澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「日の丸・君が代強制事件」最高裁判決に貴重な補足意見

弁護団の澤藤からご説明いたします。
本日,最高裁判所第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)は、05年と06年の都立校卒業式で「日の丸・君が代」強制に服さなかったことを理由として懲戒処分(戒告,減給,停職)を受けた教職員62名が、処分取り消しを求めて最高裁に上告していた事件で、上告を棄却する判決を言い渡しました。

実は、停職処分(1件)と減給処分(21件)については、既に教職員側の勝訴判決が確定しています。東京高裁判決が裁量権の逸脱濫用の違法を認めて処分を取消し、これを不服とした都教委の上告受理申立が不受理となって確定しているのです。ですから、本日の最高裁判決は実質的に戒告処分の違憲を争うだけのもので、その口頭弁論が開かれなかったことから、結果は予測されたことでした。

結局、一昨年来の最高裁判例を踏襲して、「日の丸・君が代強制は思想・良心に対する間接的な制約にはなるが、間接的な制約にしか過ぎないから一応の合理性必要性が認められる限り合憲。但し、思想・良心の制約という側面に配慮し、原則として減給以上の処分は裁量権の逸脱濫用にあたり違法な処分として取り消す」という結論となりました。

これは、「日の丸・君が代強制は辛うじて合憲。しかし、過酷な処分は違法」というもので、都教委の暴走に一定の歯止めを掛けたものではありますが、なお、合憲であるとしている点で納得できません。

10・23通達発出以後、都教委は「日の丸に正対して起立し、君が代を斉唱」するように命じる職務命令に従えない教職員に対して、1回目は戒告、2・3回目は減給(1?6ヶ月)、4回目以降は停職(1?6ヶ月)と処分回数を基準とする「累積加重システム」を作りあげ,これを実施してきました。これは思想転向強要システム、あるいは信仰改宗強要システムにほかなりません。さすがに、行政には甘い最高裁も、「いくら何でも都教委のやり方はひどい」と言ってくれたわけです。これが歯止め。

その反面、憲法学の通説的な理解では、思想・良心の侵害あれば、この侵害を合理化する厳格な根拠がない限り、違憲とります。厳格な根拠とは目的が真にやむにやまれぬものであるか、強制の手段が他に方法のないものであるかが吟味されなければなりません。こんな、いい加減な合憲判断にはとうてい納得できないところ。

本日の判決における収穫は、鬼丸かおる裁判官の補足意見がついていたことです。同裁判官は、「個人の思想及び良心の自由は憲法19条の保障するところであるから、その命令の不服従が国旗国歌に関する個人の歴史観や世界観に基づき真摯になされている場合には、命令不服従に対する不利益処分は、慎重な衡量的配慮が求められるというべきである」として、「当該不利益処分を課することが裁量権の濫用あるいは逸脱となることもあり得る」と判断しています。

文脈から見て、停職や減給だけでなく、懲戒処分の中では最も軽い戒告処分であっても「裁量権の逸脱濫用」として取り消される場合があることを示唆したものです。実際、東京高裁の大橋寛明判決(2011年3月10日)は、戒告を含む167人全員の処分を取り消しています。実質的に違憲判決と紙一重。

さらに同裁判官は、都教委に対し「謙抑的な対応が教育現場における状況の改善に資するものというべき」とも述べており,これは,教育行政による硬直的な処分に対して反省と改善を求めたものであることが明らかです。

弁護士出身の同裁判官が、日の丸・君が代訴訟に向かいあったのは初めてのこと。その裁判官は、違憲という判断にまでは踏み切ることができなかったものの、「合憲判決に署名するだけで済ませてはならない」と考えたのです。原告ら教職員の真摯さや悩みや勇気が、新任の最高裁裁判官の気持ちを揺り動かしたのだと思います。

同裁判官から見て、都立学校の教育現場は正常ではないのです。明らかに改善を要するものであることが見て取れたのです。その教育現場の改善は、権力をもつ立ち場の都教委が権力を行使するに謙抑的な対応が必要と戒めているのです。

こうまで言われた都教委は反省しなければなりません。改善しなければなりません。責任を感じなければなりません。それが、教育に携わる者の当然の在り方です。

10・23通達関連の大型訴訟としては、予防訴訟が終了し、東京君が代1次訴訟、そして本日の判決で2次訴訟が終わりました。戦って勝ちとった一定の積極面もあり、勝ち取れなかった無念も残っています。

一つの訴訟事件の区切りは付きましたが、問題は解決していません。もちろん、戦いも半ばです。学校現場での思想統制や行政による教育支配を撤廃させ,児童・生徒のために真に自由闊達で自主的な教育を取り戻すため、この戦いに参加した多くの人々は闘いをやめません。私も、関わり続けたいと思います。

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  『シリア・アサド政権への軍事攻撃』
シリアで化学兵器が使われ、多数の死傷者が出た。これを咎めて、アメリカのアサド政権に対する軍事制裁が今にも加えられようとしている。

民間人を戦闘に巻き込み、化学兵器まで使用したアサド政権が「悪」だということには世界中異論がない。シリア国民の3分の1に当たる600万人以上が国内外の難民となっているという。内戦の死者は11万人にのぼるといわれている。誰もが何かをしなければとは思う。オバマ大統領がアサド政権に対する軍事攻撃を言い出せば、国際法的に何の正当性もない武力行使ではあっても、追随する国が出てくるだろうと予想したところ。

イギリスのキャメロン首相とフランスのオランド大統領が即座に応じた。しかし、イギリス議会がキャメロン首相にストップをかけ、イギリスは手を引かざるをえなくなった。そして今、アメリカ議会が議論を始め、オバマ大統領もそれを無視できなくなっている。アサド政権に対する軍事攻撃が本当に問題の解決になるのか、もしやイラク戦争の二の舞になりはしないかということを懸念して激論している。世論調査では、もともとアメリカ国民の6割以上が攻撃に反対しているのだから。

EU議長、ドイツ、ポーランド、インドなども外交的解決をさぐるべきだといっている。最初からアサド支援の中国、ロシアは軍事攻撃断固反対。ロシアなどは地中海に軍艦まで繰り出して牽制している。そして、国連の潘基文国連総長も国連容認のないオバマ大統領の武力行使を制止した。唯一攻撃参加を言挙げしていたフランスのオランド大統領も「単独では攻撃に踏み切らない」といいはじめた。オバマ大統領は攻撃に着手できない。

当初は、オバマ大統領に支援を伝えていた安倍首相もイギリスのキャメロン首相と会談し、「シリアにおける暴力の停止と政治対話をつくるため、国際社会の協力が不可欠だ。日英連携して、難民支援や周辺国支援を呼びかけていくことは非常に有意義だ」などと述べている。

こうした牽制意見に囲まれても、アメリカによる軍事攻撃がどうなるかは予断を許さない。化学兵器を使用したかどうかはともかく、国民をこうした悲惨な状況に突き落としたアサド大統領を許すことはできない。しかし、トマホークや無人機や爆撃機による軍事攻撃はアメリカ兵士には戦死傷がないかもしれないが、シリア市民の大量の殺傷なしに行われるはずはない。自暴自棄になったアサドによる「人間の盾」作戦によって、悲惨な結果が起こることも当然予想される。

家族を殺され傷つけられ、家を捨てて逃れる600万人もの流浪の民の悲惨は想像を絶する。難民の「アサドもオバマもいらない」という叫びは胸に突き刺さる。この事態に、スウェーデン政府が名乗りを上げた。9月3日、同国へ亡命を希望するシリア難民全員を受け入れると発表したのだ。一時的滞在はもとより、希望する人には永住権も付与するとのことである。なお、スウェーデンはすでに2012年以降、14700人のシリア人難民を受け入れている実績がある。その善意、想像を絶する。

潘基文国連総長も軍事攻撃を止めたのだから責任がある。安保理が駄目なら、一刻も早く国連総会を開いて世界中の善意を掘り起こす努力をせよ。ロシアと中国を説得して政治解決をする知恵を出せ。

この夏、太平洋戦争についてたくさんの本を読んだ。人間はどのくらい家を焼いて、どのくらい弱い者をいじめて、どのくらい人を殺したら、もうたくさんというのだろうか。気分が悪くなる。スウェーデンに移住したい。
(2013年9月6日)

東京が語る苦い真実

東京オリンピック招致委員会を代表して、IOC委員の皆様に心から訴えます。自腹を切ることなく、人の金を使って、遠くブェノスアイレスまでやってきました。とても手ぶらでは帰れません。ですから、泣いてのお願いです。

いまや、ブェノスアイレスの関心事は、フクシマの原発汚染水漏出事故と東京の安全性に集中しています。もちろん、東京の放射線量は今のところ心配しなければならない数値ではありません。そんなことは皆様ご存じのとおりです。問題は7年後の東京に放射線の心配がないかどうか。それは分かりません。全く分からないとしか申し上げようがありません。

おそらく皆様は、フクシマの原発事故には大きな関心をもって、事故以来今日までの経過を追ってこられたのだと思います。だから、ご存知のとおりです。事故を起こした電力会社も、日本の政府も言ってることにはまったく信用がおけません。情報は常に後出しです。隠しきれなくなるまで隠して、渋々とあとから小出しにします。しかも、過小評価に色づけされた情報としてです。昔、「大本営発表」というものがありました。あれと変わりがありません。

3・11直後の水素爆発とメルトダウンについても、また大量の放射性物質が大気に放出されたことについても国民が知らされたのは、ずっとあとになってからのことです。ですから、日本の国民の誰もが、政府や電力会社の発表を信用していません。今回の汚染水の漏出も、参議院議員選挙が終わるのを待って公表されました。しかも、最初は海への流出はないと言い、今は回収できない汚染水が毎日300?400トンの規模で地下や海に流出していることを認めています。それでも、「大したことはない」のだそうです。東電は2011年5月から今年7月までに20兆から40兆ベクレルのトリチウムが海に出たと試算しています。ご存じのとおり、トリチウム除去の技術が確立していないからです。でも、「20兆から40兆ベクレル」の線量は大海で拡散すれば「大したことはない」とされています。

