澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

DHC製品は買わないが、この本は買って損はない ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第203弾

(2022年8月2日)
 ある人のメルマガに下記の記事。私の知る限りの書籍「DHCスラップ訴訟」の書評第1号である。この方、DHC製品は決して買わない人だが、本書は購入したという。「購入し一読して損はない」と言ってくれた。何ともありがたい。

 『DHCスラップ訴訟・スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利』(澤藤統一郎・日本評論社・220730)
 
 化粧品、サプリメント(健康食品)、語学教材などの製造販売メーカーである㈱ディーエイチシー(DHC)に、いやがらせ名誉毀損の6000万円スラップ訴訟を起こされて被告になった著者の勝利記録。

 スラップとは、個人・市民団体・ジャーナリストによる批判や反対運動を封じ込めるため、企業・政府・自治体が起こす、恫喝訴訟・威圧的訴訟。

 第一章 ある日私は被告になった。第二章 そして私は原告になった。第三章 DHCスラップ訴訟から見えてきたもの。各章に解説が付され、判りやすい。

 資料編には、「主なスラップ訴訟」などが記載されています。DHCはHP上で、代表取締役会長吉田嘉明によるヘイトスピーチを拡散するなど、最低最悪の厚化粧企業。最後に著者は、「私は決して屈しない」「私は決して黙らにない」と宣言されています。

 DHCは不買ですが、本は購入して一読しました。損はありません。

 [参考]DHCスラップ訴訟に至る詳細は、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記・分類・DHCスラップ訴訟」に入ってみてください。
  http://article9.jp/wordpress/?cat=12

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DHCスラップ訴訟 スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利

著者名:澤藤統一郎
出版社名:日本評論社
発行年月:2022年07月30日

≪内容情報≫
批判封じと威圧のためにDHCから名誉毀損で訴えられた弁護士が表現の自由のために闘い、完全勝訴するまでの経緯を克明に語る。

【目次】
はじめに
第一章 ある日私は被告になった
1 えっ? 私が被告?
2 裁判の準備はひと仕事
3 スラップ批判のブログを開始
4 第一回の法廷で
5 えっ? 六〇〇〇万円を支払えだと?
6 「DHCスラップ訴訟」審理の争点
7 関連スラップでみごとな負けっぷりのDHC
8 DHCスラップ訴訟での勝訴判決
9 消化試合となった控訴審
10 勝算なきDHCの上告受理申立て
【第1章解説】
DHCスラップ訴訟の争点と獲得した判決の評価 光前幸一

第2章 そして私は原告になった
1 今度は「反撃」訴訟……なのだが
2 えっ? また私が被告に?
3 「反撃」訴訟が始まった
4 今度も早かった控訴審の審理
5 感動的な控訴審「秋吉判決」のスラップ違法論
【第2章解説】
DHCスラップ「反撃」訴訟の争点と獲得判決の意義 光前幸一

第3章 DHCスラップ訴訟から見えてきたもの
1 スラップの害悪
2 スラップと「政治とカネ」
3 スラップと消費者問題
4 DHCスラップ関連訴訟一〇件の顛末
5 積み残した課題
6 スラップをなくすために
【第3章解説】
スラップ訴訟の現状と今後 光前幸一

あとがき
資料(主なスラップ事例・参考資料等)

自民党・村上誠一郎の「国葬批判・アベ政治批判」

(2022年8月1日)
 猛暑とコロナ禍のさなかの8月である。異様な暑さの中で身近なコロナ感染者が少なくない。感染を自覚しても為す術もないとの声もここかしこに。こんな環境での感染は恐い。不要の外出を控えるしかない。不穏な2020年の夏の盛り。

 一抹の希望は、岸田内閣の支持率急落との報。「支持率が急落した理由は、国葬、旧統一教会、コロナの3つだ」というのが、元気のよい「日刊ゲンダイ」の見立て。その通りだろう。国葬と統一教会問題は、安倍批判と密接に結びつく。コロナも安倍以来の無策の象徴。結局、国民世論に急速に浸透してきた安倍批判が、安倍後継の岸田不支持となってきているのだ。この3点セット、もうしばらくは解決の兆しが見えない。この夏の暑さが身に応えているのは、実は、岸田と自民党なのかも知れない。

 こんな中、産経新聞のメールマガジンが、国葬賛成で鬱陶しい。
 「安倍氏は憲政史上で最長の8年余りの間、首相として公務についた人でした。選び続けたのはほかならぬ、われわれ有権者です。また、民主主義の根本になる選挙のさなかの暴挙に対し、民主主義の国として抗議の意思を示し、多くの人と主体的に確認し合う機会を持つことは、許容できることではないでしょうか」「今回の事件は、宗教団体に対する容疑者の私怨から端を発した凶行であり、民主主義とは切り分けるべきだという意見には首肯しがたいものを感じています。多分に衝撃や情緒に流されているかもしれないと顧みつつも、しかしながら民主主義への挑戦が、国家改造や政権転覆を狙うクーデターに限るものとは言い切れないのではないかと思うからです」
 
自信なく歯切れ悪く言い訳がましい産経の国葬賛成論。その怨み節が現在の情勢をよく表している。驚いたのは、これに続く次の記事。
 「安倍氏の歴史認識や憲法改正への意欲をかつて懐疑的にとらえていた米紙の社説、これが産経の紙面に「米紙 異例の『改憲支持』」という主見出しで掲載されています。」

 安倍も産経も、「アメリカに押し付けられた憲法」だから見直せ、と言っていたはずではないか。手のひら返して、アメリカの『日本国憲法改憲支持』を手放しで喜んでいるのだ。恥ずかしげもないあまりのご都合主義に、頭がクラクラする。あらためて暑さが身に沁みる。

 猛暑の中、配達された毎日新聞の夕刊に、「安倍政治の見直し、今こそ」の大見出し。おお、かくも機敏に自民党に代わる政権を求める声が、と思ったのは早とちり。「今こそ安倍政治を見直せ」と吠えているのは、自民党の村上誠一郎である。ウーン、安倍やその腰巾着や産経ばかりではない。村上のような硬骨漢も抱えているのが、自民党の強みなのか。

