澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

スペインでは性別変更が自由になった。我が国の「性同一性障害特例法」では…。

(2023年2月21日)
 BBCと共同が伝える記事に驚いた。スペイン議会は、今月16日に「16歳以上の国民が法律上の性別変更の手続きをする際に診断書を不要とする法案を賛成多数で可決した。表決は191対60だった」という。

 つまり、16歳になれば、スペイン国民は自由に自分の性を選択できるのだ。診断書は不要。未成年者も両親の同意は不要。スペインの事情はよく分からぬながら、これで社会的混乱は生じないのかと訝る自分の感覚に自信が持てない。

 私がよく知らなかっただけで、この種法案の成立はけっしてスペイン独特のものではないという。1972年にスウェーデンが初めて性別変更を合法化し、2014年デンマークが初めて自己申告のみでの性別変更を可能としたという。現在では9か国が同様の制度を採用しており、スペインは10番目の性別選択自由化国なのだとか。

 スペインでは、これまで法律上の性別変更手続きには「性別違和(生物学的な性別と性自認に違和感がある状態)の診断書」に加え、「2年間のホルモン治療」が必要とされてきた。新法成立後は、「診断書」も「治療」も不要となる。なお、対象者が12?13歳の場合は裁判所の関与が、14?15歳の場合は保護者の同意が必要となるという。

 「性別変更 16歳から自由に スペインで法案可決」との見出しでの報道のとおり、今後スペインでは16歳以上の国民だれもが、裁判所の手続も医師の診断も必要なく、自分の意思だけで性別の変更が可能になる。国民全てに、性別の自己決定権を認めたということなのだ。もっとも、性別変更回数制限の有無についての報道はない。

 スペイン新法は、人の性別とその登録の制度を残してはいる。自分で「男性」「女性」のどちらか一方の性を選択することとしているわけだ。しかし、自由に性別を変えることができるとすれば、結局のところ、性別を無意味とし法から性別の概念を取り払うことにつながることになるのではないだろうか。

 同性婚の制度が違和感なく確立している社会では、人の性別は限りなく必要性の小さなものとなるのだろう。スペイン新法のさらに先には、どちらの性に属することも拒否するという権利を認める社会が開けるのかも知れない。十分に成熟した社会が実現しての未来のことではあろうが。

 ところで、日本の事情は相当に立ち後れている。戸籍の性別変更は、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(2003年成立・04年施行、通称・「性同一性障害特例法」)が定める要件と手続による。

 この法の名称にある「障害者」という語が目に痛い。この法案提案の趣旨には、冒頭以下の一文がある。「性同一性障害は、生物学的な性と性の自己意識が一致しない疾患であり…」。 「性同一性障害」は、明確に「疾患」として捉えられている。

 これに比して、スペインの事情は大いに異なる。議会の採決前にイレーネ・モンテロ平等担当相は議員に対し、「トランスジェンダーの人々は病人ではない。ただの人間だ」と語ったと報じられている。出生時の性別と自己認識の性別が異なるトランスジェンダー問題を、当事者の人権に関わる問題と捉えての法改正なのだ。

スペインとは対照的に我が法の性別変更要件は、まことにハードルが高い。「性同一性障害特例法」第3条1項は、次のとおり定める。

「家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 二十歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」

 一読して明らかなとおり、とうてい人権を実現しあるいは擁護するための規定ではない。その憲法適合性が争われて当然である。何度か、違憲判断を求めて最高裁に特別抗告がなされたが、いずれも斥けられている。同性婚を認めない現行法制による秩序との不適合が主な理由とされている。

 しかし、もしかしたらこの判例が覆るのではないかという特別抗告事件が話題となっている。昨年12月7日に、2年間寝かされていた最高裁係属事件が、大法廷に回付されたのだ。おそらくは、弁論が開かれ、これまでとは異なる判断となる公算が高い。

 事案は、男性として生まれ、女性として社会生活を送る人が、戸籍の性別変更を求めたもの。性同一性障害特例法の規定は、生殖腺を取り除く手術を必要とすることになるが、「手術の強制は重大な人権侵害で憲法に違反する」と主張して、手術を受けることなく、性別変更を認めよと申し立てている。

 最高裁が、人権の砦としての役割を果たすことができるのか、あるいは現行秩序の番人に過ぎないのか。注目しなければならない。
 
 なお、2004年の特例法施行以来今日まで、司法統計に公表されている限りで、全国の家庭裁判所で性別変更が認められた審判件数は1万1000を超えているという。判例変更となれば、この数は急増することになるだろう。だが、それでもなお、全ての人に性別選択の自由を認めるスペイン型法制度には違和感を払拭し切れない。

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