澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「韓国ピース・ツアー」初日

2019年2月18日・月曜日。京成上野から、早朝5時58分のスカイライナー001号で、旅が始まる。成田発のアシアナ航空便で仁川へ。本日から22日までの4泊5日。月曜の朝から金曜の夕刻まで、一衣帯水の国の首都の周辺の旅。

昨年に続いて、日本平和委員会が企画した「韓国ピースツアー」に参加している。総勢35人の大所帯。一人旅では経験できない、現地の平和運動や市民団体との交流が盛り沢山。観光スケジュールは一切ない。

ツアー名にサブタイトルが付いている。「日本の植民地支配から解放されて73年。南北に分断された朝鮮半島の平和と非核化をめざす民衆の運動が躍進する国へ!」という。

旅のセールスポイントは、以下のとおり。
1 キャンドル革命・ソウル市民民主主義がもたらした変化を市民との交流で学ぶ。
2 南北会談以降の軍事境界線を訪問
3 日本軍「慰安婦」問題解決へ向けた連帯と在韓日本領事館前での「水曜集会」デモに参加
4 在韓米軍基地の実態と被害、基地強化の反対を掲げる平和団体との交流
5 韓国の歴史と文化にもふれる

昨年同様、今週の月曜から金曜日までの5日間、憲法日記を書く暇はない。手許にパソコンもない。そこで、今日から5日間は、全て事前に書きためた「予定記事」の掲載である。

今回も、親しい吉田博徳さんからのお誘いに応じての参加。吉田さん、97歳にして矍鑠そのものである。今回のツアーの副団長を務める。

ところで、本日(2月18日)の見学地の一つに、閔妃暗殺の現場」がある。景福宮の一角。1895年10月8日、日清戦争終了後間もなく、ここで閔妃が殺害されている。李氏朝鮮の第26代王・高宗の正妃である。明成皇后との尊号をもつ人物が、日本公使と軍の策謀によって、暗殺された。これが、乙未事変である。

高宗は「心やさしく温和だが性格が弱く人の言いなり」「意志薄弱」(イザベラ・バードの評)と評される人。高宗の父・大院君が親日派、閔妃が親露派の頭目として、両派が激しい抗争を繰り広げた。閔妃の親露派が優勢となるや、日本公使三浦梧楼(大使はいない)や軍事顧問岡本柳之助らが、親露派の閔妃を排除するための実力行使に出た。これに、大院君派などの朝鮮人が加わった暴徒が王宮内に乱入し、閔妃は景福宮・乾清宮内で斬殺され、遺体は焼却された。この狼藉も、結局親日派の大院君を復権させることには成功しなかった。

なお、三浦梧楼ら48名は謀殺罪等で起訴され、また軍人8人が軍法会議にかけられたが、証拠不十分で免訴となり釈放されたという。

喩えて言えば、日本に軍隊を置く某国大使が画策して、その国の在日軍隊が暴徒とともに皇居に乱入して皇后を殺害した、というこの上ない狼藉。朝鮮の民衆が怒ったのは当然だろう。

かつての日本が、朝鮮に何をしたかの、歴史的事実の一コマ。日本人はこの事件をどれだけ深刻な問題として認識しているだろうか。
(2019年2月18日)

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