おそらく、安倍晋三さんが日本の政府を代表して、「政府が安全のために予算措置をした以上はご安心を」というでしょう。しかし、政府が事故の「収束宣言」をしたのが2011年12月16日。当時から誰も「収束」を信じませんし、事態の推移は「収束」の間違いを明らかにしています。しかも、安倍さんはまったくの素人です。自信をもっている振りをすることにおいてはプロでしょうが、原子炉の構造も、安全のための土木作業の内容も、放射線の生体に及ぼす影響についても、海洋での食物連鎖における濃縮も、ほとんど何も知りません。それでも、笑顔をふりまき、安全対策の予算額を述べれば、招致レースを乗り切れるだろうと多寡を括っているのです。

とはいえ、彼の笑顔の裏に潜む焦慮は透けて見えるでしょうし、大金を注ぎこまなければならないということはそれだけ危険だということなのです。IOC総会が終わったタイミングを見はからって、またまた新たな事故の報告が後出しでなされる可能性も否定できません。仮に、不利な情報がことさらに伏せられて東京招致が決定されたとなったら…。いったいどうなるのでしょうか。

フクシマでは、昨日も震度4の地震がありました。再度の大地震がいつ来るか予測はできません。今後7年の間には相当に高い確率で大地震がフクシマや東京を襲うものと考えざるをえません。そのとき何が起こるのか。とりわけ、メルトダウンした核燃料の残骸や、崩壊した建屋の中に放置されている核燃料がどうなってしまうのか。予断を許さないところなのです。

また、政府の原子力規制委員会は、福島第1原子力発電所の汚染水は放射能濃度を薄めて海に放出する以外にないと言い出しています。おそらくは、そうして廃棄物を呑み込んだフクシマの海の放射線量は、しばらくのあいだは十分に低いものと考えられます。しかし、7年後はどうなっているか、これも分かりません。フクシマの海と繋がっている東京湾の放射線量がどうなるか。誰にも予測がつかないことなのです。そこがトライアスロンの舞台になります。

だから、敢えて申し上げます。政府の言っていることが信用できないことは明白です。安倍さんの言を信用しろというのが無理なことももっともです。2020年の東京が、放射線被害のリスクあることはハッキリと認めた上で、お願いします。東京を見捨てることなく、東京との絆を大切にしていただきたいと思うのです。

いま、日本も東京も、多くの困難な課題を抱えています。原発、消費税、改憲、格差貧困、財政危機、近隣諸国との軋轢‥。政府や都政への人民の不満もまことに大きいのです。これを何とか、かわしたい。東京オリンピック招致こそはその切り札なのです。はっきりいえば、愚民政策。これにご協力いただきたいのです。

オリンピックのもつ経済効果でマドリードの経済を支えることができるでしょう。オリンピックのもつ政治的効果でイスタンブールに平和や治安をもたらすことも可能でしょう。そして、オリンピックの熱気で、閉塞感に喘いでいる東京に、束の間の幻想を与えていただくようお願いします。

政府の嘘を嘘と見抜いて、東京が安全だなんて軽々に言えないことを承知のうえで、それでなお、十分な覚悟と自己犠牲の隣人愛の精神を発揮され、ぜひとも、2020年東京オリンピック誘致にご支援をお願いいたします。お互い、うるさい人民に対して、どう統治すべきか苦労を重ねている、上から目線の仲間の皆様ではありませんか。私の願いに、ご理解いただけないはずはありません。よろしくお願いします。
(2013年9月5日)

婚外子差別違憲判決に思う

婚外子の遺産相続分を、法律上の夫婦の子の半分とする民法の規定が、憲法に違反するかどうかが争われた遺産分割事件で、最高裁大法廷は本日、「当該規定の合理的な根拠は失われており、法の下の平等を保障した憲法に違反する」との決定を出した。合憲とした1995年大法廷(10対5)の判例変更をしたもの。

家庭裁判所が民法の規定どおりの遺産分割審判をし、婚外子側がこの審判を不服として高裁に抗告をしたが棄却されたので、最高裁に特別抗告をしていた。本日の決定は、原決定を破棄して高裁に差し戻した。高裁は、最高裁の判断に拘束された再決定をすることになる。

大法廷の決定は、下記のサイトで読むことができる。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130904154932.pdf
法務省の民事局長だった寺田逸郎判事が審理を回避して決定に加わらず、裁判官14人全員一致の意見だった。これはやや意外。なお、時の人・山本庸幸氏ではなく、前任の竹内行夫判事が決定に加わっている。

決定理由の枠組みは、「憲法14条の法の下の平等を大原則とし、その制約を合理化する根拠があるか」という立論をするものではない。「相続制度をどう定めるかは立法府の合理的な判断に委ねられている」ことを前提に、「裁量権を考慮してもなお、そのような区別に合理的な根拠が認められない場合には、憲法14条違反となる」という。原則は国会の裁量、それを逸脱している場合にのみ違憲となる、という枠組み。

だから、「それぞれの国の伝統,社会事情,国民感情、…その国における婚姻ないし親子関係に対する規律,国民の意識等」について総合的に考慮が必要であり、「これらのことがらは時代とともに変遷するもの」ともいう。

「これまで民法の改正が行われてこなかった理由の主たるものは、家族等に関する国民の意識の多様化がいわれつつも,法律婚を尊重する意識は幅広く浸透しているとみられることにあると思われる」「しかし,嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とする本件規定の合理性は,…個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,嫡出でない子の権利が不当に侵害されているか否かという観点から判断されるべき法的問題である」という。

国民意識の変化・多様化、世界各国の立法例、国際条約や国際機関の動向、などに鑑みて、「家族の中で個人の尊重がより明確に認識されてきた。子に選択の余地がない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されないとの考え方が確立されてきている」と述べ、遅くとも(今回の裁判の被相続人が死亡した)2001年7月には規定が違憲だったと結論付けた。

考えねばならないことはたくさんある。人権とは、平等とは、時代で変わるものだろうか。国民意識の変遷や他国の法制度の動向に左右されるべきものなのだろうか。

1995年には、5対10だった裁判官の意見分布が、今回は14対0となった。これはどうしてだろうか。以前よりは人権感覚が優れた裁判官が選任されるようになったのか、それとも時代が変わったのか、あるいは雪崩現象なのか。

明日(9月5日)と、明後日(9月6日)には、第一小法廷と第二小法廷で、続けて「日の丸・君が代」強制問題での判決が予定されている。婚外子問題では、違憲判決のできる最高裁が、どうして「日の丸・君が代」強制問題では違憲と言えないのだろうか。

本日の判決では、外国の動向と、自由権規約・子どもの権利条約の締結が、違憲判断の要因として挙げられている。規約委員会からの勧告の事実にも関心が払われている。国旗・国歌問題についても、これは応用が出来そうではないか。

司法消極主義を批判されていた最高裁が、ともかく積極方向に動いた。このことだけでも喜ばなければならない。日の丸・君が代強制問題においても、判例変更はあり得ることではないか。

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   『並木道』
「昔恋しい 銀座の柳 あだな年増を誰が知ろ」「植えてうれしい 銀座の柳 江戸の名残のうすみどり」「巴里のマロニエ 銀座の柳 西と東の恋の宿」
「銀座柳並木」を歌った流行歌の歌詞だ。シダレヤナギは銀座通りの並木道を飾り、江戸情緒の名残だった。関東大震災、東京大空襲などで焼かれてしまい、その後、復活を計っているが、昔の風情は戻っていない。今はイチョウが植えられているようだが、木が小さくて見栄えはいまいちだ。御幸通りには早春に白い花をつけるコブシの木が植えられているが、木の生長が悪くてあまりパッとしない。銀座にはやっぱりヤナギがふさわしい。

パリのマロニエは日本のトチノキの仲間。霞ヶ関の桜田通りが立派なトチノキ並木で、秋になるとツヤツヤした栗の実ほどの栃の実が街路にころがる。一度は手に取るけれど、しばらく置いておくと、艶もなくなってしなびてしまい、がっかりしてしまう。いくらでも拾えるけれど、トチ餅などは都会人には難しくて作れない。トチノキは栃木県の「県の木」で、宇都宮市の県庁前に立派なトチノキ並木がある。5月にはシャンデリアのようなクリーム色の花をたくさん咲かせる。県庁の屋上で8万匹のミツバチを飼って、41キログラムもの蜂蜜を収穫したそうだ。トチノキ並木をつくりたいとおもっても、ヤナギと違って、すぐには造れない。宇都宮県庁前のトチノキは1939年に植えたもの。年期が必要なのだ。

ところが今、街路樹としては「シダレヤナギ」も「トチノキ」も人気がない。プラタナス(鈴掛の木)、ポプラ、ニセアカシア(エンジュ)も以前ほど見かけなくなった。街路樹は排気ガスに強く、人に踏まれてもものともせず、病害虫もよせつけず、剪定されても夏までには葉を茂らせて、成長が早くないとお役が務まらない。そのうえ、美しい花を咲かせ、できたら蜂蜜を恵み、真夏の炎熱をさえぎり、都市をクールダウンし、色とりどりに紅葉して町を飾り、冬の小鳥たちに赤い実をプレゼントすることまで期待される。

