澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その4》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第154弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」の山場となる次回証拠調べ期日が目前である。当日の予定は下記のとおり。

常識的には、次々回に最終準備書面を提出して結審となる見通し。場合によっては次回の法廷での結審もありうる。ぜひ、法廷傍聴をお願いしたい。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

もっとも、以上は裁判所が証拠決定したスケジュールであって、必ずこのスケジュールのとおりに進行するかは予断を許さない。通常は九分九厘まで裁判所の決定のとおりに証拠調べは進行する。ところが、吉田嘉明は証拠決定後に、出頭したくないと言い出した。裁判所は、「出頭しなさい」と吉田宛に呼出状を発送し、これが本人に送達されていることは確認されている。にもかかわらず、吉田嘉明は重ねて出廷したくないと言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。この人、とうてい尋常な社会人ではない。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はこれを認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出頭して尋問に応じるよう命じているのだ。裁判所において、それならやむを得ないと納得できる正当な理由のない限りは、出頭して尋問を受けることが吉田嘉明の日本国民としての義務である。そして今、吉田嘉明は出頭を拒否する正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士(今村憲)もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

さて、一連のこの事件。最初に法的手段に訴えたのは、DHC・吉田嘉明の方だ。私のブログでの吉田嘉明批判を快しとせず、2000万円という高額請求訴訟の提起で恫喝して言論萎縮を狙た典型的なスラップ訴訟。ところが、そのスラップ提起が恫喝の効果薄いとみるや、何と6000万円に請求金額を増額したのだ。このバカげた訴訟は、最高裁まで引っ張られたが、私の勝訴で確定した。

第2ラウンドの訴訟も、DHC・吉田嘉明の側から仕掛けられた。DHC・吉田嘉明が、私を被告として債務不存在確認訴訟を提起したのだ。これに、反訴として、私が、スラップ提訴の違法を請求原因とする損害賠償の反訴を提起した。その本訴は取り下げられ、私が反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴事件だけが今なお続いている。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書を作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。

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平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

目   次

はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文であるが、これを分けて、掲載している。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」
「訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾」(2019年3 月28 日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12321
「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾」(2019年4月8日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12389

「反訴原告本人(澤藤)陳述書《その3》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第153弾」(2019年4月11日)
http://article9.jp/wordpress/?p=12409
そして本日、以下のとおり陳述書の下記部分を掲載する。

