(2026年1月1日)
元日には父と母のことを語っておきたい。最近、その思いが強い。
私の父・澤藤盛徳(本名盛祐)は、1914年1月1日に岩手県黒沢尻に生まれた。亡くなったのは1997年8月16日、没年は83歳であった。
母・光子(戸籍上はミツ子・旧姓赤羽)は盛岡の人。1915年7月2日生まれで、亡くなったのは1998年1月11日。父の生年の翌年に生まれて、父の死亡の翌年に没している。
その長男である私が今年の8月に83歳になろうとしている。父の没年に達するのだ。時の流れに感慨が深い。
私の父は、戦前ひとのみち教団の熱心な信者だった。この教団は、天皇制政府から不敬罪を口実とした大弾圧を受けて、教祖は投獄、教団は解散の憂き目を見たが、戦後PL教団として復活している。父は戦後間もない時期に宗教的な体験を経て、この教団の布教師になった。母が賛成だったか反対だったかその心情はよく分からないが、結局これを受け容れた。
そんなことから、兄弟4人が「宗教二世」として育つことになった。私は、教団の経典を読むことから文字を覚えた。父が教団の職員となってからは、その任地を転々とした。盛岡→沼津→静岡→広島→高松→再度広島と転居して、1949年4月に爆心地に近い広島市立幟町小学校に入学した。折り鶴の少女、佐々木禎子さんと同じ学校。次いで、広島市内の牛田小学校、三篠小学校を経て、宇部の小学校にも通っている。小学一年生で4校の転校は、父が教団の各教会を転々としていたから。
人は生まれる場所を選べない。父が教会にいたころ、毎朝「朝詣り」を欠かさなかった。早朝、信者が教会に集い、まずは清掃をし、教団の歌を唱って礼拝をし、教話があって信者の体験談があって、時間のある者は朝食を共にした。父も母も、終日訪れる信者への対応に忙しかった。幼い私は、それ以外の生活を知らなかった。
小学2年生以後は、親元を離れて清水市内にあった教団の寮に入り、そこから近くの駒越小学校に通った。次いで、教団の寮は大阪府の富田林に移り、地元の小学校・中学校に通った。どこでも、私たちは「ピーエルの子」と呼ばれていた。
私にとって好運だったことは、父の信じた宗教が、狂信的なものではなく、俗世との絶断を要求するものではなかったことだ。私は、ものごころついたころから、「父の信じた宗教」を受け容れたが、それは理性を犠牲にしなければならない体のものではなかった。やがて、この「生まれ育った世界」からの脱出を夢見るようになり、教団が経営する私立高校の卒業とともに、私の「宗教二世」としての精神生活は完全に終わる。
今振り返って、教団の居心地は悪くなかった。温かな人々の振れ合いが懐かしい。ここで育ったことをどう評価すべきか。思いは複雑である。
私は、穏やかで正直で真面目で人に対する思いやりのある父と母の間に生まれ育てられたことを好運だと思っている。その父と母は、果たして私が教団に残って信仰を続けることを望んでいたのだろうか。今となっては知る由もないが、18歳の私が、あの「世界」から離脱して自立する覚悟を示したとき、少なくとも反対はしなかった父と母に感謝している。
(2025年12月31日)
2025年が暮れていく。振り返って、少しも良い年ではなかった。凶悪な指導者の愚行に歯がみを続けた一年だった。こんな指導者に民衆が権力を与えている。明らかに民主主義が劣化しているのだ。自由で豊かな人類の将来像を描けるか、というレベルの問題ではない。人類の存続は危ういと危惧せざるを得ない。年が明けても希望が見えるとは思えない。陰鬱な年の瀬である。
あらためて思う。人類は、自らを滅亡させる能力を獲得している。その能力を発揮して自らを滅亡させる手段は二つ。一つは戦争であり、もうひとつが環境破壊である。その両様の危険の逼迫が誰の目にも明らかになっている。
かつての戦争は勝者が生き残った。しかし、これからの本格的な戦争は、勝者の生き残りを困難にする。戦争がもたらす気象の変動も耐えがたいものと警鐘が鳴らされている。戦勝の利益などなくなるのだ。環境破壊は、勝者敗者の区別なく人類全体を滅亡に追い込むことになる。戦争も環境破壊もこれ以上ない愚行だが、その愚行の危険の進行が止まらない。
他方、人類の叡智は自らをコントロールして、一人ひとりの人権と福利を確保する技法を開発している。それが、法の支配であり立憲主義であり民主主義である。ところが、法の支配、立憲主義、民主主義のいずれについても、その形骸化を見せつけられるばかり。
昨年まで、人類の醜悪と愚昧を象徴する人物が、プーチンとネタニヤフであった。およそ人間性に反した残忍さで、国際法を無視した侵略と殺戮をくり返してきた。今年の初頭から、これにトランプが加わった。いま、この3名が人類の暗黒面を支配しており、この暗黒面が全地球を覆わんとしている。
第2次大戦による世界的な大惨禍への反省から、人類は戦争を繰り返すまいと決意した。その決意が、国際連合憲章の前文に次のように表現されている。
われら連合国の人民は、
われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、
一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること
並びに、このために、
寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、
これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
