「よせばよいのに維新の猪瀬 舐めたスラップ身のつまり」 猪瀬直樹のスラップは、敗れるべくして敗れた。控訴はやめたがよい。恥の上塗りを重ねるだけなのだから。それとも、敢えて恥の上塗り承知での控訴をしようというのだろうか。
(2023年12月16日)
「野ざらし」といえば柳好である。録音で聴くだけだが、何とも噺のリズムが心地よい。向島で、餌も付けずに釣り糸垂れた八五郎が唱う鼻歌の一つに、「よせば良いのに 舌切り雀さ ちょいとなめたが コラサノサ 身のつまり サイサイサイ」とある。これが名調子。ちょいとなめては後悔を繰り返す凡夫の心情を巧みに表現して秀逸な歌詞。
これ、昨日の敗訴判決を受けた猪瀬直樹の心境であろうかと思う。「こんな裁判やらなきゃよかった」「そもそも女性候補者の身体に触らなきゃよかったんだ」、不注意にチョイとあんなことをやり、勢いで裁判までやってしまったのが大きな恥になってしまった。あ~あ、ノリなんぞ舐めるんじゃなかった、という舌切り雀の後悔の心境。
昨日(12月15日)猪瀬直樹の全面敗訴の判決言い渡しがあった。維新の猪瀬直樹が原告なって、朝日新聞社と政治学者の三浦まり上智大教授を被告とした、名誉毀損不法行為による1100万円の損害賠償請求訴訟。東京地裁民事6部に係属していたが、中島崇裁判長が猪瀬の請求を棄却した。
猪瀬の敗訴は当然だが、負け方がひどい。判決理由では「意図的に女性の胸に触れたのは真実と認められる」と認定された、と報じられている。まさしく、「チョイと舐めたばかりの大きな恥」というところなのだ。
報じられている「猪瀬のセクハラ」は昨年(2022年)6月12日、JR吉祥寺駅前の公道でのこと。同月22日の参院選公示日を目前に、維新の街頭演説会の最中で起きた。全国比例で立候補予定だったのが猪瀬、東京選挙区の候補予定者だったのが海老澤由紀。猪瀬が海老原を紹介する際に、不必要に海老原の身体を触ったということなのだ。
朝日新聞はその5日後、「『たとえ本人がよくても…』演説中に女性触った猪瀬氏、その問題点」と題した記事を出した。その記事の中で、三浦教授は「映像では、胸に触れていたように見えました。間違いなくセクハラではないでしょうか」「その場では女性本人も拒絶することができない、そういう瞬間だったと思います」とコメントしている。
海老澤にすれば、迷惑な話である。「衆人環視の中でのセクハラ被害」である。しかし、加害者は同じ政党の高齢立候補者。抗議の声を上げることもできない。そして、このことがマイナスに働いたからでもあろう。落選している。維新にしてみれば、愚かな猪瀬の行為に怒り心頭であろうが、敵対勢力からはニンマリと「さすが猪瀬、よくぞやってくれた」とも言いたいところ。
選挙(7月10日開票)後の9月3日、猪瀬が提訴に及んだ。こんな事件を引き受けた弁護士もいたということだ。そして15か月後の昨日、予想のとおり猪瀬全面敗訴判決言い渡しとなった。
判決書きを見ていないが、以下のような論理構造となっているはず。
(1) 一般読者の通常の読み方を基準として、当該三浦コメントが、猪瀬の社会的評価を低下せしめるものであるか。この点を肯定して、 (2)以下に進む。
(2) 一般読者の通常の読み方を基準として、当該三浦コメントは「事実の摘示」であるか。あるいは「意見(ないし論評)」であるか。
この点は大きな争点だが、常識的に「事実の摘示」ではなく、「意見・論評」であるとして、以下に進む。(3) とすれば、当該三浦コメントは「ことさらに猪瀬の人格攻撃などに踏み込んでおらず、『意見・論評』の域を超えるものではない」ので、公共性・公益性の存在を認め、「意図的に女性の胸に触れたこと」は真実と認められると「『意見・論評』が前提とする事実が重要部分で真実であるとの証明がある」と認定した。
(4) だから、三浦コメントは、猪瀬の社会的評価を低下させる名誉毀損表現であるが、表現の自由保障の観点から、違法性を欠く。⇒よって請求を棄却する。
