スラップ被害・戦友との邂逅ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第104弾
日民協の機関誌「法と民主主義」に、「あなたとランチを」という見開き2ページの続きものコーナーがある。佐藤むつみ編集長が、毎号しかるべき人物を選定してランチをともにしつつインタビューを行い、その人の来し方や現在の活動を紹介する。ランチをともにしつつと言う、くだけた雰囲気が売りもので、なかなかの評判。
さて、2017年6月号(6月下旬刊)の「あなた」(ランチ・メイト)は、明治大学商学部教授(会計学)の野中郁江さん。本日、明治大学リバティタワー23階のレストランでの、「ランチ」となった。私も、佐藤編集長の付録としてランチをともにした。
初めてお目にかかった野中さん。そのインタビューは陪席していて楽しいものだった。この方、東洋史専攻の学生だったが、労働組合運動に役立とうと志して会計学の専門家になったという。実践と学問とがマッチした、稀有な幸せの人。その詳細は「法民」に譲るとして、私が臨席した理由は、野中さんがスラップ訴訟の被告として闘った方だからだ。私の関心は、もっぱらその件。読者の立場からではなく、同じスラップの被害者としての立場からの聞き役。職権を濫用しての役得だった。
昭和ホールディング(の役員)から5500万円の損害賠償請求訴訟を提起されて最高裁まで争って勝訴した野中さんと、DHC・吉田から6000万円の損害賠償請求訴訟を提起されて同じく最高裁まで争って勝訴した私とは、戦友にほかならない。けっして、同病相憐れむの仲ではない。
野中さんは、雑誌『経済』(2011年6月号)に掲載した、学術論文「不公正ファイナンスと昭和ゴム事件 問われる証券市場規制の機能まひ」と、東京都労働委員会に提出した鑑定意見書の記述が「名誉毀損にあたる」とされた。これはひどい話。(「昭和ゴム」は、現「昭和ホールディング」の旧商号)
政治家への8億円裏金提供を批判されてスラップに及んだDHC・吉田嘉明も相当にひどいが、学術論文をスラップで訴えた昭和ホールディングもひどさでは負けていない。名誉毀損訴訟実務では、違法と主張された表現を、「意見ないし論評部分」と「事実摘示部分」とに分類する。前者は、根拠とした事実が真実である限り原則として違法性がないとされる(表現の自由が最大限尊重される)。後者は、公共性・公益性・真実性(ないし相当性)が備わっている限り違法性が阻却される。
学術論文は、明らかに「意見ないし論評」にあたる。その「意見ないし論評」の根拠となる事実の真偽は問題となり得るが、会社が発表した財務諸表や有価証券報告書等を資料として分析を行う限り、名誉毀損の問題が生じうるとは考え難い。よくもまあ、提訴をしたものだ。
野中さんは、昭和ゴム労組の依頼を受けて、昭和HDなどが発表する投資家向けの資料や有価証券報告書などをもとに、約30億円もの金が、短期間に昭和ゴムからAPFにわたったその資金の流れやからくり、経営実態などを分析・研究し、同論文をまとめた。
この件で、野中分析によって違法行為を炙り出されたのは、昭和ホールディングス(HD)と同社を事実上支配する親会社アジア・パートナーシップ・ファンド(APF、所在はタイ)。HDの資金約30億円が流出しこれがAPFに還流している。
訴状で「名誉毀損」とされたのは、たとえば同論文の次の個所。
「昭和ゴム事件の特徴は、ファンドによる企業からの財産収奪が行われている、あるいはその危険性が高いという点にあり、その被害者は一般投資家であるとともに、200名余の労働者、さらには取引先、地域経済である」
こんな研究論文の一節が高額損害賠償請求のターゲットになって、研究発表が萎縮したのでは、大きな社会的損失ではないか。どのスラップにも特徴がある。野中事件では、「学問研究とその発表の自由」阻害の問題なのだ。
一審段階の赤旗に野中さんのコメントが紹介されていた。
「ファンドにかかわっていま、証券市場の規制がどういう役割を果たせるか、が問題になっています。この分野の研究は、私の従来の研究テーマであるとともに、大学教員としての社会貢献活動でもあります。こうした不当な訴えを許せば、研究も社会貢献活動もできなくなります」「ファンドの問題点について論文を書いて訴えられれば、研究そのものが萎縮させられます。学問の自由を守るためにも、社会的に包囲する運動をすすめたい」
また、科学者会議の米田貢事務局長(中央大学教授)のコメントも紹介されている。
「学問は、自由な知的な活動と研究成果の自由な発表、それに基づく学術的な討論によって発展してきました。自分に不利な内容の研究成果の発表を、高額な損害賠償請求で抑え込もうとする今回の提訴は、典型的なスラップ訴訟です。真理の探究をめざす学問の自由に対する許しがたい挑戦であり、野中氏個人ではなく、学術世界、研究者全体にかけられた不当な攻撃です」
野中さんは、最初に訴状を手にしたときの気持をこんな風に語った。
「こんな裁判に絶対に負けるはずがないとは思いましたよ。しかし、これからいったい何年こんな裁判に付き合わなければならないのか。どれだけ、時間と労力をとられるのか。それを考えると暗澹たる気持になりました」「以来、最高裁で勝訴確定するまで、仲間や支援のみんなに『よろしくお願いします』と頭を下げっぱなし。このストレスも大きかった」
こんな気丈な方にして、スラップはいやなもの。スラップはストレス。そして、それゆえにスラップは社会に言論萎縮効果をもたらす。言論の萎縮効果は文明の敵、人類進歩の阻害物だ。スラップを退治して一掃しなければならない。
(2017年6月7日)