「疾風に勁草を知る」という。
風が疾い時にこそ勁い草の一本でありたい、強くそう思う。
戦争が近づいてくるほどに、声高く平和を叫ばなければならない。ナショナリズムが世を席巻するときにこそ、近隣諸国との友好を深めねばならない。憲法が攻撃されているときにこそ、これを擁護しなければならない。「テロを許すな」「テロと戦え」の声が満ちているいまであればこそ、自由や人権の価値を頑固に主張し続けねばならない。この事態に乗じようとする不逞の輩の妄動を許してはならない
11月19日と20日、フランス下院と上院は、パリ同時多発テロ直後にオランド大統領が宣言した非常事態の期間を3カ月間延長して来年2月25日までとする法案を可決した。フランスの基本理念である「自由」を犠牲にしてでも「イスラム国」打倒を目指す決意を鮮明にしたもの、と報道されている。
オランドは、今回のテロ直後から、大統領権限強化のための憲法改正を要求しており、バルス首相は20日の上院で「内外でテロとの戦いを強化する。テロの危険に目を閉ざしてはならない」と述べている。
今、バルスのいう「内外でテロとの戦いを強化する。テロの危険に目を閉ざしてはならない」の言は、誰の耳にも入りやすい。場合によっては、憲法改正の糸口ともなりかねない。そのような風が吹くときだけに、これに抗して姿勢を崩さない勁さをもたねばならない。
我が国でも、当然のごとく出てきたのが、どさくさに悪乗りしての「共謀罪」構想。
「自民党の谷垣禎一幹事長は17日、パリの同時多発テロ事件を受けて、テロ撲滅のための資金源遮断などの対策として組織的犯罪処罰法の改正を検討する必要があるとの認識を示した。改正案には、重大な犯罪の謀議に加わっただけで処罰対象となる『共謀罪』の創設を含める見通しだ。」(朝日)
これまで3度廃案になっている共謀罪。自民党には、「好機到来」というわけだ。
自民党憲法改正草案には、「緊急事態」制度の創設も盛り込まれている。この具体的改憲案の必要性をアピールすべきはまさしく今、ということになろう。治安の強化とは、人権を制約すること。テロの脅威は、政権にとっての神風である。政権への神風は、草民には禍々しい凶風なのだ。
思い起こしたい。憲法がなぜ本来的に硬性であって、慎重な改正手続きを要求しているかの理由を。国民の意思は、必ずしも常に理性的とは言えない。一時の激情で、後に振り返って見れば誤ったことになる判断をしかねない危うさをもっている。だから、憲法改正には、落ち着いて、冷静な議論を重ねるための十分な時間が必要なのだ。でなければ、権力を強化し人権を制限する、取り返しのつかない事態を招きかねないことになる。
勁い草になろう。「テロを許すな」の風に翻弄されるだけの存在であってはならない。
(2015年11月21日・連続第965回)
以下は、本ブログ(2013年5月26日)の再掲である。
「私が、盛岡で若さに任せて活動していたころ、たいへんお世話になった先輩弁護士が菅原一郎さん。菅原さんは、労働事件をやるために弁護士になったという人で、岩手弁護士会の中心に位置して、危なっかしい私を支えてくれた恩人。惜しいことに、昨年(2012年11月)鬼籍に入られた。
その一郎さんは、ご夫婦ともに弁護士。旧姓坂根一郎さんと菅原瞳さんとが結婚して、婚氏を菅原にしたのだ。しかも、一郎さんは母の手一つで育てられた長男。姓を変えることに抵抗がなかったはずはない。それでも、自分の姓を捨てて妻の姓をとられたことが語りぐさだった。愛着ある旧姓に固執せず、妻の姓を名乗られたことは、口先ばかりの男女同権を語る男性が多い中で異彩を放つものとして、たいへんな尊敬を受けていた。
後輩には伝説となっていた。真偽のほどは定かでないが、どちらの姓を名乗るかで、夫婦は世紀のじゃんけんを5回戦して瞳さんが勝ったのだ、などとまことしやかに伝承されていた。私はといえば、じゃんけんもせず籤も引かず、私の姓を名乗ってしまった。ずっと、そのことの負い目を感じ続けている。
民法750条が、夫婦は同一の姓を名乗らなければならないとしている。法文上は、「夫または妻の姓を称する」としているが、96%が夫の姓という現実がある。
これについて法制審議会は、1996年2月採択の婚姻法改正要綱の中で、選択的夫婦別姓を導入するとの提案を行った。これに対するパプコメは、圧倒的に賛成が多かったという。しかし、家族制度の崩壊につながるとして、保守派の抵抗は強く、いまだに法改正に手は付けられていない。
世に事実上の夫婦でありながら、別姓にこだわって法律婚を回避している人もいれば、法律婚によって姓を変えられたことにこだわりを持ち続けている人も少なくない。そのような人たち5人が民法750条を違憲だとする裁判を起こしている。「別姓訴訟」という。その判決が間もなく今月29日に東京地裁民事第3部で言い渡される。注目に値する。
立法不作為を違法として、国家賠償を請求する訴訟である。憲法論としては、13条違反(姓の保持の喪失が個人の尊厳を侵害する)、24条違反(両性の本質的平等に違反。婚姻は両性の合意のみで成立しなければならない)。そして、女性差別撤廃条約違反でもあって、国会で750条改正をしなければならない具体的な作為義務があるのに、これを違法に怠っている、という構成である。
現在の裁判所のあり方から見て、困難な訴訟であることは否めない。しかし、当事者の願いの「寛容な社会」の実現に寄与する判決を期待したい。夫婦同姓が愛情に不可欠だと思っている人は、そちらを選択すればよい。しかし、結婚によって夫か妻のどちらかが姓を変えなければならないことに抵抗ある人にまで同姓を強要することはない。それぞれのライフスタイルを尊重する、柔らかい社会が望ましいと思う。」
この訴訟、一審で敗訴し東京高裁控訴審でも控訴棄却となった。しかし、あきらめず上告して、一昨日(11月4日)、最高裁大法廷が夫婦別姓の憲法問題で弁論を開いた。上告審で大法廷の弁論が開かれたからには、新判断を下すことになるのは間違いない。おそらくは同姓強制の制度を違憲と判断することになるだろう。年内にも歴史的な判決に至るだろうと報道されている。期待して待ちたい。
