先週の木曜日、1月28日にDHCスラップ訴訟控訴審の判決が言い渡されて本日でちょうど1週間が経過した。上告ないし上告受理申立期間は本来は来週の木曜日、2月11日までだが、この最終日が休日(「建国記念の日」)なので、2月12日(金)となる。DHC・吉田嘉明は、おそらく期限ぎりぎりまで考え続けるのだろう。
上告も上告受理申立も、これが受理され審理されるのはきわめて制限された狭い門である。本件の場合も、この高いハードルを乗り越えての逆転など万に一つの目もない。そのことは、一審・二審と完全な敗訴を続けたDHC・吉田側もよく分かっているはず。いや、最初から勝訴の見通しなど持っていなかったというべきなのだろう。勝訴の見通しなくても、提訴自体の言論封殺効果をねらっての典型的スラップ訴訟。だからこそ、威嚇として十分な非常識高額請求訴訟となったのだ。
DHC・吉田の当初の請求は2000万円だった。私が、この訴訟をスラップ訴訟として当ブログで反撃を開始した途端に、請求額は6000万円に跳ね上がった。当初は2000万円の請求金額で威嚇効果十分と考えたのが、予想外の反撃を受けてこの程度の金額では提訴の持つ威嚇効果不十分と認識したからこその請求の拡張、それもいきなりの3倍化ということなのだ。
DHCスラップ訴訟の被害者は、被告とされた私だけではない。社会の多くの人が、「DHCや吉田嘉明を批判すると、やたらと訴訟を提起されて面倒なことになる」ことを恐れてDHC・吉田に対する批判を自制している現実がある。言論の萎縮効果が蔓延しているのだ。
私は、当事者として、また弁護士という職業上の使命において、このような言論の萎縮をねらった社会悪に立ち向かわなければならない。いかに面倒であっても、逃げるわけにはいかない。飽くまで闘うのみである。
DHC・吉田の上告(受理申立)可否についての考慮の構図は、次のようなものだ。
積極方針の根拠。
「最初から覚悟していたことではあるが、こんなみっともない敗訴には腹が立つ。万に一つでも逆転の可能性があるのなら最高裁まで争ってみたい」「それだけではない。もともとが澤藤に負担をかけることを目的とした提訴だ。少しでも長く、被告の座に坐らせ、少しでも大きな財政的心理的な負担をかけようという初心にたちかえって最高裁に上訴すべきだろう」「幸い、我が方にはカネの力がある。弁護士費用なぞはいくらかかってもかまわない。上告の手数料(貼用印紙)は、わずか40万円余だという。貧乏人には高いハードルとして評判悪いが、私にはなんの負担感もない」
消極方針の根拠。
「最高裁でもほぼ確実に敗訴を重ねる公算が高い。3度めの恥の上塗りはみっともなさを天下に曝すことになる」「スラップだ、濫訴だ、不当提訴だと、また叩かれることになる」「渡辺喜美に8億円を提供したことをまた蒸し返され、結局は規制緩和を求めて裏金を渡したと世間に印象づけることになってしまう」「化粧品やサプリメントを販売している当社にとって、ダーティーな商品イメージにつながって商売に影響を及ぼすことが心配だ」「結局は、上告をやめてこのトラブルを早めに終息させた方が経営上は得策だろう」
どちらでも、よく考えてみるがよい。どちらにしても針のムシロ。自分で播いた種だ。自分で刈り取るしかない。
スラップ訴訟は、訴権を濫用して、表現の自由を萎縮させる深刻な社会悪である。スラップ訴訟の提起者には、相応の制裁があってしかるべきだ。控訴・上告に至ったスラップには、比例原則にしたがった制裁措置がなくてはならない。制裁の方法や制裁が及ぶべき範囲についてはいろいろと考えられるが、まずはその方法を考える大きなシンポジウムを開催したい。仮称「スラップ訴訟とDHC」である。
シンポジウムは2部構成とする。
第一部は、スラップ訴訟一般について。スラップの何たるか、その実態と弊害。憲法的な問題点、訴訟法的な問題点、米国のスラップ事情、どのように、スラップ防止の仕組みを構築すべきか。そしてスラップ提起者や代理人弁護士に、どのような実効性ある具体的制裁が可能か。
第二部は、もっぱらDHC問題。DHCが過去に起こしたスラップ訴訟の総ざらい。そして、DHCスラップ訴訟対澤藤事件における、上告(受理申立)理由の徹底検証を公開の場で行う。
メディアも招待して、自分の問題として考えもらうきっかけとしたい。記録を映像化し、また書籍化して、多くの人に広めたい。
先日、「バナナの逆襲」というドキュメント映画を製作したフレデリック・ゲルテン監督(スウェーデン人)と対談の機会があった。世界的な大企業であるドールフードからの「上映差止請求スラップ訴訟」との闘いを、そのままドキュメントにしたもの。このスラップ訴訟を取り下げさせた監督の述懐として、「最も効果のあった闘い方は、スウェーデンでの不買運動方針の提起だった」とのこと。
バナナとサプリメントでは商品の違いも、流通経路の違いもあるだろう。対DHC不買運動の提起が有効かどうか。どのようなやり方があり得るか。この点も大いに議論したいところ。
シンポジウムでは、上告(受理申立)から50日を期限として、上告(あるいは上告受理申立)理由書が出て来る。これを徹底して検討し叩く場にしたい。連休明け頃がこのシンポジウムの時期となるだろう。ぜひお楽しみにしたいただきたい。
(2016年2月4日)
枕詞というものがある。あおによし奈良、ちはやぶる神代、ぬばたまの闇、たらちねの母という、あの手の言葉。ギリシャ神話にも、すね当てよろしきアカイア人、全知全能のゼウスなど、いくつも出て来る。私もいくつか「マイ枕詞」を持っている。都教委の10・23通達には、必ず「悪名高い」と冠する。そして産経新聞には「私の大嫌いな」だ。この枕詞が外れることは、しばらくはあるまい。
その私の大嫌いな産経の元ソウル支局長が、韓国大統領の名誉を毀損したとの嫌疑で起訴された刑事被告事件において、昨日(12月17日)ソウル中央地裁が無罪判決を言い渡した。私の大嫌いな産経支局長の事件ではあっても、言論の自由保障の見地から無罪判決は大いに歓迎したい。もともとが無理でおかしな起訴であったのだから。
法制が微妙に違うのでなかなか理解しにくいが、被告罪名は情報通信網法違反であるという。ネットにおける名誉や信用を毀損する言論を取り締まる法なのであろう。この法のなかに、「名誉毀損」に関する罰条があって、元支局長は朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして起訴された。逮捕こそされなかったが、しばらくは日本への帰国は許されず、求刑は懲役1年6月だった。
判決では、産経ネット記事の内容は真実ではないと断定され、真実ではないことについての認識も存在したとされたようだ。争点はもっぱら大統領を中傷する意図の有無に集中し、中傷の意図なしとしての無罪判決と報じられている。
その判決内容はともかく、驚いたことは、判決言い渡しの冒頭に裁判長の信じがたい発言があったこと。韓国外務省から裁判所に、この事件についての「善処」を求める要請があったことが明らかにされた。その「善処」とは、「日本からの要望を考慮すべきこと」だというのだ。
朝日の社説では「異例の措置」と評して「韓国政府が日韓関係や国際批判などを考えて自ら決着を図ろうとしたとも受け取れる」と述べているが、異例といわんよりは異様なことというしかない。
裁判所に外務省からの圧力があった。しかも、その圧力は日本の要望に基づくものだというのだ。司法の独立という理念に照らして、大問題ではないか。このような圧力があったことを判決言い渡しの冒頭に述べた裁判官の感覚が理解できない。
いくつかの著名な先例が思い浮かぶ。
まずは、大津事件だ。明治の中ころ、訪日中のロシア皇太子を日本の警察官が切りつけて怪我を負わせた。旧刑法時代のことだが殺人罪の案件。しかし、大国ロシアにおそれをなした政府は、司法部に「大逆罪」の適用を促した。天皇や皇太子の殺害は既遂でも未遂でも死刑しかなかった。要するに、ロシアへの言い訳に犯人を死刑にせよと圧力をかけたのだ。時の大審院長児島惟謙は、敢然と政府の干渉を拒絶して、謀殺未遂罪(旧刑法292条)を適用して被告人に無期徒刑(無期懲役)を言い渡した。死刑ではなかったのだ。以来、児島はロシアへのおもねりや政府の干渉から「司法の独立」を守ったヒーローと持ち上げられている。