プーチンもネタニヤフも、そしてトランプも、この崇高な国連憲章を、鼻で嗤い、足蹴にしている。ウクライナに対する侵略と核による脅迫、パレスチナの人々に対するジェノサイドをやめない、やめさせることができない。殺人し放火し、学校も病院も破壊し食糧を奪う、こんな輩が民意に支えられて凶行を重ねている。
国内を顧みれば、今年は治安維持法制定から100年、敗戦から80年、ベトナム戦争終結から50年だった。これまで、遅い歩みにせよ、人権や民主主義、そして平和の思想は我が国に浸透し醸成されつつあると思ってきたが、今年は無惨な年となった。
100年前、関東大震災が起きたとき、多くの住民が、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」などのデマを流し、あるいはデマに踊らされて、大量の無辜の人を虐殺した。今、日本国民に、どれほどの反省ができているのか。
「外国人観光客の中に奈良の鹿を足で蹴り上げるとんでもない人がいる」とデマを発言する人物が、首相になった。その発言の根拠を問われて、「自分なりに確認した」としか説明できないみっともなさ。
もちろん、この人物には思惑があった。外国人の誹謗をすることが自分の支持の拡大につながるという計算である。民衆の排外意識がこんな劣悪な政治家を育て、民衆のレベルにふさわしい政治指導者を生み出してしまっているのた。
民主主義は、覚醒した国民の下でしか実を結ばない。劣化した国民は、民主主義の手続でヒトラーもムソリーニもトランプも生むことになる。我が国では、安倍晋三であり、高市早苗である。
明るくもない来年だが、少しでも、できることをやり続けるしかない。
(2025年11月30日)
日中関係が冷え込んでいる。先行きを憂慮せざるを得ない。習近平政権の過剰反応も看過しがたいが、まずはことを起こした高市早苗の責任を明確にしなければならない。
アジアの平和と繁栄の基礎的条件として日中両国民の友好が不可欠であることは論ずるまでもない。その重要な日中両国の民間交流、経済・文化・学術・スポーツ・観光の発展を妨げているものは何だろうか。
かつて浅沼稲次郎社会党訪中使節団は「米帝国主義は日中共同の敵」と言った。多少言葉を補えば、「米帝国主義とこれに従属した岸信介政権は、日中両国民共通の敵」という意味合い。60年安保闘争の前年のことで、とても分かりやすい情勢に見合ったメッセージだった。
しかし、時代は変わった。岸の孫の安倍晋三の、その後継を以て任ずる高市が政権を担っている。様変わりした日中の友好をめぐる新たな様相は、どうやら、「日中両国民友好の主敵はアメリカではなく、日中両政府」のごとくなのだ。
予想に反して高市早苗が自民党総裁選を制して総裁に就任したのが10月4日。その後、公明党が政権を離脱し、薄汚い自民によく似合いの、こちらも薄汚い維新が自民にくっ付いて、臨時国会冒頭の10月21日に高市新政権が発足した。
日本の国民はきれい好きかと思いきや、自と維の汚い汚いコンビに対する評価は、今のところ、存外に高い。ポピュリズム政治というものを見せつけられる思い。
その高市が、11月7日の衆院予算委員会審議で大きく躓いた。立憲民主党岡田克也の質問に、高市は「台湾を完全に中国政府の支配下に置くために、戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態…」とはっきり言っちゃった。もの言えば唇寒しである。はしゃいだ雉は撃たれるのだ。
この答弁で、高市は隠しようもない地をさらけ出した。同時に国防や安全保障についての識見の浅薄さも。「台湾有事? 存立危機事態? ソンナコトヨリ、こんな首相で日本はもつのか」。真剣に考えなければならない。この答弁を引き出した岡田を称賛して当然のところ、これを責めるのは筋違いも甚だしい。
10年前に、紛糾に紛糾を重ねた安保法制による「存立危機事態」。そのの問題性について確認しておきたい。「存立危機事態」とは、これまで集団的自衛権の行使は憲法(第9条)違反であるとしてきた政府見解を変更して、専守防衛から一歩を踏み出した安倍政権の、大きな負の遺産のひとつである。
10年前の9月、国民的大反対運動を押しきって、いわゆる「安保法制」(戦争法)の諸法が束になって成立した。その中の個別の法律のひとつに「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(通称・事態対処法)という、恐ろしく長い名前の法律が成立した(正確には法の名称を変更しての改正法の成立)。
その第2条四号が、存立危機事態を次のように定義している。
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。」
物々しく厳重な要件であることは一見明白で、「戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態」とは、これがほかならぬ首相の言葉だけに背筋が寒くなる。こんな浅慮で軽薄な危険人物に国の舵取りを任せていることに国民的な批判がなければならない。
存立危機事態と認定された場合には、自衛隊の武力の行使(集団的自衛権の限定的な行使)ができることになる。具体的には、「内閣総理大臣は、原則としては国会の事前承認のもと、自衛隊法第76条第1項の規定に基づく防衛出動を命ずることができる」(事態対処法9条4項二号)ことになる。
日本が攻撃されたわけでもないのに、台湾海峡に中国の戦艦が出て「戦艦を使って武力の行使も伴うものとなれば、どう考えても存立危機事態」との短絡発言は、どう考えても内閣総理大臣が自衛隊に中国に対する武力行使、すなわち開戦が可能だと言ったことになる。
