単独で出馬宣言をしておいて、「ついてくる者だけこの指止まれ」という独善的なやり方。野党共闘枠組みができていないときにはあり得る方式だろうが、「今、それを言っちゃあ、おしまいよ」ということになる。

そんな重苦しい空気の中で、石田純一の「場合によっては立候補」記者会見は清々しい印象ではないか。

各紙の報道はほとんど齟齬がない。代表的なのは以下のようなもの。
「俳優の石田純一さんが8日、東京都内で会見を開き、『野党の統一候補であるならば、ぜひ出させていただきたい』と野党の統一候補となることを条件に都知事選(14日告示、31日投開票)に立候補する意向を示した。『野党が統一候補を立てずに分散するというなら、私は降りて(出馬しないで)市民の側に寄り添いたい。自分は「出たい」というよりも「野党統一候補が必要」という考え。万が一、野党統一候補が決まるなら、それがいい』と話し、それぞれ候補者の調整に動いている野党各党に呼びかけた。」(毎日)

また、「石田は、『自分が統一候補じゃなきゃ嫌だというわけではありません』と説明したうえで、『現状、野党がバラバラでは(与党に)勝てない。思いを力に変換できない。少しでも力を結集したい』と話した。」「現状、政党からの出馬要請は『ないです』とした。」「自身が統一候補になれなかった場合や、別の人物が統一候補となった場合は『喜んで応援する』とした」とも報道されている。

石田は野党共闘の枠組みでの進展がないことに業を煮やして一石を投じたのだ。しかも、相当の覚悟をもってのこと。野党共闘の枠組みを大切にし、姿のぼやけてきた共闘の再構築をうながそうとの真摯さがよく見てとれる。好感の持てる姿勢ではないか。

それにしても、分からないのが民進都連だ。自分が共闘の中心に位置して、人選は自分が先行してよいと思っている様子なのが解せない。都議の数では共産党の後塵を拝している民進ではないか。その民進が、どうして長島昭久や松沢成文など、4野党共同で推せるはずもない候補者の人選をするのか。そして、共産党のダンマリも解せない。今は、4野党責任者の協議の進行が喫緊の課題だ。このままでは、参院選の野党共闘の雰囲気にまで翳りを落としかねない。

「後出しジャンケンが勝ち」は、歴代都知事選に限っての格言。なるほど、立候補表明の候補者について、メディアはいっせいに取材し書き立てる。立候補直後の数日は「時の人」として話題になる。その熱気が冷めないうちに投票になだれ込みたいという戦略。政策ではなく、知名度や話題性での投票行動を期待しての後出し。4野党統一候補は、作戦としての後出しではなく、共闘の枠組みを大切に満を持しての選任でなくてはならない。

先んずればフライングと言われ、遅れれば邪道とされる。出たがれば叩かれ、出たくない振りをすれば、熱意がないと言われる。知名度があっても経験がないと言われ、経験あっても当選は無理だといわれる。ほんに、「出たい人」と「出したい人」とのマッチングは難しい。

くすぶり続ける都知事選統一候補の選任。東京にいるからの思いであろうか。せっかくの参院選の野党共闘態勢に水を差しかねない。12年選挙・14年選挙の、二の舞・三の舞という事態はもう見たくない。
(2016年7月8日)

東京都教職員研修センター門前にて、理不尽な「服務事故再発防止研修」強行に抗議する

弁護士の澤藤から、研修センター総務課長に要望と抗議とを申し入れる。
本日、国歌斉唱の職務命令に従わなかったとして懲戒処分を受け、心ならずも処分に伴う再発防止研修の受講を強制されている教員は、自分の思いを口に出せない立場にある。代わって私が、東京都教育委員会と研修センターに、その思いを申しあげるので聞いていただきたい。それだけでなく、私は、当該の教員が担任している特別支援学校小学部3年生のクラスの子どもたちを代弁する立場においても、研修センターに抗議をしたい。

まず最初に、私たちの基本的な立場を確認しておきたい。国旗国歌の強制とこれに従わないことを理由とする懲戒処分は違憲違法だ。本日研修受講の教員に課せられている減給処分は、最高裁判例の立場からも重きに失するものとして裁量権の逸脱濫用としても違法だ。この処分自体の違法に重ねて、これに付随する「服務事故再発防止研修」の受講強制は、さらに重ねて「思想・良心の自由」と「教育の自由」を踏みにじるものといわねばならない。

その上で、本日の研修命令の、日程の理不尽について抗議をしたい。本来本日の研修は所属校研修として、教員が勤務する学校で行われるはずのものだった。それが突然に場所を変え、研修センターに呼び出しての研修受講となった。しかも、その日程が本人に告知されたのが6月6日。当然のことながら教員の本日の授業の日程はびっしり詰まっている。急な呼出は、どうしても授業に差し支える。日程を変更して欲しいとの要請はニベもなく拒絶された。せめて時間をずらして、授業終了後にしてもらいたいというささやかな要請すら拒絶された。今日の授業には、校外での社会科見学の日程もあり、子どもたちは楽しみにしていた。このように、子どもたちの授業を受ける権利を一顧だにしない、およそ教育的配慮とは無縁な東京都教育委員会と研修センターの姿勢に怒りをもって抗議する。

子どもたちから教育を受ける権利を奪い、教員の本務である教育への専念の機会を剥奪して、いったい何のための研修なのか。あなた方のこの日程設定は、教育行政が教育に介入するものとして、いや教育行政が教育の機会を奪うものとして違法といわざるを得ない。仮に、行政に甘い裁判所がかろうじて違法ではないとしても、明らかに不適切ではないか。誰がどう考えても、「違法ではなくとも、不適切」。何よりも大切なこととして最優先させるべきは、子どもたちの教育を受ける権利を全うすることである。その子どもたちの授業を受ける権利をないがしろにして、教員の研修の意味がどこにあるというのか。

本来研修とは、非違行為あった者に対して、その人の良心を呼び覚まし、自覚を促して、再び同様の行為を繰り返さぬように、決意させることではないか。その観点からは、差別発言を繰り返した石原慎太郎、巨額の裏金を受けとった猪瀬直樹、公私混同甚だしい舛添要一、このような歴代の都知事にこそ、研修受講がふさわしい。

しかし、自己の良心の声に耳を傾け、良心に基づく行動をした教員に対して、いったいどのような研修の必要があるというのか。結局は、教員の良心に鞭打ち、思想の転向を強要すること、もっと端的には嫌がらせとイジメだけが、「再発防止研修」の趣旨であり目的ではないか。私は、憲法や教育法体系の理念を踏まえ、人間の尊厳と教育をもてあそぶ都教委と研修センターに、満身の怒りを込めて抗議する。

最後に、本日研修を担当する職員の諸君に申しあげておきたい。
2004年の再発防止研修に関する執行停止申立事件における東京地方裁判所決定は、こう言っている。

「くり返し同一内容の研修を受けさせ、自己の非を認めさせようとするなど、公務員個人の内心の自由に踏み込み、著しい精神的苦痛を与える程度に至るものであれば、そのような研修や研修命令は合理的に許容される範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生じる可能性があるといわなければならない」

この決定の説示は、司法からの、都教委や研修センターへの警告として受け止めて再確認いただきたい。本日の研修内容は「自己の非を認めさせよようとする」ものであってはならない。いささかも、教員の思想や良心の自由に立ち入って、憲法上の基本権を侵害するものであってはならない。弁護団からも、このことを厳重に警告して、本日の要請とする。
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緊急の研修センター抗議行動。総務課長に申し入れをし、受講のために入構する受講者を激励した直後に、集会参加者間に「舛添要一辞表提出の意向」というニュースが飛びかった。

「またまた、都知事選挙か」「いったい誰が革新側の候補者としてふさわしいだろうか」「納得できる人じゃなくちゃね」「出たがりやさんはゴメン」「今度は勝てる候補者を」「清新なイメージの人でなくては」「猪瀬・舛添・田母神などとよく似た問題を抱えている人はダメ」「前回選挙の『革新』候補も、舛添同様に『選挙運動収支報告書を訂正すれば済む』だものね」。
(2016年6月15日)

限りなくクロに近い濃いグレイ-舛添知事の政治資金規正法違反の疑惑

2年前(2014年)の2月、舛添都知事誕生の際には、ひそかに期待するところがあった。あの石原暗黒都政から脱却の展望が開けるだろうという思いである。石原は、2012年都知事選では舛添を支援することなく、こともあろうに田母神の応援に走った。こうして、舛添は石原後継の軛に縛られることのない好位置を占めたうえ、保守中道と公明票を集めて210万を越える大量得票で圧勝した。

舛添は、保守ではあるがリベラルに親和性をもつ位置に立つ。日の丸や君が代が好きなはずはない。よもや愛国心強制教育に固執するようなことはあるまい。石原アンシャンレジームに責任を負わない立場の舛添であればこそ、脱却も是正もできるのではないか。教育委員のメンバーも少しはマシになって、異常な教育行政は改善されるのではないか。そう考えたのは、甘かった。

舛添就任から1年経過しても、都教委の姿勢におよそ変化の兆しがみえない。彼の記者会見の発言を聞くうちに、「どうもこの人ダメなようだ」と思わずにはおられなくなった。この人、教育行政の実態をほとんど知らない。知ろうとする意欲がない。頭の中は、オリンピックのことだけでいっぱいなのだ。

2年待って、見切りを付けた。もう、舛添に期待するのはやめよう。舛添も闘うべき相手と見極めなければならない。そう考えを決めたころから、この人の公費の浪費や公私混同の話題が出てきた。私は何の躊躇もなく原則のとおりに批判した。

海外出張の大名旅行ぶりの指摘を受けて、この人は「トップが二流のビジネスホテルに泊まりますか?」「恥ずかしいでしょう」と居直った。おや、こういう人だったのか、と認識をあらためた。相手の批判を極端にねじ曲げたうえでの反論は理性ある人の対応ではない。批判者の誰も、「二流のビジネスホテルに泊まるべきだ」と求めてはいない。都の出張規程の上限である一泊42000円のホテルで十分ではないか。それを20万円に近いスイートに宿泊する必要はなかろうとの批判を真摯に受け止めようとしないのだ。

さらに、公用車での湯河原別荘通いが暴かれた。メデイアへの匿名内部告発が報道の発端だという。問題発覚以後の「ルールに則っているから問題ない」というこの人の姿勢に、これはダメだとあらためて思った。自分の利益のためなら、ルール最大限活用主義者なのだ。

そして、公私混同の極み。家族旅行費用を政治団体の資金から支出し、ホテルからの領収証を「会議費」とさせて、政治資金収支報告書に虚偽記載しているという報道。これまでのところ、この報道内容の信憑性は高い。これは重大問題だ。倫理や道義の問題ではなく、刑事制裁の対象となる事件だからだ。ことは、知事の座がかかる事態に発展しかねない。

公私混同よりも、政治団体のカネの流用よりも、政治資金規正法に基づく収支報告書への虚偽記載がポイントである。これは、逃れ方が難しい。

政治資金規正法第1条の(目的)規定を掲記する。ぜひ、目を通していただきたい。

第1条 この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。

「議会制民主主義下の政治活動は、国民の不断の監視と批判の下に行われなければならない」。その監視と批判を可能とすべく「政治資金の収支の公開」を制度として整える。その厳格な収支の公開を主権者の目に晒すことによって、「政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的」とすると言っている。この法律による制度の中核をなしているものは「政治資金の収支の公開」という手法である。もとより、この公開は正確でなくてはならない。虚偽の公開は、国民の不断の監視と批判を妨げることから、政治活動の公明と公正を毀損し、民主政治の健全な発達を阻害する犯罪行為とされるのだ。

