常軌を逸した安倍晋三による全国の小・中・高・特別支援校に対する休校要請。そのせいで、本日から全国の家庭も教育現場も大混乱に陥っている。「場当たり」「思いつき」「無責任」「大ブレ」「ちぐはぐ」「やってる感だけ」「支離滅裂」「独りよがり」と、安倍への辛辣な不信・批判が全国に渦巻いている。既に、「安倍ウィルス」「安倍コロナ」という呼称も見える。後に、「悪夢のような安倍の時代」の象徴的事件と振り返られることになるのだろう。問題は、彼が何ゆえこのような愚策を持ち出したのかということである。
「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の見解発表が2月24日である。ここには、「感染の拡大のスピードを抑制することは可能だと考えられます。そのためには、これから1?2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際となります。」「この1?2週間の動向が、国内で急速に感染が拡大するかどうかの瀬戸際であると考えています。そのため、我々市民がそれぞれできることを実践していかねばなりません。」という文言がある。この表現が後の全国一律休校の根拠とされるが、明らかに大きな無理がある。
この見解の別の個所には、「新型コロナウイルスに感染した人は、ほとんどが無症状ないし軽症であり、既に回復している人もいます。」「これまでに判明している感染経路は、咳やくしゃみなどの飛沫感染と接触感染が主体です。空気感染は起きていないと考えています。ただし、例外的に、至近距離で、相対することにより、咳やくしゃみなどがなくても、感染する可能性が否定できません。」という叙述もあり、全体に相応の事態の緊急性は感じられるものの、慌てふためいた切迫感はない。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html
2月24日専門家会議の見解を受けて、翌25日「新型コロナウイルス感染症対策本部」は「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を決定した。その内容は、前日の専門家会議の見解に平仄を合わせた落ちついたものだった。
「国民に対する正確で分かりやすい情報提供や呼びかけを行い、冷静な対応を促す」ことを基調として、「イベント等の開催について、現時点で全国一律の自粛要請を行うものではないが、専門家会議からの見解も踏まえ、地域や企業に対して、イベント等を主催する際には、感染拡大防止の観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討するよう要請する。」とされ、国民心理を撹乱するものではない。 とりわけ、「冷静な対応を促す。」という文言を基調に据えたものとの印象が強い。
ところが、翌2月27日の安倍総理名による【イベントの開催に関するお願い】から、おかしくなる。安倍の暴走が始まる。
「政府といたしましては、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であることを踏まえ、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします。」というのだ。
いったいどうしたことだ。昨日は「全国一律の自粛要請を行うものではない」といった舌の根も乾かぬわずか一日で、「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請」とは。このブレについての説明はどうした。と不信感を募らせていたところへの追い打ち。翌27日には驚天動地の「全国一律休校要請」である。もはや、何をか言わんやである。あきらかに、合理的客観的な根拠を欠く乱暴極まる愚策。
安倍乱心の理由の一つは、数々の説明不可能な疑惑についての世論の追及をそらせることにあるものと考えざるをえない。安倍自身の責任が追及されている「桜を見る会」疑惑が最も大きい。さらに、カジノ汚職、河合杏里事件、菅原一秀疑惑もある。国民の政権批判は厳しく、2月の各社世論調査では、内閣支持率が軒並み急落である。最新の【産経・FNN合同世論調査】(22、23両日実施)では、「1年7カ月ぶり不支持上回る」と報じられた。
「安倍晋三内閣の支持率は、前回調査(1月11、12両日実施)より8.4ポイント減の36.2%で、不支持率は7.8ポイント増の46.7%だった。不支持率が支持率を上回ったのは1年7カ月ぶり」という。
また、同調査では、「首相主催の「桜を見る会」をめぐる安倍首相の説明について「納得していない」との回答は78.2%に上った。ただ、国会は「桜を見る会」と新型肺炎の問題のどちらを優先して審議すべきかを聞いたところ、89.0%が「新型肺炎」と答えた」という。
このあたりに、安倍の取り巻きが目を付けたのではないか。「桜疑惑に付き合っていると政権の命取りになる」「しかし、国民の関心は桜よりコロナだ」。ならば、「桜の疑惑を、コロナでかわせ」という作戦が有効ではないか。
しかも、政権のコロナ対策は、後手後手にまわったと悪評さくさくだった。ダイアモンド・プリンセス号では、対策を誤って船内大量感染をもたらしたと批判された。「今度は、先手先手だ」と前のめりになったことも考えられる。
できるだけ、コロナ問題を大ごとにすることで「やってる感」を演出したい。そうすることで、桜疑惑による支持率低下を挽回することができるのではないか。安倍の考えそうなことではないか。
おそらく、この窮余の一策に安倍が乗ったのだ。もちろん、練られた策ではない。参院の予算委員会質疑では、冒頭からボロボロだ。それでも、国民がひとときなりとも桜疑惑や数々の閣僚の不祥事を脇に置いてくれる効果はあったとほくそ笑んでいるのではないか。そして、桜が咲く頃には、国民は桜疑惑を忘れてくれる。そう思い込んでいるに違いない。こんな、安倍晋三流の悪あがきを許してはならない。
(2020年3月2日)
2月が逃げて、はや弥生3月。「3・1ビキニデー」であり、「3・1独立運動記念日」でもある。早春にふさわしいうららかな日曜日だが、世の話題はコロナウィルス一色。街に人通りは少なく沈滞した空気。これは不気味な光景である。
いくつもの商業イベントが中止になった。いくつもの市民集会も中止に追い込まれている。巷は徹底した自粛のムードで、このご時世に集会など開催することが怪しからんという声があるのだという。まるで、諒闇に歌舞音曲批判の再来である。
そのような時に、3月1日《「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議》発足集会は予定通り開催された。主催者が、「新型コロナウィルスの感染リスクに配慮し、当日の集会に関して細心の注意を払って実施いたします」と言ったとおりの配慮のもと、マスクや消毒薬・除菌テイッシュ、使い捨て手袋が用意され、マイクやドアノブ等の除菌も怠らなかった。
160人の参加者を得ただけでなく、内容の濃い元気の出る発足集会となった。この日発足した「市民会議」は、本日採択の声明のとおり、下記の運動を進める。
私たちは、日本政府に対し、ILO/ユネスコ勧告を遵守し、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制を直ちに中止することを強く求める。
今回のILO/ユネスコ勧告も指摘するように、国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制は、民主主義社会とは相容れないものである。
日本政府にILO/ユネスコ勧告の遵守を求める私たちの運動は、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制に苦しむ教職員や「日の丸・君が代」に抵抗感を持つ者だけのものではない。多様性を尊重し、人間の尊厳と権利を大切にするすべての人々と手を携えていけるものと確信している。
力を結集して日本政府に勧告の実施を求めるため、本日、私たちは「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議を発足させた。
多くの皆様がこの市民会議に参加・協力してくださることを、心からお願いする。
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閉会の挨拶(澤藤統一郎)
本日の市民会議発足集会は、悪条件を押して開催いたしました。にもかかわらず、こんなにも多数の方々にご参集いただいたことを、心強く思います。励まされます。
思えば、「日の丸・君が代」強制との闘いは長くなりました。国旗国歌法の制定が1995年8月のこと。そして東京都教育委員会の悪名高い「10・23通達」発出が、2003年10月です。その直後に「予防訴訟」弁護団が結成され、これが懲戒処分の取消訴訟を任務とする東京「君が代」弁護団となって、併せて16年余の法廷闘争が継続しています。
教員も弁護団もこの間全力で活動を続けてきました。しかし、私たちは獲得目標としてきた、最高裁での違憲判断をいまだに勝ち得ていません。無念の極みと言うほかはありません。
問題は、《人権主体としての個人》と《権力主体としての国家》との対立です。そのいずれが憲法上の根源的価値であるか。どちらが、憲法価値として優越するのか。憲法の根幹をなす重大問題、それがこの事件において明確に、そして根源的に問われています。
国家よりも個人、権力よりも人権こそが優越することが当然ではありませんか。にもかかわらず、個人が国家の象徴に対して敬意を表明することを強制されることが許されようはずがない。個人の思想・良心という基本的人権を蹂躙する権力の行使が許されるはずはない。にもかかわらず、最高裁は「日の丸・君が代」強制を違憲とは判断していません。
もちろん、いまだ道半ばで闘いはこれからも続くのですが、違憲判断についてはやや手詰まりの感を否めません。そこに、ILO・ユネスコの勧告が出されてきました。これは一筋の光明にほかなりません。
最高裁も、国家が国民に国旗国歌の強制ができるとまでは言いません。国民ではなく、教育公務員には、職務命令を出すことができる。その教員に対する職務命令の内容として、「生徒に国旗国歌尊重の指導をせよ」と命ずることもできる。これに附随して、教員に対して「国旗に向かって起立し国歌を斉唱せよ」と命じることも違憲ではない。実害のない戒告処分であれば有効、と言うのです。
これに関して、ILO・ユネスコ勧告は、「消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰」は避けなければならない、としているのです。これが、国際的なスタンダードです。これが、世界の法常識なのです。私たちは、この勧告を活かして訴訟の手詰まり感を打開する努力をしたい。
もちろんそれだけではなく、政府に対して、自治体に対して、各地の教育委員会に対して、この勧告の完全実施を求めたい。そのためには、まずは、この勧告を日本の多くの人々に知っていただき、この勧告実施の世論をつくる必要があります。