判決についての報道は、「原告(猪瀬)の女性(海老澤)の胸を触ったという行為が客観的にみて性的な意味を持っているかどうかは、評価であってそれ自体事実(摘示)ではない」とした上、記事(三浦コメント)の公共性、公益目的を認め、「論評が、意見ないし論評としての域を逸脱したものでもない」とした。注目すべきは、判決が評価の前提である「意図的に女性(海老澤)の胸に触れたこと」を明確に真実と認定したことである。三浦のコメントを、「真実と信じたことに相当な理由がある」という相当性のレベルでの故意・過失欠缺の問題とはしなかった。この点、猪瀬の完敗と言ってよい。
判決後、猪瀬は「不当な判決であり、到底承服できない」とのコメントを発表。直ちに控訴する意向を示した、と報じられている。このごろ、お行儀が悪いと話題の猪瀬だが、条件反射的な発言は慎んだ方がよい。
一審を受任した弁護士がどう言っていたかは知らないが、控訴をするか否かは、複数の弁護士に相談することをお勧めする。
さて、この件についての、ネットでのいくつかのつぶやきを拾ってみる。こちらの方が耳を傾けるに値する。
「自分で裁判起こして裁判所から「も」セクハラ認定された間抜けがこちら」「スラップ訴訟失敗。恥の上塗り」「5000万バッグがチラついて笑ってしまう。セクハラ敗訴まで上乗せしないで。しかも何故か毎回上から目線で自信満々の態度なんだよなぁ」「猪瀬直樹も今や維新議員。維新お家芸のスラップ訴訟に目覚めてしまったか」「公式にこんな認定されて動画も残ってて、どうして税金でこいつを養わなきゃいけないのか。国会の品位を汚したって理由で辞職勧告出す案件では」「朝日新聞憎しは分からんでもないけど、ありゃどう見てもセクハラというより、私には痴漢レベルに見えましたな」「あ、あ、あの、バッグ持って汗ダラダラ流してたお爺さんですか?」「5000万円もらったり、お触りしたり、裁判起こしたり、作家したり忙しいな猪瀬氏は」「これ訴えない方が良かったのでは? なぜ負ける裁判をするのか」
誰もが疑問に思うのは、猪瀬が勝てそうにもない訴訟と知りつつも、敢えて提訴したこと。そして今、敢えて控訴しようとしていること。
私の過去ログ「澤藤統一郎の憲法日記」のいくつかを参照願いたい。
竹田恒泰のスラップ完敗判決から学ぶべきこと
https://article9.jp/wordpress/?p=16267(2021年2月7日)
「明治天皇の玄孫」を自称の竹田恒泰、重ねてのスラップ敗訴
https://article9.jp/wordpress/?p=17436(2021年8月25日)
スラップの提訴受任は、弁護士の非行として懲戒事由になり得る ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第193弾
https://article9.jp/wordpress/?p=17196(2021年7月12日)
猪瀬の提訴時には、下記のブログを書いた。その一部を再掲しておきたい。
猪瀬直樹の対朝日提訴に勝ち目はない。
https://article9.jp/wordpress/?p=19917(2022年9月8日)
結局のところ、猪瀬側に勝ち目のない訴訟と評せざるを得ない。そのことを猪瀬自身が知らぬはずもない。ではなぜ、敢えて提訴か。自分に対する批判の言論に対する萎縮効果を狙ってのものと考えるしかない。これがスラップである。
むしろ本件は、明らかに法的・事実的な根拠を欠いた民事訴訟の提起とされる可能性が高い。猪瀬がその根拠を欠くことを知りながら提訴におよんだか、あるいは、通常人であれば容易にそのことを知り得たのに敢えて提訴におよんだと認定されれば、この民事訴訟提起自体が不法行為となり、猪瀬に損害賠償が命じられかねない。それが判例のとる立場である。
猪瀬は今、危ない橋を渡り始めたのだ
そして今、猪瀬が渡り始めた危ない橋の橋桁が抜けた。後戻りは難しい。切られた雀の舌は戻らない。