8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」

私の最も強調したいところである。
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8 DHC・吉田嘉明の前訴提起の目的とその違法
経済的な強者が財力にものを言わせて、自分への批判の言論を行った者を標的に、その言論封殺を目的とする民事訴訟が「スラップ訴訟」です。
もちろん、厳密な定義がある用語ではありません。命名よりも事実が先行し、言論封殺の動機をもった一群の濫訴を「スラップ」と名付けたものです。この命名は、民事訴訟制度が本来的に想定している提訴とは異なる、不当・違法な訴訟類型の存在を意識化し明確化する役割を果たしました。「スラップ」であるという指摘が、社会にも法曹にも、的確なアピールとして作用します。そのことを通じて、表現の自由を擁護しようという訴訟実務に、役立てたいと思っています。
いうまでもなく、民事訴訟の提起には手数料を要します。よほど単純な訴えでない限り、訴訟代理人として弁護士を依頼しなければなりません。当然に弁護士報酬の負担が必要です。これらの費用負担は正当な提訴のハードルにもなるとして批判的に論じられますが、同時に濫訴防止に役だってもいます。
通常人が提訴するに際しては、相当に高額の費用負担を覚悟しなければならないのですから、提訴前には勝訴の見込みを真剣に考えざるを得ません。請求金額も負担すべき費用額に関連しますから、むやみに高額な請求もできないことになります。
ところが、スラップの場合はまったく話が違ってきます。批判の言論を封殺することが提訴の目的なのですから、まず、提訴ありきなのです。真剣に勝訴の見込みの有無の検討がなされる必要はないことになります。請求金額は恫喝の効果による言論萎縮を期待するに十分なものでなければなりません。当然に、相当の費用がかかることになりますが、カネを惜しまずに敢えて提訴するところに、スラップの本領があるのです。
通常は、可能な限り費用の嵩む訴訟を避けようとするインセンティブが働きます。事前の交渉で示談が可能か否かを打診するのが受任した弁護士のセオリーといって差し支えないのです。内容証明郵便での請求をし真摯な姿勢で交渉すれば、どこかでまとまることが多いのです。だれも、訴訟の負担は避けたいというのが本音なのですから。ところが、スラップでは事情が異なります。ともかく、提訴によって、自分を批判する者を恫喝し、言論を萎縮させようというのですから、事前の交渉などは無用なのです。
本件訴訟に乙13号証として、経済誌「エコノミスト」の2005年4月26日号の記事が提出されています。標題が、「武富士名誉毀損訴訟判決の波紋 『言論封じの訴訟乱用』に歯止め」というものです。「批判的言論を抑圧するために裁判を起こすのは許されない――。武富士が起こした名誉毀損訴訟で、東京地裁が出した判決は、報道の自由に大きな意味を持っている。」というリードが付いています。 当時、「スラップ訴訟」という用語は知られていませんでした。しかし、消費者金融の最大手である武富士が起こした消費者問題に携わる弁護士たちに対する名誉毀損訴訟は、まさしくスラップ訴訟でした。これに反撃した消費者弁護士や出版社の問題意識は、「高額損害賠償請求訴訟を武器とする、金ある者の言論萎縮のたくらみを許さない」というものでした。この記事の中に、「いきなり訴えるのは、『批判的言論の抑圧』」と小見出しがあります。本件の吉田嘉明のやり口に対する批判ともなっています。
さらに、興味深いことは、その記事の中にDHCの労働組合へのスラップが、不当な同種(スラップ)訴訟として取り上げられていることです。そして、下記の私(澤藤)のコメントも引用されています。
『武富士の闇を暴く』訴訟(被告側)弁護団長の澤藤統一郎弁護士は、「どんなに根拠のない訴えでも裁判に応じる負担はたいへんで、面倒に巻き込まれたくないという萎縮効果が働く。それを見越して、気に入らない出版や弁護士業務、労働運動の妨害のための高額訴訟が横行しているが、今回の判決はそれに対する歯止めとなるものだ」と”藤山判決”を高く評価する。

『武富士の闇を暴く』訴訟では、私(澤藤)が武富士の提起したスラップ訴訟の被告側(そして反訴原告側)弁護団の代表でした。まさか、10年後に、自分自身の問題となろうとは考えてもいなかったのです。武富士をDHCに、武富士のオーナーだった武井保雄を、吉田嘉明に置き換えると、よく似た構図が浮かびあがってきます。”藤山判決”は、反訴の損害賠償請求を認容し、高裁判決も積極的にこれを支持しました。本件でも、同様でなければなりません。