その趣旨を、同法25条1項3号は、「政治資金収支報告書…に虚偽の記入をした者」は、「五年以下の禁錮又は百万円以下の罰金に処する」と定める。

もっとも、政治資金規正法25条は、会計責任者の身分犯であって、直接には会計責任者の罪科が問われることになる。会計責任者は法27条2項「重大な過失により、…第25条第1項の罪を犯した者も、これを処罰する」によって、故意がなかったというだけでは免責されない。

そこで、虚偽記載罪については一般に、会計責任者が「殿のために」すべてをかぶって、「殿の与り知らぬこと」となし得るが、本件の場合にはそうはいかない。

家族旅行のホテル代の領収証取得には、会計責任者は関与していない。舛添の指示のとおりに、会計責任者が報告書に虚偽の記載をしたものと考えざるをえない。しかも、正月に「会議」などあり得ないことは会計責任者の分かること。結局は、舛添と会計責任者の共同正犯(刑法60条)が成立し、身分のない舛添も処罰対象となる(刑法65条1項)可能性が限りなく高い。

それだけでない。法28条は、公民権停止を定める。
第28条 (第25条の)罪を犯し罰金の刑に処せられた者は、その裁判が確定した日から五年間(刑の執行猶予の言渡しを受けた者については、その裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間)、公職選挙法 に規定する選挙権及び被選挙権を有しない。

公民権を失うとどうなるか。
地方自治法第143条 普通地方公共団体の長が、被選挙権を有しなくなつたとき…は、その職を失う。
のである。

公職選挙法違反でも政治資金規正法違反でも、特定の犯罪で有罪になった者には、公職にある資格がないとされる。舛添の政治資金収支報告書虚偽記載罪はそのような類型の犯罪なのだ。

なお、政治資金規正法第2条は、次のように(基本理念)を掲げている。
第2条 この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。

政治資金はすべて国民が拠出した浄財である。任意の拠出資金だけではなく、税金から支出された政党助成金も含まれている。この浄財の公と私の財布とのケジメを無視したことは、国民が拠出した浄財をクスネたということになる。

このことによって、多くの国民が「政治資金をカンパしても、結局こんな使われ方で終わってしまう」。「馬鹿馬鹿しくってカンパなどやっていられるか」ということになってしまう。このように「政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制した」点において、舛添知事の責任は大きい。

それにしても、である。先に、田母神が逮捕された。次いで、舛添も刑事責任を追求されかねない。他の候補者・陣営は安泰なのだろうか。そして、舛添の失職と新たな都知事選があるのだろうか。風雲は急を告げている。
(2016年5月12日)

田母神俊雄運動員買収で逮捕ー教訓:選挙運動者にカネを払ってはならない

田母神俊雄が逮捕された。一瞬驚いたが、所詮は政権とは無縁の人。甘利逮捕ならビッグニュースだが、田母神逮捕ではさしたるニュースバリューはないのかも知れない。それでも、田母神を応援した石原慎太郎や百田尚樹らの言を聞きたいところ。

政治的影響はともかく、政治とカネ、選挙とカネについての貴重な教訓を提供する事件だ。選挙運動は無償だ。これにカネを支払えば犯罪となるとの警鐘として心しなければならない。似たような話は身近にいくつもある。

田母神逮捕の被疑事実は公職選挙法の運動員買収である。条文を抜粋すれば以下のとおり。
第221条(買収)「次に掲げる行為をした者は、3年(候補者がした場合は4年)以下の懲役若しくは禁錮又は50万円(100万円)以下の罰金に処する。
一 当選を得、若しくは得しめ又は得しめない目的をもって、選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益の供与、その供与の申込み若しくは約束をしたとき。」

公選法上の買収には2種類ある。選挙人買収と運動員買収である。選挙人(有権者)を買収することは、直接に票をカネで買うことだ。運動員の買収はカネで票を集めること、間接的にカネで票を買うことにほかならない。選挙運動は無償が大原則なのだから、選挙運動員にカネを渡してはならない。カネを渡せば運動員買収罪が成立する。受けとった運動員も処罰対象となる。買収だけでなく供応も同じだ。

田母神の被疑事実は、「都知事選後の14年3月中旬ごろ、東京都内の事務所で、事務を統括し選挙運動をしたことへの報酬として島本順光元事務局長に200万円を支払ったほか、島本元事務局長らと共謀し、同3月中旬~5月上旬、同事務所などで運動員だった5人に対し、投票を呼びかけて練り歩いたことなどに対する報酬として、現金計280万円を供与したと」と報道されている。

候補者であった田母神だけでなく、島本順光元事務局長も逮捕された。島本は、5人の運動員買収について田母神との共犯(共同正犯)とされたほか、自らが田母神から200万円を受領したことが別の独立した犯罪とされている。

選挙運動は、判例において「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」と定義されている。選挙運動は飽くまで、自発的な意思によって行われるべきもので、報酬はない。選挙運動は無償が原則である。選挙運動者に報酬を支払えば、運動員買収として処罰対象となるのだ。もっとも選挙運動には当たらない純粋な労務の提供や事務作業者に対しては、予め届け出た者に限って決められた範囲の額の対価を支払うことができる。気をつけなければならないのは、たとえ労務者として届出があっても、単純労務の提供の範囲を超えて「選挙運動をした者」となれば報酬を支払ってはならないということだ。

私は、2013年の暮れから14年の1月にかけて、連続33日間「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」のシリーズを書き続けた。その中で、12年暮れの都知事選における宇都宮陣営の田母神類似問題について、詳細に報告した。

金額の大小の差はあれども、宇都宮選対事務局長と選対本部長とは、田母神陣営と似たことをしている。この報告は、下記のURLでお読みいただきたい。
 http://article9.jp/wordpress/?cat=6

この私の指摘に対して、宇都宮陣営の3人の弁護士が連名で「反論」している。2014年1月5日付(公表は6日)の「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」というもの。公平に見て、駄文の域を出ないものであるが、そのなかに、見過ごせない次の一文がある。

「澤藤氏は、『公職選挙法の定めでは、選挙運動は無償(ボランティア)であることを原則としています。』とか『市民選挙における選挙カンパとは、選対事務局員への報酬へのカンパではないはずと思うのです。』との一方的な思い込みに基づく論理で、あたかも選対事務局員に公選法違反の報酬が支払われたかのごとき主張をなしているのである。これらの支払いは単純労働への対価の支払であり、何らの違法性もないものである。」

この文章の非論理はともかく、これを普通の読み方をすれば、「公職選挙法の定めでは、選挙運動は無償(ボランティア)であることを原則としています」という私の指摘を、「一方的な思い込みに基づく論理」として非難するものにほかならない。これは、恐るべき認識というほかはない。この文章が書かれたのは、2014年都知事選の直前のこと。14年都知事選での宇都宮陣営は、「選挙運動は無償(ボランティア)であることを原則としています」という指摘を真剣に受け止めることなく、選挙戦に突入したと考えるほかはない。この3弁護士の「論理」で選挙運動をしたのでは、田母神陣営と同様の違法を犯した可能性を否定し得ない。

革新陣営の選挙に参集する選挙運動者に対しては、飽くまで「選挙運動は無償(ボランティア)でするもの」と確認し強調しなければならない。これを「一方的な思い込みに基づく論理」などと揶揄するようでは、田母神陣営の感覚と変わるところがない。14年選挙についての違法は可能性しか指摘できないが、12年選挙に選対事務局長や選対本部長の違法があったことは、既述のとおりである。

このような感覚だから、12年選挙における宇都宮選対の打ち上げの「会食費」が政治資金収支報告書に計上されたり、宴席で突然に「労務者報酬」が配られたりするようなことになる。このようなやり方で、善意の選挙運動参加者を違法行為に巻き込んだ選対事務局長の責任はとりわけ大きい。

その他の反論は、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその17」をお読みいただきたい。
  http://article9.jp/wordpress/?p=1834

あらためて当時のことを思い出す。今回の田母神逮捕は、私の運動員買収の指摘が杞憂でなかったことを裏付けるもの。再度しっかりと確認しておきたい。選挙運動は飽くまで無償でやることなのだ、と。
(2016年4月14日)

3・11から4年。「石原慎太郎天罰発言」批判のアーカイブ。

あの「2011年3月11日」から本日で4年になる。岩手を故郷とする私にとって、あのときの衝撃は生涯忘れることができない。「3・1・1」という数字の連なりに特別の感情が湧いて、胸が痛い。本日のブログでも、震災・津波・原発に関して何かを書かねばならないと思いつつ、筆が重い。

4年前の災害直後を思い出す。石原慎太郎の「震災は天罰」という発言に接して、私は怒り心頭に発した。石原に怒り、この社会の石原的なものの総体に対して怒り、石原ごときを都知事としている都民にも怒った。

筆を抑えつつも、その怒りのほとばしりを、石原慎太郎・天罰発言糾弾の記事として書き連ねた。当時間借りしていた日民協ホームページのブログに、である。3・11に関連した記事として、これ以上のものも、これ以外のものも書けない。当時の記事を抜粋して再録することにした。多くの方に、ぜひもう一度お読みいただきたいからだ。

再録だから、抜粋ではあっても長さに切りがない。徒然の折に、一つでも二つでも、目を通していただけたら、とてもありがたいと思う。
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石原慎太郎の「震災は天罰」発言に抗議する

 敢えて一切の敬称を省略する。石原慎太郎は、東北太平洋沖大震災・津波の被災者に謝罪し、即刻すべての政治活動から身を退くべきである。
 複数メディアの報ずるところによれば、石原は大震災の被害を「これはやっぱり天罰だと思う」と記者会見の場で広言した。「津波で我欲を洗い落とせ」とも言ったという。
 その後記者から「『天罰』は不謹慎では」との質問に対しても、「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べているとして、発言の撤回も謝罪もしていない。
 かつてない大災害で万を数えようという犠牲者が出ている。多くの罹災者が家族を失い、家も職も地域社会をも失って塗炭の苦しみに嗚咽の声をあげている。そのときに、石原はこの苦しみを「天罰」と言ってのけたのだ。「津波で我欲を洗い落とせ」とも。何という心ない言葉であろうか。何という思いやりに欠けた、唾棄すべき人格。
 石原にとっては、この大災害の罹災者一人一人の死や離別、恐怖は、「被災者の方々はかわいそうですよ」という程度のものでしかない。
 明らかに、石原はこの発言で政治家たるの資質のないことを露わにした。少なくとも、民主主義社会において、これほど人権感覚を欠如し、これほどに国民を見下した政治家に、責任ある地位を与えておくことはできない。
 発言を撤回し謝罪するだけではたりない。政治家失格者としてあらゆる政治活動から身を退くよう、要求する。
(2011年03月14日)