 彼の語るところはなかなかのものである。国葬の是非は、安倍政権の功罪に関わっている。彼の語るところを抜粋してみよう。

 「先日、ある首相経験者が私に言ってこられました。『どうして国葬なんですか』と。いったん流れができてしまうと、異論を言いにくくなる。これが人間社会の同調圧力かなと思う」

 「今回は非常にお気の毒な亡くなり方をされたから、非業の死を遂げた方を弔うのは自分としても感情的には理解できる。ただ、判断の明確な基準が必要です。例えば佐藤栄作さんや中曽根さん、おじいさまの岸信介さんも国葬ではなかった。なぜ安倍さんだけ国葬なのかというと、なかなか説明が難しい」「時の政権の恣意的なやり方だとの批判を免れない。もう少し腰を据えて幅広く考えるべきだったのではないか」

 「森友・加計・桜を見る会は国民の不信を完全には払拭できていないのではないか。森友問題では近畿財務局の職員が自死に追い込まれた。これらの政治的、道義的責任は安倍氏の功績とは別次元の話です」

 「解釈改憲で集団的自衛権の行使を容認して立憲主義を否定し、そんたくするイエスマンばかりを登用する縁故人事がはびこり、財政・金融・外交が非常に厳しい状況になった。自由闊達な議論ができる本来の自民党に戻すべきです」

 「ロシアの民主主義が見せかけだと言うけど、日本も同じようになりつつあるのではないかと心配しています。堂々と議論し、適正な人事や正しい政策が実行されるべきですが、残念ながらそうなっていない。まっとうな批判勢力がないために選挙だけは勝つ。それは本当の信任ではないのです」

 「アベノミクスは成功したとは言えないと思います。財政出動と金融緩和というカンフル剤を打つだけで結局、成長戦略は十分な成果が上がってきていない。金融緩和をダラダラ続けているうちに円安・ドル高が進んだ。食料もエネルギーも輸入頼みだから、日本の富がどんどん流出しているわけです」

 「岸田さんに、アベノミクスを総括した上で新しいステージに移る気持ちがあるかどうか。世界最悪の借金財政なのに防衛費を2倍にするというのは非常に難しい」
 
 「野中広務元幹事長も言っていましたが『自民党は常にベストな政策をめざす』ということで党内の議論が活発化していました。亡くなった方のご冥福を祈り、事件の再発を防ぐことと、政策論争は全く別の次元の問題です。合理的な政治が行われなくなって被害を受けるのは国民ですから」

 これって、自民党? これもホントに自民党なの? 自民党って、いったい何なの? 

「邪教」はとうてい許せない。しかし、「サタン」はもっと怖い。

(2022年7月31日)
 安倍晋三の銃撃事件以来、旧統一教会の反社会性がクローズアップされ、自民党とりわけ安倍派の政治家とこの反社会的組織との癒着が大きく問題視されている。

 私も、統一教会を徹底して批判しなければならないと思ってはいる。しかし、これを権力によって弾圧してしまえ、法人格を取り消せということにはいささかの躊躇を感じる。戦前の天皇制政府による宗教弾圧を連想し、権力の暴走を懸念するからだ。そう、私は何ごとによらず優柔不断なのだ。

 一方で、果断極まりないのが中国当局である。昨日(7月30日)配信の共同通信記事によれば、中国は「旧統一教会は『違法な邪教』」とし、「安倍氏銃撃で一掃の正当性強調」なのだそうだ。これだけの見出しでは少々分かりにくいが、「中国共産党はとっくの昔に、統一教会を邪教として一掃済みである。今回の安倍銃撃事件で、党の正しさが証明された」ということ。

 中国当局が統一教会を、非合法の「邪教」(カルト)と認定したのは1997年のことだという。そのことによって、日米と違って、中国は統一教会の自国への浸透を防ぎ得た。この当局の対応は正しかったと宣伝しているわけだ。ゼロコロナ政策を思い起こさせるこのやり方に、強権的な宗教政策がより強まると懸念する声も出ているという。

 中国には、「中国反邪教ネット」というサイトがある。もちろん、事実上公安当局が運営している。安倍銃撃事件以来、そのサイトでは、代表的な邪教として扱われる気功集団「法輪功」と並んで、旧統一教会を批判する記事が多くなっているという。

 共産党系の環球時報(英語版)は14日付紙面で「安倍氏暗殺は中国のカルト一掃の正しさを示した」と強調。「(山上徹也容疑者が)もし中国で暮らしていれば、政府は彼が正義を追求するのを助け、この宗教団体を撲滅しただろう」とし、日米などは「中国の(カルト排除の)努力を『宗教上の自由への迫害』だとゆがめている」と反発した。

 これは注目に値する記事ではないか。中国政府(共産党)は、宗教団体に悪徳商法や高額献金授受の事実あれば、躊躇なく『この宗教団体を撲滅した」というのだ。中国政府(共産党)は、そうすることが「正義」と信じて疑わない。「中国の(カルト排除の)努力を『宗教上の自由への迫害』だとゆがめて」はならない、という立場なのだ。

 だから、共同配信記事は、示して示してこう締めくくっている。

 「中国では一党支配の下、憲法が記す信教の自由は『ゼロに近いのが実態』(中国人カトリック専門家)との指摘もある。非合法化された法輪功や新興宗教だけでなく、プロテスタント系家庭教会なども抑圧されてきた。弾圧を受けた法輪功メンバーを支援してきた弁護士は『日本の旧統一教会の問題は、非公認の宗教活動を一層弾圧する良い口実を政府に与えた』と分析した。」(共同)

 以上のとおり、中国(共産党)は統一教会を「邪教」として、弾圧も撲滅も躊躇しない。一方、統一教会の側は、反共(反共産主義)を教義としており、その教義によると、中国共産党は「サタン」とされている。