高市の言は、中国側にはこう聞こえる。
「中国よ、おまえが台湾か仲間のアメリカに手出しをして一発でも撃ってみろ。そのときには、日本は黙っていないで反撃するぞ」
こんなことを敢えて言ったのだ。しかも、1972年の日中共同声明で、日本は事実上「台湾は中国の領土の一部」と認めている。泥棒にも三分の理と言うが、高市の存立危機事態発言には一分の理もない。
とは言え、習近平政権の民間交流に介入するえげつなさも相当なもの。日本国民に嫌われてけっこうというやりくちは感心しない。愚かな両政府のやりくちを冷静に批判しながら、民間交流を絶やさない賢い日中の両国民でありたい。
(2025年10月16日)
私はマルタの一市民です。かつてはマルタ騎士修道会で名を馳せた地中海の島国は、今、猫の島として知られ、島内には人口40万の倍の数の猫がのびのびと暮らしています。この島では、人と共生しているたくさんの猫の微笑ましい光景を目にすることができます。マルタは〈猫の楽園〉なのです。
私たち島民は、長年かかって、人と猫との共生の文化を創り大切に育ててきました。餌やりや健康管理など島民みんなで猫を大切にしてきました。その歴史は、紀元前に遡ることができます。
この文化に共感を寄せる多くの外国人が、癒しを求めて私たちの島にやってきます。しばし猫と人とが仲良く暮らすマルタならではの文化に触れて、心を和やかにされています。
ところが、外国からこの島にやってくる人のすべてが、心優しい人とは限りません。中には、トンデモナイ人もいるのが現実です。この夏、たいへん痛ましい猫の虐待事件が起きました。今年の6月以降、マルタ北部のスリーマという街で、体の一部を切断され死んでいる猫が相次いで見つかったことから大騒ぎとなりました。殺された猫の中には、近隣住民に親しまれ「プーパ」と名付けられていた猫もいました。この島では、野良猫も名前をもっているのです。
そして8月1日外国人男性が猫への虐待と殺害の容疑で逮捕されました。彼は、少なくとも5匹の野良猫を殺傷したとされ、猫を地面に叩きつける様子が防犯カメラに映っていました。逮捕時には、猫をおびき寄せるための餌や、指紋を残さないための手袋を所持していたと報道されています。
マルタの社会に衝撃を与えたこの犯人が、31歳のオカムラという日本人だったのです。彼は、猫を虐待し殺した罪で起訴され、10月14日現地の裁判所は、禁錮2年、罰金1万5000ユーロ(約253万円)の判決を言い渡しました。併せて動物飼育禁止40年の措置も科されたました。控訴の有無については、まだ分かりません。
ところで、日本の最大政党の新総裁となられた高市早苗さん。日本人がマルタの猫を殺害して逮捕されたという、現地では大きな衝撃と憤激を巻き起こしているこのニュースをご存知ではなかったのでしょうか。有罪判決が言い渡された今、どのような感想をお持ちでしょうか。
あなたが、「奈良の鹿を足で蹴り上げる、とんでもない人がいる」と、日本国民に語りかけたのは、自民党総裁選が告示された9月22日でした。日本人がマルタの猫の殺害で逮捕されたことは8月1日の直後から報道されていたということです。
あなたは、「外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、何かが行き過ぎている」と述べています。確証なく自信ないままに、「そんな人がいるんだとすれば」と言っていますが、マルタの人々が大切にしている猫は、日本人に殺されたことが証拠によって明らかにされたのです。しかも、犯人の日本人が反省している様子はありません。
高市さん、おそらく、あなたはこう言いたいのでしょう。
「日本人は、優しい心をもった人ばかり。外国人はその心を傷付ける」「日本人は、平和を望む人ばかり。外国人はその平和を傷付ける」「だから、優しく平和な日本を守るためには、外国人に心を許してはならない。私は外国人を厳しく取り締まって優しく平和な日本を守ります」
こんな発言が国民に歓迎されて票にもつながると考えている政治家の存在を情けないと思いますし、そんなことを政治家に言わせている日本の国民の雰囲気が残念でなりません。
奈良の鹿は、日本人の優しさや平和の象徴とされただけでなく、高市さん、あなたの排外主義政策の小道具として使われ、総裁選勝利に役立った様子です。わざわざ奈良の鹿に言及した政治家として、マルタの猫との共生に象徴される文化を傷付けた日本人の所業にも一言あってしかるべきかと思いますが、高市さん、いかがでしょうか。
でも、私は思うのです。マルタの猫を殺されたことは悲しいことですが、だからと言って猫の殺害犯をことさらに日本人であると強調して鬱憤を晴らすことは控えなければなりません。日本人を「猫殺し」の国民性、残逆な民族と言い募ることは明らかに間違っています。優しい日本人、平和を愛する日本人が大多数であることもよく分かっています。そして、どこの国にも、どの民族にも、少数の犯罪者があることは克服し得ない現実と認識するしかありません。奈良の鹿も同じことと考えたいと思います。
問題は別のところにあります。2024年9月、米大統領選テレビ討論会で、共和党のドナルド・トランプ候補は、「オハイオ州に流入してきた移民の連中が犬や猫などのペットを食べている」と発言して物議を醸しました。フェイク常習のアメリカ大統領や、高市さんあなたのような排外主義政治家が、ありもしない動物虐待の事実を、あるいは不確実に事実を針小棒大に誇張して、特定の人々を貶めるために使っていることです。犬や猫や鹿の扱いを、自分の主張に合わせて切り取り、排外主義煽動の道具とすることはまことに見苦しい。控えていただきたいと思います。
