寄席の話題ー「猪瀬さんの目が泳いでいますね」
しばらくぶりで、師走の上野「鈴本」に。トリは、五街道雲助の「二番煎じ」をたっぷり。みごとな話芸を堪能したという満腹感に浸った。客の入りはまことに閑散。それでも、色物を含むすべての出演者が熱演。まったく手抜きがない。これが、プロのプロたる凄さ。感心しきりである。
印象に残ったのは、2人の演者がマクラで猪瀬の醜態に触れたこと。1人は、「猪瀬さん、目が泳いでいますね。あんなに目が泳いでいる人を見たことがない」と、嘲笑気味。もう1人は、「今、みんなで楽屋のテレビを観ていたんですがね。猪瀬さん、たいへんですね。あの人は、オリンピックまでは自信ありげだったんですがね」と、ややマイルドながら、突き放した語調。
猪瀬の政治生命は既に終わっているというほかはない。すっかり、「金に汚い」「人に厳しく自分に甘い」「潔さがない」「嘘つき」「打たれ弱い」「やましさを隠せない」というイメージが定着した。どこに行っても、このイメージがつきまとう。これでは都知事は務まらない。いや、普通の社会生活も無理だろう。
私の関心は、猪瀬の政治生命よりは、犯罪の立証如何にある。
本日付の赤旗が、「市民・学者ら31人 猪瀬都知事を告発」の記事を掲載している。告発は、「徳洲会提供の5000万円はヤミ献金」として、「公職選挙法(選挙運動費用収支報告書への虚偽記入)や政治資金規正法(規正法の上限額を超える寄付の受領)に違反する」という内容。
告発状は、猪瀬都知事が「個人的な借入金」などとの弁明は到底信用できないとして、「選挙運動費用収支報告書や政治資金収支報告書、資産報告書のいずれにも「借入金」の記載が一切ない」ことを重要な問題と指摘している。
そのうえで、「当時、副知事で知事候補者でありながら、ヤミ献金を受け取り、徳洲会の捜索がなければ秘密裏に巨額の金を受領したままであったはずであった。疑惑を報道されて以降、説明を二転三転させており、罰則のない『個人的な借入金』で終わらせようとしている。責任回避態度も悪質である」と批判。事件の真相解明のために東京地検に徹底した捜査を求めている、という。
公職選挙法や政治資金規正法違反の確実なところから捜査を開始して、徹底して「真相解明」を望むという趣旨と解される。徹底した真相解明とは、収賄罪の成立を意味するものであろう。
猪瀬5000万円収受問題が、かくも世人の関心を惹いているのは、けっして「公職選挙法(選挙運動費用収支報告書への虚偽記入)や政治資金規正法(規正法の上限額を超える寄付の受領)に違反する」からではない。「副知事だからこその5000万円の提供であり収受であったはず」、あるいは「都知事になろうとする人物であったからこその金のやり取りだったはず」という、職務に金が絡んでいる疑惑が問題とされているのだ。
賄賂罪の保護法益は、一般に「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」と解されている。既に、職務の公正に対する社会的信頼は深く傷ついている。猪瀬の行為は、収賄罪成立の有無を徹底して追及しなければならない疑惑となっている。
5000万円の金は猪瀬がもらったもので、徳洲会に捜査の手が伸びてやばくなってから返した、と見るのが常識的な線だろう。しかし、仮に借りたものとしても、無利息での融資の利益は賄賂に当たる。「賄賂」性の充足は問題がない。
問題は、この5000万円が職務に絡んだ金と言えるかどうか(職務関連性の有無)ということ。当時、副知事であった猪瀬の5000万円収受が単純収賄罪(刑法197条1項前段)になるかは、5000万円の授受と副知事の職務との関連性の一点につきる。
同条は「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する」というもの。単純収賄には「請託」も不要。加重要件としての「不正行為」(「徳洲会への便宜供与」)も不要。「職務関連性」だけがあればよい。
ちなみに、請託を受けて、徳洲会への便宜供与があった場合には、197条の3の1項あるいは2項によって、「1年以上の有期懲役」と法定刑が格段に重くなる。
また、猪瀬が知事として賄賂を収受したとの構成だと、知事になる以前のことだから事前収賄罪(197条2項)となる。職務関連性の認定は容易だが、これには請託の要件が必要となる。現在報じられている範囲での情報では、請託は出てきていない。
既に報じられているとおり、徳洲会が2010年に西東京市に開設した介護老人保健施設「武蔵野徳洲苑」の建設に当たり、都は7億2300万円の補助金を支出。昭島市の「東京西徳洲会病院」にも1億3400万円を出している。徳洲会は15年2月に、武蔵野徳洲苑の隣接地に「武蔵野徳洲会病院」を開院予定で、同院も夜間救急患者の受け入れなどで補助対象となり得る。以上の許認可や補助金支出が、副知事としての猪瀬の職務に関連するかどうか、ここがポイント。この視点から、この件に関心を持ち続けたい。
それにしても、選挙は徹底してクリーンでなくてはならない。候補者も選対もである。選挙に関して、運動員に金を渡したり、つまらぬ金を受けとったりしてはならない。この教訓を噛みしめなくてはならない。
(2013年12月10日)