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石原慎太郎君、君こそ「天罰」を甘受したまえ。

 敢えて敬称を「君」としよう。
 石原慎太郎君、知事を辞めたまえ。四選出馬を撤回したまえ。潔く、大震災・津波の被災者にたいする謝罪広告を掲出し、すべての政治活動から即刻に身を退きたまえ。
 君は、大震災の被害を天罰だと記者会見の場で広言した。塗炭の苦しみを味わっている被災者を罪ある者とし、その苦しみを天罰と言ったのだ。被災者を我欲者として「津波で我欲を洗い落とせ」とも言った。その君の罪は限りなく重い。
 君の「天罰発言」は、失言だとか、不用意に口が滑ったという次元の問題ではない。君の人格そのものの表出なのだ。権力者面をした君には、この大災害の被災者一人一人の死や離別の恐怖・苦悶・悲嘆に共感する能力が根本的に欠落している。このことは、民主主義社会での政治家として決定的な欠陥なのだ。

 君は、いとも簡単に「言葉が足りなかった」として、「謝罪し、発言を撤回した」と報じられている。君は、自分の言葉の軽さを当然として、その撤回は可能と考えているようだが、それは心得違いも甚だしい。
 君の「天罰発言」は、政治家としての君の資質の欠落を露呈させたものだ。だから、政治家失格の真実を消し去ることはできない。発言を撤回したところで、君の人権感覚の欠如、国民無視の姿勢の露呈を消し去ることはできない。
 君が都知事を続けたら、不幸な都民に再度「天罰」と言うだろう。いや、既にこれまでも「天罰」として切り捨てられている都民を指摘することもできる。
 このたびは、謂わば君自身が君の原罪を露わにしたのだ。天罰を甘受するよりないではないか。天罰発言を撤回して、謝罪するだけでなく、知事も辞めたまえ、四選出馬を撤回したまえ、あらゆる政治活動から身を退きたまえ。それが、民主主義と人権の進展のために、君がなし得る唯一のことなのだから。
(2011年03月15日)

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石原慎太郎君、君は「謝って済む」立場にない。

 石原慎太郎君。
 君は、このたびの大震災の被害を天罰だと広言し、その翌日まことにぶざまに発言を撤回して謝罪した。しかし、君には、自らの発言の罪の深さが理解できていない。君の「天罰発言」への謝罪は、到底受け容れられるものではない。君は、今さら謝罪で許される立場にはないと知るべきだ。
 加害行為は、その態様と程度によっては、加害者の真摯な反省と謝罪が被害感情を慰藉することがある。その場合には、謝罪は被害者に受容される。つまりは、「謝って済む」ことになる。しかし、君の場合、到底「謝って済む」問題ではない。
 尊い命を失った方、あるいは掛け替えのない家族を失って悲嘆にくれ、またあるいは恐怖と絶望に震える大震災の被災者に対して、君は「その不幸は天罰」と言ったのだ。かつて君自身が田中均外務審議官に投げつけた言葉を借りるなら、君の発言こそが「万死に値する」行為なのだ。到底許されるものではない。
 私は、岩手県の出身者として知人の被災に胸を痛めているが、もとより被災者に代わって発言する資格はない。しかし、君の発言は、私の心情も大きく傷つけた。私も君の発言の被害者の一人だが、私の怒りはおさまらない。「発言の撤回と謝罪」程度で、私はけっして君を許さない。多くの被災者はなおさらのことと思う。
 あらためて要求する。石原君、即刻政治家を辞めたまえ。
 「万死に値する」とは、君の言葉の使い方と同様レトリックでしかない。死をもって償えなどと野蛮な要求はしない。知事を辞め、四選出馬表明も撤回し、あらゆる政治活動から身を退きたまえ。それが、今君のなし得る真摯な謝罪の方法である。
 その実行があれば、私は、君の人間性と真摯さを見直し、君の発言を宥恕するにやぶさかではない。もっとも、私に比較すべくもなく大きく深く君の発言に傷つけられた被災者が、君を許すかどうか‥。それは、私の忖度の限りではない。
(2011年03月16日)

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石原慎太郎君、君は民衆の信頼を失った。

 君には、「天・罰」の二文字が深く刻まれた。どのようにあがいても、もう、洗い落とすことはできない。君が人前にその姿を晒せば、人は君の額に「天・罰」の二文字を見る。君がものを書けば、人は紙背に「天・罰」の二文字を読み取る。君が、何をしゃべろうと、また書こうと、「天・罰」の二文字が君から離れることはけっしてない。
 みんなが心得ている。君の「被災はやっぱり天罰」「津波を利用して我欲を洗い落とす必要がある」という言こそが君のホンネであることを。翌日の撤回と謝罪とが、選挙戦術としてのとりつくろいでしかないことを。
 唾棄すべき言論にも表現の自由は保障されよう。君がその本性をむき出しに、無慈悲で無神経な心ない言論を行うことも、君の嫌忌する日本国憲法が保障するところ。君の一個人としての不愉快な言論は自由だ。しかし、政治家としての言論は自ずから別だ。限界もあり、特別の責任が伴う。
 民主主義社会における政治は、選挙民である民衆の信頼を基礎に存立している。
選挙で選ばれた政治家は、選挙民の信頼に応える責任を負っている。その信頼の内容は、民衆の利益への奉仕にある。就中、最も弱い者、最も困窮している者、最も援助を必要とする者に真摯に寄り添うことにある。
 震災被災者の困窮を天罰と言い、援助の手を必要とする津波の被災者に「我欲を洗え」と悪罵を投げつけた君は、弱者を切り捨てたつもりが、自分への信頼を切り捨てたのだ。民衆からの信頼を根底から洗い流した。その信頼喪失の象徴が「天・罰」の二文字である。君がいかなる美辞麗句を連ねても「天・罰」の二文字から君のホンネと本性が透けて見えるのだ。
 民衆からの信頼を失った政治家は潔く身を処すしか道はない。知事の職を辞し、四選出馬を断念し、あらゆる政治活動から身を退いて、民衆を蔑視し民衆の信頼を失った政治家の身の処し方を見せてもらいたい。それがせめてもの、君ができる償いであろう。
(2011年03月17日)

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石原「震災は天罰」

 石原慎太郎知事は、このたびの大震災の被害を「天罰」と言った。
 天罰にせよ刑罰にせよ、罰は罪を犯した者に科せられる。知事は「天罰」という発言で、被災した無辜の被害者に対して、罪ありと指弾したのだ。「被災は自業自得」と放言したに等しい。
 知事は弁明するかも知れない。「自分は日本という国の罪を考え、日本に天罰が下ったと述べたのだ」と。これもまた恥と愚の上塗りである。なにゆえに、国策の決定や遂行に遠い位置にある東北の人々が、また最も弱い立場の幼児や老人までもが、日本の罪を引き受けなければならないのか。なにゆえに、知事自身を含め、権力の中枢にある人々が天の鉄槌を免れているのか。
 知事の視野には、およそ空疎な「日本」や「国家」や「民族」だけがあって、災害に苦しむ生身の人間の姿が見えていない。このような思い上がった人物に、民主主義社会は権力も権限も与えてはならない。多くの人々の運命の帰趨にかかわる地位に置くことは、都民にとって危険極まりないからだ。
 言うまでもなく震災・津波の被災者に罪はない。被災は罰ではあり得ない。むしろ、知事の側にこそ大きな罪があり、厳しく罰せらるべきである。
知事の「罪」(違法)を数え上げよう。
 公然と被災者を侮辱したこと。被災者の名誉を大きく毀損したこと。虚偽の風説を流布して被災者の信用を毀損したこと。罪のない者を罪ありと誣告したこと。
知事にあるまじき愚かで心ない放言によって都民に肩身の狭い思いをさせたこと‥。
 なによりも、苦悶する被災者に対する情誼を著しく欠いたこと。そして、災害を非科学的に「天罰」などと言ってのけ、災害の原因把握や再発予防、そして被害救済の施策と実行について根本的に無能であることを露呈したこと‥。
 以上の「罪」に対する「罰」として、まずは自発的な贖罪が期待される。自ら、知事の職を辞し、四戦出馬を取りやめること。すべての政治活動から身を退くこと。
 さもなくば、天に代わって選挙民が「罰」を与えねばならない。
(2011年03月18日)
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災害を「天罰」とするオカルティズムの危険

 未開の時代、人は災害を畏れ、これを天の啓示とした。個人の被災は個人への啓示、大災害は国家や民族が天命に反したゆえの天罰とされた。
 董仲舒の災異説によれば、天は善政あれば瑞祥を下すが、非道あれば世に災異をもたらす。地震や洪水は天の罰としての災異であるという。洋の東西を問わず古くは存在したこのような考え方は、人間の合理的思考の発達とともに克服されてきた。
 天罰思想とは、実は独善である。天命や神慮の何たるかを誰も論証することはできない。だから、歴史的には易姓革命思想において利用され、政権簒奪者のデマゴギーとして重用された。
 このたびの石原発言の中に、「残念ながら無能な内閣ができるとこういうことが起きる。村山内閣もそうだった」との言葉があったのに驚いた。政権簒奪をねらうデマゴギーか、さもなくば合理的思考能力欠如の証明である。このように、自然災害の発生を「無能な内閣」の存在と結びつける、非合理的な人物が首都の知事である現実に、肌が泡立つ。
 また、天罰思想は災害克服に無効である。天の罰との理解においては、最重要事は災害への具体的対応ではなく、天命や神慮の内容を忖度することに終始せざるをえない。また、災害は天命のなすところと甘受することにもならざるをえない。
 本来、災害や事故に対しては、まず現状を把握して緊急に救命・救助の手を差し伸べ、復旧の方策を講じなければならない。さらに、事象の因果を正確に把握し、原因を分析し、再発防止の対策を構築しなければならない。このことは科学的思考などという大袈裟なものではなく、常識的な合理的な思考姿勢である。この常識的思考過程に、非合理的な天罰思想がはいりこむ余地はない。
 アナクロのオカルト人物が、今、何を間違ってか首都の知事の座に居ることが明白となった。このままでは、都民の命が危ない。
 都民は、愚かな知事をいだいていることの「天罰」甘受を拒絶する。都民の命と安全のために、知事には、即刻その座を退いていただきたい。
(2011年03月19日)
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日本国憲法の嘆きと願い

 私は「日本国憲法」である。
 人類の叡智の正統な承継者として1947年日本にうまれた。以後、主権者国民に育てられて地に根を下ろし、枝をひろげた大樹となっている。
 私の根幹を成すものは、「人権」と「民主主義」と「平和」である。その各々は相互に関連し、相補うものとしてある。とりわけ、至高の価値である国民個人の人権を擁護するために民主主義が円滑に機能することが、私の切なる願いである。
 このことを、私は、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである」と高らかに宣言した。
 「人権」とは、国民の命・健康・安全・名誉・自由・財産であって、私の最も貴重とするものである。国民の代表者たる公務員・政治家は、その貴重な国民の人権を預かる者として、心して国民の福利のために献身しなければならない。
 ときに、この理をわきまえない不心得な政治家が現れることが心配でならない。
 石原慎太郎という首都の知事、何を勘違いしてか、公僕たる立場にありながら偉そうに国民に教訓を垂れたという。「津波をうまく利用してだね、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う」とは、私にとって聞くに堪えない悲しい暴言である。
 本来石原は、被災した国民の命・健康・安全・名誉・自由・財産をいかに擁護し、いかに回復するかに心を砕かねばならない立場にある。被災を「天罰」ということは、苦しむ国民の傷に塩を塗り込むことで、私の想像を絶する。石原は、私の目の黒いうちは、知事としても政治家としても失格というほかはない。
 しかし、私は寛容にできている。私には直接に石原を失脚させる物理的な力はなく、胸を痛めるしかない。首都の主権者にお願いしたい。私に代わって石原を諭して知事の座を退くよう力を尽くしていただきたい。その実現を私は待ち望んでいる。
(2011年03月20日)
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社会不安を奇貨とした妄言を許すな

