澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

最高裁裁判官国民審査にご注目を。広報見ても真実は分からない。

(2021年10月2日)
 総選挙が間近である。10月26日公示・11月7日投開票の日程が最有力視されている。その総選挙に併せて、最高裁判所裁判官国民審査が行われる。総選挙の投票所では、衆議院議員の小選挙区と比例代表の投票と、そして最高裁判所裁判官国民審査と、3枚の投票用紙を交付され3回の投票を行うことになる。

 とかく影が薄いと言われる最高裁裁判官の国民審査だが、最高裁に民意を反映させるおそらくは唯一の貴重な機会。最高裁裁判官に国民の監視の目が光っていることを意識させなくてはならない。この国民審査にご注目いただきたい。無意識のうちに、すべての裁判官を信任するようなことは避けていただきたい。できれば、周りの人にも注意喚起をお願いしたい。

 戦前の「天皇の裁判官」には、国民審査という発想はなかった。現行日本国憲法下で始まった国民審査は、今度が25回目。2017年10月22日の前回国民審査後現在までに就任した下記現職最高裁裁判官11名が審査対象となる。
 深山卓也(裁判官)、三浦守 (検察官) 、草野耕一(弁護士)、宇賀克也(学者)、林道晴 (裁判官) 、岡村和美(行政官)、長嶺安政(外交官)、安浪亮介 (裁判官) 、渡邉惠理子 (弁護士) 、岡正晶 (弁護士) 、堺徹(検察官)

 どんな経歴のどんな人物が最高裁裁判官になって、どんな裁判をしてきたのか。有権者によく知ってもらうことが必要である。日本民主法律家協会は、国民審査の都度、その努力を重ねてきた。今回もそのような情報を提供するとともに、誰を罷免すべき裁判官として「×」の対象とするか、呼びかけることになる。当ブログも、その旨を発信してお知らせしたい。

 最高裁判所は判例統一のための全国唯一の裁判所だが、裁判体としての機能をもつだけでなく、司法行政の主体でもある。全国すべての下級裁判所裁判官の人事を掌握する組織として、独立しているはずの裁判官を統制する存在となっている。

 司法権は、立法権・行政権から独立していなければならない。また、実際に裁判を行う裁判官には司法行政からの独立が求められる。にもかかわらず、現実の裁判官には司法行政からの独立は困難であり、司法部は権力中枢からの独立が困難というほかはない。政権の思惑は、最高裁の中枢に伝わり、最高裁の意向は全国の裁判官に伝播する。上からの思惑の伝播は、それに呼応する忖度の連鎖となって、政権に親和性の高い判決群が形成される。憲法に忠実な裁判所は幻想というしかなく、憲法理念を顕現する判決は稀少なものとなっている。

 この現実を批判すべき国民審査だが、その投票は罷免を可とする裁判官に「×」を付けるだけの制度となっている。うっかり立派な裁判官に「○」を付けると無効票になってしまう。では、誰に「×」を付けるべきか。
 最も望ましいのは、裁判官の来歴や関与判決を知ってご自分で判断することだが、実はなかなか難しい。よく分からない場合に、何の印も付けずにそのまま投票してしまえば、全裁判官を信任したことになる。よく分からない場合には、躊躇なく全員に×をつけることをお勧めする。裁判所全体に批判をもっているという国民の意思の表明として意義のある全裁判官「×」である。

 全員「×」に抵抗ある人には、「分からないから棄権」することにしていただきたい。少なくも信任しているのではないという、積極的な意思表示になる。これまで、私たちは選挙管理委員会に「棄権」の行使がし易いように環境を調えるよう何度も申し入れをしてきた。必ずしも徹底しない場合もあるから、現場で棄権の意思表示をしっかりしていただきたい。

 「全員「×」は能がない。一人くらい真っ当な裁判官はいないのか」と言われれば、間違いなく宇賀克弥裁判官(元東京大学大学院教授。行政法専攻)は立派な裁判官。だから、「宇賀克弥(うがかつや)」をメモしておいて、この人を除く10人に「×」の投票をお勧めする。宇賀裁判官は主要な判決の姿勢すべてが素晴らしい。

