澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

東京高裁も統一教会の献金勧誘を断罪。地裁に続く解散命令で清算手続きへ。統一教会の開き直り声明を批判する。

(2026年3月4日)
 本日、東京高等裁判所が、統一教会の解散を命じた東京地裁決定に対する即時抗告を棄却した。統一教会の解散手続が進行する。まだまだ問題山積ではあるが、一山越したことにはなる。
 東京高裁決定の要旨の要点は以下のとおり。

第2 解散命令の可否
 以上のとおり、
 ①信者らが民法の不法行為に該当する献金等の勧誘を行ったこと、
 ②信者らが不法行為を行ったのは、旧統一教会が、信者らに対し、社会通念上相当な範囲を逸脱しない方法・態様による勧誘では達成できないような数値目標を定めて献金等の勧誘を行うよう求め続けたことによるものであること、
 ③不法行為に該当する献金等の勧誘を未必的に容認してまで旧統一教会の献金収入や文鮮明等の活動資金を獲得するなどの目的の実現を図ることは不当である上、信者らの不法行為の行為態様は極めて悪質であり、信者らの不法行為により多人数の対象者に極めて多額に上る財産上の損害及び多大な精神的苦痛が発生し、これらの財産上の損害の発生は、対象者だけでなく、その家族・親族にも影響を及ぼし得るものであるなど、信者らの不法行為の結果が重大であることからすれば、
 旧統一教会について、宗教法人法81条1項1号(法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと)に該当する事由があると認められる。

 旧統一教会が、今後、信者らによる不法行為を防止するための実効性のある対策を自発的に執ることは期待し難く、信者らによる不法行為を防止するための実効性のある手段は、旧統一教会の解散命令以外に見当たらないことからすれば、宗教団体としての旧統一教会及びその信者ら並びに法人としての旧統一教会の職員らの憲法上の権利(信教の自由等)を含む法的地位や権利関係に及ぼす影響を考慮してもなお、旧統一教会の解散を命ずることが必要でやむを得ないといわざるを得ない。よって、宗教法人法81条1項1号に基づき、旧統一教会の解散を命ずるべきである。」

 簡にして要を得た、分かりやすさ。納得するしかなかろう。統一教会が特別上告をしても認容の可能性は、万に一つもあり得ない。
 ところが、本日、統一教会のホームページは、「世界平和統一家庭連合 広報渉外局」名で、【速報版 東京高裁決定に関しての受け止め】を掲載した。
 

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プレスリリース 2026.03.04  
東京高裁決定を受け、当法人の受け止めは以下になります。

本日、東京高裁において、当法人に対する解散命令を認める決定が下されました。安倍元首相銃撃事件の犯人・テロリストの「家庭連合を恨み、打撃を与える」という願望を国家ぐるみで叶えるものと言えます。今回の司法の判断は、新たな政治テロを誘発すると同時に、国際社会における日本の信用を失墜させるものであり、わが国の歴史に残る汚点となるでしょう。

当法人は高裁において、事実と証拠に基づいて適切に審理が行われることを強く求めてまいりました。しかしながら、今回の決定は、事実と証拠に裏付けられずに、証拠裁判主義に反して下された“結論ありき”の不当な判断です。

また、当法人は、第三者的な弁護士の協力のもと、「被害」を訴える方々への補償にも真摯に取組んできました。法人解散となった今、そうした補償は続けられなくなり、非常に残念に思います。

 何よりも、今回の決定によって、「反社会集団の一員」とレッテル張りされて、信徒たちは、日本社会において差別や偏見に怯え、身を潜めて生きて行かざる得なくなるのではないかと深く憂慮し、慚愧に堪えません。我々は、この不当な司法判断を決して容認せず、特別抗告を含め、信教の自由を守り抜くため闘い続けます。

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私の感想を、以下のとおり書き留めておきたい。

 本日、東京高裁において、当法人に対する解散命令を認める決定が下されました。
 解散命令請求事件が確定するまでの「当法人」である。その後は、「当団体」「当組織」「当教会」あるいは、「われわれ」「わたしたち」というしかない。解散命令の対象は宗教法人であって、宗教団体としての統一教会が消滅するわけではない。