「市民会議」は、その運動を担うために、本日発足しました。多くの人に訴え、メディアにも、行政にも、裁判所にも働きかける大きな運動の第一歩です。本日はその運動の出発にふさわしい充実した内容で、元気をいただきました。ありがとうございます。そして、今後とも、よろしくお願いします。
(2020年3月1日)
一昨日(2月27日)、安倍晋三が唐突に発表した、全国の小・中・高校などへの「臨時休校」の要請。案の定、全国の教育現場にも、家庭にも、親たちの職場にも大混乱を引き起こしている。のみならず、この過剰な政策は社会活動のあらゆる面に萎縮効果をもたらしている。これまでは政治に無関心であった国民も、消極的にもせよ自らも加担して、こんな人物を政権のトップに据え置いていたことを真摯に反省しなければならない。
驚くべきことは、この方策が「何の科学的根拠にも基づかない」「政治的判断」であり、しかも「安倍の独断」であったことである。一握りの安倍側近による判断であったことから、政権や与党の中枢からも批判や不満が噴き出しており、大手メディアが自信をもって、内幕を書いている。これはもはや、コロナ被害ではなく、アベ政治被害である。
われわれ自身の目と耳で直接確かめられることは、国会論戦における安倍答弁のいい加減さである。安倍晋三答弁の酷さは、「ご飯論法」として悪名高いものとなったが、さらに「桜論法」として悪質度は磨かれ、いまや「コロナ論法」として、完成の域に近づいている。常識的には「詰み」の局面でも、決して「まいった」とは言わない鉄面皮の答弁なのだ。
昨日(2月28日)の衆議院予算委員会での宮本徹議員(日本共産党)の質問は、安倍の愚策の根拠を鋭く追及した。政府は、休校の効果や影響について専門家会議に諮問していないことを挙げ、休校について専門家からは「あまり意味がない」「国民に負担を強いる」など苦言が相次いでいることを紹介し、唐突な全国一律休校要請の「エビデンス(根拠)はなにか」という追及である。以下は、その抜粋。
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宮本議員:25日に基本方針を発表した際は、学校の休校は感染の広がりに応じて都道府県で判断するということだった。ところが2日でその方針が変更された。感染者が確認されていない地域も多数あるが、なぜ全国一律(休校)に変えたのか。この判断変更の具体的なエビデンスについて伺いたい。
安倍首相:エビデンスは何かというご質問でございますが、専門家の意見を踏まえて、先日策定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」で示した通り、感染の流行を早期に収束させるためには、患者クラスターが次のクラスターを生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じるべきと考えております。
専門家の知見によれば、ここ1〜2週間が極めて重要な時期であり、先手先手の対応が求められる状況と認識しております。
このため昨日(27日)政府としては、何よりも子どもたちの健康・安全を第一に考え、多くの子どもたちや教職員が日常的に長時間集まることによる感染リスクにあらかじめ備える観点から、全国全ての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について、来週3月2日から春休みに入るまで臨時休業を行うよう要請したものであります。
宮本議員:ですから「この1〜2週間が大事だ、勝負だ」というのは、それを踏まえて25日の基本方針が出たわけじゃありませんか。2日間で方針を変更するほど重大な、何か我々に知らされていないエビデンスがあったのかを知りたい。
国民の中ではなにか起きているのではないかと不安が広がっている。オープンになっていない感染者の広がりがあるのではないか、あるいは原因のわからない肺炎患者がどんどん広がっているだとか、何らかのエビデンスがあって、この2日間で判断を変更したということなのか。
安倍首相:先程申し上げましたように、ここ1〜2週間が極めて重要という専門家のご指摘を頂いたところでございまして、その中においては先程申し上げましたように、多くの子供達が集まる教室、あるいは通学の途上が考えられるのではないか。こう思いますが、そういうリスクを減らし、新たなクラスターが発生することを、何よりも防がなければいけない。そのクラスターが子どもたちの中で生じることは防がなければならないと、こういうことでもあります。
我々はまさに先手、先手でやるべきであろうと今回は判断し、全国一律という判断をさせていただいたところでございます。まさに、この科学的、学術的な観点からは、詳細なエビデンスの蓄積が重要であることは言うまでもありませんが、1〜2週間という極めて切迫した時間的成約の中で、最後は政治が全責任を持って判断すべきものと考え、今回の決断を行ったところでございます。
宮本議員:「政治が判断したんだ」と。エビデンスについては中身の話が全くなかったわけでありますが。専門家会議を設けたわけじゃないですか。ところが報道を見ると、専門家会議での議論を踏まえたものじゃないんだ。政治判断だと言う話が、専門家会議のメンバーからもなされる状況。そして、専門家会議のメンバーの方々の言っていることもいろいろなわけです。(東北大の)押谷(仁)教授は「学校でクラスターが発生しないとは断言はできませんが、子供の感染例は中国でも非常に少なく、その可能性は低いです。一斉の学校閉鎖をすることは、全体の流れからするとあまり意味がない」と。あるいは岡部先生(川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長)は「全国一律に小中高校の休校を要請するという、国民に大きな負担を強いる対策を、現時点ではとるべきではないと思う」と。
専門家会議の皆さんも、いまそういう対策がベストなのかと言ったらそうではないという意見もたくさん出ている。なぜ今回の判断をするにあたって専門家会議でしっかり議論されなかったのか。
安倍首相:これにつきましては、まさに専門会議においてここ1〜2週間が瀬戸際であり、正念場であるという判断がなされたわけでございまして。ここにおいて、1〜2週間において、いわば感染拡大を防止できるかということが問われていると。何をするかが問われているという判断をされた中において、そこでこちらが何をするかということでございます。そこでさまざまなご意見があることは承知をしているところでございます。その中において、我々はやはり子どもたちの健康と安全を守ることを最優先にしなければならない、こう考えたところでございます。
もちろん、いま委員が言われたように子どもの感染は少ないということをおっしゃったわけでございますが、これは少ないということは、子供に発生していないということではもちろんないわけでございます。事実、発症例も国内でもあるわけでございます。
つまり、それが広がってからでは我々は遅いと、こう考えたところでございまして。今回はこの1〜2週間こそが正念場であるという専門家の皆様のご意見を受け、そして政治的に、政治として判断をさせていただいたところでございます。
宮本議員:先程来「政治の判断だ」と繰り返されるわけですが、感染症対策ですから何よりも専門家の知見を大事にするのが政治の姿勢としても必要なことだと思いますよ。今回のこの対策が、社会の負担を上回るだけの効果が期待できるのかという声も上がっているわけであります。
学校は休校で保育園、学童保育は開くと、学童保育に子どもたちはたくさん集まると。そうすると感染拡大防止上それほど効果があるのかという声もあがっている。ちなみに、学童保育と比べて学校のほうが感染リスクが高い、低いという判断の根拠などはあるんですか。
安倍首相:学童保育と変わりがないのではないかという先程のご質問でございましたが、これはまさに学童保育が必要となるのは低学年の子どもたちなんだろうと思います。
そして、例えば福岡の例がございますが、市長からもお話を伺ったところでございます。まさに一律で対応しただいた場合は、教室として高学年の皆さんが使っている教室も(学童保育に)使う。あるいは学童保育的な形で学校でお預かりする人数もある程度限られるわけでございまして、一つ一つの教室についての子供の数は相当、通常の授業とは人数は圧倒的に少なくなるわけでございまして。学校の先生にも休業になる中でご協力を頂きながら対応していただくことができるのではないかと、そういう対応を行っていくというお話を伺っているところでございまして。そういう意味においては、違う対応が状況は違うといういうふうに、我々は考えているところでございます。
そこで法的根拠についてのご質問がございました。昨日の対策本部で決定した学校における全国一斉休校については、国としてここ1〜2週間が感染の拡大のスピードを抑制するために極めて重要な時期であるとの認識のもとおこなった要請であります。法的拘束力を有するものではないということでございます。
政府としては学校を設置する地方公共団体や学校法人等において、この要請を受けて子どもたちの健康、安全を確保する観点から検討し適切に対応していただくことを期待をしているところでございまして、要請であり法的拘束力を有するものではございません。
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お知らせ ー 3月1日《「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議》発足集会は、予定通り行います。
新型コロナウィルスの感染リスクに配慮し、当日の集会に関して細心の注意を払って実施いたします。ぜひご参集ください。
もっとも、発熱その他体調ご心配の方については、無理をなさらずに参加を見合わせくいただくようお願いします。
また、集会での発言予定者の中にも、参加見合わせとなる方が予想されます。当初予定よりも、集会規模は小さく、予定のプログラムも一部縮小になるかも知れません。予め、ご了解をお願いしておきたいと存じます。
なお、ご参加するにあたっては、できるだけ、マスクの着用をお願い致します。
主催者側では、除菌テイッシュ、手袋(使い捨て)を用意いたします。ドアノブ等の除菌にも努めます。ご協力よろしくお願いいたします。
「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議
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「3・1発足集会」の次第
日時 2020年3月1日(日曜日)
13時40分?16時40分(開場13時20分)
会場 日比谷図書文化館(B1) 日比谷コンベンションホール
東京都千代田区日比谷公園内
資料代 500円
主催「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議
あなたも運動サポーターに!