 大災害は社会不安をもたらす。多くの人々の不安の心理に付け込んで、妄言を吐く輩が跋扈する。牽強付会に災害の原因を解釈して見せ、都合の良いように人心を誘導しようとする。混乱のさなかには、時に大きな影響をもたらす危険ある言説として警戒を要する。石原慎太郎の「天罰発言」もその例に洩れない。
 彼によれば、震災・津波の原因は、「我欲」と「ポピュリズム」にある。つまりは、国民が我欲にとらわれ、政治がポピュリズムに陥っているから、天が罰を下して、震災と津波の被害をもたらした。したがって、「津波をうまく利用して、我欲を一回洗い落とす必要がある。日本人の心のあかをね」ということになる。
彼の人心誘導の方向は、「我欲を洗い流す」ことにある。
 彼のいう「我欲」の内実は必ずしも明確ではないが、「我」の「欲」とは、「全体の利益」「社会の調和」「国家の繁栄」などと対峙する個人の権利主張と理解するほかはない。「我欲を洗い落とす必要がある」とは、全体の利益ために個の抑制を求めるもの。何のことはない、滅私奉公・尽忠報国の焼き直しイデオロギーでしかない。ささやかな庶民の願いを「非国民の我欲」呼ばわりして圧殺した、ほんの少しの昔を思い起こさねばならない。
 もっとも、「ささやかな」と限定することのない我欲を正当と認める立場が、経済制度としての資本主義であり、政治思想としての個人主義ないし自由主義である。国家は個人の我欲を抑圧する必要悪と位置づけられる。現行の制度は、我欲の衝突を調整する仕組みをそなえつつ、我欲を基本的に肯定している。
 これに反して、個人の我欲を否定し、国家・社会・民族の利益を第一義とする立場が全体主義である。石原を「弱者に冷たい新自由主義者」とするのは、実は褒めすぎ。「全体のために個人を否定する全体主義者」と評し直さなければならない。
 恐るべきは、石原の全体主義的言動に喝采を送る一定層が存在することである。
その支持のうえに、3期12年もの都政のあかがたまった。これを一気に押し流す必要がある。「天罰発言」を石原ポピュリズム清算の天恵としよう。
(2011年03月21日)

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都民は被災地の声に耳を傾けよう

 本日の毎日新聞「記者の目」の欄。釜石を故郷とする、社会部記者が地元に入って、災害の惨状を生々しく報告している。
 その中に、次の1節がある。
 「浜町の高台にある児童公園の物置小屋で、地元の消防団員らと夜を越す。ろうそくを囲み、気付けに回す日本酒に思いが噴き出す。『石原慎太郎(都知事)のばかたれが。何が天罰だ。おだつなよ(ふざけるなの意味)』。
 傍らから声が続く。『こんな時こそ、人間性や生き方が問われんだべよ』」 激しく厳しい叱正と、冷静な人間評。いずれも何という痛烈な石原批判であろうか。石原は、「馬鹿たれ」「おだつな」と怒りをぶつけられているだけではない。人間性や生き方そのものを、根底から見すかされ否定され軽蔑されているのだ。
 この声は、一児童公園の物置にたまたま集まった人の声ではない。三陸全体の、いや東北関東被災地全土の声である。今は声を出すこともかなわない2万余の犠牲者の声であり、30万避難者の声でもある。日本全国の心ある人々の真っ当な声でもあろう。
 今、東京都民の民度が問われている。都民は、このような恥さらしの人物を、またまた首長に選出するのであろうか。
 政治家は、聖人君子である必要はない。しかし、庶民の悩みや苦しみを理解する能力のない者は、政治家失格である。苦悩する被災者に、「天罰」と悪罵を投げつける石原を知事に選出するようなことがあれば、こんどは都民が日本中に恥を晒すことになる。
 首都の首長選びには、全国の目がそそがれている。とりわけ、被災地から見つめられ姿勢を問われていることを忘れてはならない。投票行動によって都民の「人間性や生き方が問わている」のだ。
 石原が「馬鹿たれ」「おだつな」と酷評を受けることは当然としても、都民が石原同様の批判を受けるようなことがあってはならない。
(2011年03月22日)

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都民よ、ポピュリストを忌避しよう。

 石原「天罰発言」が、ポピュリズムに触れている。「政治もポピュリズムでやっている」から天罰が下ったという文脈。「無能な内閣ができるとこういうことが起きる」という妄言と併せると、民主党政権誕生を支持した国民の動きをポピュリズムと言っているようだ。しかし、衆目の一致するところ、石原こそが典型的なポピュリストであろう。しかも、極めて質の悪いポピュリストと指摘せざるをえない。
 民主主義とは、理性ある市民の意思が社会の方向を決める原則。成熟した市民の自由な意見交換によって形成された世論が、政治を動かし権力をコントロールする。しかし、石原の政治姿勢はこれに正反対である。数え上げれば限りのない差別発言と雑言を売り物とし、非理性的な衆愚の感性に訴えて集票している。イジメの先頭に立って、取り巻きから喝采を受けているいじめっ子の構図ではないか。これこそ民主主義に似て非なる衆愚の政治であり、ポピュリズム以外の何ものでもない。
 被災者に「天罰」と悪罵を投げつけたのも、選挙間近で都民のウケをねらったイジメ発言なのかも知れない。しかし、今度ばかりはあまりにひどすぎて、あてがはずれたというところ。それでも懲りずに四選めざして立候補する予定と報じられている。
 都民よ、衆愚となってポピュリストに権力を与えることはもうやめよう。冷静に都政の現状を見つめ直そう。
 「貧困都政」(岩波書店)を著した永尾俊彦氏が鋭く指摘している。
「石原都政では、都民が切実に望んでいることはどうでもよくて、福祉や医療で削った金を知事が思いついたことに投資している。気運の盛りあがらないオリンピック招致、新銀行東京、三宅島のオートバイレース。しかも大失敗しても責任をとらない。それどころか、豪華外遊や高額接待をくり返し、築地市場を土壌汚染地に移そうとしている。『日の丸・君が代』の強制に見られるように、都の方針に従わない教師や職員は処分し、左遷し、だまらせようとしてきた」
 まったく同感である。同胞の被災に涙する心をもつ都民に訴える。こんな人物を知事にしてはならない。
(2011年03月23日)
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まことのなみだはここになく‥

 敬愛する郷土の詩人宮沢賢治は、奇しくも明治三陸大津波の年(1896年)に生まれ、昭和三陸大津波の年(1933年)に没している。
  詩人が生前に刊行した唯一の詩集が「春と修羅」。その第二集は、構想だけで生前の発刊が実現しなかった。賢治は、発刊予定の第二集にやや長い序を書いており、その最後によく知られた次の一節がある。
「北上川が一ぺん氾濫いたしますると
 百万疋のねずみが死ぬのでございますが
 その鼠らがみんな
 やっぱりわたくしみたいな云ひ方を
 生きているうちは
 毎日いたして居りまするのでございます」
 言うまでもなく、鼠は、災害に翻弄される東北の農民の暗喩である。そして疑いもなく、賢治は自らの身を百万疋の鼠のうちの一匹としている。賢治は、生き方そのものにおいて、農民に身を寄せ、農民の苦悩を自らのものとした。ヒデリのときは涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩いたのだ。
 岩手を郷土とする私には、鼠という賢治の比喩に、都会人や権力者の、あるいは富裕者の、要するに百万匹の鼠の外に身を置いて見下す立場にある者の、冷ややかな視線を読み取らざるをえない。
 民主社会の代議政治における代表は、百万疋の鼠のうちの一匹こそがふさわしい。その外にいて見下す傲岸な人物に権力を与えてはならない。おそらく賢治もそのような思いであったに違いない。「春と修羅 第二集」を印刷する予定であった貴重な謄写版印刷機を第1回普通選挙に立候補した労農党・稗貫支部に寄付している。
 津波の被害を天罰という政治家に賢治は怒るだろうか、はたまた嘆くだろうか。
 「まことのことばはここになく
  修羅のなみだはつちにふる」
(2011年03月24日)
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グスコーブドリの生き方

「グスコーブドリの伝記」は、賢治の生き方の理想の一面を表している。
 イーハトーブの森に生まれた木樵の子ブドリは、幼くして父母を失う。寒さの夏に続く飢饉ゆえの不幸。その自然の災害に加えて、妹ネリとともに人の世ゆえの辛酸にも遭う。
 長じたブドリは火山局の技師となり、火山の噴火を抑えたり、窒素肥料の雨を降らせたりと働く。イーハトーブは豊かになったが、寒さの夏の再来が予報される。
 その対策として、ブドリは一計を案じる。火山島を爆発させ、大気に二酸化炭素を噴出させ温暖化効果で冷夏を克服しようというのだ。その危険な仕事はどうしても犠牲を伴うのだが、ブドリは敢えて志願してなし遂げる。ブドリの犠牲で、多くの人を不幸にした寒さの夏はなくなり、「ちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪(たきぎ)で楽しく暮らすことができたのでした。」と、お話しは締めくくられる。
ブドリは災害を天罰とするごとき非科学的な思想のカケラも持ち合わせない。科学的な思考なくして災害を克服することができないことを知っているから。また、ブドリは災害を他人事としない。災害の克服への献身を惜しまない。自らが、災害の不幸を背負って生きてきたのだから。
 ブドリを通して賢治は語っている。ブドリの自己犠牲が、「たくさんのブドリやネリと、たくさんのおとうさんやおかあさん」に幸せをもたらしたように、自分も農民に幸せをもたらす生き方をしたいと。ブドリのようなかたちの自己犠牲を肯定できるか賛否はあろう。しかし、農民の立場に身を寄せて、災害の克服に全身全霊を捧げた賢治の生き方には、誰もが襟を正さざるをえない。
 これに比較するも愚かだが、被災を他人事とし被災による苦悩を天罰と言ってのける、無神経で傲岸な生き方もある。賢治の対極に位置して、醜悪そのものと指摘せざるをえない。
(2011年03月25日)

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啄木の怒り

 郷土の歌人・石川啄木は、「主義者」として知られていた。
  平手もて 吹雪にぬれし顔を拭く 友共産を主義とせりけり。
  赤紙の表紙手擦れし 国禁の 書を行李の底にさがす日。
  「労働者」「革命」などといふ 言葉を聞きおぼえたる 五歳の子かな。
  友も妻もかなしと思ふらし―病みても猶、革命のこと口に絶たねば。
など、その傾向の歌はいくつも挙げることができる。
 没後十年(1922年)で建立された「柳青める」の歌碑に、寄進者の名などはなく、ただ「無名青年の徒之を建つ」と刻まれているのは、その故であろう。
 彼が貧者の側にあって、社会の矛盾に憤っていたことが、いたいほど伝わってくる。高みから見下す目線ではないことが、啄木の歌の魅力である。
  わが抱く思想はすべて 金なきに因するごとし 秋の風吹く
  はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る
  友よさは 乞食の卑しさ厭ふなかれ 餓ゑたる時は我も爾りき

