澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「平和のための戦争」という欺瞞と「積極的平和主義」

しんぶん赤旗のスポーツ欄に、「戦争とスポーツ」という連載コラムが掲載されている。本日は、小倉中学(旧制)を中心に、「中等野球」が敵性文化として攻撃され、戦時色に染め上げられた歴史を語っている。

1937年に内閣情報局が国民歌「愛国行進曲」を発表すると、翌38年の第24回全国中等学校野球大会では、選手と観客がこの曲を大合唱したという。
「見よ東海の空明けて」で始まるこの曲の1番はよく知られているが、あまり馴染みのない2番の歌詞が全文紹介されている。

起て
一系の大君を 光と永久に頂きて
臣民我等皆共に 御稜威に副はむ大使命
往け
八紘を宇となし 四海の人を導きて
正しき平和打ち立てむ
理想は花と咲き薫る

今、この歌詞の中で目に突き刺さってくるのが「平和」の2文字である。
戦争は、平和を冠して準備された。戦争は、平和を名分として国民を動員した。侵略戦争も「平和のための戦争」とカムフラージュされたのだ。まさしく、これこそが安倍流「積極的平和主義」ではないか。

八紘一宇の精神で大東亜共栄圏を築き、大君を戴く日本が四海の人を導こうという思い上がり。これを、「正しき平和」と言い、「理想は花と咲き薫る」とまで言った。顔から火が出るほど恥ずかしいこんな歌を、「臣民我等皆共に」球場で大合唱したというのだ。この年、国家総動員法が制定されている。ときあたかも日中戦争のさなかで太平洋戦争突入3年前のこと。そして、その太平洋戦争開戦の41年には、夏の甲子園大会も中止となっている。

戦争は、いろんな名目で準備され正当化される。必ず、何らかの美しい大義のスローガンをもつ。

「神の嘉したもう聖戦」、「平和を実現するための戦争」「自存自衛の戦争」「文明のための戦争」「天皇の御稜威を四海に及ぼす戦争」「満蒙という我が国の生命線を防衛するための戦争」「石油資源流入封鎖を打破して国民生活を安定させるための開戦」「暴支膺懲」「鬼畜米英撃滅」…。いずれも、その時代ではもっともらしい戦争正当化の理由になり得たのだろう。

1937年の「正しき平和打ち立てむ 理想は花と咲き薫る」の歌詞が、安倍晋三が今口にする「積極的平和主義」と重なる。「軍事力による平和」、「抑止力に基づく平和」との欺瞞に溢れた「思想」を徹底して批判することが、歴史の教訓を活かすことでなければならない。
(2015年8月18日)

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