高市さん、あなたの言動は、マルタの猫が大きく目を見開いて見詰めていますよ。
(2025年9月5日)
本日は金曜日。昨日配達された『週刊金曜日』(9月5日号)に目を通す。
表紙に大きく特集テーマが、『子どもも大人も 「学校が苦しい」』と印字されている。その右に、白抜きで『東京「君が代」裁判5次訴訟判決』。
7月31日言い渡しの『東京「君が代」裁判5次訴訟判決』(原告15名)について、これだけのページを割いての報道はとてもありがたい。
永尾俊彦記者取材記事の冒頭に、原告らの入廷デモとその先頭の『押し付けないで! 「日の丸・君が代」』の横断幕の写真。判決評価の主見出しは、「減給取り消す一方で、戒告・再処分は容認」「裁判は、生徒への『日の丸・君が代』強制の歯止め」。
「職務命令の真の目的は教員の服従」とタイトルを打った岡田正則・早稲田大学法学学術院教授のインタビュー記事もある。私の取材コメントも。
編集長(吉田亮子氏)後記では、「学校が苦しい」というメインテーマとの関連で、、「実際、教師らの精神疾患による病気休職者数は過去最多で、もっと多いはずという声もある。教師にとって学校が「苦しい」背景の象徴的なものが、「日の丸・君が代」の強制だろう。学校、そして社会が大人にとって「生きづらい場所」であれば、子どもにとっても同じことである。」と述べられている。
それにしても気になったのは、営業スタッフのお一人の大要以下のつぶやき。
「『週刊金曜日』のスタッフとなって20年。…入社するにあたっては「戦争はイヤだ」の一念だった。反戦ビラを投函したら逮捕・勾留され、教員が「日の丸・君が代」を拒否すれば処分されたその当時、右に振れた座標軸に恐怖を覚えた。戦争が始まるのではないか? そんな状況から脱するためにはどうすれば良いのか? そのために自分のできること、それは『週刊金曜日』の部数を伸ばすことではなかろうか? そんな思いに至って「金曜日」の門をたたいた。
そして20年、この国の劣化は記すまでもない。世の中の座標軸は右に振り切って付け足しても追いつかない始末。そして本誌の部数も息絶え絶えだ。これまでも本誌の部数は緩やかに減少を続けてきたが、「原発事故」や「朝日新聞攻撃」等の際、回復の兆しを示すことがあった。この危機の最中、その兆候は見られない。いま何かをしなければともがく毎日だ。」
ウーン。右翼の雑誌があんなにも幅を利かしているのに、「週刊金曜日」の部数は危機のさなかなのか。リベラルの危機が『週刊金曜日』の危機をもたらしているのだろうが、『週刊金曜日』の危機の座視は、さらなるリベラルの衰退をもたらしかねない。私にもできることとして、同誌の購読を呼び掛けたい。
今号(9月5日号)の他の主な記事は、以下のとおり。
「長生炭鉱続報 83年の苦難、海底から」「国は過ちを繰り返すな」「頭蓋骨も大腿骨もここで生きた証しを語り始めた」本田雅和
「ホー・チ・ミン「独立宣言」の意味を考える」「80年前の9月、ベトナムは日本の植民地支配から独立した」 中村梧郎
「詩人 金時鐘インタビュー」「日本の敗戦80年は、同時に朝鮮分断80年」 聞き手/西村秀樹
経営側に、田中優子・崔善愛・想田和弘・雨宮処凛など。そして常連の投稿者として青木理・内田樹・浜矩子・辛淑玉・阿部岳・北野隆一・半田滋・中山千夏等々。
購読申込みは、下記URLから。
https://fs224.formasp.jp/u543/form5/
購読期間1年(48冊)の定期購読料が 28,800円(1冊当たり600円)である。
ご購読の程よろしくお願いします。危機に瀕したリベラル救済のために。
(2025年8月28日)
昨日(8月27日)の朝刊を開いたら、気になる見出しが目に飛び込んできた。
「国旗燃やしたら訴追」
あのトランプが、司法長官に対して国旗焼却者を訴追すべく指示する大統領令に署名したという。日本では、いや、検察部門を司法の一部と考える民主主義国家では考えがたい乱暴な為政者の振るまい。
現地時間での8月25日に大統領令に署名して、記者に語ったのは、以下のような内容と報じられている。いかにも、トランプらしい語り口。
「米全土・そして世界中で米国旗が燃やされている」「米国旗を冒涜することは、我が国に対する侮蔑・敵意・暴力の表明だ」「国旗を燃やすことは、暴動を扇動することだ」「米国旗を燃やす連中は、左翼から金を」「国旗を燃やせば、1年間の収監だ」
続報をネット検索して驚いた。その大統領令署名直後に、これに抗議した活動家が、ホワイトハウスに隣接した公園で、国旗を焼いて逮捕されたという。ならず者トランプの横暴があり、これに必死で抵抗する人たちもいる。これが今のアメリカなのだ。
報道では、男はホワイトハウスに隣接するラファイエット公園で拡声器を使って、「この家(ホワイトハウス)に居座っている違法なファシスト大統領への抗議として、この旗を燃やす」と叫んだ。20年務めた退役軍人を自称するこの男は、「私は皆さんの表現の権利の一つ一つのために戦ってきた」「大統領が何と言おうと、この旗を燃やすのは、合衆国憲法修正第1条で保障された権利だ」と訴えたという。
周知のとおり、ベトナム反戦の嵐の時期、徴兵カードを焼いたり、国旗を焼く、というかたちの国家への抗議行動が米各地に蔓延した。国旗の尊厳を守ろうとする各州法の「国旗冒涜罪」が、この行為を取り締まった。
しかし、連邦最高裁は1989年、国旗を焼却したり破損したりする行為に関し、「表現の自由として保護される」との判断を下した。その後、連邦議会は国旗の焼却や破損を犯罪とする法律を成立させたが、最高裁は翌90年にこの連邦法を違憲と判断して、同法による刑事訴追を無効とした。トランプはこの連邦最高裁の判断を覆したいと執念を燃やしているようなのだ。
