澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

死刑制度存廃の議論は、もっと真面目に、もっと真正面から。

(2020年9月15日)
9月24日、東京弁護士会が臨時総会を開く。その第2号議案が、「死刑制度廃止に向け、まずは死刑執行停止を求める決議」(案)の件である。

その趣旨は、「死刑制度廃止は望ましい方向だが、議論はまだ十分に煮詰まっていない。性急に廃止の結論を出す前に、まずは弁護士会として死刑執行停止を求める決議」を成立させようというもの。

死刑制度の存否は、刑事政策・司法制度の重要テーマである。倫理・哲学・死生観・社会観・刑罰の本質論、そして被害感情や死刑冤罪の防止等々から、深刻な議論が尽きない。

死刑廃止論も存置論もそれぞれが十分な根拠をもっていることを認め合わねばならない。が、そのうえで、死刑制度を存続させてよいのかを常に問い直さねばならない。そして、死刑制度の存廃について結論を出さねばならない。とりわけ、人権擁護を使命とする弁護士・弁護士会は、議論をすること、態度表明することを避けて通ることができない。

私は、死刑廃止論を強く支持する。人権尊重を第一義とする国家が、犯罪者であれ国民の生命を奪う制度を合法的に持てるとは思えないからである。被害者の人権が重要であることは当然である。しかし、加害者の生命を奪うことが、被害者人権尊重の唯一の手段だとはどうしても思えない。とりわけ、相次いだ死刑確定4事件(免田・財田川・松山・島田事件)の再審無罪判決以来、死刑廃止論の妥当性は私の確信となった。

盛岡に居たころ、松山事件の死刑囚だった松山幸夫さんが我が家を訪ねてこられたことがある。再審無罪判決の直後、母親のヒデさんとご一緒だった。短い時間だったが、「この人が、死刑台から生還された方か」と感無量だった。その以前、ヒデさんが仙台の街角に、息子の無実と再審無罪を訴えて一人立っていたのを、何度か見かけている。どんなにか、息子の「死刑判決」が辛かったことだろうか。

このとき、我が家の一員だった、30キロを超すチャウチャウが斎藤幸夫さんを熱烈歓迎して、その顔をなめまわした。30年近くも拘禁されていた斎藤さんが、なんとも上手に犬と楽しそうに遊んだことに驚いた。およそ「死刑囚」という印象とは縁遠い人柄。人なつっこく明るい印象だった。

弁護士なら、みな死刑廃止論かと言えば、決してそうではない。強い存置論がある。私は、死刑存置論者の主張にも敬意を払ってきた。が、いずれは死刑存置論は勢いを失うだろうと確信もしてきた。今、世界を見わたせば、文明社会の趨勢は明らかに死刑制度は廃止に向かっている。

世界の趨勢に比して、日本における廃止論の成熟は遅々としている。日弁連が廃止論をリードしていることをありがたいと思う。その日弁連の姿勢については、下記URLを参照されたい。

死刑制度の問題(死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部)
https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/criminal/deathpenalty.html

そのような最中、死刑存置論者のグループが、東弁の臨時総会に向けて「2号決議反対」のキャンペーンを始めた。私の事務所にも、「東京弁護士会が、死刑制度の廃止を『決議する』のはおかしいよね。」というビラが、郵送されている。ビラの内容は、後掲のとおりである。

死刑制度存置論を揶揄したり軽蔑する気持ちはさらさらない。しかし、このビラの内容が、全部とは言わないが、どうにも薄っぺらで浅薄なのだ。死刑制度存廃についてのこんな議論のしかたが、どうにも情けない。この郵送されたビラを見て、敢えて一言せざるを得ないという気持ちにさせられた。

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ビラで、まず引っかかったのは、次の一行。

「我々弁護士は、犯罪から国民・市民を守る存在であるというメッセージをもっと発すべきです。」

「犯罪から国民・市民を守る」のは、第1次的には公権力の行使者である警察・検察や司法当局の役割であって、決して「我々弁護士」の役割ではない。「我々弁護士」は、公権力行使に逸脱がないかを厳正にチェックすることで、「権力から国民・市民の人権を守る」ことを本務とする。このビラを作ったグループには、弁護士とは異質な権力的な臭みを感じざるを得ない。

また、次の一節。

「私は被害者支援やっているけど、死刑廃止決議されると、信頼関係を築くのが難しくなるから、業務に支障あるのよねぇ。若手弁護士に仕事広げろって言いながらなんで邪魔するようなことばかりするのかしら。」

このビラを作ったグループにとっては、死刑制度廃止は「業務に支障あるのよねぇ。だから反対」というのだ。この議論のしかたは、弁護士としてあまりに志が低くはないか。人権や社会正義の視点から、考え直していただけないだろうか。

このビラの随所に出て来る以下の議論のしかたも、明らかにミスリードというべきであろう。真正面の死刑制度存廃の議論からは逃げていると指摘せざるを得ない。

強制加入団体なのに、個々の会員の価値観は尊重されなくてもいいの?
この問題は、死刑制度の当否が問われているのではないと思う。
一部の意向で、思想統一するような決議をするのが問題だわ~。

会員には思想信条の自由があり、何が正義かは、会員自身が決めるべきです。強制加入団体が、多数決でいずれが正しいと決めるべきではないと思います。

問われているものは、純粋に「死刑制度存廃の当否」(今回の決議案では、「死刑執行停止の当否」)である。言うまでもなく、死刑制度の存否は国民の人権と深く関わる重大な問題である。だから、弁護士会が人権に関わる課題として、死刑制度に関して会則に則って「建議及び答申」をすることは、会の責務と言ってよい。これを「思想統一するような決議」「何が正義かを多数決で決める」と問題をすり替えてはならない。「強制加入団体が」「一部の意向で」と、ことさらに作為を凝らすのも真っ当な議論のしかたではない。成立した決議は、決して会員個人の思想と直接の対峙や軋轢を生じる関係にはない。もちろん、死刑の廃止は自分の個人的な思想や信念との深刻な衝突を来すという人もいるであろう。しかし反対に、死刑の存続こそが自分の個人的な思想信条との堪えがたい葛藤を来しているという人もいるのだ。個人的な思想や信念は、この局面では問題とならない。「死刑制度存廃の当否」を議論し決議することを「問題だわ~」と非難される筋合いはない。

さらに、「死刑廃止運動を見るだけで傷つく遺族もいるそうです。私は、人を傷つける活動に参加したくないな…でも強制参加…」という主張。問題を客観視し全体像を眺める姿勢に欠けること甚だしい。

今、袴田巌さんとその姉の秀子さんのことをお考えいただきたい。あるいは、最高裁で8対7の1票差で死刑が確定した竹内景助さんのご遺族のことも。明らかに、「死刑存続運動を見るだけで傷つく」人もいるのだ。誰もが、人を傷つける活動に参加したくはない。しかし何もしないことも人を傷つけるのだ。死刑制度の存廃を論じることが避けて通れない以上は、単にひとつの局面だけに焦点を当てるのではなく、全体をよく見ての議論でなくてはならない。

下記も、不真面目で不見識な議論ではないか。

「東弁も決議したら、日弁連みたいに、1億円近くの会費を使うのかな?」「そんなに使ってんの!」

「弁護士会は、金がかかる人権問題に取り組むな」というメッセージである。人権擁護の使命を全うするために、ある程度の費用がかかることはやむを得ない、予算規模や決算については意見を述べて然るべきだが、こういう不真面目な議論の仕方はあらためなければならない。

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9/24臨時総会
やっぱり、東京弁護士会が、死刑制度の廃止を『決議する』のはおかしいよね。

未だに多くの凶悪犯罪があるのに、東弁の『総意』が死刑廃止って決めていいの?
強制加入団体なのに、個々の会員の価値観は尊重されなくてもいいの?
「日弁連の要請があるから」で、決議しちゃっていいの?
死刑検討協議会が「意思統一できない」って言ってるのに無視していいの?

この問題は、死刑制度の当否が問われているのではないと思う。
一部の意向で、思想統一するような決議をするのが問題だわ~。

死刑廃止運動を見るだけで傷つく遺族もいるそうです。
私は、人を傷つける活動に参加したくないな…でも強制参加…東弁は、いろいろな立場の会員のことを考える、そういう寛容な会であって欲しいです。

関弁連アンケートで、廃止派の弁護士が46%ってハガキで見たけど、回答率は6%だって。死刑廃止に熱心な人はアンケートに答えるから、6%×46%=2.76%!! 大半がサイレントマジョリティなんだね。

私は被害者支援やっているけど、死刑廃止決議されると、信頼関係を築くのが難しくなるから、業務に支障あるのよねぇ。若手弁護士に仕事広げろって言いながらなんで邪魔するようなことばかりするのかしら。

東弁も決議したら、日弁連みたいに、1億円近くの会費を使うのかな?

そんなに使ってんの!しかも、コロナなのに臨時総会って不要不急だし!
やるべきことはもっと別にあるんじゃないの?