児島惟謙と対照的に、外国の干渉をすんなり受容したアンチヒーローが、砂川事件における最高裁長官田中耕太郎。
安保条約に基づく刑事特別法を違憲無効として無罪判決を言い渡した東京地裁の伊達判決に、アメリカは素早く対応した。判決言い渡し翌日の閣議の前に、駐日米国大使マッカーサー(ダグラス・マッカーサーの甥)は藤山外相に会って、「この判決について日本政府が迅速に跳躍上告(控訴審抜きで直接最高裁に上告する例外的な手続)を行うよう」示唆し、同外相はその場で承諾している。さらに、同大使は自ら跳躍上告審を担当した田中最高裁長官とも会って、「本件を優先的に取り扱うことや結論までには数ヶ月かかる」という見通しについての報告を得ている。1959年12月の砂川事件大法廷審理は、マ大使が本国への報告書に記載したとおりの筋書きとして展開し、全裁判官一致の判決となって伊達判決を覆した。
しかし、さすがに田中耕太郎がアメリカからの圧力を公表することはなかった。以上の事実が明るみに出たのは、伊達判決から49年後の2008年4月、ジャーナリスト新原昭治が米国立公文書館で、駐日米国大使マッカーサーから米国務省宛報告電報など伊達判決に関係する極秘公文書を発見したことによる。
ところが、ソウル中央地裁の裁判長は、すんなりと外務省の干渉を受け入れながら、そのことを隠そうともしない。児島惟謙とも違うが、田中耕太郎とも同じではないのだ。
私は、軍事政権を倒して民主化をなし遂げた韓国の人々に敬意を惜しまない。韓国社会には好もしい隣人と親近感を持っている。しかし、今度の一連の動きには、違和感を禁じ得ない。
まずは大統領府の動きがヘンだし、産経記事を告発した「市民団体」もヘンだ。最もヘンなのが言論の自由を圧迫する起訴をした検察庁。そして判決ぎりぎりになって裁判所に干渉した外務省も、この干渉を当然の如く公表してこの干渉を受け入れた裁判所もまことにヘンだ。
私が、大嫌いな産経を応援しなければならないことが、ヘンの極みではないか。これ以上にヘンなサイクルが進展せぬよう願いたい。ヘンな事件よ、これで終われ。
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DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となりました。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属しています。
その第1回口頭弁論期日は、
クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越しください。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行います。
また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
午後3時から
東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちましょう。
表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加ください。歓迎いたします。
(2015年12月18日・連続第992回)
昨日(12月16日)の「夫婦同姓強制規程違憲訴訟」大法廷判決は無念の極み。
多数意見は、「婚姻の制度を具体的にどう定めるかは、立法権に広く裁量が認められている。夫婦同姓を定める現行の制度はその裁量の範囲を超えて違憲とまでは言えない。」と言ったわけだ。
憲法24条2項の関係部分を抜粋して確認してみよう。
「婚姻及び家族に関する事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」
つまりは、婚姻に関する法律の定めのキーワードは、「個人の尊厳」(憲法13条)と「両性の本質的平等」(同14条)だというのだ。民法750条の「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」という規定が、「個人の尊厳」(憲法13条)、「両性の本質的平等」(同14条)に違反していないか。憲法24条2項が命じる趣旨に違反していないか。それが裁判で問われ、大法廷は違反していないとお墨付きを与えた。
そもそも、どうして夫婦や家族は同姓でなくてはならないか。同姓は明らかに「家」制度の名残であり、その残滓を捨てきれないのだ。儒教は、卑近な家族道徳として家父長に対する「孝」を説き起こし、国家を家になぞらえて「忠」を説いた。おなじみの「修身・斉家・治国・平天下」(「大学」)。孝という家の秩序と、忠という国家の秩序との整合が求められた。孝の強調は忠のモデルとしてのものである。
家族の秩序を国の支配の秩序に拡大したのだから、家族の中に親子・夫婦の上下の秩序を確立することが必要だった。「父子親有り」「夫婦別有り」「長幼序有り」は、結局のところ「君臣義有り」に続くこととなる。家族の同姓は、その大前提としての役割を担った。
しかし、近代法は個人を権利義務の主体とする法秩序を形づくろうとする。個人の主体性の確立が大前提となる。そこで、明治時代に民法典論争があったときに、「民法出て忠孝滅ぶ」という名言が生まれた。このキャッチフレーズを産みだした「忠孝派」が勝って、ボアソナードが立案した家父長制をとらない旧民法は、せっかく制定・公布されたものの施行されないままに葬られた。
代わって編纂されたのが「忠孝派」の明治民法。戦後の大改定を経てはいるものの、夫婦同姓の制度は生き残って、明治以来の「家制度」を引きずっている。
教育勅語にも、次の一節がある。
「爾(なんじ)臣民 父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相和し 朋友相信じ… 常に国憲を重んじ国法に遵ひ 一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以って天壌無窮の皇運を扶翼すべし 是の如きは 独り朕が忠良の臣民たるのみならず 又以って爾祖先の遺風を顕彰するに足らん」
「常に国憲を重んじ」とは、天皇が国民に与えた欽定憲法の遵守を命じているのだ。「憲法とは、人民が君主の横暴を縛るために生まれた」「近代憲法とは、主権者国民が国政を預かる者に対する命令である」という考えの片鱗もない。その基本に、「家」があって、「父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相和し」が据えられている。勅語は、臣民の忠孝の精神こそが、天皇をいただく我が国柄のすばらしさであり、教育の根源がここにある、と言っている。国家や社会の支配の秩序を受容する精神形成のための家族制度。その一端としての夫婦の同姓なのである。
こういう制度の温存にお墨付きを与えたのが、我が国の最高裁の司法消極主義。これに対しての、米連邦最高裁の積極姿勢には驚かされる。アメリカでは、婚姻の同姓問題ではなく、同性婚禁止の法律の違憲性が争われた。
アメリカには1996年成立の「婚姻防衛法」(Defense of Marriage Act)という連邦法があった。同性婚を認めがたいとする保守派の運動で成立した法律。「連邦政府は、婚姻を専らひとりの男性とひとりの女性の間に結ばれた法的結合と定義する。」という内容。仮に、ある州が同性婚を認めたとしても、婚姻防衛法によって連邦レベルでは婚姻の効果を認められない。他の州も、「同性間の関係を婚姻として扱う必要はない」という。そのため、「州法に基づいて適法に結婚した同性カップルも、国の様々な法律では婚姻関係にあると認められず、配偶者としてビザの発給や税金の控除などを受けることができなかった。」(朝日)という。
一昨年(13年)の6月26日、米連邦最高裁は、この「婚姻防衛法」を違憲とする判決を言い渡した。9人の裁判官の意見の分布は5対4。違憲判決により、米の各州法で認められた同性婚は異性間の婚姻と同じ扱いになる。
司法の役割について、消極主義を良しとする考え方もある。裁判官は民意を反映してその職にある者ではない。選挙の洗礼を受けて成立した議会や、大統領府あるいは内閣こそが、尊重すべき民意にもとづいて成立した機関である。民主々義の原則からは、司法は議会や行政府の判断を可能な限り尊重すべきで、軽々に違憲判断をすべきではないというのである。
