澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

一日も早い、「表現の不自由展」再開の仮処分命令を

どうして、もっと大きなニュースにならないのだろうか。昨日(9月13日)、中止になっていた「表現の不自由展・その後」の展示再開を求める仮処分命令が名古屋地裁に申立てられた。中止になったのは、愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の一部門としての企画展であり、過去に公的な施設から、表現の機会を奪われた16点の作品群の展示であるという。その再開を求める仮処分命令申立。表現の自由に関わる大事件に、ようやく司法が関わることになったのだ。申し立てた側は、記者会見で展示中止を「民主主義の決定的な危機」と訴えたという。もっと、メディアの関心が高くて然るべきであろう。

まだ、詳細な報告に接していないが、概要は次のごとくである。

 債権者(仮処分の申立人をこういう。ヘンな業界用語)は、この企画展の「実行委員会」と報道されているが、実行委員会を構成している5名の個人が共同して債権者になっているものと思われる。
 債務者(仮処分申立の相手方のこと)は、展覧会を主催する国際芸術祭実行委員会。
 申立の趣旨(求める仮処分命令の内容)は、「中止となっている企画展の各作品の展示を再開せよ」というものなのだろう。もちろん、もう少し、展示再開のための実効的で具体的な作為命令を求めているものと思われる。たとえば、展示再開にともなって当然に予想される右翼勢力からの妨害行為への対応策として必要な具体的施策なども内容とされているだろうが、詳細は把握していない。

一般に仮処分命令認容の可否に関しての最大の問題点は、被保全権利(債権者が債務者に対して有する請求権)の構成であるが、本件においてはさしたる困難はなかろう。本件の債権者は債務者に対して、作品展示に関する契約上の債権として、所定の期間中作品を安全に観客に展覧せしむる請求権を有していると考えられるからである。報道では、申立書は文化芸術基本法などに基づいた構成になっているというが、裁判所はそんな難しいことには踏み入らず、手堅く骨組みだけでの認定をするだろう。

債務者の側は、心ない右翼勢力の妨害から展示作品を守り、一般の鑑賞者に安全に鑑賞してもらうよう万全を尽くす義務を負っている。これは自明なことなのだ。

この債権者の主張に対して、債務者の側から一応はこの被保全債務の存在を否定する主張がなされることになるだろう。契約締結時とは事情が変って当該義務の履行が不可能な事態となっている、具体的には安全に展示を行う環境が喪失されている、という主張である。しかし、裁判所がこんな主張を認めるとは到底考えられない。

万が一にも、こんな債務者の主張を裁判所が認めるとすれば、表現の自由は死滅する。展覧会に対する脅迫で表現の自由を屈服させてはならない。それこそ、文明国にあるまじき、恥ずべき野蛮国家(≒ヘイト蔓延国家)への堕落である。当然のこととして、予想される混乱に対しては、展覧会主催者は、なし得る最大限の防衛策を講じなければならない。

この局面での法的問題はけっして複雑なものではない。民意がこのような展示に賛成しているか否か。あるいはその賛否それぞれ合理性があるかは、いま問題にはならない。この件の法的争点は、愛知県が最大限の防衛策を講じてもなお、展示会続行が不可能と言えるか否かという,この一点に絞られる。

いうまでもなく、「威力を用いて人の業務を妨害すること」は威力業務妨害罪を構成する犯罪である。直接の有形力を行使して展示を妨害することはもとより、電話・メール・ファクスでの害悪の告知の一切が犯罪である。会場で大声を発することさえも、犯罪たりうる。

犯罪から、市民社会の平穏を守るのが、警察の役割である。愛知県警は、表現の自由擁護のために、誠実に盡力しなければならない。

意見は多様であってよい。嫌韓の立場から、国粋の立場から、このような展示には反対という不寛容な意見もあるだろう。そのような意見の表明にも自由は保障されている。しかし、意見の表明の域を超えて、有形力を行使し、あるいは脅迫的な言辞で展示を妨害しようとすることは、犯罪として許されることではない。ことここに至っては、警察も徹底した検挙に乗り出すに違いない。右翼諸君は、このことを肝に銘じるべきである。

なお、この国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の会期は10月14日までである。企画展再開の機会はそれまでである。再開のために万全の準備も必要であろう。ぜひ、再開実現に間に合うよう、素早い仮処分命令が発せられるよう期待したい。平穏に行われていた展示が、明らかな犯罪行為と権力の圧力で中止に追い込まれたのだ。再開なくしては民主的社会の秩序が成り立ち得ない。

なお、やや気になる報道がある。申し立て後に記者会見した不自由展の実行委のメンバーらは「芸術祭実行委が対話に応じないので申し立てた。司法の力で展示期限内に再開したい」「芸術祭の実行委は話し合いに応じると言いながら、実際の協議は何も進んでいない。表現の自由を回復させるために裁判所に申し立てることを決めた」と述べたという。

展示再開の仮処分命令が発せられた後に、企画展の実施を担当するのは、県の職員ということになる。妨害からの防衛策に万全を期すべきは当然としても、それぞれの担当職員に,使命感や士気が望まれる。芸術祭実行委員会会長を務める大村秀章・愛知県知事のリーダーシップに期待したい。
(2019年9月14日)

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