会員には思想信条の自由があり、何が正義かは、会員自身が決めるべきです。強制加入団体が、多数決でいずれが正しいと決めるべきではないと思います。誤判・えん罪は、絶対にあってはなりませんが、そのためにはえん罪の防止を検討すべきです(スーパーデュープロセス等)。

個々の事件での死刑量刑の適否と、制度としての死刑を廃止するかどうかは別問題であり、誤判・えん罪の問題は死刑廃止の論拠となりません。

執行部は、「日弁達の要請で、京都コングレスが開かれる今年決議したい。長々と時間をかけていられない」と述べ、昨年12月半ばに突然、関連委員会と会派に意見照会しました。
東弁の死刑制度検討協議会(死刑存廃を検討するために設置され、刑事系委員会から委員が選出されて設置された)は、この議案について「撤回されるべき」「賛否両論あり、統一的な回答はできない」と回答しており、他の委員会等からも同様の回答や、慎重な検討を求める回答が多くありました。
執行部は「多<の反対意見や慎重意見があることは承知している」と言いながら「全会員アンケートはとらない」と述べています。昨年決議した札幌弁護士会は、執行部が問題提起した後1年内に2度にわたり全会員アンケートを実施しています。なお、昭和56年の東京三会弁護士ァンケートでは60.4%が死刑存置。廃止は39.6%でした。また、弁護士会がどう対処すべきかについて、63.9%が「存置論、廃止論の両説のあることをふまえたうえで継続的にこの問題に取り組むべきである」との回答でした。
東弁が死刑廃止を表明するにつぃて、会内の適正な手続が踏まれ、議論が尽くされ、会内意見が一致団結してまとまったとはぃえません。なお、千葉県弁護士会では、総会決議が否決されました(今年2月)。今年3月にほぼ桔抗した票数で可決した埼玉弁護士会も、一昨年には否決されています。

国民・市民の8割以上は、死刑制度を存置する意見です。令和元年11月の調査は80.8%が賛成で前回調査(平成26年11月)から微増しました(終身刑※を導入した場合も同様)。「国民の理解が得られないのではないか」との質問に、執行部は具体的な回答ができず、これまでも国民の理解を得るための活動をしていません。理解が得られない意見表明は、国民一市民の反感を招き、弁護士自治を危険にさらします。執行部は、弁護士自治のリスクについて「そうならないと信じたい」と述べるだけで、何ら危機感をもっていません。あえて弁護士自治を危険にさらすよりも、我々弁護士は、犯罪から国民・市民を守る存在であるというメッセージをもっと発すべきです。

弁護士会は、コロナウィルス感染症拡大に伴う諸問題、司法・訴訟制度の具体的な在り方や、法テラス扶助償還免除、法律事務独占に関する他士業際問題、東弁財政赤字削減、若手支援、谷間世代支援など、もっと他にやるべきことがあるはずです。

死刑廃止は国際的潮流と言われますが、死刑を廃止した国の中には、逮捕現場での犯人射殺が多数発生している国もあると言われています。日本がどのような刑事政策を採るかは、外国が決めるのではなく、国民が決めるべきです。

新総裁、政治家志望の原点についての自問自答。

(2020年9月14日)
私・スガです。本日、形だけの選挙の結果、自民党総裁になりました。明後日16日には、臨時国会で内閣総理大臣として指名を受けることになります。

しかし、今、自問しています。私は、いったい、どうして政治家を目指したのだろう。どんな政治家になりたいと思っていたのだろう。どんな国家ビジョンを描き、どんな社会をめざそうと考えたのだろうか。私にとって克服されねばならない社会の現実とはなんだったのか。到達されるべき社会の理想とはなんだったのか。そして今、政治家スガとは何者なのだろうか。

正直言って、私・スガには、政治家という生き方の原点たるものが何も思い浮かばないんです。社会の現実との葛藤の経験も、若くして目指した熱い理想も、自分のこととしてはな~んにもない。その意味では、なんともスカスカ。こういうことも事実であります。だから、私には渾身の力で国民に訴えるべきなにものもないし、共感を呼ぶ力もない。

戦争の悲惨を経験して、平和な世の中を作ろうと決意した政治家。貧乏の辛酸を嘗め尽くして、格差や貧困のない社会を志した政治家。基地被害の実態に憤って安保廃棄を目指した政治家。母の堪え難い生き方に涙して、女性差別のない社会を理想とした政治家。身近に障害者の苦悩と接して福祉社会を目指した政治家。労働運動の限界を感じて、政界に転じた政治家。原水爆の悲惨を学んで、核廃絶のために生涯を捧げた政治家。多くの政治家が、自分の政治を志す原体験を語ります。その原体験が理想を追求する情熱となり、国民の共感を呼ぶ力の源泉となります。でも、私・スガには、そのような原体験も理念も理想もない。だから、スカスカというしかないのです。

それでも、総裁選立候補ともなれば、なにか言わねばなりません。そこで、私は繰り返しこう言ってきました。

「私が目指す社会像というのは『自助・共助・公助』であります。まず自分でやってみる。そして地域や家族がお互いに助け合う。その上で、政府がセーフティーネットでお守りをします。さらに縦割り行政、そして前例主義、さらには既得権益、こうしたものを打破して規制改革を進め、国民の皆さんの信頼される社会を作っていきます」

我ながら冷や汗が出る。自分の原体験から出た自分の思想ではなく、肚の底からの自分の言葉でもない。だから、実は自分でも何を言っているのかよくは分からないのです。でも、なんとなく、それらしくは響くでしょう。私は、これまでのそのときその場を、こうして凌いできたのです。

「私が目指す社会像というのは『自助・共助・公助』」。何のことだか分からないと、真面目に分かろうとする人からはたいへんに不評です。そうでしょう。真面目に分かろうとするほどの言葉ではないのですから。

「私が目指す社会像というのは『自助・共助・公助』のバランスがよく整った社会」と言えば、日本語として少しは分かるでしょうか。「『自助・共助・公助』のバランスをどうとろうとしているのか、それを明確にしなければ何を言おうとしてのかさっぱり分からん、ですか。そう言われればそのとおりですから、はっきり申し上げましょう。

この世の現実も、私・スガが目指す社会も、「自助」がほぼ全てです。そう考えていただかなくてはなりません。「共助」もあってしかるべきですが、それは飽くまで「公助」の出番を抑えるため。セーフティーネットという「公助」は、最後の最後にようやく出てくるもので、最初から当てにしてもらっては困るのです。飽くまでも、「自助」中心のこの世の中。私だって、高卒で上京して自分で働いて、誰にも甘えることなく、自分でなんとか暮らしを支えてきた。自助努力で自己責任を全うすること。これが資本主義社会の大原則。そういうことも事実であります。「公助」に甘えるとは、他人の稼ぎを当てにすることで恥ずかしいことと考えていただかねばなりません。

もう一つ。私・スガが目指すものは、「規制改革を進めていく」です。概ね、「規制」とは弱者保護のためにありますから、規制を緩和し、あるいは規制を撤廃するということは、弱者の保護を引き剥がすことを意味します。結局は、「自助努力・自己責任」論と同じことになります。

この世は企業社会です。企業あっての経済繁栄であり、企業あっての雇用であり、企業あっての福祉です。国家の経営を支えるものは企業なんです。企業活動の自由なくして、国民生活の繁栄はあり得ません。労働規制も、消費者保護も、建築規制も、都市計画規制も、環境法制も、全ての規制が企業活動の自由に桎梏とならざるを得ません。

労働者保護とか、消費者保護とか、自然環境擁護とか、社会福祉を充実せよとか、農林水産業を守れなどという縦割り行政を盾にした既得権益擁護派の諸君と果敢に闘い説得して、企業活動の自由を断固守る。これが、私の目指す政治なのです。こうすることで、国民の皆さんの信頼される社会を作っていこうというのです。

こうお話しているうちに、自分の政治家志望の原点を思い出してきました。そうそう、私は、この苛酷な社会で勝ち組になりたい、そう考えたことも事実であります。そのためには「強者である企業活動の自由のための政治を行う」ことが必要だ。しかし、「票は、多数の弱者からいただかなければならない」。この二つを両立させようとしてきたのが一貫した私の政治姿勢ですね。

アベ後継は、ご飯論法承継の「美談論法」で。

(2020年9月13日)

コロナ禍のさなか、現職総理大臣が任期途中で職を投げ出して、突然の総裁選となりました。事実上の次期総理大臣選挙です。もちろん、国民のみなさまご存じのとおり、選挙は形だけのもの。私・菅義偉の総裁当選は派閥領袖たちの談合で決まっています。この密室の密謀による密議で、私はようやく陽の当たる明るい場所に出ることになりました。これまでは陰険な印象のつきまとう執権職でしたが、ようやくにして晴れがましい将軍職へのステップ・アップ。まことに本懐とするところです。

もう決まっているなら、なぜいま面倒な選挙をしているのか。しかも、「政治に一瞬の空白も許されない今日」などと言いながら…。それは、必要な儀式だからなんですよ。いまは、ミンシュシュギの世の中。お分かりでしょう、ミンシュシュギって、頭数で決めるってことなんです。厄介なことに、この頭数を数える儀式は、密室ではできないことになっています。

ですから、私が自民党総裁としての正当性を獲得するためには、形だけでも選挙が必要なんですね。できれば、ダントツで当選したい。私・菅義偉の人望や能力には党内からも、疑いの目で見る人が多い。圧倒的に選挙に勝たなければ、人望や能力に疑問符がついたままになってしまいます。選挙に勝ったからって能力の証しにはならないだろう、なんて突っ込みはためにする議論。

選挙をする理由は、それだけではない。もちろん、この選挙では、各候補者がどんな国家ビジョンを描いているか。誰が国民のために真剣に政治を行おうとしているか。どんな政治思想や見識や政策をもっているか。国民の声を聴くよい耳を持っているか。廉潔な姿勢や誠実性があるか、外交手腕や調整能力に優れているか。そんなことは、実はまったく問題ではありません。投票の権利をもっている議員にとっては、どの候補者の陣営に擦り寄れば、どんなポストにありつくことができるか。それが、いや、それだけが問題なのです。当然のことでしょう。