その視点から見れば、今回の婚姻防衛法違憲判決は「わずか5人の判事が、下院435人、上院100人の決議を覆した」、「しかも、上下両院の議員は2億を超える有権者によって信任を受けた選良ではないか」と批判されよう。
しかし、議会や行政府は、時の多数派によって形成される。民主々義制度においては、多数派が権力となる。その立法や行政行為は、往々にして多数派の非寛容がもたらす少数者への抑圧となりかねない。権力による人権侵害が、民主々義の名において行われる。選挙による多数派形成の傲りこそが、もっとも危険な人権侵害を招くものと自戒されなければならない。
したがって、司法消極主義とは違憲審査権の行使に臆病なだけのことで、実は司法の職責の放棄であり、少数者の人権が侵害されていることの見殺しでしかない。米連邦最高裁は果敢に、よくぞその職責を果たしたというべきなのだ。
ひるがえって、我が国の最高裁大法廷は、昨日(12月16日)違憲審査権の行使に臆病なその性を露わにし、司法の職責を放棄した。少数者の人権侵害を見殺しにしたと言わざるを得ない。
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DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属している。
その第1回口頭弁論期日は、
クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越し願いたい。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行う。
また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
午後3時から
東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。
表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月17 日・連続第991回)
私は1968年の司法試験に合格して、69年4月から71年3月までの司法修習を受けた。当時は有給で修習専念義務は当然のことと受け入れた。しかし、カリキュラムの過密を意識することはなく、現役の裁判官・検察官・弁護士から成る教官たちには、ごく真っ当な常識的感覚と後輩の法曹をあるべき姿に育てることへの情熱を感じた。当時毎年500人の修習生は、2年間の修習期間中に、どの分野に進むかどのような法曹になるかを十分に考えた。課外の自主活動も活発で余裕のある2年間だった。
私の実務修習地は東京、配属弁護士会は第二東京弁護士会だった。今はなき、戸田謙弁護士(この人について語るべきことは多い)が修習指導担当で4か月間戸田法律事務所に通った。その際、いくつかの典型的な法律事務所訪問の機会を得た。修習委員会が組んだプログラムとして、虎ノ門の法律事務所に大野正男を訪ねたことを記憶している。同弁護士は、当時既に高名でその後最高裁裁判官になった人。
私を含め当時の修習生の多くは、ビジネスローヤーというものにいささかの敬意ももちあわせていなかった。そんなものは、法曹を目指す動機や弁護士としての生きがいになんの関わりもあろうとは思えなかった。身すぎ世すぎの術として、資本に奉仕する弁護士業務とはいったい何だ。経済的には恵まれようが、生きがいとは無縁。金が欲しけりゃ、大企業の出世コースを歩むか、自分で業を起こせばよいだけのこと。まったく魅力は感じなかった。
その対極にある弁護士として大野正男をイメージしていた。この人なら、弁護士としての生きがいを熱く語ってくれるだろう。この人の言うことになら耳を傾けてみたい。期待は高かったのだが、実はこの高名な弁護士が何を語ったのか記憶にない。確かに彼は何かを語ったが、若い(生意気な)修習生たちに受けるような内容ではなかった。ともかく話の内容は地味で、高揚感とは無縁のものだった。
話しのあとに水を向けてみた。「弁護士の仕事は、問題を事後的にしか解決しません。しかもきわめて個別的で分散的で、一つひとつの仕事が社会的な影響力をもつということは滅多にない。それでも、やりがいのあることでしょうか」
これに対する大野正男の回答は、確かこんなふうに落ちついたものだった。
「そのとおりですよ。弁護士が日常扱う個々の事件処理は、事後的な問題解決で個別的。地味なものです。政治家のような、何か華々しいものと錯覚してはならない。社会を変えようとして事件を受任するわけではなく、問題を抱えている人のために仕事をするのが弁護士。個々の依頼者に喜んでもらうことが、弁護士としての生きがいですよ。」
当時、私の脳裏にあったのは、砂川事件の伊達判決であり、松川無罪判決であり、恵庭や長沼事件であり、人権派弁護士大活躍の舞台だったいくつかの公害事件だった。弁護士が取り組んだ一つの事件、一つの勝利判決が、大きく社会や政治を動かすというロマン。自分もそのような仕事をしてみたい。そういう気持を、思い上がりとしてたしなめられたという印象が残った。
その後、私は地域密着型の法律事務所で弁護士としての仕事を始め、ときどき大野正男の言葉を思い出した。なるほど、あの言葉のとおりだ。事件の大小に関係なく、依頼者のために地味な事件を処理していくことの大切さと、そのことのやり甲斐とを実感するようになった。華々しい弁護士像追求を邪道と感じるようにもなって今日に至っている。
で、今は、弁護士と事件との出逢いは、「なかば偶然、なかば必然」と考えている。悪徳商法専門やスラップ常連弁護士は、事件と必然性をもって結びついているだろう。これに比べて、本日の最高裁大法廷判決2事件(「別姓訴訟」「待婚期間違憲訴訟」)などは、弁護士の日常業務が社会を動かす大事件に発展した好例。とりわけ、「夫婦同姓強制違憲訴訟」は、大きなインパクトをもつ事件だ。大法廷判決で、勝てればすばらしいことだったのだが…。「修身斉家治国平天下」の壁は厚く破れなかった。
担当弁護士は、さぞ頑張ったことだろうが、残念な結果に終わった。まことに無念。
それでも、事件と格闘して、ここまで社会に問題提起をした原告と弁護団に、心からの敬意を表したい。
法廷意見への賛否は10対5だったという。次がある。またその次もある。誰かがいつかは破る壁だと思いたい。
前例がある。津地鎮祭訴訟上告審の大法廷判決で、厳格政教分離派が敗れたのが1977年7月。判決は、やはり10対5に分かれていた。その20年後、97年4月に愛媛玉串料訴訟の最高裁大法廷判決が、同じ目的効果論を使いながら、厳格政教分離の側に軍配を上げた。逆転して、違憲派が13、合憲派は僅か2名だった。
逆転のゴールに誰かがすべり込むだろう。その目標も、弁護士としての生きがい。
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DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属している。
その第1回口頭弁論期日は、
クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越し願いたい。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行う。
また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
午後3時から
東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。
表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月16日・連続第990回)
最近、「スラップ訴訟とは何でしょうか」「スラップの実害はどんなものなのでしょうか」「どうしたらスラップ訴訟を防止できると思いますか」などと、メデイアから聞かれるようになってきた。いくつかの原稿依頼もある。ようやくにして、スラップ訴訟の害悪が世に知られ、問題化してきたという実感がある。
☆スラップ訴訟とは何か