今の並木の人気は、イチョウ、サクラ、ケヤキが上位を占めている。明治神宮外苑のイチョウ並木の黄葉は、毎年、秋の風物詩として報道される。燃え立つような黄色い炎は冬に立ち向かう都会人の気持を表現しているようだ。春の喜びはどうしてもサクラに限る。それまで何の変哲もなかった町や道路を華やかに包んで、人の気分を浮きたたせ解放する。毛虫がついたり、欠点がないわけではないが、他の木に植え替えることは住民が許さない。ケヤキは堂々たる大木になるので、よほど広い道路に植えないとピッタリしない。春の芽吹きは遅いけれど、煙立つようにたくさんの若葉を開いて、真夏にはたっぷりした緑陰を提供してくれる。黄色や柿色の紅葉もボリュームがあるので圧倒される美しさだ。ケヤキは仙台の「市の木」で、青葉通りのケヤキ並木は有名だ。駅に降り立ちこの並木を見たとたん、さすが「杜の都」と納得する。明治神宮の表参道のケヤキ並木は葉を落としたあとまで、ご苦労さんにもイルミネーションで大都会東京の冬の夜を飾り立ててくれる。

実用に特化した並木ならキョウチクトウとタブノキだ。キョウチクトウは高速道路に植えられる。真夏の暑さにますます元気で、長い間遠目にも美しい花を咲かせる。冬の寒さにも夏の日照りにも耐える。剪定に強く、挿し木でいくらでも増える。そしてなによりも自動車の排ガスや大気汚染物質にびくともしない。
タブノキは常緑広葉樹で、地味な高木だ。花は小さく緑色で目立たないが、大木の枝先を飾るオレンジ色の新芽は花が咲いているのかと見まごうほど美しい。冬の間も分厚い葉っぱで覆われているので、防風・防火の役に立つ。1976年の酒田の大火のあと、焼けただれて火伏せをしてくれたタブノキをみて、酒田市では「タブノキ1本、消防車1台」と言ったそうだ。

地域限定なら、気温の低いところにはナナカマドだ。マイナス41℃の記録を持つ旭川市には無論ナナカマド並木がある。春は白い花をたっぷりとつけ、秋の紅葉は燃え立つように美しく、房のように成る赤い実は冬鳥のキレンジャクを賑やかに集めてくれる。
南国なら、沖縄のヤシや宮崎のフェニックスが異国情緒をさそう。冬は南国の暖かさを夏は涼風を連想させてくれる。

樹木は、人の心をひろやかで穏やかにしてくれる。大きな樹の下は冬は暖かく、夏は涼しい。猛暑つづきの都会にはとくに並木を植えたい。熱中症も減るだろう。維持費がかかるといっても、「オスプレイ」や「オリンピック」ほどかかりやしない。日本が花綵(はなづな)列島といわれているのなら、北海道から沖縄まで、樹木を植え、花を咲かせ、紅葉を愛で、隅々まで「花を連ねた綱」や「木々の錦」で飾ってみたいものだと思う。
(2013年9月4日)

三題噺「東京五輪・皇族招致活動・放射線汚水漏れ」

いま、日本はたいへんな問題を抱えている。東京オリンピック招致なんて浮かれている場合ではない。スポーツは明らかに愚民政策として利用されている。改憲・原発・消費増税・TPP・格差貧困…、諸々の矛盾をカムフラージュするための東京オリンピックではないか。そんなもの止めていただきたい。そんなところに予算を使うのはよしてくれ。

なによりも、福島原発の汚染水問題。政府が予算を出せば何とかなるという性質のものではない。原発は「トイレなきマンション」と言われてきた。今、福島では、マンション本体は爆発で見る影もなく、トイレの垂れ流しだけが際限なく続けられている。「マンションなきトイレ」になってしまっている。

この汚染水の放射線量は半端なものではない。メルトダウンした核種によって直接汚染されたと思われる線量なのだ。その汚染水で、あの巨大な1000トンタンクが2日半でいっぱいになる。25日で10個、250日で100個。さらに増え続けたら…。フィンランドの「オンカロ」は、地下400メートルの岩盤を掘削して放射性廃棄物を10万年間閉じ込めようという世界唯一の施設だ。福島では、地上でこのまま10万年となりかねない。IOCの各委員は、福島の現状をよく知っているのだろうか。

そのオリンピック開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会に、高円宮妃久子なる皇族が出席してスピーチをするのだという。私は天皇制については大いに関心をもっているが、この人のことは知らなかった。何のイメージもない。亡くなった高円宮憲仁氏の妻と言われてもまだよくは分からない。高円宮が三笠宮の三男と説明されてようやく系図を了解。私が疎いのだろうか、その程度の知名度なのだろうか。

「皇族の政治利用」ではないかと問題だとか。問題なら止めれば良さそうなものだが、宮内庁は「苦渋の決断で政権側の要請を受け入れた」のだそうだ。「神聖なる皇族を、東京オリンピック招致ごとき俗事に使ってまことに申し訳ない」とのニュアンス。

この人のスピーチは、東日本大震災に各国からの支援があったことに感謝する内容の予定とか。どうして、IOC総会がそのようなお礼をする場としてふさわしいのかはよく分からないが、こんなスピーチはどうだろうか。

「世界中の皆様。わが日本は、世界で最も地震被害が頻発している国でありながら、安全神話のもと、54基もの原子力発電所を稼働させてまいりました。そのツケが、2013年3月11日の福島第一原発の爆発事故となって、世界中に放射性物質をばらまいて、皆様に多大なご心配とご迷惑をお掛けいたしました。にもかかわらず、温かい復興へのご援助をいただき、お礼の言葉もございません。あらためてお詫びと感謝を申し上げます。
原発事故の被害は甚大で、事故後2年半を経たいまも終熄の見通しはまったく立っていません。とりわけ、メルトダウンした原子炉内の核燃料がどうなっているのか、どうしたらこれを安全に取り出して廃炉にできるのか、確たる方針を見出すことができない現状でございます。もし今、再び、大規模な地震や津波が起きたら…、考えるだに恐ろしい現状です。おそらく、そのときは、東京でオリンピックを開催することなど到底考えも及ばぬ惨状となりましょう。
さらに、現在、放射能汚染水問題がクローズアップされております。福島第一原発敷地には、1日800トンの地下水が流入し、この地下水が核燃料と接触して高濃度の線量をもつ汚染水となっています。この汚染水のうち、毎日400トンだけは回収して水槽に貯めていますが、回収できない400トンはどうなっているか、実はよく分かりません。相当量が海に流れていることでしょう。
一方、汚染水を回収した水槽は、数限りもなく殖えて敷地を埋め尽くさんばかりとなっています。そして、いま、その水槽から放射線汚水が漏出しているのです。その汚染水の線量は、水槽の近くでは、毎時1800ミリシーベルトという、数時間で致死量になりうる信じられない高値なのです。しかも、水槽の強度保持の設計はわずか5年間、実際には3年しかもたないとも言われています。汚染水漏出水槽の数は、どんどん殖えていくことになりましょう。
東京と福島原発の直線距離は約200?。もちろん、福島の海は東京湾に繋がっています。それでもなお、世界の皆様が、福島と日本の復興のために、リスクをご承知で東京オリンピックを実現していただけるようご支援を心からお願い申し上げる次第です。
これまでのご厚情に感謝申し上げるとともに、原発事故が安全に終熄するまでには今後相当の年月を要することをご承知おきいただき、いっそうのお心遣いをお願い申しあげます。」
(2013年9月3日)

憲法に試練の秋

秋9月。夏休みが終わって2学期が始まる。7月参院選後の束の間の休戦が終わって、いよいよ改憲に向けてのスケジュールが動き出す。抵抗運動も黙ってはおられない。

改憲だけでない。シリア状勢は緊迫しているし、福島第1原発の汚染水漏れ事故もたいへんな事態だ。安倍内閣と猪瀬都政は今月間もなくの東京五輪誘致で勢いを得ようとしているし、維新は堺市長選で党勢挽回を狙って懸命だ。

秋の臨時国会の開会は未定だが10月15日以降。ちょうど、靖国神社秋季例大祭(10月17日?20日)のころ。それまでに消費増税決行か否かが決まる。TPP問題も正念場を迎える。

臨時国会開会以前に、衆参の憲法審査会が動き出す。臨時国会が始まれば、下記の予定が目白押しだ。どれもこれも、一つ一つが、安倍自民にとっても、抵抗運動にとっても、容易ならざる問題。

*改憲手続き法(国民投票法)の「三つの宿題」実行
*集団的自衛権行使容認の解釈変更
*秘密保全法案の上程
*国家安全保障基本法案の上程
*日本版NSC設置法案(提出済み)の審議
*防衛計画の大綱の改定
*日米ガイドラインの改定

さて、今日は、夏休み明けの宿題提出の日。その日の朝刊が、与党も6年越しの宿題に本格的に手を付け始めると報道している。夏休み明けに提出の宿題には、優劣の差が大きい。一夏の時間をたっぷり掛けての出来映えもあれば、夏休みが押し詰まってからやっつけ仕事での間に合わせもある。与党が提出した宿題は、どうやらやっつけ仕事の類。しかも、全部ではなく、一部のみ。

周知のとおり、改憲手続き法(国民投票法)は2007年5月に成立した。3年後を施行期日とし、その間に「選挙年齢を18歳に引き下げ」「国民投票運動における公務員の政治的行為の制限緩和」「改憲以外にも国民投票のテーマ拡大」という「三つの宿題」の結論を出すよう定められた。第一次安倍内閣の政権投げ出しで、今日まで手付かずのままとなっている。

毎日の報道では、「自民、公明両党は1日、憲法改正の手続きを定めた国民投票の投票年齢を『18歳以上』に確定する国民投票法改正案を秋の臨時国会に共同で提出する方針を固めた」とのこと。成人年齢の引き下げか、少なくとも公職選挙法における選挙権年齢を18歳に引き下げることが予定されていたのを、改憲を急ぐために、改憲手続においてだけ、「18歳以上」としようというもの。それはないだろう。何をそんなに慌てふためいての宿題の提出なんだろうか。