負ける候補者を支持しても得るものはない。士たる者は士道に生きる。そりゃ嘘だ。どんな主君に使えるかだけが生き残る道。当たり前すぎる処世術。私・菅義偉を支持して、選挙運動に参加すれば、望みのポストに近づきます。今回はあぶれても、その次の機会には。選挙がなければどのように論功行賞をすればよいか、材料がない。選挙をすればこそ、候補者への忠誠心を量れるということになります。だから、いま、圧倒的に私への支持が増えていますね。みんなが勝ち馬に乗ろうとしているというわけです。

とは言うものの、明るみでやらざるを得ない選挙にはリスクもつきまとうのが悩みのタネ。他の候補と対等の議論の場に引っ張り出されると、私の地金を隠しきれなくなってしまう。無能・無才・無知・無学・無教養・無見識・無定見の馬脚が表れてしまう。とりわけ、私には討論の能力がない。昨日(9月12日)の日本記者クラブ主催の3候補「討論会」を報じるメディアの評も厳しい。たとえば、毎日新聞。揶揄されているようでもあって不愉快だけれど、そのとおりだから反論のしようもない。

 岸田氏は菅氏に「社会保障の持続可能性をどう維持するのか」と質問したが、菅氏は幼児教育の無償化や雇用創出など安倍政権の実績を強調しただけで正面から答えなかった。ここは菅氏の「説明能力不足」を指摘するチャンスだったのに、岸田氏は何も言及しなかった。石破氏は新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正の必要性について明確に答えない菅氏に対し、「私が尋ねたことにお答えをいただきたかった」とクギを刺した。この「正面から説明しない」姿勢は、石破氏が争点化する安倍政権の負の側面と重なるので、もっと指摘してもよかったはずだ。

 一方、菅氏は相手が話している時に下ばかり向いている姿が目立った。応答要領の資料をめくりながら次に発言する内容を確認していたのだと思うが、相手の発言をメモすることもほとんどなく、「討論」とはほど遠い姿勢だった。

 象徴的だったのは、安倍政権の「負の遺産」が話題になった場面。森友学園問題をめぐって、朝日新聞の坪井ゆづる氏が再調査の必要性を尋ねると、財務省が内部調査をしたことなどを挙げて「結果は出ている」と従来の政府見解を繰り返した。財務省による身内の調査だと指摘されても「いま申し上げた通りだ」と答えるのみだった。

 どうひいき目に見ても、私は、他の候補者に較べれば能力の面において見劣りがしますよ。そりゃそうだ。そのことを天下にさらけ出してしまった。でもね、私は安倍さんを見ているからね。あれでも総理は務まるんだから、私だってね。総裁選で当選してしまえば、こっちのものだと思っていますよ。

安倍さんも、きちんとした論戦のできる人ではなかった。でも、彼独特の「ご飯論法」で乗り切りましたね。あれは、安倍さんが意識的に編み出した、「論争手法」ではなく、追い詰められ、逃げ回って、苦し紛れにああなったというだけの話です。それが身について、とにもかくにも逃げおおせた。

私は、もっと意識的に、「美談論法」というものを採用したい。下記は、週刊文春最近号「菅義偉『美談の裏側』集団就職はフェイクだった」の一節。私の例の、「秋田の貧しい農家から、集団就職で上京して…」という叩き上げ苦労人の『美談』について。

 「集団就職というのは、学校の先生に引率されて上京し、就職先を回って働き口を見つける、というもの。ところが、義偉君は一人で上京している。『集団就職で上京した』という記事を読むたび、どうしてこうなったのか、と不思議なんです」
 菅氏の親戚の一人も「間違ったイメージが広がっていることに懸念を抱いていた」と漏らす。「ある時、義偉さんに言ったんです。そしたら本人も『集団就職したことになっているけど……』と認めていました。ただ、『本当に集団就職した人たちもいる。わざわざ、訂正してそういう人たちを傷つける必要はない。そう思われているなら、それでもいい』と」
 つまり、菅氏は、自身が「集団就職」だということが「誤解」だとはっきり認識していながら、あえて訂正せずにいたのだ。

だってそうでしょ。敢えて美談を否定することはない。みんな美談が好きなんだから、あえて訂正する必要はない。私が積極的に嘘を言ったわけではない。安倍さんの「ご飯論法」での「ご飯は食べていない」という答弁は、パンを食べていたとしても、決して嘘を言っているわけじゃない。

私も、安倍後継を以て任じる以上は、できるだけ側近の官僚たちも「居抜き」で、「忖度文化」も、ウソとゴマカシのアベ政治も大事に受け継ぎたい。あとで弁解出来ない極端なウソはできるだけ控えるようにはしますが、都合のよい誤解を敢えて訂正するような愚かなことはしませんね。ご飯論法を私なりに受け継いで、美談のイメージを大切にする「美談論法」で、国会を乗り切りますよ。

えっ? できるかって? 私は安倍さんを見ていますからね。あの、安倍さんだってできたんですよ。大丈夫。ご安心ください。

中国による「民族文化ジェノサイド」を防止する有効な手立ては?

(2020年9月12日)
中国の香港民主派への弾圧の印象が強烈で、以来この大国の人権状況が気にかかってならない。香港以前には、チベット・ウイグルに対する弾圧が問題とされており、香港後は台湾だろうと思っていたら、突然に内モンゴル自治区における「同化政策」が大きな住民の反発を招いているという報道である。

私は、昨年(2019年)8月に、旧関東軍の戦跡をめぐる内モンゴルの旅に参加した。ハイラルからノモンハン、ホロンバイル、そしてロシア国境の満州里まで。あの独特の縦書きのモンゴル文字をあちこちで見かけたが、その文字と言語の消長が問題となっているとは気が付かなかった。見る目のないことは如何ともしがたく、バス旅行の行程では不穏な空気を感じ取ることもできなかった。

それでも、モンゴル族の現地ガイドに「漢族との差別はありますか。不満はないのですか」と聞くと、漢族の通訳に聞こえぬよう配慮しつつ、「それは、当然にありますよ」と語っていた。が、明らかにそれ以上に話はしたくないという態度で、このテーマでの会話の発展はなかった。

あれから1年。この9月から始まった新学期での学校教育が様変わりだという。これまで保障されていた内モンゴル自治区内小中学校でのモンゴル語教育が、事実上中国語(北京官話)だけとされることに、モンゴル族の住民が激しく反発して抗議行動が噴出し、これを当局が厳しく取り締まっている、という。ああ、香港と同様の構図だ。

本日(9月12日)のNHKWEBNEWSは、「中国 内モンゴル自治区 小中学校での中国語教育強化に抗議活動」として、以下のように報じている。

 中国で少数民族のモンゴル族が多く住む内モンゴル自治区の小中学校で、新学期から中国語の教育が強化されたことを受けて、現地では生徒や保護者らによる抗議活動が起きています。
 これに対して地元の公安当局は、騒動を起こしたなどとして100人以上の顔写真をインターネット上に公開して出頭や情報提供を呼びかけるなど、抑え込む姿勢を示しています。
 
 中国内陸部の内モンゴル自治区では、地元政府が先月下旬、新学期に合わせて一部の教科書をモンゴル語から中国語に変更すると発表しました。

 アメリカに拠点を置く人権団体「南モンゴル人権情報センター」によりますと、中国語の教育が強化されることにモンゴル族の生徒や保護者の間で反発が広がり、複数の地域で抗議活動が起きているということです。

 これに対して地元の公安当局は、騒動を起こしたなどとして、インターネット上に100人以上の顔写真を公開して、出頭や情報提供を呼びかけています。また、現地には公安省のトップも訪れ、「反分裂主義との闘いを進め、民族の団結を促進しなければならない」と訓示していて、抗議活動を抑え込む姿勢を示しています。

 これについて中国外務省の趙立堅報道官は、11日の記者会見で「これはあくまで内政問題だ」と述べるにとどめ、海外メディアの報道に神経をとがらせています。

《公安省のトップ》《反分裂主義との闘い》は意味不明だが、住民の抗議行動と、公安当局の取締りの意図は、よく分かる。そして、相変わらずの「あくまで内政問題だ」という逃げ口上。

時事ドットコムニュースの見出しは、より深刻である。『中国・内モンゴル、標準語教育に住民反発 同化政策、「文化絶滅」の懸念』というのだ。内容も詳細でよく分かる。

 【北京時事】中国北部の内モンゴル自治区で、小中学校の授業で使う言語をモンゴル語から標準中国語に変更することにモンゴル族住民が反発し、抗議デモや授業のボイコットが相次いでいる。当局は参加者の拘束など弾圧を強めている。

 同自治区は1学期開始前の8月26日、少数民族系の小中学校1年の国語の教科書をモンゴル語から標準中国語にかえると通知。来年以降は段階的に道徳や歴史にも中国語授業を広げる方針だ。保護者や一般市民が各地の街頭で抗議活動を展開し、授業をボイコットした生徒は数千人以上とみられる。

 米国のNGO「南モンゴル人権情報センター」によれば、警察はデモ参加者を暴力的に取り締まり、一部を拘束。インターネット上で100人以上の参加者の顔写真を公開し、出頭や情報提供を呼び掛けた。寄宿制の学校では生徒が自宅に帰らないよう警官隊が敷地を封鎖したという。

 AFP通信によると、住民の1人は「ほとんどのモンゴル族は授業の変更に反対だ」と述べ、子供が母語を流ちょうに話せなくなると危惧。「言葉は数十年で絶滅の危機にひんする」と訴えた。

