カート・ヴォネガットとともに、サイコパス安倍に怒りを
1945年2月13日、ドレスデンは連合軍の無差別爆撃で文字どおり焼き尽くされた。英空軍所属のランカスター重爆撃機800機に続いて米空軍のB17「空の要塞」450機が、高性能爆弾と新型焼夷弾を投下した。さらに、P51ムスタングが、廃墟をさまよう市民に機銃掃射のとどめを刺したという。一晩で13万5000人が焼死したというのが公式記録となっている。爆弾・焼夷弾の投下量において東京大空襲を遙かに上回る規模の市民殺戮。
そのドレスデンに、当時無名だったカート・ヴォネガットがいた。アメリカ兵として対独戦に参戦し、この町で捕虜になっていたのだ。奇跡的に生き延びた彼は、後年ドレスデン大空襲を素材に「スローターハウス5」を執筆する。
彼はこの空襲を、「とことん無意味で、不必要な破壊だった」「あれは一種の軍事実験で、焼夷弾をばらまくことによって全市を焼き尽くすことが可能かどうか試してみたかったのだろう」と言っている。ドイツ系アメリカ人として対独戦に参加し、英・米の無意味な空襲で死にかけた彼にとって、国家とはいったいなんだったのだろうか。
英米のドレスデン爆撃以前に、ナチス・ドイツのゲルニカ爆撃があり、皇軍の重慶無差別空襲があった。そして、ドレスデン大空襲の直後に、東京大空襲の惨劇となった。いずれも、「とことん無意味で、不必要な破壊」であり、国家による市民大殺戮でもある。
アメリカを代表する作家となったカート・ヴォネガットは、2005年に82歳で、「A Man Without a Country」というエッセイのような、回顧録のような、評論集とも言える書物を著す。この書は「ニューヨーク・タイムズのベストセラーとなり、また最後の著作となった」と紹介されている。
2007年にNHK出版から刊行された訳本の表題は「国のない男」。「Without a Country」とは、「国にとらわれず、国と為政者を徹底して批判し、国を相対化し、国をおちょくった」という語感が込められている。「国を拒絶した」が意訳としてふさわしいのではないだろうか。
国と、国をなり立たせている人や仕掛けに対して、その欺瞞性や俗悪性をえぐり出す批判精神の強靱さには一驚せざるを得ない。NHK出版からの訳本(訳者は金原瑞人)だが、「政府が右と言えば、左とは言えない」とのたまう心性とはおよそ対極にある知性が躍動している。
さらに驚くべきは、彼の怒りが、今のわれわれの怒りとまったく質を同じくしていることだ。その書の中のブッシュを安倍に、アメリカ憲法を日本国憲法に置き換えれば、「Without a Country」はそのまま日本に通用する。パロディにすらならない。たとえば、こうだ。
これが理想だよ、と言って掲げたらだれもが納得してくれるものがある。それは、日本国憲法だ。わたしはこの憲法のために、正義の戦いを戦った。しかし、その後この国は、どこかからの侵略者に一気に乗っ取られてしまったのではないだろうか。
安倍晋三は、自分のまわりに上流階級の劣等生たちを集めた。彼らは歴史も地理も知らず、自分が差別主義者であり歴史修正主義者だということをあえて隠そうともしない。何より恐ろしいことに、彼らはサイコパスだ。サイコパスというのはひとつの医学用語。賢くて人に好印象を与えるものの、良心の欠如した連中を指す言葉だ。
世の中には生まれながらに目が悪い人や耳が聞こえない人などがいる。だが、いまここで言っているのは、生まれつき人間的に欠陥のある人、この国全体を最悪の場所に変えてしまった元凶ともいうべき連中のことだ。生まれつき良心の欠如している人々、ともいえる。そういう連中が、いま、世の中のすべてを一気に乗っ取ろうとしている。サイコパスは外面がいい。そして自分たちの行動がほかの人にどんな苦しみをもらたすかもよくわかっているが、そんなことは気にしない。というか、気にならない。なぜなら頭がイカレているからだ。ネジが一本ゆるんでいる。
サイコパス。これ以上にぴったりくる言葉がなさそうな種類の人たち。自分たちは清廉潔白なつもりでいる。だれに何を言われようと、どんな悪評が立とうと、少しも気にしない。
こういう多くの冷酷なサイコパスがいまや、政府の中枢を握っている。病人ではなく指導者のような顔をして。彼らはいろんなものを統括している。報道機関も学校も。われわれはまるで大日本帝国占頷下の朝鮮状態だ。
これほど多くのサイコパスが政府に巣くってしまった原因は、彼らの迷いのなさだと思う。彼らは毎日、目標に向かって何かをこつこつとやり続ける。恐れることを知らない。普通の人々と違って、疑問にさいなまれることがない。これをしてやろう。あれをしてやろう。自衛隊を動員してやろう。学校教育を私物化してやろう。政府を秘密の壁で守っておこう。正規労働者をなくして大企業にサービスしよう。医療・介護をカットしてやろう。国民全員の電話を盗聴してやろう。金持ちの税金を安くして貧乏人から取り立てよう…。
われわれが大切に守るべき日本国憲法には、ひとつ、悲しむべき構造的欠陥があるらしい。どうすればその欠陥を直せるのか、わたしにはわからない。欠陥とはつまり、頭のイカレた人間しか首相や閣僚になろうとしないということなのだ。
(2015年6月21日)