「衆院憲法審査会は9月12?22日の日程で、9人がドイツなど欧州3カ国を視察する」そうだ。視察には保利氏のほか自民、民主、日本維新の会、公明、みんな、共産、生活の7党の幹事や委員が参加。ドイツでは憲法裁判所、イタリアでは原発を巡る国民投票について、チェコでは12年2月の憲法改正について実情を調査するという。臨時国会で再開する憲法審査会も最初の焦点は改憲手続き法(国民投票法)となる見通しだと報道されている。

さあ、私も、できることを探して、できるだけのことをしなければならない。

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  「ジブチ」 唯一の自衛隊海外派兵基地
8月27日中東訪問中の安倍首相が「ジブチ」の自衛隊基地を慰問、自衛隊員を激励した。ジブチ共和国は紅海、アデン湾に面した元フランスの植民地でソマリアの隣国。ソマリアといえば海賊、そう私たちの頭にすり込まれている。2009年成立の「海賊対処法」に従って、ソマリア沖に出没する海賊から、日本関連の船舶を守るためとして、自衛隊の護衛艦2隻とP3C対潜哨戒機2機が派遣された。はじめアメリカ軍の基地を有料で借りていたが、2011年にはジブチの国際空港内に12haの敷地を借りて、自前で、280人用宿舎、駐機場、整備用格納庫を設置した。「海賊対処」を口実に、しっかり根を下ろした自衛隊の初の恒久的海外基地ができたわけである。

2009年「海賊対処法」成立時には、自衛隊の海外派遣について世論調査も行われた(海賊対策なら良し63%、それでも反対29%)が、恒常的海外駐留基地化は「ワーワー騒がれないうちに」「静かに行われた」ので、いつの間にか完成していた。軍艦や対潜哨戒機や200人からの自衛隊員が常駐しているのにだ。

最近は「ソマリアの海賊」の話もとんと聞かない。海賊活動は沈静化しているが、自衛隊が引き上げる気配は見えない。それどころか、今までは日本関連船舶のエスコートをしていた自衛隊だが、今年12月からは護衛艦の内の一隻がアメリカなどの多国籍部隊(CTF151)と一緒にペルシャ湾でも活動(ゾーンディフェンス)することになっている。そのうえ、安倍首相は今回のバーレーン訪問中、米第5艦隊司令官からP3Cを回すよう要求され、「前向きに検討したい」と約束したとのことである。

産経ニュース(8月29日)は「他国部隊との間で国際貢献活動を円滑に進めるには、集団的自衛権の行使を容認し、さまざまな事態に対応できるようにしておくことが望ましい。・・安倍首相は憲法解釈の変更など部隊が機能を十分に発揮できるよう、判断を急ぐべきだ」と言っている。
そういう観点からの布石が着々と打たれていると言えよう。貸したくない軍艦や哨戒機をシブシブ貸すわけではなく、渡りに船と、海外派兵も集団的自衛権も既成事実化しようというわけだ。もしかしたら、内閣法制局長官の国会答弁での解釈変更などなどないままに、既成事実は着々と進行してしまいかねない。

ところで、ジブチの自衛隊基地提供の根拠となっているのは、「ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文」。日米行政協定では自国内の基地を強国に提供する側だった日本が、この協定では逆に基地の提供を受ける側となる。その協定に注目したい。

その第8条は次のとおりである。
「日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権及び懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する。」(外務省ホームページより)

すなわち、「自衛官、海上保安官らの日本人要員が任務中・任務外を問わず事件を起こした場合の刑事裁判権を、全面的に日本側に委ねるという、極度の治外法権が取り極められているのである」「日本人要員がジブチ国内でジブチ国民を強姦しようが暴力を振るおうが殺そうが、ジブチ側に一切の裁判権はないのである。これを書いている2012年10月段階で、沖縄における米兵のレイプ事件が大きな問題となっているが、仮に日本人要員の誰かがジブチの街中でジブチの女性をレイプした場合、裁判および処分はすべて日本側が日本の法により執り行い、ジブチ警察当局が基地内の捜索や証拠差押えをすることも認められない。これでは公正な判決が行われる保障など全くない」(高林敏之氏)という指摘がもっともである。

日本国民は地位協定の不平等に怒ってきたはず。今度は、自らが海外に基地を作り、しかも他国に不平等を押し付けているのだ。こんな「手口」は許しておけない。海外基地など撤去せよ。
(2013年9月2日)

震災時の朝鮮人虐殺から90年

本日は関東大震災発生から、ちょうど90年目にあたる。10万の人命を失った自然災害への記憶を喚起し、いかに備えるべきかの教訓を確認すべき日として重要な日である。しかし、それだけではない。この災害の混乱の中で、多数の在日朝鮮人・中国人と、社会主義者が殺害された記憶を留めおかねばならない。被害者にとっては悲嘆の日であり、日本の民衆の多くが暴虐な加害者となった恥辱の日でもある。

記憶に留めおくべき日はいくつもある。戦争被害を象徴する、東京大空襲の日、広島・長崎原爆投下の日、沖縄戦終了の日、終戦の日。戦争加害責任を象徴する日としては、南京大虐殺の日、重慶爆撃開始の日、柳条湖事件の日、パールハーバー急襲の日。そして、日本人として忘れてならない、9月1日震災から始まる軍と警察と民衆とによる朝鮮人虐殺である。

資料は夥しくあるが、吉村昭の「関東大震災」(文春文庫)と、姜徳相の「関東大震災」(中公新書)の両書がコンパクトで信頼できる。前者が客観性にすぐれ、後者が在日の立ち場から「死者の怨念が燃え立つような」情念を感じさせる。そして、ちょうど10年前、2003年8月に日弁連(会長本林徹)が、「関東大震災人権救済申し立て事件調査報告書」をまとめている。

朝鮮人虐殺の主体は、日本刀・木刀・竹槍・斧などで武装した自警団であった。仕込み杖、匕首、金棒、猟銃、拳銃の所持も報告されている。自警団とは日本の民衆そのものである。「彼ら」と客観視はしがたい。自警団をつくったのは「私ら」なのだ。その自警団は、朝鮮人を捜索し誰何して容赦なく暴力を加え殺害した。「武勇」を誇りさえした。その具体的な残虐行為の数々は判決にも残され、各書籍にも生々しい。姜徳相の書は、「単なる夜警ではなく、積極果敢な人殺し集団であったことまた争う余地がない」「天下晴れての人殺し」と言いきっている。さらに、「死体に対する名状しがたい陵辱も、忘れてはならない。特に女性に対する冒涜は筆舌に尽くしがたい」「『日本人であることをあのときほど恥辱に感じたことはない』との感想を残した目撃者がいる」と紹介している。

事後の内務省調査によれば、自警団は東京で1593、神奈川603、千葉366、群馬469など、関東一円では3689に達した。ひとつの自警団が数十人単位だが、中には数百人単位のものもあった。全体として、恐るべき規模と言わねばならない。

在日朝鮮人の被害者数はよく分からない。公的機関が調査を怠ったというだけでなく、妨害までしたからである。一般に、その死者数は6000余と言いならわされている。上海在住の朝鮮独立運動家・金承学の、事件直後における決死的な各地調査の累計数が6415人に達しているからである。

当時、東京・神奈川だけで、ほぼ2万人の朝鮮人がいた。事件のあと、当局は、朝鮮人保護のためとして徹底した朝鮮人の「全員検束」を行った。この粗暴な検束の対象として確認された人数が関東一円で11000人である。少なくとも、9000人が姿を消している。これが、殺害された人数である可能性があるという。

一部犯罪者傾向のある少数者の偶発的犯罪ではない。恐るべき、一民族から他民族への集団虐殺というほかはない。なにゆえ3世代前の日本人(私たち)が、かくも朝鮮人に対して、残虐になり得たのだろうか。当時、「混乱に紛れて、朝鮮人が社会主義者と一緒に日本人を襲撃しに来る」「朝鮮人が井戸に毒を入れてまわっている」「爆弾を持ち歩き、放火を重ねている」などの、事実無根の流言飛語が伝播し、これを信じて逆上した自警団が、朝鮮人狩りに及んだとされている。ではなぜ、そのような流言が多くの人の心をとらえたのだろうか。

歴史的には、朝鮮併合が1910年、最大の独立運動である3・1事件が1919年である。3・1事件には、200万人を超える民衆が参加し、7500人の死者を出す大弾圧が行われた。関東大震災が発生した1923年は、多くの日本人にとって、朝鮮独立運動の記憶生々しい時期に当たる。「不逞鮮人の蜂起」「日本人への報復的加害」の流言飛語は、それなりのリアリティをもつものであった。

自警団の犯罪は、形ばかりにせよ検挙の対象となり、起訴され有罪判決となっている。その件数は資料によって異なり判然としないが、「東京震災録」によれば、検挙者数として、東京1300、神奈川1730などの数値があるという。

各地で裁判を受けた被告人の職業別統計を見ると、ほとんどが「下層細民」に属する人々であるという。「米騒動のとき政府批判の先頭に立った立役者たちが、朝鮮人虐殺の下手人になっている」(姜徳相)という。「おのれ自身搾取され、収奪された人々が、自分たちの受けた差別への鬱積した怒りの刃をよそ者に向けた」「これは、日本帝国主義が植民地を獲得したことの盲点であり、植民地制度によってさずけられた特権であった」「朝鮮人は、軽蔑し圧迫するに適当な集団と見られたのである」という同氏の指摘は重い。

