澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

明日は、こぞって日比谷野外音楽堂に

有楽町駅前をご通行中の皆様、ただいま特定秘密保護法に反対する東京弁護士会緊急街頭宣伝活動を行っています。しばし、耳を傾け、配布しておりますビラをお読みください。

私は東京弁護士会に所属する弁護士です。登録以来40年余、日本国憲法を携えて法律実務を行う立ち場にあることを、我が身の幸運と考えてまいりました。日本国憲法こそは、日本国民の宝物であり、平和を願う世界の民衆の希望でもあると確信しています。

私のように、憲法をこよなく大切に思う者にとって、今国会で審議されています特定秘密保護法案は、到底容認しえません。この法案が法律として成立すれば、必ずや大きく憲法を蝕むものになります。日本国憲法が輝かしく掲げる国民主権、平和、そして人権という理念がいずれもないがしろにされる。座して看過するにしのばず、この法案の廃案を求めます。法案の成立を阻止すべく大きな声を挙げていただくよう、皆様に訴えます。

特定秘密保護法案によれば、特定秘密とは「安全保障に関する情報であって、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるために、特に秘匿することが必要であるもの」として、行政機関の長が指定したものです。特定秘密を取り扱う公務員が秘密を漏えいすれば、最高刑懲役10年をもって処罰されます。公務員だけでなく、秘密を侵害して取得した民間人も最高刑は懲役10年。公務員に漏えいするよう働きかけをした民間人も、その未遂も処罰対象となります。特定秘密を取り扱う公務員には何が特定秘密であるかがわかっていても、民間人側にはまったくわかりません。これは地雷のようなもの。踏んで爆発して大怪我をして初めて地雷が仕掛けられたことを知ることになるのです。

このような形で特定秘密が設定され厳重に秘匿されることでどうなるのでしょうか。二つのことだけを申し上げ、お考えいただきたい。

一つは、この特定秘密がいったい誰を対象に秘匿されるものであるのかということ。行政が情報を隠そうとしている相手は主権者である国民なのです。国民にとって最も重要で知らなければならない、平和や戦争にかかわる情報を国民の目から耳から隠そうというのです。その国民の中には当然に、国会議員も含まれます。特定秘密は、一般国民だけに秘密なのではなく、国会にも秘密、裁判所にも秘密になります。行政機関の長が特別に認めた場合にだけ、国会や裁判所に「他に漏れないよう」必要な措置が講じられていることを前提に例外的に解禁されます。これは、国会も裁判所も主権者国民も、「行政機関の長」が許可した範囲だけで情報を知ればよいという思想に基づくものです。

いうまでもなく、私たちは民主々義社会に生きています。民主々義とは、国民一人ひとりが自分の意見をもち、他の人の意見にも耳を傾けながら、討議を重ねて政策を形成していくというプロセスを指します。国民が自分の意見をもつためには、タブーなく、正確な情報を取得できなくてはなりません。特定秘密保護法の思想は、これに逆行するものです。

古来、情報を握る立ち場にある者が実質的な権力の掌握者となります。特定秘密保護法では、行政機関の長が、その一存で特定秘密の指定もできる、解除もできることになっています。国民に知られては不都合な情報はストップし、知らせたいとする情報はゴーサインとできるのです。

もうひとつ。特定秘密は国民に隠されますから、何が秘密かはヒミツということになります。どこにどのような秘密が存在するかは、国民には一切わかりません。その特定秘密の指定は、法が成立すれば当初40万件になると見込まれています。その40万件の秘密の内容は、国民も、国会も、裁判所も窺い知ることはできません。気骨あるジャーナリストがこれを暴こうとすれば、地雷を踏む危険を冒すことになります。