ところで、先日、私の息子が突然つぶやいた。「実は、婚姻届を提出するとき、婚氏をどちらにするか、ジャンケンで決めたんだ。たまたまボクが勝ったから、澤藤姓を名乗ることとなった」と。私は絶句して、冷や汗をかいた。
後日、息子の配偶者に確認したところ、「私はどちらでもよかったんですけど、『公平にジャンケンで決めよう』って言われたんです。『お父さんやお母さんには、お話ししているの?』って聞いたら、『全然そんなこと気にしないから、大丈夫』と言われて、それでジャンケンしたんです」ということだった。
その場に居合わせた息子は、「普段から、人権だの平等だの言っているんだから、ボクがジャンケンに負けて姓を変えても、文句を言う筋合いはないだろう」「それに、間もなく改姓配偶者には旧姓に戻ることができる制度が整えられるという確信もある」と言った。
それはそのとおりだ。一言もない。が、そのことを最初に聞いたときの、私の冷や汗。あれはいったい何だったのだろう。ここは、冷や汗を隠して、息子を褒めるしかない。「息子よ、おまえは立派だ。少なくも、私よりずっとスジが通っている」と。
ちなみに、ふたりとも弁護士志望で、夫婦揃って今年の司法試験に合格した。きっと二人とも、人権問題に敏感な良い弁護士になることだろう。
さて、現行の夫婦同姓強制の制度。これが、私に妻への負い目をつくり、息子のジャンケンに冷や汗をかかせる元凶となっている。最高裁大法廷の明確な違憲判断を経て、すみやかな別姓制度への変更を願う。
妻は、制度が変って旧姓に戻ることができるようになれば、「あらゆる面倒をいとわず、旧姓に戻りたい」と言っている。「80歳の原告が闘って勝ち取った成果をチャッカリいただくのは心苦しいが、残り少ない人生、余福にあやかりたい」そうだ。私も、ついでに妻の旧姓にくっついていきたいような…。罪滅ぼしのために…。
(2015年11月6日・連続第950回)
個人の尊厳は尊重されねばならない。しかし、現実の社会生活においては、強者があり弱者がある。富める者があり貧しき者がある。生まれながらにして貴しとされる一群があり、人種・民族・門地により差別される人々がある。時として、強者は横暴になり、弱者の尊厳が踏みにじられる。
憲法は「すべて国民は個人として尊重される」(13条)と宣言し、「法の下の平等」(14条)を説く。これは社会に蔓延する、個人の尊厳への蹂躙や差別の言動を許さないとする法の理念の表明というだけではない。その理念を実現するための実効性ある法体系整備の保障をも意味している。個人の尊厳と平等が確立された社会を実現するには、憲法13条や14条をツールとして使いこなさねばならない。
その具体的な手法の一つとして、社会は「ハラスメント(Harassment)」という概念をつくり出した。弱い立場にある者、差別される側からの、人間の尊厳を侵害する行為の告発を正当化し勇気づけるための用語である。言葉が人を励まし行動を促すのだ。
ハラスメントの元祖は、「セクハラ」(セクシャル・ハラスメント)である。弱い立場にある女性の尊厳を傷つける心ない男性側の言動を意味する。ジェンダー・ハラスメントと言ってもよい。強者の弱者に対する不当な人権侵害は糾弾されなければならないとする基本構造がここに示されている。
同じく、職場の上司がその立場を笠に着て、部下に対してする不当な言動は「パワハラ」(パワーハラスメント)となる。企業こそは人間関係の強弱が最もくっきりと表れるところ。取引先ハラスメントも、下請けハラスメントもあるだろうし、古典的には労組活動家ハラスメントも、権利主張にうるさい社員ハラスメントもある。
強者の不当な言動が被害者を精神的に痛めつける側面に着目するときは、「モラハラ」(モラルハラスメント)とされる。セクハラも、パワハラも、モラハラの要素を抜きにはなりたたない。
強者が弱者に対してその尊厳を蹂躙する不当な言動という基本構造から、個別のテーマで無数のハラスメント類型が生じる。
学校を舞台にした校長や管理職から教職員に対する陰湿なイヤガラセは、スクールハラスメント、あるいはキャンパス・ハラスメントとして把握される。部活やクラスのイジメやシゴキも、これに当たる。大学の場でのこととなれば、「アカハラ」(アカデミック・ハラスメント)である。
職場や学園で、「俺の注いだ酒が飲めないと言うのか」「さあ呑め。イッキ、イッキ」という、「アルハラ」(アルコール・ハラスメント)。周囲の迷惑を顧みず、煙を撒き散らす「スモハラ」(スモーク・ハラスメント)。
もっと深刻なのが、「結婚を機に退職するんだろう」「戦力落ちるんだから、職場に迷惑」という「マリッジ・ハラスメント」。そして、最高裁が「妊娠を理由にした降格は男女雇用機会均等法に違反する」と判決してにわかに脚光を浴びることになった「マタニティ・ハラスメント」(マタハラ)である。差別は職場だけでなく家庭生活にもある。DVにまで至らなくとも「ドメステック・ハラスメント」があり、「家事労働ハラスメント」も指摘されている。
それ以外でも、人間関係の強弱あるところにハラスメントは付きものである。医師の患者に対する「ドクハラ」(ドクター・ハラスメント)、弁護士のハラスメントも大いにありうる。聖職者の信者に対する「レリジャス・ハラスメント」もあるだろう。ヘイトスピーチとされているものは、「民族(差別)ハラスメント」「人種(差別)ハラスメント」にほかならない。
安倍政権の福祉切り捨てや労働者使い捨て政策は、国民に対する「アベノハラスメント」(アベハラ)である。本土の沖縄県民に対する居丈高な接し方は、「沖縄ハラスメント」(オキハラ)ではないか。
