澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

大嘗祭への公費支出は憲法上の大きな問題です。聞く耳をもっていただきたい。

11月30日は私の誕生日でした。この日に放映される記者会見の録画撮りが11月22日に行われました。その際には、やや舌足らずと思われるところなどありましたので、これを補って少し整理して、改めて大嘗祭に関する私の考えを明確にしておきたいと思います。

陛下の退位に伴う代替わり行事には、いわゆる天皇の国事行為として行われるものと、皇室行事として行われるものがあります。この両者はまったく性格の違うものですから、きちんと分けて考えていただかねばなりません。

天皇が国事行為として行う儀式は、内閣の助言と承認にもとづいて行うことになっていますが、事実上国家が主催するもので、天皇も皇族も儀式進行担当者の指示にしたがう以外にはなく、陛下も私も、その式の在り方に何かを言うことができるかというと、なかなかそういうものではないんですね。

一方、皇室の行事として行われるものについてはどうか。これは国家の行事ではありません。飽くまでも、皇室の私的行事ですから、本来は私ども皇族の宰領にお任せいただいてよろしいかと思うのです。これについては、私の考えというものもあってもよいし、それを述べることも許されるだろうと思います。

少し具体的に申しあげます。即位の礼。これは国事行為として行われるわけです。即位の礼に付随する一連の行事も国事行為です。その行事の在り方について特に意見があるわけでもありませんし、意見を述べる必要もありません。また、ことさらに意見を述べるべきでもないとおもわれます。

問題は大嘗祭についてです。これは皇室の行事として行われるものですし、ある意味宗教色が強いものになります。これについては、本来であれば、国の行事ではなく、皇室の私的行事としてお任せ願いたい。それが許されないとしても、少なくも、私どもの考えというものがあってもよいし、それを述べる必要もあるのではないかと思うのです。

大嘗祭は、極めて宗教色の強い行事です。これを皇室の私的行事として、皇室の家計に当たる内廷費でまかなえば憲法上の政教分離原則に抵触することはありません。しかし、国家の行事とし、国費である宮廷費を支出するとなれば、当然に政教分離原則に抵触する恐れが出てきます。それは政府も天皇も、もちろん皇族も、憲法に従うべき立場にある以上、望ましいことではありません。陛下も、私ども皇族も、篤く日本国憲法を尊重し擁護したいと願う立場であることは今さら言うまでもないことです。

私は、平成の大嘗祭の時にも、これを国家の行事とすべきではないし、国費で賄うべきではないという立場でありましたが、そのころはうんと若かったので、明確な発言はできませんでした。

その私も今年で53歳、来年には皇位継承順位第1位の皇嗣という地位に就くことになっています。皇族の一員として一言述べなければならないと思うのです。来年に予定される大嘗祭についても、私の意見は変わりません。宗教色の強い大嘗祭を国家の行事とすべきではないし、国費で賄うべきでもないと言わざるを得ません。

しかし、結局、今回も平成の大嘗祭を踏襲することになったわけです。もうそれは決まってしまったわけで、今さら私の意見を言っても、事態を変えることはできないことになっています。しかし、私としては、やはりこのすっきりしない感じというものを今でも引き摺ったまま持っています。

大嘗祭を国家の行事とし国費を投じる理屈の整理の仕方としては、天皇の一代で一度きりの大切な儀式ということから、国もそれについての関心をもたざるを得ないし、公的性格が強い、ゆえに国費で賄うとされています。平成の時の整理はそのようになされました。

今回もそういう考え方を踏襲しているわけですけれども、国家に宗教行事との関わりを禁じた憲法の政教分離原則について思いをいたすとき、私はやはり大嘗祭に国費を投じる理屈は立たないと思うのです。飽くまで、内廷会計で行うべきだと思っています。この考えは、30年前も今も変わりません。

もちろん、私は大嘗祭自体は絶対にすべきものだと思います。大嘗祭を挙行するとなれば費用が掛かりますけれども、私は内廷費の許す範囲で、言ってみれば身の丈にあった儀式にすればよい、と考えています。22億円5000万円もの費用を掛けた大がかりな儀式をする必要はない。おそらく、国民の多くもそのように考えているものと思います。国民の多くが納得するように、質素な大嘗祭が望ましいと皇族の一人として意見を述べます。そもそも大嘗祭は皇室の行事なのですから、そういう皇室側の意見を基本とした在り方が本来の姿であろうと思います。

そのことは、私から宮内庁長官などにはたびたび言っているんですね。しかし、長官は話を聞く耳を持たなかった。そのことは私にとって非常に残念なことだったと思っています。

 

「聞く耳を持たなかった」と言われると、ちょっとつらいところがあります。そのようにお受け止めになったのであれば申し訳ないとしか言いようがない。

でもね、前例踏襲の妥当性は十分にご説明してきたはずなんですよ。皇室は国民に受け入れられて初めて成り立つわけで、「国民の反発を招かぬよう、経済的負担をより少なくしたい」とのお考えは分からないでもない。しかし、政府はそう考えてはいないわけです。日本国の象徴である天皇の代替わりの行事となれば、それなりの規模と費用が必要なのです。前回を踏襲して同規模の儀式を想定して、約22億5千万円が必要だとしていますが、人件費や資材の高騰で費用が増す可能性もあります。これは、ご不満でも受け容れていただくしかない。

また、前回1990年の大嘗祭では、国から皇室の公的活動に支出される公費「宮廷費」が支出されたことに対して、「政教分離に反する」という批判は当時から根強くありましたよ。そりゃあ、大嘗祭に宗教的性格があることは常識に属することでしょう。しかし、憲法の政教分離原則について、政府は従来から厳格な分離の立場を採っていません。どこまでも緩やかな分離で差し支えないとの立場ですから、「大嘗祭が極めて重要な伝統的皇位継承儀式で公的性格がある」以上は、宮廷費を支出して差し支えないという考えです。これも、ご不満でも受け容れていただくしかありませんね。

天皇陛下からは、即位関係の諸儀式などは皇太子さまとよく相談して進めるよう伝えられていますが、その点は十分にご理解を頂いています。こちらに落ち度はないはずです。

それにね、皇族だからってなんでも口にして良いわけはないと思いますよ。私は、よく聞こえる耳をもっていますよ。でも、なんでもご言い分のとおりになるわけではない。お立場をよく弁えていただきたいところですね。既に決まったことに、記者会見の場であのような形で不満をおっしゃるのは穏当ではないと申し上げざるを得ません。

(2018年12月2日)

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