 自民党と癒着し信者からは財産と真っ当な人生を奪った「邪教」と、人権と民主主義の弾圧をこととしてきた「サタン」と。どちらも唾棄すべき存在だが、暴力装置を駆使しうる「サタン」の方がより怖いというべきだろう。たまたま、本日の毎日新聞朝刊のトップ記事は、「数千枚の顔写真が語る、ウイグル族抑圧 新疆公安ファイルを追う」「当局、宗教色を問題視」である。その内容は、中国当局のイスラム教徒に対する弾圧。とても、近代国家のやることではない。 

「維新よ。議員が決めたのだから住民の意見を封殺してもよい、とお考えか」 ー 大阪府議会カジノ住民投票条例案否決

(2022年7月30日)
 大阪は私が少年時代の8年間を過ごした懐かしい土地。その大阪が壊れそうだ。大阪はどうなってしまうのだろう。心配でならない。大阪を壊そうとしている張本人は維新。公明がその尻馬に乗っている。

 「都構想」の実現はようやく避け得たが、今度はカジノだ。大阪にカジノ誘致とは、賭博場をつくって人を呼び込むことで、大阪の経済を立て直そうというアホな試み。バクチに負けた人の不幸の積み重ねで、胴元の自治体は潤うという算段だ。

 「コロナにはイソジンがよく効く」と大真面目に記者会見したあの知事が、おなじノリで「地域経済活性化にはカジノが特効薬」と言って反対論に耳を貸さない。大真面目に「カジノには非常に大きな経済波及効果が見込まれる」として大規模カジノ誘致を強行し、賭博場の運営で大阪の経済再生をはかろうというのだ。

 これに反対する大阪府民が、カジノ誘致の可否を問う住民投票実施のための条例を制定すべく運動を展開した。住民運動体「カジノの是非は住民が決める 住民投票をもとめる会」は、7月21日法定数(14万6千)を超える署名を府に提出して条例制定を請求し、これを受けて昨日(29日)に臨時府議会が開かれた。知事は、露骨に住民投票の実施に敵意を見せ、「計画案が府・大阪市の両議会で議決・同意され、国に認定申請している」「したがって、住民投票には意義がない」とする意見を付して条例案を提出した。

 昨日の大阪府議会は、署名に表れた20万府民の民意を文字どおり「封殺」して、カジノ住民投票条例案を否決した。委員会審議への付託もなく、即日の否決。民主主義というものがうまく機能していないのだ。維新や公明に、民主主義の理解はない。維新と公明の罪は重い。

 同日の本会議では、条例制定請求代表者6氏が意見を陳述。「21万人を超える署名(有効数19万2773人)の重み」「ギャンブル依存症の恐ろしさ」などを語り、熟議と条例制定への賛同を訴えた。山川義保事務局長は住民投票実施に否定的な維新などに対し「『選挙で選ばれた議員が決めた、それだからいいんだ』と、私たち住民の意見を封殺している」と批判した。これは、民主主義の根幹に関わる批判である。それたけに、カジノ実施に凝り固まった維新議員の耳には入らなかった。

 維新や知事は、なぜかくも頑なに、住民投票の実施を拒否するのか。これだけ叩かれ、評判の悪い「夢洲カジノ」である。住民投票で過半の賛成を得られる自信があれば、住民投票でのお墨付きで批判を封じることが可能ではないか。しかし、投票すれば必ず負けるから住民投票はしない、住民投票条例は作らない。仮に負けた場合には、知事の座も市長の座も吹き飛ぶ。維新勢力の消滅ともなりかねないのだから。

 トップはともかく、大阪府・市の官僚組織はアホではなかろう。府民・市民の賛否の分布を調査して、把握しているに違いない。おそらくは、知事も市長も、住民の過半数がカジノ誘致に反対という調査結果を耳打ちされている。だから、カジノ誘致の賛否を問う住民投票など絶対にやらせるわけにはいかないのだ。
 
 2020年10月16~18日、日本経済新聞社とテレビ大阪が、大阪市内の有権者を対象に実施した電話世論調査がある。大阪府・市が誘致を目指すカジノを含む統合型リゾート(IR)について「賛成」が37%で「反対」が52%だった。これは信頼できる数値である。しかも、同年6月下旬の前回調査と比べて反対が3ポイント増え、賛成が3ポイント減っている。おそらくは、今はもっと反対派のリードが大きいと思われる。

 同年1月25・26日の朝日新聞社による全国世論調査(電話)もある。カジノを含む統合型リゾート(IR)について、政府が整備の手続きを「凍結する方がよい」は64%に上り、「このまま進める方がよい」は20%だった。もっとも、この調査でも大阪府内では「このまま進める」が3割と、全国平均(20%)より高めだった。とは言っても、3割に過ぎない。

 「求める会」は府議会の直接請求否決を受けて抗議声明を発表した。

 「民意を問うことさえ否定し、みずから固執する政策を押し通そうとする府知事とカジノIR推進派議員の態度は、さらに厳しい府民の批判を招くことは必至だ」

 まことにそのとおりであると私も思う。今は、維新を支持している大阪府民だが、けっしていつまでもではない。大阪府民を舐めてはならない。

私も納税者だ。私の納税分を、一円たりとも安倍晋三の葬儀に使ってはならない。

(2022年7月29日)
 憂鬱な夏の盛りである。コロナの蔓延に歯止めがかからない。行政の無為無策を嘆くばかり。ウクライナの戦況は膠着して停戦の展望は見えない。ミャンマーで民主派4人の死刑が執行された。アメリカでは、あのトランプが再びのさばりそうな雲行き。そして、参院選の結果にはとうてい納得しがたい…。さらに、あのウソつき晋三の国葬だという。

 臨時国会は8月3日召集の模様である。参院の正副議長選出のほか、参院選の遊説中に殺害された安倍晋三への追悼演説が行われる見通しと報じられている。政府・与党は会期を8月5日までの3日間とする方針だが、野党側はより長い会期を求めて、安倍晋三の国葬問題や物価高を巡る緊急課題の議論も行う必要があるなどとしている。コロナへの対応も必要ではないか。

 この臨時国会での安倍晋三追悼演説は、はからずも《プレ国葬》ないしは《プチ国葬》の性格を帯びるものにならざるを得ない。その意味で、注目されるところとなったが、昨日までは、甘利明(前自民党幹事長・麻生派)が行うことに決まったと思い込んでいた。