 こうした「同化政策」は、チベット自治区や新疆ウイグル自治区でも進む。「中華民族」の結束を目指し標準中国語の浸透を図る習近平政権は異論を排除する構えだ。趙克志国務委員兼公安相は2日まで内モンゴル自治区に入り「反分裂闘争を推進し、民族の団結を促せ」と警察幹部に訓示した。

 国際社会には波紋が広がり、モンゴルのウランバートルでは抗議活動が行われた。エルベグドルジ前大統領はツイッターで「モンゴル文化のジェノサイド(抹殺)は生存への闘いをあおるだけだ」と非難した。しかし、中国外務省の華春瑩報道局長は3日の記者会見で「国の共通言語を学んで使うのは各市民の権利であり義務だ」と主張し、批判に耳を貸そうとしなかった。」

中国は、今や世界の悪役を買って出ようというのだろうか。「モンゴル文化のジェノサイド」といわれる政策を何故強行しようとするのか。清の時代の中央政府は、地方や辺境を決して中央一色に染め上げようとはせず、「因俗而治」(俗に因りて治む)を国策にしたという。「因俗而治」を訳せば、「各地の文化習俗を尊重した統治」と言えようか。現代中国はこの知恵を失って、退化してしまったのではないか。

それにしても、香港も内モンゴルも当局の力があまりに強い。中国の横暴に有効な歯止めとなる手立てはないものかと思っていたら、こんな報道が目に入った。

「北京冬季五輪、実施再検討を 人権団体がIOCに文書」「160 超の人権団体、北京冬季五輪開催の再考をIOCに要請」という、ロイターやAFPの記事である。もしかしたら、この方式は効くかも知れない。中国だって、国際的な孤立は避けたいのだろう。

「2022年に開催を予定している北京冬季五輪について、世界各国の160以上の人権団体が9日までに、実施再検討を求める文書を国際オリンピック委員会(IOC)に連名で送付した。中国政府の人権侵害を理由に挙げている。

 新疆ウイグル自治区や香港での対応をめぐって、中国政府に対して国際的な批判が上がっている。8日に公開された連名の文書には、「中国での人権侵害の悪化を見過ごせば、五輪精神が損なわれる」などと記された。これに対して中国外務省の報道官は、IOCに送られた文書をスポーツの政治利用だと非難。「五輪憲章の精神に反している」などと反論した。(ロイター時事)。」

「160を超える人権擁護団体が連名で国際オリンピック委員会(IOC)に書簡を送り、2022年の北京冬季オリンピック開催を再考するよう要請した。中国政府による人権侵害を理由に挙げている。

過去数カ月間、この種の要請は各人権団体から何度も行われていたが、今回の書簡はこれまでで最大規模。新疆ウイグル自治区に暮らすウイグル族への対応や「香港国家安全維持法」の施行を巡り、中国に対する国際的な批判が高まっている。

8日に公開された書簡には、アジア、欧州、北米、アフリカ、オーストラリアに拠点を置く、ウイグル族やチベット族、香港住民、モンゴル族の人権団体が署名。「中国全土で起きている人権危機の深刻化が見過ごされてしまえば、オリンピック精神と試合の評価は一段と損なわれるということをIOCは認識しなければならない」としている。(AFP)」

弁護士会は、アパホテルを他の企業と同列に遇してはならない。

質問状に対する回答に接して

2020年9月11 日

関東弁護士会連合会
理事長 伊藤茂昭殿

本年8月17日付公開質問状別紙に記載の弁護士計65名
〒113-0033 東京都文京区本郷5丁目22番12号
代 表  澤 藤 統一郎

 「関弁連だより」(№272)に掲載されたアパホテル専務インタビュー記事(以下、「アパホテル記事」と言います)に関して本年8月17日付「公開質問状」を発送いたしましたところ、同月28日付の「回答」に接しました。期限内に誠実なご回答をいただいたことに感謝申し上げます。

また、当該回答書中に、「執行部としては,弁護士法に基づく公的法人である構成弁護士会の連合会として,この記事の掲載を継続することは適切ではないと判断し」「今後は,会員からの疑義が述べられるような事態が発生しないよう,慎重に取り組む所存」との記載があり、あらためて関弁連の基本姿勢を確認して安堵いたしました。
とは言え、「回答」書中にはやや納得しかねる点も散見されます。とりわけ、個別の質問についての回答はいただけなかったため、この度のアパホテル記事掲載という不適切な事態がどうして生じたのかについてのご説明はなく、またアパホテル記事が何故に不適切なのかについての理由の開示も不十分と感じざるを得ません。
今後の適切な会務運営と、さらに充実した会報を期待して、ご参考にしていただきたく、以下の意見を申し上げます。

(1) 回答書中には、アパホテル記事掲載を不適切とする理由として、「私企業の経営者のインタビュー記事は、その人の思想信条を支持するかのような誤解を与える可能性があり」とあります。しかし、私たちは、決して私企業性悪説に与するものではありません。その経営者の思想信条が、憲法の理念や関弁連の基本方針に合致するものであれば、記事掲載になんの支障もないことは明らかと考えます。また、必ずしも合致するとは言えない場合でも、大きく背反することのない常識的な範囲のものであれば、敢えて問題とするには及ばないとも考えます。
私たちは、「極端に反憲法的な思想や行動と緊密に結びついた企業、あるいは社会正義や人権の擁護に悖る企業を弁護士会連合会の会報に無批判にとりあげること」が問題であり、弁護士会の姿勢について社会に誤解を与える点で不適切だと考えます。
今回の公開質問状は、私企業一般の問題ではなく、歴史修正主義・憲法改正・非核三原則撤廃・核武装などという極端な反憲法的イデオロギーと緊密に結びついたアパホテルグループの特殊な姿勢を問題とし、これを無批判に広報紙に掲載することが関弁連として不適切と主張していることをご理解いただきたいと存じます。

(2) 回答書中に「『(アパホテル)経営者一族の思想信条には触れておらず、記事そのものについては問題がない』という意見もあった」とあります。この意見こそ、弁護士会内において克服されねばならないものと考えます。
アパホテルグループが、その反憲法的言動において突出していることは、社会的に顕著な事実となっています。アパホテルやその経営者を会報記事に取りあげるとすれば、とりあげる側の歴史観や憲法についての姿勢が問われることになります。そのような客観的な状況が存在しているのです。読み手は、よく知られたアパホテルグループの反憲法的な見解や姿勢と連動して、掲載者側の姿勢を推し量ることにならざるを得ません。関弁連だよりが、アパホテル記事を掲載すれば、関弁連のみならず、日弁連や単位会の憲法についての姿勢までが社会から問われることになります。「『経営者一族の思想信条には触れておらず、記事そのものについては問題がない』という意見」は、その意味で余りに軽率で不見識と言わねばなりません。

(3) 「アパホテル記事は、『経営者一族の思想信条には触れておらず、記事そのものについては問題がない』という意見」は、別な角度からも、批判されねばなりません。
例えば、人権弾圧をおこなっていると広く認識されているある外国の指導者が来日した場合、有力なメディアがその指導者のインタビュー記事で、その人権弾圧の点に何も触れない記事は、当該人権弾圧を不問に付しているとみなされることになります。そのことは、「何も触れていない」ことで、世論における批判を希釈しあるいは免責するという効果を生むことになると言わねばなりません。
同様に、アパホテル記事も、弁護士会が「経営者一族の思想信条に触れないこと」で、関弁連がアパホテルグループの反憲法姿勢を不問に付すべきものと判断したと受け取られ、憲法を大切に思う世論に負の影響をもたらすことを考えていただくよう、要望いたします。

(4) 弁護士会は、日本国憲法の理念にもとづいて社会正義と基本的人権とを顕現すべき立場から、一定の企業には批判的立場をとらざるを得ず、そのため過度な親密化は好ましくないと考えます。
そのような企業としては、憲法や法律をないがしろにすることを広言する企業、労働者に対するハラスメントで指弾されている企業、公害や消費者被害を頻発している企業、不当労働行為や労働基準法違反の常習企業、反社会的勢力と結託している企業、デマやヘイトを事としている企業等々が考えられます。このような企業を、無批判に他の企業と同列に遇してはならないと考えます。今回のアパホテル記事問題は、そのような典型事例と考えて然るべきではないでしょうか。

今後、会務の運営に以上の点をご参考にしていただけたら幸甚に存じます。
そして、会報広報委員会の皆様には、ますます魅力的な「たより」をお届けいただくよう、お願い申し上げます。

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関東弁護士会連合会(関弁連)の会報「関弁連だより」(№272・2020年6月30日発行)に、アパホテル専務インタビュー記事が掲載された問題。当ブログは、まずこれを批判し、65名の弁護士連名での公開質問状を提出して、これに回答を得た。その一連の経過は、下記URLをご覧いただきたい。

不見識きわまれり、弁護士会広報紙にアパホテルの提灯記事。
http://article9.jp/wordpress/?p=15193

アパホテル記事について、関弁連に対する公開質問状。
http://article9.jp/wordpress/?p=15444

関弁連から、アパホテル問題についての「公開質問状に対する回答」

http://article9.jp/wordpress/?p=15553

この経過における問題提起とその回答は、それなりに考えるべき興味深いテーマを浮かびあがらせている。冒頭の「公開質問状に対する回答に接して」は、そのまとめとなっている。

上記のとおり、意見は4項目である。要約すれば、以下のとおり。

(1) なぜアパホテル記事掲載は不適切なのか。「極端に反憲法的な思想や行動と緊密に結びついた企業」だからである。私企業一般を問題としているのではない。歴史修正主義・憲法改正・非核三原則撤廃・核武装という極端な反憲法的イデオロギーと緊密に結びついたアパホテルグループの特殊な姿勢を問題としているのだ。