9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
私が被告とされた前訴が典型的なスラップ訴訟です。私の口を封じようとしたのはDHC会長の吉田嘉明。彼が不愉快として封じようとした私の言論は、ブログ「憲法日記」に書いた3本の記事。政治とカネにまつわる政治的批判の言論。そして吉田嘉明の政治資金提供の動機を規制緩和を通じての営利追求にあるとした、消費者問題の視点からの指摘の言論です。これらが社会的に有用な言論であることは既述のとおりです。
吉田嘉明が私をだまらせようとして、2000万円の損害賠償請求訴訟を提起したことに疑問の余地はありません。私は、吉田嘉明から「黙れ」と恫喝されて、けっして黙ってはならないと決意しました。もっともっと大きな声で、何度も繰りかえし、吉田嘉明の不当を叫び続けなければならない。
言論萎縮効果を狙ったスラップに成功体験をさせてはならない、反撃意欲刺激効果によるスラップ失敗体験をさせなければならない。これが、私の決意でした。
幸いに友人たちが、大弁護団を結成して応訴の態勢を整えてくれました。私のできることは、同じブログでのDHC・吉田嘉明に対するスラップ批判です。そこで始めたのが、「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの連載です。
現在このシリーズは150弾を越えています。読み直してみるとなかなかに充実した内容で、貴重な問題提起になり得ていると思います。
驚いたことに、吉田嘉明は、このうちの2本の記事が名誉毀損になるとして、請求原因を追加し、それまでの2000万円の請求を6000万円に拡張しました。この金額の積み上げ方それ自体が、本件提訴の目的が恫喝による言論妨害であって、提訴がスラップであることを自ら証明したに等しいと考えざるを得ません。
DHC・吉田嘉明の私に対するスラップ訴訟は、他の事件にはない幾つかの特徴をもっています。その特徴の筆頭が、この請求の拡張です。おそらくは、前例のないことなのだと思います。このこと一つだけでも、DHC・吉田嘉明の言論封殺の意図は明確なものと断じざるを得ません。
吉田嘉明は、まず私に「黙れ」と恫喝の民事訴訟を提起しました。しかし、私が黙らないとなると、2000万円の請求では恫喝効果に不十分であるとして、「今度こそ、黙れ」と6000万円の請求に増額したのです。この金額なら黙らせることができるだろうとの思惑での請求の拡張と推認されるのです。
推認の根拠の第一は、請求拡張の根拠として挙げられた、追加の請求原因に、およそ請求の拡張の根拠となるような請求原因事実を主張し得ていません。そのことは一見して明らかです。

やや長くなりますが、2000万円の請求が6000万円に拡張された日である2014年8月31日の、私のブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を引用しておきます。当時の事情をよく分かっていただけると思います。
タイトルが、「これが、損害賠償額4000万円相当の根拠とされたブログの記事-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第20弾」というものです。

「本日、『DHCスラップ訴訟』で原告(DHCおよび吉田嘉明)からの「訴えの追加的変更申立書」に接した。私に対する損害賠償請求金額は、これまで2000万円だった。これを6000万円に拡張するという。4000万円の増額。一挙に3倍化達成である。
訴状においてDHC・吉田嘉明の名誉を毀損するとされた私のブログは、次の3本。再度ご覧いただけたらありがたい。いずれも、政治を金で買ってはならないという典型的な政治的批判の言論である。
http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判
http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻
http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
政治資金の動きはガラス張りでなければならない
これに追加して、新たに次の2本のブログもDHCおよび吉田嘉明の名誉を毀損するものだとされた。これまで、「DHCスラップ訴訟」を許さないシリーズは、第1弾~第19弾となっているが、そのうちの第1弾と第15弾の2本が取りあげられたのだ。
http://article9.jp/wordpress/?p=3036 (2014年7月13日)
いけません 口封じ目的の濫訴
-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第1弾
http://article9.jp/wordpress/?p=3267 (2014年8月8日)
「政治とカネ」その監視と批判は主権者の任務だ
-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第15弾
これまでは3本のブログ(その中の8か所の記載)で2000万円の請求。今度は、2本増やして合計5本のブログで6000万円。単純な差し引き計算では、「DHCスラップ訴訟」を許さない・シリーズの2本のブログが4000万円の請求増額の根拠。1本2000万円ということになる。
馬鹿げた話しだ。請求金額に何の根拠もないことを自ら語っているに等しい。要するに、「DHC・吉田批判を続けている限り、際限なく請求金額をつり上げるぞ」という、訴訟を武器にした恫喝にほかならない。