運動への協力金を
個人 1口500円 / 団体 1口1,000円(何口でも結構です)
郵便振替口座 番号00170?0?768037
「安達洋子」又は「アダチヨウコ」
(2020年2月29日)
昨日(2月27日)の夕刻、ブレまくりの首相が、とんでもないことを言い出した。これは異常事態だ。コロナウィルスの蔓延が、ではない。安倍晋三の対応が、である。
「全国全ての小学校、中学校、高校、特別支援学校に、3月2日から春休みまで臨時休校を行うよう要請する」だと? おいおい、気は確かか。
あんな首相のこんな発言に盲従する必要はない。こんな発言に、日本中の生徒・児童やその父母たちが振り回されてはならない。世は大日本帝国憲法の時代ではなく、安倍晋三は独裁者ではない。彼に、天皇の権威を笠に着てトンデモ発言を強行できる権限はないのだ。
全国の、都道府県ならびに市区町村の教育委員諸君、今こそ諸君の出番だ。月に一度、事務局がお膳立てした会議に出席することだけが諸君の仕事ではない。会議をすっぽかしても給料もらっていられるのは、今回のような非常事態に際しての出番があるからなのだ。
「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(地教行法)では、諸君は、「人格高潔で、教育、文化に関する見識ある者」とされている。今を措いて、「教育、文化に関する見識」を発揮する機会はないではないか。
安倍晋三という男、到底「人格高潔で、教育、文化に関する見識ある者」ではない。嘘とごまかし、公私混同と依怙贔屓にまみれた政治家。これまでは、コロナウィルスの蔓延に後手後手となったことに、無能の批判を受けてきた。内閣支持率も下落しての焦りから、乾坤一擲の挽回策に出た。それが、全国での「休校要請」である。
しかし、戦前とは大きく違う。教育行政の主体は国家ではない。しかも、地方公共団体そのものでもなく、各自治体ごとに設置された教育委員会なのだ。
まずは、教育と教育行政とが切り離されていることを自覚しなければならない。そして、教育行政も、中央集権ではなく地方分権の原則で行われなければならない。さらに、地方自治体ではなく、各自治体単位に構成される専門性の高い行政委員会としての教育委員会がその任を担うのだ。公立の小中高各校を設立し運営し、場合によっては休校の可否を決める権限は、各教育委員会にある。
だから、教育委員諸君よ。今こそ、君たちの出番だ。あんな男の言に唯々諾々と従う必要はない。君たちにこそ決定権限がある。
あんな男のごとく、支持率アップのためとして政策をひねり出してはならない。あんな男のごとく、机上の空論で政策を出してはならない。あんな男の全国一律の政策に追随してはならない。あんな男のごとく、児童・生徒や働く親たちに、どんな難儀が降りかかるかを無視してはならない。あんな男のごとく、説明責任を放棄してはならない。
今こそ、出番だ。各地の教育委員諸君。地域地域の事情を具体的によく把握し、メリットとデメリットを緻密に検討し、私欲のためではなく、明日の主権者の教育のために、児童・生徒を抱える地域住民のために、本気になって諸君の見識を示していただきたい。それこそが、民主主義のあるべき姿なのだから。
(2020年2月28日)
新型コロナウィルスの感染拡大にともない、当日の集会に関して細心の注意を払って実施いたします。ぜひご参集ください。
もっとも、発熱その他体調ご心配の方については、無理をなさらずに参加を見合わせくいただくようお願いします。
また、集会での発言予定者の中にも、参加見合わせとなる方が予想されます。当初予定よりも、集会規模は小さく、予定のプログラムも一部縮小になるかも知れません。予め、ご了解をお願いしておきたいと存じます。
なお、ご参加するにあたっては、できるだけ、マスクの着用をお願い致します。
主催者側では、除菌テイッシュ、手袋(使い捨て)を用意いたします。ドアノブ等の除菌にも努めます。ご協力よろしくお願いいたします。
皆様が体調を整えて当日ご参加され、お目にかかれることを願っております。
「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議
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「3・1発足集会」の次第(予定)
日時 2020年3月1日(日曜日)
13時40分?16時40分(開場13時20分)
会場 日比谷図書文化館(B1) 日比谷コンベンションホール
東京都千代田区日比谷公園内
資料代 500円
主催「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議
あなたも運動サポーターに!
運動への協力金を
個人 1口500円 / 団体 1口1,000円(何口でも結構です)
郵便振替口座 番号00170?0?768037
「安達洋子」又は「アダチヨウコ」
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ILO/ユネスコ勧告を遵守し、
国旗・国歌(日の丸・君が代)強制の中止を日本政府に求める声明(案)
2019年、ILO(国際労働機関)とユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、日本政府に対し国旗国歌強制の是正を求める勧告(以下「ILO/ユネスコ勧告」という。)を採択した。
ILO/ユネスコ勧告は、2014年にアイム‘89東京教育労働者組合から「『国旗・国歌(日の丸・君が代)』の強制は『教員の地位に関する勧告』(1966年)に違反している」との申し立てを受けたILO/ユネスコ教職員勧告適用合同専門家委員会(以下、合同委員会)が、2018年に採択し、翌年、ILO及びユネスコが正式に承認・公表したものである。
ILO/ユネスコ勧告は、国歌斉唱時に「起立や斉唱を静かに拒否することは、職場という環境においてさえ、個人的な領域の市民的権利を保持する個々の教員の権利に含まれる」ことを
、明確に認めた上で、この見解に基づいて以下の6点について、日本政府に勧告した。
(a)愛国的な式典に関する規則に関して教員団体と対話する機会を設ける。その目的はそのような式典に関する教員の義務について合意することであり、規則は国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できるものとする。
(b)消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰を避ける目的で、懲戒のしくみについて教員団体と対話する機会を設ける。
(c)懲戒審査機関に教員の立場にある者をかかわらせることを検討する。
(d)現職教員研修は、教員の専門的発達を目的とし、懲戒や懲罰の道具として利用しないよう、方針や実践を見直し改める。
(e)障がいを持った子どもや教員、および障がいを持った子どもと関わる者のニーズに照らし、愛国的式典に関する要件を見直す。
(f)上記勧告に関する諸努力についてそのつどセアートに通知すること
1985年以降、文部省(当時)は国旗掲揚・国歌斉唱徹底の通知、実施状況の全校調査と結果の公表、学習指導要領の改訂(1989年)、国旗国歌法の制定(1999年)など、様々な方法で国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制を推し進めてきた。2000年代以降になると東京都や大阪府では、国歌の起立斉唱を命ずる職務命令が出され、起立斉唱できない教員に対して過重な懲戒処分が行われているが、これも、こうした施策の延長線上にある。したがって、日本政府には、今回の是正勧告を真摯に受け止めて応答する責任がある。
これまで、日本政府は、国連機関から勧告を出されても、「勧告には法的拘束力がなく、直ちに履行責任を生じるものではない」との見解を示し、ILO/ユネスコ勧告についても同様の対応をしている。
しかし、「教員の地位に関する勧告」(1966年)は、日本政府も賛成し、ユネスコ特別政府間会議で採択された勧告である。その勧告の適用推進を目的として設置された合同委員会のILO/ユネスコ勧告を軽視する対応は矛盾している。
「教員の地位に関する勧告」(1966年)は、専門職である教員の権利と責務を明示した国際基準であり、条約に準じる性格を有する。自国の教員の権利保障が国際基準に達していないと指摘された以上、日本政府は国際基準に合致するように直ちに具体的な行動を開始しなければならない。
私たちは、日本政府に対し、ILO/ユネスコ勧告を遵守し、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制を直ちに中止することを強く求める。
今回のILO/ユネスコ勧告も指摘するように、国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制は、民主主義社会とは相容れないものである。