いま、「朝鮮人は殺せ」などと、ヘイトスピーチを繰り返して恥じない集団がいる。おそらくは、彼らは90年前の「都市下層細民」にあたるのだろう。「おのれ自身搾取され、収奪された人々が、自分たちの受けた差別への鬱積した怒りの刃をよそ者に向けたい」「自分たちよりも、もう少し圧迫されている存在を見下して安心したい」心情なのだ。しかし、今やそんなことが許される時代ではない。もともと、「在日コリアンは、軽蔑し圧迫するに適当な集団」ではあり得ない。平等の人格をもつ人権主体であることを知らねばならない。

日弁連の報告書は、朝鮮人・中国人虐殺への国の関与とその責任に焦点を当てたもので、当時の刑事判決書(山田昭次氏提供)と軍・警察関係の公的文書を資料として作成されており、極めて信頼性が高い。

人数は明確にし得ないが軍隊による朝鮮人虐殺があったこと。流言飛語の大きな原因として、内務省警保局発の虚偽内容の各地への打電があったことを認定している。
その打電内容は以下のとおり。
「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内に於いて爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。 既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地に於いて十分周密なる視察を加え、鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加えられたし」

90年前の日本人(私たち)がした民族差別に基づく集団虐殺である。けっして忘れてはならない。日本人自身の震災被害の甚大さに埋没させ、隠してはならない。その事実を見つめ、そこから教訓を酌まなければ類似の事件が起きかねない。日韓・日朝の友好関係を築くことも困難になる。

事件は、疑心暗鬼から生じている。日本の朝鮮に対する苛酷な植民地支配があり、これに抵抗する独立運動があった。その独立運動の激しさは、日本人に「朝鮮人は日本人を憎み、折りあらば復讐を企てようとしている」という疑心を生んでいた。このような背景があって、官憲がマッチを擦って、火は一気に燃え上がった。民族間の相互不信が募れば、かくにも爆発しうるという、余りに悲惨な好例ではないか。

しかも、最前線で「活躍」したのは、国内の貧困層であった。支配階級としてみれば、朝鮮人や貧困層の不満が体制批判に及ばないのだから、願ってもないことであったろう。

事件は、植民地支配や民族蔑視の矛盾の表出である。日本人としては、大きな負債を背負っていることを自覚しなければならない。極めて現在的な課題として、民族間の平等意識の回復をはからねばならない。マイノリティの人権を擁護する具体的な措置を講じなければならない。また、日本国内の格差や貧困、さらには差別の存在を解消すべきが課題である。

改めて、憲法前文を想起しよう。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

韓国・朝鮮との間において、疑心暗鬼を生むことのない、平和で平等な国際関係を形成しなければならない。でないと、不幸は繰り返されかねない。

優秀な官僚の憂愁

「日本の官僚は優秀」。皆さん、そうおっしゃいますし、私もそう思います。その優秀な官僚群の中で、最も優秀なのが私なのです。

えっ? 「何をもって優秀というのか」ですって。そりゃ愚問というもの。官僚たるもの、一に出世、二に出世。三、四がなくて、五も出世。出世を願わぬ官僚はなく、その出世競争を勝ち抜くことこそ優秀の証しなんですよ。
なにしろ私は、優秀な官僚のトップと目される内閣法制局長官に、外務官僚から初めて抜擢されたんですよ。その上の出世といえば、官僚枠をねらっての最高裁判事。そのポストにも手が届くところまで来ているのです。どうです、たいしたものでしょう。

「その人事は極めて異例」ですって? それはそのとおり。異例こそ、私の優秀さの表れなんですよ。優秀な官僚は、時代を読まなければなりません。どっちに向かって、誰にシッポを振ったら、一番出世に有効か。その読みの的確さこそが優秀さの神髄。小泉さんは、アメリカのポチと言われていましたが、私は小泉さんを風向きを読む能力のある優秀な政治家だと思いましたね。そして今は、なんといっても安倍晋三さん。この人のポチとして、尽くすことが、出世の早道なのですよ。私の読みは、あたりましたね。自分の優秀さが恐いくらい。

複数のメディアが私を、集団的自衛権行使容認派だと評していますが、そりゃそうでしょう。政権は私を見込んで異例の抜擢をしたのですから、優秀な私としては、以心伝心、万事飲み込んで、政権の期待に応えなければなりません。日銀総裁の人事と同じですよ。

ただ、見え見えの人事の意図については、とぼけてみせるところに私の優秀さがあります。「どういう根拠で私を容認派だとそういうのかよく分からない」とか、「個人的意見は誰にでもあるが、内閣法制局長官に任命されたからには、その職責を果たします」なんて言ってみせています。

集団的自衛権に関する憲法解釈を変えてしまうには、知恵が要りますよ。誰でもできることじゃない。だから、ほかならぬ私が抜擢されたわけですね。
突然の解釈変更には、恣意的、不自然、姑息、裏口改憲等々、うるさく言われるに決まっています。そこで、持ち出す「手口」が二つ。いや、私としたことが、「手口」などとはしたない言葉を使ってはいけませんね。「手法」とでも言っておきましょうか。あるいは「秘策」とか。これで、あたかも憲法解釈の一貫性を保っているような外観を取り繕うことができる。一種のトリックですね。いや「秘策」です。

その一つは、「事情変更の原則」という常套手段。これまでの憲法解釈を支えていた事情が、予測できないような変化を遂げた今、これまでの解釈は妥当性を失ってしまったという、あれ。まずは、あれを上手に使ってお見せしなければ。

もう一つは、集団的自衛権行使のイメージをなんとなく抵抗感の少ない、きれいなものに変えてしまうこと。いま、集団的自衛権行使といえば、とてつもなくキナ臭くて、国民のアレルギー反応が過剰です。そこをマイルドにイメチェンして、「大したことではありませんよ作戦」を展開すること。

さっそく、「毎日」のインタビューで実践してみました。
「私が忖度しますに、安倍晋三首相の問題意識は二つあります。一つは、日本を巡る安全保障環境が、これまでにない格段の厳しさを増す中で、国民の生命、財産、領土を守ることにいささかの遺漏もあってはならない、というものです。国民の負託を受けた内閣の長として当然の問題意識ではないでしょうか。」

「もう一つは、世界には冷戦終結後、宗教的対立や民族、部族対立、極端な貧困がもたらす国家の破綻などが原因で、明日の食べ物にも事欠く人々がたくさんいます。1992年の国連平和維持活動(PKO)協力法を発端に最近では海賊対処法まで、日本は国際社会と連携して支援の手を差し伸べる努力を積み重ねてきましたが、これで本当に十分なのか、という問題意識です。この両方をカバーするため、安全保障の法的基盤のあり方を内閣で真剣に議論し、結論を出す必要があるというのが首相の考えだと理解しています」

どうです。なかなかのものでしょう。あまり無理をせず、「日本を巡る安全保障環境が、これまでにない格段の厳しさを増す」という言い回しで事情変更の原則をつかい、さりげなく集団的自衛権とはPKOや海賊対処、あるいは世界の貧困対策でもあるんですよ、と押し出すイメチェン作戦。やっぱり、優秀な私ならではの説得力ですね。

加えてもう一つ、カムフラージュ作戦もやっておきましょう。
「内閣法制局の任務は、法令が憲法を頂点とする法体系と整合性があるかどうかを審査することと、法律問題について内閣、首相、各閣僚に意見を述べることです。首相が安全保障の法的基盤のあり方を内閣として議論するというのだから、法制局は法的問題について適切な意見を申し上げる。そういう議論に積極的に関与していくべきではないかと思っています」

どうです。文句の付けようがないでしょう。もちろん、私が求められている役割は国会で堂々と「集団的自衛権の行使は、現行憲法が禁じているところではない」と答弁すること、そして、国家安全保障基本法の国会審議において、「この法律が定める集団的自衛権の行使は現行憲法の解釈において容認されるところ」とフォローすることですよ。そのために、私は異例の出世をしたのですから。でも、そうあからさまには言わない。「法的問題について適切な意見を申し上げる。そういう議論に積極的に関与していくべきではないか」なんちゃって。

それから、歴代の内閣法制局長官の顔も立てておかねばなりませんね。こうも言っておきましょう。
「諸先輩は、憲法解釈は法的安定性や整合性が極めて大事なので、極めて慎重に対処すべきだと言っています。その通りです。諸要素を総合的に判断し、適切な意見を述べます。内閣が出す結論がどうなるか今の時点で予断できないので、歴代長官と私で違いがあるかどうかは言えません。ただ、内閣の意思と離れて、内閣法制局が勝手に解釈を決めてきたという認識はまったくの誤解です」

自分の手を縛ることなく、これまで内閣法制局が独断専行せずに内閣の方針に従っていたと言っておけば、内閣の方針変更に追随する法制局の解釈変更を合理化できる。これで、満点でしょうね。

とはいうものの、すべてが、見え透いていますからね。優秀な私も、本当は憂愁な気持なんですよ。やっぱり、世論が恐い。解散総選挙が一番恐い。こんなことやっていて、安倍政権は本当にもつんでしょうかね。政権と心中なんて、私のシナリオにはありませんから、場合によったら、買い主の手を噛むことも考えておかないと。それが官僚としての本当の優秀さかも知れませんね。

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  アメリカは横須賀から出て行け!
  「子どもに銃持たす米兵」
米海軍横須賀基地は、毎年「基地開放イベント」を行う。今年は8月3日に開催され、公開された基地を市民が見学した。その際、米兵が訪れた子どもたちに銃を持たせ、射撃の構えをさせていたことが問題になっている。それだけでなく、海兵隊員たちは、見学者の前で「Kill! Kill! Kill!(殺せ! 殺せ! 殺せ!)」と叫んだり、相手の首を絞める武闘訓練を行ってみせた。これをみかねた、「平和委員会」や「新婦人の会」などの市民団体が「日本の銃刀法違反に当たり、市民交流の趣旨にはずれている」として、米軍側と横須賀市に抗議文と質問状を出した。