東京都教育委員会が管轄下の教職員に「ひのきみハラスメント」を継続中なのはよく知られているところ。これとは別に、「テンハラ」という分野がある。「天皇制ハラスメント」である。「畏れ多くも天皇に対する敬意を欠く輩には、断固たる対応をしなければならない」とする公安警察の常軌を逸したやり口をいう。ハラスメントの主体は警察、強者としてこれ以上のものはない。テーマは天皇の神聖性の擁護、民主主義社会にこれほど危険なものはない。典型的には次のような例である。
市民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバーであるAさんは、半年以上にわたって公安刑事の執拗な尾行・嫌がらせを受けた経験がある。その尾行の発端となったのは天皇来訪に対する抗議の意思表示だった。
国民体育大会の競技観戦のためにAさんの近所に天皇夫妻がやって来た。市は広報で市民に「奉送迎」を呼びかけ、大量の日の丸小旗を配布した。このときAさんは、「全ての市民が天皇を歓迎しているわけではない」ことを示そうと、日の丸を振る市民の傍らで、天皇の車に向けて「もう来るな」と書いた小さな布を掲げた。それだけのこと。「憲法で保障された最低限ともいえる意思表示でした」というのがAさんの言。
その数日後から公安刑事の尾行が始まった。尾行は、決まって天皇が皇居を離れてどこかに出かける日に行われた。自宅付近・職場・テント村の活動現場などAさんは行く先々で複数の公安刑事につきまとわれた。刑事は隠れることもなく、Aさんに数メートルまで接近したり、職場のドア越しに大声を出すといった嫌がらせまでしたという。そして、極めつけが「あんなことしたんだからずっとつきまとってやる」というAさんに対する暴言。これが、テンハラだ。
Aさんを支援する立川自衛隊監視テント村や三多摩労働者法律センターは、次のように言っている。
「これまでも、天皇の行く先々で同様のことが行われてきました。国体や全国植樹祭といった天皇行事が行われるたびに、公安警察による嫌がらせや、微罪をでっち上げて逮捕する予防弾圧が繰り返されてきました。『不敬罪』の時代ではありません。天皇制に批判的な表現は、天皇の前でも当然保障されるべきです」
すべてのハラスメントを一掃して、個々人の尊厳と平等が擁護される社会でありたいものだと思う。
(2015年3月29日)
今日3月15日は、民主主義と人権に関心を持つ者にとって忘れてはならない日。思想弾圧に猛威を振るった治安維持法が、本格的に牙をむいた日である。
多喜二の小説「1928年3月15日」で知られるこの日の午前5時、全国の治安警察は一斉に日本共産党員の自宅や、労農党本部、無産青年同盟、無産者新聞社などを家宅捜索し1568名を逮捕、その内484名を起訴した。第1次共産党弾圧である。被逮捕者に対する拷問が苛烈を極めたことはよく知られている。皇軍の戦地での恥ずべき蛮行と並んで、天皇制政府の醜悪な側面を露呈させた恥部といってよい。
悪名高い治安維持法は、男子普通選挙法(衆議院議員選挙法改正法)とセットで、1925年3月に成立し、同年4月22日施行となった。その第1条は、「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」であった。後に、法「改正」を重ねて刑は死刑を含むものとなる。
「国体ヲ変革シ」とは、天皇制を否定して国民主権原理にもとづく民主主義国家を建設しようという思想と運動を意味している。これが犯罪、しかも死刑に当たるというのだ。
「私有財産制度ヲ否認スル」とは、生産財を社会の共有にすることによって格差や貧困のない社会を目ざそうということ。これも危険思想故に犯罪とされた。天皇制政府が誰と結託していたかを雄弁に物語っている。
治安維持法は、「3.15」「4.16」、そして多喜二を虐殺した。まずは共産党に向いた治安維持法の牙は、社会民主主義者にも、自由主義者にも、平和主義者にも、労働・農民運動家にも、そして宗教者にも生け贄の対象を拡大していった。そのために、民衆は「滅多な口を利いてはならない」と政府を恐れた。その民衆にさらに容赦なく、天皇制政府は思想統制を強め、過酷な弾圧を続けた。
民衆の立場から、その実態を掘り起こす優れた作業がいくつも公にされているが、その一つとして、松谷みよ子の「現代民話考」の一巻、「銃後」に「思想弾圧」がある。
「現代民話考」は、広い分野にわたって全国の民間伝承を採話したもので、全12巻に及ぶ。初版は立風書房だが、今は筑摩文庫で復刻されているようだ。その第6巻(第2期・?)が「銃後 思想弾圧・空襲・沖縄戦・引き上げ」となっている。なお、第2巻(第1期・?)が「軍隊 徴兵検査・新兵のころ」というもの。民衆の伝承が、これほど戦争に関わるものになっているのだ。
以下は、「銃後」の前書きに当たる「銃後考」の抜粋である。戦争の時代を生き抜いた知性と良心が語る言葉である。児童文学者としての優しさに満ちた感性が、強靱な理性に支えられたものであることがよくわかる。
「安維持法の名のもと思想統制が進められ、労組、農民組合などの運動に参加する人びと、自由人、社会思想を持つ人びとが検挙され、凄じい拷問がくりひろげられた。昭和8年、小林多喜二が築地署で特高による拷問で死亡した事件は心ある人びとに大きな衝撃を与えた。そしてこれらの思想弾圧があってこそ、天皇を神とし、大東亜を共栄圈とする思想も、銃後の思想統一もゆるぎないものにつくりあげられていったのである。その意味で今回、第一章を思想弾圧・禁止とした。」
「あの当時、非国民の恪印は死とつながる恐怖であった。日本国民のあるものは、幼い日からの軍国教育によって、ある者はしんそこ日本は神国であると信じ、大東亜共栄圈の理想を共有した。しかし、ある人びと、前述したクリスチャンや、思想的にこの戦争は正しくないと感じ、何等かのかたちで抵抗した人びともいる。‥無垢の愛に地をたたき、狂うほどの悲しみをあらわにした。「息子を返せ! 東条のバカヤロー」「天皇のヤロウー どんなにしたってきかないから!」これらの言葉が官憲に聞えたらどうなるか、当時を生きた人なら誰でもが知っている。また、福島の‥は、貧農の母が髪ふり乱し「おらの息子を連れて行くな」と出征の行列に泣きすがったと伝える。庶民の心のほとばしりを私は大切に思うのである。」