私はスラップ訴訟を、「政治的・経済的な強者による、目障りな運動や言論の弾圧あるいはその萎縮効果を狙っての不当な提訴」と定義している。スラップを、「運動弾圧型」と「言論抑制型」に分類することが有益だと思う。
「運動弾圧型」は政策や企業活動に反対する運動の中心人物を狙い撃ちする訴訟であり、「言論抑制型」は自分に対する批判を嫌忌しての高額損害賠償提訴。どちらも提訴を手段として、強者の意思を貫徹しようとするもの。いやがらせと恫喝、そして萎縮効果を狙う点で共通している。
かつて、同時代社出版の「武富士の闇」の記事が名誉と信用を毀損するとして武富士が訴えた。被告にされたのは、執筆担当の消費者弁護士3名と出版社。そのとき、私は被告代理人を買って出て筆頭代理人を務めた。当時、「スラップ訴訟」という言葉がなかった。あったのかも知れないが知られていなかった。この言葉が知られていれば、訴訟実務にも、世論の理解を得るためにも非常に有益だったと思う。同種訴訟が増えてきた現在、その概念の浸透のための努力が一層必要となってきている。
損害賠償請求の形態を取るスラップは、運動や言論への恫喝と萎縮効果を狙っての提訴だから、高額請求訴訟となるのが理の当然。「金目」は人を籠絡することもできるが、人を威嚇し萎縮させることもできるのだ。
DHC・吉田は、私をだまらせようとして、非常識な高額損害賠償請求訴訟を提起した。言論封殺を目的とした高額請求訴訟、これが言論抑圧型スラップの本質である。DHC・吉田は、同じ時期に、同じ「8億円授受問題」批判で、私の事件を含めて10件の同種事件を提訴している。莫大な訴訟費用・弁護士費用の支出をまったく問題にせずに、である。被告とされたのは、私のようなブロガーや評論家、出版社など。最低請求額は2000万円から最高は2億円の巨額である。
直接に口封じをねらわれ、応訴を余儀なくされたのはこの10件の被告である。しかし、恫喝の対象はこの被告らだけではない。広く社会に、「DHC・吉田を批判すると面倒なことになるぞ」と警告を発して、批判の言論についての萎縮効果を狙ったのである。
このような訴権の濫用には、歯止めが必要だ。この間、スラップの被害者の何人かの経験を直接に聞いた。皆が、高額請求訴訟の被告となる心理的な負担の大きさについて異口同音に語っている。高額請求訴訟の被告とされた者に、萎縮するなと言うのが無理な話なのだ。弁護士の私でさえ自分の体験を通じて、そのことがよく理解できる。
☆スラップを防止するために
かつて、司法制度改革審議会が司法制度改革を論議した際、民事訴訟に関しての最大の論争テーマとなったのが、弁護士費用の敗訴者負担問題だった。「紛争解決の費用は、有責者としての敗訴者が負担すべきだ」というシンプルな論理に、人権派は敢然と対抗し、「弱者の提訴を萎縮させてはならない」「司法本来の役割である、弱者の裁判利用にハードルを高くしてはならない」と論陣を張った。
弱者の側が提訴する訴訟は、消費者事件にせよ公害事件にせよ、あるいは医療過誤訴訟にせよ、勝訴確実とはいえないものが多い。敗訴の場合には、自分が依頼した弁護士の費用だけでなく相手方の弁護士費用までも負担させられるという制度では、弱者の提訴に萎縮効果がもたらされる。この制度が実現すれば、最も保護されるべき弱者の権利実現が妨げられることになる、と反対運動が盛りあがり、審議会の原案を葬った。
そのときには、強者や富者が民事訴訟制度を濫用することは考慮の内になかった。いま、スラップはまさしく強者や富者が訴権を濫用している。これには、歯止めが必要だが、敗訴の場合の弁護士費用を負担させることがその歯止めとして有効と考えられる。
アメリカ各州の制度とりわけカリフォルニアの反スラップ法を参考に「スラップの抗弁」の制度を考えたい。スラップ訴訟において、被告がこの提訴はスラップであると抗弁を提出すれば、裁判所は本案審理の進行を停止して、スラップに該当するか否かの判断に専念する。裁判所が、スラップの抗弁を認めれば、その効果の一つとして立証責任の転換が行われる。そして、もう一つの効果が、原告敗訴の場合には、原告は被告側の弁護士費用を支払わねばならないということにする。
この弁護士費用の負担額は、被告の現実の負担額である必要はない。政策的な配慮からもっと高額にすることが考えられる。スラップに限っての弁護士費用の敗訴者負担、それも懲罰的にすこぶる高額のという発想である。
また、制度の策定は先のこととして、当面最も現実的で必要な対応策は、一つ一つのスラップ訴訟を勝ちきって、原告にスラップの成功体験をさせないことである。このことを通じて、スラップに対する社会的非難の世論形成をはからねばならない。スラップという用語と概念を世に知らしめなければならない。スラップ提起を薄汚いこととする社会的な批判を常識として定着させることにより、スラップ提起者のイメージに傷がつき、会社であればブランドイメージや商品イメージが低下して、到底こんなことはできないという社会の空気を形成することが重要だと思う。
そのためには、まずはスラップの被害を受けた当事者が大きな声を上げなければならない。いま、私はそのような立場にある。社会的な責務として、DHC・吉田の不当を徹底して批判しなければならない。その不当と、被害者の心情を社会に訴えなければならない。
私は、多くの人の支援や励ましに恵まれた「最も幸福な被告」である。しかし、多くの場合、被告の受ける法的、財政的、精神的な負担ははかりしれない。ありがたいことに恵まれた立場にある私は、そうした被告の分まで、声を大にして、DHC・吉田の不当を叫び続けなければならない。そして、スラップの根絶に力を尽くさなければならない。そう思っている。
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12月24日(木)控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田が私を訴えた「DHCスラップ訴訟」は、本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は完敗となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、東京高裁第2民事部(総括裁判官・柴田寛之(29期))に控訴事件が係属している。
その第1回口頭弁論期日は、クリスマスイブの12月24日午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎822号法廷。ぜひ傍聴にお越し願いたい。
恒例になっている閉廷後の報告集会は、次のとおり。
午後3時から、東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・B
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月2日・連続第976回)
辺野古新基地建設に関連して翁長知事が名護市辺野古沿岸海面の埋め立て承認を取り消し、国(国交相)はこの承認取り消しを違法として、福岡高裁那覇支部に「承認処分取消の撤回を求める」訴訟(辺野古代執行訴訟)を提起した。地方自治法に定められた特例の代執行手続としての一環の行政訴訟である。
国交相の沖縄県知事に対する提訴(辺野古代執行訴訟)に関して、本日(11月18日)の東京新聞社説がこう述べている。
「翁長知事が埋め立て承認を取り消したのは、直近の国政、地方両方の選挙を通じて県内移設反対を示した沖縄県民の民意に基づく。安全保障は国の責務だが、政府が国家権力を振りかざして一地域に過重な米軍基地負担を強いるのは、民主主義の手続きを無視する傲慢だ。憲法が保障する法の下の平等に反し、地方の運営は住民が行うという、憲法に定める『地方自治の本旨』にもそぐわない。」
また、同社説は「菅義偉官房長官はきのう記者会見で『わが国は法治国家』と提訴を正当化したが、法治国家だからこそ、最高法規である憲法を蔑ろにする安倍内閣の振る舞いを看過するわけにはいかない。」と手厳しい。
毎日社説は、端的に「国は安全保障という『公益』を強調し、沖縄は人権、地方自治、民主主義のあるべき姿を問いかける。その対立がこの問題の本質だろう。」という。なるほど、このあたりが、衆目の一致するところであろうか。