 このような彼だから、故郷の災害を天罰という輩には、怒髪天を衝いて怒るに違いない。しかし、彼のことだ。怒りも悲しみの歌となるだろう。
  頬につたふ なみだもみせず 天罰と言い放ちたる男を忘れじ
  砂山の砂に腹這ひ 天罰と言われし痛みを おもひ出づる日
  たはむれに天罰など口にして 軽きことばは 三日ともたず
  一度でも天罰などとののしりし 人みな死ねと いのりてしこと
  天罰と言いし男の 尊大な口元なども 忘れがたかり
 あるいは、次の「一握の砂」所載歌などは、その輩を詠んだものではなかろうか。
  くだらない小説を書きてよろこべる 男憐れなり 初秋の風
  秋の風 今日よりは彼のふやけたる男に 口を利かじと思ふ
  誰が見てもとりどころなき男来て 威張りて帰りぬ かなしくもあるか
  かなしきは 飽くなき利己の一念を 持てあましたる男にありけり
(2011年03月26日)
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佐藤春夫・宇野浩二の石原慎太郎評

 石原慎太郎は、1956年に第34回芥川賞を受賞している。受賞作品は、「太陽の季節」。選考委員は、石川達三、井上靖、宇野浩二、川端康成、佐藤春夫、瀧井孝作、中村光夫、丹羽文雄、舟橋聖一の9名。異例というべき酷評がなされている。
 佐藤春夫はこう述べている。「僕は『太陽の季節』の反倫理的なのは必ずしも排撃はしないが、こういう風俗小説一般を文芸としてもっとも低級なものとみている上、この作者の鋭敏げな時代感覚もジャナリストや興行者の域を出ず、決して文学者の物ではないと思ったし、又この作品から作者の美的節度の欠如をみてもっとも嫌悪を禁じ得なかった。これでもかこれでもかと厚かましく押しつけ説き立てる作者の態度を卑しいと思ったものである。僕にとってなんの取り柄もない『太陽の季節』を人々が当選させるという多数決に対して‥これに感心したとあっては恥ずかしいから僕は選者でもこの当選には連帯責任は負わない」
 石原を「文学者ではなく興行者」と言い当て、「これでもかこれでもかと厚かましく押しつけ説き立てる作者の態度を卑しいと思った」とは、その後の石原を見抜いている。その炯眼には敬服するよりほかはない。
 また、宇野浩二は「読み続けていく内に、私の気持ちは、次第に、索漠としてきた、味気なくなってきた。それは、この小説は、仮に新奇な作品としても、しいて意地悪く云えば、一種の下らぬ通俗小説であり、又、作者が、あたかも時代に(あるいはジャナリズム)に迎合するように、‥ほしいままな『性』の遊戯を出来るだけ淫猥に露骨に、書きあらわしたりしているからである」
 積極的に推したのは、舟橋聖一と石川達三。
 「純粋な快楽と、素直にまっ正面から取組んでいる点」を評価したという舟橋の評は論外。石川は、受賞作を「倫理性について、美的節度について問題は残っている。‥危険を感じながら、しかし私は推薦していいと思った」と述べている。『人間の壁』を著した石川達三は、石原のその後の「危険」をどう把握したであろう。差別発言を恥じずにくり返し、震災を天罰という「作家」を評価しえたろうか。
(2011年03月29日)

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死者に寄り添う気持の尊さ
 「方丈記」は災害文学である。取りあげられた「災害」は、大火・旋風・遷都・ひでり・大風・洪水・飢饉・疫病、そして大地震に及ぶ。
 養和年間(1181~82)の飢饉による夥しい都の餓死者について次の一節がある。
 「仁和寺に隆曉法印といふ人、かずもしらず死ぬることをかなしみて、その首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。その人數を知らむとて、四五兩月を数へたりければ、‥道のほとりにある頭、四萬二千三百余りなむありける」
 行路に捨てられた遺体を哀れとし、その成仏を願って額に梵語の「阿」という字を書いてまわった僧のいたことが、鴨長明には書き留めて置くべきことであった。

 よく似た話が、昨日の「毎日」夕刊に。「葬儀が出せない被災遺族のために、僧侶の兄弟が火葬の度に駆け付け、ボランティアで読経している」のだという。
 山田町の龍泉寺は遺体の仮安置所になった。30代の住職は、幼児の遺体を見て涙が止まらず、弟と相談して「檀家であろうとなかろうと供養を」と思い立った。以来、「隣接する斎場での火入れにほぼ毎回交代で立ち会い、遺族を前に、袈裟姿で読経している」「喪服もなく、着の身着のまま参列した遺族が『手を合わせくれるだけでもありがたい』と涙を流して感謝する場面もある」と報じられている。
「(葬式など)何もできないと思っていたので、ありがたいお経だった」という遺族の感謝のことばが痛いほどよく分かる。常は無神論者をもって任じている私も、そのような僧侶の行為に尊敬の念を抱かずにはおられない。
 宗教者が死者に寄り添う行為は、生者への真摯な慰めでもある。宗教とは本来竜泉寺の若い僧が体現したように、死者と生者をともにいつくしむ営みなのだと思う。

 宗教者に限らず、生を至高のものとし、その故に死を厳粛なものとして、死者に敬虔な姿勢で寄り添うことが社会の良識である。
 死者へも遺族にも何の配慮もなく、軽々に「災害は天罰」と無分別な放言をする輩には、人生や社会を語る資格はない。政治に携わることなどもってのほか。
(2011年03月30日)

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失言・放言・暴言・妄言
 「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」「これはやっぱり天罰」とは失言であろうか。
 失言とは、「不注意に本音を漏らす」こと。つまりは、本来本音をもらしてはならないとされる場面で、うっかり本音をさらけ出してしまうことをいう。
 しかし、問題のこの発言、けっして口を滑らしてのものではない。発言者には、「自分の本音を口にしてはならない場面」という認識が決定的に欠けていた。日常の用語法において、このような場合には、「うっかり本音をさらけ出した」とも、「不注意に本音を漏らした」とも言わない。傍若無人に自分の見解を述べたに過ぎないのだ。失言というよりは、放言というべきであろう。「うっかり言ってしまった」のではなく、確信犯としての発言なのだから。
 彼には、自分の発言が死者を冒涜したこと、被災者に配慮を欠いたこと、言ってはならないことを言ってしまったことについての自覚がない。むしろ、エラそうに浅薄で危険な文明観のお説教を垂れたのだ。記者から「被災者に配慮を欠いた発言では」と指摘を受けて、直ちには撤回も謝罪もしなかったのはその故である。
 翌日、発言を撤回し謝罪したのは、ひとえに選挙対策として。そうしておいた方が選挙に有利とアドバイスを受けた結果であることが透けて見えている。
 放言が、傍に人無きがごとしという域を超え、人の心を直接に傷つけるに至った場合を暴言と呼ぶ。今回の彼の「天罰発言」はまさしく暴言というにふさわしい。あるいは、妄言というべきであろう。
 失言においても、一度露わになった本音は、撤回しても謝罪しても、それこそが発言者の本心であり本性である以上、消し去ることはできない。むろん、放言でも暴言でも妄言でも事情は変わらない。
 思えば彼は、これまでも数々の暴言や妄言を重ねてきた。社会の片隅で、威張り散らすのはまだ罪が軽い。天下に露わとなったこの本性のまま、責任ある地位で権力をふるうことは、もう、いい加減にしていただきたい。
(2011年03月31日)
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江戸っ子の心意気

 べらんめい、江戸は町人の街よ。人口の半分は侍だというが、ありゃあ、どいつもこいつも国許からぽっと出の浅黄裏。権力はあっても、所詮は粋の分からぬヤボどもよ。リャンコが恐くて田楽が喰えるか。
 「たが屋」という噺を知ってるだろう。「たがを締める」ことを商売としている職人と、むやみに威張った侍のあの話。両国の川開きのごった返しの橋の上、供を連れた騎乗の侍と、商売道具を背負ったたが屋とがぶつかる。侍は、「とも先を切った無礼者」と、たが屋を手討ちにしようとする。平謝りのたが屋が、どうにも助からないと知るや開き直って胸のすくような啖呵をきる。ここがハナシの聞き所。たが屋捨て身の大立ち回りを口先ばかりの江戸っ子が応援する。
 さて、その結末。文化年間の寄席の記録では、花火が打ち上げられる中、切られたたが屋の首が飛ぶ。その首に「たがやーー」と哀惜の声がかかるのがサゲ。
ところがこれでは面白くねえやな。この話、幕末には逆転する。隅田川に落ちるのは、たが屋の首ではなく侍の首となったのよ。この侍の首に「たがやーー」という喝采がサゲとなる。今も演じられているとおりさ。
 この首のすげ替え。天と地の差だろう。最初に侍の首を飛ばした噺家の名は残っちゃいない。町人の心意気が、たが屋を救って、侍の首を飛ばしたのさ。
 たが屋が身分を超えて侍にこう言うんだ。「情け知らずの丸太ん棒め」「おまえなんぞは人間じゃない。このあんにゃもんにゃ」「血と涙があって、義理と人情をわきまえていてこそ人間ていうんだ」ここがこの噺の真骨頂だとおもうね。
 江戸っ子だい。いつまでも、はいつくばってはいられない。威張り散らして、「災害は天罰」だの、「地方の原発推進は東京に必要」だのと言ってる御仁に、いつまでも江戸を任せるわけにはいかないね。それこそ、江戸っ子の恥じゃないか。
 俺たちは一人一人が「たが屋」さ。血も涙もなく義理と人情をわきまえぬ権力者と、首をかけたやり取りを余儀なくされていることは、昔も今も変わらない。
(2011年04月01日)

