澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

スラップに成功体験させないために、訴訟実務に「現実的悪意の法理」の導入を?「DHCスラップ訴訟」を許さない・第82弾

DHCスラップ訴訟の勝訴確定に関して、たくさんの方からお祝いメールをいただいた。そのなかには、「DHC・吉田嘉明のごときスラップ常習者の濫訴を、どうしたら防止できるか」と問題提起をされる方が少なくない。カネに飽かしての言論萎縮を目的とした濫訴をどうしたら防止できるかという問である。

これに対する回答は容易ではない。社会的制裁、現行の名誉毀損訴訟実務の枠組み変更、スラップ防止の立法策、各分野での研究者への問題提起等々の多様なアプローチが考えられるが、体験者の実感からは、「スラップに成功体験をさせてはならない」努力の積み重ねがスラップ対策の基本であると思う。

スラップに成功体験をさせないとは、まずはスラップ原告に勝訴させてはならないことだ。それだけではなく、スラップが目的とする言論萎縮を成功させてもならない。さらに、スラップに対する制裁を考えなければならない。法的にはスラップの提訴自体を不法行為とする損害賠償請求があり、社会的にはスラップを批判する言論が巻きおこり、スラップ提起者の社会的イメージに傷がつかなければならない。原告が企業であれば、ブランドイメージのダメージとならねばならない。

とりあえず、訴訟の帰趨に問題を絞れば、名誉毀損訴訟における現行の訴訟実務の枠組みをどうにかしなければならない。現行の訴訟の枠組みでは、スラップを提起された被告の負担はあまりに重い。これが憲法21条を持つ国の訴訟実務かと、嘆かずにはおられない。

この過重な負担をなくして被告を早期に訴訟から解放させること、つまりは原告を敗訴させてスラップの効果を減殺することが、スラップ提起を抑止する何よりの効果を発揮する。そのための名誉毀損訴訟における判断枠組みの変更が求められている。目標とすべきは、古くからアメリカの訴訟実務に定着している「現実的悪意の法理」を我が国の訴訟実務にも取り入れることだ。
 
 この法理は、公人・私人二分論を前提として、公人(公的立場にある人物、公務員や政治家に限らない)に関する名誉毀損の言論が違法となるのは、論者に「現実的悪意」(actual malice=当該言論が虚偽であることについての悪意又は重過失)あることを要するというもの。そのベースには、表現の自由を民主主義の根幹をなす優越的な価値とする認識がある。

公人・私人二分論は、判決文に明示されるかどうかはともかく、日本の法律実務においても既に説得力をもつものとなっている。DHCスラップ訴訟においても、吉田嘉明の公的立場を強調して主張している。

私とて、憲法21条万能論を主張するものではない。心ない言論に傷つけられる、弱い立場の人権には十分な保護が必要だと思う。公人と私人との分類は、強者と弱者にオーバーラップする。公人(≒強者)には、「言論には対抗言論で」という自力救済を求め原則として法的救済を否定する。対抗言論を期待し得ない私人(≒弱者)には法的救済を認める。この二分論が、説得力のあるものだと思う。

現行の違法性阻却3要件(公共性、公益目的、真実(相当)性)を被告に負担させるという被告に過重な訴訟実務は、原告が公人(あるいは公的人物)である場合には顧慮無用というべきなのだ。

DHCスラップ訴訟に例をとれば、被告は原告吉田嘉明が公的人物であること、あるいは指摘された名誉毀損言論が公共の事項にかかるものであることを立証すればよいことになる。そうすれば、原告吉田嘉明側が、被告に「現実的悪意」(actual malice=当該言論が虚偽であることについての論者の悪意または重過失)あることを立証しない限り請求棄却となる。平易に表現すれば、私が私のブログの表現を虚偽であると認識していたか、虚偽と認識ないことに重過失がない限り、間違った言論であっても私の言論は保護されるのだ。公的立場にある吉田は、仮に間違った言論に対しても、訴訟で勝つことはできない。

スラップで原告となるのは公人(公的立場にある人物)なのだから、この枠組みの採用はスラップ対策として極めて有効となる。これで不都合ということはない。公人(≒強者)は対抗言論をもって自分の正当性を明らかに出来るのだから。また、二分論は私人(≒弱者)の「報道被害」救済についても配慮しているのだから、採用されやすいのだと思う。

なお、日本評論社の「法学セミナー」2016年10月号の特集「スラップ訴訟」が問題意識をよくとらえた特集になっている。
「日本においてようやく認知され始めたスラップの定義、実態、弊害を整理して紹介し、アメリカの反スラップ法を参考に日本における抑止・救済策を整理し、今後の議論を展望する。」という惹句。是非ご一読を。
  https://www.nippyo.co.jp/shop/magazines/latest/2.html
(2016年10月8日)

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