訴訟では、本案前の問題として、まず訴えの適法性が争われることになるだろう。国は、地方自治法が定めた特別の訴訟類型の訴訟として高裁に提訴している。その訴訟類型該当の要件を充足していなければ、本案の審理に入ることなく却下を免れない。
このことに関連して本日の毎日の解説記事が次のように紹介している。
「承認取り消しについて行政不服審査を請求する一方で代執行を求めて提訴する手法を『強権的』と批判する専門家も多い。不服審査には行政法学者93人が「国が『私人』になりすまして国民を救済する制度を利用している」と声明を出したが、国土交通相は承認取り消しの一時執行停止を決めた。
この対応について、声明の呼び掛け人の一人、名古屋大の紙野健二法学部教授は『代執行を定めた地方自治法は、判決が出るまで執行停止を想定していない。不服審査請求は、先回りして承認取り消しの効力を止め、工事を継続したまま代執行に入るための手段だった』と推測する。専修大の白藤博行法学部長(地方自治法)は『代執行は他に是正する手段がないときに認められた例外的手段。不服審査と代執行訴訟との両立は地方自治の精神を骨抜きにする』と批判した。」
一方で私人になりすまして審査請求・執行停止の甘い汁を吸っておきながら、今度は国の立場で代執行訴訟の提起。こういうご都合主義が許されるのか、それとも「手続における法の正義は国にこそ厳格に求められる」と、本案の審理に入ることなく、訴えは不適法で、それ故の却下の判決(または決定)となるのか。注目したいところ。
報道されている「訴状の要旨」は以下のとおりである。
「請求の趣旨」は、「被告は、平成27年10月13日付の公有水面埋め立て承認処分の取り消しを撤回せよ」というもの。
請求原因中の「法的な争点」は次の2点とされている。
(1) 不利益の比較(「処分の取り消しによって生じる不利益」と、「取り消しをしないことによる不利益」の比較)
(2) 知事の権限(知事には、国政の重大事項について適否を審査・判断する権限はない)
「翁長承認取消処分」は、「仲井眞承認」に法的瑕疵があることを根拠にしてのものである。つまりは、本来承認してはならない沖縄防衛局の公有水面埋め立て承認申請を、前知事が真面目な調査もせずに間違って承認してしまった、しかも、法には、厳格な条件が満たされない限り「承認してはならない」とされている。事後的にではあるが、本来承認してはならないことが明らかになったから取り消した、と丁寧に理由を述べている。けっして、理由なく「仲井眞承認」を撤回したのではない。
だから常識的には、今回の提訴では「仲井眞承認」の瑕疵として指摘された一項目ずつが吟味されるのであろうと思っていた。しかし、様相は明らかに異なっている。いかにも大上段なのだ。「国家権力を振りかざして」の形容がぴったりの上から目線の主張となっている。東京社説が言うとおりの傲慢に満ちている。メディアに紹介された「要旨」を見ての限りだが、安倍や菅らのこれまでの姿勢を反映した訴状の記載となっいるという印象なのだ。
翁長承認取消処分を取り消すことなく放置した場合の不利益として強調されているものは、「約19年にわたって日米両国が積み上げてきた努力が、わが国の一方的な行為で無に帰し、両国の信頼関係に亀裂が入り崩壊しかねないことがもたらす日米間の外交上、政治上、経済上の計り知れない不利益」である。
そして、知事の権限については、次のとおり。
「(被告翁長知事は)取り消し処分の理由として、普天聞飛行場の代替施設を、沖縄県内や辺野古沿岸域に建設することは適正かつ合理的とする根拠が乏しいと主張するが、しかし、法定受託事務として一定範囲の権限を与えられた知事が、米軍施設・区域の配置といった、国の存立や安全保障に影響を及ぼし国の将来を決するような国政の重大事項について、その適否を審査・判断する権限はない。」
公有水面埋立法の条文や承認要件の一々の吟味などは問題ではない。天下国家の問題なのだから、国家の承認申請を、知事風情が承認取消などトンデモナイと、居丈高に言っているのだ。それは、国(国交相)側が、訴訟上の主張としては無意味な政治的主張を述べているのではない。
おそらくは、担当裁判官にプレッシャーを与えることを意識しているのだ。「これだけの政治的、軍事的、外交的重要案件なのだ。このような重さのある事件で、国側を敗訴させるような判決をおまえは書けるのか」という一種の恫喝を感じる。
砂川事件最高裁判決では、大法廷の裁判体が、事案の重さを司法は受け止めがたいとして裁判所自身の合違憲判断をせずに逃げた。逃げ込んだ先が、統治行為論という判断回避の手法だった。しかも、全裁判官一致の判断だった。辺野古代執行訴訟でも、国は同じことを考えているのだ。
さて、今回の訴訟で、はたして司法は躊躇することなく淡々と公有水面埋立法の承認要件の具備如何を判断できるだろうか。それとも、国の意向に逆らう判決を出すことに躊躇せざるを得ないとするであろうか。
憲法76条3項は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めている。「憲法が想定するとおりの地方自治であるか」だけではなく、「憲法が想定するとおりの裁判所であり裁判官であるか」も問われているのだ。
(2015年11月18日・連続第963回)
「ヤメ検」とは、元は検事だった弁護士をさす。何とも微妙な伝えがたいニュアンスをもった業界用語。その「ヤメ検」のニュアンスに、また一つ影響を与える事件の報道がなされた。
本日の毎日新聞朝刊が、「容疑者の妻連れ 検事総長に面会 弁護士を処分」という記事を掲載した。デジタル版の見出しは、「元最高検総務部長:容疑者妻連れ検事総長面会…戒告」というさして長くない記事なので、全文を引用する。
「元最高検総務部長で横浜弁護士会に所属する中津川彰弁護士(80)が、弁護を担当した強制わいせつ事件の容疑者の妻を連れ、検察トップの検事総長らに面会していたことが分かった。横浜弁護士会は刑事処分の公正さに疑念を抱かせたなどとして、中津川弁護士を戒告の懲戒処分とした。処分は7月8日付。弁護士会によると、弁護士側からの異議申し立てはないという。
日弁連の資料などによると、中津川弁護士は2013年6月に容疑者の弁護人に選任された後、勾留中に容疑者の妻を連れて捜査担当検事や上司、当時の検事総長と面会。「元検察官としてのキャリアや人脈などを強く印象付け、刑事処分の公正に対して疑惑を抱かせた」としている。担当検事には本人の意思を確認しないまま「罪を認めて深く反省」などと記した誓約書を提出していたという。
横浜弁護士会の佐藤正幸副会長は「検察幹部との面会で手心が加わったかどうかは不明だが、『検察に顔が利く』という過剰な期待を依頼者に抱かせる場を設定したこと自体が問題」と話した。
中津川弁護士は札幌地検検事正や最高検総務部長などを歴任。退職後の05年に弁護士登録した。」
この記事でも分かるとおり、懲戒事由ありとされた同弁護士の非行は2013年6月のこと。2015年7月に横浜弁護士会が戒告処分とし、同年10月1日付で日弁連が公告した。日弁連機関誌「自由と正義」同月(2015年10月)号に、この広告は掲載されている。言わば旧聞に属することなのだが、毎日の記者が、たまたま何かのきっかけでこの懲戒事由を知ったのだろう。看過できない事件と判断して記事にし、社もこれを全国版に掲載した。指摘されてみれば、なるほど、これは司法に対する社会の信頼に関わる事件であり、法曹の閉鎖性に関わる深刻な問題でもある。
中津川元検事の経歴は下記の如くである。
昭和36年4月 検事任官
昭和49年12月 最高裁判所司法研修所教官
昭和61年4月 公安調査庁 調査第2部長
昭和63年12月 同庁 総務部長
平成2年8月 東京法務局長
平成5年7月 最高検察庁 総務部長検事
平成17年10月 弁護士登録
申し分のない立派な経歴と言ってよい。多くの部下に指揮命令の権限をもっていたはず。その多くの部下が、今検察の中枢にいることは想像に難くない。その元部下のなかに検事総長もいたのかも知れない。しかし、弁護士として野に下った途端に、その権力も影響力もなくなるのだ。事実上の社会的影響力は、努めて排除しなければならない。弁護士は無位無冠、なんの権力とも、また特権とも無縁なのだから。