さて、4000万円増額の根拠となった2本のブログのどこが原告両名の名誉を毀損したものか。6か所あるという。以下のイタリック体の記載部分とされている。
「第1弾」5か所
いけません 口封じ目的の濫訴
②私はこの訴訟を典型的なスラップ訴訟だと考えている。
スラップSLAPPとは、Strategic Lawsuit Against Public Participationの頭文字を綴った造語だという。たまたま、これが「平手でピシャリと叩く」という意味の単語と一致して広く使われるようになった。定着した訳語はまだないが、恫喝訴訟・威圧目的訴訟・イヤガラセ訴訟などと言ってよい。政治的・経済的な強者の立場にある者が、自己に対する批判の言論や行動を嫌悪して、言論の口封じや萎縮の効果を狙っての不当な提訴をいう。自分に対する批判に腹を立て、二度とこのような言論を許さないと、高額の損害賠償請求訴訟を提起するのが代表的なかたち。まさしく、本件がそのような訴訟である。
③DHCは、大手のサプリメント・化粧品等の販売事業会社。通信販売の手法で業績を拡大したとされる。2012年8月時点で通信販売会員数は1039万人だというから相当なもの。その代表者吉田嘉明が、みんなの党代表の渡辺喜美に8億円の金銭(裏金)を渡していたことが明るみに出て、話題となった。もう一度、思い出していただきたい。
DHC側には、この批判が耳に痛かったようだ。この批判の言論を封じようとして高額損害賠償請求訴訟を提起した。訴状では、この3本の記事の中の8か所が、DHC・吉田嘉明の名誉を毀損すると主張されている。
原告側の狙いが、批判の言論封殺にあることは目に見えている。わたしは「黙れ」と威嚇されているのだ。だから、黙るわけにはいかない。彼らの期待する言論の萎縮効果ではなく、言論意欲の刺激効果を示さねばならない。この訴訟の進展を当ブログで逐一公開して、スラップ訴訟のなんたるかを世に明らかにするとともに、スラップ訴訟への応訴のモデルを提示してみたいと思う。丁寧に分かりやすく、訴訟の進展を公開していきたい。
「第15弾」1か所
⑥私は、主権者の一人として「国民の不断の監視と批判を求めている」法の期待に応えたのだ。ある一人の大金持ちから、小なりとはいえ公党の党首にいろんな名目で累計10億円ものカネがわたった。そのうち、表の金は寄付が許される法の規正限度の上限額に張り付いている。にもかかわらず、その法規正の限度を超えた巨額のカネの授受が行われた。はじめ3億、2度目は5億円だった。これは「表のカネ」ではない。政治資金でありながら、届出のないことにおいて「裏金」なのだ。万が一にも、私がブログに掲載したこの程度の言論が違法ということになれば、憲法21条をもつこの国において、政治的表現の自由は窒息死してしまうことになる。これは、ひとり私の利害に関わる問題にとどまらない。この国の憲法原則にかかわる重大な問題と言わねばならない。
読者には是非熟読いただきたい。そして、それぞれの常識でご判断いただきたい。これが果たして「違法」なのか。このような言論が違法と烙印を押されてよいものだろうか。4000万円の損害賠償に値するなどということが、一体考えられることだろうか。」

以上のイタリック体の文章を繋げてみて、果たしてこれが名誉を毀損する違法な言論でしょうか。そんなことはあり得ません。ましてや、4000万円もの損害賠償請求の根拠となり得るものでしょうか。明らかに牽強付会。異様で異常というほかはありません。
吉田嘉明には、請求の拡張によって私を恫喝するという方針が先にあり、その既定方針のもとブログの中から違法になりそうな材料を探してみたが、結局は見つけ出せなく、この程度のものを請求原因として列挙せざるを得なかったというのが、常識的に推認されるところです。