(2) インタビュー記事は「経営者一族の思想信条には触れていない」、だから問題ないとしてはならない。この経営者一族が、その反憲法的言動において突出していることは、社会的に顕著な事実であって、アパホテル記事を掲載した弁護士会が憲法についての姿勢を問われることになるのだ。これに目をつぶるのは、余りに軽率で不見識。

(3) 弁護士会が、アパホテルを記事にして、「経営者一族の思想信条に触れないこと」は、弁護士会がアパホテルグループの反憲法姿勢を不問に付すべきものとのメッセージを社会に発信したということになる。憲法を大切に思う世論に負の影響をもたらすことを考えなければならない。

(4) 弁護士会は、その任務から、一定の企業には批判的立場をとらざるを得ず、そのため過度な親密化は好ましくない。たとえば、「憲法や法律をないがしろにすることを広言する企業」「ハラスメント企業」「公害や消費者被害の垂れ流し企業」「不当労働行為や労働基準法違反の常習企業」「反社会的勢力と結託している企業」「デマやヘイトを事としている企業」等々。このような企業を、無批判に他の企業と同列に遇してはならない。アパホテルは、その典型ではないか。

一応の成果はあったと考えて、上記意見書を再度送付することで、今回のアクションは終了することとなった。

戦前の日本では天皇への不敬言動が犯罪だった。今の香港では「打倒共産党」発言が起訴される。

(2020年9月10日)
本日(9月10日)の赤旗国際面に《香港 「扇動」で民主派起訴 英国統治時代の法根拠》という【香港=時事】の記事。恐い話だが避けて通れることではない。せめて声を上げよう。これは、私たち自身の問題でもあるのだから。

短い記事だから、全文をご紹介しよう。

 香港当局は9日までに、民主派政党「人民力量」副主席の譚得志氏を「扇動的発言」を繰り返したなどの罪で逮捕、起訴した。問題視された発言は、昨年以降の反政府デモで多用されてきたスローガン「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、革命の時だ)」などで、民主派は「言論弾圧だ」と反発している。
 香港メディアによると、譚氏に適用された罪は英国統治時代に制定された法に基づくもの。1997年の中国への香港返還後、同罪での訴追は例がない。植民地支配に抵抗する親中派の取り締まりに用いられた歴史があり、社会の現状にそぐわないとの批判の声が司法関係者からも上がっている。6月末の国家安全維持法施行後、香港の民主派摘発は加速しており、同法以外にもあらゆる手段が当局側の選択肢にあると示した形だ。

以上が、時事ドットコムからの引用だが、赤旗の記事には以下の、恐るべき一文が続いている。

 当局側の資料によると、譚氏は1月17日から8月23日までの間、デモや集会で、「光復香港」を389回警察を罵る言葉を324回、「打倒共産党」を34回繰り返しました。罪に問われたのは、3~7月の言動に関してだといいます。

なんという権力の野蛮。デモや集会で、「光復香港」と叫ぶことも、「打倒共産党」と声を上げることも犯罪というのだ。民主主義の原則からは、「光復香港」も「打倒共産党」も、最も擁護されねばならない言論である。「表現の自由」とは、権力が最も不快とする言論こそが自由でなければならないという原則なのだから。

しかも、この野蛮な権力の末端は、どこかにじっと身を潜めて民主派政治家の「違法」発言回数を数えている。そうして作られた「資料」が、どこかに山を成して積まれているのだ。権力の恣意が、その資料のどこかをつまみ上げて活用することになる。

香港での「光復香港」・「打倒共産党」は、今の日本での「安保条約廃棄」「自民党打倒」「天皇制廃絶」程度のスローガンだろう。こんなことを口にできない社会は、想像するだに恐しい。

かつての天皇制国家も野蛮を極めた。今、香港に三権分立はなく、三権を睥睨する至高の存在としての中国共産党がある。その至高の中国共産党に対して、人民風情が打倒を叫ぶなどは、逆賊の犯罪として許されない。これと同様に、大日本帝国憲法下の三権を睥睨する至高の存在としての天皇がいた。その天皇の神聖性や権威を冒涜することは、逆臣の犯罪として許されなかった。

当時刑法第74条(不敬罪・1947年廃止)は、「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ3月以上5年以下ノ懲役ニ處ス」「神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ」という、バカバカしい犯罪を作っていた。また、治安維持法が、国体(=天皇制)の変革を目的とする結社を禁じてもいた。今にしてバカバカしいが、当時は思想警察が国民生活に立ち入って、不敬の言動に耳をそばだてていた。ちょうど、今、香港の警察が民主派活動家の「違法」発言回数を数えているように、である。

いったいいつの間に、中国共産党は天皇制権力に擬せられる存在になってしまったのだろう。かつての天皇制権力の野蛮を繰り返させてはならないように、今香港で行われている中国共産党の野蛮を批判しなければならない。

心しよう。常に権力への警戒を怠ってはならない。いかなる権力に対しても、批判を継続しなければならない。その批判の武器としての「表現の自由」を鈍麻させてはならない。香港の事態を他人事と看過してはならないのだ。

2020年7月、地位協定がもたらした沖縄のコロナ禍ー「アジぶら通信Ⅱ」から

(2020年9月9日)
久しぶりに、小村滋君から「アジぶら通信Ⅱ」の配信を受けた。「アジぶら通信」は、究極のミニコミだが、さすがに朝日記者OBの筆。読ませるし、何よりも怒りのボルテージが高い。

今回はワンテーマで、《沖縄のコロナ禍「地位協定」が呼ぶ》という記事。本年7月の在沖米軍基地におけるクラスターの発生と、これに対する県と政府の対応の落差を中心にまとめたもの。情報源は琉球新報である。いつにもまして、怒りのボルテージが高い。

小村君は、誰に怒っているのだろう。文面から読み取れるものは、何よりも無法な米軍に対する怒りである。それだけでなく、米大統領にひたすら追従する安倍政権と菅官房長官にも怒っている。せめて、韓国・オーストラリア並みのプライドをどうして持てないのだと。そしておそらくは、安倍政権を容認し沖縄の事態を傍観している本土の我々にも怒っているのだろう。

一方、安倍政権にもの申す玉城知事、米軍を追及する沖縄2紙やTVの在沖メディア、そして沖縄の人々には、「我が国民主主義のトップランナー」として敬意を表している。

そして、彼は結論として、「米軍無法の根源『地位協定』を改定させることが、安保条約反対に目覚めさせる近道ではないのか。」という。

米軍無法の根源を「地位協定」と認識し、まずは明らかに不合理な「地位協定」改定を目指し、さらには「安保条約反対」にまで及ぼうというのが彼の立場なのだ。そうでなくては、沖縄県民も本土の基地周辺住民も、いつまでも米軍の無法を甘受せざるを得ないまま。彼のように沖縄に寄り添えば、彼のような考えになるしかないのだ。

以下、「アジぶら通信」を、当ブログの体裁に合わせて再構成し、紹介させていただく。

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リード《前提となる基礎知識》
※米国の基地から直行
沖縄の米軍基地で7月に発生した、新型コロナウィルスの感染拡大は、日米地位協定の治外法権ぶりの新たな一面をあぶり出した。地位協定9条は、その2項で「合衆国軍隊の構成員及び軍属は旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。……構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。」としている。

※復帰後に新たな占領状態
1952年4月28日の対日平和条約発効で終わるはずだった米軍の日本占領が、同時に発効した日米安保条約に引き継がれた。その安保条約に基づいて出来たのが「日米行政協定」であり、60年安保により現在の「地位協定」になった。沖縄は、戦後ひたすら米軍の占領状態だったから、安保条約は適用されなかった。72年の日本復帰から地位協定の理不尽に捕らえられた。沖縄戦から75年の今夏、沖縄県民は、新型コロナと米軍と安倍政権という「三敵」と闘った。

毎年7月、8月は米軍の異動時期だ。海兵隊は、米国本土の基地から5千~7千人が沖縄の基地に飛んでくる。毎年繰り返されるローテーション異動だが、地位協定の通り、日本の法律の適用を受けず、米軍の自由に行われる。検疫も、パスポート検査もなく。6月下旬から7月に。沖縄では4月30日以降2か月余り新型コロナ感染者が全く出なかった時期だ。

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本文《2020年7月・沖縄で何が起こったか》

※突然、基地従業員に足止め
7月7日、米軍普天間飛行場で基地従業員が説明もなく足止めされた。米兵のクラスター(集団感染)発生ではないか、と基地従業員から新聞社などに電話が殺到。大規模感染が明らかになった後も、メールやSNSで基地従業員などから情報提供が続いた。

在日米海兵隊は、6月中旬、コロナへの警戒レベルを引き下げ、基地外での行動制限を緩和した。7月になると部隊展開計画に基づき、新型コロナまん延の米国から多くの兵士が沖縄に移動してきた。6月中旬から7月4日の米独立記念日の前後、沖縄本島中部の基地周辺でバーベキュー名目のビーチパーティーに大勢の米兵が集まり、県民の姿もあったという。

※情報を出さない米軍、連絡しない防衛省や安倍政権。
7月7日夕5時、米海兵隊から入った情報は「普天間で複数感染。感染源は不明」。米軍に大規模クラスター発生の概略を掴むのは5日後の11日だった。

7~11日の間キャンプ・ハンセンで複数人感染など連日、1面トップで報道。しかし米軍は感染者数を報道向けに公表しない方針で「県は、米軍の了解が得られた時だけ報道陣に知らせる」とした。勝手に知らせた場合、今後は県にも知らせない、と言われたらしい。