 安倍晋三と甘利明、お互い脛に傷持つ間柄でよくお似合いである。私は、どちらも刑事告発し検察審査会への審査申立もした経験がある。起訴に至らなかったのがいまだに不本意であり、残念でならない。
 
 ところが、今朝の新聞で、このせっかくのお似合いの間柄に水を差す不粋な向きがあって、甘利追悼演説は先送り、ないしは頓挫という雲行きだという。
 
 毎日新聞は、「『残した派閥をばかに』 安倍派の猛反発で甘利氏の追悼演説頓挫」という見出しで報じている。この見出しを敷衍すれば、「『甘利明が安倍の残した派閥(安倍派=清和会)を馬鹿にした』という安倍派議員の猛反発で、甘利の追悼演説は頓挫した」ということなのだ。銃撃事件で会長を失った安倍派(清和会、97人)の批判が「頓挫させた」というのだから、その「猛反発」は相当なものなのだろう。

 安倍派の反発は甘利明の20日のメールマガジンがきっかけだという。国会リポート 第439号というもの。その全文が下記で読める。
https://amari-akira.com/01_parliament/index_text.html

安倍派の逆鱗に触れたのは、下記の一文だという。

 「最大派閥の安倍派は「当面」というより「当分」集団指導制をとらざるを得ません。塩谷、下村両会長代行に加え、西村事務総長と世耕参議院幹事長、閣内には要の官房長官たる松野さんと萩生田経産大臣が主要メンバーと言われますが、誰一人現状では全体を仕切るだけの力もカリスマ性もなく、今後どう「化けて行く」のかが注視されます。」

 以下、毎日の記事による。

 「これに安倍派最高顧問の衛藤征士郎・元衆院副議長は21日の同派会合で『こんなに侮辱されたことはない』と激しく反発。派内では他にも『甘利氏こそカリスマ性がない』などと批判する声が相次いだ」「党は甘利氏の演説を検討したのは『安倍氏の遺族の意向を踏まえた』ためだとしているが、同派から『なぜ安倍氏が残した派閥をばかにする甘利氏に演説させるのか』『国民の気持ちは甘利氏ではない』などの声が漏れた。反発は安倍派のみならず党内の他派閥にも広がり、党執行部には『いつ甘利氏に決めたのか』など、再考を求める意見が寄せられているという。」

 《プレ国葬》を舞台に、これはまた安倍側近政治家たちのまことに麗しい振る舞いではないか。自民党の、安倍派や安倍に近い政治家たちでさえ、けっして安倍晋三の死を悼んでなどいない。安倍の死をきっかけに起こっている勢力争いに懸命なのだ。ましてや、安倍と距離を保ってきた自民党議員や野党に安倍の死を悼む気持などあろうはずもない。

 にもかかわらず、国葬とは、政府が国民の名を僭称して安倍晋三の死に対する弔意を表明する儀式である。安倍晋三の死を利用して、国民の政治意識を安倍や現政権の望む方向に誘導しようという思惑が透けて見える。ばかばかしい。国葬なんぞで、国民の弔意をもてあそぶのはやめていただきたい。

 そして、私も納税者だ。私の納税分をウソつき晋三の葬儀に一円たりとも、支出してもらいたくない。誰の国葬もやってはならないが、ましてや、ウソつき晋三の国葬など、もってのほかではないか。

安倍晋三の「お友達人事」を許した有権者の責任。

(2022年7月28日)
 本日の毎日新聞国際欄に、「韓国・尹大統領、支持率急落 30%割れ目前 『お友達人事』響き」とある。朝日は既に、「『お友達人事』迷走、支持率急落 韓国大統領が不快感『前政権の閣僚、それほど立派か』」と報道している。キーワードは、『お友達人事』だ。

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の支持率が、就任からわずか3カ月足らずで求心力維持の「危険水域」とされる30%割れに近づいており、その最大の理由が「お友達人事」の悪評だという。

 世論調査会社「韓国ギャラップ」が22日発表した尹大統領の支持率は32%。就任当時の52%から20ポイント急落した。深刻なのは、不支持率が23ポイント増の60%にのぼったこと。韓国メディアは政権末期の「レームダック(死に体)」ではなく、「就任ダック」と報じている。

 大統領を支持しないと答えた人のうち、最も多い24%の人が理由として挙げたのは「人事」だという。この人、検察出身者や幼なじみら「お友達」を要職に起用。知人の息子らを大統領府に採用したことも批判された。さらに、「閣僚人事が失敗だったのでは」との記者の質問に対し、「前政権で指名された閣僚の中に、それほど立派な人たちがいたのか」などと言い放ったことが報じられ、高圧的で独善的なイメージを国民に与える結果となった、と報じられている。

 これが原因で政権の支持率急落・不支持率急増なのだから、韓国の民主主義はまことに健全である、韓国の民衆の政治意識は学ぶべき立派なもの。安倍晋三という日本の首相の人事もひどかった。むしろ、「お友達人事」はこちらが本家本元。ところが、日本の有権者は8年余も安倍晋三で我慢した。日本の民主主義は機能不全である。日本の民衆は愚かな政治指導者に過度に寛容と評するしかない。

 安倍政権の「お友達人事」に仰天した最初は、NHK経営委員の新任者の任命。経営委員会はNHKの最高意思決定機関であり、NHK会長の任命権も罷免権ももっている。その経営委員12人は、国会の同意を得て内閣総理大臣が任命する。

 それまでは、公共放送に求められる「不偏不党」や中立性重視の立場から、政治色の濃い人事は控えられてきたとされる経営委員人事。初めて、安倍晋三は鉄面皮な人事を通してのNHK支配を試みた。戦後民主主義に挑戦した安倍晋三の面目躍如である。

 2013年10月に任命された新経営委員の顔ぶれは以下の4人である。
  百田尚樹(右翼のお友達)
  長谷川三千子(右翼のお友達)
  本田勝彦(JT顧問)
  中島尚正(海陽学園学校長)