著名な判決の一つが、テキサス州法違反を無罪としたジョンソン事件であり、最終決着をつけたのが、連邦法である「国旗保護法」違反の起訴を無罪としたアイクマン事件である。
これらの判決理由の中に、次のようなくだりがある。
「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する正当な利益を有するとしても、それは政治的抗議として国旗を焼却した者に刑罰を科すことが許されるということを意味するものではない。国旗冒涜を処罰して国旗を神聖化することは、国旗という表象が表している自由を希薄化することになる。」
この一文は、「政府が象徴としての国旗を保護すべく努力する」ことを「正当な利益」と認めつつ、「国民が政治的抗議の意思の表明として国旗を焼却することを許容する」と言っている。つまりは、《国旗が象徴する国家の尊厳という価値》よりも、《国家を批判する象徴的行為としての国旗焼却の自由の価値》が優越すると判断している。
また、こんな最高裁判事の「つぶやき」もある。
「痛恨の極みではあるが基本的なこととして、国旗は、それを侮蔑し手にとる者をも保護しているのである。」
これは含蓄に富む。私たちが敬意を持ち続けてきたアメリカの自由主義や民主主義の懐の深さを表している。
この判事にとっては、国旗を焼かれたこと、あるいは国旗を焼いた者を処罰できないのは「痛恨の極みではある」が、米の国旗が象徴する自由とは、政治的意見の表明としての国旗焼却の自由を含むのだから、処罰はできないのだ。
国旗は国家の「象徴」であり、これを焼却する行為は国家を批判する「象徴的行為」である。
分かり易いのは、「ハーケンクロイツ」であろう。これは、ナチスが掲げる全体主義・優生思想・アーリア人至上主義・ホロコーストを象徴する。そして、この旗にたいする敬礼は、全体主義を礼賛する象徴的行為である。
「ダビデの星」は、かつてはナチスによるホロコースト被害の悲劇的な象徴であった。そして今、同じ紋章がガザ虐殺加害の象徴になりつつある。
「星条旗」は、長く自由と民主主義の象徴として敬意の対象であったが、ベトナム戦争以来大国の横暴や虐殺の象徴となり、今トランプの反知性・排外主義・独裁の象徴となっている。この国旗の尊厳は地に落ちた。トランプ自身が述べたとおり、今や全世界で侮蔑の対象としての象徴性を持っている。
翻って、「日の丸・君が代」はどうだろうか。この旗の歴史は浅いが、維新以来の70年間、侵略戦争・植民地支配・神権天皇制・天皇制ファシズム・富国強兵・滅私奉公・差別容認の象徴となってきた。要するに「日本国憲法の理念に真反対の理念の象徴」なのだ。この象徴への敬意表明という象徴的行為が、起立斉唱にほかならない。
アメリカにおける国旗焼却とわが国における起立斉唱強制と。いずれも国家という象徴をめぐっての象徴的行為の許容と強制の問題である。
国旗焼却は、民衆の側からの国家に対する批判の象徴行為である。連邦最高裁は、これを不可罰とした。一方、起立斉唱は、国家への敬意表明の象徴的行為の強制であるところ、我が国の最高裁はこれを合憲とした。彼我の対照が鮮やかである。
国旗焼却を不可罰とすることは、国家の在り方についての意見の多様性を容認する姿勢を表している。これに対して、起立斉唱の強制は、国家大事という一元的見解に服すべく強要し統制する権力行使を容認する姿勢の表明である。我が国の最高裁の姿勢を情けないとしか評しようがない。
もっとも、連邦最高裁も、ならずものトランプの意に沿う存在に堕してしまえば、お互い情けなさを慰め合うしかなくなってしまうことになるのだが、まさかそんなことはなかろうと思いたい。
(2025年8月15日)
戦後80年目の8月15日である。80年前の今日、無謀で無益な戦争がようやく終熄して旧天皇制国家が事実上崩壊した。そして、まったく新たな原理に基づく新生日本が誕生した。「戦前」が終わって「戦後」が始まった、その節目の日。それ以来の80年の年月は、そのまま私の人生の年輪と重なる。
1945年8月15日以前、この国はまことにいびつな神なる天皇が支配する宗教国家であった。日本国民は、神であり主権者でもある天皇に仕える「臣民」でしかなかった。遙かな昔、天皇の祖先神がそのように決めたからだという無茶苦茶な根拠。維新の藩閥政府は荒唐無稽なカルト天皇教の教理をもって日本国民を洗脳することに成功していた。
天皇教の経典はいくつも拵えあげられた。その主要なものとして、軍人勅諭・教育勅語・國體の本義・臣民の道などが挙げられる。修身や国史の国定教科書も同類で、全国の訓導が学校で天皇教の布教師となって、子どもたちを洗脳した。
天皇教の現人神でもあり教組でもあった天皇自身の好戦性著しく、自ら大元帥となって侵略戦争と植民地支配に血道を上げた。神なる天皇が唱導する戦争は聖戦である。聖戦は正義である。正義の聖戦が負けるはずはない。
こうして天皇の赤子たる臣民は、赤紙一枚で侵略戦争に駆り出され、皇軍の一員として近隣諸国の民衆に諸々の残虐行為を重ねた。天皇教の教義は、徹底した皇国ファーストの排外主義・差別主義でもあった。
もっとも臣民の100%が洗脳されたわけではない。理性をもって天皇教の洗脳に抗った人には、容赦ない野蛮な弾圧が待ち受けていた。その法的道具が、大逆罪であり、不敬罪であり、治安維持法であり、軍刑法等々であった。天皇は一面、恐怖の神でもあった。