県議会は10日、「米軍に感染情報開示を要求」全会派一致で決議した。さらに「地位協定の抜本改定」を求める意見書も全会派一致で採択した。

しかし菅官房長官は10日、東京での記者会見で「米軍病院から地元保健所に必要情報は伝えられ共有しているはず」と粛々と述べた。河野防衛相も「情報開示は十分」との見方を示した。また北谷町の民間ホテルを米軍が借り上げ、移動者隔離に使用することが明らかになり、町長は「基地内で隔離してほしい」と沖縄防衛局に抗議した。海兵隊にも抗議しようとしたが、防衛省で玉城知事らと河野防衛相で決めたこと、と断られたという。
だが県議会の全会一致「情報開示要求」決議が米軍には効いたらしい。11日、クラーディー在沖米四軍調整官と玉城知事との電話会談が行われ、米軍普天間飛行場とキャンプ・ハンセンで7~11日までに61人がコロナに感染したことが明らかになった。玉城知事が米軍調整官に要求した7項目には、この二つの基地の閉鎖の他に、ローテーション配備で沖縄に入ってくる人数・時期の情報の要求もあった。

12、13日でさらに34人の感染が判明。「海兵隊クラスター」がはっきりすると、県の政府への苛立ちが増した。相変わらず「必要情報は共有」とする菅官房長官ら政府側の開き直り記事も。

これと並んで、玉城知事の怒りのツイッターが掲載された。

日本政府が米軍に対して国民の命を守るためにとるべき協議や措置などを事務方任せにしているのではと憂慮しています。どれだけの数の外国からの人が、どこから国境を越えて日本へ入り、どのようにして、どこへ移動しているのか。全く情報がないなんて異常としか言いようがありません。

※韓国、米軍を二重チェック
しかし在韓米軍は、情報開示の方針を変えなかった。感染者数は勿論。感染が判明した経緯、陽性確認後はどこで隔離されていたか。全て公表した。
韓国では米軍人たちは韓国到着後にPCR検査を受け、2週間の隔離を経て、再びPCR検査を受ける。感染していても3割が陰性反応になるため、二重チェックが欠かせない。それに引き換え日本ではPCR検査も隔離も米軍任せ、チェックするすべもない。

※豪は一時、米軍の配備停止
豪州の場合、海兵隊は一時駐留扱い
米軍感染は7月下旬になっても止まらず、県民感染を越えて増え続けた=25日付電子版
だから配備を断ることができる。豪州国防相は3月末、米軍内の感染拡大を知って海兵隊のローテーション配備停止を決めた。その後、5月に米側と話合い、隊員規模を半分にして、6月に配備が決まった。厳格な検疫とPCR検査が実施された。
日本の場合、地位協定3条で日本が提供する施設について米軍に排他的管理権が与えられている。日本は一切口も手も出せないのだ。

サテ、感染者数の追及に戻ろう。7月15日キャンプ・ハンセンで新たに36人の感染者が出て、合計136人になった。この日、県と米海軍病院が初めて会合を持った。米側は「感染者は殆ど軽症か無症状で基地内で隔離」といい、感染者が増えたのはPCR検査を積極的に進めた結果という。感染者のうち、少なくとも23人は基地外に出て、県民と接触していた。問題は県民への感染の広まりだろう。

その後、感染米兵46人が基地外に出ていた、と報じた。

※知事、防衛相らに面会
玉城知事は15日、基地を抱える仲間・金武町長、當眞・宜野座村長と上京し、河野防衛相らと話し合った。
玉城知事らは「米本国からの異動中止」「検疫などに国内法を適用するよう地位協定の抜本改定」などを求め、「県民は大きな不安に追い込まれているのが現状」と訴えた。河野防衛相は「不安を抱かせ申し訳ない」と陳謝し、地元と連携して対策に当たりたい、とした。茂木外相も「真摯に取り組んでいく」と応じた。官邸では安倍首相も菅官房長官も会わなかった。玉城知事は、米大使館でヤング臨時代理大使と会い、対策を要請した。

※市中感染への不安が…
16日、キャンプ・ハンセンを拠点とするタクシー運転手がコロナ感染したと確認された。また基地従業員やその家族が一部の病院で出入りを制限された。市中感染への不安の行きすぎた反応だろう。
市中感染への不安は、国が推進する「Go To トラベル」への懸念となって現れた。同紙が実施した県内41市町村長へのアンケートに7割の29首長が「22日からのGo To延期を」訴えた。
玉城知事たちの東京への訴えは、一応の効果を生んだ。17日、記者会見した河野防衛相は、日本に入国する全ての米軍関係者にPCR検査を義務付けるよう、日米間で調整していることを明らかにした。米国を出発する際と日本に入国した際、それぞれPCR検査を実施するよう日本政府が要請し、米国も応じる構えだという。一方で沖縄県など基地負担都府県が求めている地位協定の抜本改定は「運用で対応」といつも通り否定した。

※全基地従業員へPCR検査
無責任な米軍と日本政府の間に挟まれた基地従業員のコロナ対策も、県が声を上げなければならなかった。玉城知事は20日、米軍基地の日本人従業員のPCR検査を沖縄防衛局と連携して実施すると県庁で発表した。普天間やハンセンから始め、沖縄の全従業員に実施するとした。

24日、沖縄の米海兵隊で新型コロナ感染者が新たに42人ふえ、205人に達した。この数字は県民の感染者数172人を上回っていた。

その後も米軍の感染者は増え続け、28日には240人に。県民感染者232人を上回り続けた。県民感染者には、人数は定かではないが、基地従業員も含まれていた。しかし7月29日には本土からの「Go To」関係者や那覇の繁華街でのクラスターで44人の県内感染者を出し、米軍関係者を逆転した。以後、感染の主役は県内感染者に移ったように見える。

一難去ってまた一難、アベなきアベ政治への批判を。

(2020年9月8日)
本郷三丁目のご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。お馴染みの本郷湯島九条の会です。日本国憲法とその平和の理想をこのうえなく大切なものと考え、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、ささやかな訴えを続けています。少しの時間、耳を傾けていただくようお願いします。

いつもは、手作りのビラを配布し、署名をお願いするのですが、コロナ禍おさまらぬ今、手作りの横断幕とスローガンを書いたプラスターだけにしています。

まずは、プラスターをご覧ください。毎回プラスターは変わりますが、とりわけ今回はまるで様変わり。

安倍総理辞任会見は昭恵さんとご一緒に。
モリ・カケ・サクラの真相をお話ししてね。

病気理由に辞任をしても、
やった悪政チャラにはできない。

隠蔽、嘘に次ぐ嘘
継承恥じない政権は、アベ政権と同罪

一難去ってまた一難。でも、これからが正念場。
アベ後継批判 ゆるめない。

それってヘン  
無派閥・非世襲 でも アベ政治踏襲

「自助=自己責任」
成功した菅さんが、それを言っちゃオシマイよ。

8月28日、突然の安倍首相の辞意表明があり、本日(9月8日)から自民党総裁選が始まりました。9月14日に新総裁が決まって、16日には臨時国会で新首相の指名の予定です。新内閣が組閣され、ようやく政権が交代します。長すぎた安倍政権。最低・最悪の安倍政権がようやくに終わります。ですから、本来はお赤飯を炊いてお祝いしてもよいところ。

ところが、決して喜ぶべき事態ではありません。プラスターは、そのことを表現しています。安倍さんが首相の座を去っても、「アベなきアベ政治」が続きそうだからです。お赤飯どころではなく、まだまだ歯を食いしばって、訴えを続けなければなりません。この街頭宣伝も、もうしばらくは続けざるをえません。

私たちが、これまで安倍政治を批判し、「安倍さん辞めろ」と言い続けてきたのは、決して安倍晋三という個人に怨みがあるわけではなく、彼一人に帰すべき責任があると考えているわけでもありません。私たちの批判は、反憲法的なアベ政治に向けられたものです。日本国憲法に敵意を剥き出しにし、隙あらば明文改憲も解釈改憲も遠慮しないその姿勢。格差や貧困を生み出す経済政策、政治を私物化し嘘とごまかしで固めた政治手法に対する批判なのです。

国民の批判が安倍政治を追い詰めこれを倒すならば、もう少し真っ当な政治に戻るだろう。そう思っていました。安倍さんがいなくなっても、どうせ変わり映えすることのない保守政権、自民党政権が続くだけ、とは思なかつたのです。安保を強行した岸信介が倒れたあとは、池田勇人の経済重視路線に転換したように、田中角栄のあとにクリーンなイメージの三木武夫が総理になったように。

自民党という政党は、決して安倍晋三のような右翼を主流にする政党ではなかったはずです。歴代を見ても、石橋湛山、三木武夫、宮沢喜一、福田康夫など、リベラルなトップも輩出してきたのです。評判の悪い安倍政治が倒れれば、これを批判する「もっとマシな保守政権」ができるに違いない。その読みが、どうも甘かったようなのです。

なんと、アベ後継を自任する新総裁がもう決まっているのだという報道です。しかも、密室の談合で。その人は、安倍後継をウリにし、「これまでのアベ政治は、実は私がやってきたことだ」と言わんばかり。安倍さんが退いても、安倍なき安倍政治が続くというのです。安倍政治の根本的転換は望むべくもない事態と落胆せざるをえません。