437頁のこの書には、かなり長い「あとがき」がある。松谷みよ子の息遣いが聞こえてくるようだ。「ちょっと気になること」として、「一つの花」事件の顛末が書かれている。「一つの花」とは、小学校の教科書に載った短編小説の題名。作中のおおぜいの見送りのない出征風景が「捏造」として、産経の批判のキャンペーンにさらされたことが「事件」である。
これを松谷は、「『一つの花』における見送りのない出征風景はこのように、見送りのない出征?戦争の悲惨?アカ、という図式をはめられ、新たなる伝説をつくりあげられていく。バカバカしいことながら、笑ってはすまされないことであった。」
としたうえで、こう続けている。
「先日、京都へ行ったとき、国旗掲揚、君が代が教育の場で強制されてきた、となげく声を聞いた。これは他県ではずいぶん前から聞かされたことであった。国旗があがる間、どこにいてもぱっと直立不動の姿勢をとらされるという話も聞いた。また、昭和61年11月10日には、天皇在位60年を奉祝して、二重橋前から銀座、日本橋などに提灯行列、日の丸、天皇陛下万歳のさけびで湧いた。偶然通りかかった知人は、戦時中のシンガポール陥落の提灯行列を思い浮べ、歳月が40年前に逆戻りしたような恐ろしさを覚えたという。この前の戦争が、天皇を現人神と神格化し、平和を希求する思想をアカときめつけて全国民を戦争への道に駈り立てていった、そのことはすでにあきらかである。この道は、いつかきた道、戦後だ戦後だといっているうちに、あたりの風景は戦前に変りつつあるのではないか。そして、風景を塗り変えようとする手と、「一つの花」事件とが無縁のものとは考えられないのである。国家機密法が繰り返し上程されようとしていることとも無縁ではない。
いま、なにかが水面下で不気味にふくれあがりつつある。「一つの花」見送りのない出征事件は、いまから8年前になる。しかし遠い地鳴りのようなこの出来事を、私たちは忘れてはなるまい。一つ、一つの事件、それはごく小さく、とるに足りぬもののように見える。しかし、その小さな出来事が積み重なることによって、私たちの感性はいつしか馴らされ、気がついてみれば戦争への道をふたたび歩いている。そういうことがないとどうしていえようか。「ねえ、あのとき、どうして戦争に反対しなかったの?」子どもたちにそう問われることのないように、私たちは、常にするどく、感性を磨かねばと思う。卵を抱いた母鳥のように。」
松谷みよ子さんは、2月28日に永眠された。あらためて、警世の人を失ったことを悔やまざるを得ない。この書が上梓されたのは1987年4月であった。松谷さんがたびたび言及している国家機密法(自民党側はこれを「スパイ防止法」と呼んだ)は、1985年に国会上程されて廃案となり、87年ころには再提出が懸念されていた。いま、これに替わって特定秘密保護法が成立してしまった。また、産経の役割は相変わらずである。
松谷さんの言をかみしめたい。「小さな出来事の積み重ねに感性を馴らされてはならない」。しかし、今や安倍政権の所為は、「小さな出来事の積み重ね」の域を超えている。今を再びの戦前とし、後世に再びの「治安維持法・思想弾圧」の伝承を語らせる歴史を繰り返してはならない。
(2015年3月15日)
3・11の昨日は憂鬱な気持の一日だった。その夕刻に、秀逸なブログを開いて少し心が和んだ。紹介しておきたい。
タイトルが、「祝『君が代斉唱口元チェック』の中原徹大阪府教育長(橋下市長のご学友)がパワハラで辞任」ーよりによって口元チェック校長を教育長にしたりするからこうなる。http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake
多くの人の思いを代弁する、胸がすくような筆の冴え。まったくそのとおりと思わずうなずき、思わず笑みがこぼれる。私も、中原徹大阪府教育長辞任には、大いなる祝意を表したい。人権と民主主義とあるべき教育のために乾杯。しかも、この重要なタイミングでの維新の党への政治的打撃は貴重だ。
ブログ筆者の宮武嶺さん(ハンドルネーム)とは旧知の間柄。私の方が年嵩だが、ブロガーとしては彼の方が大先輩。器用に写真やデータをあしらった親しみやすいレイアウトを工夫して多数の読者に愛されているご様子。しばらくブログが途絶えていて心配したが、昨年の暮れに復活し、毎日更新を続けている。恐るべきパワー。
同ブログは、「今回弁護士による第三者委員会が2015年2月20日に公表した報告書で、中原教育長の府教委職員らに対する言動が『パワハラに該当する』と認定されていました」と、経過を丁寧に解説したうえで、こう述べている。
「2月23日から始まった府議会で、公明、自民、民主の野党3会派が、パワハラ問題を相次いで追及し、3月2日に中原氏の辞職勧告決議案を議長に提出。10日には、大阪市と堺市を除く府内41市町村教委が『毅然とした対応』を求める要望書を府教委に提出するなど、中原氏の責任を追及する声が高まり、往生際の悪かった中原氏もとうとう観念したものです。
先ほど行われた辞任会見でも、計5人もの人に対するパワハラで辞任するのに、その方々へ謝罪する前に第三者委員会の報告書にケチをつけるなど、最後まで人格劣等ぶりを見せつけました。
言っていること、やっていることがご学友の橋下市長とそっくりで、笑っちゃいけないけど笑ってしまいます。
辞任会見では「『教育改革が道半ばのまま辞任するのは残念』と言っていたそうなんですが、道半ばで良かったよ、ほんと。」
「この中原氏は橋下市長の大学時代の友人で、橋下氏の府知事時代に公募された府立和泉高校の校長を経て、2013年春に教育長に就任した人です。この人も橋下さんと同じく弁護士です。本当にすみません。
ちなみに、この中原氏は校長時代、2012年3月の卒業式では、大阪府君が代条例で起立斉唱を義務付けられた君が代を教職員が実際に歌っているか、和泉高校の教頭らに教員の口元を監視するよう指示して、まるで北朝鮮のようだと大きな批判を受けました。」