 安倍元首相銃撃事件の犯人・テロリストの「家庭連合を恨み、打撃を与える」という願望を国家ぐるみで叶えるものと言えます。
 安倍元首相銃撃事件の犯人山上徹也をテロリストと呼ぶのは統一教会ならではのこと。その犯行の動機を「家庭連合を恨み、打撃を与える」願望によるものとすることは、分からぬてはない。形の上では、「統一教会に対する深い恨みを、安倍銃撃によって晴らそうとした」犯行だったのだから。おそらく、山上は自分と家族にこの上ない不幸をもたらしたものの正体を、「安倍+統一教会」という醜悪な融合体と見極めて、これを撃ったのだ。
 これに続けて、統一教会が、今回の解散命令を「国家ぐるみで(山上徹也の願望を)叶えるもの」との言い分にはおどろかざるを得ないる。もっと真っ当な批判の仕方はあるだろうに、これは八つ当たりでしかない。

 今回の司法の判断は、新たな政治テロを誘発すると同時に、国際社会における日本の信用を失墜させるものであり、わが国の歴史に残る汚点となるでしょう。
 もう分からない。山上徹也は刑事事件で裁かれている。今回の司法の判断は、新たなカルトの跳梁と被害拡大の誘発を阻止したのだ。国際社会における日本の信用を失墜させることも、わが国の歴史に残る汚点ともなりようがない。

 当法人は高裁において、事実と証拠に基づいて適切に審理が行われることを強く求めてまいりました。しかしながら、今回の決定は、事実と証拠に裏付けられずに、証拠裁判主義に反して下された“結論ありき”の不当な判断です。
 「今回の決定は、事実と証拠に裏付けられずに、証拠裁判主義に反して下された“結論ありき”の不当な判断」は、これまで多少なりとも統一教会と関わってきた経験からは信じがたい批判。霊感商法も献金強要も凄まじく、宗教法人法の解散命令要件である。「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした」ことは、これまで積み上げられてきた判決からだけでも、証拠により明らかと言ってよい。

 また、当法人は、第三者的な弁護士の協力のもと、「被害」を訴える方々への補償にも真摯に取組んできました。法人解散となった今、そうした補償は続けられなくなり、非常に残念に思います。
 解散回避策が不成功に終わったというだけのこと。被害補償は、裁判所が選任する清算人の手続に任せればよい。「非常に残念に思う」には及ばない。

何よりも、今回の決定によって、「反社会集団の一員」とレッテル張りされて、信徒たちは、日本社会において差別や偏見に怯え、身を潜めて生きて行かざる得なくなるのではないかと深く憂慮し、慚愧に堪えません。
 仮に、信徒たちが「反社会集団の一員」とレッテル張りされて、日本社会において差別や偏見に怯え、身を潜めて生きて行かざる得なくなるとすれば、その責任は霊感商法や高額献金を強いてきた統一教会幹部たちと、統一教会と持ちつ持たれつの癒着の関係を温存してきた自民党旧安倍派の面々にある。「今回の決定によ」るものではない。

 我々は、この不当な司法判断を決して容認せず、特別抗告を含め、信教の自由を守り抜くため闘い続けます。
 何という開き直り。統一教会は、少しも反省していない。「信教の自由を守り抜くため闘い続けます」は、「信教の自由という美名」に隠れての、信徒やその家族に対する徹底した収奪を続け、霊感商法も繰り返そうという宣言にほかならない。ホンネは以下のようなものであろうか。

 われわれには「信教の自由という」大義名分がある。この正しい教えを広めるために「信徒には、教会のために働いて働いて働いて働いて働いてもらわねばならない」「金のある限り借金のできる限り、献金し、献金し、献金し、献金し、献金してもらわねばならない」
 それが因縁と不幸を断ち切る唯一の道なのだから。

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Published in 水曜日, 3月 4th, 2026, at 16:22, and filed under 未分類.

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