日本政府にILO/ユネスコ勧告の遵守を求める私たちの運動は、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制に苦しむ教職員や「日の丸・君が代」に抵抗感を持つ者だけのものではない。多様性を尊重し、人間の尊厳と権利を大切にするすべての人々と手を携えていけるものと確信している。
力を結集して日本政府に勧告の実施を求めるため、本日、私たちは「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議を発足させた。
多くの皆様がこの市民会議に参加・協力してくださることを、心からお願いする。
(2020年2月27日)
教育現場において、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱せよ!」という「職務命令」が濫発されている。これに従えないとする教職員に戒告・減給・停職などの処分が繰り返されており、司法がこれに対する有効な歯止めになりえていない現実がある。
教職員の思想・良心の自由が抑圧され、公権力が教育を不当に支配する構図ができつつある。こうした教育の実態は、日本国憲法や教育基本法が想定したありかたではなく、国際的なスタンダードからも大きくはずれている。
昨年、ILO(国際労働機関)とユネスコが、日本政府に対して、《「日の丸・君が代」の強制を是正するように》、という画期的な勧告が出された。その内容は、以下の6点で、「日の丸・君が代」強制を是正するよう求めるものとなっている。
(a)愛国的な式典に関する規則に関して教員団体と対話する機会を設ける。その目的はそのような式典に関する教員の義務について合意することであり、規則は国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できるものとする。
(b)消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰を避ける目的で、懲戒のしくみについて教員団体と対話する機会を設ける。
(c)懲戒審査機関に教員の立場にある者をかかわらせることを検討する。
(d)現職教員研修は、教員の専門的発達を目的とし、懲戒や懲罰の道具として利用しないよう、方針や実践を見直し改める。
(e)障がいを持った子どもや教員、および障がいを持った子どもと関わる者のニーズに照らし、愛国的式典に関する要件を見直す。
(f)上記勧告に関する諸努力についてそのつどセアートに通知すること
このILO・ユネスコ勧告が、「日の丸・君が代」強制の入学式・卒業式を「愛国的な式典」と呼んでいることが興味深い。「愛国的な式典」に関する教員の義務については、公権力が一方的に命令するのではなく、教職員組合との合意で規則を制定せよという。そして、その規則は「国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できる内容」でなければならないというのだ。これこそが、世界標準なのである。
日本政府と各地の教育委員会、とりわけ東京都教育委員会・大阪府教育委員会は、このILO・ユネスコ勧告の基本理念をしっかりと理解しなければならない。国旗国歌の強制、しかも懲戒処分までしてする「日の丸・君が代」への敬意表明の強制は、世界標準からみて非常識なものであることを真摯に受け止めなければならない。
教育の場から思想・良心の自由が失われ、国家の統制が横行することとなれば、やがて民主主義は死滅することになるだろう。ちょうど、「日の丸・君が代」と「ご真影」への敬意表明が当然とされた、あの暗黒の時代のごとくに。
市民運動によって、「ILO/ユネスコ勧告」の完全実施を求め、「日の丸・君が代」強制の是正を実現しようという構想の下、《「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告》実施市民会議が発足する。
下記が、間近となった「3・1発足集会」の次第(予定)
日時 2020年3月1日(日曜日)
13時40分?16時40分(開場13時20分)
会場 日比谷図書文化館(B1)
日比谷コンベンションホール
〒100-0012東京都千代田区日比谷公園1-4 03-3502-3340
資料代 500円
主催「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議
あなたも運動サポーターに!
運動への協力金を
個人 1口500円 / 団体 1口1,000円(何口でも結構です)
郵便振替口座 番号00170?0?768037
「安達洋子」又は「アダチヨウコ」(市民会議メンバーの口座を利用)
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集会プログラム
(13時20分 開場、13時40分 開会、16時40分 閉会)
主催者挨拶 金井知明弁護士
国会議員メッセージ 代読
呼びかけ人代表挨拶(岡田正則・早稲田大学教授)
第1部 シンポジウム
「 それでもまだ歌わせますか? ? 教育の中の市民的不服従 」
寺中 誠 ( 東京経済大学・国際人権法 / 司会 )
中原 道子 ( VAWW RAC共同代表 )
志田 陽子 ( 武蔵野美術大学・憲法学 )
中田 康彦 ( 一橋大学・教育学 )
第2部 発言
布施 恵輔 ( 全労連・国際局長 )
前田 朗 ( 東京造形大学・刑事人権論 )
元山 仁士郎(「辺野古」県民投票の会 元代表 )
朴金 優綺 ( 在日本朝鮮人人権協会 事務局 )
大能 清子 ( 君が代5次訴訟原告予定者 )
関 誠 ( アイム’89東京教育労働者組合 )
声明文採択
閉会挨拶 澤藤統一郎(弁護士)
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賛同団体 「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議 2020.2.20.現在 50音順
I LOVE 憲法川越の会、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、あるこう会、アルバイト・派遣・パート非正規労働組合(神戸)、「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク、一葉社、大田子どもの教育を守る会、学校と地域をむすぶ板橋の会、川越地域ユニオン、川崎から日本軍「慰安婦」問題の解決を求める市民の会、国連に障がい児の権利を訴える会、子どもと教科書全国ネット21、山西省における日本軍性暴力の実態を明らかにし大娘たちと共に歩む会、三多摩合同労働組合、三多摩合同労働組合ケミカルプリント分会、三多摩合同労組三信自動車、三多摩合同労組中大生協、三多摩労組争議団連絡会議、自治体労働者組合・杉並、市民の意見30の会・東京、自由と人権、スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合、精神障害者権利主張センター・絆、西部地区労働者共闘会議、全金本山労働組合/東京分会、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター、戦争への道を許さない北・板橋・豊島の女たちの会、大道測量闘争支援共闘会議、台湾の日本軍性暴力被害者・阿媽たちを記憶し未来につなぐ会、高尾山の自然を守る市民の会、中国人「慰安婦」裁判を支援する会、中大生協闘争・吉田さんを支える会、中部地区労働者交流会、東京・教育の自由裁判をすすめる会、東京中部地域労働者組合、東京・中部地域労働者組合旭ダイヤ、東京・中部地域労働者組合東邦エンタープライズ分会、東京・中部地域労働者組合利久庵、東京都教職員組合八王子支部、東京都障害児学校労働組合、東京都歴史教育者協議会、東京南部労働者組合、東京ふじせ企画労働組合、特別区教職員組合、なくそう戸籍と婚外子差別・交流会、南部地区労働者交流会、日本キリスト協議会(NCC)女性委員会、貫井九条の会、練馬教育問題交流会、練馬全労協、練馬地域ユニオン、年金者組合八王子、NO NUKES PLAZA たんぽぽ舎、八王子退職教職員の会、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制に反対の意思表示の会、「日の丸・君が代」強制反対・再雇用二次訴訟を語りつぐ会、「日の丸・君が代」強制反対 予防訴訟をひきつぐ会、「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会、フィリピン元「慰安婦」支援ネット・三多摩(略称ロラネット)、ふじせ闘争支援共闘会議、部落解放同盟練馬支部、平和といのち・イグナチオ9条の会、平和をつくり出す宗教者ネット、北部労働者共同闘争会議、北部労働者法律センター、武蔵学園闘争勝利!支援共闘会議、明治大学消費生活協同組合労働組合、ユニオン東京合同、ユニオンらくだ、「良心・表現の自由を!」声を上げる市民の会、歴史教育者協議会、連帯労働者組合、連帯労働者組合・板橋区パート、連帯労働者組合・杉並、連帯労働者組合・大道測量連帯労働者組合・東京ビジネスサービス、連帯労働者組合・武蔵学園、連帯労働者組合・ライフエイド
