澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「西松建設違法献金・株主代表訴訟」和解での、政治献金監視センター発足の意義

本日(9月10日)の朝日朝刊が大きく報じている。「西松建設の元役員ら、株主と和解」「違法献金めぐり賠償」の記事。北朝鮮核実験の愚挙がなければ社会面トップの扱いにもなったところ。中見出しの「弁護団『企業監視のモデルに』」がすばらしい。

残念ながら、毎日の扱いは小さい。記事の内容はとてもよいのに…、である。見出しは、「政治資金収支報告書・ネットで全文公開」「西松建設1000万円寄付」となっている。日経は、「西松建設の株主訴訟、異例条件で和解」「政治資金公開団体に寄付」というもの。

各紙の見出しだけで、何が話題かおよその見当がつくだろう。「西松建設がした政治家への献金を違法として、株主の一人が当時の役員9名を被告に、『献金相当額を会社に賠償せよ』という株主代表訴訟を起こした」「昨日(9月9日)、東京高裁でその訴訟の和解が成立した」「その和解において、被告らは違法献金を賠償しただけでなく、『政治資金公開団体』に1000万円を寄付することを約束した」「この『政治資金公開団体』は、政治資金収支報告書をネットで全文公開しようというもの」「このような条件で和解に至ることは異例」「弁護団は、このような解決方法を『企業監視のモデルに』したい」と言っている。

一審で判決が出たのが、2年前の2014年9月。判決は、献金の違法を認めて「被告元役員らは(連帯して)、6億7200万円を西松建設に(損害賠償金として)支払え」というものだった。昨日成立の東京高裁での和解金は1億5000万円。この金額が、現実に西松建設に支払われることになる。被告らは、この和解金とは別に、1000万円を『政治資金公開団体』へ拠出することを約した。被告らが、原告・弁護団の理念に基づいた提案に応じた姿勢を評価したい。西松建設が、「和解を機に、一層の法令順守を徹底し再発防止に努めていく」とするコメントしたことも、その言やよし。今後、本件がモデルケースとなって、同様の和解の方式が定着することを期待したい。

1000万円の資金拠出で発足する『政治資金公開団体』は、「一般財団法人・政治資金センター」という。阪口徳雄弁護団長は、記者会見で「株主や市民が企業を監視する、一つのモデルケースになったと思う」と発言している。今後も、「株主や市民が企業を監視する」活動を継続していくという宣言でもあるだろう。

この世の不公正は、強者による弱者への支配としてあらわれる。強者とは、政治的には権力であり、経済的には企業であり富者である。強者は一握りの存在であり、弱者はそれ以外の全ての市民である。政治的強者と経済的強者とは、相互に利用し補完する関係に立って、双頭の猛獣となっている。市民は、この双頭の猛獣をコントロールしなければならない。

市民による政治権力へのコントロールは、タテマエにもせよこの民主々義社会において、一応はメニューが揃っている。政治的権力に対するコントロールの基本は選挙であるが、「投票日だけの主権者」によるコントロールには限界がある。権力を担う者への監視を可能とする情報公開と、報道の自由があれば、市民は監視の目を光らせて、権力暴走の実態を把握し、批判することができる。権力の違法に対する批判は、言論やデモによることもあれば、パプリックコメント、あるいは司法の利用を手段として実現することも可能となる。

これに比して、市民による対企業コントロールは、制度として想定されているものではない。消費者運動による意識的な商品選択行動として、あるいは市民が公開会社の株主となっての株主オンブズマン活動などが試みられているが、成果は部分的なものに過ぎない。株主代表訴訟は貴重な対企業コントロール手段である。

最重要問題は、政治献金を通じての権力と企業との癒着に対する市民のコントロールをどう実効性あるものとするか、である。今後、新たに設立された「政治資金センター」が、各政治家ごとに、あるいは企業ごとに、政治資金収支報告書や選挙運動収支報告書を整理して公開し、分析を発表し続けることだろう。根気を要する地道な作業だが、権力と企業の両者を監視して、コントロールのための基礎資料と分析結果を市民に送り続けるとなればその意義は大きい。

なお、西松建設株主代表訴訟の一審判決言い渡しは、2014年9月25日だった。偶然だが、同じ日にやはり東京地裁で、住民訴訟関連の「原告国立市・被告上原公子(元市長) 損害賠償請求事件」判決が言い渡されている。

両判決を比較した私の見解を、「株主代表訴訟と住民訴訟、明と暗の二つの判決」と題して、その当日(9月25日)の当ブログに詳しく書いている。再読していただけたらありがたい。
  http://article9.jp/wordpress/?p=3589

両訴訟の一審判決は、市民の側から見て明暗分かれたが、国立市事件判決はその後逆転して高裁段階では両訴訟とも私が望ましいとした結果となった。たった一人でも、権力や企業の不正を糺すことを目的に提訴できる株主代表訴訟と住民訴訟。その制度を形骸化させることなく活用し、活性化したいものである。市民が、権力と企業の違法を是正すべくコントロールするために。
(2016年9月10日)

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Published in 土曜日, 9月 10th, 2016, at 22:57, and filed under 政治とカネ.

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