米軍側の対応は素早く、29日同基地司令官のディビッド・グレニスタ大佐が横須賀市を訪れ釈明した。「部隊装備品のデモンストレーションを行っていた。子どもたちの持っていた銃はモデルガンだった」と釈明し、「文化的な背景の違いから一部の方々に対し、意図せず大変不快な思いをさせてしまった」と述べた。今後同様のことが起こらないよう最大限配慮すると謝罪もした。

おそらくは、銃規制のない野蛮な国から来た兵士たちは、日本の銃刀法のことも、憲法9条のこともまったく知らないに違いない。「武器は世界中の子どもが欲しいもの」「同盟国の戦意の昂揚を見せれば、日本国民は喜ぶだろう」と、思い込んでいるのではないか。

こんな時こそ、県なり市なりの教育委員会はすぐさま、米軍に強く抗議しなければならない。
「残虐で暴力的である。子どもの教育上由々しき問題だ。二度とこんなことがあってはならない」と。
そして、学校長を集めて「子どもたちがこのような好戦的行事に参加することは好ましくない。指導の徹底を」と指示すべきであろう。そうしてこそ、教育委員会の存在意義がある。日の丸・君が代問題強制を記述した歴史教科書を排除しているばかりが、仕事ではなかろう。

  「もっと怖い原子力潜水艦の原子炉」
横須賀には、「基地開放イベント」より格段に恐ろしい「時限爆弾」が潜んでいる。
横須賀軍港には海上自衛隊とともに在日米軍海軍司令部があり、第7艦隊司令部がある。横須賀軍港は歴史的には大日本帝国海軍の横須賀海軍工廠であったが、戦後、アメリカ海軍に接収され、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争の前線基地としての大きな役割を担ってきた。現在はアメリカ海軍第7艦隊に属する航空母艦ジョージ・ワシントンの母港となっている。

原子力空母ジョージ・ワシントンは、熱出力60万KWの原子炉を2基積んでいる。横須賀市の直近の海の上に福島原発が2基あると同じことである。これだけでなく、原子力潜水艦も、頻繁に軍港に出入りする。そのときは、潜水艦と合わせて3基の原子炉が東京湾内の横須賀基地に集合することになる。

原子力空母の原子炉は、20年に1回燃料を取り替えるだけでいいということを売り物にしているが、どうしても艦内の「放射性廃棄物」と「死の灰」はどんどん貯まっていく。ジョージワシントンが、横須賀を母港としているということは、例年1?5月の4カ月間、横須賀に留まって、定期整備を行うということなのだが、その際に「放射性廃棄物」の艦外排出(クレーンで別の貨物船に積み替え米本土へ輸送する)を行っている。

実は、母港にするときの日米の合意で、放射能に曝された物質は艦外に出さないとされていたが、約束に違えて、2008年の横須賀配備以来5回も排出が行われている。「放射性廃棄物」の艦外排出の有無にかかわりなく、横須賀市のすぐそばに「死の灰」満杯の福島原発が2基あるということになる。これには慄然とせざるを得ない。

近い将来、首都圏地域に地震が必ず起こるといわれている。大きな船だ、すぐ動くことなどできはしない。津波でジョージ・ワシントンが陸に乗り上げるなり、冷却水の汲み上げができなくなったりすれば、原子炉のメルトダウンが起こる。東京湾は「死の海」になってしまう。無論、ジョージ・ワシントンの原子炉に日本の原子力規制委員会の審査の及ぶところではない。規制はできないのだ。何が起こっているのか、何をやっているのかすら闇の中だ。

とすれば、沖縄からは無論のこと、横須賀からも早急に米軍は出て行ってもらわなければならない。首都の近くに、こんな危険なものを持ち込まれてはたまらん。詳細は、「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」の下記サイトをご覧いただきたい。とりわけ、福島の原発事故を他人事と思っている首都圏在住者の皆様には、ぜひとも。
  http://cvn.jpn.org/
(2013年8月31日)

実教出版『高校日本史』とはどのような教科書か

高等学校の歴史教科書問題が再燃している。不当な教科書「検定」の問題ではなく、検定済み教科書「採択」が不公正という問題である。各地の「偏った」教育委員会によって現場での採用が排除されているのだ。教育委員会による「教科書再検定」あるいは、「二重検定」ではないか。

すっかり有名になった、実教出版の「高校日本史」。現場教員の評判はすこぶる良いようだ。「子どもと教科書全国ネット21ニュース」の8月号に、「実教出版『高校日本史』とはどのような教科書か」というタイトルで、この教科書の代表執筆者が寄稿している。37年間千葉の公立高校で日本史の教師をし、現在東京学芸大学特任教授という立ち場の加藤公明さん。その、生徒目線での教科書作りの姿勢が、何とも好ましい。しかも、それだけでなく、次のように芯の通った内容をもつものなのだ。

「民衆の視点で歴史を通観できる記述に心がけました。生徒が歴史を主体的に学べる教科書であるためには、その教科書がどんな観点から歴史を通観させようとしているかが重要です。教科書も歴史書である以上、一定の観点がなければ各章(時代)の記述に統一性がなく、どんなに記述が詳細でも、全体として一つの時代像や歴史観を結実させられません。そのような教科書では生徒は結局のところ歴史を学べないと思います。『高校日本史』は歴史学の最新最良の成果を活かし、民衆史的な観点を重視して、各時代の民衆の労働や生活、運動を、史料を紹介しながら記述しています。その他にも、地域の歴史や女性史を重視したり、世界特に東アジアの中で日本を捉え、時代を構造的に理解し、歴史に果たした一人ひとりの人間像がわかる記述を充実させました」

周知のとおり、この教科書の受難が続いている。国旗・国歌法をめぐる解説の脚注に、教育委員会にとって都合の悪い、その意に沿わない記述があるから採択しないというのだ。その「不都合な真実」とは以下のとおり。

「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」

この教科書の既述は、すこぶる正確である。正確であることは、実は各教委も知り抜いている。正確な記述であればこそ、骨身に沁みて痛い。痛いからこそ、教科書として使われることを拒絶したのだ。加えて、民衆史的な観点、女性重視、東アジアの中で日本をとらえる視点‥、頭の固い人々にはいかにも嫌われそう。

東京都教委は、予てからこの教科書の採択を避けるよう校長に圧力をかけていたが、本年6月27日に「使用は適切でない」と校長宛に文書通知を発出。大阪府教委がこれに続いて、7月16日に「記述は一面的」とする見解を示している。さらに、神奈川県教育委員会が教科書選定に介入し、実教出版の日本史教科書を希望した県立高校に再考を促し、8月22日該当の全28校について他社の教科書に変更させた。こうして、東京と神奈川の公立高校では、実教日本史の採択は1校もなくなった。これは由々しき大問題である。

一方、強い反対運動の成果も現れている。本日の共同通信配信記事によれば、「大阪府教育委員会は30日、府公館で会議を開き、府立学校で2014年度に使用する教科書をめぐり、国旗国歌法に関する記述を「一面的」と指摘していた実教出版(東京)の高校日本史教科書の採択を決めた。8校が使用を希望しており、府教委が疑義があるとする部分について指導や助言をするとの条件を付けた。陰山英男委員長は会議で『学校現場の判断を尊重したい。不採択はあまりにもハードルが高い』との認識を示した。」という。

朝日によると、「府教委事務局は、実教出版の教科書について、(1)採択しない(各校に再選定を指示)(2)『起立斉唱を求めた職務命令は最高裁で合憲と認められた』と説明するなど、教科書の記述を補完する具体策を各校に実行させることを条件に採択する、という二つの対応案を提示。陰山英男委員長が条件付きの採択で異議がないかを確認し、了承された。」という。

「起立斉唱を求めた職務命令は最高裁で合憲と認められた」という記載の一面性については、私の6月28日ブログ「東京都教育委員諸氏よ、恥を知りたまえ」に詳細なのでぜひお読みいただきたい。

東京都教育委員諸氏よ、恥を知りたまえ


ともかく、大阪府教育委員会は、東京や神奈川よりは、少しはマシだった。

なお、埼玉でも同様の問題があり、県議会の超党派右派議員でつくる「教科書を考える議員連盟」(小谷野五雄会長)は8月12日、県教育委員会に対し、実教出版の高校日本史教科書を採択しないよう要望した。しかし、今月22日、埼玉県教育委員会は県立高8校での使用希望を認めた。奇妙な条件を付さなかったのだから大阪よりずっと立派である。

ところで、各教育委員会とも、「公立学校で使用される教科書についての採択の権限はその学校を設置する市町村や都道府県の教育委員会にある」ことを当然の前提としている。しかし、正確には、採択権限の所在を明確に定めた条文はない。

この点文科省は、教育委員会に権限あることを前提に、採択の方法について、「高等学校の教科書の採択方法については法令上、具体的な定めはありませんが、各学校の実態に即して、公立の高等学校については、採択の権限を有する所管の教育委員会が採択を行っています。」と言っている。

根拠条文がなければ、条理(原理原則)に基づいて判断するしかないが、教科書採択が、教育内容そのものであり典型的な「内的事項」である以上、教育条件の整備に徹すべき教育行政の権限外といわざるを得ない。各教育委員会の教科書採択「介入」の強引な手法は今後、違憲違法として問題を残すものとなろう。

再び、加藤さんの「実教出版『高校日本史』とはどのような教科書か」。
「実教出版『高校日本史』は、私をふくめ、実際に教科書を活用して授業をしてきた現場の救師たちの経験と提言をもとに、少しでも生徒にとって学びやすく、彼らが主体的に歴史を考えられる教科書をつくろうとして生み出された教科書です。どうか、一人でも多くの方に手にとっていただき、そのことを確かめていただきたいと思います。そして、そのような教科書を、国旗・国歌法をめぐる脚注の一部に自分たちにとって都合の悪い事実(「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」)が書かれているというだけで排除してしまおうとする東京都教育委員会などの決定がいかに非教育的で、よりよい歴史教育の実現、生徒を歴史認識の主体に成長させて平和と民主主義の担い手として育てようとする社会科・地歴科教育の進展に逆行するものであるかを理解していただきたいと思います」

