NHK会長と経営委員 ーこの度し難き面々
権力が国民を支配する手段は、本質的には暴力による強制である。しかし、現代社会において立憲主義が確立してくると、剥き出しに権力の意図を国民に対する暴力で貫徹することは困難となってくる。後景に退いた暴力に代わる国民支配の最重要手段は、法は措くとして、情報の統制と教育の管理である。
権力は、できることならメディアのすべてを統制下に置きたい、総体としての教育を政権の伝声管としたい、と願望する。その内的衝動はすべての権力に通有のものではあるが、安倍晋三政権においては、とりわけ露骨なものとして突出している。
国民の側から見て、権力による言論の統制と教育の管理ほど危険なものはない。だから、国民の知る権利の重要性が喧伝され、まともなジャーナリズムには権力からの独立が不可欠とされる。また、真っ当な社会においては、権力の管理から独立した教育の自由が重んじられなければならない。
安倍政権は、情報の統制にも教育の管理にも既に手をつけている。情報の統制はまずはNHKから。「新聞の統制も民放の統制もなかなかに難しい。しかし、NHKならなんとかなる。ここからなんとかしよう」と思ったに違いない。幹部人事を通じてNHKを統制しようとの決意は、まずは経営委員会に自分の息のかかった人物を送り込むことによって実行に移され、ついで今回の会長人事となった。
かつて、石原慎太郎という右翼政治家が都知事になって、都民から308万票を得た傲りで教育委員を自らの提灯持ちで固めた。こうして、東京都の公立校全体に「日の丸・君が代」強制を持ち込んで、いまだに教育現場は混乱と衰退の爪痕を残している。あの悪しき前例とよく似ている。安倍晋三は、NHKをコントロールして完全にブロックしておきたいのだ。
昨年11月、安倍がNHKの経営委員に送り込んだ、「安倍ダミー」は次の5名である。
百田尚樹、長谷川三千子、本田勝彦、中島尚正、石原進。
このなかで本田勝彦は知られていないが、安倍の小学生時代の家庭教師を務めた人物だという。この全員が、「不偏不党、公正中立」を旨とするNHKにおいて、そのコンプライアンスに責任をもつべき立場に不適切であることは一目瞭然ではないか。なお、経営委員は12人。任期は3年である。安倍の息のかかった委員は、このままでは直ぐに過半数になる。NHKは、安倍政権の操り人形にならざるを得ない。
NHKは国営放送局ではない。国家や政権のためではなく、国民のための公共放送である以上は、権力からの独立が不可欠である。本来、安倍晋三が意気投合した人物や安倍が信頼する人物であってはならない。政権から独立した人物、しかも独立していることについて国民の信頼を勝ち得る人物が望ましく、ふさわしい。
既に百田尚樹は都知事選においてかの田母神俊雄を応援し、「南京大虐殺はなかった」などと歴史修正主義者としての発言で物議を醸している。そして、今度は長谷川三千子だ。
長谷川三千子は、これまで数々の極右的言論で顰蹙を買ってきたが、今回報道された「野村秋介追悼二十年 群青忌」なる文集に掲載された追悼文は凄まじい。
野村は、朝日新聞社に押しかけて抗議の意思表示として拳銃自殺した右翼である。朝日というメディアへの狂気の圧力には全く触れず、これを礼賛している。しかも、その礼賛のしかたが今どき信じがたい時代錯誤。
「人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである」「『すめらみこと いやさか』と彼が唱えたとき、わが国の今上陛下は『人間宣言』が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと、ふたたび現御神となられたのである」というのだ。また、朝日新聞について「彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない」と貶めている。
かつて神であった天皇の神性を否定するところに、現行憲法の核心のひとつがある。天皇を再び神とする思想をもつことは、憲法(19条)が保障するところではあるが、そのようなことを公言する人物はあらゆる公職にふさわしくない。NHK経営委員の資質を問うというレベルの問題ではない。
菅義偉官房長官は本日(5日)の記者会見で「経営委員は思想、信条、表現の自由を妨げられない。放送法に違反するものではない」と述べ、問題ないとの認識を示した、と報じられている。
これが、安倍政権だ。「南京虐殺はなかった」「天皇は再び神になった」「政府が右といえば、左というわけにはいかない」という、政権に親和的な言論は「思想・信条・表現の自由」として徹底して擁護するのだ。安倍政権が、このような極右勢力とどれほど緊密に一体化しているか、右翼言論人をして安倍の本音を語らせているか、しっかりと見極めようではないか。
政権の傀儡たるべく極右勢力に乗っ取られたNHK。このままでは、信頼回復の展望は見出しがたい。
(2014年2月5日)