澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

野村修也懲戒。橋下徹の責任をこそ思い起こそう

野村修也という弁護士がいる。もともと商法の研究者で中央大学法科大学院教授とのこと。特例弁護士(「司法試験に合格し司法修習を終えた者」以外の弁護士)として、2004年に第二東京弁護士会に登録されている。その野村弁護士が、本日(7月17日)二弁から懲戒処分を受けた。業務停止1か月である。

私は、この人と面識はなく、恩も怨みもない。だから、個人的な感情を交えずに、感想を率直に述べることができる立場にある。そのような立場の一弁護士としてこの懲戒処分に一言申し述べておきたい。

この懲戒請求事案が、「懲戒」の結論となったことをまずは喜びたい。これが、「懲戒しない」の結論となっていたら、弁護士会の明らかな失態であったろう。弁護士に対する世人の信頼は大きく揺らぎ、弁護士とは所詮その程度のものかと見られることになったに違いない。
もっとも、処分の量定は軽きに失した感がある。また、懲戒請求から処分まで約6年を要したことは、いかにも遅いとの印象。もっと迅速に懲戒すべきであったろう。

経過の概要の理解のために、簡にして要を得た日経記事を引用する。

「大阪市が職員に回答を義務付けた組合活動に関する記名式のアンケート調査を巡り、第二東京弁護士会は17日、市特別顧問として調査を担当した野村修也弁護士を業務停止1カ月の懲戒処分にしたと発表した。
 同会によると、野村弁護士は2012年1月に市特別顧問に任命され、市職員の違法行為を調べる第三者調査チームの責任者としてアンケートを実施。組合活動の有無や政治家の応援への参加歴などを尋ねたことが、団結権やプライバシー権、政治活動の自由などの基本的人権を侵害していると認定し、弁護士の「品位を失うべき非行」に該当すると判断した。野村弁護士は同会に対し、「当時は必要かつ有益な調査だった」と弁明したという。
 調査は当時の橋下徹市長が職務命令で回答を義務付け、正確に答えない場合は処分対象になりうるとした。大阪府労働委員会が「(組合活動への)支配介入に該当する恐れがある」と調査の一時停止を勧告し、市も調査を凍結。アンケートは未開封のまま廃棄された。
 調査を巡っては、市職員や労働組合が提訴し、プライバシー権や団結権の侵害を認めて市に賠償を命じる判決が確定している。」

「市職員や労働組合が提訴し」た大阪市に対する国家賠償請求事件は大阪高裁判決で確定している。その判決を報じる毎日新聞の記事を引用しておく。野村は、1審では、責任を認められていたが、控訴審では責任を免れたのだ。

毎日新聞(2015年12月17日)

「職員アンケート5問違法、大阪市に2審も賠償命令

 橋下徹・大阪市長の指示で市が職員約3万人を対象に実施した、労働組合や政治活動への関与など22問に記入するよう義務付けたアンケートをめぐる訴訟の控訴審判決が16日、大阪高裁であった。中村哲裁判長は1審・大阪地裁に続き、設問のうち5問を違法と判断。国家賠償法に基づき、市に対し、原告の職員29人と5労組に1審のほぼ倍額の約80万円を支払うよう命じた。
 判決によると、1審と同様、22問のうち5問について、憲法が保障する団結権やプライバシー権を侵害したと認定。プライバシー権侵害を認定されていた「特定の政治家を応援する活動に参加したか」「特定の選挙候補者の陣営に知人を紹介するカードを配られたか」の2問については新たに「橋下市長が労組の政治的関与を非難する発言を繰り返す中、地方公務員法に抵触しない範囲でできる政治的行為を萎縮させる」と判断。「政治活動の自由と団結権も侵害した」と認定した。
 一方、橋下市長から依頼されて設問を作成した市特別顧問(当時)の野村修也弁護士については、「アンケートの作成と実施に関与した『公務員』というべきだ」と指摘。「個人として民事上の賠償責任は負わない」とし、賠償責任を認めた1審判決を覆した。

弁護士は、人権擁護を職責とする。クライアントの依頼内容が人権侵害を伴うときには、依頼者を説得し指導しなければならない。人権感覚を欠いた大阪市長からの依頼を受ける以上は、市長を説得し指導する覚悟がなければならない。野村に、十分なその覚悟があったか。

そして、改めて橋下徹の責任を思い起こさざるをえない。当然、維新は同罪である。野村よりは、橋下の責任が大きい。野村の不運は、何の覚悟もないままに、橋下徹というクライアントに迎合したことにある。アンケートという名の思想調査は3万人の職員に強制されていた。その強制は橋下徹によって行われたのだ。

野村弁護士懲戒に際して、あらためて橋下徹が6年前に何をしたのかを思い起こしたい。下記が、橋下が市長として市職員3万人にアンケート調査に応ずべきことを指示した通知である。

2012年2月9日

職員各位

アンケート調査について

 市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて、次々に問題が露呈しています。
 この際、野村修也特別顧問のもとで、徹底した調査・実態解明を行っていただき、膿を出し切りたいと考えています。
 その一環で、野村特別顧問のもとで、添付のアンケート調査を実施いただきます。
 以下を確認の上、対応よろしくお願いします。
1)このアンケート調査は、任意の調査ではありません。市長の業務命令として、全職員に、真実を正確に回答していただくことを求めます。
 正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます。
2)皆さんが記載した内容は、野村特別顧問が個別に指名した特別チーム(市役所外から起用したメンバーのみ)だけが見ます。
 上司、人事当局その他の市役所職員の目触れることは決してありません。
 調査票の回収は、庁内ポータルまたは所属部員を通じて行いますが、その過程でも決して情報漏えい起きないよう、万全を期してあります。
 したがって、真実を記載することで、職場内でトラブルが生じたり。人事上の不利益を受けたりすることはありませんので、この点は安心してください。
 また、仮に、このアンケートへの回答で、自らの違法行為について、真実を報告した場合、懲戒処分の標準的な量定を軽減し、特に悪質な事案を除いて免職とすることはありません。
 以上を踏まえ、真実を正確に回答してください。
以上

??? 大阪市長 橋下徹

このアンケート調査強行のあと、2012年中に4回にわたり計656人から、野村弁護士に対する懲戒請求があったという。二弁は、回答を強制されたアンケート調査が、職員の団結権、プライバシー権、政治活動の自由の侵害等、憲法や労働組合法に違反する内容が含まれていたと認定し、野村について「弁護士の品位を失うべき非行」に当たると判断したが、これは橋下徹の責任をも認めたに等しい。

公権力を用いて職員の思想調査を強制する人物が、大阪府知事にもなり、この事件後も大阪市長として再選され、いまだに社会的発言を続けている。本来は、大阪市民、大阪府民が橋下や維新を選挙で裁くべきだったのだ。それができないままの民主主義の現状を嘆かざるを得ない。
(2018年7月17日)

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