「自由と正義」10月号に掲載の「処分の理由の要旨」は以下のとおりである。
(1) 被懲戒者は2013年6月30日に懲戒請求者に接見しその強制わいせつ被疑事件を受任したが、その際委任契約書を作成せず弁護士報酬についての説明も十分しなかった。
(2) 被懲戒者は上記(1)の事件に際し「自己の罪を認めて深く反省し」などと記載した2013年7月18日付けの懲戒請求者名義の誓約書を担当検察官に提出すたが、誓約書の提出に当たり懲戒請求者の意思を確認しなかった。
(3) 被懲戒者は上記(1)の事件に関し懲戒請求者が勾留されている間に懲戒請求者の妻を帯同して担当検察官やその上司である検察官、更に検事総長や検察幹部と面会し、被懲戒者の元検察官としてのキャリアや人脈等を強く印象付け、刑事処分の公正に対して疑惑を抱かせる行為を行った
(4) 被懲戒者は上記(1)の事件に関し被害者との示談交渉の席に懲戒請求者の姉の内縁の夫であったAを同席させ、その後の示談交渉及び書面の作成に関して懲戒請求者の意思を確認し内容を確定して起案するなどの行為を中心となって行わなかった。
(5) 被懲戒者は上記示談交渉に際しAが懲戒請求者から相当額の示談金を受領する可能性を予見できたにもかかわらずこれを回避する措置を採らず、結果として被懲戒者が関与しないまま、Aが懲戒請求者から示談金名目の700万円を受領し保管した。
(6) 被懲戒者は2013年9月7日に上記(1)の事件の弁護人を辞任したが懲戒請求者から弁護士報酬の返還請求に対し脅迫的な意味合いを有し、返還請求をちゅうちょさせるような文言が記載された同年10月11日付けの書面に署名押印した。
(7) 被懲戒者の上記(1)の行為は弁護士職務基本規定第29条及び第30条に上記(2)(4)及び(5)の行為は同規定第46条に違反し上記各行為は弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
刑事事件の一人の依頼者からの懲戒請求があって、6個の非行が認定されたことになるが、報道に値するとされたのは「『検察に顔が利く』という過剰な期待を依頼者に抱かせる場を設定したこと自体が問題」という点である。
いくつかのことを連想する。もう、15年ほども以前のことだが、中国司法制度調査団を組んで訪中し、現地の弁護士と交流したことがある。そのときの話しを聞いて驚いた。有力な弁護士は、ウイークエンドには、判事との夕食会に忙しいのだという。むしろ誇らしげに聞かされた。依頼者には、そのように自分が判事と親しいことをアピールする。あるいは自分が手がけている事件の担当裁判官と同姓であることがアピールの材料となるのだともいう。
裁判も、法治ではなく人治となっていた事情を垣間見た。近代化進む中国のこと。今は、そのようなことはないだろう。むしろ、日本に「顔が利く」ことを誇示する弊風が残っていたのだ。
2012年4月、日民協が韓国司法制度調査団をつくって憲法裁判所などを訪問した。その際、韓国の司法改革が進んでいることを知って驚いたが、李京柱・仁荷大学教授の話しで、同地の「前官礼遇」という悪しき慣行を耳にした。元「官」にいた者が、現在「官」にある者から手厚く遇されるということ。裁判官、検察官の任官経験者が退官後に弁護士となり、後輩として在職している裁判官や検察官から、事件で有利な取り計らいをうけるという悪習。しかも、根深く歴代順繰りに行われてきたのだという。この「『前官礼遇』に象徴される裁判所と在野法曹との癒着や腐敗を一掃すべきという国民の声が司法改革を牽引する力になった」という説明だった。裁判官や検事の座にあった者にとっては、当然に受けるべき既得権と考えられていたのだ。
さて、中津川元検事は、現役時代に、先輩ヤメ検から「前官礼遇」の依頼や要求を受けていたのだろうか。そのような習慣が、実は広く残っているということはないのだろうか。法に携わる者、襟を正さねばならない。
なお、権力を持っていた人物は、その地位を去っても権力を持っていた時代の懐かしさが忘れられない。往々にして、自分にはもともと人に命令する権能が備わっているのだと誤解する。そんな話しは、古今東西ありふれている。権力は魔力を持っている。心して取り扱わねばならない。
(2015年11月13日・連続第958回)
本日(10月31日)は日本民主法律家協会恒例の第46回司法制度研究集会。本日のテーマは、「日本の司法と大学を考える」。これに、「法曹養成と法学教育・研究の現状と課題」という副題がついている。
集会案内の問題意識は、以下のとおりである。
「わが国の法曹養成と法学教育・研究は、危機的状況にあります。
『文系学部廃止』を打ち出した6月8日付文部科学大臣通知は、国家による学術統制、大学の自治破壊ではないかと、社会に衝撃を与えました。法学部はどうなるのでしょうか。
6月30日付法曹養成制度改革推進会議決定は、弁護士激増の弊害を顧みず司法試験合格者1500人以上とし、司法試験合格率の低い法科大学院は切り捨てて『合格率7〜8割』を実現し、上位の法科大学院だけを守ろうとしています。法曹志願者や法学部進学者は年々激減していますが、このような政策で法曹や法学部の魅力は取り戻せるでしょうか。
いま大学・大学院・法曹界で何が起こっているのかを、研究者と弁護士が共有し、危機的状況をどのように克服していくべきかを共に考える場にしたいと思います。」
私の世代は、法曹養成は法曹界の役割と思ってきた。法曹各界の共同を前提としつつも、最高裁が責任を持つ体制が当然なのか、弁護士会がイニシャチブをとるべきなのか。大学が、従って文部行政が法曹養成に関与することは考えなかった。
大学の法学教育は、学生にリーガルマインドを身につけさせることを目的としてきた。法の支配が貫徹する建前のこの社会で、合理的な法的思考と行動ができる人材を育成することだ。人類の普遍的な知が積み重ねてきた法的教養の教授が大学の法学教育の目的と言ってよい。だから、法学部出身者は「つぶしがきく」人材として、社会の至るところで活躍の場を与えられてきた。その中の少数が研究者となり法曹を目指すとしても、大学教育が実務法律家を育成する法教育を意識することはない。法学教育を修了していることと司法試験受験資格のリンクはなく、大学の教養課程を終えている者には広く司法試験の門戸が開かれていた。
法曹養成は、法務省が実施する司法試験に合格した者に対して、最高裁が運営する司法研修所で行われてきた。ここでは、裁判所・検察庁・弁護士会の協力の下に、民事刑事の裁判実務、民事刑事の弁護実務、そして検察実務について、法曹としての基本技術を学ぶ。この修習期間の2年間は、将来の志望に関わりなく統一修習の理念が大切にされた。修習生は公務員に準じる地位にある者として修習専念義務が課せられ、給与が支給された。
この制度が、10年前にがらりと変えられた。法曹養成の根幹をなす機関として各大学に法科大学院(ロースクール)が創設され、法科大学院卒業が新司法試験の受験資格となった。司法試験合格後の司法修習は1年に短縮され、給費制ではなくなった。本日聞いた話では、かつての司法修習生への給費の財源の規模は、法科大学院への補助金財源とちょうど見合いになっている、という。
かつては、「法曹養成は司法の仕事」「法学教育・研究は大学の仕事」であった。制度変更後は、「日本の司法と大学」が法科大学院という新たな共通項をもつようになった。司法には司法官僚と法務官僚とが関与し、大学の運営には文科官僚が大きな影響力を持つ。そして、文科官僚には「永田町の先生方」が君臨している。
制度改変以来10年。その功罪が、司法界と大学の双方に何をもたらしているのかを検証しようというのが本日の司研集会のテーマである。意識されている最大の問題点は、法曹養成に文科省が強く関与するようになったことの弊害。ロースクール側から、文科省の見識に欠けた強権ぶりに振り回されている実態が報告された。
本日の集会の報告は3本。いずれも充実したものだった。
「大学政策と人文・社会科学─6.8文科相通知をめぐって」小森田秋夫(学術会議第1部会長)
「法曹養成制度改革の現状と問題点─弁護士激増の顛末と法科大学院の未来」森山文昭(弁護士、愛知大学法科大学院教授)
「孤独なひとり芝居から希望の持てる協働の場へ─ 自治の観点から考える」戒能通厚(名古屋大学・早稲田大学名誉教授)