もう一度、これまで世論が安倍政治を非難してきた根拠を明確に確認しておく必要があろうかと思います。

安倍晋三という人物は、若くして歴史修正主義者・改憲主義者として知られた人でした。短命に終わった、あの細川政権のころ、1993年に自民党の右派が「歴史・検討委員会」を発足させます。「東京裁判に毒された歴史観を建て直し、正しい歴史観を確立」しようという、おどろおどろしい委員会。この委員会に初当選したばかりの安倍晋三が参加します。
この委員会は後に「新しい歴史教科書をつくる会」を立ち上げる西尾幹二や高橋史朗などの歴史修正主義グループを講師に「検討」を重ね、その成果を『大東亜戦争の総括』(展転社)という書籍にまとめます。敗戦後50年の95年8月15日のこと。「大東亜戦争は正しい戦争だった」「南京大虐殺、『従軍慰安婦』はでっちあげ」という典型的な侵略戦争美化本。

その後、97年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(略称「教科書議連」)が結成されると、彼はその事務局長となり、NHKが企画した「戦時性暴力を裁く国際法廷」の番組に圧力をかけたNHK番組改ざん事件の黒幕として有名になります。
そして、小泉内閣の官房副長官として、拉致問題に最強行姿勢を示したことで、タカ議員としての地位を確立し、右派右翼勢力から押される形で安倍政権をつくります。

彼は、保守陣営内の右派・改憲勢力のホープとして、改憲を期待されて首相の座に就きます。彼は、宿命として改憲を言い続けなければならない立場にあったのです。明文改憲は、とうとうなしえませんでした。しかし、それまで違憲とされていた集団的自衛権行使を容認し多くの国民の反対を押し切って「戦争法」を成立させました。国民の知る権利を侵害し言論表現の自由を抑圧する秘密保護法、共謀罪法も成立させました。社会保障制度を切り崩すなど、およそ憲法に基づく政治を破壊してきました。

それだけでなく、第2次安倍政権は、7年8か月にわたって人事を通じて権力の集中をはかりました。国政を私物化しました。国政を嘘とごまかしで汚しました。モリ・カケ・サクラ、カジノに河井です。公文書の適切な管理を嫌いました。忖度政治を横行させました。政治は、大きく国民の信頼を失いました。最低・最悪の政権といわれるに相応しい、体たらくです。

安倍なき安倍政治の継続を許してはなりません。地に落ちた政治の信頼を取り戻さねばなりません。自民党総裁選における次期総裁・次期総理が安倍政権の積極的後継者でしかなく、日本国憲法に敵意を剥き出しにした政権が続くのであれば、対抗勢力を強くするしかありません。

まさしく、一難去ってまた一難の今。アベなきアベ政治継続への批判と、安倍後継政権を打倒する力をもった政治勢力を作りあげる努力を重ねようではありませんか。

中国当局は、「香港国家安全維持法」批判の国際世論に耳を傾けよ。

(2020年9月7日)
独善性の強い国と言えば、長くアメリカがトップの地位を保ってきた。大戦後の歴史を通じて世界の警察官を任じてきたが、「割に合わない」として今その役割から降りようとしている。替わって、その座を占めつつあるのが理念なき中国である。経済力があっても、近代の常識が通じない大国だから、まことに厄介である。

その中国の香港支配の現状は、これまでの国際公約を反故にするというだけではなく、誰が見ても、法の支配と民主主義の原則に反し、人権を弾圧するものと指摘せざるをえない。人類が築き上げた文明の共通ルールをないがしろにするものなのだ。

ある政権の国内人権抑圧に対しては、これを批判する国際世論を集約することが対応の基本手段である。この批判に対して、当該国は「内政干渉」と反発するのが定番だが、批判は決して無力ではない。当該国の反発は、その効果の証左にほかならない。

中国の「香港国家安全維持法」(国安法)施行にもとづく香港市民の民主化運動弾圧は、既に大きな国際世論の批判の的になっており、国連マターにもなっている。同法は20年6月30日全国人民代表大会常務委員会において全会一致(162票)で可決され、即日公布・施行となった。その同じ日に、スイス・ジュネーブで第44回国連人権理事会が開催され、国家安全維持法に関する審議が行われている。

この日、英国、フランス、ドイツなど日本を含む27か国が、国連人権理事会の会合で「強い懸念」を示す共同声明を発表した。一方、同じ会合でキューバ政府が53か国を代表して中国への支持を表明。中国の香港政策を巡り国際社会が分裂した形となった。

27か国の対中国批判声明は、国連にも登録されている中英共同宣言(1984年)が香港の高度な自治を規定していると指摘し、香港市民の頭越しに行われた同法制定は「1国2制度」を損なうと批判するもので、併せて中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害についても言及したものという。

一方、中国に賛意を示した53か国の声明は、27か国批判声明を「内政干渉だ」と非難した上で、同法が「香港の繁栄と安定に資する」と中国政府の見解をなぞったもの、と報じられている。

念のため、国家安全維持法を批判した27か国を挙げておこう。
 英国、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、スロベニア、スロバキア、アイルランド、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ラトビア、エストニア、リトアニア、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、パラオ、マーシャル諸島、ベリーズ、日本。(米国はトランプ政権になってから、同理事会を脱退)

中国支持にまわった53か国は、以下のとおりである。
 中国、キューバ、ドミニカ、アンティグア・バーブーダ、ニカラグア、ベネズエラ、スリナム、カンボジア、ミャンマー、ラオス、スリランカ、ネパール、パキスタン、タジキスタン、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、イエメン、シリア、レバノン、パレスチナ、エジプト、モロッコ、スーダン、南スーダン、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ニジェール、ガンビア、シエラレオネ、トーゴ、ギニア、ギニアビサウ、赤道ギニア、ガボン、カメルーン、ブルンジ、中央アフリカ、レソト、コンゴ共和国、モーリタニア、トーゴ、ザンビア、ジンバブエ、モザンビーク、パプアニューギニア、コモロ、ベラルーシ、北朝鮮。

この53か国は、自身が独裁ないし権威主義政治体制であるか、中国からの経済援助の恩恵に預かっているかである。53国の内実はどうであれ、恐るべき「一帯一路」パワーの実力を見せつけられた思いが強い。

中国の経済力にもとづく国際影響力の前に国連の知性も無力かと思うと、実はさに非ず。「香港国安法は人権侵害」「国連特別報告者らが書簡」「国連の人権専門家ら中国に公開書簡」「中国政府に見直し要求」などの報道が飛び込んできた。

[ジュネーブ 4日 ロイター]の次の記事を紹介したい。

国連の人権問題特別報告者ら専門家7人が連名で、中国に異例の書簡を送付し、中国が新たに施行した「香港国家安全維持法」が「特定の基本的人権を侵害」しているとの見解を示した。香港の政治活動の弾圧に利用される可能性があるとしている。

専門家らは、中国政府に書簡を送付して48時間経過後、その内容を公開した。14ページに及ぶ書簡には、「香港国家安全維持法」について法的側面からみた詳細な分析を反映させ、同法が香港司法の独立性を脅かす可能性もあるとしたほか、「国際法における中国の法的義務に従っておらず、『重要部分の精度に欠け』、特定の基本的人権を侵害している」などと指摘した。

また発言や表現の自由、および平和的集会を行う権利を含む基本的自由の抑制や制限に同法が使用されるべきではないとし、香港で多くの合法的な人権保護活動が違法とされたことに懸念を表明。

さらに、中国は「香港国家安全維持法」が国際的な人権保護義務に適合しているかを検証する「完全に独立したレビュアー」を任命すべきとしている。

人権の促進と保護に関する特別報告者のフィオヌアラ・ニ・アオレイン氏は、ロイターに対し「国安法に関する国連による初の包括的な評価であり、中国が国際的な人権義務を順守しているかどうかを法的に分析した。そして(われわれの)見解では、中国は順守していない」と語った。

さらに、香港での表現、集会、公正な裁判などの権利に関して、中国には一段と高度な義務が課せられるとした。アオレイン氏によると、中国当局は書簡の受領を認めているという。

この人権専門家7人連名の書簡に対して、中国当局は何と答えるだろうか。おそらくは、「内政干渉」「誹謗・中傷」「国際陰謀」と反発することだろう。

実は、日本政府もよく似ているのだ。いま市民運動は、国連の勧告に謙虚に対応しようとしない日本政府の傲慢な姿勢を正そうと活動している。「国旗・国歌(日の丸・君が代)強制に関するセアート(ILO/ユネスコ合同勧告委員会)の勧告」についてのことである。

ILO/ユネスコ勧告実施市民会議、文科省交渉の場で
http://article9.jp/wordpress/?p=15275

セアート勧告は、日本政府に対して、「国旗掲揚と国歌斉唱に参加したくない教員への配慮ができるように、愛国的な式典に関する規則について教員団体と対話する場を設定すること。」「不服従という無抵抗で混乱を招かない行為に対する懲罰を回避する目的で、懲戒処分のメカニズムについて教員組合と協議すること」を求めている。

国(文科省)は、この勧告について「我が国の実情や法制を十分斟酌しないままに記述されている」と繰り返して、わが国が尊重するに値するものではないとの意見。しかし、世界の良識は、その傲慢な態度を批判しているのだと知らねばならない。

中国についても同様である。世界の良識の言に謙虚に耳を傾けていただきたい。大国にふさわしい風格を見せていただきたい。いつまでも人権後進国・没道義国家との非難を甘受してはおられまい。国連加盟国として、人権規約締結国として、国連人権理事会の言には、真摯に対応していただきたい。

本日も、香港では市民のデモに対する野蛮な弾圧が報じられている。嗚呼。

菅義偉 総裁選出馬会見のわかりにくさ

(2020年9月6日)
9月2日夕刻に菅義偉の自民党総裁選出馬会見が行われた。あれからまだ4日である。この4日の内に、何とも事態が急展開である。いや、事態が変わったわけではなく、見えなかった事態が少しずつ見えるようになっただけのようだ。

