澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

中国の香港弾圧を批判することは、内政干渉となるのか。

ときおり吉田博徳さんから難しい質問を受ける。先日の電話は、こんな風だった。
「香港の情勢が気になってならないんですよ。どう見ても、大国である中国が、香港市民の民主化要求を掲げる運動を弾圧している。これは、国家が国民の人権を侵害している図ですよね。このことについては、世界中の国や世論が中国を糾弾しなければならない。ところが、これに対して、中国は『香港の問題は中国の国内問題だ。国外からの内政干渉は許されない』と言っていますね。ホントに、そうなのでしょうかね。」「ひとつ、今度会うときにお話しを聞かせてください」

で、今日が「今度会うとき」となった。なんとなく、弁解じみた逃腰の話にしかならない。
「この間の宿題ですが、普通、弁護士は実務で国際法なんかやりません。それに、国際法ってきちんと体系ができているわけではありませんで、大国の実力がまかりとおる側面が大きいということもある。きちんとした話にはなりませんよ。」

「いったい、どんな風に問題を整理して考えればよいのでしょうかね」
「国際法秩序は主権国家を基礎単位に構成されていますから、どうしても、まず国家ありきから出発せざるを得ないのでしょうね。ですから、国家主権を相互に尊重するという意味での『内政不干渉の原則』が議論の出発点。そして、人権原理がこの原則をどこまで制約するか、と考えるしかないでしょうね」。

「内政不干渉の原則は常識的に分かりますが、明確な成文の根拠があるんでしょうか」
「主権国家の存立を認める以上は、内政不干渉は当然の原則となりますが、国連憲章第2条第7項に、『この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではな』い、とあります。国連すら干渉できないのですから、各国が干渉できるはずはない。また、『友好関係原則宣言』と呼ばれる『1970年国連総会決議』が、『いかなる国又は国の集団も、理由のいかんを問わず、直接又は間接に他国の国内問題又は対外問題に干渉する権利を有しない』と確認しています。つまりは、大国といえども小国の存立を尊重して、干渉してはならないということで、内政不干渉の原則は積極的な意義をもっていると評価できることになります」

「ところが、現実の問題としては、一国の政府が国内の少数民族や少数派宗教の信仰者を弾圧して人権を蹂躙するとき、国際世論や他国からの批判を封じる口実が内政不干渉の原則となっていますね。」
「そのとおりです。そういう問題意識から、内政不干渉の原則に対抗する、《国際人権》観念が、勃興してきました。1948年の世界人権宣言、1966年採択の国際社会権規約(A規約)・自由権規約(B規約)は、人権の普遍性・国際性を謳って、各国に人権のスタンダード遵守を求めるものとなっています」

「人権の原理に普遍性があるのなら、国家主権に優越しませんか。日本国憲法だって、国家よりも個人の尊厳がより重要なものとしているのでしょう」
「うーん。そこまで言い切れるかは疑問ですが、人権原理の普遍性を高らかに謳うものとして、1993年の世界人権会議で採択された『ウィーン宣言および行動計画』があります。『全ての国家が全ての人権と基本的自由を普遍的に尊重し保護する義務を遂行する必要があることを厳粛に再確認する』『すべての人権は普遍的であり、国際社会は全ての人権を地球規模で、公平に、同じ根拠で、同じ重大性を持って扱わなければならない。全ての人権と基本的自由を促進し保護することは国家の義務である』というものです。

「これなら、人権侵害を行っている国を、他国の政府や国民が批判することは、まったく問題になりませんね」
「この宣言以後、特定の国の人権問題についての批判の言論を内政干渉とは主張できなくなったと言われています。人権侵害の情報がきちんとした根拠にもとづくものである限り、他国の人権に懸念を表明したり批判することは内政干渉とは考えられません」

「では、いったい、国家主権を侵害する内政干渉とはどんなことを指すのでしょうかね」
「結局は、他国の人権侵害防止や救済のためとして、強制力を用いること。とりわけ武力を用いて威嚇したり、あるいは武力介入すること、と狭く考えられるようになっています。」

「なるほど、人権侵害国には、国連・各国・国際世論が総力をあげて批判することが重要で、武力行使はもっと事態をこじらせることになるでしょうね」
「香港の事態に関しては、中国の態度を批判することになんの問題もないと思いますよ」

「アメリカで可決された『香港人権・民主主義法』は内政干渉にならないのでしょうか」
「アメリカの主権行使の範囲を出ていないと考えられます。内容は大きく2点あって、その一つは、現在香港に与えている関税やビザ発給などに関する優遇制度を、今後は毎年の検証に基づいて、見直すか否を判断するということ。もう一つは、香港の自治や人権を侵害した人物に対し、アメリカへの入国禁止や資産凍結などの制裁を科すこと。いずれも、米国の主権行使の範囲内のことでしょう」

「やっぱり、アメリカだけでなく、国連もその他の国々も世論も、人権原理から中国に対して厳しく批判することが必要ですね」
「その点に異論はありません」
(2019年12月21日)

 

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