 百田と長谷川は、自民党総裁選に際して発表された「安倍首相を求める民間人有志の緊急声明」の発起人。志と感性を同じくする安倍の「お友達」。本田は安倍が小学生だったの1960年代に家庭教師を務めていたという関係の「お友達」。首相を囲む会「四季の会」のメンバーで、ガチガチの『安倍派』と言われた人物。中島が勤務する海陽学園では、安倍晋三首相の盟友である葛西敬之(JR東海)が副理事長を務めるという、謂わば安倍とは「お友達のお友達」という間柄。

 当時、この人事は衝撃をもって受けとめられた。とりわけ、NHKの幹部はメディアに「官邸が、原発や沖縄の問題を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組に不満があるとは漏れ聞いていたが…」と啞然とした表情を見せて語ったという。

 この時期に経営委員会に4人が送り込まれた最大の理由は、差し迫っていた次期NHK会長の後任選びのためだとされた。新会長は、9人の賛成がなければ就任できない。つまり、4人に「NO」といわれた人物は会長になれない。4人は会長選びのキャスチングボートを握っている、と報道された。

 この経営委員会人事の直後、同年12月20日のNHK経営委員会で第21代会長に選出されたのが、あの籾井勝人。「(慰安婦は)戦争地域にはどこでもあった」「政府が右ということを左というわけにはいかない」などという、迷言で一躍知られた人物。「安倍のお友達」が選んだ、「お友達」である。この頃から、NHKは顕著におかしくなって現在に至っている。

 残念ながら、このとき日本の有権者は「アベ友人事」に徹底して怒らず結果としてこの人事を受容した。その結果、到る所に「安倍のお友達」がはびこって、この日本を食い物にしたのだ。さて、安倍がいなくなった今、食い物にされた日本は元へ戻ることができるだろうか。日本を元に戻してはならないという安倍後継勢力が、安倍の国葬に固執している。安倍国葬反対の声を上げることは、実は大きな意義のあることなのだ。

『DHCスラップ訴訟』間もなく販売開始 ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第202弾

(2022年7月27日)
 できたての、まっさらな新刊本が送られてきた。書名は『DHCスラップ訴訟』、「スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利」という長い副題。著者は私、この訴訟の弁護団長・光前幸一さんの丁寧な解説が付いている。日本評論社からの出版。

 さっそく通読して、よくまとまっていて面白く読めるという感想。自分が代理人の事件ではこう面白く書けない。自分が当事者となった事件であればこそ、怨みも怒りも迷いも率直に書くことができた。自画への自賛だが、なかなかの出来栄えではないか。

 この書の奥付は「2022年7月30日第1版第1刷発行」となっており、アマゾンでは8月1日発売とされている。弁護団の弁護士各位やカンパを寄せていただいた方など200名弱には献本の予定。今月末にはお届けできるはず。お楽しみに。

 『DHCスラップ訴訟』という書名はDHC製品の宣伝のようでもあって、やや抵抗感もあった。が、結局これ以外にはなかろうと落ちついた。副題の「スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利」は長すぎるようにも思えるが、内容をよく表している。これも結局これ以外にないとなった。「スラップする」「スラップされる」という言葉の使い方は耳新しいが、この書で、人口に膾炙することになるのではないか。

 最初の原稿は、随分と長いものを書いた。が、長すぎると評判悪く思い切って縮めた。そのため、書き足りないところ、書き残したものを数えると切りがないが、ほどのよいまとまった読み物になった。そして、私とは視角も文体も違う光前さんの解説が、奥行きを深めている。日評にお願いして、定価は押さえてもらった。私としては、多くの人に読んでいただきたいと思っている。「表現の自由」のために、カネで政治を動かしてはならぬという警告のために、そして、消費者の利益を擁護するために。

 あらためて8年前の5月のある日のことを思い出す。突然に理不尽なスラップ訴状の送達を受けて、当初に思ったことは、ともかくこの訴訟を勝ちきらねばならないということ。しかし、多くの方からの支援を得て余裕ができてくると、これは私一人の問題ではないと実感するようになり思いは変わってきた。

 単にスラップを斥けて良しとするのでは足りない。せっかく弁護士がスラップされたのだ。スラップ反撃の見本と、その成功の実例を作らねばならない。けっして《スラップに成功体験》をさせてはいけない。むしろ、典型的な《スラップ失敗体験》をさせなければならない。そしてそのことを世に伝えなければならない。そう思うようになった。DHCと吉田嘉明に、「うかつにスラップなんかやってたいへんなことになってしまった。もう2度とスラップなんかやるもんじゃない」と反省させなければならない。そしてその経過を世に伝えなければならない。そう思うようになった。

 そのために、まずは自分の言論を萎縮してはならないという思いから「澤藤統一郎の憲法日記」に、「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズを書き始め、これは既に第200彈を超えた。そして、私が被告にされた6000万円請求訴訟が東京地裁から最高裁まで3ラウンドで私が勝訴し、さらに攻守ところを変えた「反撃」訴訟が、これも東京地裁から最高裁まで3ラウンド。合計6ラウンドの闘いで、全て私の勝訴となった。この訴訟は、昨年(21年)1月に確定して全て終了したが、残る課題が、その顛末を一冊の書にまとめて出版することだった。今回のの出版で私の思いはほぼ達成できたとの満足感がある。スラップを仕掛けたDHC・吉田嘉明の側に、典型的な失敗体験をさせることができたのだから。

 多くの人に支えられ、多くの人を頼っての勝利であって、私はこの間誰よりも幸せな被告であり原告であり続けた。この書を、スラップ批判の世論を形成するために広めていただき、さらには実践的なスラップ対応テキストとしてご活用いただけたらありがたいと思う。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8842.html

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「DHCスラップ訴訟 ー スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利」
 著者:澤藤統一郎 (解説・光前幸一)
 価格:税込 1,870円(本体価格 1,700円)
 発刊年月 2022.07 判型 四六判 256ページ