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ILO/ユネスコ勧告を遵守し、
国旗・国歌(日の丸・君が代)強制の中止を日本政府に求める声明(案・部分)
1985年以降、文部省(当時)は国旗掲揚・国歌斉唱徹底の通知、実施状況の全校調査と結果の公表、学習指導要領の改訂(1989年)、国旗国歌法の制定(1999年)など、様々な方法で国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制を推し進めてきた。2000年代以降になると東京都や大阪府では、国歌の起立斉唱を命ずる職務命令が出され、起立斉唱できない教員に対して過重な懲戒処分が行われているが、これも、こうした施策の延長線上にある。したがって、日本政府には、今回の是正勧告を真摯に受け止めて応答する責任がある。
これまで、日本政府は、国連機関から勧告を出されても、「勧告には法的拘束力がなく、直ちに履行責任を生じるものではない」との見解を示し、ILO/ユネスコ勧告についても同様の対応をしている。
しかし、「教員の地位に関する勧告」(1966年)は、日本政府も賛成し、ユネスコ特別政府間会議で採択された勧告である。その勧告の適用推進を目的として設置された合同委員会のILO/ユネスコ勧告を軽視する対応は矛盾している。
「教員の地位に関する勧告」(1966年)は、専門職である教員の権利と責務を明示した国際基準であり、条約に準じる性格を有する。自国の教員の権利保障が国際基準に達していないと指摘された以上、日本政府は国際基準に合致するように直ちに具体的な行動を開始しなければならない。
私たちは、日本政府に対し、ILO/ユネスコ勧告を遵守し、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制を直ちに中止することを強く求める。
今回のILO/ユネスコ勧告も指摘するように、国旗・国歌(日の丸・君が代)の強制は、民主主義社会とは相容れないものである。
日本政府にILO/ユネスコ勧告の遵守を求める私たちの運動は、「国旗・国歌(日の丸・君が代)」の強制に苦しむ教職員や「日の丸・君が代」に抵抗感を持つ者だけのものではない。多様性を尊重し、人間の尊厳と権利を大切にするすべての人々と手を携えていけるものと確信している。
力を結集して日本政府に勧告の実施を求めるため、本日、私たちは「日の丸・君が代」ILO/ユネスコ勧告実施市民会議を発足させた。
多くの皆様がこの市民会議に参加・協力してくださることを、心からお願いする。
呼びかけ人 34人(50音順 2020.2.23 現在)
阿部 浩己(明治学院大学教授)/荒牧 重人(山梨学院大学教授)/池田 香代子(翻訳家)/石山 久男(子どもと教科書全国ネット21代表委員)/岩井 信(弁護士)/内田 雅敏(弁護士)/大森 直樹(東京学芸大学教授)/岡田 正則(早稲田大学教授)/落合 恵子(作家、クレヨンハウス主宰)/小野 雅章(日本大学教授)/児玉 勇二(弁護士)/小森 陽一(東京大学名誉教授)/佐野 通夫(大学教員)/澤藤 統一郎(弁護士)/島薗 進(上智大学教授、東京大学名誉教授)/清水 雅彦(日本体育大学教授)/白井 劍(弁護士)/鈴木 敏夫(子どもと教科書全国ネット21代表委員・事務局長)/醍醐 聡(東京大学名誉教授)/高嶋 伸欣(琉球大学名誉教授)/高橋 哲哉(東京大学大学院教授)/田中 重仁(弁護士)/角田 由紀子(弁護士)/中原 道子(VAWW RAC共同代表)/成嶋 隆(新潟大学名誉教授)/新倉 修(青山学院大学名誉教授、弁護士)/野田 正彰(精神病理学者)/朴 保(ミュージシャン)/花崎 皋平(哲学者)/堀尾 輝久(東京大学名誉教)/前田 朗(東京造形大学教授)/三宅 晶子(千葉大教授)/森川 輝紀(埼玉大学名誉教授、福山市立大学名誉教授)/安川 寿之輔(名古屋大学名誉教授)
賛同人 85人(50音順 2020.2.23 現在)
青井 未帆(学習院大学教授)/浅井 春夫(立教大学名誉教授)/阿部 泰隆(神戸大学名誉教授、弁護士)/荒井 文昭(東京都立大学教授)/有馬 保彦(市民の意見30の会 東京)/飯田 美弥子(弁護士)/石川 晃弘(中央大学名誉教授)/石坂 浩一(立教大学准教授)/石田 勇治(東京大学大学院教授)/市川 須美子(獨協大学教授)/伊藤 セツ(昭和女子大学名誉教授)/植竹 和弘(弁護士)/内海 愛子(恵泉女学園大学名誉教授)/梅田 正己(歴史研究者)/梅津 和時(サックス奏者)/浦部 法穂(神戸大学名誉教授)/大久保 正禎(日本基督教団王子教会牧師)/奥田 圭一(弁護士)/奥田 靖二(浅川金比羅神社 宮司)/加藤 晋介(弁護士)/加藤 文也(弁護士)/川口 彩子(弁護士)/川副 詔三(「地域と労働運動」編集長)/河村 健夫(弁護士)/北村 小夜(障害児を普通学校へ・全国連絡会世話人)/木下 ちがや(政治学者)/木村 真実(弁護士)/金 哲敏(弁護士)/金城 吉春(あしびなー)/窪田 之喜(弁護士)/鎗田 英三(駿河台大学名誉教授)/小寺 隆幸(原爆の図丸木美術館館理事長)/寿kotobuki(ミュージシャン)/児美川 孝一郎(法政大学教授)/小山 弘泉(東京宗教者平和の会)/斎藤 園生(弁護士)/斎藤 貴男(ジャーナリスト)/早乙女 勝元(作家)/澤地 久枝(作家)/志田 陽子(武蔵野美術大学教授)/島袋マカト陽子(東京琉球館)/白石 孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会)/新藤 宗幸(千葉大学名誉教授)/鈴木 孝夫(東京都障害児学校労働組合執行委員)/鈴木 亜英(弁護士)/関島 保雄(弁護士、公害弁連代表委員、ストップリニア新幹線訴訟弁護団共同代表)/大道 万里子(編集者)/高田 健(総がかり行動実行委員会)/高橋 哲(埼玉大学准教授)/飛幡 祐規(文筆業、翻訳家)/立松 彰(弁護士)/田中 宏(一橋大学名誉教授)/崔 善愛(ピアニスト)/趙 博(ミュージシャン、芸人)/筑紫 建彦(憲法を生かす会)/勅使河原 彰(考古学者)/友部 正人(ミュージシャン)/豊田 勇造(ミュージシャン)/ながい よう(ミュージシャン)/ 中川 五郎(ミュージシャン)/中田 康彦(一橋大学教授)/中西 新太郎(関東学院大学教授)/中間 陽子(弁護士)/中村 雅子(桜美林大学教員)/中山 ラビ(ミュージシャン)/並木 浩一(国際基督教大学名誉教授)/並木 陽介(弁護士、憲法フェスティバル実行委員会実行委員長代行)/橋本 良仁(高尾山の自然を守る市民の会事務局長)/樋口 陽一(東北大学名誉教授、東京大学名誉教授)/平野 裕二(子どもの人権連代表委員)/藤田 昌士(元立教大学教授)/藤本 晃嗣(敬和学園大学人文学部准教授)/穂積 匡史(弁護士)/三上 昭彦(元明治大学教授)/門奈 直樹(立教大学名誉教授)/安田 浩一(ジャーナリスト)/矢野 敏広(ミュージシャン)/山田 真(小児科医)/山中 眞人(ニューヨーク州弁護士)/山本 由美(和光大学教授)/梁 澄子(一般社団法人希望のたね基金代表理事)/横田 耕一(九州大学名誉教授)/よしだ よしこ(ミュージシャン)/渡邉 寛之(弁護士)/和田 悌二(編集者)
(2020年2月26日)
5年をかけた「浜の一揆」訴訟の控訴審判決が敗訴となった。弁護士にとって敗訴は辛い。勝たねばならない事件の敗訴はなおさらのことである。
判決言い渡し後、仙台弁護士会の会議室を借りて、3時間に近い報告と意見交換の集会が開かれた。
もちろん、まずは無念が語られた。原告の一人は、「今、家族に敗訴の結果を知らせた。電話を受けた息子ががっかりしていた」と発言した。しかし、その人も、これから何をなすべきかの議論に加わった。
この場の発言に敗北感はなかった。道理はこちらにあるとの確信のもと、むしろ怒りが語られた。このままでは終わらない。新たな許可申請も、知事との交渉も、水産庁交渉も、世論への訴えも、訴訟も、できることはやり尽くそう。
敗訴が、あきらめではなく、決起の機会となった。「浜の一揆」にふさわしいというべきだろう。5年前この訴訟を始めた時とくらべて、支援の輪も広がり、団結も強くなっている。当時は知らなかった資料や知見を手に入れもした。岩手県側の言い分も十分に心得た。5年前と同じことを繰り返すのではない。はるかに有利な地点から、闘いを始めることができる。
道理が通らないはずはない。道理の通らない行政を変えられないはずはない。これが、原告漁民の共通の思い。かつての「一揆」もこのようなものだったろう。
われわれの主張の骨格を以下に、記しておきたい。
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平成30年(行コ)第12号 サケ刺網漁不許可取消請求等控訴事件
