賢治の一票 ― 総選挙の争点(その7)
私は宮沢賢治。1896年明治三陸大津波の年に生まれて、1933年昭和大津波の年に往生を遂げました。私の生涯は岩手の農民の苦難を背負って、おろおろと歩き回る一生でしたが、今は極楽浄土の蓮の台で、イツモシヅカニワラッテヰます。
思い起こせば、私の人生は「本当の幸せ」を求めての旅路でした。私は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と固く信じていましたから、我が身一人の富貴や名声の追求はまったく眼中にありませんでした。ましてや、人を搾取し収奪することは、心の底から恥ずべきことと考えていました。
ところが、花巻の宮澤家といえば地元では知られた富裕な名家。そこに生まれ落ちたことは、私にとって生涯後ろめたさのつきまとう宿業以外の何ものでもなかったのです。自分だけの特権としての幸せではなく、世界をぜんたい幸福にするためにはどうすれば良いのでしょうか。どうすれば、現実の困苦に悩む岩手や稗貫を理想のイーハトーブにできるのでしょうか。それを考え抜き、仲間を得てともに実践すること、それこそが私に与えられた使命と自覚しました。このことを私は、精神歌のなかの一節で「我等ハ黒キ土ニ伏シ マコトノ草ノ種マケリ」と表現したのです。
私ができることと言えば、病気ノコドモヲ看病シ、ツカレタ母ノ稲ノ朿ヲ負う程度のこと。もっと世界をぜんたい幸福にする方法はないのか。その問に応える道がいくつかありました。まず学問です。農民自身が新しい学問とそれを応用した技術を身につけて、農業生産力を飛躍的に向上させることを夢見たのです。
その願いが、「これからの本当の勉強はねえ テニスをしながら商売の先生から 義理で教わることでないんだ」「吹雪やわずかの仕事のひまで 泣きながらからだに刻んで行く勉強が これからのあたらしい学問のはじまりなんだ」という私の農民に対するメッセージとなりました。私は農民とともに、実用の学問を身につけようと奮闘しました。乞われるままに、現地を訪れて土壌の質に合わせた肥料設計図3000枚も書いています。
また、私は農民が芸術に親しむことを考えました。人生を豊かにする「農民の芸術」です。農民芸術概論綱要の序論に、私はこう書いています。
「われらの美をば創らねばならぬ 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある」「誰人もみな芸術家たる感受をなせ 個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ」
農民の人生を美しく充実したものにしたいと願ったのです。
しかし、学問も芸術も農民の本当の幸せを実現するには至りませんでした。結局私が生涯をかけて追い求めたのは宗教です。とりわけ法華経こそがすべての衆生を救う唯一の道であることが私の深い信念でした。真宗の信仰者である父親に強く改宗を勧め、法華経信仰を広めるために童話も書いたのです。もっとも、後世私の童話は私の意図とは違ったように理解され流布されていますが、それはそれでけっこうなことと思っています。
私の信仰の内容を忠実に童話化したものとして「ひかりの素足」があります。今、赤旗日曜版に、ますむらひろしがマンガにして掲載中。今週号が連載第21回目です。延々と息苦しく見るのも辛い地獄の描写が続いたあとに、救いのみほとけが現れ、極楽の描写に移ります。私は現世でもできることは精一杯したつもりですが、現実には「本当の幸せ」をつかみきれずに、現世とは違うところに救いを見出そうとしたのです。
とはいえ、信仰とは別の道として、現世において「世界をぜんたい幸福にしようとする」思想と実践には、心惹かれるものがありました。私は、「中等学校 生徒諸君」に寄せた詩のなかで、「諸君はこの颯爽たる未来圏から吹いて来る透明な清潔な風を感じないのか」「新たな時代のマルクスよ 盲目な衝動から動く世界を 素晴らしく美しい構成に変へよ」と呼びかけています。
詩を書いただけでなく、私は労農党稗和(稗貫・和賀)支部と親交をもち、資金の援助も惜しみませんでした。当時は珍しかった孔版印刷機のセットを寄付もしています。
しかし、合法政党だった労農党も弾圧を受け間もなく解散してしまいます。私が、現世で「みんなの幸せを実現する道」と希望した労農党の理想は潰えました。以後、私はもっぱら信仰による救いや自己犠牲を尊しとする道を歩まざるを得なかったのです。
それに比較して、今の世は何と様変わりしたことでしょうか。かつては治安維持法で非合法政党とされ、地下での逼塞を余儀なくされていた共産党が、堂々と選挙にうって出ているではありませんか。選挙を通じて、「颯爽たる未来圏から吹いて来る透明な清潔な風」を実現することができるというのですからなんと素晴らしい。
私は、私の生き方に照らして、日本国憲法には大いに関心をもち評価もしてきたところです。とりわけ、憲法の基底にある平和や人権の思想には、魂を揺さぶる共鳴を覚えます。これを変えてしまえという現首相のやり口は何と乱暴なことでしょうか。
日本国憲法の平和主義が蹂躙されようとしている今、集団的自衛権や特定秘密保護法の制定は私の目からも見過ごすことができません。農民をいじめるTPP交渉も止めさせなければなりませんし、人が人を搾取し収奪する自由に歯止めは不必要とする規制緩和の考え方には義憤を覚えます。
今回の総選挙は、私が一票持っていれば、当然に日本共産党に期待の投票をしたところです。現世の皆様、極楽往生を遂げる前に、精一杯穢土を楽土にする努力をお願いいたします。それこそが功徳。そして、私がなしえなかった「この世での本当の幸せを求める道」。現世の理想を実現し、理想郷としてのイーハトーブを打ち立てる道だと思うのです。たとえ、今回の選挙だけでの実現が困難としてもくじけてはなりません。次の言葉を贈ります。
「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」
(2014年12月9日)