なお、戒能氏の論題中の「孤独なひとり芝居の場」とは、法科大学院の現状を揶揄した表現。これを「希望の持てる協働の場」へ変革するにはどうすればよいかという問いかけである。司法の理念に従った法曹養成としても、また、大学の法学教育の質の点においても、現行制度は失敗だったという悲観論がメインのトーンとなった。フロアーの発言では、「法科大学院は、大学の自治・学問の自由破壊のために送り込まれたトロイの木馬ではないか」という意見さえ飛び出している。その詳細は、「法と民主主義」の12月号に掲載される。読み応え十分なものとなるはず。
冒頭の森英樹日民協理事長の開会の挨拶、そのあとの3本の報告と質疑応答意見交換、そして新屋達之(日民協司法制度委員会副委員長)の「まとめと閉会の挨拶」まで、一貫して底通するものは、反知性主義批判であったように印象を受けた。
本来、司法も大学も専門知に裏付けられ高い倫理に支えられた分野である。日本においては、両者ともにルーツは支配の道具であったにせよ、理念においては政権や財界の思惑による介入を許してはならない。いま、政権の反知性主義が乱暴に両分野に介入を試みている。
学問の基底にある知は、法や法学の核をなす知と同質のものであるはず。ところが、司法試験や法科大学院の授業が、学問から離れた法的スキルの錬磨だけを目的とし、その習得に終始しているのではないか。学問や知性・論理から遊離した場で、養成された法曹が憲法の想定する人権の擁護者たりうるだろうか。
また、政権の学問の府への攻撃が激しい。人類の叡智が積み上げてきた知性や論理や理念は、政権には邪魔な存在としか映らない。経済優先の社会に、文系の学問は不要との6.8通知は政権のホンネをよく語るものなのだ。
明るい展望を示す集会とはならずに、厳しい現状の問題点を確認する集会となった。おそらくは、司法や大学だけでなく現在のあらゆる分野が同質の問題を抱えているのだろう。厳しくとも、よりよい司法制度を作っていく課題に邁進しなければならない。
(2015年10月31日・連続944回)
昨日(10月25日)の宮城県議選で、「共産党 議席倍増」が大きな話題となっている。産経の見出しが、「共産が8議席に倍増し第2会派に 自民27議席 民主はわずか5議席」というもの。
共産党は、今回9人立候補して8人当選、前回議席の4を倍増させた。仙台市内の全5区で当選。最中心部の青葉区では、12600票を獲得して堂々のトップ当選だった。前回が同じ候補者で、9319票3位だったのだから、躍進と言ってよいだろう。
地元紙河北新報は次のように伝えている。
「自民は34人を公認。東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の処分場問題で揺れた加美選挙区は、5選を目指した現職が敗れた。9人を擁立した民主は青葉、宮城野、太白で現職が議席を確保。党分裂問題を抱える維新は気仙沼の現職1人にとどまり、仙台市内の2人は落選。公明は強固な組織戦で仙台市内の4議席を維持した。共産は仙台市内5選挙区全てで議席を獲得。石巻・牡鹿と塩釜の現職、大崎の新人も当選し、前回の4議席から8に躍進した。」
この選挙結果の原因は何か。毎日の報道が「共産、反安保票で躍進 反TPP、農協職員も歓迎」という見出し。これが常識的なところだろう。
「共産党が改選前の4議席から8議席と倍増させた25日の宮城県議選。自民党は前回選から1議席減の27議席と、単独過半数を割った。安全保障関連法成立や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)大筋合意後の初の都道府県議選で、共産党が幅広い批判票の受け皿となった。」「共産は…県内有数の稲作地を抱える大崎選挙区(定数4、大崎市)では、これまで自民候補を支援した旧鹿島台町長や元市議会議長らが新人の支持に回り、初議席を得た。」「大崎市の農協役員は『TPPは米どころの大崎から反対の声を上げなければいけないと思った』と歓迎。仙台市青葉区の無職男性(66)は『(共産党は)安保法反対で主張が一貫している』と話し、同党が提唱する野党連合にも期待する。」「自民候補に1票を投じた太白区の2児の母(32)は『投票率が低く、共産党が当選しやすくなっていると感じる。安保法が結果に影響したのでは』と話した。」
今、選挙で問われるべきテーマは数ある。まずは、何よりも戦争法に対する国民的な批判である。立憲主義・民主主義・平和主義の総体が問われている。これに次ぐ大きなテーマが原発。補償問題というだけでも再稼働問題というだけでもない。われわれの文明の危うさを象徴する大事件への対応が問題なのだ。さらに、産業や経済のあり方をめぐってのTPP交渉問題がある。安倍内閣の経済政策の行き詰まりと閣僚人事の身体検査問題もある。本来は、これらの諸問題が臨時国会で議論の対象となっていなければならない。ところが臨時国会は開かれない。国民には、やり場のない憤りが鬱積せざるを得ない。宮城県議選には、これが噴出したとみて間違いがない。マグマ溜まりの小爆発といったところ。
ところで、「民主、維新、共産、社民、生活の野党5党は21日、憲法規定に基づいて臨時国会召集を要求する手続きを衆参両院で行った。…『逃げていると言わざるを得ない。1カ月以内に召集しないなら、憲法無視の違憲内閣だ」。民主党の枝野幸男幹事長は21日、仙台市内で記者団にこう語り、政府・与党の姿勢を非難した。」
「憲法53条は、衆参いずれかの4分の1以上の議員から要求があれば、内閣は召集を決定しなければならないと規定しており、野党の要求はこの要件を満たしている。ただ、53条は召集の期限を定めておらず、事実上拘束力がない。昨年秋の臨時国会では、内閣改造で就任したばかりの小渕優子経済産業相、松島みどり法相(いずれも当時)が辞任に追い込まれており、同じ轍(てつ)は踏みたくないのが政権の本音だ。」(時事通信)と報道されている。
メデイアの言う、「53条は召集の期限を定めておらず、事実上拘束力がない。」との言い方には、誰しも納得しがたいだろう。憲法は、政権は憲法を遵守するとの当然の大前提でできている。期限の定めがあろうとなかろうと、誠実に憲法の定めには従わねばならない。もっとも、今回の安倍内閣のごとく、日本国憲法大嫌い(大日本帝国憲法大好き)で憲法無視のビリケン(非立憲)内閣が、憲法に従わないという態度を露わにした場合、憲法に従うよう強制が可能かはなかなかに難しい問題となる。
法は、その規範内容を実現する強制力を持つことによって、道徳や倫理あるいは政治的宣言等と区別される。しばしば、そのように説かれる。法の強制力として分かり易いのは、刑事法における刑罰権の執行や、民事法における強制執行など、公権力の実力作用による直接・間接の強制措置である。しかし、すべての法的規範に強制措置が伴っているわけではない。憲法に関しても、その規範を実現するためにいくつかの方策が予定されているが、そのすべてに実効性を担保する強制措置が用意されているわけではない。
憲法とは公権力を名宛て人として主権者が発した文書、その内容は公権力を規律する規範である。公権力の行使の規制に関し、その実効性確保に関する中心的な制度が、裁判所による違憲審査制である。憲法81条が、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めるとおりである。
しかし、三権分立のバランスのとりかたの理解には微妙なものがあり、公権力のすべての違憲行為に訴訟が可能というわけではない。違憲を根拠に提訴可能なのは、公権力の違憲な行使によって国民の人権が侵害された場合に限るという制度運用が定着している。歯がゆいかも知れないが、裁判所にすべてをお任せというわけにはいかない。主権者たる国民が公権力を監視し、批判し、安倍政権のごとき憲法違反の政権には、国民自身が退場命令を出さねばならないのだ。
野党の要請に対して安倍内閣が臨時国会を召集しないことは、明白な憲法53条違反である。しかし、この違憲行為が国民の権利侵害をもたらすとはなかなかに難しく、従って訴訟でこの政府の違憲行為を是正することはきわめて困難というほかはない。