 10人の「×」は面倒だ。一人だけ「×」を付けるとしたら誰だろうか、と言われたら、躊躇なく林道晴裁判官(元、東京高裁長官)に「×」をお勧めする。司法行政を担う典型的な司法官僚。国民が最高裁の姿勢を批判する場合に、その代表として「×」を受けるべき立場の人。

 2020年10月13日(第三小法廷)のメトロコマース事件(有期労働契約労働者の待遇格差問題)判決、2020年11月18日(大法廷)2019年参院選の一票の格差判決、2020年12月22日(第三小法廷)袴田事件再審請求特別抗告審決定、2021年6月23日(大法廷)「夫婦別姓」に係る特別抗告審決定などで、すべて宇賀裁判官と林裁判官とは相反する結論に至っている。

 今後何度か、この問題についての情報を提供したい。国民審査に関する広報に目を通しても、不都合なことは書いていない。くれぐれもご用心を。

学術会議任命拒否問題の解決なくして、国民の信頼を得ることはできない。

(2021年10月1日)
 短命であった菅政権がやってのけた愚行の最たるものが、学術会議の推薦者6名に対する「任命拒否」である。あの衝撃からちょうど1年が経過した。事態は基本的に動いていない。

 この国の政治の土壌には、少しはマシな民主主義が根付いていたと思ったのが、甘い幻想に過ぎなかった。それを思い知らされたことが、1年前の「衝撃」だった。この国の国民は、権力というものを制御しえていない。この国の権力は、国民の意思とは無関係に、自らの意思を強権的に問答無用で貫徹しているのだ。

 憲法の理念を無視し、行政の透明性も説明責任もどこ吹く風。まったく別の論理で、権力の専断が行われている。これに対する司法的手続による対抗はなかなかに困難である。本来は、国民こぞって政権に対する批判の嵐がなくてはならないが、菅の首をすげ替えるだけで、権力の連続性は保持されようとしている。

 菅に代わる新政権の評価における試金石が、宙に浮いたままになっている学術会議の推薦者6名を任命できるかにかかっている。岸田政権でも良い、連立野党による新政権ならなおさら良い。不透明で恣意的な任命差別をやめ、直ちに学術会議による推薦者を任命して欠員のない学術会議の構成を実現すべきである。

 学術会議は、昨年の10月2日には、形式上の任命権者である内閣総理大臣宛に、簡潔な下記要望書を提出している。

第25期新規会員任命に関する要望書

令和2年10月2日

内閣総理大臣 菅 義偉 殿

日本学術会議第181回総会第25期新規会員任命に関して、次の2点を要望する。
1.2020年9月30日付で山極壽一前会長がお願いしたとおり、推薦した会員候補者が任命されない理由を説明いただきたい。
2.2020年8月31日付で推薦した会員候補者のうち、任命されていない方について、速やかに任命していただきたい。

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 この学術会議の立場は、現在もまったく揺るぎがない。
 昨日(9月30日)、日本学術会議の梶田隆章会長は、25期の活動開始から1年にあたっての談話を発表し、このことを確認した。

 同日、オンラインで開いた記者会見で、梶田会長は「文字通り試練の1年だった」「一刻も早く解決したい」と振り返った上、改めて、同会議が一貫して6人の即時任命と拒否した理由の説明を求めると同時に、首相には任命の責務があると指摘してきたことを強調した。

 さらに感染症や気候変動の危機に触れ、「科学的知見を尊重した政策的意思決定がこれまでにも増して求められる現状にあって、日本の科学者の代表機関としての本会議が科学者としての専門性に基づいて推薦した会員候補者が任命されず、その理由さえ説明されない状態が長期化していることは、残念ながら、科学と政治との信頼醸成と対話を困難にする」と指摘し、「相互の信頼にもとづく対話の深化を通じて現在の危機を乗り越える努力が重ねられることを強く希求」すると結んだ。

 まったく異議のあろうはずはない。この事件は、国民の菅政権に対する呪詛となって短命に終わらせた。菅に代わる新政権を誰が担うことになろうとも、この問題を解決せずに、国民からの信頼を獲得することはできない。

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