第1 何がどのように問われているのか
1 漁民がサケを獲ることは基本的権利である
三陸沿岸の海洋を回流するサケは無主物であって、これを捕獲することは、本来誰もが自由になしうることです。控訴人ら漁民が生計を立てるためにサケ漁を行うことは、憲法上の基本権(営業の自由)として保障されなければならず、その制約には、厳格に合理的な必要性が要求されます。この点の認識が、本件を考察する出発点でなくてはなりません。
2 サケ採捕に対する制約は2点の根拠ある場合に限られる
漁業法65条の授権にもとづいて岩手県漁業調整規則は、沿岸の刺し網漁を県知事の許可漁業とした上で、漁民からの刺し網漁許可の申請に対しては、許可すべきことを原則にしつつ、「漁業調整の必要」と「資源の保護培養の必要」がある場合に限り、これを不許可とすることができると定めています(同規則23条)。
従って、本件各許可申請を不許可として、控訴人らのサケ採捕によって生計を維持する権利を制約するには、この2点の具体的な根拠を行政庁において明確にし、挙証し得た場合に限られることになります。
3 本件の争点の骨格
枝葉を払った本件の主要な争点は、本件各不許可処分の根拠とされた、「漁業調整の必要」と「サケ資源の保護培養の必要」があることの根拠について被控訴人(岩手県)が具体的な主張と挙証に成功しているかに尽きるものなのです。以下、この点に絞って陳述します。
第2 「漁業調整の必要がある」とはいえない
1 「漁業調整」の意味するもの
本件許可申請を不許可とする根拠として語られる「漁業調整」とは、「有限なサケを希望者皆に捕らせることはできない。別の漁業者には捕らせるが、その漁業者の不利益にならないように、オマエには一匹も捕らせない」という、行政権力による差別化を意味します。「調整」という名で、敢えて行政が不公平を行う宣言をしているのです。はたして、こんな不公平を行政がなしうるものでしょうか。
2 法が予定する漁業調整の理念とは
この点については、二平章氏の意見書(甲22)において、要領よく分かり易く述べられています。要約すれば、以下のとおりです。
「漁業調整とは、漁業主体間の利害対立状況の調整ですが、次の理念のもとに行われるべきです。
第一は漁業者の優先です。他人を使用して事業として漁業を行う者よりも、実際に漁業を行う者を優先するということ。
第二に弱小零細漁民の保護です。大きな漁業者の事業的な利益よりは、零細漁民の生存権的な利益を優先させるべきです。
一方的にどちらを勝たせるとか、すべての利益を一方に独占させるという意味ではなく、現実に利害の対立があり摩擦が生じている局面でこれを調整するための指針としてこの二つの理念があるのです。」
これが、戦後の経済民主化立法として、農業の農地改革と軌を一にする、漁業法の理念であり、漁業の「民主化」を目的に掲げた漁業調整のありかたなのです。
3 現実はどうなっているのか
その漁業法の理念に照らして、岩手県沿岸におけるサケ漁をめぐる漁業主体間の利害対立状況の現実は、いったいどのようになっているでしょうか。
「サケは大規模な定置網漁業者だけに捕らせる。刺し網を希望する小型漁船漁業者には一匹も捕らせない」という、不公平の極みではありませんか。漁業者優先の理念も、零細漁民の保護の理念もまったく無視されています。どうしてこんな無理無体,理不尽がまかり通っているのでしょうか。だから、漁民は岩手県の水産行政を、藩政時代と同じだと言っているのです。
もちろん、「営業の自由」も、公共の福祉による制限には服さなければなりません。しかし、公共の福祉とは、経済活動の自由の名の下に市場で横暴な振る舞いをする経済的な強者に対する規制の根拠として意味があるもので、強者を保護するために、弱者の権利を奪い取る、この倒錯した論理に納得できるはずはありません。司法が、この偏頗な行政の不見識に加担するようなことがあってはなりません。
しかも、このような不公平による軋轢、不平・不満は1980年代から顕在化しているのです。その最初の爆発が、1990年の「一斉水揚げ強行事件」です。その後30年も、漁民はサケ刺し網漁の許可を求める要求と運動を続けてきました。それでも事態は変わりません。それが、本件「浜の一揆」訴訟提起の原因となったのです。
4 誰と誰との利害の調整なのか
問題は、こんな露骨な不公平行政を取り繕って「漁業調整の必要があるから申請を不許可とする」という弁明の余地があるのか、ということです。
実は、県政のいう漁業調整の具体的内容は、本件各処分時にはまったく特定を欠き、いまだに明確とは言い難いのです。以下に、必ずしも明確とはいいがたい被控訴人の幾つかの主張を検討します。その検討においては、誰と誰との間の利害の対立を調整したのかを明確に意識することが重要で、そのことが漁業調整の必要があるという被控訴人の判断の不合理をより鮮明にします。
被控訴人提出の資料によれば、岩手県沿岸には82ケ統の定置網があります。そのうち、個人経営が12ケ統、漁業生産組合経営8ケ統、有限会社経営6ケ統、漁協・個人共同経営10ケ統となっています。その余の46ケ統が、海水面漁協の単独経営です。
つまり、漁業調整において、控訴人らと対峙している業者の半数近くが純粋に私人なのです。私的な事業者の利益確保のために、被控訴人らが譲らねばならない理屈はありえません。
5 定置網漁業者に優先権はない
被控訴人は「固定式刺し網漁業によるサケの採捕を解禁すれば、母川回帰前のサケがことごとく先取りされ、定置網漁業者との関係で著しく不公平な結果となり、漁業調整上の深刻な摩擦を生むことになる」といいます。
これは、「ことごとく先取りされる」という前提が虚偽ないし誇張の主張です。少なくも何の立証もありません。仮に、定置の漁獲量に影響があったとしても、定置網漁の許可が取り消されるものではありません。定置網の漁獲が多少でも減る恐れがあるから、刺し網の許可ができないというのは、現状の馬鹿げた不公平をあるべき秩序と容認して始めて成り立つ「理屈」でしかありません。とりわけ、個人・会社・漁業生産組合などの定置網漁の漁獲を保護する理由は成り立ち得ません。
6 孵化放流事業の振興策は刺し網禁止を合理化しない
被控訴人は、固定式刺し網漁は「県の人工ふ化放流事業と相容れず,定置網漁業者との間に漁業調整上の深刻な摩擦が生じる」とも説明しています。しかし、これまでの主張の交換と書証とによって、この主張が成り立ち得ないことは明らかとなっています。
前述のとおり、県内には個人経営の12ケ統、漁業生産組合経営の8ケ統及び、有限会社経営の6ケ統が、いずれもサケ孵化場の経営と無縁でありながら、サケ採捕の権利を得ていることが明白です。また、漁協・個人共同経営の10ケ統における個人経営者も、同様の利益に与っていることになります。また、県内に28のサケ孵化場のすべてが海面漁協の経営というものでもありません。浜の有力者たちは、個人として、生産組合を形成する形で、あるいは、有限会社を作って、「自らは孵化事業に関わることなく、」定置網漁による利益を得ているのです。
さらに、孵化事業のサイクルは、母川に稚魚を放流した時点で完結します。この稚魚は無主物で、岩手の河川と北太平洋との恵みを受けて育った成鮭を孵化放流事業者が優先して採捕する権利などまったくありません。
また、控訴人らはすべて漁協の組合員です。漁協が経営する孵化事業の成果である成鮭の採捕という「直接の利益」を等しく享受すべき立場にあります。
なお、各孵化事業の経費は、いずれも公的資金の投入と漁獲高の7%に当たる分担金の拠出によってまかなわれています。分担金の負担は、孵化事業の主体であるか否かで変わるところはありません。定置も延縄も同一である。漁協も個人もです。刺し網も同一の条件になるものと考えられ、そのような運営で何の支障も生じようがない。
7 形式的な民主主義手続は刺し網禁止を合理化するか
被控訴人は、「固定式刺し網漁業によるサケの採捕の全面的禁止は、県漁連や海区漁業調整委員会での民主的な合意形成によるもの」と主張します。
しかし、県内漁業者の総意でサケの固定式刺し網漁が禁止に至ったという経緯はありません。そもそも県漁連や海区漁業調整委員会は、実質において、一部の県内有力漁業者の利益実現のための機構で、県内漁民の意見の集約機能を持つものではありませんでした。サケの孵化事業は、県内の有力漁業者が、自らの持つ大規模定置網漁業の利益をもたらすものとして発展させたものです。従って、固定式刺し網漁業によるサケの採捕全面的禁止は、県漁連や海区漁業調整委員会の幹部を兼ねた、有力業者が自らの利益のためにしたもので、提出の陳述書や書証のとおりなのです。
控訴人らは、長く漁民個人のサケ漁の解禁を求め、その実現のための手続的変革の努力もしてきました。現在の岩手県海区漁業調整委員会の公選委員に、原告らのうちの2人を当然させて送り込んでもいます。しかし、それでも事態はまったく変わりません。その本来の権利実現のためには、司法手続によって、本来の権利を実現するしかない事態なのです。