内容紹介
 批判封じと威圧のためにDHCから名誉毀損で訴えられた弁護士が表現の自由のために闘い、完全勝訴するまでの経緯を克明に語る。

目次
はじめに
第1章 ある日私は被告になった
1 えっ? 私が被告?
2 裁判の準備はひと仕事
3 スラップ批判のブログを開始
4 第一回の法廷で
5 えっ? 六〇〇〇万円を支払えだと?
6 「DHCスラップ訴訟」審理の争点
7 関連スラップでみごとな負けっぷりのDHC
8 DHCスラップ訴訟での勝訴判決
9 消化試合となった控訴審
10 勝算なきDHCの上告受理申立て
【第1章解説】DHCスラップ訴訟の争点と獲得した判決の評価……光前幸一

第2章 そして私は原告になった
1 今度は「反撃」訴訟……なのだが
2 えっ? また私が被告に?
3 「反撃」訴訟が始まった
4 今度も早かった控訴審の審理
5 感動的な控訴審「秋吉判決」のスラップ違法論
【第2章解説】DHCスラップ「反撃」訴訟の争点と獲得判決の意義……光前幸一

第3章 DHCスラップ訴訟から見えてきたもの
1 スラップの害悪
2 スラップと「政治とカネ」
3 スラップと消費者問題
4 DHCスラップ関連訴訟10件の顛末
5 積み残した課題
6 スラップをなくすために
【第3章解説】スラップ訴訟の現状と今後……光前幸一

あとがき
資料

産経社説「国葬 野党の反対は理解できぬ」は…やっぱり理解できない。

(2022年7月26日)
 本日の産経朝刊『主張』(社説)が、「安倍元首相の国葬 野党の反対は理解できぬ」というもの。もちろん、安倍晋三を持ち上げ、今後も安倍的政治の継続を願う立場の提灯社説。が、国葬反対論への反駁に説得力はなく、国葬推進派の根拠や理由はの薄弱さを露呈している点で注目に値する。

 まずタイトルが不出来である。なぜ「野党の反対」だけを問題にしようというのか。国葬反対は野党だけではない。けっして反対勢力の中核に野党が位置しているわけでもない。言論界も研究者も宗教者も教育界も、法曹も市民運動も、こぞって反対しているではないか。ことさらに、野党の反対論だけを取りあげる合理性はない。

 そして、野党の国葬反対論を「理解できぬ」というのも理解しがたい。反対論に対する反論ではなく、積極的に堂々と国葬賛成の理由を論述したらよかろう。せめて、「理解できぬ」ではなく「私はこう思う」というべきではないか。でないと、「理解できぬ」は「理解の能力がない」と読まれてしまいそう。以下、逐語的に反論しておきたい。

「本紙は14日付主張で、『国際社会が示してくれた追悼にふさわしい礼遇を示すことが大切だ』と指摘し、国葬の実現を求めていた。決定を歓迎する。」
 結論からいえば、産経主張はこれが全て。要するに、後進国コンプレックスに凝り固まって、「外国ではこうするもののようだ」「外国に見習わなくてはならない」「外国に恥をさらしてはならない」と言うだけのもの。もっと自立し自信をもつべきだろう、産経さん。

 しかも、国際社会は安倍晋三の何たるかその正体を知らない。知っていたところで、面と向かって「政治を私物化しウソとごまかしを糾弾された最低の首相」とは言えない。外交儀礼のおべんちゃら追悼を真に受けて、「国際社会が示した追悼にふさわしい礼遇」とはチャンチャラおかしい。以下、社説の各文に反論する。

「各種世論調査で、国葬に賛意を示す国民は多数を占めているが、慎重派も少なくない。野党も共産、立憲民主、社民などが国葬実施に反対している。」
 「各種世論調査で、国葬に賛意を示す国民は多数を占めている」は、安倍晋三並みのごまかしと言ってよい。正確には、「これまでの世論調査の中には、安倍晋三の国葬に賛意を示す国民が過半を占めるものもあったが、国葬を行うにふさわしい圧倒的な国民の賛意は示されていない」「むしろ、圧倒的多数が国葬反対を示す調査結果さえ散見される」「しかも、国民が銃撃事件の衝撃から醒めて平静を取り戻し、銃撃犯容疑者の犯行の動機や背景が知れ渡るにつれて国葬に賛意を示す国民は減少しつつある」と言うべきであろう。

 産経が挙げる、共産党志位和夫委員長の国葬反対理由は、
①国民の評価が分かれている元首相の業績を国家として賛美することになる
②元首相への弔意を強制する
―の2点であるそうだ。

 産経がこれを「理解できぬ」として、いかなる「反論」を行うのかと思えば、肩透かしである。
 ①に対しては、以下の論述が「反論」のようである。
 「白昼の銃撃で倒れた安倍氏の葬儀を国葬として執り行うことは、国民の支持を得て長く政権を預かった元首相を国として追悼するばかりでなく、日本が「暴力に屈せず、民主主義を守り抜く」(岸田文雄首相)姿勢を内外に示す意義がある」「アベノミクスなど評価が分かれている元首相の業績を無条件で賛美するわけではない」
 要するに、国葬の積極理由は《安倍晋三が長く政権を維持したこと》《暴力に屈せず、民主主義を守り抜く》ためだけであって岸田説明の域をまったく出ていない。その上で《その業績を賛美するわけではない》と言い訳をするのだ。これでは、噛み合った反論として成立していない。

 共産党・志位は、「どんな理由を付けようとも、安倍晋三を国葬にすれば、国が公的に安倍の所業を国家として賛美する効果を生じることになるではないか。そのような、問題首相の死の政治利用は許されない」と言っているのだ。産経はこの問いかけ答えていない。

「元首相への弔意を強制する」という反対理由に対する産経の「反論」は以下の記述のようである。
「弔意の強制についても政府はすでに9月27日を休日とせず、黙禱(もくとう)なども強制しない方針を明確にしている」

 信じがたいことだが、産経は「葬儀当日を休日とせず、全国民に黙禱を強制することはしない」とすれば弔意の強制をすることにはならないと本気で考えているのだろうか。
 主権者の一人であり人権主体でもある国民一人ひとりにとって、政権が国葬を強行することそれ自体、また国葬に国費を投じることそれ自体が、国民に対する弔意の強制である。国家から拘束されることのない精神の自由を害することなのだ。産経には、このことの理解を求めたい。
 