まったく、そのとおりだ。できるだけの支援をしたい。
(2013年8月30日)

元法制局長官4人目の解釈改憲批判発言

最近、時の政権に耳の痛い、元高級官僚の発言が目立つようになった。高級官僚上がりといえば当然に現政権におもねった連中、そのようなこれまでの通り相場からは様変わりの様相。原因は、安倍内閣のトンデモ度にある。この政権の危うさをどうしても黙ってはおられないという、「五分の魂」の表れなのだ。孫崎享、?澤協二、谷野作太郎…。そして、もっとも切実なのが、元法制局長官の諸氏。安倍内閣の姑息な解釈改憲の手口に我慢がならないが故の発言。

8月9日付「朝日」・「毎日」両紙での阪田雅裕氏コメントが口火を切った。20日には最高裁判事就任の記者会見で山本庸幸氏がこれに続いて大きな話題となった。次いで、8月25日付赤旗日曜版一面に、「9条から見て、とても無理」という「元法制局長官語る」の記事が掲載された。「匿名の元長官」が雄弁に語っている。そして、本日の各紙に、時事通信の配信記事として、第一次安倍内閣で法制局長官だった、宮崎礼壱氏のインタビュー記事が掲載されている。

時事の記事の大要は以下のとおり。
「宮崎氏は、集団的自衛権の行使を可能にするための憲法解釈の変更について、『(法律上)ものすごく、根本的な不安定さ、脆弱性という問題点が残る。やめた方がいいというか、できない』と述べ、反対する考えを示した。」「宮崎氏は憲法解釈の変更について…集団的自衛権に関して『憲法を改正しないと行使できないはずだという意見は(現在も)全く変わっていない』と強調した。」「憲法解釈変更による集団的自衛権の行使に関し、『自衛隊法改正をはじめとする、もろもろの法改正をやって法的根拠を与えないと、実際には自衛隊に命令できない』と説明。その上で『(それらの法整備が)客観的に見て、もし違憲ならば、無効な法律ということに理論的にはなる。その法律自体が裁判所で、あるいは別の内閣ができた時に『違憲だ』とひっくり返るかもしれない』と語り、法的安定性を欠くことに懸念を示した」

最高裁で違憲とされる可能性まで言及したのは、よほどの覚悟での発言。さらに注目すべきは、「インタビュー(要旨)」の中での次の発言。

問:国際情勢の変化は解釈変更の理由になるか。
答:ものによる。あまり議論されたこともない憲法の条文がクローズアップされ、新しい解釈を打ち出すこともあるだろう。集団的自衛権の問題はそういうものと違い、歴代内閣が今まで繰り返し「できない」と言ってきた。自国が攻撃されていない時、他国を防衛するために、組織的に人を殺し、飛行場や橋や港を攻撃、破壊することはできないと言ってきたのを変えるような情勢の変化は想定しにくい。

名問名答である。
「自国が攻撃されていない時、他国を防衛するために、組織的に人を殺し、飛行場や橋や港を攻撃、破壊すること」、これが集団的自衛権の内実。「このことはできないと言ってきた」。つまりは、集団的自衛権の行使は憲法上不可能とくり返し言ってきた。そのことは、これまでの国際状況を踏まえて議論が積み重ねられてきたはず。それを今ごろになって、国際情勢の変化を口実に、これまでの議論を一変させ無にするごときことがあってはならない、そのような理屈の通らない解釈の変更による実質的な憲法改正を認めてはならない、ということなのだ。

氏の発言は、得になることは何もあるまいに、人ととしての心意気のなす業。これで、元長官の発言者は、匿名の一人を含んで4人となった。

ところで、内閣法制局長官は、多少の名称変更はあるが、内閣制度が発足して第1次伊藤博文内閣に初代の長官が選任されて以来、今回の小松一郎で65代目となる。
その最近30年間では11名の長官が在位した。その名は以下のとおり。

茂串俊(54代)、味村治(55代)、工藤敦夫(56代)、大出峻郎(57代)、 大森政輔(58代)、津野修(59代)、秋山收(60代)、阪田雅裕(61代)、 宮?礼壱(62代)、梶田信一郎(63代)、山本庸幸(64代)

このうちの4名が解釈の変更による集団的自衛権の行使を認めるべきでないことの見解を表明したのだ。憲法政治の安定性のために、さらに心意気のある人物の名乗り出を期待したい。

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   「潘基文国連総長発言」の真意

歴史認識と改憲策動とは、緊密に結びついている。今次の大戦を不義の侵略戦争と認めて反省するところが、日本国憲法の構造の出発点である。再び侵略戦争を繰り返さない。被害者にも加害者にもならない。その不戦の誓いが憲法9条となり、前文の平和的生存権に結実した。歴史を修正し歴史から学ばない者は、日本国憲法を「国家の体裁をなさない丸腰憲法」「普通の国の憲法に改正すべきだ」と攻撃する。その声は、安倍政権下で、異様に大きくなっている。

前の戦争は自存自衛のやむを得ない戦争だった。残虐行為は多少あったとしても、そのぐらいは普通、他の国だって同じだよ。このままでは、国境の島をとられてしまうんじゃないの。もっと武装しなきゃ舐められる。平和主義の憲法第9条なんかなくして、武器も強くして、アメリカと一緒に戦争できる国にならなきゃ。戦争が残虐だなんていったら、子どもたちが怖がって、兵隊になり手がいなくなる。へんぽんと「日の丸」掲げて、「君が代」唄って、一致団結だ。戦争で死ねばお国に御霊を捧げた英霊だ。靖国神社に祀って、総理大臣がお参りして、軍人恩給だってつくよ。

安倍政権下では、そんなことが繰り返し繰り返し言われるものだから、アジアの人々は、日本軍国主義の復活の悪夢再びと懸念し、また日本が攻めてくるんじゃないかと心配になってくる。日本国内にも、反対意見や批判が巻き起こっている。

そのような状況の反映が、8月26日の潘基文国連事務総長発言となった。
日本と中国・韓国の関係の悪化を心配して「歴史認識問題や政治的な理由で緊張関係が続いていることを極めて遺憾に思う」「北東アジアの指導者は自国の発展だけでなく、北東アジアの発展、アジアの発展、世界の共存、共栄のためにどのようなことができるか考えることが必要だ」と述べ、さらに、日本の憲法改定の動きを周辺国が心配していることに関連して、「歴史をどう認識したら、未来志向的な善隣国家関係を維持できるのか。日本政府や政治指導者が非常に深く省察し、未来を見通すビジョンが必要だ」と指摘した。

これが、アジアの常識であり、世界の良識であろう。まさしく、わが国の現政権を担う者、心して耳を傾けなければならない。ところが、政権はこれに即座に反発した。次の菅官房長官の記者会見発言である。

「わが国の立ち場を認識した上で、(発言が)行われているのかどうか、非常に疑問を感じている」「事務総長(発言)の真意を確認し、引き続き日本の立場を国連などで説明していきたい」

菅発言の内容は、「事務総長発言に誤解あり」というもの。「わが国の立ち場を正確に認識していただけば誤解は解けるはず」と言っていることになる。果たしてそうだろうか。

安倍政権の歴史認識はどうなっているのだ。アジア・太平洋戦争が侵略戦争であったことを認めるのか。植民地支配の不当性を認めるのか。従軍慰安婦の存在と強制性を認めるのか。東京裁判の正当性を認めるのか。侵略や植民地支配や、戦争犯罪による近隣諸国の民衆の被害に謝罪する気持があるのか。村山談話や河野談話を、きちんと継承するのか。

国連事務総長に、「わが国の立ち場を正確に認識した上での発言か」というまえに、誤解をされていると思われる具体的な事項について、明確に所見を述べるべきであろう。

この両者の角逐は、日本の独善とアジアの憂慮との矛盾をさらけだすものとして、注目されたが、問題の本質を明確化するに至らなかった。外交辞令で、ことが納められたからである。

28日、ハーグの会合の立ち話で、事務総長は松山政司副外相に「日本のみについて指摘したのではない。日中韓3カ国の指導者は過去をしっかり理解して克服していくべきだ」「日本で発言が誤解されたことは残念。歴史認識に関する安倍政権の立場や平和国家としての日本の努力はよく承知している」と釈明した。29日菅官房長官は「真意は明らかになった。これ以上問題視しない」と矛を収めた。

潘基文事務総長発言の真意は「日本、ドイツ、イタリアのファシズムが引き起こした侵略戦争について思い起こしてほしい。安倍政権は平和憲法を変えようなんて考えないで、良好な善隣関係を未来に向かって築くにはどうしたらいいか深く考えてほしい」と希望したのだ。安倍政権の歴史認識問題と改憲策動に深い憂慮を示したものでもある。

にもかかわらず、菅官房長官は何も理解しなかったようだ。「(事務総長発言の)真意は明らかになった」という「真意」とは何なのか、余人にはサッパリ解らない。官房長官はいったい何を理解したというのだろうか。

安倍政権の歴史認識と改憲姿勢が続く限り、世界の至るところで、今回の事務総長と同様の発言が繰り返されるだろう。アジアにおいては、とりわけ切実な内容となるだろう。今回は外交辞令の応酬だけでことが収まったが、いつまでもこうはならない。安倍政権は、世界の良識が日本の歴史認識と改憲の動きを危うんでいることを、真摯に自覚すべきである。(2013年8月29日)