8 漁協の自営定置は刺し網禁止の理由になり得ない。
被控訴人は、「人工ふ化放流事業によるサケ漁業による利益は,漁協に内部留保されるばかりでなく,地元自治体への寄付を通じて地域へ還元され,出資配当金等の支給により組合員にも還元されている。」といいます。
しかし、被控訴人のこの点の立論は、定置網漁業者がすべからく漁協だという前提において既に誤っています。控訴人らは、漁協の自営定置を止めよと主張していません。「自営定置の漁獲減少の恐れがあるから、組合員の漁業許可を許さないというのは水協法4条に照らして本末転倒だ」と言っているのです。
漁協が適法に行いうるすべての事業は、「組合員のために直接の奉仕をすることを目的とする」事業に限ります。組合員の漁業経営を圧迫する恐れのある事業をできるはずはありません。
9 隣接道県との協議の必要も刺し網禁止の理由になり得ない。
隣県宮城でも、岩手同様、孵化放流事業もあり、定置網漁も行われている。しかし、刺し網も許可されています。仮に、協議の必要があれば、許可の上で協議をすればよいだけのことで、隣接道県との協議の必要があることが、刺し網禁止の理由とはなり得ないことが明白です。
10 親魚確保のためとする刺し網禁止の理由はなり立たない
井田齊意見書と証言に詳細ですが、採卵のための親魚としては,河川親魚の確保が重要であって、海産親魚に頼るのは邪道なのです。河川親魚の確保のためには、しかるべき時期に複数回河口を開けて、成鮭が母川を遡上する機会を作ることになります。その点において、定置も刺し網も本来的な優劣はありません。恒常的に河口を防ぐ位置に敷設される定置網よりは、常時に網を下ろすことのない刺し網に優位があるともいえます。また、控訴人らは定置網漁を止めよとの主張はしていなません。飽くまで共存しようという態度で一貫しているのですから、仮に何らかの事情で海産親魚の捕獲が必要な場合は、定置網漁が引き受ければよいだけのことで、刺し網を禁止する理由になり得ないことは明白なのです。
第3 サケ資源の保護培養上の必要性があるとはいえない
1 固定式刺し網漁は、サケを取り尽くさない
サケ資源の保護培養の必要の根拠として、被控訴人がまず述べるのは、「刺し網が漁獲効率が高い漁法であり、それゆえにサケ資源を取り尽くす」ということです。
しかし、その主張自体が具体性を欠けるものとして失当であること、そもそも「漁獲効率の高い漁業」は許可できないという発想が間違っていること、なによりも「漁獲効率の高い漁業の解禁は,サケ資源の確保に悪影響が大きい」との主張が、こと孵化事業が進展しているサケに関しては、間違いというよりは虚偽であることは明らかというべきです。
2 固定式刺し網漁は、孵化放流事業に支障をきたさない
次いで、「刺し網では、親魚として利用することができないこと」が挙げられますが、これも苦し紛れの弁明でしかありません。河川親魚としての確保こそが重要であって、そのためには、定置も刺し網も本来的な優劣はありません。井田意見書と、井田証言に明らかなところです。
3 控訴人らへの刺し網漁の許可は際限のない参入者を生まない
本件各申請に許可を与えた場合、これに続いて他の漁民からの許可申請があるか否か、申請があるとしてどの程度の人数になるかは、分からないというしかありません。これを予測する合理的な根拠も資料もないからです。
しかし、「分からないから不許可」というのは基本権をないがしろにした不合理極まる結論というほかはありません。判断すべきは、処分時点での当該申請を許可すれば、サケ資源の保護培養に支障が生じるか否かの一点であって、将来の不確実な事情を許可申請者に不利益に考慮することは許されません。
被控訴人申請の山口証人も、サケが豊漁であった時期でさえ、延縄漁が十分に経済的に成り立ちうる漁業であったのに、岩手の漁船がこぞって参加することなどなかったことを認めています。現実には、多くの漁船がこぞって参入することなどあり得ないことは、数字を挙げて反駁したところです。
仮に、「サケ刺し網解禁」によって、漁民の減少に歯止めが掛かることを歓迎する立場判断からは、控訴人らに続く許可申請者を受容すれば良いのです。また、仮に刺し網漁の増加を歓迎しないという判断であれば、合理的な漁獲総量を均分した各刺し網漁業者の漁獲量の上限を年間10tではなく下方に修正して調整すればよいだけのことです。公平ならざることに不満はあっても、公平で資源確保のために合理性ある規制に漁民が納得しないはずはありません。
合理的で必要な最小限の規制はあって然るべきですが、現状の全面禁止を維持する合理性は、いささかもありえません。
4 判断の基準点を動かしてはならない
言うまでもなく、判断基準時は本件不許可の時点です。これを動かし、当時は予測し得なかったその後の事情を、つまみ食いして行政に有利に考慮するようなことがあつてはなりません。
なお、サケ漁獲量の減少や台風の被害は、定置網漁業者だけでなく、控訴人ら零細漁民にも深刻な影響を及ぼしています。だからこそ、控訴人らのサケ刺し網漁の解禁要求は切実なものというべきで、基準時以後の定置網事業者の被害のみを語ることは不公平も甚だしいと言わねばなりません。
以上のとおり、漁業調整の必要も、サケ資源保護培養上の必要も、あるとはいえないにも拘わらず、本件各申請を不許可とした岩手県知事の各処分は違法として取り消されなければなりません。
(2020年2月25日)
A 次の議題です。
新型コロナウィルス肺炎が流行の兆しです。厚労省が不要不急のイベントの自制を呼びかけていますね。天皇誕生日の一般参賀が中止になり、東京マラソンの一般参加枠も取りやめ。自民党大会も延期だとか。近々に予定されている私たちの討論合宿についても再考すべきではないかとの意見が寄せられています。皆様のご意見はいかがでしょうか。
B 合宿が不要不急のイベントとは思いませんが、キャンセルもありじゃないでしょうか。このところの報道に家族が心配しています。新幹線もバスも、宿泊施設も、感染リスクを否定できません。感染拡大がおさまってから再度計画としてはどうでしょうか。
C 何を規準にどう行動すればよいか迷う問題ですが、この間の「市中感染」事例発生の報道を見れば、合宿はキャンセルというのが無難なところだと思います。合宿に代わる都内での小会議を設定することで、合宿が目指している課題を実現することも十分可能でしょう。
D 感染リスクは、実はそれほどではないと思いますよ。1臆2600万の日本の人口に対し、現段階では中国とクルーズ船での感染を除く国内の感染確認者はまだ2桁でしかありません。また、コロナウィルスの致死率は、インフルエンザよりは多少高い程度で、SARSよりは低い。健康な人が感染しても大部分は重症化せず、風邪のような軽い症状ですんでいます。インフルエンザの年間死亡者数は2018年が3000人を超え、2019年はそれ以上のようです。コロナにしてもインフルエンザにしても、合宿での感染リスクより、満員電車での感染リスクの方が高いと思います。
C まだるっこしいほどの検査態勢の不備から、現時点では正確な感染リスクを判断できません。それでも、武漢の実例は十分に恐ろしい実例です。インフルエンザと違って、新型コロナには予防も治療も期待できない。致死率は低くとも、感染した場合の患者の社会生活上のダメージは極めて大きい。しかも、感染経路不明な感染者が出ていることは、社会の至る所に感染リスクがあるということ。判断しかねるときは、安全側を取るべきが常識ではありませんか。
D 合宿強行を主張するつもりはありませんが、感染リスクを避けるために合宿を中止するなら、満員電車に乗るリスクを避けるために当面の都内での会議・企画の中止も求めないと矛盾すると思いますよ。
E コロナ感染リスクの有無もさることながら、この時期に、自粛ムードに乗せられてしまうことに抵抗感がありますね。まるで、天皇死亡後の自粛ムードを彷彿させる事態。世間がこの空気だからキャンセルが無難だというのは、体制順応ウィルスに感染の症状ではありませんか。
F 私は、今合宿を行うことの意義を再確認したいと思います。ご存じのとおり、国会情勢は共闘体制を固めた野党側が徹底して安倍政権を追い詰めています。もう一息で、現政権の「国政私物化」「嘘とごまかし」を完膚なきまでに暴くことができる。私たちが、その情勢を正確に認識し、国会の内外で何ができるか、何をなすべきかの意見交換と検討が、一刻の猶予も許さぬ課題となっています。予定のとおり、ぜひ実行すべきです。
G 賛成です。感染リスクだけではなく、合宿の必要性の認識が重要だとおもいます。親睦会の開催の可否であれば、感染リスクの有無や程度だけの議論でよい。しかし、今われわれが、改憲阻止や具体的な政権追及の課題をテーマに討論合宿をすることには緊急性があると思います。実施すべきでしょう。
H とはいえ、高齢者や基礎疾患のある人にリスクの高いことは報道されているとおりで、ご本人の判断での欠席は、尊重されなければなりません。その点は、十分に配慮が必要だと思います。