1945年8月15日、国の内外に夥しい死体の山を積み上げて、血生臭い天皇支配の時代がようやく終わり、戦争の時代から平和の時代へと移行した。同時に、滅私奉公を強いた国家ファーストの時代から個人の尊厳を重んじる時代に。戦争と軍国主義の時代から平和と国際協調の時代に。そして、野蛮な専制の時代から人権と民主主義の時代に、世は確実に遷った。
この日、日本が受諾を公表したポツダム宣言第6条は、以下のとおりである。
「我らは、無責任な軍国主義が世界より駆逐されるのでなければ、平和、安全及び司法の新秩序が生じ得ないことを主張しているから、日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者の権力及び勢力は、完全に除去されなければならない。」
「無責任な軍国主義」「日本国国民を欺瞞して道を誤らせ、世界征服に乗り出させた者」とは、臣民を戦争に駆りたてた天皇とその取り巻きの軍部や政治勢力のこと以外にはあり得ない。ポツダム宣言は、これを「完全に除去されなければならない」と言い、日本はこれを受諾しているのだ。
だから、1945年8月15日は、朝鮮・中国の人々にとってだけでなく、日本の民衆にとっても慶賀すべき臣民からの解放の祝日なのだ。ただし、当然のことながら、目出度いと言えるのは、この戦争で生き残った人だけのこと。駆り出されて侵略に加担した者ではあっても、その戦没の悲劇は直視しなければならない。
産経新聞の報道によると、自民党の保守系グループ「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美元防衛相)が終戦の日の本日、東京・九段の靖国神社を参拝した。「伝統と創造の会」とは、察するところ「歴史修正主義の伝統」と「新たな戦前の創造」の意であろう。
その稲田は参拝後、記者団の取材に応じ、「前途ある青年たちの命の積み重ねの上に、今の豊かな繁栄する日本がある」「命をかけて、命をささげて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さんに感謝と敬意を表することができない国というのは、国を守れない」「いろいろな考え方があるが、やはり戦後レジームの脱却の中核は東京裁判史観の克服だ」などと語っている。そりゃオカシイ。
「命をかけて家族や地域、国を守ろうとした英霊の皆さん」の働きのお陰で、平和と民主主義の時代が開けたのではない。彼らが考えた方法では、何も守ることはできなかった。彼らに表すべきは、「感謝と敬意」ではなく、その義性の痛みへの共感でなくてはならない。
あの大戦は、我が国未曾有の大事件であった。しかし、この国は、国として、この上ない惨禍をもたらしたあの戦争の原因も、責任の所在も、明らかにすることなく今日に至っている。だから、未だに戦犯(裕仁)の孫が、自分には何の責任もないごとくに「さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」などと原稿を読んでいる。もちろん、加害責任への言及はない。80年前、変わったはずのものが未だにこの程度か、という落胆は避けがたい。
しかし、国民の戦争を忌避する意識は強い。我が国は戦後80年を戦争をせずに過ごしてきた。不戦を誓った「平和憲法」は、一字一句も改定されることなく無傷のままである。日本の将来に、希望と自信をもとう。戦後80年は、私自身の人生でもあるのだから。
(2025年7月21日)
惨憺たる参院選の開票結果である。なんとも虚しい限りの民主主義。社会が壊れかけている感がある。この世の行く末を案じざるを得ない。
参院は、良識の府ではなかったか。選挙は、その良識を具現する手続ではなかったのか。民主主義の美名を汚し、排外主義を競い合う場にしてしまったのは、いったい誰の責任なのか。
高校生だった昔の記憶がよみがえってくる。熱心な英語の先生が希望者を募って、課外で原書の購読をやってくれた。その教材が、バートランド・ラッセルの《What is Democracy?》だった。60年安保直後のころ。当時、まだラッセルは生きて活躍していた。
細かいことはすっかり忘れたが、その内容が刺激的だったことだけはよく覚えている。それまで、民主主義とは疑いもなく素晴らしいもので、この世に民主主義さえあれば明るい未来が開けると教えられていた。民主主義こそが万能薬という思い込みを真っ向から否定する論旨だった。
戦前には民主主義がなかったから、国民の自由は奪われ、貧困が蔓延し、侵略戦争が起こって国の内外にこの上ない惨禍がもたらされた。その反省から、日本にも民主主義が導入された。だから、もう大丈夫。国民の自由が奪われることも、貧困が蔓延することも、侵略戦争が繰り返されて国の内外に惨禍をもたらすことも、もうない。民主主義万歳だ。そんな楽観論を、ラッセルの書は、打ち砕いた。
ラッセルが説いたのは、民主主義が正常に機能するには、それなりの前提なり条件が必要だと言うことであった。その条件が調わないところでの似非民主主義は、権力に正当性を付与するだけの手続に堕する。無益というだけではない。時として、民主主義は危険な権力を生み出す。当然といえば当然のことだが、選挙結果に拝跪してはならない。果たして選挙に表れた民意は正しいか、常に心しなければならない。
選挙が民主主義の全てではないが、あらためて選挙が正常に機能する条件とはなんだろうか。ラッセルが説くところではなく、昨今の事態を考えたい。
大きくは、下記の2点に収斂されるのではないだろうか。
(1) 有権者に提供される選挙情報の正確性の保障と、
(2) 選挙情報を咀嚼して的確な投票をする有権者の判断能力