「そもそも、橋下・松井維新の会が君が代条例を作って君が代斉唱を徹底しろと教委や教育現場に言ったのがすべての始まりなのに、いざとなると教委に責任をなすりつける姿勢は、橋下氏に関してはいつもどおりなのですが、中原氏も双子のようで印象的でした。こんな調子の人ですから、中原氏が教育委員会入りして教育長になって、全校長に君が代斉唱口元チェックを指示したら、どんなに殺伐とした全体主義的な入学式・卒業式になるのだろうと暗澹たる気持ちになっていたので、中原教育長辞任万歳です。」
「およそ教育現場や教育行政にこれほど不適切な人格の人物もいないわけで、こういう人を学校長にしたり、ましてや教育長にしてきた橋下・松井両首長の任命責任は重大です。」
以上の宮武ブログの紹介だけでよいようなもの。このあとは私の蛇足。
中原徹教育長辞任を求める署名活動は、東京の教育関係集会でも活発に取り組まれていた。東京の教委がひどいことは既に天下に周知だが、下には下があるもの、と妙に感心した次第。大阪のひどさは、また東京とはひと味違っている。橋下徹を中心にした驕慢なお友だち人事の弊害の露呈ではないか。類は友を呼ぶの例えの通りである。
ところで、教育長という職には、教育委員の一人が任じられる。
教育委員会制度は、戦後教育改革の要の一つだった。戦前の極端な中央集権的教育の反省から、戦後改革は、まず教育と教育行政とを切り離した。更に教育行政の主体を国家ではなく自治体単位の教育とし、更に具体的な行政担当を首長から独立した地方教育委員会とした。しかも、教育委員は公選として出発した。
国家からも自治体の首長からも独立した公選制の教育委員会は、重責を負うことになった。しかし、残念なことに住民の公選による教育委員会制度は1956年に頓挫する。教育委員会法は廃止され、その後身として「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(地教行法)が制定されて現在に至っている。
現行法の第4条に「委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する」と規定されている。
教育委員たる者、「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもの」とされているのだ。教育をサポートする任務なのだから、当然といえば当然。人格高潔ならざる中原に務まるはずもない。
地教行法第16条は、「教育委員会に、教育長を置く」とし、「教育長は、当該教育委員会の委員である者のうちから、教育委員会が任命する」とある。その任務は、「教育長は、教育委員会の指揮監督の下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる」「教育長は、教育委員会のすべての会議に出席し議事について助言する」という強力な権限を与えられている。
維新府政は、よくもまあパワハラ人格を教育長に据えたものだ。責任は重大である。
なお、地教行法はこの4月1日から改正法に移行する。教育行政の責任の明確化という名目で、教育委員長と教育長を一本化した新たな責任者(新教育長)をおいて、教育長の権限は更に強くなる。法改正の失敗が施行前に表れた。
中原は、教育長と教育委員の両方の職を辞任した。これは、維新の党にとって政治的打撃が大きい。しかも、統一地方選挙直前のこの時期、さらには5月に予定されている大阪都構想の住民投票への影響も否定できない。
「中原氏は橋下徹大阪市長の大学時代からの友人で弁護士。橋下氏が知事時代に民間人校長として府立高校に着任し、卒業式での「君が代」斉唱口元チェックで批判を浴びました。2013年4月、松井知事が教育長に任用しました」(赤旗)のだから、通常の任命責任という程度のものではない。言わば、維新ぐるみ共同正犯的な関係にある。中原教育長は、維新教育政策のシンボルであり、このうえないみっともない形でのその破綻が、維新の失政でないはずはない。府政も、市政も、実態はこの程度と誰もが考えざるをえないではないか。だから、橋下も不満たらたらだ。次には自分が同じ目に遭いかねないのだから。
松井知事も府議会の維新も辞職の事態は避けようとずいぶん頑張ったようだ。しかし、報じられているところでは、自・公・民3党の追及は厳しかった。とりわけ、公明が重い処分を求める立場で一貫したことが注目される。公明の維新に対する遠慮の有無は、大阪都構想是非の住民投票に大きく影響するからだ。
朝日に、「パワハラ問題に詳しい脇田滋・龍谷大教授(労働法)」が、第三者委員会の報告を受けた段階でのコメントを寄せている。
「‥パワハラでも相当ひどい部類だろう。『どこのブラック企業か』と感じるような内容だ。反省を深めてほしい。再び起きないよう、教育委員会も組織や意思決定のあり方を見直すべきだ」というもの。松井も維新も、結局はかばいきれなかった。自業自得なのだ。
もう一点指摘しておきたい。この事態は、以下の記事のとおり、内部告発をきっかけに展開したものである。この勇気ある内部告発がなければ、中原教育長は今日も安泰で、4月には「新教育長」となり、もっと大きな権限を持つことになっただろう。中原とともに、維新も安泰であったことになる。
「◆涙の内部告発(朝日)
問題が発覚したのは10月29日。府民に公開される教育委員会議で、立川さおり教育委員(41)が中原氏から同21日に受けたとされる発言内容を公表した。府議会の教育常任委員会の打ち合わせで、府が府議会に提出した幼稚園と保育園の機能を併せ持つ『認定こども園』の定員上限を引き上げる条例改正案をめぐり、立川氏が案の内容に反対する意向を明かしたところ、中原氏が強い口調で次のように叱責したという。
『目立ちたいだけでしょ。単なる自己満足』『誰のおかげで教育委員でいられるのか。ほかでもない知事でしょ。その知事をいきなり刺すんですか』『罷免要求を出しますよ』?。