A この件だけで、大きく時間を割くことができませんので、お諮りします。
合宿は、予定のとおりに開催する。ただし、状況を踏まえて再度出欠の希望を確認する。そして、それぞれのご事情での判断を尊重して、決してご無理をなさらぬようご通知をする。
これで、いかがでしょうか。
ご異議ないものと判断して、次の議題に移ります。
(2020年2月24日)
2月23日、天皇の誕生日であるという。
明治期には三大節というものがあった。四方拝(1月1日)・紀元節(2月11日)・天長節(11月3日)のこと。昭和期には四大節となった。四方拝(1月1日)・紀元節(2月11日)・天長節(4月29日)・明治節(11月3日)である。天皇の誕生と国の誕生とを祝い、天皇が支配するこの国の永遠の栄えを、国の公式行事として祈ったのだ。
国家に先行して神的な天皇の祖先神の存在があるとされ、この国の存在と支配構造は、天皇神話によって合理化された。天皇を神とも教祖ともするこの信仰体系が「国家神道」と呼ばれるものだが、もっと端的に「天皇教」と呼称すべきだろう。これは、権力による人民への壮大なマインドコントロールである。しかも、稀有なその成功例と言ってよい。
このマインドコントロールは、まことに権力にとって好都合のものであった。臣民の知性を摘み、個人の精神的自由を押さえ込むためのこの上なく重宝な装置であった。これあればこそ、臣民に滅私奉公を強要し、軍国主義を鼓吹することができた。侵略戦争も植民地支配も、これなくしてはできなかった。
このマインドコントロールは、今なお、清算されていない。狂信的な天皇教信者の残党がある。天皇には特別の敬称を用いなければならないという社会の思い込みも強い。天皇には最大級の敬語が必要だという心理的強制が多くの人の胸中にわだかまっている。
そんな時代での新天皇の誕生日である。世が世であれば、「天長節」であっただろうか。いや、世が維新以来の旧天皇制の世の継続であれば旧皇室典範によって前天皇(明仁)の生前退位はなく、現天皇(徳仁)の就任はあり得ない。
本日、春めいた陽気に誘われて、本郷から小石川周辺を散歩し、小石川植物園のみごとな梅の盛りを堪能した。行き帰りの散歩道に一本の日の丸も見なかった。天皇教の教勢のバロメータが日の丸である。世は、まだ健全さを保っている。
ところで、予定されていた一般参賀が中止となった。報道されているところでは、「例年、天皇誕生日には皇居で一般参賀が行われますが、今回は新型コロナウイルスの感染拡大を受け中止となりました。」という。
それ以上のことは分からない。一般参賀者間の感染を防止しようとの配慮であるのか、あるいは、一般参賀者からの玉体に対する感染があってはならなないとする慮りなのであろうか。いずれにしても、新天皇の最初の誕生日における受難である。天皇の呪術的霊力も、新型ウィルスには勝てないのだ。
なお、2月21日、天皇は即位後初めてとなる記者会見に臨んだ。今朝の毎日を見て驚いた。第6面の全面を使う分量。何の突っ込みもない一方的なしゃべりに、これだけの紙面を割く重要性があるというのだろうか。しかも、その見出しが、「国民に寄り添って」「憲法順守、務め誠実に」という阿諛追従。
象徴としての天皇は、意味のあることをしゃべってはならない。意味のないことをしゃべるのは自由だが、そんなことは報道するに値しない。天皇が意味のあることをしゃべれば、これは大きな問題で、報道するに値する。そのケジメが、メディアには欠けているのではないか。
記者会見での意味あるところと言えば、こんなところか。
先に述べましたとおり、常に国民を思い、国民に寄り添い、象徴としてあるべき姿を模索しながら務めを果たし、今後の活動の方向性についても考えていきたいと思っております。憲法についての質問ですが、日本国憲法は、日本国及び日本国民統合の象徴として天皇について定めています。憲法を遵守し、象徴としての務めを誠実に果たしてまいりたいと考えております。
象徴天皇とは、内閣の助言と承認によって厳格に定められた国事行為を行うだけの存在である。なし得ることは、純粋に形式的な行為のみ。それを超えて、「象徴としてあるべき姿を模索し」たり、「今後の活動の方向性について考えていきたい」とするのは、明らかに越権である。
家族や友人の誕生日には、ひたすらお祝いをすればよい。しかし、天皇教の教組の末裔の誕生日には、お祝いたけでなく、警戒心も必要なのだ。
(2020年2月23日)
「会同」という官庁用語がある。「会同」には、「会議」にはない権威主義的な胡散臭い響きがある。「会同」においては、出席者に発言や議論は期待されない。最高幹部から出席者に組織の意思が重々しく伝達される場というイメージ。「高等裁判所長官・地方裁判所長・家庭裁判所長会同」「行政事件担当裁判官会同」「自衛隊高級幹部会同」など、名を聞くだに息苦しい。
2月19日(水)、法務省で「検察長官会同」が開催された。法務大臣、検事総長以下、全国の高検や地検のトップが一堂に会する場。議題は「検察運営上、考慮すべき事項」とされ、冒頭の稲田伸夫検事総長訓示が「質の高い検察権行使により、国民の期待と信頼に応えられる検察であり続けるよう尽力してほしい」という陳腐な内容だったという。これだけでは何の国民の関心も惹かない。
ところが、出席者からの発言や議論は期待されないはずのこの会同において、異例の発言があったことが報じられて、話題となっている。
冒頭を除いて、この「会同」は非公開である。非公開の席での発言が複数メディアの記事になっているのだから、積極的に取材に応じた出席検察官が複数いたということだ。情報源を「複数の出席者が明らかにしたところによると」とする記事もある。
複数メディアの記事の内容は、以下のとおりにほぼ一致している。
「会議の終盤に中部地方の検事正が挙手をし、法務省の首脳に黒川氏の定年延長について質問。『検察は不偏不党でやってきた。政権との関係性に疑念の目が向けられている』といった内容の発言をした上で、『このままでは検察への信頼が疑われる。国民にもっと丁寧に説明をした方がいい』という趣旨の提案をした。」
一部のメディアの記事では、この検事正の発言には、検察庁法14条の引用があったという。法務大臣の検察業務への介入は原則として禁じられている。その原則を破る例外としての「指揮権発動」を定めたものが検察庁法14条である。今回の黒川検事長定年延長は、指揮権発動にも等しい愚挙との指摘であったろう。
これに対して、主催者側の辻裕教・法務事務次官が質問を引き取ったが、「『延長の必要性があった』と答えるにとどめた」と報じられている。
今注目の検察官といえば、稲田伸夫検事総長と、その後任を争う林真琴名古屋高検検事長、黒川弘務東京高検検事長の3名。当然のことながら、「会同」には、この注目の3名も出席している。その面前での、黒川検事長の名を上げての検察庁幹部人事のありかたへの疑念の表明である。インパクトが小さかろうはずはない
通常、検事総長人事も検事長人事も、さしたる国民の関心事ではない。人事に国民の関心や注目が集まる事態が既に異常なのだ。この3名の検察官に国民の注目が集まる理由は、安倍内閣の検察庁最高幹部人事への介入の異常があればこそのことである。
硬骨な検事正の発言は、報じられる限りでは、さすがに抑制の効いた内容である。しかし、本当はこう言いたかったのではないだろうか。
「検察は時の政権の走狗ではない。準司法機関として不偏不党が要求される立場にあり、公正性・中立性についての国民の信頼なければ成り立ち得ない。これまでは、営々と国民の信頼を勝ち得る努力を積み重ねてきたところだ。いま、国民からの信頼が崩壊しかねない事態に遭遇している。これは、これまで全国の第一線の検察官が積み上げてきた努力を無にするということにほかならない。検察が現政権の思惑次第で操られているのではないかという疑惑に対する、厳しいが疑念の目が検察・検察官に向けられている。このままでは国民の検察への信頼を維持することができない。場合によると、黒川検事長の定年延長は違法で無効なのかも知れない。そうなる前に、黒川検事長の定年延長閣議決定は撤回すべきだ。あるいは、再度の閣議で、定年延長を打ち切ったらよい。いずれ黒川検事長を検事総長にしてはならない」
これに対する、辻次官の「延長の必要性があった」という弁明はいかにも投げやりで力がない。もしかしたら本音、はこうではないだろうか。
「黒川検事長の定年延長は必要性あってのことですよ。もちろん、その必要性は主として安倍政権にとってのものですが、必ずしも官邸サイドだけのものではない。このご時世、『検察の不偏不党』『国民からの信頼』だけではことはうまく運ばないんですよ。『政権との微妙な間合い』『政権からの信頼』も大切なんで、官邸の意向を飲まざるを得なかった。そんなことはみんなお分かりでしょう。官邸からのゴリ押しに屈したと言わば言え。仕方がないじゃないですか。原則論を振り回しても、無駄なものは無駄。ここは面従腹背でいくしかないんです」
こうして、原則は歪められ、理想は地に落ちてゆく。安倍晋三の大罪がまた一つ、積み上げられた。
(2020年2月22日)