(1)は、主としてはメディアの問題である。文字メディア、放送メディア、ネットメディア、マスメディア、ミニコミ、そして口頭の発言、意見交換…。ごく最近まで、その主流は、新聞とテレビの報道であった。その情報の送り手は、それなりの質を備えていた。有権者が受け取る情報の信頼性は比較的に高いものと前提されていた。
ところが、ネット文化が一般化されるにつれて、事態は大きく変わってきた。新聞の購買数が激減してきた。若い世代はテレビも視ないという。選挙情報の主役はは、SNSやYouTubeに変わりつつあるという。明らかに、選挙情報の正確性は劣化している。むしろ、デマやフェイク、煽動の情報が有権者に届けられている。
(2)は、このような劣化した情報の受け手である有権者が、それでも的確な判断ができる能力を備えているのかを問うている。ことは学校教育の質の問題であり、意見交換を重ねての世論を形成する文化に関わる問題である。残念ながら、有権者の能力は不十分極まるとしか言いようがない。
とすれば、民主主義が正常に機能する条件の成熟はない。むしろ、急速に悪化している。それが、異常な兵庫県知事選挙や、今回の排外主義選挙になっている。明らかなデマとフェイクと煽情的な言動が、有権者のもとに繰り返し届けられ、煽動者の意図に有権者が操られている危険な構図が現実のものとなっている。
煽動者の狙いは、有権者の不安な心情に付け入り、デマとフェイクと短絡的なキャッチフレーズで、攻撃の対象となる「敵」を作り出すことにある。ポピュリズム政治の通例である。人権という理念や、あらゆる差別を許さないという信念を内面化していない有権者は、ポピュリズム手法に惑わされることになる。
この危険な事態を何とか是正しなければならない。民主主義を正常に機能させるために、愚直に、繰り返し、デマ情報に警告を発し、排外主義の危険性を訴えていきたい。
(2025年7月19日)
第27回参院選投票日を明日に控えた本日、毎日新聞夕刊社会面トップの下記の見出しが目に飛び込む。
《史実無視「陰謀論」の典型》《参政党の歴史認識 演説を識者と検証》《「被害者意識」膨らませる手法》
参政党のデマに対するファクトチェックの集大成と言ってよい内容。参政党の体質や歴史認識を手際よく紹介し批判している。栗原俊夫記者が山田朗教授の見解をまとめたもの。信頼に足りる記事であり、考えさせられる。明日の選挙では、こんな輩が「躍進する」という事態の深刻さを嘆かざるを得ない。
この記事の検証対象となっている参政党・神谷宗幣の演説内容は、以下の4章句である。
<(日本は)中国大陸の土地なんか求めてないわけですよ。日本軍が中国大陸に侵略していったのはうそです。違います。中国側がテロ工作をしてくるから、自衛戦争としてどんどんどんどん行くわけですよ>
<日本も共産主義がはびこらないように治安維持法って作ったんでしょ。(中略)悪法だ、悪法だっていうけど、それは共産主義者にとっては悪法でしょうね。共産主義を取り締まるためのものですから。だって彼らは皇室のことを天皇制と呼び、それを打倒してですね、日本の国体を変えようとしていたからです>
<大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではありません。真珠湾攻撃で始まったものではありません。日本が当時、東条英機さんが首相でしたけど、東条英機を中心に外交で何をしようとしてたかというと、アメリカと戦争をしないことです。そして、中国と和平を結ぶ。当時、中国ってないですけどね、支那の軍閥、蔣介石や毛沢東、張学良、ああいった人たちと、いかに戦争を終わらせるか、ということをやるんだけど、とにかく戦争しよう戦争しようとする人たちがいるわけですよ。今も昔も>
<(共産主義者は国体を)自分たちだけでは変えられなかった。彼らは何をしようとしたか。政府の中枢に共産主義者とかを送り込んでいくんですね。スパイを送り込んでいくんですね。そして日本がロシアや中国、アメリカ、そういったところと戦争をするように仕向けていったんです。ロシアとされると困るんです。旧ソ連ですね、ソ連は共産主義だから。じゃあアメリカやイギリス、そのバックアップを受けている中国とぶつけよう。それで日本は戦争に追い込まれていったという事実もありますよね。教科書に書いてないですよ。なぜか。戦後の教科書は、彼らがチェックしてきたからです。こういうことをちゃんと、国民の常識にしないといけない>
驚いた。これ、ドラマの中のセリフでも、ものを知らないオヤジが飲み屋で喚いた戯言でもない。一党の代表が、白昼の街頭でマイクを握って、人に聞かせている内容なのだ。安倍晋三だって、これほどひどくはなかったろう。
この中に見える主張を整理してみる。
1 日本は中国を侵略していない。中国側のテロ工作に対して、日本軍は自衛戦争をしただけ。(悪いのは中国、日本は悪くない)
2 大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではない。日本は対米・対中外交で和平を追求していたが、「戦争しようとする人たち」のせいで開戦になった。(日本は悪くない)
3 共産主義者は天皇制を打倒して日本の国体を変えようとしていた。共産主義を取り締まる治安維持法を悪法というのは共産主義者にとってだけのこと。(悪いのは共産主義)
4 共産主義者は政府の中枢にスパイを送り込んで、日本がロシアや中国、アメリカと戦争をするように仕向けた。それで日本は戦争に追い込まれていった。(悪いのは共産主義、日本は悪くない)
5 以上のことは教科書に書いてない。なぜか。戦後の教科書は、「彼ら」がチェックしてきたから。こういうことを国民の常識にしないといけない。