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野蛮な天皇制も「天罰」とは言わなかった

 関東大震災の直後に2通の詔書が出されている。天皇制政府にとって首都の震災被害からの復興がいかに重大な課題であったかを物語っている。注目すべきは、両詔書とも「天譴論」に与していないことである。震災の原因を神慮や天罰と言ったり、国民に被災の責任を求めたりする姿勢とは無縁なのだ。
 まず、震災11日後の「関東大震災直後ノ詔書」(1923年9月12日)。「惟フニ天災地変ハ人力ヲ以テ予防シ難ク只速ニ人事ヲ尽シテ民心ヲ安定スルノ一途アルノミ」と、天災は飽くまで天災、全力で復興に力を尽くすしかないとの基本姿勢を示している。そのうえで、「凡(およ)ソ非常ノ秋(とき)ニ際シテハ非常ノ果断ナカルヘカラス」と、被災の救済と復興の施策は、非常時にふさわしく果断にやれと述べている。大仰な美辞麗句の修飾をはぎ取れば、中身は案外真っ当で合理的なのだ。
 次いで、「国民精神作興ノ詔書」(同年11月10日)。こちらは、天皇制政府のイメージのとおり。震災後の混乱の中で人心収攬の必要もあったろうが、この事態を奇貨として、天皇制政府の国民精神誘導の意図を明確にしている。
 「朕惟フニ国家興隆ノ本ハ国民精神ノ剛健ニ在リ」で始まり、国民の軽佻浮薄の精神を質実剛健にあらためなければ、国が危ういという。そのうえで、まことにエラそうに上から目線の教訓を垂れる。「綱紀ヲ粛正シ風俗ヲ匡励シ浮華放縦ヲ斥ケテ質実剛健ニ趨キ軽佻詭激ヲ矯メテ醇厚中正ニ帰シ人倫ヲ明ニシテ親和ヲ致シ公徳ヲ守リテ秩序ヲ保チ責任ヲ重シ節制ヲ尚ヒ忠孝義勇ノ美ヲ揚ケ博愛共存ノ誼ヲ篤クシ」‥当時の人々はこんな文章をすらすら読めたのだろうか。
 この詔書には、「今次ノ災禍甚大」の一文はあるが、その原因を天譴・天罰とはしていない。天皇制政府が、震災を利用して国民精神の統合へと誘導をはかったことを教訓と銘記しなければならないが、震災を天罰と言うことが有効だと考えなかったという意味では、天皇制も国民を舐めてはいなかったのだ。
 90年後、「震災は天罰」と言う政治家が出た。天皇制政府より格段に非合理で、愚かで、しかも国民を愚昧なものと舐めきった姿勢を曝露したというべきだろう。
(2011年04月03日)
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ばちあたり

 「なんてかなしいこと」というと
 「なに、てんばつさ」という。

 「ほんとにてんばつ?」ときくと
 「ほんとにてんばつさ」という。

 「ほんとにほんと?」と、ねんをおすと
 「てっかいしてしゃざいする」という。

 そうして、あとでもういちど
 「ほんとにしゃざいしたの?」ってきくと
 「せんきょがちかいからね」って、小さい声でいう。

 こだまでしょうか、
 いいえ、あのひと。

 「天罰」はだれにも見えないけれど
 「天罰」と口にする人の品性はだれにもよく見える
 「天罰」は本当はないのだけれど
 「天罰という人の罪」は深い
(2011年04月04日)
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「天罰」は東北に、「福利」は首都に
 「毎日」の読み始めは「万能川柳」欄から。本日の秀逸句が、「首都圏の電気 福島からと知る」(熊本・某)。東北出身者としては白けた気分とならざるを得ない。そんなこと、今ごろ知ったというのか。作句者には他人事なのだろう。
 今さら言うまでもないが、東京電力の原発は、福島第一(6基)・福島第二(4基)・柏崎刈羽(7基)の3か所。いずれも、東京を遠く離れた「東電エリアの外」にある。首都の利便と安全のために、僻遠の「化外の民」が危険を引き受けているのだ。
 「そもそも電力は、国民必須の需要によるものてあって、電力政策の権威は産学協同に由来し、その権力は政府がこれを行使し、その危険は東北北陸が引き受け、福利は専ら首都圏がこれを享受する。これは我が国固有の歴史的構造原理であって、東電の原発経営はかかる原理に基くものである」
 だから、3月25日における、首都の知事と福島県知事の会見は、特別の意味をもつものであった。危険を東北に押しつけて利便を享受してきた首都と、リスクが顕在化した東北との、本来であれば火花を散らすべき対決である。そこで、首都の知事は「私は今でも原発推進論者」と言ってのけたのだ。私には、「今後とも首都の利便のために原発を推進する。電力供給は必要なのだから、被災は東北の天罰として甘受していただきたい」との、彼の本音と聞こえる。
 ところが、3日のフジテレビ系公開討論会の席上、「小池(晃)氏が、石原(慎太郎)氏が福島県で『私は原発論者』と発言したことを批判すると、石原氏は『そんなことは言っていない』」と反論、「小池氏は『いやいやハッキリ報道されてます。ごまかさないでください』と言い返した」と報道されている。また、席上「慎太郎氏は都の防災服姿。『フランスは原子力発電をうまくやっている』『何も、原子力一辺倒と言ってるわけじゃない』などと主張し」たとも報じられている。何も分かっちゃいない。何も反省してはいないのだ。
 首都圏の心ある人々よ。数多の蝦夷の末裔たちよ。こんな人物を知事にしておいてよいのか。恥ずかしくないのか。
(2011年04月05日)

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東北の鬼

 私の父方のルーツの地は黒沢尻である。今は、岩手県北上市。
 この地方には、郷土芸能の鬼剣舞(おにけんばい)が伝わる。宮沢賢治の「原体剣舞連」に農民の誇りとして高らかに歌い上げられている、あの異形の舞である。
私の従兄がその面を作っていることもあって愛着は一入。そのリズムと動きの激しさに、普段はもの静かな東北の民衆の魂の叫びを聞く思いがする。まつろわぬ鬼は、私自身の精神のルーツでもある。
 わらび座の十八番の一つ、歌舞劇「東北の鬼」では、幕末の三閉伊一揆を題材に鬼剣舞の群舞が観衆を圧倒する。鬼は、圧政に虐げられた農民そのものであり、剣舞は解き放たれた怒りの象徴である。
 「百姓の腹ん中には、一匹ずつの鬼が住んでいるんだ」というのが主題。古来、東北の民は、「蝦夷」として「征伐」の対象とされた。鎌倉・室町・江戸期の最高権力者の官名は「征夷大将軍」である。坂上田村麻呂に抵抗したアテルイの時代から、前九年・後三年、藤原三代、九戸政実、戊辰戦争、明治の藩閥政治にいたるまで、勇猛にして高潔な東北は、奸悪な中央に敗れ虐げられ続けてきた。その名残と怨念はいまだに消えない。だから、東北の民は、時として鬼になる。地方権力にも中央政権にも、その矜持を賭けて徹底してたたかいを挑む。その心意気が弘化・嘉永の三閉伊一揆に遺憾なく表れているのだ。
 そのような東北の民衆の矜持を、首都の知事が踏みにじった。
 「なに。震災は天罰だと?」「津波で積年の垢を洗い落とせだと?」
 さらに、追い打ちをかけたのが原発問題。危険な原発の立地を東北に追いやり、安全な場所で電力の恩恵に与るのが中央。東北の民には、そのような図式がありありと見える。「この期に及んでなお、『私は今も原発推進論者』だと?」
 賢治のことばを借りよう。「いかりのにがさまた青さ 四月の気層のひかりの底を つばきし はぎしりゆききする おれはひとりの修羅なのだ」
 都民よ。東北の鬼を怒らせまいぞ。
(2011年04月06日)
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再び、民主主義とは何なのだろう
 私は、1971年4月に弁護士となった。実務法律家としてちょうど40年の職業生活を送ったことになる。この間の私の幸運は、日本国憲法とともに過ごしたことである。人権・平和・民主主義を謳った実定憲法を武器に職業生活を送ることができたことは、なんという僥倖。
 しかし、私の不運は日本国憲法の理念に忠実ならざる司法とともに過ごしたことにある。憲法に輝く基本的人権も、恒久平和も、民主主義も、法廷や判決では急に色褪せてしまうのだ。何という不幸。
 裁判所が、毅然と「日の丸・君が代」強制を許さずとする明確な判決を言い渡すのなら、石原教育行政の出番はない。裁判所に、「歌や旗よりも子どもが大切」、「国家ではなく人権こそが根源的価値」という教科書の第1ページの理解があれば、そもそも行政が憲法を蹂躙する暴挙を犯すことはないのだ。
 もうひとつ、右翼の知事に出番を提供したのは都民である。震災は天罰と言ってのけ、思想差別を敢行するこの右翼的人物に知事の座を与えたのは都民である。恐るべきは石原個人ではなく、敢えて石原に権力を与えた都民の意思であり、日本の民主主義の成熟度と言わねばならない。
 それにしても石原4選である。東京都の人権と教育は、あと4年もの間危殆に瀕し続けねばならない。「人権や憲法に刃を突きつける民主主義とは、いったい何なのだ」と問い続けなければならない。問い続けつつも、他にこれと替わり得る制度がない以上、絶望することも、あきらめることも許されない。心ある人々とともに、東京都の反憲法状態を糾弾し続け、都民に訴え続ける以外にはない。
 そのような決意を自分に言い聞かせて、しばし擱筆する。

 最後に。
 自分の心情を託すには啄木が、気持を浄化し決意を確認するには賢治がぴったりだ。

  新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に嘘はなけれど
  地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつゝ秋風を聴く
  人がみな同じ方角に向いて行く。それを横より見てゐる心。

  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
  慾ハナク
  決シテ瞋ラズ
  イツモシヅカニワラツテイル
  一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
  アラユルコトヲ
  ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
  ソシテワスレズ
  野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
  東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ
  ヒドリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボートヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  サウイフモノニワタシハナリタイ
(2011年04月11日)

舛添都政1年ーその評価確定は教育行政の推移を見極めてから

昨年(2014年)2月の選挙で舛添要一都政が発足して1年が経過し、今初めての舛添予算案が都議会に上程されて審議を受けている。メディアからの評判はなかなかのものとなっている。産経の記事が「共産党も高評価」と見出しを打った。酷すぎた石原慎太郎・猪瀬直樹都政に較べれば多少はマシになった、というレベルを超えた積極評価がなされている。

自・公の推薦を受けた候補者ではあったが、都議会内各派とはそれぞれに折れ合いは良いようだ。何よりも、不必要に居丈高で威圧的だった石原・猪瀬に較べて、人と接する姿勢のソフトさに好感が持てる。

着任早々の定例記者会見で、記者に対して次のように呼びかけたことが話題となった。
「みなさん(記者)も、都民、国民の代表として、外からごらんになっていただいているんで、いつも申し上げるように、どんな質問でも全く構わないんで、自由に、この会見の場で意見をいただくということが、都民の声を反映することになると思いますので、ぜひ、そのことをお願いしたいと思います」
知事本人による、「私は、石原・猪瀬とは違う」という意識的アピールとみるべきだろう。

また、次のような発言も各紙が話題にした。
「初登庁して一日仕事をしただけで、この役所は大丈夫か、とんでもないことになっているのではないかと、心配が先立ってきた。
都庁では、職員が恐る恐る知事に説明に伺ってもよいかと、私に不安げに尋ねてきた。これは驚きで、知事に対する説明などは当然行うべきである。‥これまでの知事たちが、どういう職務姿勢であったのかが、よく分かる。週に2~3回しか職場に来ないのなら、職員からレクを受ける機会も少なくなるであろうし、重要な来客とのアポも入れられないであろう。まともな仕事もせずに、権威主義的に怒鳴り散らしていたのではないかと想像してしまう。これでは、部下の士気も減退するであろう。」
(「現代ビジネス 舛添レポート」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38397?page=2

言うまでもなく、「まともな仕事もせずに権威主義的に怒鳴り散らして、この役所をトンデモナイものにしてしまった」のは、石原・猪瀬の前任者である。舛添はこれをまともな役所にする、と宣言したわけだ。

その後も、「ぬるま湯につかった過去3代の知事の20年間は忘れていただきたい。トップがサボっていると職員に感染しますね」(昨年5月9日)や、「終わった人のことをいろいろ言う暇があったら都民のために一歩でも都政を前に進める、そういう思いでいる」(12月16日、引退を表明した石原元知事について)などの記者会見発言が続いた。

