石田雄「『だれの子どももころさせない』ために」紹介
郵便受けにコトリと音がして、月に一度の「しのばず通信」が届いた。鶏のカットに「2017年迎春」の文字が添えられた1月7日付の新年号。「根津・ 千駄木地域憲法学習会」の会報で、A4・一枚裏表の超ミニコミ紙だが、133号と11年も継続しているのだからたいしたもの。
今号には、「『だれの子どももころさせない』ために」との標題で、石田雄さんが寄稿している。肩書は、「文京・九条の会」呼びかけ人。
念のために石田雄(いしだ たけし)さんをご紹介しておこう。1923年6月7日のお生まれだから、御年93歳である。著名な政治学者で東京大学名誉教授。学徒出陣の経験者として、「その生涯をかけて、どうしたら二度と戦争を繰り返さないか、を研究してきた学者」と紹介される方。
その石田さんの、時代への警鐘に耳を傾けたい。以下は、その抜粋である。
「今年は改憲への地ならしとして安倍政権が強行する既成事実としての軍事化に歯どめをかけることが、主権者としての私たちの課題となる。…安倍政権が「積極的平和主義」の名の下に海外での軍事力行使を敢行しようとする姿勢は、南スーダンヘの自衛隊派遣に関してもみられる。…軍事化にむけた既成事実のつみ重ねは、軍事力行使への警戒感を弱め、九条改憲反対の世論を変える役割を果たす。」
戦中派として考える
「アジア太平洋戦争に応召軍人として参加した者の反省として、このような軍事化への既成事実のつみ重ねは、1930年代後半に中国への武力行使拡大過程を想起させられる。この時期には昭和恐慌後の不満を排外的ナショナリズムに誘導した点でも、今日格差社会の不安を反中嫌韓に利用する方向との類似性を示す。
憲法に対する安倍政権の態度にもこの時期と共通性がある。自民党改憲案をみれば「和を尊び」「家族は、互いに助け合わなければならない」と道徳の要素強調がみられる点で、明治憲法より古い感じがする。実は1935年天皇機関説問題を通じて憲法に対する教育勅語の優位性が示された「国体の本義」(1937年)の考え方に近い。当時義務教育では憲法を教えず教育勅語だけを教え、軍人はその後軍の学校では軍人勅諭を教えられるが憲法は学はなかった。今日の国家主義者たちは、大正デモクうシーにも利用された明治憲法よりもむしろ「国体の本義」の考え方に親近感を持つといえよう。
これからどうする
「このように一方では時代錯誤的に古い要素を持ちながら他方ではトランプ現象とも共通した新自由主義による強者の権利と差別を主張する今日の国家主義政権の軍事化を阻止するために主権者は何を為すべきか。
60年安保の時、安倍の祖父岸信介をなやませた「安保改定阻止国民会議」の中核となった労働組合は、もはや動員力を失っている。それにかわって権力の軍事化に抵抗する新しい運動が生まれている。常に一人称単数を主語にに自分の考えを述べる「シールズ」(自由と民主主義のための学生緊急行動)、憲法を主題として地域の「憲法カフェ」で対話を進める「あすわか」(明日の自由を守る若手弁護士の会)、そして「だれの子どももころさせない」と世代をこえ国境をこえた平和の実現のために権力規制をしようとする「ママの会」(安保関連法に反対するママの会)などである。参院選ではこのような市民の連合が野党統一候補を支持しかなりの成果をあげた。
このように排外主義が感情に訴える同調性による動員に対抗して、個人の理性的判断による運動は日常的対話を基礎に徐々に広がっている。危機を叫んで短期的解決を求める企ては、不安を危険な方向に誘導される危険性がある。対話による知性的判断の拡大は時間を要するが着実に浸透し定着する。これをめざそう。
(いしだたけし「文京九条の会」よびかけ人)
石田さんの言う「排外主義が感情に訴え、社会的同調性による動員を呼び起こしている」現実が眼前にある。日韓慰安婦合意と釜山「平和の少女像」撤去問題をめぐっての、駐韓大使一時帰国の事態となった。また、非友好的で排外主義的な言説の蠢動が思いやられる。冷静な対応を呼びかける努力をしなければならない。
この一年、私も心しよう。「危機を叫んで短期的解決を求める」のではなく、時間を要するとしても、「対話による知性的判断の拡大」の浸透と定着をめざそう。それこそが、着実で確実な唯一の方法なのだから。
(2017年1月9日)