 なお、この産経社説によれば、立憲民主党の泉健太代表は「天皇陛下や上皇陛下の国葬については国民の理解があるが、それ以外はないと思う」と述べ、安倍晋三の国葬はふさわしくないとしたそうだ。産経は「この批判は的外れである」としている。私も、同様にまったくの的外れだと思う。天皇であろうと皇族であろうと、人の死に対しての弔意の強制が許されてよかろうはずはないのだから。

「国葬は弔問外交の場ともなる」「エリザベス女王が国家元首を務める英国でも1965年、チャーチル元首相の国葬が行われ、各国の国王や元首、首相ら111カ国の代表が参列、日本からは岸信介元首相が列席した」
 何とも情けない。外交の必要があれば、その都度に必要な人物と接触し交流したらよいだけのこと。弔問外交のための国葬など、本末転倒甚だしく理由にもならない。

「『地球儀を俯瞰する外交』を掲げ、「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に尽力した安倍氏を国葬で各国の首脳とともにしのぶのは、国益にかなっている。」
 この辺りに、ホンネが出ている。思惑あって安倍晋三の功績を称えたいのだ。プーチンやトランプに手玉に取られ、中国や韓国・北朝鮮ともうまくいかず、なんの成果も挙げられなかった無為無策無能の安倍外交。さらには、政治の私物化だけには余念のなかった安倍政治。国葬でのごまかしを許してはならない。

「政府は、国葬の意義をさらに詳しく国民に説明するとともに、元首相の国葬後に、国葬に関する法令の整備を進めてもらいたい。」
これは、右派からみての政府の説明不足の歯がゆさを語る一文として貴重なもの。実は、説明不足ではなく、説明不能な事態が続いているというべきなのだ。

 そして、社説は最後をこう締め括っている。
「国家に功績のあった人物を国葬で送るのは、諸外国では当たり前である。日本もそうあるべきだ。」
 おやおや、日本の右翼は日本固有の歴史や伝統を重んじる立場ではなかったのか。何というご都合主義。諸外国では当たり前だから、日本も真似をせよとは情けなや。

霊視商法は潰され、霊感商法は生き残った。なぜだ?

(2022年7月25日)
 安倍晋三は、統一教会の庇護者ないしはシンパと目されて銃撃の標的とされた。そこで、「統一教会とはなんぞや」「その統一教会と安倍晋三との関係はいかなるものであったか」という2点に、国民の注目が集まっている。

 日本の民主主義を大切に思う立場からも、この2点は徹底して追及されなければならない。政権が安倍晋三の死を国葬という形で政治利用しようという今、その解明は急務となっている。

 実はこの2課題、緊密に関連している。関連性のキーワードの一つが「反社会性」である。統一教会が行った悪徳商法の根の深さが、統一教会の側には政権に擦り寄って庇護を求める必要を生じ、政権の側には教会に庇護を与えてその対価としての政治運動への動員や集票という利益を享受するという持ちつ持たれつの関係を深めた。

 もう一つのキーワードは、「反共」である。統一教会が本質的にもつ反共思想と体質は、自民党政権、なかんずく岸・安倍には親和性が高かった。他の宗教とは異なり、ほかならぬ統一教会が自民党とりわけ安倍政権に取り入ることができた理由というべきである。

 統一教会の「反社会性」と「反共」を徹底して究明することが、同教会と安倍晋三や安倍政権との結びつきの必然性と構造を解明することになるだろう。

 大活躍の有田芳生が、7月18日のテレビ朝日「モーニングショー」に出演して、こう述べている。
 「1995年の地下鉄サリン事件の後、警察は『オウム真理教の次は旧統一教会の摘発を視野に入れている』と話して準備もしていた。しかし、その後動きがなかったので、10年後に改めて聞いてみると『政治の力』と言われた」
 この有田証言は具体的で説得力がある。統一教会を庇護する『政治の力』は確実にあったものと考えられる。ぜひとも、各メディアは取材を徹底していただきたい。

 また、霊感商法問題に長く携わってきた友人弁護士は、こう語っている。
 「統一協会が政界工作を行うのは、そのことよって政治権力の庇護を受ける、お目こぼしを受けるということを目標としており、現実にその成果が獲得されていると考えてよい。安倍内閣は国家公安委員長として、統一教会に近いことで知られる山谷えり子を据えている。これが政権の意思として当然に教会に対する監視は緩くなる。霊感商法や伝道端緒の印鑑商法の摘発などは抑えられる。国税庁が税務調査の対象にしないとか、国外送金の問題を追及しないとか、そういう現実的な効果を獲得している」

 私は、有田芳生の発言も、友人弁護士の話も、真実性の高いものと実感できる。霊視商法被害救済に関わった経験からだ。

 私は、東京弁護士会消費者問題対策委員長だった時代に、「本覚寺」の霊視商法被害の救済に関わった。当時既に統一教会の霊感商法は猖獗を極めていた。これと区別する「霊視商法」のネーミングは私がした。

 霊感商法は、少なくとも形の上では、壺や印鑑や仏具や書籍の売買である。消費者問題としてのアプローチになじみ易く、民事法的な商品売買についての規制法理の適用も利用しやすい。しかし、霊視商法では商品授受の介在なしに、霊視・祈祷・除霊などに対する謝礼として数百万円から数千万円の金銭が動く。祈祷や除霊というサービスに対する対価ではなく、飽くまで喜捨や布施という意味付けで。

 これは、常識的には宗教まがい被害だが、本覚寺側は大真面目に信者の宗教心から出た任意の喜捨であるという。「被害者」の家族から東京都消費者センターへの相談が急増したが、寺側は頑としてセンターからの事情聴取に応じることはなく、「行政が宗教に干渉するのか」と居直った。こうして、霊視商法弁護団が結成されて、東京地裁に提訴した。第1次から10次までの訴訟が続いた。原告となった被害者は359名であった。