「敗戦」か、「終戦」か

流石の猛暑にも陰りが見えて秋の気配。セミの声がコオロギに変わった。8月もそろそろ終わり。

ところで、68年前の8月に、日本は「敗戦」したのか、「終戦」を迎えたのか。8月15日は「敗戦の日」か、それとも「終戦の日」か。「終戦記念日」か、「敗戦を記憶にとどめる日」なのか。以前からその選択に迷っていた。迷うことにたいした意味があるとも思わず、決めかねてもいた。決めかねながらも、次第に「終戦派」に与するようになってきた。

戦争に疲弊した国民の実感からは、ようやく戦争の辛苦から逃れ得た「終戦」であったろうと思う。自分の母の語り口からその感は強い。太平洋戦争だけでも4年近く、「満州事変」からだと足かけ15年である。ようやくにして「戦争は終わった」と庶民は思ったことだろう。もうこれで、空襲もない、灯火管制もない。戦地の家族も帰還できる、というホッとした感じ。だから「終戦」。

これに対して、「終戦」は戦争責任を糊塗するための意図的なネーミングだという論難が昔からある。「退却」を「転進」と言い換えたと同様に、「終戦」とはこっぴどい負け方を隠蔽するための造語なのだから、事実を正確に見据えて「敗戦」というべきだというもの。危うく戦死を免れ、親しい人を戦争に失って、怒りの気持押さえがたく、戦争責任の追及に意識的だった人の実感であったろう。

「敗戦」は、無謀にも負けることが必然であった戦争を始めた者の責任を明らかにせよ、という論理に親和的である。「終戦」よりも、負け戦故の辛酸への怒りが感じられる。「こんな戦争を始めた奴は誰だ」という怒りの声を出すときは、「敗戦」がふさわしい。

しかし、戦争の悲惨は「敗者」の側にだけあるのではない。堀田善衛が上海で見たという「惨勝」という落書きは、勝者の側の惨禍を物語っている。「負けた戦争」の悲惨ではなく、勝敗を問わない戦争それ自体がもたらす悲惨さを語らねばならない。そして、問うべきは「敗戦」の責任ではなく、戦争そのものについて、始めたこと、長引かせたこと、敵味方を問わず無益に人の命を奪ったことの責任ではないか。ならば、戦争の終結は、敢えて「敗戦」とする必要はなく、「終戦」でよいのではないか。

「敗戦の日」「敗戦を記憶する日」には、勝敗へのこだわりが感じられる。「今回は負けたが、次は必ず勝つぞ」というニュアンスがないだろうか。一方、「終戦」は、すべての戦争をこれでお終いにする、という積極的な含意を持ちうる。

ところで、例の村山内閣総理大臣談話の正確な標題は、「戦後50周年の終戦記念日にあたって」である。公式英語版では、”On the occasion of the 50th anniversary of the war’s end”である。「終戦」(war’s end)であって、「敗戦」(defeat in the war)ではない。

ところが、本文には、「敗戦後」「敗戦の日から」という用語が各1箇所あって、「終戦後」「終戦の日から」という用語法はない。標題とのチグハグが、あるといえばある。

本日の「毎日」夕刊「特集ワイド」谷野作太郎・元駐中国大使に聞く(下)にその経緯が解説されている。同氏は、村山談話の作成に深く関わった人。以下の引用のとおり。

「村山談話」という言い方が定着してしまったので、あれは、一部では社会党委員長である村山富市さんが個人的所感を述べたものに過ぎないという受け止め方があります。しかし、あの談話は閣議を通した談話ですから「戦後50年に際しての日本国総理大臣談話」というべきものです。もっとも村山首相の下にあった内閣だからこそ、あのような「談話」ができたというのも事実でしょう。

 当時の内閣は、自民、社会、さきがけの3党連立内閣。自民党内には「歴史」について一家言のある閣僚方がいらっしゃいました。この方々には野坂浩賢官房長官自ら事前に話をされたようです。日本遺族会会長だった橋本龍太郎元首相(当時は通産相)には村山首相自ら話をされました。その結果、談話原案では2カ所で「敗戦」「終戦」と書き分けてあったのを「敗戦」にそろえてはどうかというご意見を橋本元首相からいただき、その通りにしました。

 後で橋本元首相は「遺族会の大多数の人たちは、自分たちの夫、兄弟、父親は無謀な戦争に駆り立てられて亡くなった犠牲者だと思っている。だから『敗戦』でいいんだ。ただ、今日の日本の平和と繁栄はこの人たちの犠牲の上にあるということを忘れてはいけない」とお話しになっていました。(引用終わり)

これだけの解説では、橋本の真意はよく伝わってこない。しかし、当時、遺族は「敗戦」という言葉を嫌っていたのではなかったかと思う。橋本は、敢えて「敗戦」という言葉を使うことによって、「無謀な戦争の犠牲者となった」という戦死の意味を整理して見せたのだ。

橋本のその言は評価するにやぶさかではない。しかし、私は、宗旨を変えずに、これからも「終戦」派で行こう。

 
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  「教科書訴訟」と「はだしのゲン」
戦後しばらくは、文部省の姿勢は至極真っ当であった。侵略戦争の不正義をみとめ、反省と不戦の決意を教育の方針としていた。

1946年の文部省『新教育指針』は、「満州事変以来の日本は、内に民主主義に反する政治や経済を行ったと同時に、外に国際民主主義の原則に反する行動をとった。・・かうした態度がやがて太平洋戦争の原因ともなったのであって、われわれは今後再びこのやうなあやまちをおかさないやうにしなければならない」と分かりやすく述べている。

同年の国定日本史教科書『くにのあゆみ』には「国民は長い間の戦争で大へんな苦しみをしました。軍部が国民をおさえて、無理な戦争をしたことが、このふしあわせをおこしたのであります」と明快である。

47年の文部省著作『あたらしい憲法のはなし』には、「戦争は人間をほろぼすことです、世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません」と、戦争への批判が横溢している。

さらに、49年の文部省著作『民主主義』には、「世界人類に大きな悩みと、苦痛と、衝撃とを与えた第二次大戦については、ドイツとならんで日本が最も大きな責任を負わなければならない」として、日本の「責任」を当然のものとしている。

ところが、1953年池田ロバートソン会談以降、戦争に関する文部省の公式見解は180度の転換をとげることになる。家永三郎著の高等学校教科書「新日本史」が検定で不合格となったのは1963年である。そのとき、不合格理由の口頭告知をした文部省の教科書調査官は、家永に「(戦争の叙述が)全体として暗すぎる」と述べている。「暗い」と具体的に指摘されたのは、「本土空襲」「原子爆弾とそのために焼け野原となった広島」「戦争の惨禍」などの一連の図版であった。まさしく、「はだしのゲン」の世界である。

また、この不合格処分の取り消しを求める第一次家永訴訟において、被告国側はこう主張している。「家永教科書には『戦争は聖戦として美化され』『日本軍の残虐行為』『無謀な戦争』等の字句が見えるが、これらは第二次大戦におけるわが国の立場や行為を一方的に批判するものであって、戦争の渦中にあったわが国の立場や行為を生徒に適切に理解させるものとは認められない」

文部省だけでなく、一般国民の戦争観にも変化があった。家永は、「のどもと過ぎれば熱さを忘れる、という退化の傾向が顕著になっている。とくに若者の間には、どこと戦ったのか、どっちが勝ったのか、というあきれた質問まで出る事態となっている。太平洋戦争の再認識のためにこの著書を著した」と述べている。

戦争のできる国の再現を望む勢力は、意識的に、過去の戦争の美化をもくろむ。戦争の悲惨さを糊塗しよう、戦争の責任の所在を語ることを止めよう、あの戦争はやむを得なかった、戦争を担った人を顕彰しよう、皇軍に戦争犯罪はなかった…、と主張する。国も、時の政権も、保守政党も、右翼勢力も、軍需産業も、そしてポピュリストたちも。

それにしても、何度繰り返さなければならないのか。「戦争は、自存自衛のためやむを得なかったのだ」「日本軍の行った残虐行為はなかった」「慰安婦問題はなかった」。「多少あったとしても、どこの国もやっていたこと」。「我が軍を貶めるのは自虐」「一方的な押しつけ」だ。

さらに、これに加わるのが、戦争の残虐さを名目に、子どもたちから戦争の事実を遠ざけること。本心は、我が国将兵の行った戦争犯罪を隠蔽したいのだし、戦争そのものの残虐性を隠したいのだが、描写が「残虐」で「暴力的」で、「子どもの健やかな成長に適切ではない」とカムフラージュする。

松江市教育委員会の「はだしのゲン」かくしは、悲惨な戦争の現実隠しだし、日本軍の責任隠しなのだ。当時の国策による「非国民」弾圧隠しでもある。

幸いに、早急かつ広範な抗議の声の効果によって、書籍隠しの指示は撤回されたが、各地にはまだまだ問題が残っている。実教出版の日本史教科書が、「日の丸掲揚・君が代斉唱」の強制に触れたことから、「教育委員会の指導と相容れない」として、「不採用」となっている。ここにも、教科書をめぐって真実を恐れる公権力の不当な行使がある。

「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんは、生前「戦争はきれいなものではない。いかに平和が大切かゲンを読んでかみしめてもらえればうれしい」と言っている。家永さんも「戦争についての理解は、学校教育での歴史の取り扱い方や、テレビ・映画・劇画その他のマスメディアを通じての戦争の表現に規定される・・何といっても一番重大なのは、学校教育で戦争をどのように教えるかという点であろう」と言っている。教科書を含むあらゆるメディアにおいて、戦争を語ることを萎縮させてはならない。

故中沢啓治さんと家永三郎さんが天国で、「がんばれ、公正な教科書」「がんばれ、はだしのゲン」とエールの交歓をしているに違いない。
(2013年8月28日)

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