行政権力の側からみれば、こんなに都合のよい法律は他にありません。不都合な情報は隠せる。しつこく情報を求めるメディアには、犯罪になるぞと脅すことができる。良心的な公務員も、「なにしろ懲役10年ですから、取材は勘弁してください」ということになる。刑罰による威嚇効果は、メディアの取材活動に著しい萎縮効果をもたらします。国民が知らねばならないことが伏せられたまま、間違った方向に国の進路が決められてしまうことを恐れねばなりません。

お考えください。何が秘密かはヒミツなのですから、40万件の特定秘密が本当に法律が要求している要件を満たしたものなのか、恣意的に行政が国民に知られたくないからもぐり込ませた秘密なのか、それはヒミツなのです。誰も検証のしようがない。ここに、特定秘密の危険の本質があります。

この主張に対して、行政の側は、「国民は国家を信頼すべきだ。何を秘密にするかは、行政に任せておけ」という基本思想なのです。しかし、国民は国家を信頼してはならない。権力に対しては、常に、猜疑の目をもって監視を怠ってはならない。それが民主政治の大原則ではありませんか。

とりわけ、安倍政権を信頼してはならないとおもいます。かれは、「日本を取り戻す」と言っています。つまり、安倍さんによれば、「日本は今、奪われている」のです、「本来の日本ではない不正常な事態にある」という基本認識なのです。彼が取り戻そうとする日本とは、いったいどのような日本なのでしょうか。

彼は、「戦後レジームからの脱却」を口にする人物です。つまりは、戦後民主々義を総体として否定する立ち場です。戦後レジームを脱却して取り戻そうとする「強い日本」とは、戦前の大日本帝国憲法時代の日本。おそらくは彼が、尊敬して止まないという祖父岸信介が商工大臣を務めていた東條英機内閣の時代としか考えられません。それは、日本国憲法を根底から危うくする道です。

安倍晋三内閣を信頼して、目を耳も塞いでいたら、国民はあらぬところに連れて行かれかねません。自分たちの国の行く手は自分たちで決める。目も耳も口も、大きく開いていなければならないはずではないでしょうか。

私は、日本国憲法をこの上なく大切に思う立ち場から、安倍内閣こそ危険な存在だと考えざるを得ません。安倍内閣が提案した法案だから、いっそうの警戒が必要なのです。ところが伝えられるところでは、「みんなの党」は「特定秘密の指定と解除に首相が責任をもつことが確認されたから法案賛成にまわる」というのです。私には、信じがたいことです。行政権の行為の不当を心配しているときに、「行政府の長が責任をもつから安心」とは、何を言っているのかわけがわかりません。しかも、その責任をもつという人物が、憲法にとっても、国民にとっても、今最も危険な人物なのです。到底、修正案で納得できるはずがありません。

今、国民世論と国会の議席との間に、大きなネジレが生じています。世論調査の結果では、国民は特定秘密保護法に大きな不安を抱いています。議席の数の力でなんでもできるわけではありません。この法案を無理に通せば政権はもたない、と思わせることができれば廃案に持ち込むことが可能となります。

そのために、明日の特定秘密保護法に反対する日比谷野音の大集会にご参加下さい。できたら、集会後のデモにもご参加下さい。

私が子どもの頃、今は亡き父に言いました。どうしてみんな戦争に反対しなかったの。父は答えました。とても戦争に反対なんて言えなかったんだよ。どこの家庭でもあった会話ではないでしょうか。

今なら、ものが言えます。今なら、特定秘密保護法反対の集会が開けます。デモもできます。しかし、この法案を通せば、確実にものが言いにくい状況がつくられます。歴史が変わるきっかけになるかも知れません。

今に、子や孫に、「どうしてあのとき反対の声を挙げなかったの」と問われかねません。ぜひも明日は集会にご参加下さい。そして、集会の規模と熱気で、廃案を勝ち取る運動の第一歩にしようではありませんか。

明日、11月21日木曜日午後6時半、日比谷公園内の野外音楽堂でお目にかかりましょう。
(2013年11月20日)

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Published in 水曜日, 11月 20th, 2013, at 22:18, and filed under 未分類.

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