まとめてみれば、ありきたりの歴史修正主義(侵略戦争否定)・反共主義・國體擁護、陰謀論、そして教育への介入願望である。どうして今ごろ、こん手垢のついた愚論が、有権者の一部に浸透していると言われるのだろうか。不思議でならない。
戦後80年を経て、日本の国民が戦争体験を忘れつつあるのではないだろうか。何があの戦争の惨禍を生み出したのか、真剣に歴史を紐解き歴史の真実から学ぼうとする姿勢が過去のものとなりつつあるとすれば、事態は深刻である。
毎日記事は、次のように述べている。
「近現代史を巡る(参政党の)歴史認識には、戦後歴史学が積み上げてきた研究成果を、全否定するような主張も目立つ。」
「こうした歴史認識について、山田教授は「戦争は『共産主義者』の陰謀という見方は、戦前から存在する典型的な陰謀史観。事実認識としては全く誤っている」と指摘する。」
「なぜ、こうした「陰謀論」が公然と語られ、また、影響力を持ち続けるのか。山田教授は「真面目な歴史学や地道なジャーナリズムの成果が、出版や教育を通じて一般化されておらず、歴史的事実を無視した極端な議論が『面白い』『新しい』と受け取られてしまう状態が広がってしまっている。戦後80年の節目に、こうした状態を転換したい」と話している。」
戦後80年の夏は、暑苦しく、重苦しい夏になりそうである。排外主義者の主張が歴史修正主義とだけでなく、反共や國體擁護論と結びついていることを確認して、何故あの戦争が起きたのかを考える夏としなければならない。
(2025年7月17日)
最近、マルティン・ニーメラーの警句の引用が、あちこちに目につく。不気味なことだが、そういう時代の空気なのだ。
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。
そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」
***********************************************************
「100年前、治安維持法が成立したとき、私は喝采した。國體に弓を引く非国民を取り締まるのだから、皇室と神国の弥栄のために万歳と思ったのだ。
特高が最初共産党を攻撃し、共産党員を拷問で殺したとき、愉快とは思わなかったが私は声をあげなかった。世の中の空気を読んだこともあるが、私は共産主義者ではなかったから。
労農派の政治家や学者グループが一斉検挙されたときも、私は声をあげなかった。私は主義者でも活動家でもなかったから。
それから、労働組合や宗教者が弾圧され、学校の先生たちが酷い目に遭い、出版社も文学者も、最後には弁護士までもが逮捕されて、国民の権利を護る者がいなくなった。それでも私は、黙り続けた。時局が時局だから仕方がないと思ったから。
そして、戦争が始まり、ものを言う自由などまったくなくなった。
私が間違いを悟って前非を悔いたとき、國體も神国も消滅し、国土は焦土と化していた」
***********************************************************
「最初、排外主義政党がインバウンドや在日を攻撃したとき、私は拍手を送った。私は日本人なのだから。
次ぎに、排外主義政党の矛先が共産党に向けられたとき、私は意外には思ったが、声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。
さらに、排外主義者たちの標的が、フェミニストや、LGBTや、障害者に拡がったとき、私はこれはまずいと思ったが、声をあげなかった。私自身はフェミニストでも、LGBTでも、障害者でもなかったから。
排外主義者たちの大声が、「國體を擁護せよ」「女系天皇に反対する非国民を撲滅せよ」と叫び始めた時、私はこれはそれは違うと思ったが、声をあげなかった。とても、声を上げられる空気ではなかったから。
キナくさい世の中になって私は排外主義政党への投票を後悔した。しかし、ときはすでに遅かった。到底、声を上げることなどできはしない」
***********************************************************
「戦後80年目の夏の参院選が転機だった。
その選挙に外国人ヘイトと排外主義を競う風が吹いた。私も、排外主義政党に一票を投じた。インバウンドは不愉快だったし、日本人の賃金が上がらないのは外国人のせいで、彼らは不当に優遇されていると煽られたから。なにかが変わると期待したんだ。
その後間もなく、日本人ファーストや排外主義の背景に、國體思想があることを教えられた。日本人が特別な民族であるのは、いにしえより悠久にこの國をしらす天皇の存在あればこそなのだ。だから、日本人ファーストは当然だ。
日本人が日本人として胸を張れるのは、万世一系の天皇の貴い血筋が男系男子に連綿と嗣がれているからだ。家父長を中心として一家があり、天皇を家父長とする一国がある。女系天皇などとんでもない。ジェンダー平等なんて日本の国柄に合わない。そのときは、本気でそう思ったんだ。
日本民族は、血を同じくする家族共同体で、血の繫がらない外国人が排除され、差別されて当然ではないか。皇室という貴い血を認めれば、生まれ、血筋、家柄、門地による差別を認めざるを得ない。外国人差別は、あらゆる差別に拡大した。
外国人差別や排外主義は、結局のところ近隣諸国との戦争準備だと気付くまで、そんなに時間はかからなかった。日本人ファーストの政策で、結局私に何の得るところもなかった。ただ、平和と国際協調が危うくなっただけ。 もう遅い? いやまだ、遅すぎることはないだろう」