「特定秘密保護法案」廃案の展望
谷内正太郎(やち しょうたろう)という元外務官僚が、突然に時の人となった。本日(11月7日)、衆院本会議を通過した国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案が参院でも可決されて成立すれば、政府がこの人を国家安全保障局の初代局長に充てる予定と報じられている。「内定」しているとの報道もある。現在は内閣官房参与となっているこの人、内閣法制局長官やNHK経営委員に続く、露骨な安倍身勝手人事(アベノヒイキ)の一環である。
この時の人が、11月4日都内のホテルで開かれたシンポジウムに出席した。もちろん、市民団体の学習会などではない。「国家基本問題研究所」(櫻井よしこ理事長)が「安倍政権発足10か月?集団的自衛権と日本の防衛」をテーマに開催したもの。例の「ある日気がついたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」という麻生太郎の未曾有の発言が飛び出した、あの舞台なのだ。谷内氏のほか、自民党の佐藤正久前防衛政務官、田久保忠衛杏林大名誉教授なども出席したという。
この舞台で、彼は安倍政権が進める集団的自衛権行使容認に関して、「行使できるように憲法解釈を変更すべきだ」と訴え、「どこの国も集団的自衛権は保有しているし行使できる。実際に行使するかは政治判断、政策の問題だ。『地球の果てまで米国と一緒になって戦争をするのか』という議論があるが、ほとんどナンセンスだ」と述べたと報じられている。さすがに、「アベノヒイキ」に律儀な忠義ぶり。
さすがに、「集団的自衛権の行使を容認しても、地球の果てまで米国と一緒になって戦争をすることができるようにはならない」とウソは言えない。「憲法解釈の変更によって、地球の果てまで米国と一緒になって戦争をすることはできることになるが、当面そのような政策の選択はない」と言っているに過ぎないのだ。
私が注目したのは、これを報じる「毎日」の小さな記事。次のように言っている。
「谷内正太郎内閣官房参与は4日、東京都内で開かれたシンポジウムで、安倍政権が集団的自衛権の行使を容認する判断を来春以降に先送りした理由について『もっと広く国民に説明する必要がある』と述べ、与党の公明党の慎重姿勢に加え、世論調査での支持低迷があったとした。谷内氏は『集団的自衛権に肯定的な世論が多かったが、現実的な政治課題となったら、慎重論が増え、賛成派より反対派が多くなった』と説明。一方で、『個別のケースで質問すると、日本は集団的自衛権を行使した方がいいという回答が増える』と述べ、解釈変更に向けた環境作りとして、世論の理解を得るため努力を尽くしていく考えを強調した。解釈変更を判断する時期については『政権としてはタイミングは決めていないが、安倍晋三首相には強い思い入れがある』と述べるにとどめた。」
世論調査を分析して世論の動向を見きわめて、集団的自衛権の行使容認は現時点で軽々にはできないと判断している。政治家ならぬ官僚ですら、かくも世論の動向に敏感なのだ。彼らとて愚かではない。ひたすらに法案を通すことだけを至上の課題とはしていない。数を恃んでゴリ押しに法案を可決しても、世論のブーイングで内閣が危うくなるのでは、差し引きの計算が合わないこととなる。状況次第では、「集団的自衛権の行使容認の無期限先送り」という判断も十分にありうるということだ。
焦眉の課題となった特定秘密保護法案についても同じこと。NSC法案の衆議院採決では、自・公・民・維・みんなが賛成に回ったが、特定秘密保護法では同じようには行くまい。最新の共同通信の世論調査で、反対が過半数を超えている。反対運動の盛り上がりは急速である。さらに、マスコミ論調が明らかに変化している。世論が、議員や政党の動揺をさそい、国会内の雰囲気も変えつつある。結局は世論の動向次第で、自民党中枢は「ゴリ押ししてでも法案の成立を狙うべきか、それとも無理して大火傷をすることを避けるべきか」の選択をすることになる。議席の数だけで法案の成立が決まるというものではないのだ。
国家機密法を廃案とした1985年当時を思い出す。今回も稀代の悪法を廃案にする展望は開けつつある。
(2013年11月7日)