 訴訟の結果は和解で被害金を回収した。当時の資料を見直すと平均回収率96%である。差押え対象財産が十分に見えず、判決を取ることにはリスクがあった。被害回復を優先すればこうならざるを得ない。ところが、「本覚寺」の霊視商法は、訴訟が係属している間にも、拡大した。関東一円の被害は、愛知に飛び、やがて高野山(和歌山県)に本拠地を移した。新たに「明覚寺」という宗教法人を取得して活動を始めた。当然に、各地で同様の民事訴訟が多数提起された。

 弁護団は結成当初から、刑事告訴も、破産申立ても、宗教法人法81条に基づく解散命令の申立ても躊躇しないと表明していたが、実際には躊躇した。権力が信教の自由に実力で介入する前例を作りたくはなかったからである。

 しかし、霊視商法に対する社会の糾弾の声が高まると、むしろ警察や行政が機敏に動いた。まず、愛知県警により明覚寺系列の満願寺(名古屋市)の僧侶らが摘発された。さらに、宗教行政を管轄する文化庁が、和歌山地方裁判所に宗教法人明覚寺に対する解散命令を請求、和歌山地裁は2002年1月24日に解散命令を出した。明覚寺は最高裁まで争ったがこの命令が覆ることはなかった。世に注目される宗教法人の解散命令としては、オウム真理教に次ぐ2番目の事例であった。

 あらためて思う。オウムに対しても、明覚寺に対しても、行政は容赦しなかった。社会的に指弾された宗教団体に対して、刑事的な介入も、解散命令にも、躊躇することはなかった。が、統一教会は別なのだ。オウムも明覚寺も、自民党や政権との結びつきをもたなかった。統一教会だけが明らかに、権力の一部に食い込み、権力の中枢とつるんでいた。この違いが大きいのではないか。

 世を震撼させたオウムと統一教会とを比較することに抵抗感を覚える人もあるかも知れない。しかし、統一教会の霊感商法被害の規模は、はるかに霊視商法をしのぎ、その時期もはるかに長い。にもかかわらず、いまだに統一教会は生き残って霊感商法を続けている。その差は、権力との距離如何にあるというほかはない。

「ILO/ユネスコ再勧告実現! 7.24 集会」閉会の辞

(2022年7月24日)
 「『日の丸・君が代』ILO/ユネスコ勧告実施市民会議」主催「再勧告実現! 7.24 集会」の閉会のご挨拶を申しあげます。

 本日は、まことに盛り沢山で、中身の濃い、充実した集会でした。たくさんの知らないことを教わりました。いくつもの考え方のヒントもいただきました。とても意義の深い有益な集会だったと思います。しかし、有益だったということは、「こうすればよい」「こうすればこのような成果を得ることができる」という安直なノウハウや結論を得たということではありません。むしろ、問題は、この国の権力構造や、民主主義の成熟度や人権意識、そして司法の体質などにも関わる極めて重い課題であることの再確認を要するとの思い強くしました。

 もちろん、私たちは、日本の政治を変えなければ何も勝ち取ることはできないという立場はとりません。今目の前にある権利侵害や不合理の解決のために全力を尽くしますが、教育現場での国旗国歌強制問題の根の深さを再認識せざるを得ません。

 「10・23通達」発出以来、もうすぐ19年です。もう18年も裁判を継続して「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱せよ」という職務命令と闘い続けてきました。最初にこの問題を法的に考えたときに、こう思いました。

 あの旗と歌を、国旗・国歌とみれば、日本という国家の象徴であり、権力機構の象徴でもあります。主権在民の原則を掲げる今の時代に、主権者である国民に対して、国家の象徴である国旗国歌への敬意表明を強制できるはずはありません。
 また、あの旗と歌を、「日の丸・君が代」とみれば、日本国憲法が意識的に排斥した大日本帝国憲法体制の象徴というほかはありません。天皇主権・国家主義・軍国主義・侵略主義・排外主義の歴史にまみれた旗と歌。これを受け入れがたいとすべきが真っ当な精神というべきで、日の丸・君が代への敬意表明を強制できるはずはありません。明らかに、憲法19条の思想・良心を蹂躙する暴挙だ。

 これに対して、都教委やそれにつながる国家主義陣営はどう反論したか。「国民一般に対する国旗国歌(日の丸君が代)の強制と、公務員に対する強制とは別だ。教育公務員はさらに別だ」というのです。

 この論争、緒戦では勝利しました。いわゆる予防訴訟における、2006年9月21日東京地裁「難波判決」です。しかしその直後に最高裁ピアノ判決が出て、以来私たちは憲法論のレベルでは敗訴が続いています。かろうじて、裁量権の逸脱濫用論で勝つにとどまっています。戒告を超える減給・停職は、重きに失する処分として違法で取り消されています。教員側も都教委側も勝ちきれていない状況が続いているのです。
 
 こういうときに、国連という世界の良識が、「教員の国旗国歌強制の拒否も、市民的不服従として許されるべきだ」「現場に混乱をもたらさない態様での思想・良心の自由は保護されなければならない」という勧告は、大いに私たちの闘いを励ますものとなっています。

 日本の政府や都教委は、できることならこの勧告・再勧告を、「勧告に過ぎない。拘束力がない」として、無視しようとしてます。明らかに、自分たちの立場を弾劾する不都合な内容だからです。しかし、これが、世界標準なのです。誠実に対応しないことは、日本の恥を嵩めることになります。私たちは、世論を喚起して都教委や政府に、常識的で真っ当な対応を求めたいと思います。

 本日の集会の成果を生かして、これから多様な努力を積み重ねなければなりませんが、まず目前に文科省交渉があります。
 8月4日、来週の木曜日15時から、
 衆院第1議員会館 地下第4会議室
にご参集ください。
  
 貴重な発言をしていただいたご基調講演の勝野正章(東京大学)さん、阿部浩己(明治学院大学)さん、鼎談の阿部浩己さん、寺中誠(東京経済大学)さん、前田 朗(東京造形大学名誉教授)さん、特別講演の岡田正則(早稲田大学)さん。そして、現場からのご報告の皆様方に、感謝申しあげます。

 コロナ禍を押してご参集いただいた皆様ありがとうございました。そして、この集会準備に携わられた多くの皆様方に、厚く御礼を申しあげて、閉会の挨拶といたします。


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