こうして舛添都政1年。公平な目で、功罪の「功」が優るというべきだろう。
2020年オリンピック準備では、「招致段階から施設整備費が大幅に膨らむことが分かり、舛添知事は『都民の理解が得られない』と競技会場計画の見直しに着手。三施設の新設を中止して既存施設の活用などを決めた。一時は4584億円に上った試算から「2千億円を削減した」と話す。」(東京)と報じられている。これは都民に好意的に迎えられている。

産経の記事を紹介しておきたい。
「舛添知事が熱心に取り組み、独自色が鮮明になったものの一つとして『都市外交』が挙げられる。これまで6回の海外出張をこなし、計5カ国に訪問。五輪への協力要請などに取り組んだ。

ただ、就任直後から続いた外遊の連続に、昨年9月の都議会本会議で、自民党の村上英子幹事長は『知事の海外出張が、それほど優先順位が高いとは思えない』と苦言を呈した。北京、ソウルの訪問では歴史認識に関する発言への対応をめぐり、『なぜ地方自治体が外交をやるのか』と都に2万件を超える意見が寄せられ、その大半が批判的となるなど、独自色がむしろ“裏目”に出る事態を招いた。

舛添知事が初めて編成を手がけた来年度の当初予算案についても、共産党が重視する非正規雇用の正社員転換や保育・介護分野の拡充に向けた予算付けがされたことから、共産は大型開発などを一部批判しつつも、『都民の要求を反映した施策の拡充が図られている』とするコメントを出した。『共産からこれほど前向きなコメントが出るのは異例だ』と、議会事務局のベテラン職員も驚くほどの内容という。」

右派メディアが右からの批判をおこなっている。最も気になるのは、知事の北京・ソウルへの訪問を、安倍政権の外交失策を補う自治体外交としての輝かしい成果と評価せず、「裏目に出た事態」としていることだ。「2万件を超える意見」の殆どは、嫌韓・嫌中を掲げる排外主義右派の組織的な運動によるものであったろうが、これを口実に自らの見解としては言いにくいことを記事にしているのだ。この点、リベラル側からの都知事応援のメッセージがもっとあってしかるべきだったと思う。わたしも都政に関心を持つ者の一人として反省しなければならない。

このところ、護憲勢力は、野中広務(国旗国歌法制定の立役者)、古賀誠(元・みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会会長、天皇の靖国参拝推進論者)、山崎拓(元自民党副総裁)、小林節(「憲法守って国亡ぶ」の著者)など保守派との共闘に熱心である。自民党改憲草案を明確に批判している舛添だって十分に改憲反対の共闘者として考慮の余地がありそうではないか。賛否いずれにせよ、誰か真剣に論じてみてはいかがか。

さて、私が最も関心を持つのは、東京都の教育行政である。とりわけ、都立校の教科書採択問題と「日の丸・君が代」強制について。明らかに、石原慎太郎という極右の政治家が知事になって東京都の教育を変えてしまった。舛添知事に交替して、正常な事態に戻る兆しがあるか。残念ながら、今のところ良くも悪くもこの点についての知事の積極的発言はなく、教育現場に目に見える変化はない。

2月24日都議会本会議の共産党代表質問で、松村友昭都議が「日の丸・君が代」強制問題を取り上げた。10・23通達に基づく教職員の大量処分についての最高裁判決が、「起立・斉唱を強制する職務命令が間接的にではあれ思想良心の制約となっていることを認め、減給と停職処分を取り消す判決を言い渡している。また、異例のこととして多くの裁判官の補足意見が都教委に対して、自由で闊達な教育現場を取り戻すよう要望を述べている」と指摘したうえ、「この最高裁判決と補足意見をどう受け止めるか」と舛添知事に見解をただした。

これに対して、知事は答弁しなかった。逃げたと言ってよい。比留間英人教育長が知事に代わって答弁し、「最高裁判決で職務命令は違憲とは言えないとされた。国旗・国歌の指導は教職員の責務だ」と強弁した。いかにも噛み合わない無理な答弁。都教委は少しも変わっていないことを印象づけた。松村都議はこの答弁に納得せず、再質問で再び知事の答弁を求めたが、またもや比留間教育長が同じ答弁を繰り返すだけで終わった。

傍聴者の報告によると、居眠りしていた保守派の都議が、教育長答弁の時だけ、にわかに活気づいて大きな拍手を送っていたという。この点について継続的に都政をウォッチしている元教員らの意見だと、舛添知事自身には「日の丸・君が代」強制の意図はなさそうだが、敢えて自民党都議団との衝突を覚悟しての「10・23通達」体制見直しの意図はなさそうだという。知事の最関心事はオリンピックの成功にあって、そのためには自民党都議団との摩擦を招く政策はとり得ないのだという解説。なるほど、そんなものか。

結局は都民の責任なのだ。石原に308万票を投じて驕らせたことが「10・23通達」を発出させた。今は、保守派の自民党都議に票を投じて、教育現場の自由闊達はなくてもよいとしているようだ。地道に世論を変えていく試みを継続する以外に、王道も抜け道もなさそうである。そうすれば、次の教育委員人事や教育長人事では、少しはマシな人物に交替できるかも知れない。あるいは、その次の次にでも‥。

石原教育行政が「10・23通達」を発したのは、初当選から4年半経ってのことだった。舛添都政における教育行政の変化ももう少し長い目で見るべきだろう。それを見極めて、私の舛添都政に対する最終評価をしたい。
(2015年3月9日)

6紙社説の比較に見る西川農相辞任劇の波紋

西川公也農相の政治献金問題がおさまりつかず辞任にまで発展した。これに安倍首相の「ニッキョーソはどうした!」ヤジ事件のおまけまでついて、政権への震度は思った以上に大きくなりつつある。

これまで何度も聞かされた言葉が繰り返された。「法的には問題ないが道義的責任を感じてカネは直ぐに返還した」「あくまで法的に問題はないが、審議の遅滞を招いては申し訳ないので辞任することにした」。要するに、「カネを返せば問題なかろう」「些細なミス、訂正すれば済むことだ」「やめて責任を取ったのだからこれで終わりだ」。終わりのはずを蒸し返し執拗に追求するのは、些細なことを大袈裟にしようという悪意あってのこと、という開き直りが政権の側にある。

しかし、既視感はここまで。今回は、世論もメデイアも野党も、この「カネを返したから、訂正したから、辞めたから、一件落着」という手法に納得しなくなっている。トカゲのシッポを切っての曖昧な解決を許さない、という雰囲気が濃厚に感じられる。問題の指摘を続ける野党やメディアへのバッシングも鳴りをひそめている。

本日(2月24日)の各紙夕刊に「首相の任命責任、国会で追及へ」「野党首相出席要求」「衆院予算委が空転」の大見出し。野党各党の国対委員長が国会内では、「西川氏辞任の経緯や、首相の任命責任をただす考えで一致した」と報じられている。何が起こったのかを徹底して明らかにし、問題点を整理して、不祥事の再発防止策を具体化する。刑事的制裁が必要であればしかるべき処分をし、制度の不備は改善し、責任の内容と程度とを明確にして適正な世論の批判を可能とする。そのような対応がなされそうな雰囲気である。

今朝の朝刊6紙(朝・毎・読・東京・日経・産経)の社説がこの問題を取り上げている。世間の耳目を集める問題では、おおよそ「朝・毎・東京」対「読売・産経」の対立となり、日経がその狭間でのどっちつかずという図式になる。ところが今回は違う。産経の姿勢がスッキリしているのだ。少し驚いた。

まず標題をならべてみよう。
 朝日「農水相辞任 政権におごりはないか」
 毎日「西川農相辞任 政権自体の信用失墜だ」
 東京「西川農相辞任 返金で幕引き許されぬ」
 産経「西川農水相辞任 改革に水差す疑惑を断て」
 日経「農相辞任で政策停滞を招くな」
 読売「西川農相辞任 農業改革の体制再建が急務だ」

標題はほぼ内容と符合している。朝日・毎日・東京が、徹底した疑惑の解明を求め、安倍政権の責任を論じている。それぞれ的確に問題点を指摘し、首相の責任の具体化を求める堂々たる内容。読売と日経が明らかに立場を異にし、「切れ目のない政策継続」に重点を置き、安倍政権を擁護してその傷を浅くする役割を演じようとしている。

産経の「改革に水差す疑惑を断て」という標題だけが、「改革の継続」と「疑惑を断て」のどちらに重点が置かれているのかわかりにくい。ところが、その内容は、安倍政権に手厳しい。「改革や農業政策の継続」の必要は殆ど語られていない。普段の安倍晋三応援団の姿勢とはまったく趣を異にしている。この産経の論調は、日経・読売2紙の安倍政権ベッタリ姿勢を際立たせることになっている。これは、一考に値するのではないか。

以下、主要な部分を抜粋する。
「国の補助金を受けた会社から寄付を受けてはならないことなど、政治家としてごく基本的なルールを軽視していた。その結果、職務遂行に支障を来す事態を自ら招いたのであり、辞任は当然だ。安倍晋三首相の任命責任も重い。…閣僚らに厳格な政治資金の管理を求めるのはもとより、『政治とカネ』の透明化へ具体的措置をとるべきだ。

問題視されたのは、日本が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に参加する直前、砂糖業界の関係団体から西川氏が代表の政党支部に100万円が寄付されたことなどだ。西川氏は自民党TPP対策委員長だった。しかも、業界団体である精糖工業会は国から補助金を受けていた。政治資金規正法は1年間の寄付を禁止しており、別団体からの寄付の形がとられた。こうした行為に対し、脱法的な迂回献金との批判が出るのは当然だろう。同支部は補助金を受けた別の会社からも300万円の寄付を受けた。

首相や西川氏の説明は『献金は違法なものではない』ことを主張するばかりで、不適切さがあったとの認識がうかがえない。砂糖は日本にとってTPPの重要品目であることからも、政策判断が献金でゆがめられていないか、との疑念を招きかねない。

形式的には別の団体が寄付を行っても、実質的に同一の者の寄付とみなされるものは、規制をかける必要が出てくるだろう。脱法的な寄付を封じる措置を、政治資金規正法改正などを通じてとるべきだ。」

おっしゃるとおり。まことにごもっとも、というほかはない。とりわけ、「脱法的な寄付を封じる措置を、政治資金規正法改正などを通じてとるべきだ」には、諸手を挙げて賛成したい。8億円もの巨額の裏金を、明らかに政治資金として政治家に交付しておいて、「献金なら届けなければ違法だが、貸金なら届出を義務づける法律はない」と開き直っている大金持ちがいる。このような「脱法を封じる法改正」を実現すべきは当然ではないか。

各紙の社説を通読して、その全体としての批判精神に意を強くしたが、いくつかコメントしておきたい。

東京新聞は、次のようにいう。
「業界との癒着が疑われる政治献金はそもそも受け取るべきではなく、返金や閣僚辞任での幕引きは許されない。与野党問わず『政治とカネ』をめぐる不信解消に、いま一度、真剣に取り組むべきだ」「カネで政策がねじ曲げられたと疑われては、西川氏も本望ではなかろう」