10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
かつて、まだスラップという言葉が定着していない頃、明らかに武富士が突出したスラップ常習企業でした。突出したスラップ常習企業には、突出したスラップ常習弁護士が専属していました。いま、その武富士の地位をDHCが継いでいます。武富士よりも遙かに大きな規模で。
2014年3月、吉田嘉明の週刊新潮手記が発表されると、政治資金8億円を裏金として受けとっていた「みんなの党」渡辺喜美に対して、ごうごうたる非難が巻きおこりました。8億円の内、3億円については借用証が作成されたとのことですが、5億円については貸金であることを示す資料はありません。カネの動きも、貸金にしては極めて不自然。そのほかにも、渡辺側の不動産を吉田嘉明が渡辺の言い値で購入したことも明らかとなりました。このような巨額のカネが、政治資金規正法にもとづく届出のない裏金として動いていたのです。
この事件について、メディアはまずは政治家である渡辺を対象に非難しました。このことは健全な現象であったかも知れません。しかし、私はカネで政治を動かそうとした吉田嘉明への批判をおろそかにしてはならないと考え、その旨を3件のブログに認めました。
同様の思いの人は、私の外にも数多くいて、吉田嘉明批判の論評は数え切れないほどありました。吉田嘉明が公表した手記を契機に、同じような吉田批判が、主としてミニコミに噴出したのは、吉田批判の言論が多くの人に共通した、普遍性をもつものであったことを物語っています。
おそらくは、自分が週刊誌で発表した手記の反応に、吉田自身がうろたえたのだと思います。彼は、批判されることに慣れていない狭量な人物として、自分の批判を許せないものと考えたのでしょう。スラップの提訴を思い立ちました。このあたりの詳細な経緯や提訴の動機は、吉田本人でなくては語り得ません。ぜひとも、法廷での尋問に答えてもらいたいところです。
吉田嘉明は、数多い吉田批判の言論の中から10件を選び、ほぼ同時期に、事前折衝もないまま、闇雲に訴訟を提起しました。明らかに、高額請求訴訟の提起を武器に、自分への批判の言論を委縮させ、更なる批判言論を封じ込めようという効果を狙ってのもの。それが常識的な判断というものです。
10件もの同種提訴の存在自体が、明らかに濫訴であることを物語っています。また、東京地裁に提起された訴訟10件の賠償請求額は最低2000万円、最高2億円です。私は当初「最低ライン」の2000万円でしたが、その後ブログに「口封じのDHCスラップ訴訟を許さない」と書き続けて、請求額は6000万円に増額となっています。
その10件のうち、◎◎◎◎弁護士(横浜弁護士会)が被告になっている事件が2015年1月15日に第1号判決となり、次いで3月24日に被告◎◎◎氏(評論家)についての第2号判決が、そして私の事件がこれに続く第3号判決として同年9月2日判決となりました。いずれも証拠調べ期日の設定もないまま、「原告完敗・被告完勝」の結果となったものです。これらの事件は、いずれも控訴棄却、上告受理申立棄却となって確定しています。
その他の事件で、DHC・吉田嘉明側の一部勝訴事件がありますが、これは「8億円裏金提供問題」批判とは無縁の事案に関しての一部勝訴です。こと、「8億円裏金提供問題」批判の言論を違法とした判決は1件もありません。
そのほかに、関連する2件の仮処分申立事件があり、それぞれに申立の却下決定(東京地裁保全担当部)と抗告却下決定(東京高裁)があって、すべてDHC・吉田嘉明側の言い分が斥けられています。
被告◎◎◎氏(評論家)に対する2015年3月24日東京地裁民事第23部合議部(宮坂昌利裁判長)の請求棄却判決(甲10の2)が注目されます。私のブログの論調に比較すれば、はるかに手厳しいツイッターでの批判の発言について、なんの躊躇もなく、名誉毀損も侮辱も否定して、原告の請求を棄却しています。注目すべきはこの判決の中に次のような判示があることです。
「そもそも問題の週刊誌掲載手記は、吉田嘉明が自ら『世に問うてみたい』として掲載したもので、さまざまな立場からの意見が投げかけられるであろうことは、吉田が当然に予想していたはずである」「問題とされているツイッターの各記述は、この手記の公表をきっかけに行われたもので、その手記の内容を踏まえつつ、批判的な言論活動を展開するにとどまるもので、不法行為の成立を認めることはできない」
吉田嘉明が週刊新潮に手記を発表して、「吉田自身が、政治家(みんなの党渡辺喜美)にカネを提供したことを暴露した」先行事実は、吉田嘉明が自ら『世に問うてみたい』として掲載したものでもあり、吉田自らが「私人性を放棄」して「自ら積極的に公人性を獲得した」と判断されるべきことでもあって、このような事情がある以上、前訴に勝訴の見込みないことは当然の事理といわねばなりません。(以下続く)

(2019年4月16日)

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