立川氏は会話内容をメモに書き起こし、出席者に配布して公表。メモを読む声は次第に震え始めて涙声となり、「自由に発言できない状況だった」と訴えた。
立川さんにも五分の魂があった。この魂を傷つけられるとき、人は決意してルビコンを渡る。立川さん、よくやった。
(2015年3月12日)
弁護団の澤藤です。お集まりの皆さまに、弁護団を代表して冒頭のご挨拶を申しあげます。
石原慎太郎第2期都政下で、「10・23通達」が発出されたのが2003年。希望の春が憂鬱な春に変わった最初の卒業式が2004年春でした。それから年を重ねて今年は12回目の重苦しい春を迎えることになります。この間、闘い続けて来られた皆さまに心からの敬意を表明いたします。
この間、法廷の闘いでは予防訴訟があり、再発防止研修執行停止申立があり、人事委員会審理を経て4次にわたる取消訴訟があり、再雇用拒否を違法とする一連の訴訟がありました。難波判決や大橋判決があり、いくつかの最高裁判決が積み重ねられて、今日に至っています。
法廷闘争は一定の成果をあげてきました。都教委が設計した累積過重の思想転向強要システムは不発に終わり、原則として戒告を超える懲戒処分はできなくなっています。しかし、法廷闘争の成果は一定のもの以上ではありません。起立・斉唱・伴奏命令自体が違憲であるとの私たちの主張は判決に結実してはいません。戒告に限れば、懲戒処分は判決で認められてしまっています。
また、何度かの都知事選で、知事を変え都政を変えることが教育行政も変えることになるという意気込みで選挙戦に取り組みましたが、この試みも高いハードルを実感するばかりで実現にはいたっていません。
しかし、闘いは終わりません。都教委の違憲違法、教育への不当な支配が続く限り、現場での闘いは続き、現場での闘いが続く限り法廷闘争も終わることはありません。今、判決はやや膠着した状況にありますが、弁護団はこれを打破するための飽くなき試みを続けているところです。
法廷で目ざすところは、これまでの最高裁の思想良心の自由保障に関する判断枠組みを転換して、憲法学界が積み上げてきた厳格な違憲審査基準を適用して、明確な違憲判断を勝ち取ることです。まだ、1件も大法廷判決はないのですから、事件を大法廷で審査して、あらたな判例を作ることはけっして不可能ではありません。
また、憲法19条違反だけでなく、子どもの教育を受ける権利を規定した26条や教員の教授の自由を掲げた23条を根拠にした違憲・違法の判決も目ざしています。国民に対する国旗国歌への敬意表明強制はそもそも立憲主義に違反しているという主張についても裁判所の理解を得たい、そう考えています。
現在の最高裁判決の水準は、意に沿わない外的行為の強制が内心の思想・良心を傷つけることを認め、起立斉唱の強制は思想良心の間接的な制約にはなることを認めています。最高裁は、「間接的な制約に過ぎないのだから、厳格な違憲判断の必要はない」というのですが、「間接的にもせよ思想良心の制約に当たるのだから、軽々に合憲と認めてはならない」と言ってもよいのです。卒業式や入学式に「日の丸・君が代」を持ち出す合理性や必要性の不存在をもう一度丁寧に証明したいと思います。
また、違憲とは言わないまでも、大橋判決のように、「真摯な動機からの不起立・不斉唱・不伴奏に対する懲戒処分は、戒告といえども懲戒権の逸脱・濫用に当たり違法」とする手法も考えられます。弁護団は、裁判所に憲法の理念にしたがった判決を出すよう、説得を続けたいと覚悟を決めています。
ところで、この10年余の闘いを続けて思うことは多々あります。最も、印象に強くあることは、闘うことの積極的な意義です。私たちは、先人が作ってくれた近代憲法のシステムの中で権利を享受しているだけではなく、具体的な権利の拡大の運動をしているのです。
歴史的に、思想・良心の自由も、信仰の自由も、表現の自由も、始めからあったわけではありません。文字どおり、血のにじむ闘いがあって、勝ち取られた歴史があるのです。私たちは、今まさしくそのような歴史に参加しているのです。また、憲法に書かれている条文が、現実の社会生活での具体的な権利として生きるためには、それぞれの現場での闘いが必要なのです。
私たちは、国家と対決し、国家に絡め取られることのない思想・良心の自由を勝ち取るべく闘っています。これは国民主権原理を支える重大な闘いだと思います。それだけではなく、次の世代の主権者を育てるに相応しい教育を守り、作り上げる闘いもしているのだと思います。教育を、国家の僕にしてはなりません。国旗と国歌を中心に据えた卒業式とは、生徒一人ひとりではなく国家こそが教育の主人公であることを象徴するものと言わざるを得ません。
闘うことを恐れ、安穏を求めて、長いものに巻かれるままに声をひそめれば、権力が思うような教育を許してしまうことになってしまいます。苦しくとも、不当と闘うことが、誠実に生きようとする者の努めであり、教育に関わる立場にある人の矜持でもあろうと思います。
私たち弁護団も、法律家として同様の気持で、皆さまと意義のある闘いをご一緒いたします。今年の卒業式・入学式にも、できるだけの法的なご支援をする弁護団の意思を表明してご挨拶といたします。
(2015年2月14日)
趙顕娥(チョ・ヒョンア・前大韓航空副社長)という名前は日本では覚えられにくい。誰のことだかわかりにくくもある。失礼ながら、分かり易く「ナッツ姫」で通させていただく。
昨日(2月12日)ナッツ姫にソウルの地方裁判所が、懲役1年の実刑判決を言い渡した。航空保安法における「航空機航路変更罪」と、業務妨害罪の観念的競合を認めたとのことだ。実刑を選択した裁判所の「量刑理由」の説示が興味深い。
韓国の(保守系)有力紙「中央日報(日本語版)」の見出しが、韓国民の関心のありかをよく伝えている。「大韓航空前副社長に懲役1年…裁判所『職員を奴隷のように働かせた』」というのだ。以下は、その記事の抜粋である。(大意であって、原文のママではない)
