「港人雨中痛別」
(2021年6月24日)
香港に冷たい雨が降っている。この雨は香港の人々の涙でもあろう。その雨中での悲痛な別れだ。別れを強いられているのは、「蘋果日報」ばかりではない。報道の自由であり、民主主義であり、文明でもある。
香港でまた歴史の歯車が、軋みながら逆にまわった。誰の目にも分かる形で、香港の民主主義が、さらに一段と踏みにじられた。唯一、反権力を貫いてきたとの評価の高い日刊紙「蘋果日報(リンゴ日報)」が廃刊を余儀なくされた。人々の悲鳴が聞こえる。民主主義を踏みにじり、歴史の歯車を逆回転させたのは、中国共産党とその配下の勢力にほかならない。
この事態をどう表現したらよいのだろうか。「野蛮な暴力による文明の蹂躙」と言うより外に思いつかない。中国共産党は、党に従わず党を批判する言論を許容し得ない。野蛮の本質はそこにある。恫喝に屈しない新聞社の幹部を逮捕し、社の資産を凍結し、暴力をもって「言論の自由」の息の根を止めた。
かつて、野蛮な天皇制が神聖なる天皇の批判を許さなかった如くに、中国共産党も神聖なる党や国家に対する批判の言論に寛容ではいられないのだ。言論による批判に新聞廃刊という措置をもって報復した。これが、21世紀の現代における大国のやることであろうか。いまだ歴史は、野蛮を脱していないのか。
中国共産党創建100周年を記念する式典が7月1日に予定されている。その1週間前の今日(6月24日)、「蘋果日報」は、「港人雨中痛別」と大書した最後の朝刊100万部を刷って市民の手にわたした。
「午前1時半ごろ、九竜半島の繁華街、旺角(モンコック)のニューススタンドでは長方形の一区画をぐるっと一回り、約500メートルの長蛇の列ができていた。この店ではまず最初に800部が用意され、1人2部に制限したが約25分で売り切れた。」と報じられている。
「蘋果日報」は、正面から中国共産党指導部を批判し続けたメディアとして知られる。その姿勢ゆえに市民からの信頼は厚かったが、その姿勢ゆえに中国共産党や中国政府から、最も警戒すべき対象とみなされた。昨年(20年)8月に創業者の黎智英(ジミー・ライ)が、今月には同紙の編集トップら幹部6人が逮捕され、社の資金も凍結されて、廃刊に追い込まれた。
このメデイアへの弾圧は、創立100年を迎えた中国共産党の体質を象徴する重大事件である。党と、すべての党員と、党の支持者とは、この野蛮を恥としなければならない。国際社会は、力の及ばない無念さを噛みしめなければならない。せめて、香港の民主主義と連帯し、中国共産党の野蛮を批判する意思を表明しよう。
本日の[台北=ロイター]配信記事によると、台湾で対中政策を所管する大陸委員会は、「この残念な出来事は、香港における報道、出版、言論の自由の終わりを告げるだけでなく、国際社会が共産党体制の全体主義と専制主義を目の当たりにすることを可能にした」とし、
さらに、「自由と民主主義、他の普遍的価値の追求が歴史によって終わることはないが、歴史は常に、自由を抑圧する権力者の醜い顔を記録する」とも表明したという。
同意せざるを得ない。かつては中国こそが進歩の象徴で、台湾は反動的存在だった。今や、その立場は完全に逆転している。中国は批判の言論制圧に成功した思いだろうが、実は、失ったものの大きさを知ることになるだろう。きっと、さほど遠くない将来に。