具体的事例を通して、政治資金規正法の精神を掘り下げようとする論述である。
「業界との癒着が疑われる政治献金は受け取るべきではない」というのは、もちろん正論である。「カネで政策がねじ曲げられてはならない」とする民主主義社会の大原則がある。「業界との癒着が疑われる政治献金」は、「カネで政策がねじ曲げられているのではないか」という疑惑を呼び起こすものである。つまりは、政治の廉潔性や公正性に対する信頼を傷つけるものとして、授受を禁ずべきなのだ。

企業や金持ちから政治家に渡されるそのカネが、現実に廉潔なものか、あるいは政治をねじ曲げる邪悪なものであるかが問題なのではない。国民の政治に対する信頼を傷つける行為として禁止すべきなのだ。「私のカネだけは廉潔なものだから、献金も貸金もなんの問題ない」という理屈は、真の意味で「いくら説明してもわからない」人の言い分でしかない。

なお、「カネで政策がねじ曲げられているのではないか」という疑惑を呼び起こす政治献金は、「業界との具体的な癒着が疑われる政治献金」に限らない。企業や団体、富裕者の献金は、すべからく財界や企業団体の利益となる政治や政策への結びつきをもたらすものとして、政治の廉潔性や公正性に対する社会の信頼を傷つけるものである。献金にせよ、融資にせよ、本来一般的に禁ずべきが本筋であろう。少なくも、上限規制が必要であり、透明性確保のための届出の義務化が必須である。

毎日が、社説の文体としては珍しい次のような一文を載せている。
「『いくら説明をしてもわからない人はわからない』。自ら疑惑を招いての辞任にもかかわらず、まるで問題視する方が悪いと言わんばかりに開き直って記者団に語る西川氏の態度に驚いてしまった。」

私も、自らの体験として、「まるで問題視する方が悪いと言わんばかりに開き直って語る態度」に思い当たる。
2012年12月都知事選における宇都宮候補の選挙運動収支報告書を閲覧して、私は明らかな公選法違反と濃厚な疑惑のいくつかを指摘した。当ブログで33回にわたって連載した「宇都宮君立候補はおやめなさい」シリーズでは、この公選法違反の指摘は大きな比重を占めている。「自らの陣営に法に反する傷がある以上、君には政治の浄化などできるはずもない。だから宇都宮君、立候補はおやめなさい」という文脈でのことである。

この指摘に対して、2014年1月5日付で、宇都宮陣営から「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」なるものが発表された。中山武敏・海渡雄一・田中隆の3弁護士が、まさしく「まるで問題視する方が悪いと言わんばかりに開き直って」の居丈高な内容だった。

同「見解」は、まことに苦しい弁明を重ねた上、「選挙運動費用収支報告書に誤った記載があることは事実であるが、この記載ミスを訂正すれば済む問題である」と開き直った。3弁護士は、「陣営に違法はなかった」ことを主張するばかりで、自ら資料収集ができる立場にありながら、具体的な説明を避け、資料の提示をすることもなかった。

宇都宮君も、中山・海渡・田中の3弁護士も、もちろん違反の当事者である上原公子選対本部長(元国立市長)も熊谷伸一郎選対事務局長も、今、野党とメディアが政権に求めているとおりに、経過を徹底して明らかにして自浄能力の存在を示し、謝罪すべきである。そのうえで、「2014年1月5日・3弁護士見解」を撤回しなければ、選挙の公正や政治資金規制について語る資格はない。

私は、「保守陣営についてだけ厳格に」というダブルスタンダードを取らない。宇都宮君らが選挙についてどう語るかについてこれからも関心をもち、その言動に対しては保守陣営に対するのと同様に、批判を展開したいと思っている。

自浄能力のない政権へは、野党とメディアの批判が必要である。革新陣営が広く社会的な信頼を勝ちうるためにも、私の批判が有用だと信じて疑わない。
(2015年2月24日)

ナッツ姫に懲役1年の実刑 - 量刑理由に「人間の自尊心を傷つけた」

趙顕娥(チョ・ヒョンア・前大韓航空副社長)という名前は日本では覚えられにくい。誰のことだかわかりにくくもある。失礼ながら、分かり易く「ナッツ姫」で通させていただく。

昨日(2月12日)ナッツ姫にソウルの地方裁判所が、懲役1年の実刑判決を言い渡した。航空保安法における「航空機航路変更罪」と、業務妨害罪の観念的競合を認めたとのことだ。実刑を選択した裁判所の「量刑理由」の説示が興味深い。

韓国の(保守系)有力紙「中央日報(日本語版)」の見出しが、韓国民の関心のありかをよく伝えている。「大韓航空前副社長に懲役1年…裁判所『職員を奴隷のように働かせた』」というのだ。以下は、その記事の抜粋である。(大意であって、原文のママではない)

「ナッツ・リターン事件で逮捕され起訴された趙顕娥(チョ・ヒョンア、41)前大韓航空副社長に懲役1年の実刑が宣告された。
ソウル西部地方裁判所刑事12部(オ・ソンウ部長)は12日、航空保安法上の航空機航路変更などの罪で起訴された趙前副社長に対して『被告人が本当の反省をしているのか疑問』として上記刑を言い渡した。」

「裁判所は量刑の理由の説示において、趙前副社長が提出した反省文の一部を公開した。趙前副社長は反省文で『すべてのことは騒動を起こして露骨に怒りを表わした私のせいだと考え、深く反省している。拘置所の同僚がシャンプーやリンスを貸してくれる姿を見て、人への配慮を学んだ。今後は施す人になる』と話したという。続けて、オ・ソンウ部長判事は『この事件は、お金と地位で人間の自尊心を傷つけた事件で、職員を奴隷のように働かせていなかったら決して起きなかった』と述べ、さらに当時のファーストクラス席の乗客の『飛行機を自家用のように運行させて数百人の乗客に被害を与えた』という陳述も引用して、実刑の宣告理由を明らかにした。また『趙前副社長は、乗務員と事務長から許しを受けることができていない』とも述べ、『趙亮鎬(チョ・ヤンホ)韓進(ハンジン)グループ会長(66)が、事務長の職場生活に困難がないようにすると言ったが、同事務長には「背信者」のレッテルが貼り付けられていると思われる』と付け加えた。」

「パク事務長」とは、パーサーあるいはチーフパーサーの職位に当たる人なのだろう。2か月前の中央日報日本語版が次のとおりに伝えている。
「『ナッツ・リターン』事件当事者の一人、パク・チャンジン大韓航空事務長(41)が(2014年12月)12日、口を開いた。5日(現地時間)に米ニューヨーク発仁川行きの大韓航空KE086航空機に搭乗し、趙顕娥(チョ・ヒョンア)前大韓航空副社長(40)の指示で飛行機から降ろされた人物だ。

パク事務長はこの日、KBS(韓国放送公社)のインタビューで、マカダミアナッツの機内サービスに触発された『ナッツ・リターン』事件当時、『趙顕娥前副社長から暴言のほか暴行まで受け、会社側から偽りの陳述も強要された』と主張した。

放送に顔と実名を表したパク事務長は『当時、趙前副社長が女性乗務員を叱責していたため、機内サービスの責任者である事務長として許しを請うたが、趙前副社長が激しい暴言を吐いた』とし『サービス指針書が入ったケースの角で手の甲を数回刺し、傷もできた』と話した。また『私と女性乗務員をひざまずかせた状態で侮辱し、ずっと指を差し、機長室の入口まで押しつけた』と当時の状況を伝えた。」

以上で、事件と裁判の概要は把握できると思う。刑事裁判であるから、罪刑法定主義の大原則に則って、あくまで起訴事実の存否とその構成要件該当性が主たる審理の対象となる。しかし、本件についての主たる審理対象は、むしろ情状にあったのではないか。ナッツ姫のパーサーやキャビンアテンダントに対する「人間としての自尊心を傷つけた行為」が断罪されたという印象が強い。両被害者からの赦しを得ていないことが実刑判決の理由として語られていることが事情をよく物語っている。実質において、一寸の虫にもある「五分の魂」毀損罪の成立であり、これに対する懲役1年実刑の制裁である。

それにしても思う。偽証まで強要されたこの被害者2名が勇気ある告発をせず、長いものに巻かれて泣き寝入りしていればどうだったであろうか。何ごともなかったかのごとく、ナッツ姫は、わがままに優雅な生活を送っていたのではないだろうか。財閥一家の傲慢さ横暴さが曝露されることもなく、韓国社会の健全な世論の憤激も起こらなかったであろう。勇気ある内部告発は、公益に資する通報として社会に有用なのだ。

日本の上原公子元国立市長の名は、覚えにくいわけではない。しかし、その行為を弾劾する意味で、失礼ながら敢えて「ナッツ上原」と言わせていただく。事情が、日韓まさしく同様なのだから、その方が分かり易い。ナッツ上原の「五分の魂毀損」事件の顛末は既に詳しく書いたから繰り返さない。かなりの長文だが、下記のブログをお読みいただきたい。

「韓国のナッツ姫と日本のナッツ姫ーともに傲慢ではた迷惑」
(2015年1月31日)
http://article9.jp/wordpress/?p=4305

「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその6」
(2013年12月26日)
http://article9.jp/wordpress/?p=1776

「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその7」
(2013年12月27日)
http://article9.jp/wordpress/?p=1783

ナッツ上原にも、肝に銘じていただきたい。「あなたの行為は、自分に権限あるものとのトンデモナイ勘違いによって、上から目線で人間の自尊心を傷つけたもの。ボランティアとして選挙運動に誠実に参加した仲間を大切にする気持ちが少しでもあれば、決して起きなかったこと」なのだ。もちろん、ナッツ上原の行為は、陣営の選挙運動に具体的な支障をもたらしている。そして、主犯熊谷伸一郎ともども、いまだもって五分の魂を傷つけられた二人に謝罪もしていなければ赦しを受けてもいない。

私は、自浄能力のない組織における内部告発(公益通報)は、その組織や運動にとっても、社会全体に対しても有益なものであると信じて疑わない。本日の記事を含め、当ブログは、公共的な事項に関して、公益をはかる目的をもって、貴重な情報を社会に発信し、革新共闘のあり方に有益な問題提起をなしえているものと確信している。

私が宇都宮陣営に「宣戦布告」をしたのは、2013年12月21日である。
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい。」
http://article9.jp/wordpress/?p=1742

その日のブログに書いたとおり、私の闘いは「数の暴力」への言論による対抗手段としての事実の公開である。典型的な内部告発であり、公益通報である。力のない者が不当・無法と闘うための王道は、何が起こったかを広く社会に訴え多くの人に知ってもらうこと以外にない。幸いに、私にはささやかなブログというツールがあった。「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」シリーズは、33回を毎日連載して望外の読者の反響を得た。もちろん、覚悟した反発もあったが、その内容は説得力に乏しいお粗末なもので、その規模は事前の想定よりも遙かに小さなものだった。むしろ、多数の方から予想を遙かに超える熱い賛意をいただいて、「私憤」だけでない公益通報の公益的な意義を確信した。

「念のために申し上げれば、開戦は私の方から仕掛けたものではありません。宇都宮君側から、だまし討ちで開始されました。だから、正確には私の立ち場は「応戦」なのです。しかし、改めて私の覚悟を明確にするための「宣戦布告」です。」これが、シリーズ冒頭の一節。その宣戦布告はいまだに講和に至っていない。
(2015年2月13日)

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