「ナッツ・リターン事件で逮捕され起訴された趙顕娥(チョ・ヒョンア、41)前大韓航空副社長に懲役1年の実刑が宣告された。
ソウル西部地方裁判所刑事12部(オ・ソンウ部長)は12日、航空保安法上の航空機航路変更などの罪で起訴された趙前副社長に対して『被告人が本当の反省をしているのか疑問』として上記刑を言い渡した。」
「裁判所は量刑の理由の説示において、趙前副社長が提出した反省文の一部を公開した。趙前副社長は反省文で『すべてのことは騒動を起こして露骨に怒りを表わした私のせいだと考え、深く反省している。拘置所の同僚がシャンプーやリンスを貸してくれる姿を見て、人への配慮を学んだ。今後は施す人になる』と話したという。続けて、オ・ソンウ部長判事は『この事件は、お金と地位で人間の自尊心を傷つけた事件で、職員を奴隷のように働かせていなかったら決して起きなかった』と述べ、さらに当時のファーストクラス席の乗客の『飛行機を自家用のように運行させて数百人の乗客に被害を与えた』という陳述も引用して、実刑の宣告理由を明らかにした。また『趙前副社長は、乗務員と事務長から許しを受けることができていない』とも述べ、『趙亮鎬(チョ・ヤンホ)韓進(ハンジン)グループ会長(66)が、事務長の職場生活に困難がないようにすると言ったが、同事務長には「背信者」のレッテルが貼り付けられていると思われる』と付け加えた。」
「パク事務長」とは、パーサーあるいはチーフパーサーの職位に当たる人なのだろう。2か月前の中央日報日本語版が次のとおりに伝えている。
「『ナッツ・リターン』事件当事者の一人、パク・チャンジン大韓航空事務長(41)が(2014年12月)12日、口を開いた。5日(現地時間)に米ニューヨーク発仁川行きの大韓航空KE086航空機に搭乗し、趙顕娥(チョ・ヒョンア)前大韓航空副社長(40)の指示で飛行機から降ろされた人物だ。
パク事務長はこの日、KBS(韓国放送公社)のインタビューで、マカダミアナッツの機内サービスに触発された『ナッツ・リターン』事件当時、『趙顕娥前副社長から暴言のほか暴行まで受け、会社側から偽りの陳述も強要された』と主張した。
放送に顔と実名を表したパク事務長は『当時、趙前副社長が女性乗務員を叱責していたため、機内サービスの責任者である事務長として許しを請うたが、趙前副社長が激しい暴言を吐いた』とし『サービス指針書が入ったケースの角で手の甲を数回刺し、傷もできた』と話した。また『私と女性乗務員をひざまずかせた状態で侮辱し、ずっと指を差し、機長室の入口まで押しつけた』と当時の状況を伝えた。」
以上で、事件と裁判の概要は把握できると思う。刑事裁判であるから、罪刑法定主義の大原則に則って、あくまで起訴事実の存否とその構成要件該当性が主たる審理の対象となる。しかし、本件についての主たる審理対象は、むしろ情状にあったのではないか。ナッツ姫のパーサーやキャビンアテンダントに対する「人間としての自尊心を傷つけた行為」が断罪されたという印象が強い。両被害者からの赦しを得ていないことが実刑判決の理由として語られていることが事情をよく物語っている。実質において、一寸の虫にもある「五分の魂」毀損罪の成立であり、これに対する懲役1年実刑の制裁である。
それにしても思う。偽証まで強要されたこの被害者2名が勇気ある告発をせず、長いものに巻かれて泣き寝入りしていればどうだったであろうか。何ごともなかったかのごとく、ナッツ姫は、わがままに優雅な生活を送っていたのではないだろうか。財閥一家の傲慢さ横暴さが曝露されることもなく、韓国社会の健全な世論の憤激も起こらなかったであろう。勇気ある内部告発は、公益に資する通報として社会に有用なのだ。
日本の上原公子元国立市長の名は、覚えにくいわけではない。しかし、その行為を弾劾する意味で、失礼ながら敢えて「ナッツ上原」と言わせていただく。事情が、日韓まさしく同様なのだから、その方が分かり易い。ナッツ上原の「五分の魂毀損」事件の顛末は既に詳しく書いたから繰り返さない。かなりの長文だが、下記のブログをお読みいただきたい。
「韓国のナッツ姫と日本のナッツ姫ーともに傲慢ではた迷惑」
(2015年1月31日)
https://article9.jp/wordpress/?p=4305
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその6」
(2013年12月26日)
https://article9.jp/wordpress/?p=1776
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその7」
(2013年12月27日)
https://article9.jp/wordpress/?p=1783
ナッツ上原にも、肝に銘じていただきたい。「あなたの行為は、自分に権限あるものとのトンデモナイ勘違いによって、上から目線で人間の自尊心を傷つけたもの。ボランティアとして選挙運動に誠実に参加した仲間を大切にする気持ちが少しでもあれば、決して起きなかったこと」なのだ。もちろん、ナッツ上原の行為は、陣営の選挙運動に具体的な支障をもたらしている。そして、主犯熊谷伸一郎ともども、いまだもって五分の魂を傷つけられた二人に謝罪もしていなければ赦しを受けてもいない。
私は、自浄能力のない組織における内部告発(公益通報)は、その組織や運動にとっても、社会全体に対しても有益なものであると信じて疑わない。本日の記事を含め、当ブログは、公共的な事項に関して、公益をはかる目的をもって、貴重な情報を社会に発信し、革新共闘のあり方に有益な問題提起をなしえているものと確信している。
私が宇都宮陣営に「宣戦布告」をしたのは、2013年12月21日である。
「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい。」