むしろ、このような憲法を守ろうとしない安倍政権への国民こぞっての批判の方が重要なのだ。私は、宮城県議選の結果は、安倍内閣の憲法軽視の姿勢に対する国民の側からの批判の意思表示とみるべきだと思う。なにせ、安倍政権への批判のバロメータは、何よりも共産党票と共産党議席の伸び如何にあるのだから。
宮城県民に続いて、安倍ビリケン(非立憲)内閣を、徹底して批判しよう。次は来年7月の参院選だ。安倍のビリケン度を、参院選の票と議席に反映させようではないか。
なお、戦争法案審議の最終盤、参院安保特別委員会での採決不存在の議事録改ざん問題に抗議し、経緯の検証と撤回を求める申し入れへの賛同署名は明日が締め切りです。改めて、下記のメール署名をお願いいたします。
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「公表された特別委員会議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」への賛同署名のお願い
そもそも存在しない安保関連法案の「採決」「可決」を後付けの議事録で存在したかのように偽るのは到底許されません。私たちは、このような姑息なやり方に強く抗議するとともに、当該議事録の撤回を求める申し入れを提出します。ついては多くの皆様に賛同の署名を呼びかけます。
ネット署名:次の署名フォームの所定欄に記入の上、発信下さい。
http://goo.gl/forms/B44OgjR2f2
賛同者の住所とメッセージを専用サイトに公開します。
https://bit.ly/1X82GIB
第一次集約日 :10月27日(火)22時とします。なお、詳細は、下記ブログをご覧ください。
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(2015年10月26日・連続939回)
今日から8月。誰が詠んだか、「8月は 6日9日15日」。これで、特別なあの年の「夏」を思い起こさせる優れた句になっている。毎年8月は戦争を振り返るときだが、今年の8月は例年にもまして、深く熱く戦争を想わねばならない。
本日午後、鷲野忠雄さんが上梓した「検証・司法の危機 1969?72」(日本評論社)の出版を祝う会が催された。私の司法研修所入所が1969年4月。研修所を出て弁護士登録をしたのが71年4月。まさしく、「司法の危機」のまっただ中だった。「激動の司法」「司法の嵐」とも言われた時代。私も司法の危機をめぐるその時代の若い法曹の一人だった。けっして時代の傍観者ではなく、当事者の一人としてせめぎ合いの渦の中にあった。
司法の「危機」とは護憲派やリベラルの立場からの「危機」であるが、その発端は戦後続いた保守政権の側における「危機」意識にあったと思う。戦後改革の洗礼を受け、戦後教育や安保闘争の中で育った世代が、比較的リベラルな憲法感覚や人権意識を身につけて司法界にはいり、次第にしかるべき地位を占め始めた。この若い法律家群が、憲法理念に忠実な立場でする裁判に、保守政権は驚愕したのだろうと思われる。こうして保守政権と、財界、右翼ジャーナリズムの「偏向判決」批判が始まった。
鷲野さんは、こう述べている。
「ここで、『偏向判決』として非難されているものは、第一に、いうまでもなく砂川(伊達)判決(その後の長沼訴訟福島判決)など国家の軍事防衛政策ないしその具体化を違憲ないし違法とする判決、第二に、国民の政治・選挙活動、大衆行動など表現の自由を禁圧する法令(人事院規則、戸別訪問禁止、公安条例等)を違憲とし、あるいは、その適用を厳格に絞ろうとする判決、第三に、官公労働者のストライキにおける刑事免責や、ピケッティング、団体交渉、不当労働行為等をめぐる事件で、労働者側の権利や正当性を認めた判決、第四に、教育、学問の自由への国家の介入を批判した判決(学力テスト事件、後に出た教科書裁判など)、第五に、思想信条を理由とする不利益処分(解雇、配転等)を無効とした判決、第六に生存権保障を単なるプログラム規定ではないとする判決(朝日訴訟)などである。これらはいずれも、広範な世論・運動を背景に、当事者やこれを支える人たちの血のにじむような努力、学者・研究者らの旺盛な研究活動、報酬を度外視した弁護士たちの献身的弁護活動、そして憲法と人権の擁護に忠実であろうとする裁判官ら(青法協会員か否かに関りなく)の決断によって生み出されたもので、どれ一つをとっても、常識的表現としての『偏向』というレッテル貼りになじまないものだ。
『偏向』宣伝における『偏向』とは、憲法を敵視する攻撃側の立場から見て『偏向』しているにすぎないもので、彼らは、判決内容について説得力ある批判をするのでなく、これら諸判決を『共産主義の産物』というデマゴギーで染めあげ、これをもっともらしく見せるために、公安情報を利用した青法協等への徹底したアカ攻撃、レッテル貼りを常套手段としてきた。」
この「偏向判決」批判に対して、最高裁が良心的裁判官擁護の姿勢を見せることはなかった。それどころか、最高裁司法行政当局は、保守勢力の走狗と化して良心的裁判官に対する統制に乗りだした。建前として、裁判内容への批判や介入はできない。だから、裁判官への統制手段は、人事権を通してのものとなった。これが、「司法の危機」の正体である。
いま、誰もが常識として知っている。「最高裁は権力追随の判決がお好き」「最高裁お好みの判決を書く裁判官はつつがなく出世できる」「最高裁に逆らう内容の判決を書く裁判官は冷遇を覚悟しなければならない」
このような常識を確立したのが、「司法の危機」の時代にほかならない。最高裁が好ましくないとしている「憲法に忠実に」などと青臭いことを言っている青年法律家協会の会員修習生は任官を拒否されて裁判官として採用されない。10年目の再任時には、再任拒否の憂き目に遭うことを心配しなければならない。最高裁ににらまれたら、「支部から支部へとまわされる」。それを露骨にやってのけたのが、石田和外、矢口洪一らに代表される司法官僚である。
鷲野忠雄さんは、この司法の危機の時代に、青年法律家協会の事務局長として、最高裁やその背後の勢力とのせめぎ合いの中心にいた。そして、今日の祝う会には、当時の青年法律家協会の議長だった佐々木秀典さんや、再任拒否をされた宮本康昭元裁判官などの顔も見えた。
全司法労働組合の輝けるリーダーだった93歳の吉田博徳さんが、ハリのある声で印象に残るスピーチをした。
「私は、憲法ができた直後に裁判所職員となりました。まったく法律の素養の無い私たちに、裁判官が新しい憲法を語ってくれました。裁判所は立法権からも行政権からも独立して、憲法の理想を実現すべき舞台となったのだと情熱を込めて語られたことが忘れられません。私も、素晴らしい職を得たものだと感動したものです。
一つ、こんなことを覚えています。なぜ、裁判官には10年ごとの再任の制度があるのか。それは、裁判官がパージにならず、戦前天皇の名における裁判をしていた裁判官が皆戦後の新憲法下の裁判官になってしまったことと関係がある。つまり、旧憲法感覚の裁判官をこの制度で一掃して、新憲法に馴染んだ裁判官だけを再任しようという制度なのだと言うのです。当時私は、なるほどこれは素晴らしい制度だと思ったのです。ところが、現実には、この司法の危機の時代に、再任制度は裁判官の統制制度としてはたらいた。憲法感覚豊かな立派な裁判がこの制度によって切られ、あるいは威嚇されてしまった」
どんな制度も、その運用の実権を握る者の一存で、良くもなり悪くもなる。権力の総体を民主化し得ずに、司法部だけを理想化することはできない。さはされど、権力総体の民主化のために、司法の独立は欠かすことのできない課題というべきでもあろう。
今日の祝う会でスピーチをした人の多くが、司法の危機の時代と、憲法の危機の今とを重ねあわせて語った。権力の理不尽なムチは、人を震えあがらせる効果だけをもつことにはならない。必ずその不当に屈せず闘う多くの人を生む。さらに、粘り強く闘う人々を育てることになる。司法の危機の時代の闘いがそうだった。そして、安倍政権の理不尽とそれとの闘いもきっと同じことになるだろう。
私も、「司法の危機」の時代に、最高裁の横暴に心の底から怒って、その後の職業生活の基本方向を定めた。その後、40年以上大きくぶれることがなかったのは、最高裁のおかげでもある。いま安倍政権も、その暴走によって多くの活動家を育てているのだと思う。
(2015年8月1日)