私も、あの記者会見をラジオで聞いた。菅という人物を初めて見知ったという思いがある。率直に言って、印象はよくない。いや、すこぶる悪い。石破、岸田両人の会見では、それぞれの個性を発揮しながら記者との会話が成立している。しかし、菅と記者との間には会話が成立しないのだ。もちろん、心情の交流など望むべくもない。

アベの答弁には、「ご飯論法」というネーミングが奉られた。以来、アベが口を開けば、「ご飯だ」「パンだ」「朝食だ」と、あげつらわれる宿命となっている。これは、アベの身から出た錆なのだ。自らを怨むほかはない。その点、菅の答弁もよく似ている。決して、聞かれたことに端的に答えようとしないのだ。そこが、印象のよくない、いやすこぶる悪い原因である。

あの会見の全文を誰かが起こしてくれれば論評したいと思っていたが、産経以外に見つからない。必ずしも、完全な文字起こしではないが、産経を引用させていただき、幾つかの問題を指摘しておきたい。

最初の菅のコメントは、総裁選出馬の動機について述べ、次いで自分の生い立ちと、政治家を志して以来の経歴を語ったものだが、面白くもおかしくもない。この人、国民に語るべき政治理念のバックボーンをもたないのだ。大向を唸らせる技倆もない。もちろん、知性も理性も気の利いた言葉を操る感性も感じさせない。一言で評すれば、国民を惹きつける魅力に欠ける。

鈴木宗男という議員(維新)がいる。たまたまそのブログを見たら、「真打ち菅官房長官が立候補表明した。昨日の岸田、石破両氏と決定的に違った会見である。それはなにゆえに政治家になったか。自分自身の出自を述べ、志(こころざし)を持って地方から出てきた生き方を淡々と話され感動した。」という。

ふーん、人はいろいろだ。あの会見に「感動した」という人もいるのだ、など驚いてはいけない。政治家の「感動した」を真に受けるなどは、愚の骨頂である。ふーん、維新の議員は、菅のあの会見に「感動した」と言ってみせる必要があるのだ、と理解しなければならない。

さて、全部にものを言う余裕はない。まずは冒頭コメントの最後の幾つかのフレーズ。

「ポストコロナを見据えた改革を着実に進めていく必要があると思います。その上で、少子高齢化問題への対応、戦後外交の総決算をはじめとする外交、安全保障、その課題。とりわけ、拉致問題解決に向けた取り組み、そして憲法改正。まずは目の前にある危機を乗り越えることに全力挙げつつ、こうした山積する課題にも引き続き挑戦をしていきたいと思います。」

しっかりと、憲法改正を忘れずに言及している。もっとも、何をやりたいのかメリハリはない。感じられない。

「私自身、国の基本というのは、自助、共助、公助であると思っております。自分でできることはまず自分でやってみる、そして、地域や自治体が助け合う。その上で、政府が責任をもって対応する」

この人は、冷たい人だ。このメッセージは、自助の比重を大きくし公序を小さくしようというのだ。今でさえ、公助の不十分が明らかではないか。そのために苦しんでいる人が数多くいる。その人に手を差し伸べようとするのではなく、もっともっと自助だ、「自分でできることはまず自分でやれ」と言い、公助は最後の出番だという。この人は、財界の回し者でしかない。

「当然のことながら、このような国のあり方を目指すときには国民の皆さんから信頼をされ続ける政府でなければならないと思っております。目の前に続く道は、決して平坦ではありません。しかし安倍晋三政権が進めてきた改革の歩みを、決して止めるわけにはなりません。」

えっ?と、耳を疑う。「国民の皆さんから信頼をされ続ける政府でなければならない」が、現実にはそうなっていない。なぜだ? 明らかにアベ政権の国政私物化によるものではないか。モリ・カケ・桜・カジノに河井だ。あるいは、黒川問題だ。加えて、ウソとごまかしの政治手法によるものではないか。さらにはコロナ対策における無為無策ではないか。常識的には、「アベ政権の負の遺産を承継することなく、前政権の反省すべきを反省して」と言わねばならない。にもかかわらず、「安倍晋三政権が進めてきた改革の歩みを、決して止めるわけにはなりません。」などと言うから、辻褄が合わなくなるのだ。

ここからは記者質問に対する回答

--北朝鮮による拉致問題はどのように対応するか
「実は私自身、官房長官として、また拉致問題担当相でありますけども、そもそも私と首相との最初の出会いはこの拉致問題でありました。そういう中で、拉致問題の解決は、ありとあらゆるものを駆使してやるべきであるという考え方。そしてまた、拉致問題担当になる以前から、官房長官として拉致問題については、首相とある意味で、まさに相談をしながら進めてきているということも事実であります。ですから拉致問題解決のためには、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とも条件をつけずに会って、活路を切り開いていきたい。そうした気持ちも同じであります」

アベ政権における拉致問題は、やってる感の印象操作だけで、まったく進展しなかった。7年8か月膠着してしまった拉致問題をどうして解決するのか方策はあるのかが問われている。それに対する回答は、「アベと気持ちが同じ」というだけ。アベが解決できず、むしろ悪化させてしまった問題をどう解決に道筋を着けていくのか。展望はないと答えたに等しい。

--安倍首相は敵基地攻撃能力の保有を強調しているが、この路線も引き継ぐのか
「今の問題については、与党から提言書をいただいています。憲法の範囲内、専守防衛の範囲内においての提言書をいただいておるわけでありますけども、これから与党ともしっかり協議をしながら、そこは進めていきたいというふうに思います」

なんということだ。否定しないのだ。「今はコロナが最重要課題。コロナ対策に目鼻がついてから考えましょう」で十分なのに、「そこは進めていきたい」というのだ。これは、一大事だ。

--「森友・加計学園問題」や首相主催の「桜を見る会」問題について、再調査を求める声がある
「森友問題は財務省関係の処分も行われ、検察の捜査も行われ、すでに結論が出ていることでありますから、そこについては現在のままであります。また、加計学園問題についても、法令にのっとり行うプロセスで検討が進められてきたというふうに思っています。『桜を見る会』については国会でさまざまなご指摘があり、今年は中止して、これからのあり方を全面的に見直すことに致しております」

「森友問題は財務省関係の処分も行われ、検察の捜査も行われ、すでに結論が出ていることでありますから、そこについては現在のままであります。」とは、明確な再調査拒否ということだ。「桜」は、今年止めたのだから。もう済んだことだろう、と言う。この点は、イヤにはっきりとしっかりという。ああそうか。なるほど、そういうことか。そういう約束で主要派閥が菅支持に回っているのか。やっと分かり易い構図が目に見えてきた。

−−菅義偉首相として目指す政治は、安倍晋三政権の政治の単なる延長なのか。違うのであれば、何がどう違うのか
「今私に求められているのは、新型コロナウイルス対策を最優先でしっかりやってほしい。それが私は最優先だと思っております。それと同時に、私自身が内閣官房長官として、官房長官は、役所の縦割りをぶち壊すことができる、ある意味でただ1人の大臣だと思っていますので。やり遂げていきたい、こういうふうに思ってます」

分かりにくい。菅が目指すのは、「安倍晋三政権の政治の単なる延長」なのか、違うのであれば何がどう違うのか。恩義ある派閥には「目指すはアベ政治の延長」と言わねばならないが、独自色を出さなければ国民の支持を得られない。で、言えるのはせいぜいこれくらいのところ。実のところ、総裁候補も辛い立場なのだ。

−−東日本大震災の復興にどう臨むか
「先般、福島県知事から色々な復興の状況の説明を受けました。まさにこれから、復興に向けてさまざまな具体的な事業を進めていかなきゃならない。そういう時期に差しかかっているという風に知事との会談の中でそうした思いをいたしました」

えっ? まさにこれから、復興に向けてさまざまな具体的な事業を進めていかなきゃならないですって? 「そういう時期に差しかかっているという風に知事との会談の中でそうした思いをいたしました」ですって? 東日本大震災の復興なんて、およそ頭の片隅にもなかったのでしょうね。

−−自民党総裁になったとき、番記者の厳しい追及にも応じるか。質問の事前聴取がないものも含め答えるか
「限られた時間の中でルールに基づいて記者会見というのは行っております。ですから早く結論を質問すれば、それだけ時間が浮くわけであります」

この質問者は東京新聞望月衣塑子記者。およそ、真面目に答えようという真摯さに欠ける。記者会見のルールとはなんだ。どのような理念にもとづいて、誰が設定したルールなのか。どうも、菅は記者会見のルールは、自分の都合で運用できるものと考えている如くである。

--安倍晋三政権は原子力発電を重要なベースロード電源と位置付け、安全が確認された原発の再稼働を進めているが、総裁になっても政策を踏襲するのか。東京電力福島第1原発の処理水問題は、次の政権で解決するか
「次の政権と言われましたが、次の政権で解決しなきゃならない、この思いはそうであります。そして、いまの全体の電力政策の中で原子力政策もありますから、それに基づいておこなっていきたいというふうに思います」

これが最後の質問と回答。聞かれた順序に、素直に答えればよいのに、そうならないから、分かりにくい。菅がなんと答えているのか、お分かりだろうか。「次の政権で解決しなきゃならない、この思いはそうであります」とは、「(福1の処理水問題は)次の政権で解決する」と決意を述べているのか、あるいは「思いだけはそうであります」と実際は困難だと言っているのか分からない。そして、…原発再稼働については、「全体の電力政策の中でおこなう」という。ということは、再稼働を推進するということか。端的に言わないから、いちいち聞き手が解釈しなければならない。わかりにくい、面倒な人だ。

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