https://article9.jp/wordpress/?p=1742
その日のブログに書いたとおり、私の闘いは「数の暴力」への言論による対抗手段としての事実の公開である。典型的な内部告発であり、公益通報である。力のない者が不当・無法と闘うための王道は、何が起こったかを広く社会に訴え多くの人に知ってもらうこと以外にない。幸いに、私にはささやかなブログというツールがあった。「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」シリーズは、33回を毎日連載して望外の読者の反響を得た。もちろん、覚悟した反発もあったが、その内容は説得力に乏しいお粗末なもので、その規模は事前の想定よりも遙かに小さなものだった。むしろ、多数の方から予想を遙かに超える熱い賛意をいただいて、「私憤」だけでない公益通報の公益的な意義を確信した。
「念のために申し上げれば、開戦は私の方から仕掛けたものではありません。宇都宮君側から、だまし討ちで開始されました。だから、正確には私の立ち場は「応戦」なのです。しかし、改めて私の覚悟を明確にするための「宣戦布告」です。」これが、シリーズ冒頭の一節。その宣戦布告はいまだに講和に至っていない。
(2015年2月13日)
渋谷区の快挙を各紙が大きく報道している。「同性カップルに結婚相当証明書」という見出しが分かり易い。
「東京都渋谷区は2月12日、同性カップルを『結婚に相当する関係』と認め、証明書を発行する条例案を盛り込んだ2015年度予算案を発表した。条例案は3月上旬に開会予定の3月区議会に提出する」「条例案は男女平等や多様性の尊重をうたった上で、『パートナーシップ証明』を定めた条項を明記。区内に住む20歳以上の同性カップルが対象で、必要が生じれば双方が互いの後見人となる契約を交わしていることなどを条件とする。カップルを解消した場合は取り消す仕組みもつくる」
渋谷区は昨年来、有識者らによる検討委員会を立ち上げ、LGBTの区民からも聞き取りをして条例の内容を検討してきたのだという。桑原敏武区長の言がよい。「互いの違いを受け入れ尊重する多様性社会を目指すという観点から、LGBTの問題にも取り組みたい」というもの。
さらに、興味を惹くのは実効性確保の手段の工夫である。「条例の趣旨に反する行為があった場合は事業者名を公表する規定も盛り込む」と報道されている。
諸手を挙げて歓迎したい。性的マイノリティという言葉が熟さないうちに、「LGBT」という言葉が市民権を得てきた。レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、そしてトランスジェンダー(Transgender)の略語だという。当事者が、ややネガティブな語感のある「性的マイノリティ」よりは、自らのグループを「LGBT」と言うそうだ。そのLGBTに朗報であるだけでなく、人権の尊重のためにも、他のマイノリティーにとっても、そして豊かな多様性社会創造のためにも朗報なのだ。
このグループのシンボルが、6色構成(赤、橙、黄、緑、青、紫)のレインボー・フラッグ。言うまでもなく、豊かな多様性をシンボライズするもの。まずは澁谷の空にこの虹の旗が翻るよう、声援を送りたい。
人は多様である。文明化した社会は、相互に他の個性と多様性を認め合うことを基本的な約束事として成立している。人種も、民族も、性差も、年齢も、宗教も、嗜好も、思想信条もそれぞれに異なる多様な人々がそれぞれを尊重しながらこの社会を形づくっている。人種や民族による差別、宗教や出自による差別は最も忌むべきものとして克服しなければならない。同時に、皇族だの元華族だのという家柄や家系を誇る愚か者たちを持ち上げたりする陋習も意識的に排斥しなければならない。
人は生まれながらにして平等であり、誰もがありのままで尊重されなければならない。異性愛からする同性愛への差別も克服されなければならない。人はさまざま。多種多様でよいのだ。
「異性間の愛は崇高で神の摂理に適い、同性間の性的愛情は神の摂理に反するものとして認めがたい」。そのような考え方も尊重されてしかるべきであろう。しかし、そのような考えをもつものが、同性愛者のライフスタイルに介入することは許されない。ヘイトスピーチが許されないごとくにである。
社会のマジョリティは、得てしてマイノリティーに不寛容である。同調圧力をもって自らへの同化を求める。「外国人を排斥して日本人だけの社会にしたい」。「神仏以外の宗教は認めがたい」。「家族とは、両親揃っていなければならない」。「日の丸・君が代には国民こぞって敬意を表明するのが当たり前」。「男は仕事、女は家庭に」。これはまことに窮屈な社会。マイノリティーは、このような同調圧力に屈する必要はないのだ。無理に社会に合わせようとすれば、自分が自分でなくなってしまう。自分らしくありのままで暮らせる寛容な社会でなくてはならない。
マイノリティーが暮らしやすい寛容な社会は、実は誰にとっても暮らしやすい社会なのだ。人種や民族。宗教におけるマイノリティーも、思想・信条における少数派も、あるいは老齢者や、障がい者や、経済的に不遇な人も、安心して暮らせる社会を作りたいと思う。
LGBTのグループが暮らしやすい社会は、偏見や差別のない寛容な社会である。しかも、毎日新聞が伝えるところでは、信頼できる大がかりな調査によるとLGBTに属する人々は総人口の5.2パーセントにも及ぶという。
まずは渋谷区の英断を歓迎し、その条例の成立を応援したい。しかし、この条例では年金も相続も扶養も夫婦並みとは行かない。内縁関係が次第に婚姻に準じるものとして扱われた例はあるが、立法によらないその限界も明らかである。多くの先進国が既に多くの国が同性婚を法制化している。渋谷区の画期的試みが他にも広まり、法律を変える運動に発展するよう見守りたい。
すべての人がありのままの姿で尊重され、豊かな多様性あふれる社会の創造のために。虹の旗よ、輝け、ひるがえれ。
(2015年2月12日)